大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

2008年09月

テレビの影響でバナナが品薄に

 しばらく家を空けていたせいかと思っていたが、毎朝の食卓にバナナが置かれなくなっており、人からテレビでバナナダイエットが放映されたと聞き、家内に確認するとスーパーで品薄になっており、価格も高騰するとともに、青いままのバナナが並んでいると聞いた。

 実は10年ほど前に医療関係者から、朝はバナナとヨーグルトが良いと聞かされ、その後に植物繊維を含むトコロテン(カンテン)が加わり、この三品が私の朝食になっていたのです。このことに管理栄養士の先生も異論が示されなかった事から、朝はこの三品があれば良しとしてきました。

 数年前のカンテンダイエットがテレビで放映された際にも、トコロテンが店舗から消え、見つけると大量に買い込んでみたり、棒寒天を買ってカンテンを作ったりの苦労があったが、最近は収まったと思っていたらバナナが手に入らないのである。

 最も青いバナナや高額なバナナはあるらしいが、黄色く熟して黒い点がついた食べごろで低価格のバナナは入手が難しくなっており、本日久々に置かれたバナナも色は黄色いが、私の好みには数日を要する様子でもある。

下記がバナナダイエットのホームページ↓
http://www.dietcorn.com/bananadiet/

 もっとも、私はダイエットのためにバナナを食しているのではないが、四国で痩せて帰ってくるつもりが、助手席から手渡される菓子や饅頭によって、どうも大台に乗ってしまったようで、しばらくは運動とともに食事の管理が必要で、このままでは「後でしまったと思っても遅いよ」となりそうでもある。

 それにしても、テレビの影響は大きく、放映される度に関係する食材が売り切れていき、「人のウワサも…」で、しばらくすれば元のさやに収まるが、判っていても続かないのが運動と節制で、自然に運動となる趣味を見つける方が効果的なのかも知れない。
                           9月30日の一言

情報過多から方向音痴の迷子に

 明後日からは10月となり、9月も風前のともし火である現実から、今年も終盤に入り、年末年始も近いことを実感するとともに、10月末の四国遍路までには決算審査特別委員会もある事から、四国は本日の一言でしばらく封印としたい。

 先週の水曜日の深夜から、日曜日の未明までが四国遍路の生活となっていたが、今回はカーナビが無い事から、過去の記憶と遍路地図等を参考にしているが、途中で頭に記憶している所ほど迷子になる事を不思議に思い、全くの方向音痴となる迷子に悩まされたのであった。

 原因は私の記憶があいまいな事と、地図を確実に確認して走り出さない事から、助手席から地図を見た指示に従う事によって、記憶はバラバラとなり、過去の記憶とは違う方向を示されると完全なる迷子になるのであるが、もっと大きな原因は遍路用に購入した3種類の地図にもあったのである。

 それは四国で販売されている「へんろ地図」が、それぞれに地図の上が北になっていない事にあった。私がリング式へんろ地図を見て発車すると、助手席からは全く方位が逆の地図から助言が届き、助言に従うと過去の記憶した風景が邪魔をするのである。

 愛知県から四国に入り、一番寺から私の記憶で順調に進んでいた遍路が、12番の焼山寺から13番の大日寺を目指して頭が真っ白になり、同じ道を往復する事となった。助手席から届く助言は、地図の下が北となっており、私の記憶とは逆の指示となっていたのであった。

 そう言えば隣で地図を逆さにして見る姿を不思議に思っていたが、カーナビで方向音痴でも目的地に着く事から今まで意識した事もなかったが、へんろ地図の方位を確認せずに勝手に地図の上が北と錯覚して寺の位置関係をずっと間違って記憶していたのでもあった。

 元々記憶する方角が間違っているところに、地図を見た助言が正しければ正しいほど、方角の違う方向に走っている錯覚を犯し、間違って何も判らない状態にもかかわらず目的地に到着していたのである。情報は多いほど良いが、それぞれの方位や見方の違う地図が3種類もあっては間違いの元となる。

 遍路をはじめて八年目となるが、持ち帰った資料が山となり、生かされないばかりか捨てる事となりそうな中で、本当に必要な資料は限られており、大鹿流の資料は残されている。しばらくは遍路を忘れて仕事が連続する中で、頭のリフレッシュもしてみたい。
                            9月29日の一言

先達の奥行きの深さを知る遍路に

 朝(深夜)に四国より帰り、3時間ほど眠った後に起こされ、本日は家内の父親の三回忌に出かけました。さすがに、昨日の午前7時から午後5時まで遍路を運転し、その後に高知県から愛知県まで高速を運転した疲れから、午後は身体が揺れ続けました。

 今回の四国遍路は6回目の巡拝ですが、先達になって初めて案内する6人(前回は途中から先達)ですので、過去に蓄積した経験と知識を発揮すべく走りますが、過去のスピード(ジェット)巡拝とは違い、急ぎながらも時間の経過に任せるしかありません。

 四国八十八ヶ所の公認先達は四国霊場を4回以上巡拝し、先達へ推薦していただく僧侶(寺院)があって、善通寺で開催される12月の先達研修会を受講すれば補任されますが、これは遍路に対する特別な知識とか経験をさほど必要としているわけではありません。(別格の先達は別格を3回以上)

 しかし、今回の巡拝の中で、先達の意味と価値について色々と考えさせられました。

 「ズボンは汚れても構いませんね、これに着替えてッ」
 「カメラは持って入れません、それも脱いでッ」
 「メガネの人は外して下さい」
 
 次々と発せられる同年代の先達(女性)の言葉に、「はい、はい」と適当に答えながら、自分のペースで黙々と山道を登っていく姿に、「高齢者や障がい者に思いやりはないのか」と思いながら、我々は目的の入り口に到着したものの、余裕をかましていた。それが(数分後)…

