
本日の写真です。
先週末に上高地から愛知県へ帰って以来、家内と久々のウォーキングに出かけました 。
家の周りの放置されたままの畑や道端には雑草ではあるもののセイタカアワダチソウが見事に花を咲かせています。
さて、私が上高地で外来植物調査の担当となっている「センダングサ」ですが、本日はいたるところに繁殖して群生しているセンダングサの中に美しい花を咲かせる「キクザキセンダングサ」を見つけました。
放置された耕作放棄地には外来種の雑草が伸び放題となっていますが、雑草といえども一斉に花を咲かせるとそれは見事に輝いて見えます。
もっとも、センダングサは種子がズボンや衣類にひっついて取れない迷惑な植物で、せめて道路の路肩に生えるセンダングサは除去してほしい雑草です。
10月22日の渡辺画伯
今年9月13日の記事 信濃毎日新聞
詳細は下記をご覧ください
9月11日
9月11日
誰とでも談笑します
渡辺画伯のテント生活もクマ騒動によってこの年が最後となりました。
2017年05月28日
2014年08月21日
2010年09月05日
ホームレス画伯は私の命名で、私の Yahoo ブログで発信を続けるうちに海外にも伝わり、海外からも画伯に会うため上高地を訪れる観光客が存在するようになりました。
私自身は昭和49年に初めて上高地を訪れましたが、画伯は私が生まれる前の昭和25年の高校時代に上高地を訪れてからの上高地ファンの大先輩となります。
来年も元気で再会できることを願っています。
先週土曜日の写真です。
6月末に膠原病と診断され、主治医から上高地行きはドクターストップがかかっていましたが、「これ以上上高地を引き止めるとストレスになるから」と、ストレスが膠原病を悪化させるため8月から一日五千歩程度として上高地が解禁となりました。
ただし、4日前の土曜日は河童橋から明神池まで往復し、その後小梨平から田代橋まで梓川の両岸を歩いたため、歩数は一日に2万歩以上を歩いていました。
もちろん身体のダメージはありますが、自分の好きな居場所へ行きたいという好奇心が勝り、重い足を引きずりながら歩いてしまいました。
何と言ってもあと20日で上高地は閉山となってしまうため、自宅で体を休めて来週も、そして最終日となる閉山式にも上高地を目指したいと思っています。
ここからは本日の写真です。
この花は私が上高地で調査対象として担当しているセンダングサの花です。街中の空き地や道路に群生し、繁殖力が強くタネだけでなく茎からも発根するため、侵入を見過ごすと根絶は難しくなります。
五千尺ホテルの河童橋ライブカメラを見ていると、午前中は穂高連峰が雲に隠れていましたが、午後になって雲が晴れると穂高連峰に雪がかぶっていました。
本日は日本の各地で最低気温を記録したと報道されましたが、上高地も冬の環境に入りこれからは日に日に寒くなっていくのでしょう。
ここからは先週土曜日の写真です
明神方面(右)との分岐点
上高地ビジターセンターと六百山
梓川左岸堤とカラマツ
梓川と焼岳
小梨平キャンプ場
22日(土)のテントです
小梨平から見える穂高連峰
まだ雪はありません
小梨平の中川
清水川の源流付近です
東京から上高地を訪れた観光客から、「帝国ホテルの水が飲みたくて上高地に来る」と聞いたこともありますが、帝国ホテルだけでなく上高地の施設は全てこの清水川の水が飲料水として使われています。
わずか300メートルしかない清水川ですが、汚れのない大量の湧き水が六百山から湧き出しており、夏でも清水橋周辺は涼しく冬になっても凍りません。
今春の小梨平と清水川
添付した春から夏の清水橋周辺の写真を比較すると、一年中同じ環境にあることがよくわかりますが、厳冬期の冬でも変わらぬ環境がここにはあります。
上高地の閉山まであと21日となりましたが、針葉樹で唯一落葉するカラマツの落葉がこれから始まり、落葉したカラマツの柔らかい絨毯の上を歩くと、清々しい木の香りが身体をリフレッシュさせてくれます。
牛伏寺砂防ダムと松本市街
寺標
牛堂
立て札
参道入口
山門前
大銀杏
金峯山牛伏寺(ごふくじ) 長野県松本市内田2573
牛伏寺は、長野県松本市内田にある鉢伏山の中腹、海抜千メートルの幽谷の地に位置する真言宗智山派の寺院。山号は金峯山。本尊は十一面観音。鉢伏山の西側中腹に位置する。古くから修験道の寺として知られ、県下で屈指の規模と文化財を誇る寺院である。
寺紋
山門周辺
昨日の写真です。
私は上高地から愛知県への帰り道として通る山形村や朝日村から、国道19号線沿いの木曽路にある古刹や史跡などに立ち寄ってきました。
今回は上高地の宿が満杯で取れなかったため、二日目となる昨日は目標を変えて松本市街の東側に位置する牛伏寺へ参拝のため訪れました。
このお寺は信州で唯一の厄除け観音として、一年を通じ毎日ご祈祷を受け付けており、一日に4回観音堂で護摩を焚いたご祈祷が行われています。
お寺が創建されて1300年(756年創建)の歴史があり、国宝や国の重要文化財となる仏像が多く残されていますが、私が参拝に訪れるお寺は古いだけでなく参拝できる環境の整った真言宗のお寺を中心として訪れてきました。
空海の生まれた四国や真言密教の聖地高野山から遠く離れた長野県に、空海が中国から持ち帰った密教の歴史が延々と伝承されていたことにも感激です。
さわんど梓湖畔の湯と愛車
昨日は上高地から沢渡で入浴後に松本市の道の駅今井恵みの里へ移動し車中泊の場所としました。
道の駅今井恵みの里
特産品売り場
りんご売り場
そば打ち風景
出店の 準備中
えがしら堂
愛知県のナベちゃん の店
和菓子と餅の商品
「何時から始めるの」
「開店は8時からです」
「そおー、それじゃあ」
「あれー!! アッ、アッー!!」
名古屋市の団子屋さん「えがしら堂」のナベちゃんは、一年前に今井の里で出会い、今年3月に愛知県あま市のビアゴに出店している時に訪ねました。
