大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

上高地

釜トンネルが開通して

本日の河童橋ライブカメラ

五千尺ホテル

本日の釜トンネル

大正池

上高地インフォメーション発信の写真を引用しました。

コロナ禍によって制約のあった上高地行きが今年は平常どおりとなり、本日釜トンネルが開通し27日には開山祭が行われる予定ですが、私の上高地行きはゴールデンウィークまでお預けとなり、河童橋ライブカメラと上高地インフォメーションが発信するフェースブックを楽しみにする日々が続きます。

ここからは過去に発信した私の一言です。

新型コロナの感染拡大によって3年間中止されていた開山祭が今年は実施されます。



山の日が制定されて初めての信州四方山祭りが開催されました。女湯の小林綾子さんが気軽にカメラへ応じてくれました。



今年は毎月訪れることを目標にしていますが、年々低下する体力と体調を考えると天候に恵まれることを祈るしかありません。


ヤフーブログへ最後の上高地を添付します


イメージ 1
早朝の河童橋

イメージ 2
河童橋で渡辺画伯と

イメージ 3
閑散とした明神館

イメージ 4
岳沢湿原

イメージ 5
午後の河童橋

イメージ 6
インフォメーションセンターではサルの写真展

イメージ 7
沢渡足湯公園

イメージ 8

↑ アジサイが見頃です ↓

イメージ 9

イメージ 10

 本日は午前5時に愛知県を出発して、東海北陸道、安房トンネル経由で、午前8時に上高地バスターミナルに到着すると、上高地の名物画伯となった渡辺さんがリヤカーとともに待っておられました。

 渡辺さんから依頼されていた生活物資だけではなく、10日後にテントを張る私自身のテントなども持参して預かってもらいました。これからは寝袋だけを持参すれば上高地でテント生活が送れます。

 さて、本日は外来植物の調査を予定していましたが、今年に入って連日のように上高地にクマが出没しており、環境省もクマの出没状況の調査と安全対策が必要との話から、午後は本日出没情報のあった明神方面へ環境省の外来生物担当職員とともに調査に訪れました。

 深刻な状況です。

 観光客が当り前に歩いている大正池から田代橋までの出没件数が圧倒的に多く、ボランティアの我々も万が一を想定して、一人では行動しないように求められている中で、何も知らない観光客が続々と歩いており、本日も明神館の近くで多くの人々が遭遇したクマの写真や動画を撮影しておられました。

 四国遍路から帰って2週間経過したものの、身体の疲れがとれないまま本日に至っており、本日は途中で足のふくらはぎが攣るハプニングにびっくりしたものの、上高地は歩くのが宿命のため、歩きながら足の痛みを和らげる一日ともなりました。

 ヤフーブログから上高地について発信するのは本日が最後になりそうです。

                                   7月28日の一言

上高地は悪天候  嫌な予感が現実となり


イメージ 1
沢渡足湯公園前の梓川 午前7時30分

イメージ 2
車窓から見えた大正池

イメージ 3
帝国ホテル

イメージ 4
田代橋と梓川 大正池と田代橋までの散策路は冠水のため通行止めです

イメージ 5
河童橋の上からの梓川上流

イメージ 6
河童橋と六百山

イメージ 7
梓川が溢れ土嚢が積まれています

イメージ 8
私の大好きな小梨平のカラマツも…

イメージ 9
すぐ近くでは…

イメージ 10
ベンチごと土砂が流されました

イメージ 11
私の立っていた場所も危険な足元でした

イメージ 12
完全防備のホームレス画伯のテント

イメージ 13
清水川だけは日常どおりの清らかな流れです

 本日未明より早朝にかけて長野県も激しい雨が降り注ぎ、沢渡地区の梓川も激しい流れになっており、上高地のボランティアも休みたい心境でしたが、田代橋周辺の現場からボランティアをスタートすると伝えてあり、小梨平のホームレス画伯とも午後3時の約束がしてあったことから、バスに乗る前から合羽姿の出発になりました。

 時間に余裕があったことから、大正池で降りて歩こうかとも思いましたが、梓川の水位を考えると歩けない可能性が高く、帝国ホテル前で降りると人の姿は無いものの、いつもどおりの姿に安心して歩を進めます。

 しかし、案の定大正池からの散策路は冠水のため通行止めになっており、田代橋から梓川の堤に出ると雨だけでなく、激しい風によってさしていた傘が吹き飛ばされそうな悪天候でした。

 私のボランティア活動は、梓川両岸の「センダングサ」の調査で、道の堤下も対象にしていたものの、足元まで迫る満杯の水位のため入れないことと、真面目に考えると両岸の堤には道路の両側に草が生えており、探索と言うよりも綺麗な草花や植物の名前を覚えながら気長に見つけるしかありません。

 さて、河童橋周辺も土嚢が積まれており、私の好きな小梨平では梓川の堤が激流で剥ぎ取られ、生えていたヤナギの木とベンチも流されていました。

 ホームレス画伯こと渡辺さんのテントは完全防備ですが、私との約束があったため待っておられたものの、更に悪くなる天気予報により、今晩はケビンに泊るとの話で、しばらくは絵を描く余裕も無さそうです。

 今にして思えば、ボランティアですから、合羽姿でカサまでさして活動する必要はなく、我家の草取りもしない私が真面目に活動すると、家族の反発も大きいため、今後は楽しい上高地行きも考えていきたいと思います。
                                    6月30日の一言

上高地から帰って思い浮かべて


イメージ 1
前日の上高地河童橋 午前8時30分

イメージ 2
ウエストン祭の基調講演

イメージ 3
梓川沿いのニリンソウ

イメージ 4
梓川沿いのタンポポ

イメージ 5
私の好きな居場所

イメージ 6
上高地と同化した光景

イメージ 7
上高地を描いて60年の名物画伯

 金曜日の夜に出発して、仮眠後の朝に上高地へ入り、土曜日は徳沢までトレッキングに同行し、昨日の日曜日はウエストン碑の前で開催されたウエストン祭を見物しましたが、主とする目的は梓川沿いの外来植物の調査でした。

 昨晩に自宅へ帰ったものの、あまりの疲れから風呂にも入らずそのまま眠ってしまい、本日の午前中も身体が重く、午後のボランティアによってやっと頭が回転するようになり上高地の2日間を思い起こすことになりました。

 日本山岳会主催のウエストン祭は、ボランティアの途中で見物程度の感覚で立ち寄りましたが、最後の「野口いずみ」さんの講演を聞いていて、途中からメモをしておいたら良かったと思っても遅かったものの、医師のいない山をトレッキング中の身体のトラブルには大いに参考になる内容でした。
※下記に添付した野口さんのブログに昨日の内容が記されていました。

山ボケ猫のブログ https://plaza.rakuten.co.jp/yamabokesya/

野口いづみ 日本登山医学会理事・日本山岳会理事。横浜市出身 鶴見大学麻酔科前准教授 都立武蔵高校時代より山岳凱こ所属。 夏は沢登り、冬は山スキーなどを蕪しむ。 海外登山はマッターホルン、モンブラン、キリマンジャロ、ワスカラン(ペルー)、 エルブルース(ロシア)、玉珠峰(中華)など。著書にr菓例から学べる山の病気とケ軌、 r山登りトラブル回避&対処マニエア仙など。
NHKBSニッポン1∞名山などに出演し実技指導。

 上高地に限らず、私たちがボランティアで患者さんを病院に移送している時でも、万が一に備えて最低限の携行医薬品を持つ事は有効で、医師であり登山家の野口さんの講演を振り返り、今後の参考にしたいと考えています。

 さて、昨日は田代橋から小梨平まで梓川沿いの左岸と右岸の外来植物の調査を行い、環境省の自然保護官補佐とともに河童橋から田代橋の梓川左岸を歩き、ウエストン祭の後に右岸を河童橋まで歩きました。

 私が担当する外来植物は「センダングサ」で、田代橋から河童橋の両岸と、私が上高地の居場所としている小梨平が担当区域となっており、小梨平で活動中に出会った愛知県のご夫婦と会話中、偶然にも私と同じ大鹿さんを知っているとの話となり、その大鹿さんは私の父親と同じ名鉄産業の先輩のご子息と判り、その偶然にもびっくりする一日ともなりました。

 こんな偶然の出会いが私を上高地や四国遍路へかきたてます。

                                    6月3日の一言


上高地 ウェストン祭が開催され


イメージ 1

イメージ 2
開会挨拶

イメージ 3
ウェストンレリーフへ献花です

イメージ 4
地元小学生のコーラス

イメージ 5
リコーダーの演奏

イメージ 6

イメージ 7
詩の朗読

イメージ 8

イメージ 9
記念品の販売受付

イメージ 10
山岳会代表の挨拶

イメージ 11

イメージ 12
登山家 野口いずみさんのトーク

イメージ 13
記念品

イメージ 14
梓川対岸からの風景

イメージ 15

 日本山岳会主催のウェストン祭が開催されました。

                                    6月2日の一言


上高地 様々なニリンソウ

                          携帯電話のカメラためピンボケはご容赦ください
イメージ 1
ニリンソウとミドリニリンソウ

イメージ 2
ニリンソウの群生

イメージ 3
サルにとっては貴重な食料

イメージ 4
夜と雨の日は花を閉じます

イメージ 5
完全なるミドリニリンソウ 判りますか?

イメージ 6
美しいミドリニリンソウ

イメージ 7
変り種のニリンソウ

イメージ 8
ピンクのニリンソウ

イメージ 9
花弁に見えるのは10枚の萼(ガク)片

イメージ 10

 ニリンソウは上高地の春を代表する花で、夏になると根を残して地上にある葉は枯れて姿を消してしまいます。

 ニリンソウを目的にして上高地を訪れる人も存在し、ミドリのニリンソウや花弁に見える萼(ガク)片の多いニリンソウを探しながら移動する人もありますが、ニリンソウはサルの食用になるばかりでなく、上高地の外では食べる人もあるそうです。

 昨日のコメントにニリンソウに関する書き込みがあったので、25日に撮りためていたニリンソウを添付しました。

                                 5月28日の一言

上高地 徳沢トレッキング

                                                                                           日曜日の写真です
イメージ 1
徳沢園 最高のキャンプ日和でした

イメージ 2
トレッキング前の準備体操 午前9時ビジターセンター前

イメージ 3
ガイドはパークボランティア三澤さん

イメージ 4
ニリンソウの群生地

イメージ 5
明神へ到着 午前10時50分

イメージ 6
出発前の説明

イメージ 7
10枚のガクがあるニリンソウ

イメージ 8
心地よい歩きです

イメージ 9
木陰に隠れて見ています

イメージ 10
景色が変わってきました

イメージ 11
まもなく到着です

イメージ 12
徳沢園への到着時間は午前12時12分

イメージ 13
徳沢園

イメージ 14
ソフトクリーム

イメージ 15
熊の目撃情報

イメージ 16
小梨平ビジターセンター前 ボランティアのガイド中でした 午後3時15分

 2日前に開催された徳沢フラワートレッキングの様子でした。

上高地での徒歩数

4月20日 20893歩 長靴の除雪作業
   27日 19892歩 長靴で開山祭後に明神池まで巡視
5月11日 16546歩 長靴で明神池までカモの生息数調査
   12日 19779歩 ランニングシューズで大正池まで野生動物(サル)の追い払い
   25日 25638歩 ランニングシューズで徳沢まで