 「先達さん、ほッ、本当に、私は大丈夫ですか?」

 この一言は、四国の別格二十霊場第三番慈眼寺の「穴禅定」に入った直後に私の発した言葉でした。悲壮感たっぷりの一言に、私を先達として続く6人の顔はひきつります。片手に持ったロウソクの炎だけが頼りの暗闇で、入った直後に私の身体は前にも横にも顔も手も岩に挟まったまま身動きが何もできません。

 このまま入ってどうなるのか?「はい、右手を上げて」、「両足は揃えて、腰はこっちに向けて」と、先達の金児(かねこ)さんの一言、一言で、一歩、顔、胸、肩と身体が岩をくぐり、必死の思いで一番奥にある「御大師様御宝前」に辿り着く。

 「何かお大師様に頼みたい事はありませんか?」と先達さんの言葉に、見栄もコダワリもなく素直に人には言えないような願い事が発せられる。そして、最後の罪滅ぼしの胎内くぐりまでくると、水溜りに膝をつき、地べたを這いずり、ズボンの汚れどころか白衣は引き裂かれていました。

 さて、やっと出口まで来ましたが、ここでも身体が岩にひっかかり動きません。どうやらベルトが外れて岩に噛み合っている様子です。そんな時にぐいと肩を引っ張られ、「よしッ」と腰を引っ張られると身体がすんなり出ました。まさに「胎内くぐり」の産婆さん役が先達さんでした。

 「先達さん」と私が絶叫した一言は、この息で炎が消え真っ暗闇となり、後に続く仲間に与えた衝撃も大きかったようですが、先達も様々で、車の運転手役から金儲けまで色々だが、遍路の巡礼者に頼られる先達の姿に、新米の先達として考えさせられる2時間となりました。
                          9月28日の一言

第三日目・四国最終日

本日最後の第二十九番国分寺です。来月は三十番から参拝です。

1日目・25日(木)…前夜11:30分出発
1番寺・霊山寺から13番大日寺まで
別格1番大山寺・別格2番童学寺

2日目・26日(金)
14番(常楽寺)から21番(太龍寺)まで
別格3番慈眼寺・穴禅定

3日目・27日(土)
22番(平等寺)から29番(国分寺)まで
別格4番鯖大師本坊

南国IC(PM6:00)…瀬戸中央大橋…豊浜SA…吉備SA(夕食)…名神名塩SA…御在所SA…弥富IC(0:30)…津島市

四国遍路三日目

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室戸にて

本日の遍路です

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今日は、十四番常楽寺から、ニ十一番太龍寺まで巡拝しました。
別格三番慈眼寺の穴禅定では、私の限界を感じる修行となりました。
写真・太龍寺ロープウェイ最終便(午後5時)

一日の足あと

一番寺霊山寺から十三番大日寺まで巡拝し、名西旅館に宿泊しています。

遍路の足

今回は七名の巡拝ですが、二十年選手となる私の愛車ライトエースが頼りの遍路です。
いたわりがなければ走りません。


http://blog.livedoor.jp/s281218_hobby/archives/2590351.html

四国遍路一日目

朝一番の霊山寺です。

9月議会が終了して

 本日は9月議会が閉会したが、議会再会冒頭に市長より新聞やテレビで話題になっている「事故米」についての現時点での調査結果の報告があった。

 それによると、主食となる米自体は間違いのない安心な地元産が使用されていたものの、平成18年4月18日の市内全小中学校と市立幼稚園に給食で出されたプレーンオムレツ(厚焼き卵)が、事故米を原料とするでん粉を使用していた事は新聞に報道されたとおりですが、報道されていない平成18年1月25日にも事故米を原料とした「う巻玉子」が市内全小中学校に給食として出されていた報告がありました。

 市民病院については、入院給食やレストランで事故米やメラニン混入の可能性のある業者との取り引きはないものの、売店における「シノブフーズ」製造の「おむすび赤飯」、「赤飯・寿司セット」に事故米が使われており、その販売期間は平成20年2月18日から8月9日までで、「おむすび赤飯」250個、「赤飯・寿司セット」90個が販売されていたとの報告がありました。

 その他、保育園給食、天王川荘、津島市デ-サービスセンター、配食サービスの主食となる米に事故米は使用されておりません。現状では以上の報告で、前記した事故米による健康異常についての情報は届いていないとの事でした。

 どちらにしても、食材の原材料に危険な原料が含まれるという事態に、今後の安全対策は急務であり、素早い情報提供が求められてもいます。

 さて、8月に起こった局地的水害についても、床上浸水した家庭に対しては、愛知県と津島市から見舞金が支給されるとの報告もありましたが、この内容については明日の朝刊に報道されるとの事ですので、ここには記しませんが、今までにも水害は起こっても見舞金が支給されていない事から、現時点では見舞金の規定は定まっていない事から、今後は見舞金支給の前例として支給の協議をするとの説明もありました。

 さあ、まもなく私は四国遍路に向けて出発となります。新たな発見と出会いに期待し、7名全員が土曜日の深夜には安全に帰宅できるように先達としての責任を果たしたいと思っています。
                           9月24日の一言

議会が終わっていないのに

 久しぶりの四国遍路となるが、今回は5名だけの巡拝で、直前まで会費を間違えて低く見積もっており、レンタカーも借りられない顛末から、私の車を使用する事にしたものの、直前に2名が増えて7名となり、万が一の心配から本日はオイル交換など点検へ出す事となった。

