大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

2007年04月

本当に連休中?

 連休中である事が信じられない一日であるが、市内に出かけたところ『藤まつり』が開催されており、観光客でもないのに駐車場が有料となっており、あと一歩で観光客気分を味わうところでもあった。

 連休中にボランティア団体をNPO法人化するための書類を整備中のため、細かい資料と向き合っているが、役員予定者全員の同意を得て順調にみえるが、事業会計の収支予算書については手馴れた人の支援も必要で、相談の電話を入れてみたものの、連休の家族サービスか外出中で珈琲タイムと化してしまったのでもあった。

 こんな空回りの一日だと、いっそのこと旅行にでも行っていた方が良かったと思われるが、選挙後の臨時議会も控え、新しい顔ぶれの議会が始るために、気持ちが休まらない。選挙は終わったものの、行く先々で市政への要望と苦言が訴えられてくる。

 「市民の声を代弁する」の公約だが、いっそのこと市民自らが議会で発言してもらった方が生々しく実情が伝わりそうである。いかに生の声に近く議会で代弁できるか真剣に整理して検討してみたい。
 さて、明日は新しい会派の結成届けを提出する締切日でもある。気ままな一匹狼から、複数の議員の参加希望をもらい、実際には大きな戸惑いもあるが、これまでとは違う議会活動に転換すべき責任も実感しつつ、自分のこだわりも堅持したいと考えている。詳しくは明日に続報を…
                              4月30日の一言

そういや、あんたも痩せたなァ

 「あっ、今日は川ざらえ(町内の農業用水の清掃)だった」の声が枕元で聞こえてきたが、まさか自分が行くとは思ってもおらず寝ていると、「お父さん!」とご指名である。時計を見ると7時50分で、8時からの行事に起こされたのである。(〇△×…×〇)まさに神業の出動でもあつた。

 眠気眼で用水を歩いていると、農業用水が生活排水(廃水)と化し、捨てられたゴミはまさに家庭ゴミや空き缶、コンビニから出たゴミに溢れている。「本来は農業関係者ばかりではなく、全住民参加で実施すべき現状」と思いながらも、世間話をしながらの2時間半の行事だから、一年に一度くらいはこのままでも良いかと納得して終了となった。

 最近では、農家より新しく転居された人々の方が多いが、先祖代々住み続ける人々にとっては、仲間意識と村の良き伝統を伝える貴重な機会ともなっている。

 「おい、痩せたんじゃないか?」、「うん、糖尿病だッ」、「そうか、オレも痩せたけど大丈夫かな」、「そういや、あんたも痩せたなァ」と、終了後に同級生と二人での会話である。自分では痩せた事が嬉しく、「大鹿さん痩せた?」と問われると、「そう、ガンでね」と冗談で答えているが、同級生の一言は同年だけに深刻に聞こえてきた。

 さて、選挙も済んで一段落し、過去から継続する仕事やスケジュールをこなしているが、私と共に議会活動を希望する議員も出現し、自分勝手の『一匹狼』を続けてきたが、先輩議員としての責任を痛感するとともに、先々でストレスとならないように考えていきたいものでもある。
                              4月29日の一言

騒々しい街宣車は迷惑

 選挙が終わってちょうど一週間が経過しようとしている。今さらながらあの騒々しさは何だったのか自問自答させられている。

 選挙のための事前運動は一切しないと宣言し、選挙用のパンフレットは作成せず、後援会の会合も1回も開催しなかった。3月議会が終わってから政治報告の会報(定期的に発行)を配布していると、熱心な人々から、「ウグイス嬢の手配はしてあるか?」とか、「街宣車の運転手は?」などと問われ、結局他人任せのやりたい放題では困るために、4年前の再現となってしまったのである。

 「静かな住宅地に騒々しい街宣車は迷惑」と聞くとその通りで、「6時以降は止めようか」との思いも、「人がやっている事を止める必要があるのか」と言われ、あいも変わらぬ選挙となってしまったのである。

 静かな毎日とはなったが、今年は昨年以上に抱えた案件が多く、連休明けからは議会やボランティア、NPO法人、各種参加予定の講座が目白押しに迫ってくる。選挙以上にスケジュール管理が必要となる。

 さて、本日の朝刊には『上高地開山祭』の記事と写真が掲載されてきた。四国遍路とは違って、京都や信州は個人的趣向を強く持っているが、新聞に掲載されるまでまったく脳裏に浮かばなかった事と、既にゴールデンウィークに入っている事が自覚されていなかった。
                              4月28日の一言

次々と変わる国の施策に…

 昨秋以降となる『交通問題勉強会』に参加するために名古屋へ出向いた。選挙が終り、議会の関心が『会派編成』にある中で、NPO法人設立や打ち合わせ、勉強会で県庁や名古屋通いが続いている。

 交通問題については、国の規制緩和が続き、著しく状況が変化しているが、津島市には公共交通機関が名鉄電車と名鉄バスしかなく、しかも津島駅より西にはバス路線もなくなっている現状においては、検討しようにも選択肢も限られており、行政の担当者についても考える必要性もないために、国の動向や各地の動きについても把握もされていないのが現実であろう。

 私も名古屋の勉強会で稲沢市で巡回バスを実現するための取り組みがテーマにされても、近くの自治体であるために聞くことも恥ずかしく、母も家内も稲沢市(旧祖父江町)であり、私の出生地だけに興味はあっても知らないままで翌月の発表会まで持ち越しとなったのである。

 しかし、同じ県内であっても公共交通に関する状況は大きな格差があり、勉強会での報告や議論を津島市でいきなり話をしても理解が難しいのが現実と思われる。
 国の政策で新たな協議会が立ち上げられても、ほとんど議論もされる事も無いまま月日が経過していると、国では更に新しい法律や条令が整備されているのである。県内でも車の町である豊田市が国に先行して公共交通の先進的施策を具現化している中で、住民の足を確保する事については真剣な議論が必要とされている。

 さて、議員というよりも、地域の足確保については、先進地の事例や関係者の助けを借り、具体的に踏み出すために走り出している。議員だからと行政や議会で訴えるばかりではなく、実際に行動に移す事が三期目の私の公約でもある。
                             4月27日の一言


ボランティアに走った一日

 本日は愛知県の海部総合庁舎で、6月10日に予定されている平成19年度海部地方総合防災訓練の中で、実施予定の『ボランティア支援本部立ち上げ訓練』の第1回目の会合が開催された。

 海部地域から60名を超える防災ボランティアコーディネーターが参加していたが、津島市からの参加が極めて少なかった事が気にかかった。津島市の場合には、各種団体から揃っての参加が多く、団体の都合によっては一人も参加者が無いことも想定され、ボランティア活動とは言え、近隣市町村に人数的にもリーダーシップが発揮できない現状は問題でもある。

 最近では市内の全校区に自主防災会が組織されているが、自主防災会とボランティア団体との連携が不足し、津島市の地域防災計画すら説明がなく、行政と住民組織との役割分担もはっきりとしておらず、災害時に行政のやるべき仕事まで想定した住民の議論を聞かされる事も多い。