半年ぶりの再会にナベちゃんは目をまん丸にして大声を出して驚いてくれました。
2022-03-05
大治ピアゴ店に出店中のえがしら堂へ | 大鹿一八 『今日の一言』 (ameblo.jp)
私の団子好きもありますが、同じ愛知県の同郷人が長野県で頑張っている姿は嬉しいものです。
これからも真面目な団子屋ナベちゃんを追っかけていきます。
ここで今井恵みの里から移動です。
牛伏寺入口
本日の写真です。
当初は上高地で二日間滞在する予定でしたが、宿泊できる宿が満杯の為、本日は昨晩に車中泊の場所とした松本市の今井恵みの里から松本市の古刹へ参拝し、木曽路から御嶽山へ参拝後に愛知県へ帰りました。
本日の写真です。
本日はボランティアに出て行った家内の補助員として待機するはずでしたが、朝から右目の瞼に違和感を感じたことから眼科の診察を受けました。
小さなプラスチックの偽物が目に入っていたようで、取り出してもらい目薬をもらって帰宅しました。
これは危険だという人間の本能が働いており、まだまだ私も大丈夫ということかもしれません。
午後は津島市の労働基準監督署で開催された研修会に参加し、帰宅後も休憩する時間もないままに知人が出演する演劇を鑑賞するため仲間と名古屋へ走りました。
明日は上高地のボランティアに参加するため早朝5時に自宅を出発する必要があり、よりによって前日に現役以上に忙しい一日となってしまいました。
午後6時01分
今週は朝だけでなく午後も体調が不良で、静養して身体を休めていると夕方になってしまいます。
10日前の3連休には、朝から夕方まで元気に四国の石段を上り下りしていたことと比較すると完全に病人になっています。
週末の上高地行きを控えて、こんなことではだめだと身体を奮い立たせてウォーキングに出ました。
本日の写真です。
膠原病に罹患してから自分で自分の身体がコントロールできず、動かずに静養していても身体は楽にならず、苦痛なく身体が動いていても病院の検査で結果が悪いとどうしていいのかわかりません。
投薬により免疫細胞が抑制されており、コロナや風邪に感染すると大変なことになるそうですが、感染していなくても身体が重く、本当に感染したらどうなるのか心配がつきません。
さて、週末は上高地と長野県を訪れますが、上高地では一日に2万歩ほど歩くことになるため、本日はその予行演習でもありますが、何よりも最低気温が氷点下を示す環境のため、自分の身体にあった歩き方を心がけたいと思います。
本来の予定では滋賀弘法会のメンバーを乗せて高野山へ参拝するはずでしたが、メンバーに怪我人が出たため中止となり、突然の上高地行きとなりました。
本日環境省に連絡してボランティアに参加する申請をしたところ、複数のボランティア仲間と上高地に滞在する知人等から連絡があり、改めて上高地は自分の居場所であることを実感しました 。
ただし、上高地の宿泊施設は満杯の為、日曜日は松本市の古刹である真言宗のお寺を訪ねたいと考えています。
本日の写真です。
週末の高野山行きが突然中止になったため、急遽上高地へ行くことを決めましたが、宿泊する施設が満杯となっており土曜日だけの上高地となりました。
土曜日には18名のボランティアが活動申請しており、宿があれば日曜日まで滞在したかったものの、一日だけの上高地となります。
突然の上高地行きですが、予定されていた高野山への同行がキャンセルとなり、なんとか上高地の紅葉に間に合いました。
ありがたいことは、本日の午後に環境省の活動カレンダーへ登録されてから複数のボランティアから連絡があり、闘病中の身体を心配するとともに、元気ならと次の活動への誘いがあったことで多くの仲間の存在を実感させられました。
何よりも9月に千葉へ帰るかもしれないと言っていた渡辺画伯が滞在していることで、仲間との仲介を頼まれていた約束が果たせそうです。
本日の写真です。
さて、先週から今週末の高野山 参拝に同行するため外出を自粛していましたが、参加メンバーに複数のけが人がでたため中止する可能性が高まりました。
そんな場合は迷わず上高地へ目的地を変更することになりますが、そうなると何とか紅葉が残っていることと、北アルプスの山々に初雪が舞わないことを祈るばかりとなります。
本日の上高地
昨日までの上高地
本日の上高地ライブカメラは終日雨が降り続け、河童橋を渡る観光客のカラフルな傘が目立つ白黒写真の風景になっていました。
本日発信された知人の Facebook から16日に仲間と上高地に集った様子が添付されており、私より年長でありながらもこの時期にテントを張る元気な姿に感動させられました。
そんなわけで本日も愛知県から上高地の話題となってしまいました。
ここからは本日知人から発信された Facebook の写真です。
渡辺画伯です
連日発信されてきた上高地の見事な紅葉ですが、本日の雨によりこれからは急速に冬支度が始まって行くと思われます。
私が訪れる結末までなんとか秋色が残っていて欲しいものです。
上高地河童橋の朝
五千尺ホテルの河童橋ライブカメラの映像です
上高地が紅葉の最盛期を迎えています。残念ながら現地に行くことができず、五千尺ホテルのライブカメラを眺め、毎日更新されている上高地インフォメーションセンターの発信を心待ちにする毎日となりました。
釜トンネルが4月17日に開通し、27日に開山した上高地も来月15日には閉山祭を迎えます。
私が参加している上高地の環境省パークボランティアは、愛知県から行き来する交通費や宿泊代、食事代も自己負担ですが、残雪の残る上高地の芽吹きや、涼しい夏とともに最近の見事な紅葉の中で活動できるのは何よりも代えがたい魅力です。
そんな紅葉の最盛期に上高地に行けないことは残念ですが、膠原病の闘病中であることはもちろんですが、来週末に高野山まで人々を移送する仕事が入っているため当面は外出を自粛したいと思っています。