 車が旧いだけでなく、レンタカーには付いているナビゲーションが無い事から、ナビを買おうかと話していると、「お父さん、何回も行っているのに覚えていないの」と言われるが、マイクロバスでナビを頼りの巡拝では道路は覚えていないに等しく、久々にドキドキの旅立ちとなる。

 現実には明日の深夜に出発となるが、明日は議会の最終日であり、全国的に問題となっている食財の不正流通が津島市の学校給食にも流通していた事と、各種の人事案件がある事から、普段より15分早い出勤となり、本会議前に議会運営委員会が開催される。

 食の安全については、全国の被害者が「まさか」と思っており、津島市も当初は病院や学校給食に使用している米が地元産ゆえに安全との報告が出されたが、細かな食材に対しては今まで全く無防備であり、仕入先を信用するだけでは済まされない現実を味わう事となった。

 現実には健康被害が報告されていないが、わずかとはいえ有害な食材を提供した責任がありながら、具体的な責任の取りようもなく、実際に提供された人々への謝罪とともに、二度と同じ失敗を繰り返さない仕組みと対策を早急に発表する必要がある。

これまでにも各種の食品の偽装が社会問題にされてきたが、今に至っても危険な食材を流通させた企業と、関係した社員の責任は今までの事件以上に厳しい厳罰と、人命に関わる危険を知りながらの取引だけに、やり直す機会すら与えてはならないと思う。

 さて、私には目前の議会が眼中にあったが、初めての巡拝となる人には明日からが気になり次々と連絡が入ってくる。便利な時代で、四国の一番寺に行けば何でも揃うのであるが、何度も巡拝している事で、初めての人々の期待と新鮮な信仰心を阻害しないようにしたい。今回の巡拝には、遍路で願が適った人も同行する。私もあやかりたいものでもある。
                           9月23日の一言

宝珠寺(洗い観音様)・知多山海

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龍翔山 宝珠寺
宗 旨 : 曹洞宗
ご本尊:聖観世音菩薩   御祭祀:千手観世音菩薩
知多郡南知多町山海西海外114 電 話: (0569)62-0181

霊験あらたかな「観音さんの水」としてよく知られ、今も渇水することがありません

 宝珠寺の歴史

 昔ここにほこらがあって、村の船乗りは、海の神の龍神さんに捧げるべく、この常夜灯に毎夜灯をともしたいといい、 このほこらにあった御本尊は、今宝珠寺に奉祀されています。
 宝珠寺は豊浜正衆寺の末寺であって、開創も同時代であろうといわれていますが、もう十数年前ですが、 東京から一枚の銅板の拓本が送られてきました。

 「内海 山海 大泊観音 什宝」と記されてありました。 東京の古美術菟集家の手に渡った銅版の照会だったのですが、この銅版は250年も前、江戸時代のものだといいます。 大泊観音として江戸時代より言い伝えたれたという宝珠寺の、確かな史実がひとつこんな偶然の機会に明確になったのです。

 観音さまの水

 真水不足で、飲み水にもこと欠く知多半島に「観音さまの水」として、近郷によく知られた宝珠寺の井戸水は、 霊験あらたかで、今も渇水することがないといいます。

 南知多老人ホーム

 境内にある「南知多荘老人ホーム」は、昭和三十年に開設された老人ホームの草分け的な存在です。 入荘者三十人程度のこの施設は、老人アパートから老人ホームまでの内容を持ち、少人数ゆえに、入荘者同志、 地域の人々との暖かい触れ合いが家族的な雰囲気を生み出しています。
 ついつい孤独に陥りがちな老人達に、人間らしい暖かい触れ合いを軽費に提供するこのような施設こそ、 これからの高齢化社会に対応するための大切な存在となることでしょう。

 洗い観音(写真下)

 東京巣鴨の高岩寺(とげぬき地蔵で有名な寺)にある洗い観音様からの分身で、難病が治った信者の存在と、住職の人柄にも信者が集っている。子息は知多の一休さんとも呼ばれ、テレビで何度も紹介されている。
毎月18日に縁日が開かれ、多くの参拝者で賑わう。

父親の存在が見えないのが悲しい

 福岡で小学校1年生の男児が殺害された事件は、男児の母親が「自分の病気や親子間の悩み」を理由として殺害したと自供し、本日殺人と死体遺棄の疑いで逮捕された。

「朝日新聞関係記事↓
http://www.asahi.com/national/update/0922/SEB200809220002.html


 記事によれば親子は周りから仲の良い家族と見られており、一部の知人には育児の悩みを打ち明けているものの、自身の悩みとなった病気が何かは判らないが、親しい知人とか家族や祖父母などが適切に相談に乗っておれば防げた事件のような気がしてならないのでもある。

 被害者となった児童が6才で、加害者となった母親が35才である事から、母親の両親も健在と思われ、男児の父親の存在が報じられてこないが、たとえ離縁していたとしても父親の家族など、関係する親族や関係者との関係がどうなっていたのかが重要と思われる。

 さて、昨日には千葉県でも5才の女児が道路で死亡しており、こちらも状況から殺害されて遺棄された可能性が高く、幼い子供が犠牲となる事件が続いているのも気にかかる。最近では同じような事件が連続する事例が多く、今回の事件が他地域にも飛び火しない事を願う。

 二つの事件に対する報道から私が気になる事は、二軒とも母子家庭で親子二人暮らしであり、家庭環境にどんな理由があったかは判らないが、あるべき父親の姿が見当たらないことである。母子家庭が事件の原因とは限らないが、福岡の事件については父親の存在があれば防げた可能性もあるからである。