 一方で、住民個々の防災意識が高まっていないのに、一部の先走りによってムダな買物も多い。ある町内会では町内会予算から水害を想定して『救命胴衣(浮き袋)』を各戸に配布したが、愛知県では東海地震や東南海地震を想定した訓練を繰り返しており、過去の水害においても住民が救命胴衣を使用した例はあまり聞かれない。万が一の時には役に立つ事もあるかもしれないが、家具の倒壊防止用品など、もっと必要なものがあったと思われるのだが…

 大金をかける前に住民の勉強会や、災害対策の議論が不足している事を実感している。本日の訓練では忘れていたボランティアの役割を久々に思い出す一日となった。もっとも、立ち上げ進行中のボランティア団体も複数あり、設立に向けて具体的に走り回った一日でもあった。
                              4月26日の一言

当面は選挙の同窓会

 本日は市長選挙と市議会議員選挙の当選証書附与式が行なわれ、写真撮影後に市議会の初顔合わせとなる『全員協議会』が開催された。

 私にとっては、選挙前の活動の延長でしかないが、新人議員にとっては初めての議会活動にあたり、ベテラン議員にとっては、会派の人数合わせが必死で行なわれている。ここでは一般住民の理屈や常識とは違った不思議な行動も耳にする事になる。

 さて、選挙によって一時中断していた政治(市民)活動が、明日からは目白押しで続いていく。明日は地元(広域行政)の防災ボランティアの会合があり、明後日は名古屋市で『交通問題勉強会』が予定されている。選挙後にはと思っていた事が、中断していた活動の後回しにされそうでもある。

 人のブログの写真から春を実感していたが、今年は『ツクシ』も口にしないまま、花見とも縁もないままに季節が経過してしまった感がある。選挙中に寄せられた激励の言葉や訪問に御礼もしないままに、次々と予定に振り回されはじめている。

 「ゴールデンウィークには四国巡礼でも行きたいな」と選挙前から語っていたが、現実には許されそうな雰囲気もなく、「冗談でしょう」と終わりそうでもある。それでも、連日事務所に詰めていた人々にとっては、選挙後の日々が空虚に思えるのか、毎日入れ替わりに人々の出入りがあり、本日も昼休みには事務所に戻ってきたが、全く人の出入りが止まるのも淋しくもあり、当面は選挙の同窓会も続きそうな雰囲気でもある。
                                4月25日の一言

言葉の重みと責任

 2日前までの選挙戦がウソのような静かな一日となった。本日は、ボランティア団体の法人化の準備のために愛知県に関係書類を貰いに行ってきた。

 選挙の投票日から2日間が経ったばかりだが、既に議員の活動は始っており、新しい議会での会派編成に声が掛けられているようだ。「私は今までどおりに干渉されない環境でありたい」と答えたが、次の議長や委員長のイスに関心が寄せられている様子がうかがえた。

 議員である以上、議会内での位置や力関係も重要ではあろうが、私は昨年から市民活動に軸足を置き、議員ではあるが一市民としてボランティアでの活動にも参加を始めている。「市民の目線で語り、市民の声を議会で代弁する」との私の公約では、会派やポストよりも活動しやすい環境のままでありたい。

 さて、困った人にとっては一日一日が苦しみの連続である。市民病院の医師不足についても、通院していない人にとってはどうでも良い事かもしれないが、通院中の患者にとっては担当していた医師の退職や転勤は命に関わるぐらいのダメージを受けているのである。議員として関わる事に限界もあるが、すぐにも対応が必要である。

 「当選おめでとう」は有難いが、地域を限定した期待には説明が必要でもある。市内を川の西と東に分けて、「川東の地元のために働いて」との言葉が、今回落選し4年後を目指す人物から私の関係者に話されたと聞いた。
 「大鹿は市内全域を対象に、地域の不公平はしない」と、言葉を返してきたとの話に「そのとおり」と喝采を贈りたかったが、言葉の重みと責任を実感したのでもあった。
                                4月24日の一言

戦い済んで…

 選挙が終り、本日は街宣車の返却や、事務所の後片付けに早朝より人々が出入りしている事と、多くの電話で寝るヒマもない一日となった。

 「おめでとう」と訪問された人々に言われ、電報や電話が続く中で、事務所はどんどん片付けられ、一週間分のゴミのみが残された恰好である。しかし、選挙中は一日に60キロから70キロを自転車で走り、30分ごとに街頭演説を繰り返したが、人々が心配するような疲労もなく、本日を迎えているのは自分自身でも意外だった。

 選挙戦とは言っても、あまり危機感はなく、選挙の事前運動や個別訪問は一切しないとの公約もあり、選挙戦は「まだまだ体力があります」と、自分の体力との戦いでもあった。
 選挙用のパンフレットも作らず、政治活動の延長で臨んだ選挙だけに、もっと得票を減らす覚悟であったが、6位での当選は大満足である。もっとも過去3回の選挙で、4位から5位、6位となっただけに反省も必要である。

 さて、選挙運動の中で出会った人々から、涙で訴えられた問題も多く、最近では涙腺がもろくなっており、流した涙の量は過去2回の選挙より確実に多くなっている。また、一方では、市外の知り合いの議員の落選も心が痛い。
 日頃の政治活動の結果ではあるが、慰める言葉がみつからない。明後日からは新しいメンバーによる議員活動がスタートする。
                                4月23日の一言

投票日の夜

イメージ 1

 一週間の選挙戦が終り、投票も済んで時間も明日になろうとしている今、慌ててパソコンの前に座った次第である。写真は告示日の出陣式の私と街宣車の姿です。

 選挙の開票は中々進まず、市長選挙の結果は当落が判明したものの、我々市議会議員の開票結果は未だ何の発表もなく、早々に集まった人々も家路へ引き返す始末である。どうやら情勢は良さそうなものの何も情報が入ってきません。