来週の高野山は私の10人乗りタクシーが必須となり、私の移送ができなくなると高野山や四国に行けないだけでなく、高齢化した滋賀弘法会の日頃の行事や弘法会そのものの存亡に関わってしまいます。
来週訪れる高野山の宿坊総持院は、滋賀弘法会が60年以上常宿にしているお寺で、半年前から予約して高野山へ参拝しているだけに直前の事故や私の体調不良も許されません。
そんなわけで来週の高野山が終わるまでしばしの辛抱です。最も体調も良くないので体調管理も重要な一週間となりそうです。
本日の写真です。
毎週のように外出を続けてきましたが、来週の週末には滋賀弘法会から高野山への移送を依頼されているため、しばらく身体の静養に努めたいと思います。
身体そのものの痛みや動きは確実に回復しているものの、2日前に訪れた中村日赤の診察では、血液検査により膠原病や関節リュウマチの数値が悪化しており、新たな薬を追加されました。
家族から身体を酷使して外出ばかりしていることを原因と言われ、今週末に予定していた上高地行きを断念しました。
初心者マークの膠原病患者のため病状や体調変化について未だによく判りませんが、身体の動きは処方されたステロイドの消炎剤により回復しているものの、身体の中身は本質的に回復しておらず、日頃の静養に務めることも必要であることを実感しています。
もっとも、安静にしていると身体の動きが確実に悪くなるため、毎日のストレッチは重要となり、上高地や四国遍路なと外出すると元気になっていることと、最近はボランティアの福祉有償運送も当たり前に出ていくため家族の理解がもっと欲しいところです。
さて、私が居場所としている上高地も閉山まで一か月となりました。閉山となれば来年4月までいけないことから、あと3回は足を運びたいと思っています。
本日は上高地インフォメーションの発信する情報を添付して筆をおきます。
上高地インフォメーションセンターの記事
第二日目のスタート
足摺岬散策道入り口
第三日目 10月10日
第46番浄瑠璃寺……第53番円光寺……愛媛美術館……松山IC……豊浜SA…
…与島PA(土産買物)……三木SA(夕食)……新名神……名神……東名阪
三連休の四国遍路は、前夜11時に自宅を出発し、瀬戸中央大橋を渡り香川県観音寺の豊浜サービスエリアで仮眠しました。
一日目は31番寺から39番寺まで巡拝し、宿毛市で夕食と日帰り入浴をすませてから38番寺のある足摺岬まで移動しました。
38番寺金剛福寺前の駐車場を車中泊の場所としましたが、ここには公衆トイレはあるもののウォシュレットもなく快適とは言えませんでした。
二日目は38番寺からスタートし、道の駅大月や宇和島市の知人宅を訪れた後45番岩屋寺まで参拝しました。
参拝後に古岩屋荘で日帰り入浴を済ませ久万高原道の駅りんりんがこの日の車中泊場所です。
ここは昨年にも車中泊の場所としましたが、夜でも明るくトイレも綺麗で、ベンチやテーブルが設置されているため食材と簡易ガスコンロを持ち出して夕食としました。
三日目は第46番寺から第53番寺まで巡拝し午前中でお遍路を打ち止めとし、愛媛美術館で開催されていた金剛峯寺展を鑑賞後に松山インターから自宅を目指しました。
本日の写真です。
本日は一緒にキノコを食べる約束をしていた知人とお昼にバター炒めで食べました。
一年前からの約束ですが、3連休は四国遍路で自宅を空けており、昨日は安全運転管理者講習で夕方まで不在だったため一日遅れのキノコとなりました。
しいたけよりも大きいので噛み応えがあり、知人はしいたけより香りがあり美味しいと言ってくれました。
ヤナギマツタケはきのこ図鑑でも美味しいと記されており、今回はバター炒めで食しましたがお吸い物にも良さそうです。
10月5日
↓
↓
10月11日午後2時18分
収穫します
今月5日に生えたばかりのキノコを発見した時は濃いこげ茶色のキノコで、毎年同じアキニレの根元に生えるヤナギマツタケとは思うものの、万が一違うキノコの可能性も考えました。
しかし、翌日には例年のキノコに成長しており、どんどん大きく成長していきました。
食べ頃は2日前と思われますが、なんとか知人とキノコを食べる約束が果たせました。
毎年裏庭のアキニレの木の根元に生えてくるキノコはヤナギマツタケと言い、我が家では先祖伝来のキノコです。
ヤナギマツタケの名前が示すとおり柳の木にも生えるキノコで、上高地の柳に生えているヤナギマツタケを見かけますが、毎年同じ裏庭のアキニレに生えるキノコだから食べられるものの、よその場所に生えたキノコはヤナギマツタケと思っても食べる勇気はありません(笑)
2019-11-07
過去に記したキノコの記事一覧
本日一緒にキノコを食べた知人の話ですが、我が家では当たり前にして食べていたキノコであっても、私の先祖はどうやってこのキノコを食べられると判断したか、最初にこのキノコを食べた先祖はすごいなァと言われたものの、想像することもできません。
もっとも、毎年私が食べていても一緒に食べる家族は一人もいない現実に寂しさを覚えます。

堤さんとは数年前に知多四国八十八カ所を巡拝中に出会っていましたが、最近になり Facebook で連絡が取れるようになっていました。
まさか今回の遍路中に出会えるとは思ってもいませんでしたが、びっくりの再会となりました。
2022-03-23
四国遍路の出会いと再会の三日間 2日目 | 大鹿一八 『今日の一言』 (ameblo.jp)
身勝手に訪れることを決めていましたが、宮本さんからのコメントに答える形で立ち寄ることを書き記しました 。
こんな無礼で横着な訪問客を迎え入れてくださった宮本さんご夫婦には感謝しかありません。
2日前の Facebook です。
今年3月の Facebook のコメント欄のやりとりです。
はじめまして!
ひょっとしたら、21日朝横峰上がりませんでしたか?