 最近では結婚したもののわずかな期間で離婚して、母子だけで生活する家庭や、親の実家に戻ってくるケースが珍しくなくなっている。石の上にも3年のことわざがあるが、互いに性格の違う大人が一緒に生活する以上は我慢も必要である。

 かつては離婚して実家に出戻ったり、母子家庭となると肩身の狭い思いをしたが、最近では対象者が近くに存在するとともに、実家の親が離婚して娘に帰ってくるよう発言する親も存在し、「何とか一緒に戻したい」本音よりも離婚を正当化する声も聞こえてくる。 

 母子家庭の中には不幸にも父親を病気や事故で亡くしたケースもあるが、母子家庭には児童扶養手当や育成手当から生活保護に至るなど公的負担も増加している現実を考えると、身勝手な離婚に対する厳しい対応も必要ではないだろうか。

 かつてのように父親だけの収入では生活が厳しい現実から、夫婦共稼ぎが当り前となっている中で、母子家庭の経済状況が厳しいのは当然で、家計の厳しさは親子の余裕をなくし、心労が重なり不幸な事件に発展したケースも多い。

 学校教育の中でも、以前の父親学級が母子家庭に配慮して両親学級に名前を代えた。しかし、名前を代えただけでは解決できない子供にとっての両親の存在が現存する。度重なる母子家庭の子供の不幸にそろそろ警鐘を鳴らすべきでもある。
                             9月22日の一言

暗いのは天候だけではなかった

 一日20キロのスピードで30分間自転車で走ると減量できると昨日の一言に記し、本日の横井庄一記念館へも自転車で行こうと考えていると、私の3日坊主を見透かしたように昨晩から雨が降り注ぎ、本日は終日雨の一日となった。

 「今日はこんな天気だから誰も来ないんじゃないか」の予想どおりに、記念館が開館して2年が経過しているが、初めての訪問者無しの一日となった。これまでにも雨の日も雪の日もあったが、本日の薄暗く時々雷鳴がとどろく天候では当然の結果でもあるが、訪問者のない一日を待つ身の辛さを実感した。

 さて、明日も天候が悪そうだが、仕事が山積しており、議会の閉会と四国遍路を控えて大変な月末を迎えようとしている。こんな時に追い討ちをかけるように、四国遍路の会費を5千円間違えて募集しており、レンタカーの借り賃が出ない事が発覚しました。

 前回の会費が3万5千円であった事を忘れて、3万1千円で募集しており、本日いくら計算しても赤字になるので何度も計算しなおす中で、自分の車を使用しても赤字が出そうな現実にびっくりで、とにかく予約してあったレンタカーをキャンセルし、20年選手の愛車で間に合わせますが、今年に入って勘違いの会費設定が3回目となりました。

 もっとも、前回の遍路の会費も一人の脱落者によって赤字スレスレとなっており、前回より3名少ない人数で会費間違いを事前に知らずに出発すると大変な状況に陥っていたと思われます。ただし、前回の遍路参加者もおり、何度も一緒に出かけている会員ばかりのため、赤字にはなりませんが、商売なら大変な責任となるところでした。

 最近ではこんな間違いが多く、旅先でも高速代金やガソリン代がカード決済のために未払い金である事を忘れて、手元の現金を使ってしまう事もあり、帰宅後に精算して真っ青になるケースも多く、金庫番の家内が同行しない場合には要注意を実感するとともに、同行されると二人分の出費となり結局苦しい結果には違いないが、憂鬱となる間違い発覚でもあった。
                           9月21日の一言

テレビに感化され自転車で走るも

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 肥満ぎみの女性タレント達が減量に挑戦するテレビ番組が昨晩放映され、見入ったばかりでなく感化され、自転車に乗って減量するコースに挑戦しようと出かけると、10分ほどで携帯電話が鳴り、幸いに相手が自転車を趣味にしている知人であった事から、帰宅して所用を済ませ、自転車で遠出する事となった。

 もっとも知人はスポーツ用のロード専用車であるが、私は四年に一度の選挙で活躍する電動自転車でママチャリスタイルだから、20キロのスピードで持続して走ると辛いものがあり、途中の喫茶店で休憩してサービスのシュークリームを食べていては目的は果たせない。

 雑談後に知人に頼んで20キロで先導してもらったが、途中からスピードが上がったかと思うように、身体がついていくのがやっとで、「おい、本当に20キロなのか」の一言が出たが、走る車窓から見える前傾姿勢のスポーツ車の後ろに必死にペダルを踏むママチャリ姿は異様であったと思われる。

 しかし、20キロで30分走るとの情報は私の聞き間違いのようで、これが毎日実現できれば確実に減量には成功するであろうが、アマチュアでも60キロ以上のスピードを出す自転車競技者や、30キロ以上の(40キロ近い)スピードで二時間以上を走り続けるパワーには驚きでもある。

 私の電動自転車では30キロを出すのも限界だが、こんな体験をするとスポーツ車も欲しくなるが、昭和55年頃に購入したブリヂストン「ユーラシア」も10万円以上しており、当時では高価な部類に入ったが、今では前時代的代物になっており、乗るのも恥ずかしく裏に置かれている。

 さて、年代物は自転車に限らず、カメラも年代物となっているが、故障しても部品が入らない事から大変な事となる。今年の夏には復活する予定であった自動二輪(ホンダVF400F)も、単車を趣味とする市役所の知人に託してあるが、今秋には車検を受けて乗れるように期待しているものの、これも部品が入らず苦戦中でもある。