 ゴールデンウィークの四国遍路の徒歩数は、3日が13065歩、4日が13854歩で、5日が10016歩だったことを考えると、上高地の徒歩数は格段に多く、昨日の安土城跡の散策も9630歩だったことを考えると上高地では歩いていますね。

 今から30年ほど前の話となりますが、右足のカカトの裏側が連日痛み、痛みが長期化していた中で、知人のアドバイスによって当時6千円程度のアシックススポーツシューズに履き替えたところ足裏の痛みが無くなりました。

 新聞販売店を生業とするうえで足の痛みは致命的でしたが、アシックスの靴になって一度も痛みは出ておらず、上高地で登山靴を履きかけたものの足に嫌な前兆があり、上高地ではアシックスのランニングシューズと、長靴は裏に生ゴムが付いた靴を履くことに決めています。

 もっとも、最近では4千円程度のアシックスランニングシューズにしていますが、量販店やネット通販では安価な靴が入手できないものの、靴の良し悪しは徒歩数に影響することから、夏を前にして買い換えたいと思っています。

                                    5月27日の一言


明日は上高地徳沢トレッキングへ

                                          本日の上高地 五千尺ライブカメラ
イメージ 1

 明日は上高地ビジターセンターの主催する「徳沢フラワートレッキング」に参加するため、今晩から出発しますが、日曜日に家族の琵琶湖行きに同行するために、明日一日だけの上高地になり、添付した写真のような快晴の予想だけに残念でもあります。


 さて、徳沢トレッキングは2年ぶりの参加となりますが、案内する三澤さんは上高地パークボランティアの先輩となり、2年前には私の勉強のため無理に連れていってもらいましたが、今回もガイドする立場での復習とはなるものの、自分自身が忘れていたか知らない上高地の再発見の機会にしたいと考えています。

第73回ウェストン祭 2019年6月1日(土)・6月2日(日)

 来週の週末にも徳沢トレッキングは開催されるので、関心のある方々の参加をお薦めするとともに、来週は添付したウェストン祭も開催されているため、来週も上高地へ行く予定としていますが、最近役務的になっていた上高地の反省から、観光客として訪れたいとも考えています。
 近くの人(愛知県西尾張地域)であれば一緒に行ってみませんか。

 本日は「人にやさしい街づくりin津島歴史・文化ゾーン体験型検証とシンポジューム開催事業」の市費補助金等交付申請書を担当する窓口に届けてきましたが、申請は簡単でもその後のスケジュールを考えると、年金生活者には大きなストレスにもなりそうです。

 しかし、無職の年金受給者(まだ全額支給されていませんが)には、有り余る時間と健康な身体を遊ばせることなく、上高地と四国遍路を中心にして、しばらくはボランティアと並行して楽しみたいものです。

 人生の中で、こんな環境は何時まで続くか判りませんから楽しみたいと思います。

                               5月24日の一言

上高地パークボランティア 猿の追い払い


イメージ 1
本日の大正池と焼岳

イメージ 2
サルの追い払いに出発します

イメージ 3
田代湿原

イメージ 4
木道散策路を歩きます

イメージ 5
大正池と穂高

イメージ 6
サルの追い払いの啓蒙とガイド

イメージ 7
貴重になった枯れ木

イメージ 8
私の好きな大正池の風景

 本日は環境省の野生動物対策として、上高地のサルのオイ払いが行われ、私は大正池周辺の担当となり、メンバーとともに河童橋から梓川右岸から、林道コースから田代湿原経由で大正池に到着し、梓川左岸経由でバスターミナルまで帰りました。

 もっとも、サルとの遭遇は帰路に数匹ありましたが、多くの観光客の視線の中でサルを追い払うのは本位ではなく、他の観光地のような馴れ合いは無いものの、中国人観光客の中には菓子を与えるケースもあり、サルの追い払いの意味と必要性を啓蒙しながら歩きました。

 私自身はサルの追い払いは好きではありませんでしたが、昨年生まれたばかりの赤ちゃんサルが、車の走る県道で2匹轢かれて死んだことを聞き、サルを人と離れた山に追い払うことも必要と言い聞かすことにしています。

 さて、愛知県から上高地のボランティアに参加すると、これまでのキャラバン(ジャンボタクシー)では56リットル程度のガソリンが必要になり、燃料と沢渡からのシャトルバスの料金で1万円以上かかっていましたが、今回利用した軽自動車では半分の燃料で行けることが判りました。

 今月から年金生活者になるため、こんなところで節約していく気持ちが重要ですが、半額で行けるなら今までの2倍は上高地に行けると、帰宅後に家内を納得させようとしているようでは反省もありませんね。

                                     5月12日の一言

上高地の名物 ホームレス画伯のテントが

イメージ 1
天候に恵まれた河童橋のにぎわい

イメージ 2
アズマヒキガエル

イメージ 3
清水川

イメージ 4
焼岳

イメージ 5
ポスター

イメージ 6
インフォメーションセンター

イメージ 7
桜の下の三男の車

イメージ 8
ホームレス画伯 渡辺さん

本日の写真です。

「大鹿さん、いいと良い所に来てくれた」の一言は、テント設営中のホームレス画伯こと渡辺さんの一言で、昨日から上高地の小梨平に入って、10月25日まで滞在するため準備中の現場に出合いました。少しは設営の役にたちました。

半年ぶりの再会です。

二十年来の付き合いとなりますが、今年80歳になられたものの益々?元気です。


上高地 カモ類個体数調査

イメージ 1
明神橋を渡ります

イメージ 2
こんな所です

イメージ 3
静から動へ

イメージ 4
静かなる明神池

イメージ 5
木道を帰ります

イメージ 6
まだ雪があります

イメージ 7
明神館前

イメージ 8
にりんそうの花

イメージ 9
明神で初めて車イスの人を見ました

上高地のパークボランティアでカモ類の個体数調査を実施し、私は明神池周辺を担当しました。

午後はボランティアの総会が開催され、本日は終了後に沢度に下ります。

明神で車イスの人を見たのは初めてです。他の希望者のため、写真撮影を依頼して後ろ姿を撮らせていただきました。

上高地へ車イスで行きたい人は私まで連絡ください。

吹雪の上高地となりました


イメージ 1
河童橋

イメージ 2
雪が舞ってきました

イメージ 3
振り向くと道路は真っ白に

イメージ 4
バスターミナルも真っ白に

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7
完全な冬景色になりました。

雪から吹雪の上高地に

上高地 雪の開山祭

イメージ 1
アルプスホルンの演奏
イメージ 2
穂高神社の神事

イメージ 3
ホテル五千尺前

イメージ 4
河童橋の様子

イメージ 5
上高地町会長の挨拶

イメージ 6
環境省の挨拶

イメージ 7
地元の獅子舞

イメージ 8
裏方も見事です

イメージ 9
迫力満点の演技

イメージ 10
河童橋では鏡割りがおこなわれました

イメージ 11
ビジターセンター前にも行列です

イメージ 12
特設テントも行列です

本日の写真です。

半年ぶりの上高地 その参

                                  2日前(土曜日)の写真です
イメージ 1
清水橋から明神へ 梓川左岸歩道

イメージ 2
案内看板

イメージ 3
風穴の前

イメージ 4
周りは雪だらけです

イメージ 5
白沢から見える明神岳

イメージ 6
明神館前

イメージ 7
ニホンザル 明神館

イメージ 8
明神橋 塗装中でした

イメージ 9
穂高神社奥宮

イメージ 10
明神池

イメージ 11


 2日前土曜日の上高地です。


 河童橋から清水橋、小梨平を通って明神を目指しました。添付した写真のように、日陰部分はほとんど雪が凍結した状態で、強い陽射しで雪が溶けた坂道はすべり、水溜りのために長靴でないと濡れてしまいます。

 この状況も、今週27日の開山祭までには雪が溶けていくと思われますが、今度は雪解けで溜まった水溜りによって、散策には濡れない靴か濡れても良い準備が必要で、私は長靴を履いていくことにしています。

 さて、昨年11月からの閉山期があっという間に経過したことから、できれば長く感ずる上高地の一年にしたいと思います。

 次は27日の開山祭です。
                                     4月22日の一言


半年ぶりの上高地 その弍

                                          昨日の写真です
イメージ 1
除雪機でハスターミナルから河童橋の歩道確保へ

イメージ 2
かなりダイナミックです

イメージ 3
車道横はこんな具合です

イメージ 4
通行止めの案内

イメージ 5
上高地パークボランティアによる除雪作業 帝国ホテル周辺

イメージ 6
一日前に除雪した散策路

イメージ 7
延々と続く木道の除雪あと

イメージ 8
雪が残る清水橋周辺

イメージ 9
雪に囲まれるビジターセンター

イメージ 10

こんな雄大な景色の下でのボランティアです


 今年は雪が少ないと聞いていたため、半年振りに訪れた上高地の雪の多さにびっくりしましたが、環境省のパークボランティアの施設維持活動もツルハシとハンマーを持参する除雪作業となりました。

 3月末と4月始めに降った大雪が残り、大正池から河童橋への散策路は通行止めとなっており、来週(27日)の開山祭までに歩けるようにしたいものですが、2年前の長靴でも苦労した除雪作業ほどではなく、前日の作業の効果がはっきり認識でき、本日活動するボランティアの手でかなりの除雪がはかれそうです。

 それでも来週の開山日は長靴かレインシューズで訪れて、水溜りで靴が濡れて不快な思いをされないことをお薦めします。

 昨日の除雪作業は午前中で終えて、午後は明神池までの巡視作業にしましたが、梓川右岸は通行禁止となっており、通行できる左岸も雪と厚い氷で凍結し、春の温かい陽射しを受けて、午後には溶けた水でツルツルになり、水溜りを避けて歩いた私の家族も靴はびしょ濡れになっていました。

 私は一年間を通して長靴持参にしていますが、しばらくはこんな環境下の散策となるものの、天候さえ良ければ最後に添付した写真のような雄大なアルプスの中での散策となります。

明神池までの顛末は次に続きます…
                                   4月21日の一言

半年ぶりの上高地 その壱


イメージ 1
大正池に映る穂高連峰 午前8時20分

イメージ 2
上高地バスターミナル 8時32分

イメージ 3
河童橋 8時40分

イメージ 4
午前8時42分

イメージ 8
穂高連峰 8時43分

イメージ 5
除雪中

イメージ 6
五千尺から見るバスターミナル方向

イメージ 7
本日午前8時46分の焼岳


 本日の写真は半年ぶりの上高地です。


 午前5時30分に愛知県津島市の自宅を出発し、尾西ICから東海北陸自動車道を走り、ひるがのSAでトイレ休憩後に、高山IC経由で平湯トンネル、安房トンネルを通過し、釜トンネル、上高地トンネルを経て午前8時20分に上高地大正池に到着しました。

 本日は雲一つない快晴の上高地となりましたが、今年は1月から3月初旬まで雪が少なかったため、開山前のボランティアも除雪を行うとは思ってもおらず、3月後半と4月になってから降った大雪によって、大正池から河童橋までの散策路が雪に埋もれて通行止めになっており、本日は帝国ホテル周辺の木道散策路をツルハシやハンマーで氷を割って一部ですが散策できるスペースを確保しました。

 午後は小梨食堂で昼食後に明神池まで巡視に出かけましたが、こちらも梓川右岸は通行止めになっており、左岸を往復したものの、途中の凍結した坂道で転倒する人が多数存在し、雪解け水で靴はビショビショとなります。
 ※私はゴム長靴のため濡れませんが、上高地は長靴が一番ですね。