私達は下りで 緑ナンバーの良く似た車と離合したのを覚えてます。
3月にこんなやり取りをした佐藤さんからお遍路中にコメントがあり、同じような場所を巡拝中とは分かったもののまさか本当に会えるとは思ってもいませんでした。
3月22日のFacebook です。
3月の Facebook のやり取りをすっかり忘れていましたが、偶然にも巡拝中の佐藤さんから連絡がありお会いすることができました。
Facebook の中には悪意を持った接触もありますが、こんなびっくりする出会いも実現します。
私自身は平成16年から毎日発信するブログも実名で記しており、多くの友人や知人との交流もできましたが、突然の出会いも可能となる Facebook の魅力には驚かされています。

昨日6日午後5時の上高地
涸沢の紅葉から上高地の紅葉へと、一年で最高の三連休を迎える上高地ですが、例年よりニ週間早い穂高連峰の初冠雪が現地から発信されてきました。
2020-10-18
2年前には10月18日に穂高に初雪が降りましたが、これからの上高地は一気に冬支度を始めて行きます。
膠原病に罹患したばかりで投薬による治療中の私にとっては寒さは大敵で、本日の名古屋の気温低下にも身体が悲鳴を上げている現状で、目的地を四国に変えた明日からのお遍路も無理は禁物です。
そんな時に、「来週末は上高地へ行くから」との私の一言に家族はびっくりですが、四国遍路から帰ってから診察を受け、結果がよければ防寒対策をしたうえ公共交通機関で上高地を目指したいと考えています。
悲鳴を上げる身体と相談しながら上高地を訪れ、結果がよければ11月の3連休に宿を確保して再度訪れることを目標にして体調を回復させたいと思います。
今回の四国遍路は、今晩から夜行で四国を目指します。
本日の写真です。
本日の朝生えていたキノコです。先月13日に生えていたキノコを食べずに子孫を残すためそのままにしましたが、期待通りに2回目のきのこが 生えてきました。
もっとも、四年前から生えているヤナギマツタケとは思うものの、成長を見守りヤナギマツタケであれば食べたいと思っています。
果たして、茶色いキノコがヤナギマツタケに成長していくのでしょうか。知人との電話で来週一緒に食べようかと約束しました。
先月 13日のキノコ
2022-09-13
今までのキノコ関連記事
2021-09-21
2021-09-03
2020-09-23
2019-11-07
さて、明日から3連休は上高地ではなく四国遍路へ行くことを決めましたが、帰宅する10日にどうなっているのでしょうか。 楽しみにします。
本日の写真です。
1年前の一言です。
上高地
入院と手術
昨年10月は膀胱結石と前立腺肥大症の手術を名古屋の中村日赤で受けて入院していました。
入院直前に上高地を訪れ、手術から一ヶ月にもならない11月には再度上高地へ足を運んでいました。
そんなわけで10月の三連休は当然上高地と思っていましたが、皮肉にも天気予報はよくありません。
ただし、日曜日の高知県の最低気温は16度であるのに対して、上高地は3度しかなく、最高気温も16度しかありません。
昨年は手術直後にもっと寒い上高地へ訪れていますが、今年は7月から投薬治療を受けている膠原病に罹患しており、連日不安定な体調が続いているため、山に積雪の予報も出ている上高地に耐えられる自信がありません。
そんなわけで、今週末の三連休は上高地から四国遍路へ変更しようかと迷う一晩となりそうです。

三岐鉄道の電車です
まさにローカル線です
西桑名駅
お寺への参拝目的の桑名行きでしたが、ついでに桑名駅を訪れて三岐鉄道の西桑名駅と電車を鑑賞してきました。
三岐鉄道北勢線は、西桑名駅から阿下喜駅まで結んでいるローカル鉄道ですが、桑名市の近鉄富田駅から西藤原駅を結んでいる三岐鉄道と合わせて機会があれば是非とも乗車してみたい鉄道でもあります。
2021-05-26
こちらは桑名駅
本日の写真です。
先月訪れた桑名市の大福田寺で毎月1日に開催されている桑名聖天祭に出向き、聖天尊や弘法大師に手を合わせてきました。
2022-09-04
先週と先々週に京都の真言密教の聖地である東寺と仁和寺へ参拝してきましたが、多くの観光客と比較して参拝客はほとんどありませんでした。
本日の聖天祭は午前中から祈願した信者の護摩木が焚かれ、私が訪れた午後にも護摩木の煙とともに参拝者が灯したロウソクと線香の煙が本堂をおおっていました。
大福田寺では信者が祈願した護摩木がその都度炊き上げられており、本日も真剣に手を合わせる若者や県外からの信者が続々と参拝に訪れていました。
平成13年から四国遍路を始め、西国、坂東、秩父の百観音の巡礼をしてきたものの、自分自身の健康を祈願するのは初めてとなり、護摩木に書き込むご婦人の助言を頼りに護摩木を託してきました。
本日は中村日赤への通院ですが、現在加療中となる膠原病の診察ではなく、昨年10月に受けた前立腺肥大症の手術後の定期検診に訪れました。
手術後の経過は良く、主治医の説明通り順調に回復しており、診察を終了しても良さそうな雰囲気ながら、主治医との縁を残したいため2ヶ月先の診察をお願いしました。
病気が完治するのは嬉しいことですが、大きな病院の優秀な医師との縁が切れるのも切ないものがあります。
「何かあった時は直接僕を受信してくれれば良いよ」と、完治後の先々の心配を払拭する主治医の言葉から大きな安心感をいただきました。
そして、主治医が運営発信する Facebookに、友達として登録申請することをお願いして本日友達登録が終わり、これから老いるばかりの私にとって大きなお守りともなりました。
こんな要望にも応えていただけた赤十字病院の医師には本当に感謝しかありません。
さて、本日は午前9時からの診察ですが、時間に追われる私のために、主治医が待ち時間の心配がない1番目の予約を入れてくれるため、9時前に診察が終わってしまい、家内とともに病院レストランでモーニングコーヒーを楽しむ余裕の通院となりました。
下記の添付記事は、私と同じ中村日赤を舞台とした、昨日と本日の知人のフェイスブックです。
添付した知人は私の発信したブログの病状写真から、私の病気が自分と同じ膠原病ではないかとアドバイスを頂いて以来の知人であり、膠原病の先輩であるだけでなく、私にとっての先達でもあります。
不治の病と言われる膠原病ですが、同じ苦しみを背負う先人としての仲間の存在は大きく、大きな支えともなっています。

昨日よりオミクロン株対応2価の新型コロナワクチン接種が始まり、本日は摂取のためかかりつけ医を訪れました。
「体温は測りましたか?」
「36.6度でした」
「37.4度ありますよ」
「えっ、そんな馬鹿な?」