 こんな年代物でも性能は低下しておらず、低下したのは自分の体力だけと思うと、来週には議会が閉会し、新たな四国遍路がはじまる事からも、体力の回復が重要ともなってくる。
                             9月20日の一言
追伸
写真は82年発売のホンダVF400F・私が購入したのは85年(昭和60年)ですが、何とか復活させて乗りたいと考えています。

台風は肩透かしだったが

 台風13号が太平洋上を東進するとの予報から、豪雨による被害に備えていると、当地ではまったくの肩透かしで予報の雨もほとんどなく、風にいたってはまったく無風状態で、台風は既に通過していってしまい、コオロギの合唱である。

 災害に備える事は重要だが、気象台の予報官が過大に被害を予感させた事から、今晩名古屋市で開催された「交通問題勉強会」も欠席の届けが続き、参加者だけでの報告はあったものの、再度仕切りなおしとなった。(台風が通り過ぎ、夜空に星が出ている20日に入っても東海地方は未明まで大雨と報道されているが)

 私は毎回遅刻スレスレのために渋滞を回避すべく、こんな時こそと都市高速を乗り継いでの参加だったが、帰宅しても夕食には間に合わず、途中下車しても睡眠不足を招く事から、何も用意されていない事を承知での帰宅となったのである。

 さて、本日はフジテレビから、横井庄一さんの生い立ちや母親のつるさんについて取材したいと記念館に連絡が入り、この頃の生活については今では私以外に知る者がなく、横井夫人より「あんたに連絡するように伝えておいた」と電話があった。

 最近のテレビは下請けの制作会社が取材する事が多く、昨年4月に放映されたNHK-BS放送の作品も、撮影スケジュールと資料は私を中心に段取りして、撮影まで細かく決まっていたが、2日前になって私が四月の統一地方選挙に立候補するため、公職選挙法に触れる可能性から代役を立ててくれと言われたのであった。

 「今更私の代わりと言われても」、「誰でも良いですから」、「えっ、誰でも良いとはどう言う意味なの」、「NHKの方から言われて」と、撮影の2日前のやり取りであるが、今や夫人以外には横井庄一を語れる人物もなくなり、肉親でも私以外には幼少時の話はできないのである。

 「それじゃー、公職選挙法に触れる根拠(撮影と放映日の関係から)をNHKから連絡させてよ」の一言を最後にそのままに一年が経過している。撮影の中身よりも、出演する歌舞伎の中村〇△のスケジュールもあり、何度も打ち合わせた内容とは違う、代役により間に合わせの作品が作られて放映されたのでもあった。

 今回のフジテレビについても詳細が判らないが、世の中は美しい話ばかりではなく、横井庄一さんも幼少時から大変苦しい生活を送っており、本人も語りたくない話題もあるとは思うが、本人を知る肉親や関係者が減っている中では、正確な記録を残したいとも思う半面で、恥部まで語る必要もないし…

 偶然にも、本日の午後に市役所で横井さんとも血縁となる身内(私とは叉従姉妹)と会った。横井さんの幼少期の頃には我家の一族も大変苦しい日々を送っており、未だにその当時の陰を引きずっている面もあり、親を亡くした今こそ一同に会したいと話して別れたばかりでもあった。
                              9月19日の一言

本日も京都の記事を題材に

 昨日の夕刊には「ミシュラン京都版に壁」の記事が掲載され、京料理の評価をめぐって賛否両論が記され、「一見さんお断り」と言われる京都の食文化についての記事があった事から、本日も京都の話題といたします。

朝日新聞・関係記事↓
http://www.asahi.com/food/news/OSK200809170038.html

 食の格付けを世界に発信するミシュランだが、京都ではガイド本に掲載する写真撮影や取材を拒否する老舗の日本料理店が続出し、調査は進行中のようだが予定通り発行できるかは未定と報じられている。

 京都の有名な料理店や懐石料理については、京都をテーマとしたガイドブックや定期刊行物によって十分に紹介されており、文化の違うフランスの調査員に改めて紹介される必要もなく、ましてや料理の格付けまでされる事への抵抗は当然の事と考えられる。

 意見は様々だが、京料理の魅力は料理の味は勿論だが、それ以上に店に入る前の雰囲気と、入った瞬間の出迎える応対から、部屋に案内されるまでの廊下や床の間、料理の一品が出されてから、店を退出する時間までを考えてみたいものである。

 恥ずかしい話ではあるが、私は京都の有名料理店に入った事はあるものの、支払い金額を考えずに入ったのは過去に二度ほどしかなく、最近では旅行友の会として団体で入るために、老舗高級店でも団体用の大衆料理が多く、こんな最高なもてなしとは無縁なのでもある。

 ただし、「一見さんお断り」の文化については、毎年何度も京都を訪問している事から、最近になって理解ができそうな気持になりつつある。一見さんお断りについて批判的な人もあるが、これは京都に限らず重要な事で、日本の文化として残したい伝統でもある。

 不思議な事ではあるが、団体旅行の食事場所を名〇観光に依頼したところ、私が依頼していた金額の倍の料金を示されたり、営業時間を理由に断られた事があり、後に自分で依頼し直した事があったが、これも今までの過去の利用客を優先し、相手の希望も聞いてくれる文化がある。

 学生時代から京都に出かけ、新婚旅行も京都を選択し、大文字送り火も18年続けて出向き、最近では年末年始も京都で過ごしている。団体の場合は「また、あそこか」と言われる場合も多いが、こうして何度も訪れる者と、初めての訪問者との微妙な違いを最近では実感する。