 ボランティアの除雪の様子と、明神までの巡視については明日以降に書き記そうと考えていますが、一年に何度もないような快晴の一日となり、明日以降もボランティアに参加したいと思うものの、明日は市議会議員選挙の投票日であり、毎月21日は真言宗の寺院で「阿息観」に参加しており、午後3時には横井庄一記念館に出向く必要があるため、本日の上高地は午後3時までの滞在して、御嶽山の霊神場経由で愛知県まで帰りました。
                                    4月20日の一言

上高地 田代池と湿原


イメージ 1
田代池

イメージ 2
立ち入れない神々しさ

イメージ 3
湿原から見える穂高連峰

イメージ 4
穂高橋から見える温泉ホテル

イメージ 5
梓川左岸提から見る穂高と明神岳

イメージ 6

上高地の三段紅葉


 「今年のカレンダーはどうしたの」の一言は昨日家族が発した言葉で、うかつにも毎年購入している上高地のカレンダーを買わないままに帰宅し、先週が最後かもしれないと言っていたたけに家族に指摘されても後の祭りです。

 予定に全くなかった沖縄へ家族で出かけることになり、上高地閉山式の前日夜に帰宅するため、15日は何とか行きたいと言うエールに期待していたものの、前日まで沖縄に滞在することを知る人々からは声が上がりません。

 行きたいと言ってもらえれば行く気満々なんですが…

 学生時代に観光バス会社のアルバイトをしており、飛行機を利用した際に無重力状態のように揺れ、これ以後は絶対に飛行機には乗らないと決め、北海道までフェリーを利用し、仙台や九州への仕事は新幹線や列車を利用してきました。
 ここ10年程前から上高地の開山式と閉山式は必ず出向くと決めていたものの、家族というよりも、昨年12月の私の誕生日に生まれてきた孫と一緒に出向く機会は二度とないため、上高地と飛行機の封印を解きました。

 もっとも、毎年8月16日の送り火と大晦日の除夜の鐘は京都に出向いていたものも、昨年からは足を向けておらず、慣例化させてしまうのも問題と思いますが、やはり上高地に足が向くのは親しい知人が複数存在することにありそうです。

 さて、来週出かける沖縄にも会いたい知人が存在し、わざわざ仕事を休んでいただいたため、こんな出会いも大きな魅力で、沖縄の観光名所に期待する家内とは違い、13日は知人任せで行動したいと思っています。

 明日は知多半島の巡礼の旅に同行する一日となります。

                                   11月6日の一言


上高地パークボランティアに参加して


イメージ 1
河童橋から田代湿原まで木道の清掃です

イメージ 2
いざ出発です 午前9時

イメージ 3
ウェストン碑

イメージ 4
温泉ホテル前

イメージ 5
参加者が多く渋滞中です

イメージ 6
こんな環境なので苦痛は感じません

イメージ 7
信州大学東城教授の講座

イメージ 8
環境省からボランティア参加15年表彰を受ける埴崎さん(右)

イメージ 9
午後4時37分の河童橋


私には今年最後となりそうな上高地パークボランティア参加です。

午前中は田代湿原まで園路清掃を行い、午後は研修会とボランティアの定例会が開催されました。詳細は後日に。

明日は横井庄一記念館のボランティアのため愛知県へ戻ります。


                                     11月3日の一言


紅葉の上高地へ


イメージ 1
沢渡の紅葉です

イメージ 2
沢渡バスターミナル 朝7時40分

イメージ 3
車窓から見るバスターミナル

イメージ 4
車窓から見る大正池

イメージ 5
まもなく上高地バスターミナル

イメージ 6
終点です

イメージ 7
バスターミナルとインフォメーションセンター(右)

イメージ 8


久しぶりの上高地です。

紅葉はもちろんですが、落葉したカラマツの香りが最高になっていました。

とりあえずは朝のバスターミナルまで……


傘と長靴が必需品となる上高地で

イメージ 1
沢渡バスターミナル 
                             ススキから秋の気配が 午前7時30分

イメージ 2
増水した梓川と河童橋 午前8時20分

イメージ 3
誰もいない河童橋

イメージ 4
ホームレス画伯もテントにこもって出てきません

イメージ 5
梓川にもススキが

イメージ 6
雨のビジターセンターと六百山 午前中はここに

イメージ 7
小梨(ズミ)の実

イメージ 8
午後はこちらへ

イメージ 9
アライグマと遭遇 バスターミナル

 半月ぶりの上高地も、沢渡バスターミナルから激しい雨で、県道上高地線が通行止めになる可能性が話題になる上高地入りで、実際に到着した直後に大雨洪水警報より危険な土砂災害警戒警報が出ており、本日の作業目的となっていた散策路整備は中止となり、ビジターセンターでの作業となりました。

 手先が不器用な私は役立たずで、手先が器用な人のようには間に合いませんが、8月にクラフト教室で竹笛を作って以来のものづくりで、後日にその成果と完成品をお披露目したいと考えています。

 さて、午後は活動ステーションでの定例会が開かれ、8月に開催された環境省のイベントや活動報告と、ボランティアの活動や今後の予定について報告があった後に、先輩を講師役としたミニ勉強会が開かれました。

 津島市では上高地について誰にも負けないと思っていても、ボランティアの先輩達の蓄積した知識や経験には全くの無知であることを自覚させられ、素直な小学生のような気持で学ぶ気持にさせられます。

 次の上高地は月末で、ガイド勉強会が開催されます。

 本日は朝から午後まで雨が降り続け、午後4時頃には雨があがって太陽の日差しが差したものの、残念ながら日帰りとなりました。
 ただし、完全なる晴天はしばらく期待できないため、長期滞在中の渡辺画伯が月末まで居残るかが微妙な環境ではありますが、本日の小梨平のテントはまだらとなり、ススキなど秋の気配に寂しさもしのび寄る上高地となりました。

                                       9月8日の一言

明日の予感   雨の上高地へ


イメージ 1
お盆の上高地

明日も雨の可能性が高く、雨中の上高地になりそうです。

お盆に滞在した上高地も一日晴れただけで、2日目から毎晩のように雨に降られ、最後となった14日と15日は激しい雨に見舞われ、靴も濡れたため長靴で行動していました。

どうやら明日もそんな覚悟が必要になりそうです。

                                       9月7日の一言

上高地 8月の滞在記録


イメージ 1
清水橋  8月15日午前7時58分

夏の上高地で一番気持ちの良いスポット。流れている清水川は300メートルも進むと無くなりますが、毎秒1トンの湧き水が年間を通じて六百山から湧き出しており、一年を通して6度の水は上高地唯一の名水です。上高地の施設で利用されている飲料水の水源になります。

イメージ 8
帝国ホテルの裏から見る明神岳 8月10日

イメージ 9
山の日イベント・クイズラリー  田代橋  8月11日

イメージ 2
にぎわう河童橋 8月14日午前10時

イメージ 3
激しい雨 8月14日午後12時58分

イメージ 7
我家の親子テント

イメージ 4
沢渡までのバスを待つ長い列  8月16日 午後4時06分

 例年上高地には8月初めに出向いて、お盆前の12日まで滞在してきましたが、今年は9日に訪れて15日まで小梨平のテントから行動していました。
 例年は我が家の家族が夏休みとして訪れますが、今年は娘の家族が訪れた12日まで大きなテントに独り暮らしとなり、初日にテント設営を手伝ってくれた家内は、午後4時30分の名古屋行きの高速バスで帰宅していきました。
 
 9日 テント設営 家内はバスで名古屋へ
10日 バスターミナルから田代橋周辺までの園路清掃
11日 山の日イベント・クイズラリー田代橋テントの受付
12日 ビジターセンター・人形劇の準備と実演
13日 ビジターセンター・人形劇実演と後片付け
14日 ビジターセンター・クラフト教室   テント撤収して沢渡へ
15日 ビジターセンター・クラフト教室と後片付け  帰宅

イメージ 5
本日午後5時の河童橋 ライブカメラから

イメージ 6
ホームレス画伯の姿もありました


 本日午後5時過ぎの上高地五千尺ホテルのライブカメラを見ると、人もまばらになっている中で、ホームレス画伯こと渡辺さんがキャンパスに向かって黙々と穂高を描き続けており、おしゃべり好きの画伯には人が居なくなった時間帯が一番熱中できる時間なんですね。

閉山となる11月15日まで2ヵ月半となりました。これからの上高地は見事な秋色に染まっていきます。

                                     8月29日の一言

上高地パークボランティア


イメージ 1
外来植物除去作業   昨日の明神方面

イメージ 2
外来植物の種子を持ち込まないためのポスター

イメージ 3
明神橋まで

イメージ 4
3人で9、1キロ除去しました

イメージ 5
本日は田代周辺散策路土砂除去

イメージ 6
熊の目撃情報 5月6日

イメージ 7
熊の目撃情報 6月28日

イメージ 8
散策路からウカツに踏み込むと大きなヘビが  
                     ジムグリ(カナヘビ科) おとなしい無毒のヘビです

イメージ 9
バスターミナル前 山に祈る塔

イメージ 10
本日は山の犠牲者の慰霊祭が行われていました

                                     7月1日の一言

上高地 時間が止まったような感覚に


イメージ 1
私が上高地で一番好きな場所

イメージ 2
西欧の女性が好むテーブル

イメージ 3
午後の昼寝に最高のベンチ

イメージ 4
本日の河童橋

イメージ 5
上高地に同化した仙人 別名ホームレス画伯、失礼、渡辺さんです

イメージ 6
足元から離れないキジバト

イメージ 7
ゼンテイカ

イメージ 8
カラマツソウ

 昨晩の愛知県は各地で大雨洪水警報が出され、私の目的地とする上高地に旅立つ前に激しい雨に見舞われ、家族だけでなく知人まで、「こんな日でも行くのか」と電話をくれるような激しい雷雨の中を出発しました。

 幸いにして長野県に入った頃には雨があがり、雲間に月がでるような天候に恵まれましたが、上高地も2日前には激しい雨に見舞われ、昨日も終日雨の一日であったとの話に、運の良さに感謝するとともに、昨日ボランティアに参加していた人々には聞こえないものの、ご苦労様と言わないとすまない心境になりました。

 本日は明神方面の外来種除去が目的で、2週間ほど前に我が家の近くで撮影してここに添付した「ヒメジョオン」と、「エゾノギシギシ」を除去しましたが、環境省職員とボランティア2名で9、1キロの成果がありました。


 ただし、これも広い上高地の氷山の一角で、すべてを取り除くには限界があり、何とか増えないようにするだけで精一杯となります。

 明日は、田代湿原周辺が活動場所となり、最近の豪雨で散策路にあふれた土砂やゴミの除去と整備が予定されています。明日も天気に恵まれれば幸いです。

                                      6月30日の一言

ふと、上高地の花々を思い出して


イメージ 1
何の花か判りますか?  上高地5月27日
                                            キジムシロです
イメージ 2
4人で乗ればバスより低額に…

イメージ 3
イワカガミ

イメージ 4
マムシグサ
                                茎の縞模様からついた名前のようです

イメージ 5
タケシマラン

イメージ 6
ルイヨウボタン

イメージ 7
何か判りますか?