受付で測りなおしたもののやはり体温は高いままで、とりあえず診察室へ案内されました。
診察室で改めて計測したもののやはり体温は高く、医師からこのまま摂取しても大丈夫とは思うけどどうするか問われますが、無症状で体温が高い原因がわかりません。
「もしかして、無症状でコロナに感染してるってることも?」の私の一言に診察室が凍りつきました。
「検査しますか?」と問われ、検査しないままでは次に進まないため、検査を受けることにすると、速やかに玄関を出て病院の裏口へ行くように言われ、待合室の患者さんの刺すような視線の中を病院裏口へ歩きました。
建物の軒先の下とはいえ小雨が降る中で検査を受け、検査結果が出るまで一人で寂しく待つことになりました。
ここで感染が確定したら、月末から月初めにかけての約束や、ボランティアで病院へ移送する患者さんたちの予約はどうするのか、わずかでも私と接触した人たちの顔を思い浮かべながら、重大な局面に置かれていることを実感させられました。
幸いにして結果は陰性で、コロナには感染していないことが判り、改めて診察室を訪れ医師からワクチンの接種を受けましたが…
検査料は2100円でした
本日の写真です。
私より深刻な病気や病状と戦う人々も多く存在しますが、6月に膠原病と診断されてから一日たりとも普通の生活ができない現実を、本日はつくづくと実感させられました。

神光院 山門
京都市北区西賀茂神光院町120
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
東寺(教王護国寺)、仁和寺と並ぶ京都三大弘法として有名であり、地元では「西賀茂の弘法さん」の愛称で親しまれる。空海が42歳の時に、当院で九十日間の修行を行ったとされる。修行を終えて寺を去る際に、境内の池に映る自らの姿を見て木像を彫り、厄除を祈願したといわれている。この木像は本堂に安置されている。同時に彼が眼病治癒の祈祷をしていたことから、眼病に利益のある寺としても広く知られるようになった
神光院の朱印帳
日曜日の写真です。
三弘法といえば京都の東寺と仁和寺は有名ですが、神光院についてはあまり知られてはおらず、私自身は初めての参拝となりました。
しかしながら、世界文化遺産として大きな境内を半日がかりで巡る東寺や仁和寺とは違い、心安らぐ静かな環境は、42歳の空海が神光院で90日間修業したとの伝承や、上賀茂神社の懇望で藍染明王や自像を刻んで安置したとの伝承が妙に説得力を持ってきます。
手にした朱印帳は私のこだわりのある朱印帳で、一緒に添付した四国遍路の納経帳と比べれば大きさの違いが分かりますが、普通の小さな朱印帳よりもさらに小さい胸ポケットに入る朱印帳です。
さて、神光院の朱印の右側は三弘法仁和寺の朱印ですが、2ページにまたがって朱印が押されました。
「こんな小さな朱印帳には書けない」と、2ページにまたがるだけでなく、仁和寺では500円の朱印代を請求されました。
「朱印が重なるけどお許しくださいね」と言われた神光院の納経所の女性の心遣いを実感するとともに、「小さいからかけない」の一言で2ページとなった仁和寺の納経所との心遣いの大きな違いも実感させられました。

8月の体重と徒歩数
歩=散歩 不=体調不良
水=水汲み 通院=通
上=上高地
日時 体重 徒歩数
1日 70.5
2日 70.4 1654
3日 70.7 2364
4日 71.4 1202
5日 71.1 728 不
6日 70.4 3911
7日(日) 70.3 825 不
8日 70.9 3141
9日 71.2 1957
10日 71.5 2132
11日 71.0 2130
12日 71.3 2073
13日 5032 上
14日(日) 4598 上
15日 71.0 5679
16日
17日 70.3 1663
18日 71.4 4257
19日
20日 72.3 2316
21日(日) 7881
22日 72.1 5138
23日 1491
24日 72.1 6199
25日 72.3 5493
26日 71.6 5164
27日 70.8 5305
28日(日) 71.2 5168
29日 71.3 6070
30日 71.2 6356
31日 71.3 6647
9月
1日 71,7 6724
2日 72.0 5852
3日 71,3 5315
4日(日) 70,4 2061
5日 70.9 5549
6日 71.1 2477
7日 71.2 5134
8日 5379
9日 3077
10日 9827 上
11日(日) 8943 上
12日 71,9 5654
13日 71.2 3900
14日 2875
15日 4235
16日 3407
17日 71,0 11826 四国
18日(日) 5006 京都
19日(休) 2017
20日 4667
21日 71,3 5563
22日 10852
23日(休) 71,2 6621
24日 70,9 2781
25日(日) 70,4 7614 京都
26日 3508
27日 71,3 2006
28日
29日
30日

仁和寺 仁王門
駐車場
寺標
山門から見える境内
本坊表門
勅使門
案内図
中門までの参道
中門
五重塔
壮大な五重塔
金堂
本殿前
水掛 不動尊
水をかけます
御影堂入口
御影堂
鐘楼
大黒堂
成就山八十八ヶ所
御室八十八ヶ所霊場は、文政10年(1827)当時、四国八十八ヶ所への巡拝が困難であったため、時の仁和寺29世門跡済仁法親王の御本願により四国八十八ヶ所霊場のお砂を持ち帰り、仁和寺の裏山である成就山山道に埋め、その上に諸堂を建て霊場を整備したのが始まりです。成就山(236.0m)
観音堂
昨日の写真です。
仁和寺は仁和4年(888)に創建された真言宗御室派の総本山ですが、規模が大きいだけではなく参拝できる環境が整っており、成就山には四国八十八カ所のそれぞれのお堂を建てた本格的な八十八ヶ所が存在します。
全国各地のお寺にミニ八十八ヶ所が存在しますが、境内や裏山に石仏が置かれただけの霊場が多く、仁和寺のような大掛かりな八十八ヶ所は初めて目にしました。
2時間ほどで回れる霊場との案内ですが、それぞれの札所のお堂で真言を上げると半日がかりになるため、今回は後日への先送りとして、改めて巡拝に訪れたいと思います。
参考にしてください。
仁和寺 成就山八十八ヶ所ウォーク 護摩祈祷会
・10月2日(日)・11月6日(日)・12月4日(日)
本日の写真です。
先週訪れた京都の東寺に続いて、本日は三弘法の仁和寺と神光院を参拝し、同級生が住職を務める大原宝泉院を訪れて最近の近況報告に花を咲かせてきました。
本日は家内と妹に加えて、三男夫婦と孫の6人で京都を訪れ、亀岡のトロッコ列車を楽しみたい孫達とは別行動で参拝を続けました。