 さて、これからの希望として、ふらりと京都を訪れてフラリと寺や店を訪れてみたい。私の性格として予め時間の約束をする訪問が不得手な事から実現していないが、私が訪問したいと考えている新しい料理店があり、ミシュランとは無縁かもしれないが、有名になるまでには訪れてみたいものでもある。

京都東山・和久↓
http://www.ryourininn.com/waku.html
ヤフーブログ http://blogs.yahoo.co.jp/wa9wa939
                            9月18日の一言

葬儀屋への判決(京都)に想う

「出棺見えて平穏侵害」葬儀場にフェンスかさ上げ命令) 朝日新聞 2008年9月17日0時38分
 「京都府宇治市に住む事務機器卸売業の男性(52)と家族が、自宅兼事務所のそばにできた葬儀会館に対し、「出棺の様子などが克明に見え、日常生活や宗教的感情の平穏が侵害された」などとして、会館のフェンスのかさ上げと50万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決が16日、京都地裁であった。井戸謙一裁判官は「日常生活に影響を受け、ストレスを抱いている」などと認め、フェンス工事と20万円の支払いを命じた。

 判決によると、葬儀会館は茶畑があった場所で05年10月に営業を始めた。男性方は幅約15メートルの市道を挟んで西側。2階からひつぎが搬入される様子や、遺族・参列者の表情などが克明に見えるため、ベランダに布団や洗濯物を干すことを控え、窓やカーテンを閉め切っている。
 判決は「一般に、生者は縁のない他人の葬儀には恐怖のみを抱く」と指摘し、男性側の被害が我慢すべき限界を超えていると認定。葬儀会館に公益性があることや建築・営業に違法性がないことを考慮したうえで、「費用的にも工期の面でもさほど困難ではない」などとしてフェンスのかさ上げを命じた。

 葬儀会館側の弁護士は「敗訴は承服できず、控訴を考える」と話している。(佐藤達弥)


 京都から発信されてきた記事であるが、最近では葬儀を自宅から葬儀場に持ち出す家庭が増加しており、葬儀場が地域に必要不可欠となってはいるが、突然に自宅の隣りが葬儀場となって毎日他人の棺や遺族の姿を見せつけられる立場にたてば当然の判決と思われる。「敗訴は承服できず、控訴を考える」の葬儀場のコメントを聞くと、「こんな葬儀場には頼みたくない」心境となってくる。

 そもそも土地の状況と地域環境が判らないので何とも批評しづらいが、かつては茶畑との報道から勝手な推測となるが、のどかな住宅地に葬儀場の出現を歓迎する住民はおらず、必要にはなりながらも迷惑施設にはかわりなく、この事例よりも深刻な環境に生活する人々にも訴訟が波及する可能性もあるが、亡くなった人々には最後のセレモニーとなる場所だけに円満な解決を望みたいと思うものである。

 私の地元にも葬儀場は存在するが、かつての工場や店舗の廃業後に葬儀場に転売されるケースが多く、土地の地権者の立場や工場の存続を考えると背に腹は変えらないが、突然隣のスーパーが葬儀場になった隣人の立場にたてば、精神的なショックだけでなく、家族の離散にもつながる一大事件でもあり、泣くに泣けない問題でもある。

 さて、一方で、病院や施設に長期間入っていた人が、遺体が自宅に戻される事も無く葬儀場に直接運ばれ、オートメーションのように火葬場に運ばれていく現実を目にする事もあるが、独居老人となり行政職員の手配による葬儀は、地元とは遠く離れた施設に近い葬儀場から火葬場に搬入され、親族にも連絡が行き渡らないケースも多く、地元に家がありながら近所の人々も訃報を知らない葬儀も増えている。

 近所の人々の手伝いによって葬式が出され、地域全体で見送った葬儀ははるか彼方の思い出にされそうだが、こんな問題から地域のあり方を見直さないと、地域どころか一大決心をして建てた家も一代限りとなり、一生懸命努力した人生も長生きして独りになると悲惨で、相方よりは先に逝かないと心配にもなっていく。
                                 9月17日の一言

万引き警察官の処分は甘すぎる

巡査部長がマンガ万引きで依願退職 愛知県警公表せず
 愛知県警は16日、窃盗容疑で逮捕した運転免許課の巡査部長(33)を減給6カ月(100分の10)の懲戒処分にしたと発表した。巡査部長は同日付で依願退職した。
 監察官室によると、巡査部長は8月30日午前10時45分ごろ、名古屋市東区内の書店で漫画本9冊(4770円相当)をベビーカーのフードに隠して店から持ち出して万引きし、駆けつけた東署員に緊急逮捕された。県警は当初、「万引きで被害額も少ない」として逮捕を公表していなかった。朝日新聞2008年9月16日13時1分


 本日の夕刊に掲載された事件ですが、掲載前にも読者からの疑問の投書が報じられており、事件の顛末に関心を寄せていたが、現行犯逮捕されているものの「被害額が少ない」と名前の公表もされず、警察官の盗みでも懲戒免職にならぬばかりか、本日の記事でも実名が伏せてあった。

 被害額がもっと小額の同種の事件でも実名が警察に公表され、懲戒免職となった民間人の存在が最近でもある事から、身内に甘い警察の対応は今後も議論の的となりそうでもある。被害額が小額でも名前が公表された「三浦和義」氏をはじめ、名前が公表されて社会的信用を失った人々は多く、我が身に置き換えれば議員辞職となるが元々退職金も存在しない。