 結果がでていないものの、来客が多く応対のため、その後の顛末は後ほど書き入れます。

気分悪い

今日は気分が悪い。疲れが出てなんか起きてるのが大変だった。世の中は上手くいかんな。思った通りにいけばいいのに、いかないんだよな。今日は憂鬱だ…。
疲れた。ここは難しいこと書かなきゃいかんと思ってた。やっぱり難しかった。ただ俺が思うだけかもしれないけど最後まで言いたいのは人間の悪さ。良い人も悪い人も居るけど、人間は所詮卑怯な生き物だ。動物は感謝の気持ちを表現でで表す。人間も表すけど所詮は作り物だ…。
 俺の水泳部の友達…。女の子だけどジムに行くといつも挨拶をしてくれる。いつも笑って良い人だ。最近は喋る…。明るいとかってイメージ。だけどその子はいじめられていた。昔から去年まで。身長がでかいとか勉強も部活もできる奴だからとか外見が少しカワイイからみたいなのでいじめられるらしい…。
自分が出来ないからとかでいじめるなんて卑怯だ。あえてウソは書かない。そいつは昔、飛び降りた。すごい怪我をしたけど今を生きている。手首を切るのもした。だけど誰も助けてやらない。そんな奴を誰も助けてやれないのかよ…?少しくらい気にかけてやるのが人間だろ!大丈夫?って言えないのか?俺は迷わず助けるぞ。
 人間は卑怯なんだ。自分の事ばっか。ズルい。テレビとかで自殺する人が弱いとか言う…。それは違う。こんな世界でみんなにいじめられてそんな奴が弱いなんてありえない。それに耐えてる人間が弱いのか?いじめる奴が強いのか?間違ってるだろ!いじめってそれくらいの大きな問題だ。弱いもんいじめするくらいなら俺をいじめてみろよ。いじめる勇気も無いくせに弱い人ばっかを人間は狙う。
ブサイクとか気持ち悪いとかそんなの関係ないんじゃない?人が一生懸命生きてるのにブサイクってなんだ?ブサイクって言う奴ほど汚い!俺はテレビはあまり見ない。だけどテレビは社会の汚さが良く分かるよ。
俺からしたら言う人も気持ち悪いで?人が困ってるのを見逃すのかよ?俺は困ってる人には出来るだけ力になる。
先生までもがいじめに加わって何が面白いんだ?先生が幼稚園からやるべきだ。俺が先生なら生徒を裏切らないし、助けてやる事はする。なのに大人まで子供のいじめに加わって・・。いじめは今の大人そのものだ。なんでか?って言うならば会社に入れば上司のいじめ。生活保護を受けてる人にも決して優しい視線じゃなくてホームレスなんかは特にそうだ。そんなんを見てる子供がいじめを繰り返すんだ。
 俺の友達を傷付けた人は何があっても許さない。いじめられてる奴が何をした?水泳部の子はいい子だぞ?頑張るのがダサい?全員卑怯だよ。俺の目の前でそいつの事バカにしてみろよ。出来ないくせに!
友達の仮面を被ってるなよ。本人の目の前で邪魔だって言ってやれよ。影でいじめしてるなよ。
 学校は勉強する所でもあるし部活もある。だけどそんなのよりも友達とか作る方が大事じゃないかな?人に優しくするのを学ぶのが学校じゃない?礼儀を学ぶのも学校。俺は変えようと思う。今日、相談とかその子にしてて俺は教師も良いなと思った。俺がなったら絶対にいじめを無くしてやる。勉強なんかより大事なのを教えてやる。俺みたいな落ちこぼれも楽しくなるはず。夢はたくさんあるけどそれも良いと思った。それで感謝されるの。
 今日で最後だから言いたいのを書いた。いじめは悲しい。卑怯な社会だけど、そんな中で人を俺は大切にする。少なくとも友達だけは大切にする。
 最後に、これは叩かれるのを上等で書いた。叩いても叩かないでもどっちでも良いが、だけど世の中にはいじめられてる奴がたくさん居る。そんな奴を見て見ぬ振りは出来なくて書いた。
 俺は筋の通った人間になるよ。俺の周りに居る人間は見捨てない。
最後に、くだらない事で熱く語った俺だけど、決して間違ってはいないと思う。聞いてくださってありがとうです。
                           4月21日息子(三男)の一言


眠たい

今日は昨日早く起きたせいか眠たかった。授業中は睡魔との戦いで、寝たら叩かれてしまう。だけど体育の時間で寝てしまった。部活の先生が、体育で怪我したらいかんで手を抜くんだぞ、といつも言っている。今日は暖かくうつろうつろしていたら寝ていた。先生に起こされた。しかもすごく怒鳴られた…。
体育は本気でやってはいけないのだ。
 せっかくだからイチローの話を。
今は有名になったイチローだけど野球部の監督が言うには高校に入ってきた時はとても試合で使えなかったと言っていた。しかし頭はオール5に近く頭は良かったらしい。そんな頭の良さで1年生の時はパワーがまだ付いてないから打球を流して足でヒットを打っていた。2年生はセンターに抜けるように打ち、3年生ではホームランも打てるように引っ張った打球を、と自分のパワーに合わせてヒットになる所に打っていたらしい。そんなイチローは黒板に書いているのを写さなかったらしい。なぜならイチローの親は頭が良くノートをとる時間が勿体無い、と言い頭で覚えろと言っていたらしい。そんな風に卒業する時には立派な体格の選手になっていた。
 イチローは練習を本気でやらない。なぜなら怪我をしたらその治す時間が勿体無いし、みんなの前ではあまり本気でやらなかった。しかし、たった30分や1時間…すごい気合で誰も出来ないようなプレーをし、その後はまたゆったりしていた。しかし、イチローはみんなが寮でテレビを見ている時もバットを振り、走り、時には夜中近くまで振りつづけていた。それでも先生には寮を抜け出して、遊んでいましたとか寝てましたとかって言う。自分が影で努力しているのを知られたくないからだ。そして、物を大切にしたと言う。僕もそんな風に頑張ります。
                         4月20日息子(三男)の一言

練習

今日は朝5時に起きて練習をした。先輩と一緒に自主練をしたけど朝は結構辛い。起きるのはへっちゃらだけど、疲れ方がすごい。授業も起きて聞くのが大変だけど、今日は将来の話についてなので頑張って聞いた。
行きたい大学は?と書かれた項目欄に僕は、早稲田大学・中京大学・明治大学・立命館大学と書いた。先生はホントに行く気なのかと行ってきたが、もちろん行けるなら行きたい大学だ。
 そんなのより1年生だ。後輩と二人で津島から瀬戸までロードに行った。その子は中学からやっていてかなり速い。僕は強いなぁと感心すると同時に、努力家だとすぐ分かった。でも、日曜日は来れないらしい。なんと、芸能人の卵みたいなものらしくて…日曜は撮影だと。。でも努力家だ。
僕は赤津という瀬戸の上り坂を4本登った。もちろんその辺りの500メートルとかの坂ではなく5キロ近くずっと登りで、結構キツイ坂だ…。その子は僕と同じで4本登った。
もちろん僕の方が速い。だけどどんだけ離そうとしても必死についてくる。どれだけ辛くても走り切る。
僕はマスクをして走った。マスクをすると呼吸が大変で、心肺機能が強くなる。そしてギアの重さは圧倒的に僕の方が重い。かなりのハンデなのだが、それであっても付いて来るのはすごい。正直後ろが怖かった時も何度もある。
僕は10本近く登る時もあるけどそれでも1本は辛いはず。なのに付いて来ようとする。その子は自転車に一番大切なものを持っている。それは諦めない心と孤独に耐える強い精神力だ。
山の登りは人が居なくなったら一人だ。そんな中を走るのは辛くて、何度もやめたくなる。だけどやっぱり強い…。多分、人間としてその子は本当に強い。
 そんな後輩に影響されて僕は頑張ろうと思った。
                         4月19日息子(三男)の一言