三連休の京都は観光客の列が繋がり、京都駅に近い京都水族館を待ち合わせ場所にしたため、合流に手間取るとともに、高速道路の渋滞し名古屋への到着は一時間ほど遅れましたが、久しぶりに孫と夕食を共にすることもできました。
三弘法と大原宝泉院については後日紹介したいと思います。
本日の写真です。
最近は調子の良い日が続いていたものの、本日は朝から絶不調の一日となり、両手首と右膝が痛むため横になって静養することを決めていましたが、家内に促されて畑の芋掘りに同行しました。
車の助手席に座っているだけのつもりでしたが、畑の周辺に生える雑草を写真に収め、日ごろ見慣れた植物であっても何一つ名前がわからない現実を実感させられました。
ちなみに上高地で担当しているセンダングサも大量に群生していますが、秋になりタネをつけると駆逐することが難しくなります。
笑い話になりますが、昨年秋にコスモスのタネと勘違いしてセンダングサのタネを保存しており、コスモスが生えてくると期待していたらセンダングサが生えてきました。
明日は京都まで足を伸ばしますが、本日のような体調ではお寺の石段を登り下りするのが苦痛になるため、快調な目覚めになることを祈るばかりです。
本日の写真です。
台風の襲来を控えて本日は朝から雨が降り続けていますが、3連休の初日のため仕事の無い完全なる休養日となりました。
膠原病の病気療養中のため横になっていても身体は重く、このままでは何もしないままに夜を迎えるため家内に同行して買い物に行きました。
商品棚にあった徳島産のなると金時を眺めて、先週土曜日に訪れた四国遍路第17番札所井戸寺の本堂でご接待を受けたなると金時を思い出しました。
とうもろこしは北海道産でしたが、8月に長野県の開田高原で朝採れのトウモロコシを購入してきたことが懐かしく思い出されました。
病気で身体が重い現状でも、旅の思い出や旅立つ予定を考えると、なんだか体が軽くなるような気がします。
そんなわけで…

第九番法輪寺納経所前の猫
第十六番観音寺の仏足石
仏足石とはインドのお釈迦様の足跡を石に刻んだもので、インドに現存する仏跡石野復刻で、礼拝した手で自分の悪い部分をさすると改善すると言われています。
第十三番大日寺の香炉
石の語り部と言われる伊藤萬蔵さんが寄進した香炉です。現在の愛知県一宮市で生まれ、名古屋で財を成した実業家で、全国各地の神社やお寺に石灯籠や香炉を寄進した人物です。
沖縄と北海道を除く全国各地の社寺で伊藤万蔵さんの寄進した鳥居や香炉を目にしますが、寄進先は1000基を超えるとも言われています。
第十二番大日寺
第十二番焼山寺
ニホンヒキガエル
杖杉庵の弘法大師と衛門三郎
最初に四国八十八カ所を廻ったと言われる伝説の人物衛門三郎の終焉の地と言われています。
弘法大師に詫びるため21回も四国を廻ったと伝わりますが、当時は遍路道も整備されていない山や海岸線を歩いて21回も歩いたのは驚きです。
自分自身と比較するとまだまだ修行が足らないことを実感させられます。
第十一番藤井寺の八十八ヶ所
先週土曜日の写真です。
明日からの三連休も台風が近づく予報になっており、台風に逆らってまで四国遍路はできませんが、こんな環境下でも情報もないままに歩くお遍路さんが存在します。
さて、徳島県の阿波踊りに参加していた819人がコロナに感染したとの報道がありましたが、マスクをつけない歩き遍路の存在に警戒する地元住民も存在することから、お遍路と地元との良好な関係が続くこと祈るばかりです。
本日の写真です。
2週間前の週末は上高地に出かけ、先週末は四国と京都へ出かけましたが、上高地では1日一万歩歩き、四国遍路では手すりに頼ることなく石段や山道を歩けました。
もっとも、帰宅した翌日の月曜日は身体中に疲れが残り、昨日は好調だったものの、本日は絶不調に陥りました。
台風が通り過ぎたことで本日は気温がいっきに低下しており、睡眠中に身体が温まらなかったのが原因かもしれませんが、本日は午前中だけでなく午後まで身体の不調が続きました。
膠原病と診断され7月から薬を処方されていますが、症状は少しずつ改善しているものの、その日の朝に起床してみないことその日の体調がわかりません。
何よりも体調の良い日と悪い日の格差が大きく、上高地や四国で元気に動く姿を見た家族は勝手に仕事の予定を入れるようになり、本日は絶不調ながら二人の患者さんを病院へ搬送しました。
明日も私を希望する患者さんがあり、絶不調の早朝からボランティアが始まるため、午前6時に起床して身体中のストレッチが、必要となります。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
東寺(とうじ)は、京都市南区九条町にある真言宗の総本山の寺院。山号は八幡山。本尊は薬師如来。真言宗の根本道場であり、教王護国寺(きょうおうごこくじ)とも呼ばれる(名称については「寺号」の節を参照)。寺紋は雲形紋(東寺雲)。食堂(本尊・十一面観音)は洛陽三十三所観音霊場第23番札所。
東寺は、平安京鎮護のための官寺として建立が始められた後、嵯峨天皇より空海(弘法大師)に下賜され、真言密教の根本道場として栄えた。
四国八十八カ所のお遍路へ旅立つ前に京都の東寺へ安全祈願に訪れる慣習がありますが、江戸時代には京都にある弘法大師ゆかりの三弘法へ参拝する習慣があったようです。
現在でも弘法大師とゆかりの深い「東寺」「仁和寺」「神光院」、この三つの寺を”三弘法”と呼び、東寺で菅笠、仁和寺で金剛杖、神光院で納札箱を授かり、それを身に着けて人々はお遍路修行へと向かったとされています。
全国各地に三弘法や四国八十八カ所を模したミニ八十八ヶ所が存在しますが、車のない江戸時代に当時のお遍路は四国を歩くだけではなく、その前に京都の三弘法へ挨拶に訪れ、四国の満願を果たした後に高野山まで御礼参りに歩いたこと考えると、公共交通機関や道路が整備された現代社会においては、四国に行けないから近場の八十八ヶ所なんて参拝はお遍路のカケラもありません。
空海が62年にわたる修行や体験から伝承されてきた真言密教の原点に近づきたいと思わせる今回の東寺への参拝となりました。
今回の四国遍路のお土産は、土柱の「土柱麺」と徳島県の名産「すだち」です。
讃岐麺の製法を取り入れた、ダイシモチ麦を配合した新しい食感で、本日は蕎麦やうどんとは違う食感を味わいました。
そして何よりも、とれたて徳島産すだちの香りがよく合います。
阿波の土柱は、阿讃山脈より流れ出た土砂が長年の風雨や地震によって崩壊し、長い年月をかけて作られた自然景観で国の天然記念物にも指定されています。
夜は1年を通じてライトアップされており、幻想的な世界が広がります。
