日光川と目比川の合流地点 愛西市塩田
本日の写真です。
車で日光川を渡るたびに堤防に咲く菜の花を眺めていましたが、本日は遠方から知人が訪れ、市内最北部の珈琲店まで家内と3人で外出したため、知人と別れた帰り道は目比川を下り、日光川の菜の花の咲く場所を経由して自宅へ帰りました。
日光川は昭和36年に襲来した伊勢湾台風で破堤したため、何度も堤防の改修工事が繰り返され、現在の右岸堤防は自動車の通行する道路となっており、我々の生活する左岸側の堤防は車は通行できないもののアスファルトで舗装されています。
私の小学校時代にはこの堤防は大人の背丈より高い葦(ヨシ)で覆われており、上流部の染色工場の排出する悪水によって当時の日光川は真っ黒な川だったため、川から恐竜が出てくるような怖いイメージがありました。
ただし、春になると多くの土筆(ツクシ)が取れるため、日ごろは嫌われ者の私でしたが、毎年同級生の女の子から「ツクシ取りに連れていって」と頼まれ、探検隊の隊長役のように町内の幼馴染の女の子たちを引き連れてかなり下流まで訪れていた懐かしい場所でもありました。日曜日に弁当を持った遠足のような一日でした。
私に声をかけるのはクラスで一番成績の良い学級委員をしていた幼馴染で、私が選挙に出た時には電話で投票を依頼する嫌な仕事を引き受け頑張ってくれましたが、今から15年ほど前に病魔に倒れて旅立ってしまいました。
この時も自分本位の私は、彼女が高齢の両親と、大学進学を控えた娘さんのために病気を隠し、自ら治らないことを自覚していることも知らずに、彼女が通院していた病院では「ガンは治らない」と配慮のかけらもない言葉を発しており、今になって反省しても鬼籍に入った彼女には伝わりません。
私は起業してから「朝日旅行友の会」を主宰して多くの観光地を訪れましたが、旅行好きは小学校時代に彼女に頼まれたツクシ取りの案内役が影響している可能性も否めず、学校嫌いの私が唯一頼られていたのが日光川のツクシ取りだったのかもしれません。
さて、時代が変わって日光川の堤防には、添付したように見事な菜の花が咲き誇っていますが、鑑賞するために遠方から訪れても車を停める場所が皆無であることと、堤防に入れる場所が限られているため、せっかくの名所でありながら人目につかないことが残念です。
今年はここもウォーキングのコースに加えようと思います。
4月8日の一言




