今週の試合

今週の日曜日は試合だ。名古屋競輪場で走る試合で種目は3種類しかない。
僕は今どっちかと言うと絶好調で、明日も朝6時から練習を始める。もちろん朝練は無いのだが好調だから朝練をするのである。自転車は頑張った分だけ伸びるスポーツで人の見えないとこで努力をすれば強くなれる。そしてそれがタイムとしてすぐに表れる…。ただ炭酸飲料を飲むのやお菓子や添加物を少なめにしたと言って、たった3週間くらいで体の感覚が変わりタイムもそれだけなのに2秒とか上がったりする。お菓子は基本ダメなのだが、たまには食べてしまう。自分へのご褒美だ。試合まで頑張ってそしたらハンバーガーを食べると決めたんだ。
 新入部員は10人近くだ…。僕の代は11人で今は仮入部だがそれだけ集まると嬉しい。色々な人が集まっているが、僕は後輩には優しくすると決めている。なぜなら、後輩に厳しくして自分に甘えていたら自分が弱くなるのを知っているからだ。僕の先輩の1人は新しく入った僕達にキツイ練習をさせて見ているだけだったが、やはり最初の大会で勝ってしまった。僕のモット-とは人に優しく・自分に厳しく・明るく元気に・一生懸命と決めた。
だから優しくするのだ。やっぱり1年生はピカピカだ。カッコ良い自転車を見れば目を輝かせている…。僕達は見慣れたのをとても興味心身で見ている。やっぱり楽しそうだ。僕も今が楽しい。
 明日も目標を持って諦めずに頑張るぞ!
                        4月18日息子(三男)の一言

部活や先生や自分の自転車について…

自分の自転車について…
僕の自転車はウィリエールというフレームです。そしてホイールはシマノというメーカーのホイールです。僕の自転車は乗る人が良ければ速く走れます。この前に冬にバイトをしていたお金でキシリウムSLというすごいホイールを買いました。見ているだけで見とれます。
 今日はジムでパワーマックスというのをずっとやっていました。そして終わってからある人にメールをしました。その人は同じ学年なのに選抜の競輪という種目で優勝しました。僕の憧れ・目標の人はその人です。何の種目に出るのか気になって聞いてみたら、僕と1つ種目が重なっていました。僕は嬉しかったです。みんなは速いからヤダ、とかって言うけど僕は楽しみで仕方ありません。その人と走るというのが僕にとっては、最高に至福な時です。勝てる訳でもないのに嬉しいというのは変だけど、僕は負けない気持ちでまずは県大会を頑張りたいです。
 先生の話で…僕の学校にはとても良い先生がいます。 ホントに先生かと思うくらいの先生です。
僕はその先生に何度も助けられました。困った時は電話をし、助けてくれます。
とても頭の良い先生で、先生はいつも言います。勉強するよりも今という高校生活で思い出をたくさん作った人は損はしない。ひたむきに頑張って例え結果が出なくても、決して無駄にはならない。たった1年や2年、ひたむきに頑張ってみるのも良いんじゃないかと言います。僕は物理が苦手です。だけど先生は最初から最後まで教えてくれます。
その先生は高校生フェスティバルというので、毎月月の初めに栄で募金活動の手伝いをしています。その活動で学校に行けない高校生の助成金にしようと、高校生が主になってやります。
 僕も募金活動をします。しかし、ゴールデンウィークは全部合宿です…。少し残念ですが、頑張って合宿をし募金活動が出来ない分も頑張りたいと思います。これからはその募金活動の大切さを1年生達に教えていきたいです。
 少しでも学校に通える人が多くなると良いと思います。
                          4月17日息子(三男)の一言




礼儀の怒り

 今日は競輪場には行かずにジムで練習をした。名電の横にはスポーツジムがある。
今日はパワーマックスという機械で30秒間全力でもがくというのを1本やった。1本で3回漕いで間の休憩は2分だ。たった30秒しか、と思う人もたくさんいるけど30秒はやってみるととても長い。
 それが終わってからベンチプレスとフルスクワットをやっていた。
実際ジムは遊び場だ…。他の部活の人はみんな話をしながらとか、お菓子を食べながら筋トレしたりしている。だけどそんな人達は俺にとっては邪魔な存在だ。真面目にやってる人が不愉快だ。常に全力で戦うスポーツマンがお菓子を食べながら筋トレなんてふざけてる。そんな部活が強いはずもなく、いつもウロウロしているような部活だ。学校というのは間違ってるもんで、そういうとこを直させないで勉強だ、大学だ、就職だ、とかばっかりだ。俺は礼儀を教えるのも学校の役目だと思う。勉強なんかは出来なくてもいい。良い大学なんか行かなくてもいい。そんなのより心の勉強が必要だと俺は思う。
 という感じで、自分も性格が悪いのについつい怒れてしまう一日なのです。正直、俺が先生をした方が良い位だと思う。先生は生徒を殴るという行為は出来ないらしいけど少しくらい叩いても良いと思う。先生達はいつも自分が辞めさせられるのにビクビクしながら、指導している。そんなんでも僕の一年生の時の担任は、とても怖い存在だ。中途半端な事を言うと殴られる。毎年血だらけになるような人もいるみたいで…。
 だけど先生は怖い存在じゃなきゃダメだと思う。今の先生は自分の事ばっかで生徒の言いなりだ。
礼儀がなってない人が部活なんてやるもんじゃない。遊び場と勘違いしてる人には部活を辞めてもらいたいと思った。
                       4月16日息子(三男)の一言

積み重ね。

 僕は高校の自転車部に入っています。自転車と言うとサイクリングから競輪やロードレースがありますが、僕は競輪やロードレースをやっています。 部活に入る時は正直、簡単だとか思いながら入り先生には素質があると誉められていました。
 だけど現実はそんな簡単にはいきませんでした。毎日自分の限界を超える練習をしながら強い人との競争や挫折を味わうこともたくさんあります。スクワットなどは自分の体重の2倍を挙げ、吐きそうになりながら走ります。やめたいと思う時もあります。そんな練習に慣れる気配はなく、今でも体重は毎日の練習で2キロ以上痩せたりして体調管理がとても難しいです。ご飯もそれなりに食べないとダメです。そんな感じで今までを過ごしてきました。
 今日、僕は名古屋競輪場で愛好会指定練習というのに参加しました。
1キロとハロンという坂を掛け下して200メートルを走るのを計りました。1キロはタイムが下がっているんですが1分20秒で走り愛好会の中では速かったです。ちなみにベストタイムは17秒なんでかなり遅いです。200メートルは速く走れました。1キロの調子が下がっているんですがこれからどんどんタイムを上げていきたいです。
 昨日名古屋競輪場の黒須さんと言う愛知の競輪の一時代を築いた方と話をしました。5分くらい話をしていたんですが、けんすいを30回やれるようになったら強くなると言われました。僕は21回くらいで30回はなかなか出来ません。だけど頑張ろうと思いました。なぜなら黒須さんに先生が僕の事で話をしていたらしく期待されているんだからと言われました。 先生はいつも厳しくて少し甘えたりすると厳しい言葉を言われます。そんな先生にそうやって期待されてたことが嬉しかったです。なのでいつも厳しい先生だけどそうやって思ってくれてる以上、僕は先生を信じ全国優勝と言う大きな勲章を勝ち取り先生の自慢できる選手になりたいと思います。
 今年は世界選手権優勝した選手や競輪などで優勝、表彰台を東海地区が独占するくらいの激戦なんですが、そんな中でインターハイの舞台に進めるのならば必ず日本のトップ10のチームに入れるでしょう。なので激戦の中で勝てるよう頑張ります。
来年には必ず全国優勝をし先生の期待に応えられるように頑張りたいと思います。
                           4月15日息子(三男)の一言