すだちは「道の駅温泉の里神山」で購入し、土柱麺は入浴のため立ち寄った「土柱ランド新温泉」で購入しました。
17日の行程
24時自宅発 東名阪自動車道名古屋西 IC … 名神高速 … 新名神 … 宝塚北 SA(休) … 山陽自動車道 … 神戸淡路鳴門自動車道 … 淡路 SA(休) … 淡路南 PA(仮眠) … 鳴門 IC …
この日の四国遍路は、午前8時30分よりスタートし、第17番井戸寺から第8番熊谷寺まで逆打ちで巡回しました。
鳴門市内で夕食をとり、台風が接近していたため明石海峡大橋が見える淡路サービスエリアまで移動してから車中泊としました。

明石海峡大橋
本日の京都行きは東寺だけでなく、ご縁のあるお寺やお店にも立ち寄る予定でしたが、弘法大師が残した真言密教の修業の場所であることと、これまで駆け足の参拝ばかりだったためここだけの参拝にしました。
詳細は後日に添付します。

本日の夕暮れ
コメダ前
自宅前
13日のキノコ
14日のキノコ
本日のキノコ
本日の写真です。
大型台風が日本に近づいており、3連休の外出は見直すようにテレビから繰り返し放送されていますが、とりあえず安全な一日だけでも四国遍路へ出かけます。
7月に膠原病と診断され、病気療養が優先されますが、医師からこれまでの日常生活を続けるように言われており、身体が重いため休んでいるとますます身体が重くなるため、あえて外出するように心掛けています。
身体の不調を考えると、台風に向かって外出するよりも自宅で休養していた方が楽ではありますが、病気や休養ばかり考えていると外出する意欲が失せてしまうため、病に打ち勝つためにも鞭打って今晩深夜に四国へ向かって外出します。
さて、添付した写真でお分かりのように我が家のキノコが大きく成長しました。
このキノコはヤナギマツタケと言い、食べると美味しいと記されていますが、今回はこのまま食べずに残し、キノコ菌が周辺へ拡大することに期待しています。
9月10日の写真です。
先週土曜日に河童橋から大正池まで歩いた時の、田代橋から大正池までの写真です。
ほとんどの観光客は大正池のバス停で降りてから田代橋、河童橋へと歩きますが、逆コースは人の流れを気にせず自分に合ったマイペースで散策することができます。
河童橋から大正池への逆コースを歩くと、上高地バスターミナルまで往復歩いて戻る必要があると思われがちですが、今回は発想の転換で、大正池バス停からバスターミナルまで430円の料金を払ってバスで戻ってきました。
十数年前の話になりますが、小梨平キャンプ場から大正池まで歩き、帰りは大正池から帝国ホテルまでバスを利用し、.帝国ホテルのモーニングコーヒーと先着20名限定のケーキセットを味わって戻ったこともありましたが、今では懐かしい思い出となってしまいました。

本日駐車場裏のアキニレの木にキノコのヤナギマツタケが生えていました。
我が家伝来のキノコですが、3年前から毎年生えるようになり2年前からは食べるようになりました。
2019-11-05
アキニレの木
毎日五千歩のウォーキングをノルマとしていますが、本日は夕暮れ時に少し離れた村から自宅へ歩き始めました。
「大鹿さん、こんにちわ」
「はい、こんにちわ」
だけど、誰なんだろうか?
薄暗い畑から声がかかり返事はしたものの、誰かわからず恐る恐る足を運ぶと、そこには若い頃からお互いをよく知る知人達の姿がありました。
お互い年齢を重ねておじいさんとおばあさんになってしまいましたが、久しぶりの出会いに雑談のため足止めです。
体調は決して良くはありませんが、上高地へ出かけたり、ウォーキングする姿から、膠原病の病気療養中と説明してもなかなか理解されないものの、外出することで顔を合わせる知人達と次の約束ができ、身体のリハビリとなっていきます。
釜トンネルから松本方面へ
昨日午後から上高地釜トンネルを抜けて、奈良井ダムから藪原経由で木曽路へ入り、国道19号の木曽町木曽福島から道の駅三岳へ立ち寄りました。
木曽町 道の駅三岳
みたけグルメ工房
さとテラス三岳入口
昨日の写真です。
昭和50年代にも大きな噴火がありましたが、平成26年の噴火によって多くの人々が犠牲になり、山頂に立ち寄れなかったことから御嶽教の信者だけでなく、観光客が姿を消したため御嶽山の観光施設や宿泊施設は壊滅的なダメージを残しました。
さらに2年前からのコロナ禍により、御嶽山周辺の観光施設は更なる苦境にあり、今年度中におんたけロープウェーやスキー場の指定管理者が撤退を決めており、益々大変になっていきそうです。
私の祖父は御嶽教の先達で亡くなる直前まで極寒の冬にも水をかぶるなど厳しい修行を続けていました。
同じ先達とはいえ四国遍路の先達である私とは全く修行の厳しさが違いますが、御嶽教を信仰する信者が激減した大きな原因には先達の誤った振る舞いにもあります。
科学万能の現代社会の中においては非科学的な信仰には限界があり、科学的に説明ができる教えに転換していく必要は急務です。
さて、とは言っても四国遍路や真言密教の中心となる弘法大師(空海)が若かりし頃に、四国の山や岩穴で厳しい修行を重ねていたことと、御嶽山信仰には共通するものでもあり参考にしたいものでもあります。
今回道の駅三岳の隣にオープンした御嶽山ビジターセンターによって、観光客だけでなく安全な参拝登山と信者に信頼される御嶽教に変わるきっかけにしてもらいたいものです。
昨日はビジターセンター見学後に、御嶽山明栄講霊神場と弘法堂に参拝してから愛知県へ帰りました。
本日の写真です。
本日は上高地ビジターセンターが主催するガイドウォーク特別編「コケの探訪会」に同行してきました。
ガイド役は上高地パークボランティアの先輩鈴木安裕さんで、自宅が近いため3年前我が家のアキニレの木に生えたキノコ「ヤナギマツタケ」の確認をしてもらい、一年後に覚悟を決めて食べました。
2年前に鈴木さんとパークボランティアの竹重会長らが企画したコケ觀察会に参加し、我が家にも数点の苔テラリウムが残されています。
そんなこともあって、本日は私の勉強とともに、しばらく参加していないガイドウォークのリハビリとしてお願いして同行させてもらいました。
参加して何よりも驚かされたことは、パークボランティアの会発足時から参加する鈴木さんの蓄積した知識は当然ですが、参加された人々の豊富なコケの知識と次々と出される質問に驚かされました。
さて、数年前に「大丈夫」、「大丈夫」と言われて松本市の中学校のガイドを引き受け、中学生をビジターセンターから明神池まで引率したことがありますが、いかに自分の引き出しが少ないかを実感させられる本日の観察会同行にもなりました。
本日は、上高地から御嶽山経由で帰宅しました。
本日は一人だけですが患者さんを搬送してきました。