イメージ 8
トウヒの木肌でした

イメージ 9
ツマトリソウ

イメージ 11
嘉門次小屋 明神

イメージ 10
上高地と沢渡のシャトルバス 片道1,250円

 知人から送信されてくる各地の草花や、我家で毎年開花する草花を過去と比較して添付していましたが、私の携帯電話のカメラで保存した上高地の花も多く残されており、多すぎるため時間が経過すると名前も調べずに削除する繰り返しでした。

 添付した花々は、5月27日に開催された徳沢トレッキングにおいて、パークボランティアの先輩で、私にとってはガイドの先生役にもなってもらっている三澤女史が、案内した参加者と散会した後に、徳沢園からの帰り道に教えてもらった草花です。

 上高地には多くの山野草が生育しており、標高1500メートルの多様性に富む自然環境の中に、春から夏にかけて高山植物や北海道にしか生育しない植物が、一斉に花を咲かせていきます。

 上高地は3千メートル級の北アルプスへの登山の通過点でもありますが、人が踏み込まずに保護された自然環境の中で、貴重な花々が花を咲かせ、自然と共生する野鳥が我々の目前に現れ、神々しい穂高連峰の空気を吸いながら図鑑片手に歩くのも魅力の一つです。
 図鑑は大変ですが、ビジターセンターには現在咲いている「今日の花20種」が随時更新して置かれており、簡単な散策ガイドを手にして歩くと、ウォーキングとは全く違う上高地の魅力を実感できます。

 「花と鳥は判りません」を口癖にしていますが、こうして教えていただいた花の名前をひとつひとつ記憶して、上高地を訪れる度に5種記録し、一種ずつ記憶する程度のノルマで知識を蓄積したいと思います。

 上高地で覚えた日本在来のエゾタンポポと、外来種の西洋タンポポの違いが判るようになり、こんな簡単で些細なことが私の植物への関心を高めてくれました。

            本日の体重 72、2キロ 徒歩数 3706歩 間食あり
                                      6月8日の一言

上高地 ホームムレス画伯も健在です

                               先週土曜日の写真です
イメージ 1
上高地の名物画伯です

イメージ 2
上高地の中心地河童橋

イメージ 3
絵具を塗っていきます

イメージ 4
どちらが景色か判りません

イメージ 5
渡辺画伯です

イメージ 6
上高地を描き続けて59年

イメージ 7
人と話すと止まりません

上高地を描いて59年のホームレス画伯渡辺勝夫さんです。


 私が初めて上高地を訪れたのが昭和49年の夏で、それからでも44年が経過しているものの、画伯は描き続けて59年ですから、上高地で働いている人たちより永くこの景色を見続けてきたのですね。

 今では半年間上高地の小梨平でテント生活を送っており、私の上高地からの発信で渡辺さんの安否確認をされている人も存在し、今年は5月15日からテントを張り、10月頃まで滞在される予定ですが、初めて出会った頃と比較すると、背の高いおじさんから完全なるお爺さんになってしまわれました。

 上高地を訪れるたびに顔をあわせていると、近所に住んでいる旧知の知人のような感覚となり、夏には隣にテントを張って本当の近所付き合いともなり、息子の開業時にも大きな油絵を記念に頂きましたが、大きく重すぎて壁にもかけられません。

 今年も上高地の名物ともなったホームレス画伯に会いに来てください。河童橋の横に立てたキャンパスか、小梨平のテントを探すと80歳とは思えない元気な画伯の声がかかってきます。

                                    5月28日の一言

上高地 徳沢フラワートレッキングへ


イメージ 1
快晴の河童橋 午後3時

イメージ 2
ビジターセンター前の小梨の説明からスタート 午前9時

イメージ 3
梓川から穂高を展望します

イメージ 4
シナノ笹の説明

イメージ 5
樹齢350年 別名黄門様のカラマツ

イメージ 6
本日は花のトレッキングです

イメージ 7
幸せを呼ぶ緑のニリンソウ

イメージ 8
快適なトレッキング日和です

イメージ 9
ダイナミックな北アルプスの展望も

イメージ 10
徳沢に到着です

イメージ 11
午後12時30分 現地で解散です

イメージ 12
徳沢園

イメージ 13
最高のキャンプ日和です

 上高地ビジターセンター主催の徳沢フラワートレッキングが開催され、ガイド役の三澤さんはパークボランティアの先輩で、昨年の徳沢トレッキングにも同行させてもらい、私にとってはガイドの先生役でもあるため、今年もお願いして補助員として同行させてもらいました。

 河童橋から明神まで徒歩で約1時間かかり、徳沢には更に1時間ほどかかりますが、花や樹木だけでなく、小鳥の声にも耳をすませて案内するため、観光客より急ぎ足の行程となり、現在明神館前の公衆トイレが使用できないため、明神池経由の徳沢行きとなりました。トレッキングでトイレが使えないのは致命的です。

 そんな不運も、上高地はミヤマザクや小梨が満開で、ニリンソウなど花盛りの環境が参加者の疲れを払拭し、参加者の好奇心が衰えることなく徳沢に到着しました。

 花盛りの上高地ですが、説明を聞いてもあまりにも種類が多く、最初に聞いた花がメモを見ても判らなくなり、最後尾を歩く参加者から問われても四苦八苦となり、「僕はゴミ拾いのプロを目指します」の一言に、「なにを言ってるの」と帰路は私への案内までしてもらうことになりました。それでも…

「大鹿さん、この花なんだったかな?」
    「うーん、確か、タケ…」
「うん、うん」
    「(閻魔帳を見て)、タケシマランか」
「そうやって覚えるしかないわ」

 花を見ただけで名前が判り、小鳥の鳴き声を聞いただけで名前を説明できる先輩のようにはいきませんし、花が咲いているのは長くても一週間程度で、次に出会うのは一年後となりますから、自分の得意な花からひとつひとつ覚えていくか、ガイド前日の予習が必要になります。
 今年も勉強の一年となりますが、今年から登録された新しいメンバーの存在も頑張れる刺激となり、新しいボランティアとの出会いや、先輩方からの思いやりが清々しい気持にしてくれます。

                          本日の徒歩数 25750歩
                                       5月26日の一言

今月2回目となる上高地パークボランティアへ

イメージ 1
小梨平から見る本日の穂高連峰 手前はマユミの木

イメージ 2
本日はサルの追い払いと普及啓発活動

イメージ 3
サルを追い払う試射
                        サルに当てるのではなく威嚇です
                         そして、弾は自然に戻る原材料でできています

イメージ 4
小梨の木 ビジターセンター前

イメージ 5
小梨の花

イメージ 6
河童橋から見る梓川と穂高

イメージ 7
ニリンソウの花

イメージ 8
ビジターセンターのガイドツアーに出会いました

イメージ 9
田代橋からの遠景

イメージ 10
大正池

イメージ 11
道路に出ていたサルを山に追い払います

 本日のボランティアはサルの追い払いと観光客への普及啓発活動ですが、生まれたばかりの子ザルを連れた群れを威嚇して追い払うのは可哀想で、私の持ったパチンコの石を引く力も緩みますが、人を怖がらないサルは危険で、今年生まれたばかりの赤ちゃんザルが今年になって上高地で2匹車に撥ねられて死んだそうです。

 死んだ子ザルから母猿が離れないため、亡骸を回収もできなかった話や、死んで白骨化した子ザルを抱かえて移動する親ザルの話を聞くと、サルと人間が適当な距離を置いた方が自然で、サルに菓子を与える観光客の存在を考えると、サルを追い払っていくことと、我々の存在から観光客がサルに近づかないようにするしかありませんね。

 本日の活動範囲は、バスターミナルから小梨平へ行き、もどって河童橋から梓川右岸からウエストン碑、穂高橋経由で田代湿原、大正池へ到着し、林道散策路から田代橋まで戻って、帝国ホテル前から県道(バス道)をバスターミナルまで戻りました。

 本日も過ごしやすい絶好の上高地になり、明日の天候も良さそうなので、明日の徳沢フラワートレッキングも楽しみとなります。
                        本日の徒歩数 24176歩
                                    5月25日の一言

上高地の帰路 御嶽山霊神場へ

                                                               昨日の写真です
イメージ 1
長野県木曽町三岳 昨日は終日雨でした

イメージ 2
日の出滝バス停

イメージ 3
日の出滝

イメージ 4
明栄講の霊神場

イメージ 5
昨日の明栄講ろ組の霊神場 

イメージ 8
昨年の霊神場です

イメージ 9
霊神碑が倒れていました 昨年

イメージ 10
倒れた石灯篭  昨年の明栄講霊神場 

イメージ 6
轟音を立てて白川に流れる土管の排水

イメージ 7
雨の中で咲いていた八重桜

 昨年から、上高地の岐路に必ず足を運んできたのが、木曽福島から御嶽山黒沢口に入った木曽町の御嶽山明栄講霊神場で、ここに建てられた祖父の霊神碑と、我が家の新屋(分家)の霊神碑や知人の石碑に般若心経を唱えてきます。

 「ドドド、ドドド~」、「ポツ、ポツ、ポツ、ボツ」

 日の出の滝と、霊神場の裏山から流れてくる水が白川に注ぐ音が響き、私の雨傘をたたきつける雨音も大きく、般若心経の声がかき消されないないように大声で唱えましたが、一年前に地震によって倒れたままの石碑も残るものの、多くは元通りに修復されていました。

 かつては尾張地方には多くの御嶽様の先達が存在し、我家の新家の祖父も明栄講ろ組の先達ですが、私の祖父も明栄講へ組橋本講社(旧尾西市)の先達で、私は小学校2年生から御嶽山の頂上まで毎年登ってきました。

 我家の座敷は仏壇の横に御嶽様の神棚が中央に位置し、祖父が亡くなってからは祖父の知り合いの先達さんに来てもらっており、私の事務所のお祓いや神棚もお世話になっていましたが、今年になって亡くなられたため、これからは依頼する先達さんが存在しなくなってしまいました。

 近所にも多く存在した御嶽様の先達が、全く皆無になってしまったのは何故か。

 私自身が四国八十八ヶ所霊場の先達をしていることから比較すると、御嶽山の先達の修行は厳しく、真冬でもお勤めの前に水をかぶるとか、科学的に理解できないような厳しい修行を続けるのは現代社会では受け入れがたくなってきたと思われます。

 一方で、四国霊場の先達の中には、仕事として旅行会社のツアーガイドになるために補任を受ける人もあり、宗教的な修行を求められておらず、西国巡礼の先達にいたっては1回巡拝しただけで、観音経どころか般若心経が読めなくても、お寺に申し出れば誰でも先達になれます。

 同じ先達ではありながら、他人の家の神棚やお祓いまでする御嶽山の先達は、個人の病気治癒や心配事への加持祈祷も求められており、人を霊場やお寺に連れて行くだけで良いとされる四国遍路の先達とは全く違います。

 科学的とは思えないかも知れませんが、明らかに神通力を持っているとしか思えない先達さんを探すのは大変で、我家も座敷と店舗に置かれた御嶽様を引き続き祈願していくのは大変になっています。