 今回の警察官の一生を抹殺する気持ちは持ち合わせていないが、市民の安全と法に基づき社会秩序を守るべき警察官の犯した事件ゆえに、民間人より厳しい処分が下されるのは当り前で、退職金付での依願退職を認めれば、万引きの裾野が広がり、被害の拡大に悩まされている小売店は勿論、今後の万引き事件への厳しい取り締まりは絶望的とも思われる。

 事件の被害額の大小も重要ではあろうが、それよりも事件が突発的に起こったものか、計画的な犯行かによって、今回の万引き事件のような計画的犯行には厳罰が適用されるべきと私は思う。8月にはこの金額より小額の事件が津島市で実名報道されており、今後の実名公表や報道の基準も示されないと納得がいかない警察の対応でもある。

 たかが万引きと思われているが、被害者が納得せずに示談にも応じなければ、犯人の身柄は警察に拘束し続けられ、裁判の判決が出されるまで自宅には帰れず、身柄の保釈を申請すれば被害額数千円の事件でも300万円以上の保釈金が必要となってくる。今回の万引き事件の被害者との対応や、司法手続きについても警察官ゆえに民間人と違う処理がなされていないか市民の厳しい監視が必要な事件でもある。
                                  9月16日の一言

伊那路へ湯治の旅

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(写真)早太郎温泉・こまくさの湯
 本日は朝日旅行友の会で、長野県駒ヶ根市の早太郎温泉「こまくさの湯」へ湯治に出かけました。「出かけた」と声を大にして言えない事は、参加者を募集していたものの、8月末に局地的豪雨が続き、希望者に中止を伝えて2日前までレンタカーも予約していなかった事でした。

 津島市(8時)…一宮IC…(名神・中央)…駒ヶ根IC…かんてんぱぱガーデン…光前寺…早太郎温泉こまくさの湯(昼食と温泉・12時半~3時まで)…養命酒駒ヶ根工場(見学)…道の駅・花の里いいじま…飯田IC…恵那峡SA…小牧IC…甚目寺南IC…津島市(午後7時半)

 本日の湯治の旅の募集は、8月25日から配布しはじめた会報に記してあったが、この週は雨が降りつづき、月末には岡崎市や一宮市での局地的豪雨が観測され、今月からは議会が開催されている事から満足な会報配布ができなかった事と、八月に疲労と忙しさから上高地に行けなかった事から、この3連休には密かに上高地行きを画策していたのでもあった。

 参加希望者に、「中止する予定です」とか「体調が良くなったら参加して下さい」と応対していたものの、偶然にも先週末に同級生の母親の訃報があり、3連休がつぶれるとともに、通夜で留守にした我家に参加希望が届いており、今更断った人々を誘う事はできないものの、10人乗りのレンタカーが手配できた事から、断りの入れてない人達と急遽出かける事となった次第である。

 さて、久々の伊那路に懐かしさを感じたが、かつての何もなかった頃とは違い、人々を迎え入れる施設が次々と誕生している事に驚きの一日となりました。こんな事なら、もっと事前に下調べをして、伊那路の空気と香りを感じる一日とすべきだったとの反省も、曇り空で過ごしやすい一日だったため痛切に感じています。

 紅葉のシーズンを控え、ブドウから梨、リンゴまで…。今まで素通りしていた養命酒の工場見学にも魅力を感じた事から、伊那路から私と同じ「大鹿」村への道程は、未知の行程ゆえに、当地域と木曽路は改めて訪問したいと思った次第でもあった。
                             9月15日の一言

カメラよりも自分の性能低下に

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 最近はデジタルカメラの全盛となり、フイルムカメラの現像などへのサービス券など特典も無くなりつつあり、フイルムでしか写真を撮らない者には淋しさは隠せない。

 私が初めて写真を撮ったのは親に内緒で買ったプラモデル屋のカメラで、シャッター速度も絞りも当時の紙巻フイルム(ライトパン)の箱に記された目安でシャッターを押し、親の目をかすめた内緒の撮影のために、一度ずつ考えながらシャッターを押していた。

 中学時代には親に買ってもらった「ミノルタハイマチック9」が愛機となり、高校時代に暗室でフイルムから印画紙に浮かびあがった被写体を見た瞬間の感激、そして二眼レフや蛇腹のカメラを使い、高級カメラとは無縁の撮影だったが、これこそ究極の普及機と購入したのが「キャノンAE-1プログラム」であった。

 このカメラで結婚式から学校行事まで撮影していたが、オートフォーカス全盛となってしばらくして、キャノンのEOSに代わる事となった。

 ただし、便利ではあるが、自動で勝手に写るために、自分の意志とは違う写真も多く、今年の夏には高校野球の撮影に持参したところ「電池切れ」となり、慣れない予備のEOSKISSで間に合わせたが、ここにはカメラの性能も撮影者の経験も必要無いのであった。

 先月末に撮影した鈴鹿サーキットの写真に「お父さんの写真は下手くそだ」との息子の言葉があった。「写真も撮れないくせに」と反論したいものの、自動で写った最近の写真に感動も少ない事から、最近は手元に懐かしいAE-1Pが置いてある。

 これなら電池切れでもマニュアル撮影ができ、フイルムも手巻きのために予備機も必要なく、自分の想いがそのまま写真となる事は確実であろう。

 しかし、カメラの性能はオーバーホールをしてある事から購入した当時の新品と変わりがないが、撮影する私の身体が老化のために性能が低下しているのである。ピント合わせが老眼のために正確にはできず、最近利用する老眼鏡も慣れていないので撮影の邪魔となる。

 100円ショップの老眼鏡のレンズを外してファインダーの接眼部に取り付けようかと知恵を働かせてみたが、よくよく考えてみるとカメラの付属品に視度補正レンズがあったではないか。もっとも、カタログにあるレンズの対応カメラに、昭和50年代のカメラの名前はありません(悲)