朝起きてから午前中は体調不良のためうろうろしていると昼食となり、昼食後に再放送の鬼平犯科帳を見ていると引き続き再放送の刑事ドラマが始まります。
本日は途中でボランティアの仕事がありましたが、何もなければこれも再放送の水戸黄門が放映されます。
最近は私が何もできないため家内が二人分働いており、やっと仕事から開放された家内の休憩に珈琲店かマックへ行くと西の山に夕陽が沈んでいきます。
こんなことで一日が終わっていきます。
明日からは少しだけ新鮮な生活となります。
本日の写真です。
本日の唯一の仕事はかかりつけ医まで通院したことで、3月に受けた交通事故による指の痺れがいまだに続いていることから診察と投薬を受けました。
実際には通院する前にガソリンを給油して珈琲店へ出かけており、何もしないままにお金だけ使う役立たずの生活というか、老害でしかありませんね。
さて、かかりつけ医から帰り車を停めてから、毎日のノルマとする5千歩のウォーキングに出かけました。
考えてみれば、年金受給者となった老人と思えば寂しいものの仕方のない現実かもしれません。
本日は名古屋市の中村区にある名古屋第一赤十字病院の診察に訪れましした。
午前9時から整形外科で膠原病の診察ですが、診察前に血液検査と尿検査があり、検査結果が出るまで約一時間かかるため、8時には病院へ到着して検査を受けました。
これまでの診察は2時間から3時間待ちも当たり前でしたが、外来の診察開始直後の診察のため3人目の患者となり、あっという間に診察は終わりました。
もっとも、診察室には家内が同行したため、主治医が家内にも解るように説明し、私が心配性で次々と質問する度に家内を見て話す姿は、私がまるで保護者に付き添われているようでもありました。
さて、日常生活で身体に異変があった場合はどうしたら良いかとの質問に、「ボクに電話して」と返事があり、「手術中か学会に出ている時以外はつながるから」と言われたことで、大病院でありながら町医者のような心遣いに大きな安心感を頂いて診察室を退出しました。
本日は診察前に病院内にあるハートフルキッチンで家内とモーニングコーヒーを楽しむ余裕の通院となりました。
病院のある名古屋市中村区から中川区へ移動し、中部運輸局愛知運輸支局へボランティアで活動している福祉有償運送の実績報告書を提出して本日の仕事は終わりでしたが、主治医から発症前のような普通の生活をするよう言われたたものの、午前中は思うように身体がうごきません。
本日の写真です。
日本海へ抜けた台風は愛知県にはほとんど影響がなかったものの、時折激しい雨が降り、植木鉢が倒れるような強風が吹き荒れる一日となりました。
こんな荒天の日でも重病患者や重篤な病気をもつ人は、診察とかかせられない薬を求めて病院へ行くことが必要です。
そんな訳で膠原病患者の私が移送することになり、本日は弥富市の海南病院まで私より症状の軽い患者さんを搬送してきました。
明日は私の通院の日となりますが、朝起きてみないとその日の調子が分からないため家内の車で送迎してもらうことになります。 闘病中の身にありながら果たすべき仕事もあり、明日はボランティアで活動する福祉有償運送の実績報告書を運輸局に届けてからの帰宅となります。
さて、週末は上高地を訪れますが、小梨平のケビンを問い合わせたところ、一泊5千200円の宿泊代が県民割により2千500円の値引きとなり、さらに2000円の商品券ももらえるとの話です。
まさにタダ同然のようなサービスですが、病気療養中のため好きなだけ上高地に滞在できないことが残念です。

昼のランチ 中華そば
同級生が誘ってくれた昼食は昔ながらの中華そばですが、大と小の2つを合わせても千円でお釣りが返ってくる良心的なお店です。
ここで昼食後にマックへ立ち寄り雑談に花を咲かす機会が増えました。
ほとんどの同級生が会社や仕事を引退している中で、唯一頑張っている同級生ですが、こんな生活が彼が引退するまで元気でおられることを祈るばかりです。
本日の写真です。
膠原病と診断され薬の処方を受けて2ヶ月になりますが、少しずつ回復しているとは思うものの、朝の起床時の体調の変化が大きく、朝にならないとその日の行動が定まりません。
午前中は基本的に療養と決めていますが、膠原病になってから体調が良い日は一日もなく、調子が悪いから何もしなければますます体が不調になっていきます。
身体に負担のかからない生活のノルマが必要だと実感させられます。
本日の写真です。
本日添付したお寺は三重県桑名市の古刹大福田寺です。創建は飛鳥時代で、聖徳太子が開いたと伝わる真言宗の歴史あるお寺です。
本尊は阿弥陀如来で、三重四国八十八ヶ所霊場の一番札所で、伊勢七福神と伊勢西国三十三所の札所でもあります。
本日は偶然にスマホを見て大福田寺へ立ち寄ったため、真言宗のお寺であることも知らず、朱印帳も持参しておらないため、改めて参拝する旨を納経所に伝えて山門を出ました。
ところが、駐車場で偶然にも帰られた直後のご住職に声をかけられ、お寺の歴史や由来を聞くことができました。
そして、ご自身は次男のためお寺の後継者ではなく高校教師をしていたものの、住職の兄で先代住職が病で倒れられたため、64歳で僧侶になった経緯など時間を忘れて雑談に花を咲かせてきました。
こんなことが相性というのか、巡り合わせというのか分かりませんが、住職が私と同じ昭和28年生まれ(学年は住職が1年上)であり、真言宗や弘法大師を信奉する私にとっては久しぶりとなる初対面の僧侶と意気投合する出会いとなりました。
住職との会話で毎月一日に桑名聖天月例祭が行われており、信者や参拝者が書き残した護摩木のお焚きあげが行われると聞き、来月に再度訪れる約束をしてお寺を後にしました。
大福田寺は愛知県津島市の我が家から車で40分程度の距離にあり、これから新たに参拝できる真言宗のお寺が増えました。
本日の写真です。
毎朝起きた時の体調に変化があり、夜間の睡眠が浅いのが原因かどうかはわかりませんが、本日は朝から身体が重い一日となりました。
明らかに膠原病が関係していることは間違いありませんが、身体が重い時に横になって休息するか、リハビリ感覚で苦痛を払拭して行動に移すか非常に迷うところでもあります。
本日は休養の一日として、家内の運転する車に同乗して移動したものの、車を降りる元気も湧いてきませんでした。
そんな中でも夕方になってマックまで歩き、一日のノルマとする5千歩を歩きました。
本日はそれだけですが、今週は一日五千歩のノルマを課してきたため6日目で一週間分のノルマ3万5千歩を達成することになりました。
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