           本日の体重 72、7キロ 徒歩数 3501歩 間食あり
                                     5月14日の一言

雨の上高地 パークボランティアガイド研修会


イメージ 1
雨の河童橋 本日午前8時18分

イメージ 2
沢渡バスターミナルの山ツツジ

イメージ 3
シャトルバス 沢渡午前7時40分発
                           何とか午前中は雨が降らない事を期待して

イメージ 4
しかし、上高地到着時には激しい雨が…

イメージ 5
環境省活動ステーション前から出発です

イメージ 6
雨に濡れて指導する講師の八巻先生

イメージ 7
雨でも河童橋は風情がありますね

イメージ 8
傘と合羽姿のガイド研修です

イメージ 9
雨で身体が震える研修会となりました

イメージ 10
雨で閑散としたホテル白樺荘売店前

イメージ 11
シャトルバスで沢渡へ戻ります

イメージ 12
私の足です 気持良い温かさ

イメージ 13
沢渡足湯公園 源泉かけ流しです

 本日は環境省主催のパークボランティア・ガイド研修会が開催され、活動ステーションで環境省職員のガイダンスと安全対策に続いて、講師の八巻さんによるガイドの基礎知識について学び、激しい雨の降る上高地へ出てガイドの指導を受けました。


 沢渡駐車場の車中で、長靴と愛用の雨合羽は重荷になるため、鉛色の空を眺めて、天気予報どおりに午前中は軽い合羽と、折りたたみ傘で凌げると判断し、長靴を置いたままバスに乗り込んだところ、発車してまもなく雨が降り出しました。

 雨の上高地は、ヨーロッパやカナダをイメージする穂高連峰の頂も雪渓も見えず、身体は寒さから強張り、合羽を脱いで施設や食堂に入るのも大変なため、早々に退散してバスで沢渡に戻りました。

 昨年はボランティアだけで22日間参加し、約30日ほど上高地に滞在はましたが、不思議なことに一日も雨に降られておらず、久しぶりの雨となりましたが、やはり足元が濡れると気分も億劫となり、何よりも雨の上高地は目的がないと過ごしようがありません。

 さて、本日の研修会で、雨の中でも上高地の魅力を発信して案内するプロ根性を講師より見せられ、雨の場合でも雨を楽しみ、雨の中でも満足できる上高地の滞在方法を考えてみたいと思います。

 片道4時間かけて運転し、前夜から出かけて仮眠して、上高地での滞在時間5時間で退散するのはあまりにももったいないものですが、雨でも行動できる靴と雨具を装備して入らないと何ともなりません。

 もっとも、こんなに早い帰路になったことで、雨中ですが塩尻まで遠回りしてから、木曽福島までの風景を楽しみ、祖父の眠る御嶽山の霊神場でゆっくりと祈ることができ、我家の夕食に間に合う帰宅となりました。

                                    5月13日の一言

知人から送られてきた上高地ベスト10


イメージ 1

 空は曇っているのにも拘わらず、澄みきった残雪の山肌が、立体感を自らの肌に直接冷たく感じさせる様な感動的な興奮を覚えた。
 私が写した美しいベストテンです。全て額縁に収めて永く眺めていたい風景です。

イメージ 2
岳沢湿原から

イメージ 3
小梨平梓川の堤から

イメージ 4
温泉ホテル前から

イメージ 5
田代橋から

イメージ 6
梓川の流れ

 後の4枚のうち3枚(焼岳と大正池)ですが、少しずつ位置を変えてみました。どれも絵はがきにできる美しい風景ですよね。

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10
大正池ホテル横の白樺と大正池
ここまでは知人の投稿です。

 今年12月に65歳になり、少ないものの年金受給者になることから、できるだけ早く上高地と四国、そして地元津島市を3等分した生活を送りたいと考えていますが、
10年前に始めた福祉有償運送が高齢者の増加に伴って依頼が増えており、希望通りに行くことを願うばかりです。

 上高地は開山したばかりですが、4月から上高地で働く新人の方々の姿を見かけると、しがらみもなく行動できる人々が羨ましくもなります。

北朝鮮が核実験場を5月中に廃棄、米韓メディアに公開へ

正恩氏「いつでも日本と対話する用意ある」 文大統領に

 北朝鮮と韓国の融和が進み、南北朝鮮から戦争の危機が回避されようとすることを予想していた人が、日本にはどれくらい存在したか判りませんが、誰もが命を削る戦争を起こしたいとは思っていないことから、このまま関係が改善されることに期待したいものです。

 さて、南北朝鮮の和平が進み、韓国に駐留する米軍が撤退か縮小し、南北朝鮮と中国の関係が好転していくと、日米同盟を頼りにしていた日本の立場は厳しくなり、これからは米国頼みの強硬外交は通らなくなります。

 大統領になってから変人扱いされ続けてきたトランプ大統領と、実の兄まで暗殺したと言われる独裁者金正恩委員長ですが、常識を無視して行動できることから、いがみ合っていた両者の会談が開けてきたのかもしれません。

 そして、南北朝鮮が統一され、統一はできなくとも自由に行き来できるようになれば、韓国から中国やロシアを経由してヨーロッパに行ける鉄道や道路も展開されると、我々日本人にとっても今までとは違う世界観を持てそうです。
 我々が生きている間にそうなって欲しいものです。

 少年時代に出会った不良仲間との出会いを連想してしまい、本日もそんな仲間と一緒に行動していましたが、そんな友人との行動は、譲れないところやコダワリは絶対に妥協できないため、「両雄並び立たず」のことわざのようにならない工夫が必要です。

           本日の体重 71、8キロ 徒歩数 3246歩 間食あり
                                    4月29日の一言

上高地 明神までの散策蕗を歩いて

                                        昨日の写真です
イメージ 1
明神池から河童橋までの木道散策路  梓川右岸

イメージ 2
明神館前の道標

イメージ 3
明神館

イメージ 4
明神岳

イメージ 5
明神池と明神岳

イメージ 6
梓川右岸沿いの木道

イメージ 7
おもわず立ち止まってしまう空間

イメージ 8
岳沢湿原と六百山

イメージ 9
昨日午後4時の上高地

イメージ 10
河童橋とこいのぼり

イメージ 11
一緒に歩いたメンバー

 上高地では昨日開山祭が行われましたが、私は開山祭が始まる前に田代湿原から、昼食後には明神池までの巡視(ゴミ拾い)を行い、愛知県の地元から開山祭に参加した知人たちもゴミ拾いに協力して、田代湿原周辺から明神池まで手伝ってくれました。

 地元の人たちと上高地を歩くのは久しぶりで、せっかくならと現地の案内(勉強中)もしましたが、メンバーは落ちているゴミ探しに熱中し、出会った観光客に問われた花の名前を図鑑で調べている間に姿は見えなくなっていました。

 せっかくの上高地の自然環境を、ただ単にゴミ拾いとウォーキングだけで行動するのはもったいが無く、都会の道を歩くように歩いて行ってしまったメンバーを必死に追いかけました。

 さて、案内と記しましたが、昨年1年間集積したガイドの閻魔帳(メモ)を自宅に忘れており、適当な案内なら何とかなるものの、詳しい説明を求められたら、花のハンドブックや野鳥の本を開けるしかなく、残念な失態となりました。
 本日になって、この閻魔帳はリュックサックのポケットの中にあった事が判明し、忘れたと思ったものの背中に積んでいたことが判りました。

 一週間前に赤い新芽を出していたケショウ柳も、昨日には新緑にかわっており、多くの植物が新芽を出しており、これからは花を見ながら散策するのには最高の季節となります。「私は花は判らないので…」の口癖は、覚える気持も湧いてこないため、これからは足を止めて眺めたいと思います。

「この近くにはカエルが多く居るから」
     「本当だ、あそこにも居る」
     「ところでカエルの名前は何?」
「うーん、閻魔帳を見れば…」

 そして、忘れてきたと思っていた閻魔帳を背負っていたリュックから発見し、アズマヒキガエルである事を確認しましたが、現在交尾の真っ最中で、既に道路の水溜りに散乱された卵もありました。花だけでなく、動物や生き物にもにぎやかな春が訪れています。                  
                              昨日の徒歩数 22503歩
 次の上高地は5月13日のガイド研修日となります。

             本日の体重 72、7キロ 徒歩数 3167歩 間食あり
                                      4月28日の一言


上高地 開山式が行われて


イメージ 1
開山式前のセレモニー  アルプス(アルペン)ホルンの演奏

イメージ 2
午前10時 ホテル白樺荘前

イメージ 3
演奏の打ち合わせ中

イメージ 4
ここでの演奏も魅力的です

イメージ 5
河童橋は人でいっぱいです

イメージ 6
真正面  最高の位置取りです

イメージ 7
真横にも人がいっぱいです

イメージ 8
穂高神社の神主さんによるお祓い

イメージ 9
山の神様をお迎えします

イメージ 10
河童橋上のお神酒

イメージ 11
開山祭50年を記念する舛とピンバッチ

 上高地開山式が行われました。上高地の開山式は毎年4月27日に開催されてきましたが、昭和42年から50回目の開山式となります。

昨年の 上高地 開山式 2017/4/27

5年前の  吹雪の上高地 開山式  2013/4/27

                                             4月27日の一言

上高地から帰って

                                   昨日の写真です
イメージ 1
河童橋と穂高連峰    梓川堰堤から

イメージ 2
梓川と焼岳  河童橋から

 携帯電話のカメラでこれだけ綺麗に写せるのは、上高地が素晴らしい場所の一言ですが、何よりも雲一つ無い晴天に恵まれたことが大きく、普通のデジタルカメラを持参していたら一生の宝物のような写真が撮れたと思われます。

 上高地の一日は、まるで鏡のような大正池に映った穂高や焼岳も魅力ですが、早朝の誰も踏んでいない河童橋に足跡を残すことも魅力で、日中の観光客でにぎやかな雰囲気と、誰も居ない上高地では受ける感動も全く違います。

 誰も人物の居ない河童橋や梓川の写真は久しぶりとなりました。

イメージ 3
後ろ髪を引かれながら帰ります

イメージ 4
奈川村の桜

イメージ 5
木祖村から見える駒ヶ岳

イメージ 6
御嶽山  木曽町

 昨年は30日ほど上高地に滞在しましたが、高速道路を利用せず5時間ほどかかる帰り道も、自宅まで繋がっていると考えると遠くは感じず、まるで上高地まで通勤でもしているような錯覚を覚えるようになりました。

 ただし、自宅からの電話が入り、家内が患者さんを病院に送迎して車内で待っていると聞くと、現実の世界に引き戻され、最近は議員生活と言うよりは、高齢者や障がいを持った人々を移送するボランティア生活に戻ります。

 本日の午前中は、町内の農業用水の清掃作業に参加しましたが、かつてのゴミだらけの用水とは違って綺麗になり、幼馴染や同級生との貴重な再会の場となることから、町内の高齢者の後ろを役務的に歩いていた若い頃とは違った感覚を実感させられました。

 上高地の開山式は来週の27日に行われ、私は午前中の巡視の途中に開山式を鑑賞し、午後にはそれこそ久しぶりとなる明神池まで巡視を予定しており、地元津島市から同行する人々の案内役もしたいと考えています。

 身体を使うボランティアが3日間続けられました。
                                      4月22日の一言

上高地パークボランティア2日目


イメージ 1
本日午前8時9分の上高地バスターミナル

イメージ 2
沢渡足湯公園 午前7時20分

イメージ 3
上高地行きシャトルバス 沢渡バスターミナル午前7時40分

イメージ 4
車窓から見える焼岳

イメージ 5
車窓から見える穂高 大正池

イメージ 6
車窓から見える帝国ホテル

イメージ 7
梓川左岸の清掃

イメージ 8
中の瀬園地までの作業

イメージ 9
活動の報告 バスターミナル前のインフォメーション

 ボランティア2日目となりました。本日の上高地は雲一つない晴天で、こんな日は一年の中でも何度と体験できないカメラ日和ですが、ボランティアが目的のため、そんな気持を封印していると、今年から新たにメンバーになった人たちの真剣な会話に、気持も引き締まりました。