 

ウルサイのはかなわんからナァ

 明日から選挙戦が始りますので、一週間は高校生の三男が自分の所属する高校の『自転車競技部』について書き込む予定になっています。

 本日は明日からの準備で、午後には事務所のカンバンを設置するために大騒動でした。特に風が強い中での設置のために、ホームセンターに針金や補強の材料を買いに走り、大人が大声を出して必死の作業でもあった。

 「ダルマの位置は何所がいいか?」で大激論となり、届けられた花の位置でも花屋を巻き込んで大騒動である。過去2回の選挙同様で良いと思っているのに、自分の意見で取り仕切りたい人が一人あり、周りは大迷惑だがお構いなしである。

 花を届けるだけの花屋さんも大迷惑で、自分の花を置く場所まで指定されて持ってきたとの話である。しかし、私の亡くなった父親の関係から名鉄の重役さんから過去2回に続いて高価なランが届けられており、2年前に亡くなった後援会長の奥様からも特大のランが届いているのである。これらの前には意地でも出せません。

 「あんな小汚い手拭いは見苦しい」との発言は、私が必勝を期して、ダルマの前に置いた手拭いの事であった。小汚いとは失礼な話で、私の盟友で、昨年11月に亡くなった落語家の『浪漫亭砂九』さんの遺族が、追悼の意味を込めて関係者に配布された新品の手拭いであった。

 「何とかしといた方が良いよ」と、帰宅後に心配した人から電話もいただいたが、私の選挙であり、私のこだわりを無視されたくはない。「明日になってウルサイのはかなわんからナァ」「私の意志は変わりません」と、怒り心頭で電話を切ったが、事務所入り口には『鶴田浩二』の大きなジャケットとレコード盤の写真が3枚飾られている。これも、勝手に片付けてあったのだが、改めて持ち出して飾ったのでもあった。

 選挙は戦いに例えられるが、人様の票まで奪ってくるものでもなく、自分には自分の評価分の票があり、明日からの選挙についても、私を支持していただける人々へ出馬の挨拶に廻ってくるつもりで構えている。一週間後の一言までオヤスミになりますが、「有難う御座いました」と書き込めるよう頑張って走ってきます。では…
                                 4月14日の一言

大鹿さん、痩せたんじゃない?

 選挙の告示まで2日となり、本日は出陣式の案内を配布に歩くものの、久しぶりの人と出会うと昔話に花を咲かせ、親しい人には「上がって、さっ、入って」と無理矢理部屋に案内され、お茶を出されて長話の繰り返しである。

 選挙直前にこんな気分で良いのかなァと思いながら、忙しさにかまけて親しい人々とずいぶん疎遠になっている事を実感する。
 想い起すと議員になる前の方が地域を廻っていたような気がするのである。もちろん、日程的には会報の配布や、地域からの要望に出向いているのだが、以前は親しい知人と珈琲屋に出向いて世間話をする時間的余裕があったのである。
 また、各町内に時間潰しをする知人や場所があったが、知らぬ間にそういった空間が無くなってしまっているのである。

 「大鹿さん、痩せたんじゃない?」と連日のように貰う一言がある。「もしかしたら、ガンかもねー」と冗談で答えているが、2年前に指導を受けた管理栄養士のT先生のお陰でもある。「このまま生活を続けると倒れますよ」と、津島市の成人病予防として『肥満対策』で指導され、8キロの減量に成功した。

 ただし、昨年には効果が半減していたが、今回の選挙用ポスターに標準を置いて、1月から過去の指導を思い出しながら節制に努めていたのである。効果は抜群であるが、顔のシワは急増である。
 「痩せるのって大変でしょう?」と問われるが、意外に簡単な事で減量となる。食習慣の間違いを改善する事で、食欲を我慢する事無く痩せられるのである。

 「体重を落としましょう」と言うだけの医者と違って、さすがに管理栄養士は見事に解決策を指示してくれる事を、自分の身体で実感しているので、行く先々で市役所保健センターのPRが続くのである。もっとも、食習慣が悪く、食事時間も不摂生な当方には効果があったが、食習慣に問題のない方の肥満には定かではないが…。
                                4月13日の一言

有難う御座います

 本日は、朝から来客が続き、午後には街宣車が警察署の事前審査に出発して行ったため、のんびりと座ってもおられず地域廻りに出かけたものの、親しい人のお宅で世間話に時間を費やし、「それじゃー、何にも(一票にも)ならんじゃねーか」と、帰宅後にお叱りを受けた次第であるが、選挙直前になってから「よろしく」なんて知らない人に頼める筈がありません。

 もっとも、知っている人しか訪問しないとは言え、訪問した家から御礼の電話をいただくと、せめてお世話になった家くらいは全部訪問しておくべきだったと反省しても遅いのある。

 さて、夜になって人々が帰り、一人でパソコンの前に座ると事務所に来客である。「すいません、こんな時間になって…」と、低姿勢の訪問は自転車屋さんであった。『すいません』どころか「有難う御座います」の心境で、私は自転車屋さんを心待ちにしていたのである。

 8年前の選挙に自転車を使い、4年前にも「ナマカワしたと言われては」と、同じく自転車を使ったものの、今回の選挙前に自転車にまたがった感覚ではひじょうに辛く、一週間自転車に乗り続ける事に足腰がついていけるか心配になってきた。

 こんな私にとっての大きな武器が電動自転車であり、肝心なバッテリーが使用不能になっていた事から、新しいバッテリーが注文してあったのである。「本当に、ありがとう」と言って持ち込まれた荷物を見ると、息子が注文してあったタイヤのホイールであった。「バッテリーは」、「ハイ、ハイ」とついでのようにバッテリーも持ち込まれたのであった。

 おまけに、家内と息子を交えた会話もホイールの話ばかりで、息子は高価なフランス製の高級品を手に入れ、今後のロードレースや競輪の話題に目を輝かせている。私にとっては日曜日からの一週間の足腰が心配でならないが、8年間の経過は私の周りの人々には深刻でもある。