 こんな時に携帯電話のカメラしか持ち合わせていないものの、そんなカメラでも綺麗に写ってしまうのが上高地の魅力で、ボランティアの前と後に撮影した写真は明日にでも添付したいと思います。

 本日は午前中にパークボランティアに参加し、午後は帰路に御嶽山の霊神場に立ち寄りましたが、奈川や木祖村の桜と、晴天ゆえに北アルプスだけでなく、乗鞍岳と木曽駒ケ岳、御嶽山の見事な雪化粧を眺めながら、デジカメを購入したいと思う一日ともなりました。

 明日は町内の川の清掃に参加です。

                        本日の体重 71、5キロ 徒歩数 9236歩
                                     4月21日の一言

半年ぶりの上高地へ


イメージ 1
本日の上高地河童橋と穂高連峰

イメージ 2
同じく上高地河童橋と焼岳

イメージ 3
本日は観光ではなくボランティアです

イメージ 4
清水川 清水橋から

イメージ 5
小梨平野営場

イメージ 6
中川のせせらぎ 小梨橋

イメージ 7
明神への散策路 左岸には雪が残っていました。

イメージ 8
私の大好きな場所

イメージ 9
小梨平と明神岳

イメージ 10
明神岳とけしょう柳

イメージ 11
アルプス観光の建物

 昨年11月15日以来、半年ぶりの上高地となりましたが、本年初日となるパークボランティアの重点活動が実施され、幸いにも晴天に恵まれ、汗ばむような陽射しを受けた活動となり、バスターミナルとビジターセンター間の清掃作業を行いました。

 半年間怠けていた身体は悲鳴をあげそうでしたが、担当者のご配慮もあって何とか初日を終えましたが、明後日に町内の清掃作業が行われるため、明日の午前中でボランティアを切り上げて愛知県に戻ります。

 今年から登録された新しいボランティアの人々の参加もあり、初々しい気持ちと同時に半年ぶりに顔をあわせた先輩ボランティアの方々との久しぶりの会話によって、上高地に対する新たな魅力も感ずる一日となりました。

                                     4月20日の一言

冬季閉山中の上高地を想像しながら


イメージ 1
昨年11月5日午前11時50分の上高地 三段紅葉

 上高地でボランティアの募集があれば教えて欲しいと言われていた知人がおり、本日募集内容を確認すると10名程度の追加募集が発信されていましたが、交通費と宿泊費だけでなく食事も自己負担となるボランティアだけに、これまで上高地に強いこだわりを持っていたとは思えない人に伝えると、遠い愛知県から無理強いする可能性があることからここに添付しました。 ※詳細は下記を参照してください。

上高地パークボランティアの追加募集について

 下記に添付したアドレスは上高地ビジターセンターのライブカメラで、左下にあるライブカメラをクリックすると閉山後の上高地が映し出され、過去の映像も見ることもでき、私は閉山後の上高地の様子をここから見ています。

上高地ビジターセンターライブカメラ https://www.kamikochi-vc.or.jp/

 さて、かつては毎年閉山後の上高地へ歩いて入ることを決めていましたが、平成22年に上高地を訪れた際には、深い雪の中をかき分けて8時間ほど歩いた後遺症として、3日後にわずかでしたがピンク色の血尿が2日間続き、この原因を確認するため病院の泌尿器科で内視鏡検査まで受けることになりました。

 幸いにして何も異常は見つからず、激しい運動によって見えないような細かい結石が下りたのではないかと言われ、翌年からも再び訪れていたものの、雪崩の発生もあることから、年齢を考えて謹んでいたところ、2年前からボランティアに登録されたため、事故で名前がでるような個人的な冬季入山はしないことに決めました。

 ただし、車だけでなく、人そのものが居ない冬の上高地は、車のエンジン音や人の会話もない無音の白黒写真の世界で、ほこりや汚れもない雪の上高地に自分だけの吐息と、鳥や木から雪の落ちる音しかしない自然との一体感は魅力があります。
 愛知県から行きたい人がありましたら連絡をください。一緒に行きましょう。

イメージ 2今年最後となる上高地入りです  12年12月23日の一言
 上高地にも入山税は必要かも   
 
冬季閉鎖の上高地に足を延ばし   11年12月23日の一言
 
今年最後の上高地入りとなり   10年12月18日の一言
 
 上高地は毎年11月15日に閉山式が行われ、翌年の4月中旬(開山祭は27日)まで釜トンネルが閉鎖されるため、我々にとってはシーズンオフとなりますが、北アルプスを目指す登山家だけでなく、上高地内で運営される施設や宿では新年早々から仕事がスタートしています。

18年度スタッフ募集情報
上高地で働いてみませんか?

五千尺ホテル&五千尺ロッヂ http://recruit.gosenjaku.co.jp/news/

 私は一年後には年金生活者となり、これから働いていく年齢ではありませんが、企業の若い上司からストレスを受けて雇用されている位なら、4月から11月とは言え大自然の中で自然と一体になって働くのも一考かと思います。

 「よし、自分も」と言いたいところですが、ボランティアとは言え、地元の高齢者や移動が困難な人々を病院や買い物に同行する運行管理者となっており、複数のNPO法人を主宰しているため、現在参加しているパークボランティアだけで限界です。

 1月もすでに後半に入っており、長いと思っていた上高地のシーズンオフもあっという間に4月を迎えると思われ、四国遍路と併せて今までとは違う新しい体験と出会いを考えると、明日からの雪の天気予報も温かく感じてしまいます。

            本日の体重 74、2キロ 徒歩数 3617歩 間食あり
                                     1月23日の一言


閉山式一日後の大雪にびっくりの上高地に


イメージ 1
本日午前10時頃の大正池ホテル前

イメージ 2
本日午後5時過ぎの大正池ホテル前

イメージ 3
本日午前9時50分の釜トンネル

イメージ 4
午前9時50分頃の沢渡

16日は平地でも積雪のおそれ 11月15日 17時52分

 昨日の一言で、「今年の閉山式も寒風吹く震えるような一日となり」と記しましたが、昨日は雪こそ少なかったものの、身体の震えが止まらぬような一日となり、本日のテレビニュースで上高地の積雪を知り、上高地ライブカメラは昨日で終了しているため、国土交通省松本砂防事務所の「北アルプス東麓防災情報」より、昨日通った大正池ホテル前と、釜トンネルに沢渡の写真を見てびっくりとしました。

 一日違いとは言え、昨日にこれだけの雪が降っていたら、首都圏から来た観光バスや、スタッドレスタイヤに交換していたものの、我家のタクシーもチェーンを巻かないと入れなかったと思われます。

 何よりも、閉山式の翌日となる本日に、後片付けして上高地を下ると語っていた関係者は大変な一日になったと思われます。
 そして、この寒波による雪を見て喜んでいるスキー場関係者の姿も発信されていましたが、私の長距離ドライブに出る気力は一気に減退してしまい、この雪が上高地だけでなく四国遍路も来年4月まで冬眠状態となりました。

                                   11月16日の一言

上高地閉山式 今年最後のボランティアへ


イメージ 1
穂高神社の神官によって神事が執り行われます

イメージ 2
寒風舞うなか多くの人が集いました

イメージ 3
河童橋も人の波が

イメージ 4
穂高連峰に向かって祝詞が読まれます

イメージ 5
河童橋の中央で鏡割り

イメージ 6
運転手でなかったら(悲)

イメージ 7
神事が終ったら直会(なおらい)会場へ

イメージ 8
上高地の役員さんの挨拶です

イメージ 9
閉会後は粉雪(アラレ)が舞いました

イメージ 10
バスターミナルも本日が最後となります

イメージ 11
人の居なくなったウェストンレリーフ

イメージ 12

来年4月まで静寂となる大正池


 4月27日に開山した上高地も、あっという間に閉山式を迎えました。今年の四月は雪が多く、上高地のパークボランティアも鉄のように固い氷を割る除雪作業でスタートしましたが、今年の閉山式も寒風吹く震えるような一日となり、前日の風雨の影響か開始直前になっても人の姿がまだらで心配しましたが、神事が始まると何処に待機していたのかと思うような人で一杯になりました。

 それにしても寒い閉山式となり、多くの人が震えながら神事を見守りましたが、過去にも積雪や吹雪の開山式や閉山式を体験しましたが、本日は還暦を過ぎた身体の影響かもしれませんが、過去に無い震えが止まらぬ一日でした。

 神事が終った後に行われる直会(なおらい)は、上高地に関係する地元関係者や来賓として神事に参加された人々の納会でもありますが、例年会場となるホテル白樺荘が改装中のため、今年は五千尺ロッジを会場として開かれました。

 昨年の一言(下記参照)にも記してありましたが、直会に「今度来る時は、飲むから車で来ちゃダメだよ」と言われていましたが、私がここ数年間に渡って開山式と閉山式に出かけていることを知る愛知県の人たちが同行しており、今年もお酒を口にしない直会となりました。

昨年11月15日の一言

 しかし、明日から上高地の釜トンネルは閉鎖され、来年4月まで自由に入れないばかりか、半年間に渡って顔を合わせていた人々との別れは寂しいものがあり、我々はボランティアですが、上高地で働く人々が閉山後に何をされるのかを考えるとより寂しさが募ります。

 さて、今年はボランティアに22日間参加しましたが、我家から車で3時間半、約200キロ離れた距離がありながら、帰り道に寄り道をするようになり、少年時代の学校への行き帰りの道草のような新鮮さを実感した一年でもありました。

 本日は朝5時に津島市を出発し、8時40分に上高地へ到着し、田代橋まで巡視(ゴミ拾い)後に閉山式と直会に参加し、午後2時過ぎに上高地を離れ、沢渡の足湯公園で足湯に浸かり、境峠から薮原経由で道の駅や寝覚ノ床に立ち寄って午後7時にそれぞれを自宅へ送り届けました。

                                   11月15日の一言

上高地からの帰路に 木曽川の源流・縁結神社

イメージ 1
奈川村と木祖村の境の山の中にある縁結神社

イメージ 2
このセセラギも木曽川へ流れていきます

イメージ 3
縁結神社の入り口 

イメージ 4
こんな丘を登っていきます

イメージ 5
最後の上り坂です

イメージ 6
人里離れた山の中の祠

イメージ 7
多くの絵馬が並んでいます

イメージ 8
この小川の水も木曽川へ

イメージ 9
そして、だんだんと大きくなって木曽川へ  
                   ここは衣更著(きさらぎ)神社前
                               宮沢川と菅川が合流する場所

 上高地から国道158号線(松本市と高山市を結び福井県福井市に至る)を松本方面に走り、沢渡大橋を渡って奈川渡ダムを右に曲がると、木曽路の国道19号薮原に抜ける長野県道26号奈川木祖線に入り、途中の旧奈川村と木祖村の境にあるのが境峠です。