 「次の選挙には生きておれんだろうな」と事務局長が一言。「会長も亡くなったしなぁ」と続くと返す言葉が見つからない。70代の人々が私の選挙を支えていると言っても過言ではない。事務所を訪問される人々も同様である。足腰が心配などとは言ってはならないのでもある。
                                 4月12日の一言

久し振りの長話・立ち話

 選挙の告示を今度の日曜日にひかえ、本日は宣伝に使う街宣車が仕上がり、引き取りに名古屋まで出向いてきた。

 街宣車のカンバンを扱う業者は国政から県政規模まで扱う業者で、3回目の選挙だけにアウンの呼吸で仕事が依頼してあり、明日と明後日に予定されている警察署の予備審査の前日に仕上がってきた。
 こうなってくると、自然と一日一日が選挙一色になり、選挙の事前運動は一切しないと宣言していたものの、集まっていただく支援者に申し訳ないために地域を廻る事に決め、家内と手分けして家を出発した。

 しかし、23年間も地域で新聞販売業をしていた事から、久し振りの同窓会になってしまい、昨日は健康に良いとシソと酢で作ったドリンクを貰って長話となり、本日も「政治は信用できなくなった」との一言から、一軒で1時間の対話に発展し、知人を待たせて帰宅途中にも懐かしい人々と遭遇し、『選挙』抜きの長話を展開してしまったのであった。

 1年間に4回の会報を戸別配布しているものの、人々との会話は特定の人達に限定されてしまい、ゆっくりとした世間話が不足している事は確実である。

 さて、選挙間際になって、世間の話題は立候補者の選挙結果の当落予想になっているようでもある。立候補する立場では、ウワサを教えてくれる人はあっても、そのような会話が交わされる場に遭遇しないので、事の真相が判らないが、23人の定員に31人が立候補と新聞に報じられたが、現在は28人に減ったとのウワサである。
 4日後には選挙選がはじまり、当事者としては選挙抜きの一言は更新できそうにもないので、日曜日から一週間は、私の三男が高校での「自転車競技部」の活動から自由気ままに書き入れますので、政治や選挙を離れた一言をご覧いただければ幸いです。
                               4月11日の一言

政務調査費の公表について

 議員の政務調査費の公開と領収書添付について、名古屋市では問題とされる議員が落選し、市民の良識がそのまま結果となった感があった。議員の報酬そのものが、国民の税金からまかなわれており、ましてや、政務調査に要した支出が公開できない事や領収書を必要としない事も、国民の一般常識から外れているのに、公開と領収書添付が未だに宣言できない事は問題でもある。

 「全議員の政務調査費を会報『津島の風』で公開せよ」との一言は、私が津島市内を対象に行なった『アンケート調査』の用紙に記されて返信されてきた。

 一見してその通りであるが、現実は事実認識に大きな誤解と間違いがあるので、一言記しておきたい。私の会報は、私だけの政治報告が建前であり、他の議員の活動内容まで記す事は考えていない事。また、大きな誤解と言うのは、津島市の政務調査費は年額15万円であり、1円単位で領収書の添付が義務付けられ、市民には情報公開の対象になっているだけでなく、市外に在住の人々にも情報開示を認めている点である。

 「なにッ、年15万円、月15万だろう?」、「いや、いや、年15万円です」、「じゃー、月に1万2千5百円しかないのか?」、「そうですよ」、「ウソだろー、そんな訳がない」と電話でやりとりした人もあったが、問題となっている名古屋市議会は月額55万円の政務調査費が支出されており、津島市の年額15万円を聞いてビックリして信じてもらえなかったのである。

 また、公開を求めるのは当然だが、領収書を添付して報告書が提出してあり、市役所で情報開示しているので、1枚10円のコピー代を払って調べるくらいの関心も欲しいところでもある。

 本日の新聞報道によると、自民・公明両党は政治資金規正法を改正し、政治資金管理団体の事務所費など5万円を超える支出については領収書の写しを添付する方向で調整に入ったと記されている。
 国も県も、政治家の感覚はあまりにも一般国民の常識とかけ離れている。首長へ支出される退職金も議員には無く、マスコミで話題になる議員年金も国会議員のモノサシで語られる事が多く、毎月6万円を超える掛け金を12年続けて、月額12万円台の年金が地方議員の現状である。3期続けて当選し、12年在職しての話であるが…

 これでも多いと批判されるかもしれないが、国政や県政レベルの話題が身近で報道され、本来身近であるべき地方議員の情報がいかに伝わっていないか反省すべきでもある。ただし、市職員の言葉を借りると「広報で公表されている」内容でもあり、矛盾も感じるのでもある。
                                 4月10日の一言

本日、事務所開きとなりました

 選挙の事務所開きを、先週7日(土曜日)に予定していたところ、「何で日柄の悪い日にわざわざやるの」との神主さんの忠告で、本日午前中に御祓いと事務所開きを終えました。

 「何時になったら事務所開きをやるの?」との催促や、「おまえだけだぞッ」とのお叱りを受けながら、何とか選挙事務所らしくなったものの、誰にも案内をしておらず、数少ないボランティアは事務所の裏でポスターのウラに両面テープを黙々と張り続けている。

 紅白の幕も、過去2回は2階にも張り巡らせたが、ボランティアの高齢化と人材不足に加え、私自身に気が無い事から今回は簡単に省略となり、事務所を囲む樹木の成長により、せっかくの紅白の幕にも気付かれない有様である。

 ただし、過去2回は、家族だけで御祓いを受けたのであるが、今回は少ないながらも事務局長やボランティアが加わり神妙に頭をたれていたのである。「なぜ、みんなに声をかけないんだ」と問われるが、選挙に関われる人々の年齢から人材不足であり、過去2回の選挙を振り返って思い出すと、新たな人への応援を頼み辛い心境になってくる。

 現実は後援会長も2年前に亡くなり、後任も選任できない現状にあり、「退職したらオレが頑張るから」と言ってくれた会長の息子までは7年も先の話なのである。それでも、心配や激励の電話も数件入り、いよいよ選挙戦突入間近の雰囲気になってきた。だが、選挙の準備が未だ整ってはおらず、明日からも掲示板へのポスター張りや街宣車のスケジュールなど、積み残した仕事が山積しており、気を許せない日々が続く。
                                 4月9日の一言

砂九さんに聞かせたい演目

 一年ぶりとなる『あかね寄席』が、本日、津島市西愛宕町にある珈琲茜屋で開催された。今年で10回目となる落語会であるが、寄席の源となる『浪漫亭砂九』さんが昨年11月に亡くなっており、一抹の悲しさも感じたものの、仲間の熱演により会場は笑いの渦となった。

 出演は、盟友である『竜宮亭 無眠』、『南遊亭 栄歌』、『道落亭 かね平』、『若鯱亭 夢輔』の4名であったが、演目の「つる」や「代書屋」は、生前の砂九さんから何度も聞いていたため、演者に砂九さんの面影を探してしまうのでもあった。

 しかし、砂九さんが不在となった今年の寄席は、「砂九さんに聞かせたい演目で話してほしい」との注文があったためか、例年以上に気合が入った落語が続き、プロ顔負けの話術の高さを実証する落語会となったのでもある。

 「おい、オレの出番が無いじゃないかぁ」と、天国の砂九さんが呟きそうな見事さに、彼がタネをまき続けてきた落語文化が、確実に地域へ根付いている事も実感させられた。

 さて、「〇△さんに言われて来ました」と、選挙に立候補中と思われる人物が会場を訪れた。ただし、顔が笑えない。本日は投票日だから、選挙運動とはいかないが、落語会は落語を純粋に楽しむ人々が集まっており、目的をはずれた参加には奇妙な違和感が残されたのでもあった。

 一週間後は自分自身が選挙の候補者となり、一般市民の評価を仰ぐ立場となるが、違和感のない自然な選挙に徹したいものでもある。
                                  4月8日の一言

地域の遊び場が無くなって…

 「道路では絶対に遊ばないようにして下さい」の一言は、昨日の小学校入学式で、警察官から新入生に話された訓辞の一つである。

 今の世の中では当然の一言ではあり、道路を遊び場所にしていたら、交通事故や誘拐犯人の被害者になってしまう危険性が高く、誰もが自然に聞き入っていたが、いったいいつ頃から道路(路地・道)で遊びが出来なくなってしまったのだろうか。

 入学式終了後に警察官と話していると、「僕の子供時代は道路で遊んでいましたよ」との言葉が返ってきたのである。そう、私の子供時代にも地域の道路は子供達の遊びに不可欠な存在でもあった。鬼ごっこや缶ケリにしても、キャッチボールをする事も可能だった。

 最近の子供達について、テレビゲームや塾通いなどと、地域で遊ぶ姿が見えないために言われる言葉をよく耳にするが、家々は立派な塀やフェンスで仕切られ、かつて遊びの対象だった川にもフェンスが張られ、小川は下水道と化し、れんげ草で一杯だった田園も見当たらなくなってしまっている。

 正月に凧あげをする事もできない環境下で、子供達に外で遊べとも言えなくなりつつある。これは我々大人が反省し、これからの子供達の遊び場を確保する必要性を実感し、真剣な議論を始めることが急務でもあろう。

 幼馴染と楽しく遊んだ思い出もない地域を、子供達が大人になった時に『ふるさと』と呼べるはずもなく、一度出て行った子供達は戻ってはこない。「定年になれば帰ってくるだろう」との言葉を耳にするが、その子供達の孫は親の『ふるさと』を自分のふるさととは思わず、何の愛着も感じないのである。

 家族とはどうあるべきかを自問自答するとともに、子供達が道路や地域、何所で遊んでも安心できる地域を実現できないものか、真剣に考えてみたい。
                                4月7日の一言

小学校の入学式にて

 本日は小学校の入学式が開かれ、来賓として参加してきた。我々の時代は白黒写真の影響からか、当時の様子も白黒でしか思い出せないが、カラフルな時代になった事を実感した。

 さて、来賓として出席したと記したが、実際には来賓の招待状が届いておらず、出席すべきかどうか迷いに迷っていたのでもあった。

 過去8年間の慣例から校区内の市議会議員は来賓として出席しており、今年に限って簡素化して省略となったとしても、それならそれで連絡があっても良いはずだが、とにかく案内は無かったのである。
 「忙しいから幸い…」とも思ったが、議会事務局から確認の電話を入れると、3月中に小学校から来賓の案内がしてあるとの事であった。案内のあった時期には、連日ボランティアの事務局長が事務所に詰めており、郵送したのか直接届けたのかは判らないが、小学校からの案内状は確実に届けられていなかったのである。

 忘れられたとは思うものの、自分から来賓の予定を聞くのもおかしく、議会事務局から確認してもらったのあるが、3人の議員のうち1人が欠席しており、私に案内が無かった事から、同じように忘れられていた可能性もあるが、事の真意は判らず、神のみぞ知るとしておきたい。

 入学式も卒業式も行事が簡素化される中で、来賓に対する見直しも必要である。当地方では葬儀の際に勝手に議員の名前を呼び上げる慣習も残っており、「読み上げても参列していなかったな」と知らない家の葬儀に欠席した苦言を知人から耳にした事もあった。一方で、最前列の来賓席まで丁重に案内されながら、来賓焼香に呼び出されないハプニングも過去にあった。こんな時にも、来賓席の存在そのものを考えさせられるのである。
                                  4月6日の一言

空白の一日になってしまい…

 本日の一言に、空白の一日ができてしまい申し訳ありません。弁解になりますが、パソコンが室温が低い時に一度で起動しない状況下にあり、無線LANで2階までパソコンを増設した中では信じられない事態です。(この事を告げずに出向き、更新する約束の息子がパソコン不調と思いそのままになっていました。帰宅後に確認もせず、半日遅れの発信をお許し下さい)

 本日は15日の選挙告示を前に、選挙に使用する街宣車のカンバンとスピーカー取り付けのため、専門業者まで車を搬入しに出向いた。

 私は過去2回の選挙を、名古屋市内の業者に依頼してきたが、事前に届けられていた各社の選挙用パンフレットを読み比べても、ひじょうに金額が高く、私自身も過去2回の金額が高く感じられたため、直接出向いたのであった。

 しかし、料金が高い理由も直接話を聞いた事で納得もできた。私の街宣車は過去2回とも名古屋市内の県会議員選挙か市議会議員選挙に使用された車が、そのまま私の名前に交換されて届けられてきた。今回は地元にあるレンタカー会社の車を使用するために直接届けに出向いたのである。

 「申し訳ありませんが、お引き受けできません」と、街宣車のカンバン一式を依頼した際に断られたが、この業者は今回の統一地方選挙において、県会議員と名古屋市議会議員選挙のうち約40件ほどの看板を依頼されており、後半の統一地方選挙もほぼ同数の依頼を受けていた。

 「過去に依頼されてきた仕事は確実に優先し、新規の依頼は断っている」との事で、過去2回の実績から依頼できたのだが、4年に1回しかない選挙の看板とスピーカーのために、業者はマイクやスピーカーなど一式を受けた件数分保管しており、購入した資機材は2回以上利用されないと利益がでないとの話に、保管場所の確保とともに高額な料金設定にも納得である。

 おまけに選挙運動は一週間だが、使用される車は取り付けや取り外しの日程も含めて借りているのである。住民から選挙に拠出される税金に対する批判も受ける中で、各立候補者の出費となる街宣車のスピーカーなどの費用も含めると、やはり選挙には金がかかる事を実感した。(ちなみに、過去2回の街宣車のカンバンとスピーカー費用は1回に約40万円ほどかかっている。今回は恐ろしくて本日も聞いてこなかったが)
                              4月5日の一言