 この境峠に降る雨は、松本側から奈良井川となり信濃川から日本海へ流れる信濃川水系となり、境峠から南側に流れる水は木曽川水系となり、木曽川から太平洋側に流れていきます。
 今週の日曜日に眺めた境峠周辺や、木曽川の源流となる木祖村のセセラギを眺め、この水が我家の近くを流れていくのは何時になるのかと考えると、我が身も自然の一環であることと、水にも生命が宿っているような感覚を覚えました。


 
縁結神社所在地 長野県木曽郡木祖村小木曽5441番地2

 上高地の帰り道に、境峠を下り始めた直後に存在する縁結神社の幟があり、別荘地の管理棟の奥にあることから、しゃれで建てられた神社のように思って車を停めましたが、境内に表示された由来や伝承を読むと、観光の延長線上の神社ではなく、祠の周りには縁結びを願う真剣な絵馬が並べられていました。

 日本で唯一「縁結」の名を持っている神社で、「お参りをすると必ず思いの相手と縁結びが叶う」とか、「恋愛だけでなく、人脈にも利益がある」という長野県NO1のパワースポットに選ばれたと知ると、一度は訪れてもらいたい神社で、当日は家族連れと女性二人の参拝客と出会いました。

 私の住む愛知県とは200キロほど離れた場所にあり、わざわざここを目的として愛知県から行く人はないかも知れませんが、私の住む地域には各町内にそれぞれの神社があるものの、建立された由来や伝承がはっきりとせず、その理由は歴史がありすぎるのかもしれませんが、木曽路に建つ神社にはそれぞれの由来が伝承され、地域の人々によって綺麗に管理されています。

 さて、上高地の帰路については、来週15日に上高地が閉山されてしまい、この日は高山経由で行き来するため、シーズンオフとなる来年4月までは何も記載できませんが、来年には木曽川の源流から愛知県に至る229キロを寄り道してみたいと思っています。
 もっとも、来年は64歳になっているため、そんな根気が残っておればの話となりますが…

           本日の体重 72、7キロ 徒歩数 4606歩 間食あり
                                     11月8日の一言

上高地 私の大好きな居場所・小梨平


イメージ 1
雄大な銀嶺とカラマツ林  小梨橋
                         橋を渡った右側にキャンプ場受付と食堂、お風呂が

イメージ 2
小梨平を流れる中川

イメージ 3
小梨平の梓川沿いに一本だけ立つカラマツ
             私の一番好きな居場所で、正面の穂高だけでなく、
                        右を見れば明神岳、左を見れば焼岳が眺められます

イメージ 8
鮮やかな黄色いじゅうたんの上は足に優しく

イメージ 4
挙式直後の笑顔の素晴らしいカップル
                      私までうれしい気持ちになりました。お幸せに
                                          昨日午後の写真です

イメージ 5
2台の望遠鏡  ビジターセンター前

イメージ 6
左は奥穂高山頂、右は西穂高独標が見えます

イメージ 7

上高地パークボランティアの野竹会長が望遠鏡を案内されていました


 上高地を訪れる人々がそれぞれの価値観を持っているのは当り前ですが、観光客が他の観光客に「ここが一番」と言う場所が必ずしも最高ではなく、河童橋から一歩足を進めると、自分だけの最高の居場所が存在します。

 一泊数万円のホテルに宿泊したことに満足した話や、わざわざ東京から帝国ホテルの水を飲みに来たという話も聞きますが、上高地の魅力は大自然のまま保存された自然環境であり、ホテルの居心地は東京の近代的ホテルには敵いませんし、帝国ホテルの水だけが特別の湧き水ではなく、上高地の水は総て六百山から湧き出た清水川の湧き水です。

 そんな上高地で、4月から10月まで小梨平でテント生活をおくり、河童橋で油絵を描き続ける渡辺画伯は別格ですが、還暦後の有り余る時間を小梨で長期滞在される人が年々増加しており、ホテルですれ違う人間関係とは違う、上高地の隣組や町内会的な関係ができていきます。

 なんせ、一泊800円で滞在できるわけですから、ホテルの1泊分で1週間から半月は滞在でき、雨の日が続いても、目覚めると必ず雲一つない快晴の穂高連峰に出くわし、長期滞在は上高地の自然と同化したような気持になれます。
 ただし、これも私の勝手な価値観ですが…

 さて、小梨平には環境省のビジターセンターが存在し、昨日もパークボランティアの野竹会長が望遠鏡を持ち出して案内されていましたが、奥穂高岳山頂や、西穂高岳独標の山頂に登った登山者の姿を見た人々が感嘆の声を上げていました。

 「出来ないんじゃなくて、来年からはやるんだよ」の一言は、望遠鏡の設置と調整のできない私に会長が発した言葉で、決められたボランティア作業が終った後で、会長や一部の先輩ボランティアが案内されており、昨日は保管場所や設定について教えていただいたため、来年からはボランティア終了後に参加したいと思います。

 今年は中学生を引率して、明神池までガイドとして案内して歩いた経験を、来年は更にパワーアップして、出会った人々に上高地の魅力を発信していきます。

           本日の体重 72、7キロ 徒歩数 2250歩 間食あり
                                     11月6日の一言

徒歩数 1日 10623歩 2日 7283歩 3日 6624歩 4日 14612歩 5日 11720歩

上高地 見事な三段紅葉の一日に


イメージ 1
本日早朝の穂高連峰三段紅葉です   午前8時30分

             穂高連峰の「三段紅葉」
              http://www.kamikochi-guide.net/autumnleaves/sandankoyo.html

イメージ 2
バスの車窓から見えた大正池

イメージ 3
早朝の河童橋

イメージ 4
早朝の焼岳

イメージ 5
午後の三段、いや五段紅葉

イメージ 6
午後の河童橋と穂高と明神岳

イメージ 7
午後の河童橋

 添付した写真は、総て携帯電話のカメラで撮影した上高地ですが、本日の上高地をデジタルカメラで撮影したらどれくらい綺麗に写るのかと思うような、雲一つない晴天の一日となりました。

 皮肉なもので、こんな見事な快晴の日に上高地を訪れる人もあれば、昨日訪れた人々は傘をさし、終日足元を濡らして歩く雨の一日となり、本日訪れた人たちは素晴らしい一日に感動し、昨日訪れた多くの人は「二度と来たくない」と思われたかもしれません。

 昨日の上高地は終日雨となりましたが、穂高では雪が降りしきり、途中で登山を断念した登山者も多く、本日早朝の上高地は山だけでなく、地表も霜が降りて凍り付いており、綺麗な景色は厳しい環境と隣り合わせともなります。

 こんな見事な三段紅葉を目にして、上高地を描いて57年となる渡辺(ホームレス)画伯も、4月から10月までテントを張っていながら、凍えて生活できない厳しい自然環境となり千葉に帰ってしまいましたが、一日中雲一つ無い上高地はめったに遭遇できません。

 私自身はボランティアとして、本日はバスターミナルと河童橋の間の側溝の落ち葉と泥を取り除く作業となりましたが、こんなに天気が良いと土木作業で身体を酷使していても疲れも払拭させてくれました。

 さて、本日は昼食抜きでビジターセンター前で望遠鏡を設置し、1つは奥穂高岳山頂と、1台は西穂高山頂にセットして観光客に無料開放していましたが、山頂に存在する登山者の姿に感動する観光客の姿から、来年はガイドとして更に貢献したいと思う一日ともなりました。

 今年のボランティアは閉山式の15日にも巡視(兼ゴミ拾い)に参加しますが、何と言ってもあと十日後に釜トンネルは閉鎖され、来年4月まで閉ざされた世界となり、しばらくは上高地と隔絶される生活が近づいてきました。

                                    11月5日の一言

上高地   閉山式が近づいて


イメージ 1
本日夕方の穂高連峰
                         上高地は終日雨でしたが、山は見事な雪化粧です。

イメージ 2
既に閉鎖それたホテルの案内
                              寂しいものがありますね

イメージ 3
ホームレス画伯のテント跡地 
                             今年4月から10月末まで滞在した
                                       渡辺画伯も千葉に帰りました。

イメージ 4
上高地から沢渡に戻ります。

イメージ 5
沢渡足湯前の様子です



 半月ぶりの上高地ですが、今年は一度も雨に降られなかったものの、本日は朝から終日雨が降る中でのボランティア活動となりました。
 雨でも活動中は汗だくですが、活動が終った夕方の穂高は真っ白の冬景色となっており、寒さに肩を震わせながらシャトルバスを待ち、沢渡は紅葉が最高となっているものの、冬の寒さに震えることとなりました。

 明日は、午前中のボランティアに参加して、御嶽山の祖父の石碑に参拝後に愛知県に戻っていく予定です。上高地最終日となる15日の閉山式は冬用タイヤに履き替えないと平湯峠は越せないかもしれませんね。

                                    11月4日の一言

上高地 雨の中のボランティア


イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5


今年は上高地に多くの雨が降りましたが、私は20日以上上高地を訪れて一度も雨に降られたことがなく、このまま一年が終わるかと思われたものの、本日の上高地は朝から夕方まで雨となりました。

本日のボランティアは、午前中は田代池周辺の散策蕗の笹の刈り取りと清掃をして、午後はボランティアの定例会が開催され、今年一年の反省と来年の活動について話し合いました。




雨の上高地となって


イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5


日の上高地は雨となりました。

沢渡バスターミナルを発車した頃は曇り空でしたが、途中から雨が降りだし、上高地では完全な雨模様となりました。

雨中のボランティアとなりました。



上高地からの帰路に…木曽福島から御嶽山へ

イメージ 1
14日(土)の上高地です
イメージ 2
御嶽山黒沢口 御嶽神社里宮

イメージ 3
太陽の丘公園 木曽町三岳

イメージ 4
田中旅館 日の出の滝の近く
                              長野県木曽郡木曽町三岳2841−2

イメージ 11
御嶽教 明栄講霊神場

イメージ 5
道の駅 木曽福島

イメージ 6
日野製薬専用の売り場

イメージ 7
道の駅の木曽川の対岸に
                 何だろうな?