おい、何をやっとるんだー

 「おいッ、何をやっとるんだー」が、本日の一言である。昨日の夕方から、知多半島の町議会議員の知人から、選挙用チラシの印刷を頼まれたものの、1万2千部裏表印刷という量の多さと、通販で購入した粗悪な用紙のために、年季の入った我家の印刷機では紙送りが確実にできず、空送りするために、私自身が付きっきりで印刷にあたっているのである。

 一度に1万2千部という量そのものが、私自身の印刷物でも印刷した事がなく、深夜になっても終わらないために、当方は午前3時起床という事情もあり、「私がやっておくから」と帰ってもらったが、本日も午後は印刷機に付きっきりとなっていたのである。

 「人様のボランティアをやっている場合かッ」とは、応援していただく人からすれば、当然の言葉でもあった。私のために出向いてくれる人の前で、他人のボランティアをしていれば当然のお叱りでもある。
 「何時終わるんだ」との言葉に、裏面を印刷するのに明日と明後日までかかる事から、無言で返事をする事ができなかった。「この人の性格だから…」との同級生の一言が救いでもあった。

 そして、久々となる葬儀の報が入ってきた。議員の立場としては、地域や団体の推薦でないために葬儀とは縁が薄いと思うが、時期が時期だけに、宣伝に来たかと思われないか心配をして出向いたが、学生時代起業した時からお世話になっていた人の訃報であった。

 明日も私のボランティアや、相談の約束を受け付けた人目を気にしながらの印刷となるが、持って行く所がなくはるばる届いたボランティアだけに、叱られても「人のために施した分は自分に返って来る」と信じて完了させたい。
                                 4月4日の一言

えっ、そんなにするのッ

 選挙の予行練習ではないが、8年前と4年前に使った『電動自転車』に乗って会報配布に出かけたところが、目的地に到着する前に満杯に充電してあった電池切れであった。

 距離にして3キロあるかないかの距離で電池の限界である。このまま電池無しでも大丈夫と思えるものの、今まであったものが無くなるのは心配でもあり、途中で自転車屋に寄って注文すると、メーカーから「4月1日より値上げになった」との連絡である。今日は4月3日、3日前に注文してあればと思っても後の祭りであった。

 2万7~8千円ぐらいは覚悟してくれとの事であったが、「息子さんのホイールと一緒に届けば」との言葉に問いかけると、息子は10万円位する舶来のホイールが注文してあるとの事であった。息子の部品で新品の電動自転車が買えると思うと、親子の逆転現象である。

 「えっ、そんなにするのッ。無しで良かったのに…」と帰宅後の家内の一言である。「おい、一週間だぞッ」と、棒のようになった足から必死に説明するものの、他人の事ゆえに無関心で笑っている。「今年はキツイよ」とボランティアのTさんに告げ、8年前どころか4年前とは確実に足腰が弱っている事を実感した。

 8年前には1日100キロくらいは連日走り通したが、4年前はナマカワを覚え『街頭演説』を増やす妙案で足腰は楽々だったが、どうやら今年はそれでも骨身にひびきそうである。「今年も自転車だぞッ」と簡単に決められたが、私の体力も確実に衰えている事は判っているのだろうか。 

 それにしても久々の自転車は足に堪えたが、選挙しか登場しない『電動自転車』も確実に衰えは隠せず各部が痛んでいる。自分以上に労わらないと一週間が心配にもなってきた。
                                  4月3日の一言

夜汽車ムーンライトながら

 4月からは職場だけでなく、学校もテレビも新聞もと新しい企画がスタートする。本日の朝日新聞夕刊には『沿線彩々』と題して、「夜汽車の終着」としてJR東海の「ムーンライトながら」が紹介されてきた。

 「ムーンライトながら」は、東京駅と大垣駅を深夜に結ぶ快速列車で、東京駅を深夜23時10分に発車して、名古屋駅には午前6時7分に到着する。逆に、東京方面には午後23時19分に大垣駅を発車(名古屋駅は23時55分発)して、5時5分に東京駅に到着する。

 料金も安く、普通運賃に座席指定分(全席指定席)の510円(閑散期は310円)を支払うだけで乗車できるのも魅力の一つであり、新幹線の最終便に乗り遅れても名古屋に帰れる魅力も大きいのである。もっとも、料金だけであれば、新宿からバスの夜行便が5千円台で運行しており、格安バスに至っては3千8百円で帰ってこられる便利な世の中になったものである。

 久しく忘れていた列車の写真に、郷愁を感じて新聞記事に見入ったが、息子が東京にいた7年間にはずいぶんと利用させてもらった。東京駅に到着(当時は5時前に到着)すると、既にホームには人々が往来し、中央線で立川駅を経由してモノレールで息子の下宿先を目指すと、太陽を正面に浴びた輝かしい富士山が間近にそびえているのであった。

 「うっとうしいから帰れ」、「おー、よーく判った」と、売り言葉に買い言葉で深夜のアパートを飛び出し、東京駅に到着すると「ムーンライトながら」は満席で乗車できない事があった。深夜バスにも間に合わず、朝の始発まで待つか、息子のアパートに帰るか思案していると、親切な駅員さんから「小田原駅まで先に行って待っていると乗車できる」との情報をえて電車に飛び乗った事も、昨日の事のように懐かしく思い出されてくる。 

 さて、忙しさの中では、懐かしいだけでなく、私の好きな普通列車の旅の孤独編として、学生や会社員の気分にさせてくれる新聞記事でもあった。
                                4月2日の一言

誰が手を振ったの?

 1月から実施しているアンケート調査の返信された中に、「選挙の宣伝カー(街宣車)による大音響を止めてもらいたい」との記載が複数記されてあった。

 実際には車や音響設備のレンタルに数十万の費用(一部は公費負担も)がかかり、毎日の運転手やウグイス嬢の確保も大変な事から、無ければ無くても良いとは思うものの、選挙が戦いである以上は他陣営に遅れをとる訳にもいかず、いつも通りのスケジュールに随う事となった。

 ただし、選挙そのものの重要性は主張したいものの、市民にとっては迷惑もかかっており、小さな子供や病人にとっては苦痛すら与えている現実を否定できないものがある。

 「お手を振ってのご声援ありがとう御座います」、「…(振ってない、振ってない)…」と、本日の我家の前を走る県会議員選挙の街宣カーのスピーカーから流れた一言があった。私は事務所で仕事中であったが、「誰が手を振ったのだろう」と事務局長と顔を見合わせた。

 無党派、無所属の立場で、政党の候補者に「ありがとう御座います」と言われては近所に変な誤解も与えかねず、以後は街宣カーが通る度に下を向いて黙々と仕事である。

 2週間後には自分がその立場となるのである。「どうやって進めます」と、昨日ウグイス嬢を依頼したバスガイドから電話である。「ひっそりと…」、「えっ、そりゃーダメでしょう」とのやりとりも、過去2回の経験がある事から、アウンの呼吸で理解してもらいたいが。
                                 4月1日の一言

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