イメージ 8
大きな神社が見えます

イメージ 9
御嶽山木曽本宮

イメージ 10
立派な本殿です

 昨年は高山経由で上高地を訪れていましたが、今年は木曽路経由で往復しており、帰路には必ず木曽福島から三岳にある御嶽山黒沢口の明栄講霊神場に立ち寄り、祖父の石碑に手を合わせるようにしています。

 御嶽山には、覚明行者が開いた黒沢口登山道と、普寛行者が開いた王滝口登山道があり、祖父は覚明行者を奉る明栄講の先達だったため、私は黒沢口から御嶽山に登っており、王滝口から登ったことはありません。

 さて、今回(10月15日)は道の駅木曽福島から木曽川の対岸に大きな神社があることを発見し、地元の人に聞いたところ7年前に移転して建てられた神社との話で、規模の大きい御嶽山木曽本宮神社が存在していました。

御嶽教(おんたけきょう)は奈良県奈良市に教団本部(御嶽山大和本宮)を置く教派神道で、神道十三派の一つ。『宗教年鑑 平成28年版』における信者数は、60,480人。長野県木曽郡木曽町に御嶽登拝の安全を祈願するための神殿である木曽大教殿がある。 御嶽山を信仰根本道場としている。

 この神社は奈良県の教団であることが判りましたが、祖父が先達だったとは言え、御嶽教については何の知識もなく、私は祖父の関係する場所で般若心経を唱えてくるだけです。
 四国遍路は仏教の真言宗が基本になっていますが、真言宗は本尊を大日如来としており、大日とは「大いなる日輪」という意味で、太陽を司る仏であり、密教では大日如来は宇宙の真理を現し、宇宙そのものを指しているため、山岳信仰の御嶽山とも共通していると思われます。

 いくら好きな場所とは言え、愛知県から上高地は約200キロも離れており、途中で息抜きとして立ち寄れる場所は貴重な存在で、ちょうど中間地点にある御嶽山の存在は、私の上高地行きには有難い存在となっています。

             本日の体重 72、2キロ 徒歩数 2910歩 間食あり
                                    10月18日の一言

上高地 サルの追い払い

イメージ 1
上高地パークボランティア サルの追い払い機器の確認 10月14日(土)

イメージ 2
追い払いの機器の試技

イメージ 3
梓川右岸をサル探索中です

イメージ 4
同じく梓川右岸を岳沢湿原へ

イメージ 5
イスラエルからの旅行客と自然保護談議に花が咲きました

イメージ 6
本日はサルとの遭遇はありませんでした

上高地のサルに関する(今年)私の一言

 上高地のパークボランティアの活動に「サルの追い払い」があり、我家で愛犬と人間の子供と同じように生活している私にとっては、サルに石を投げつけて追い払うことはストレスとなりますが、サルと人間のトラブルを未然に防ぐため、心を鬼にして自らの体験とするために参加しました。

 上高地では当り前のようにサルと遭遇し、木の上でエサを食べるサルを写真に収めたり、背中に子猿を乗せてあるく親ザルを自然のように眺めており、観光で訪れた人々は、人間とサルがお互いに干渉しないことを自然のように思っています。

 ただし、それは決して自然ではなく、御嶽山で出会うサルの群れは、私の姿を確認すると慌てて逃げるか、遠巻きに迂回していくため、上高地のサルが人間を怖がらずに行動するのは人間の生活圏にサルが馴れてしまっていると考えられます。


 上高地のルールに「与えない」の決め事があり、野生生物にエサを与えないように訴えていますが、大正池でマガモやオシドリにエサを与える観光客や、サルに菓子を与える人物も存在し、サルと人間を遠ざける活動を続けないと、行楽地で観光客の食べ物を奪ったり、人間を襲うような二の舞にもなりかねません。

 サルの追い払いについて、サルを鉄砲で撃っているとか、サルめがけて石を投げて虐待しているような誤った発信もありますが、使用する威嚇銃の玉は、当っても傷つかない素材で、そのまま放置すると自然に腐敗してしまう素材で、サルに当てることはありません。

 14日(土)の活動中には、サルと出会うことがなく、何事も無かったとボッとする半面で、肩透かしになってしまいましたが、「サル追い払い中」のユニフォームを着た我々に、活動の趣旨を問い合わせる人も多く、自然保護について啓蒙するだけでなく、上高地の魅力を伝えられたことにも活動の意義があったと思います。

 現実には、母ザルの背中に必死でしがみついた子ザルや、小さな赤ちゃんを連れたサルの群れに石を投げて追い払う行為は残酷にも見え、私自身はしたくはありませんが、野生のサルに歯をむいて威嚇されると、地道な追い払い活動は必要です。

 もっとも、追い払わず、サルや野生動物の好きなように行動させ、人間が自然の中に踏み込まなければ良いと言う意見もありますが、畑の作物を全部食い荒らされた人や、野生の日本シカに表皮を食べられて枯れてしまう山林など、野生生物との関係は微妙な関係でもあります。

                本日の体重  徒歩数 3294歩 間食あり
                                     10月16日の一言

今年の上高地は確実に腫れ男になりました

イメージ 1
窓が額縁のキャンパスと化した小梨平食堂

イメージ 2
本日の穂高連峰

イメージ 3
本日早朝の渡辺画伯
                           ダンボールを持って帰省の準備中です

イメージ 4
本日からマッサラの新作です

イメージ 7
紅葉は最盛期になりました

イメージ 5
夕方には随分と進捗していました

イメージ 8
少し作風が変わりました

イメージ 6
画伯の周りは人が集います

 数日前から上高地の天気予報は悪く、雨具を背負った上高地でしたが、今年の私は晴れ男のためか曇り後晴れの予報が、雨が全く降らない一日となりました、

 雨の予報によって宿のキャンセルも多数あったようですが、そのために快晴の上高地をゆったりと過ごすことができました。

 本日はパソコンのWi-Fiの調子が悪く、書き込んだ内容が発信できないため、家内のスマホからの発信です。

明日も上高地か長野県からの発信となります、


上高地からの帰路に 御嶽山霊神場

イメージ 1
御嶽山日の出滝前 明栄講霊神場
                           あま市甚目寺町覚礼行者を中心とする霊神場

イメージ 2
私の祖父の石碑もこの上にあります

 先週日曜日の上高地の帰り道に、御嶽山黒沢口にある明栄講の霊神場を訪れたところ、今年6月の震度5強の地震によって傾いたり倒れた石碑を、石材店の重機が入って本格的な修理が行われていました。

                         https://blogs.yahoo.co.jp/s281218/49861839.html

イメージ 3
愛知県あま市七宝町の
                         徳開霊神を中心とする「ろ組」の霊神場

イメージ 4
大きな重機が入っていました

イメージ 5
黙々と修復が続けられます

イメージ 6
木曽町三岳・黒沢口の「太陽の丘公園」 夕暮れです

イメージ 7
                                         ※いずれも今週日曜日の写真です
日野百草本舗 里宮店 https://hino-seiyaku.com/store/satomiya/

 私の母方の祖父は御嶽山明栄講の先達でしたが、旧尾西市の橋本講社の道行行者(霊神)のもとで修行し、あま市甚目寺町新居屋にある(山田)覚礼行者(霊神)が始められた明栄講に亡くなる年まで修行に通っていました。

 そんなことから、私は小学校2年生の時から毎年夏に御嶽山山頂まで参拝に訪れ、冬も麓の御嶽教参集所まで付いていっており、祖父や祖母とは中学2年生の時まで一緒に御嶽山に参拝していました。

 その祖父も、横井庄一さんがグアム島で発見された昭和47年夏に他界し、我家の御嶽山の祭壇は、祖父の後輩となる津島市の先達、垣見さんに現在まで面倒を見てもらってきましたが、高齢となる垣見さんが亡くなられると依頼する先達さんがなくなります。

 今年6月に震度5強の地震が発生し、霊神場の多くの石碑が傾いたり倒れていましたが、少しづつ修復が図られ、地震発生直後の悲惨な状況は改善されてきましたが、講祖や関係者の経済状態の違いによって格差が大きく、倒れるがままとなった霊神場があることは寂しい現実です。

 我家の新家の祖父も御嶽山明栄講の先達で、私の祖父の霊神場の隣にある「ろ組」に石碑があり、今回は現地から連絡して霊神名と建っている場所を聞き、初めて石碑前でお経を唱えてきました。

 さて、最後に添付した写真は、黒沢口にある日野製薬里宮店ですが、かつては日野製薬創業家の婦人がおられ、祖父を知っておられたことから、このお店で百草丸や土産を購入すると、独断で定価を無視したような値引きをして下さり、そのために絶対に素通りしてはいけないお店でしたが、最近はそのことすら語れる人が居なくなりました。

 祖父の家も、数年前に伯父が亡くなり、後継者(私の従兄弟)が母親に御嶽山の神棚を処分するように伝えており、祖父が生きておれば大声で怒鳴りつけたと思われますが、初孫の私以外は祖父の恐ろしさも知らない現実に年月の経過を実感させられます。

 上高地のボランティアを続けている間は、帰路に祖父の石碑の前にたち、祖父の言霊を聞くまで訪問を続けたいと思っています。

            本日の体重 71、7キロ 徒歩数 3105歩 間食あり
                                      10月6日の一言

上高地からの帰路に 木祖村田ノ上観音堂へ

イメージ 1
 信濃白ゆり温泉スタンド
 
信濃白ゆり温泉スタンド 信濃毎日新聞
 
イメージ 2

 国道19号線薮原から上高地へ抜ける県道奈川木祖線沿いにある温泉スタンドで、泉質は単純硫黄泉とのことですが、地下約1300メートルから27度の湯を毎分41リットルずつポンプでくみ上げており、現場では飲用もできるようになっていました。

イメージ 3
歴史のあるシダレザクラです

イメージ 4
本堂の廻りの多くの石仏

イメージ 5
寄棟造妻入屋根茅葺の堂

田ノ上観音堂のしだれ桜 http://www.buratto-map.net/sakura/2012/spot023_001.php

イメージ 6
                                     ※日曜日1日の写真です

 木祖村天然記念物の枝垂れ桜は、飛騨から来た旅人が「観世音様のおられた飛騨の国分寺の前に毎年美しい花を咲かせていた枝垂桜の種でございます。お堂の前に蒔きますから大切にお育てください」とお経を唱えながら種を蒔き終え旅立っていったと言い伝えられています。

昔、飛騨の高山から山伏が御神体を江戸へ持っていくために、背負い出し野麦峠・境峠を越えて田ノ上へ上り、良い丘があるのでそこへ下し、一服すっていざでかけようと思ったら、仏像が急に重くなり根が生えたようになって、動かすことができなく、業を煮やして、そこへ突き倒してあきらめて出かけたという話が伝わっています。

 観音堂の周りには多くの石仏があり、里の人々が巡礼した西国三十三ヶ所の記念碑や四国八十八ヶ所と西国・坂東・秩父の百観音を廻った百八十八ヶ所巡礼を刻んだ年代物の石碑も残されていました。

 現代でも木祖村の小木曽地区から中央本線薮原駅まで出るのが大変なのに、旧き時代に更に遠く離れた四国四県の足摺岬や、西国巡礼の天の橋立などの遠方までどんな想いで赴かれたのか想像しようとしても何も浮かんできません。

 本尊である聖観音菩薩立像(田ノ上観音)が、飛騨高山の国分寺から背負われてきたとの伝承や、枝垂桜の樹齢が300年以上とあることから、鉄道もない時代の人々の移動や巡礼の様子は、現代社会とは違う灯りもない鉛色にしかイメージできません。

 さて、私自身の生活パターンですが、上高地のパークボランティアに出かけた後には必ず体重が落ちており、本日の朝は70、3キロまで落ちていたため、体重増に悩んでいたことがウソのような一日が始まり、このまま11時まで食事を我慢して病院の健康診断を受けたところ、本日の体重は70キロを下回りました。

 半年ほど前から体重が72キロを超える日もあり、食事の節制ができていないのにそれでも71キロ台で安定していることから、管理栄養士さんから「心配することもない」とは言われていたものの、何とか基準値以下で検診を受けたいと考えていたため、節制せぬままに奇跡的な数値となりました。

 問題はこれからですね…

            本日の体重 70、9キロ 徒歩数 3544歩 間食あり
                                     10月3日の一言

ギャラリー
  • ようこそ 大鹿一八の納経所へ
  • ようこそ 大鹿一八の納経所へ
  • 三重県桑名市大福田寺の聖天祭へ
  • 毎年恒例となった我家のアンズジャム作りへ
  • 毎年恒例となった我家のアンズジャム作りへ
  • 本日もボランティアの一日となって
  • 我家のきゅうりとプランターのイチゴです
  • 我家のきゅうりとプランターのイチゴです
  • 毎年のアンズジャム作りです
アーカイブ
  • ライブドアブログ