 オートフォーカスの登場で、肉眼による正確なピント合わせが必要なくなり、カメラ以上に私の身体が時代遅れになっていた事の自覚がなかったのでもある。
                             9月15日の一言
追伸
久々に購入時の使用説明書を読んで新鮮な気持となりました。

スポーツなら事故は減らしたい

 一宮競輪場で死亡事故が起こり、今後の活躍が期待できる人気選手が尊い命を散らし、新聞各紙にも報道された事で、日頃人々が目にしない場所で行なわれていた競輪が身近な社会問題として語りかけられてきた。関係記事↓

 11日午後1時20分ごろ愛知県一宮市の一宮競輪場で開催中の「第51回オールスター競輪」の初日第7レースに出場した宇都宮市小幡、内田慶選手(27)がレース中に転倒し、頭などを強打して死亡した。
 同競輪場によると、内田選手はバンクを5周するレースの最終周回の第3コーナー付近で、両脇の自転車2台に挟まれた状態になった直後、突然前のめりに転倒した。レースには9選手が出場していた。事故直後は意識はあったが、午後1時35分ごろ、心肺停止状態となったという。
 日本自転車競技会は同レースについて「相互接触による落車が原因で違反行為などはなかった。原因としては前輪の故障などが考えられる」としている。
 内田選手は02年8月にデビュー。現在、S級1班に所属するトップクラスの選手。今回のオールスター競輪にはファン投票で選ばれた。


 先月には福井県丸岡町で開催された自転車ロードレースでも、出場した会社員がコース脇の電柱に激突して死亡する事故が起こり、その後のレースが中止されている。関係記事↓

 3日午前7時40分ごろ、福井県坂井市丸岡町の県道で、自転車ロードレースに出場していた大阪府吹田市山手町の会社員、黒田正巳さん(48)がコースを右に外れて道路脇の電柱に激突、胸を強く打って約1時間半後に死亡した。現場は平地の田園地帯の直線道路で、同県警坂井署が事故の原因を調べている。
 坂井市体育協会によると、この日は1周約27キロの公道コースで同市や同協会が「全日本実業団サイクルロードレースin丸岡」と小学生以上の一般向け「古城グリーンロードレース」の2つの大会を開催し、黒田さんは実業団レースの52キロ競技に参加していた。
 ほかの競技でも参加者4人が鎖骨の骨を折るなどの重軽傷を負ったという。
 2つの大会に計約1400人が参加する予定だったが、事故を受け一部の競技が中止となった。昨年の大会でも12人のけが人がでている。


 事故後にもレースが続けられた競輪と、直後から競技を中止したロードレースと事故後の対応に大きな違いはあるが、共通する事は極めて危険を伴う競技だという事である。競輪場のバンクの傾斜角度は壁のように大きく、ロードの山岳コースでの下りは落車すればケガどころか命に直結する。

 息子が高校に入って自転車競技を始めたが、大会や競技の心配は落車によるケガで、競技結果以上に家族には身体が心配となる。競輪選手にとっては鎖骨が折れたぐらいでは翌日のレースに出場するのが当り前と聞くが、ヘルメット以外はほとんど身体を守るものがない状態で、格闘技とかわらぬ身体のぶつかり合いでゴールを目指す。

 自転車に限らず、モータースポーツにしても事故は選手の生命に関わるが、悲しい事はギャンブルゆえか落車してケガを負って担架で運ばれる選手にも罵声が飛ぶ事で、今年6月に一宮競輪場で開催された高校生による決勝レースにも競輪ファンの心無いヤジが飛ばされていた。

 さて、自転車選手の練習には一般の道路が使われているが、昨年には千葉県で練習中の高校生が車に追突して命を落としている。安全対策も重要だが、普通でも危険な道路環境下で、自転車専用道とまでは言わないが、歩道と車道の区別や道路の段差解消も急務との認識が欲しい。
                           9月13日の一言

台風より地震が話題になっており…

 夜帰宅すると、「今晩は息子(三男)が、車の中で寝る」との話に、出先で聞いてきた大地震発生のウワサと直感したが、このウワサがテレビでも報道されたというから驚きである。

 事の真意は判らないが、地震直前の数十秒前の予報でも評価される現状の中で、1年先の日付まで予言する事は非科学的なデマでしかあらず、我家ではパンやカップ麺が買い貯めてあり、「風呂に水を張っておこうか」と聞かれる始末である。

ジュセリーノが予言、9・13東海大地震は一年延びた!? 3万人の被災者 マグネチュード8.6。

 あのブラジルの大予言者・ジュセリーノが予言した2008・9・13東海大地震が日本中に不安を蔓延させているが、明るい希望も出てきた。この9・13の東海大地震が一年先送りされたとジュセリーノ氏が発言したのだ。3万人の被災者を生み、マグネチュード8.6の規模である今回の地震が来年に延びたとなるとうれしいかぎりだが…。この一年先送りという情報は、ジュセリーノ友の会の大作会長(歯学博士)から、筆者・山口敏太郎に寄せられたものである。大作博士によると、来日中のジュセリーノから「どうやら、地震が一年延びたようだ」という発言が飛び出したのだという。どちらにしろ、地震の予言はずれるのはいいことだ。「地震は来ない」と念じつつ、逃げるルートや非常食の準備を怠らない二段構えの体制がベストなのかもしれない。

 過去にも何度となくこの手の予言が大々的に報じられ、雑誌にも掲載された事があるが、富士山の噴火や地震、台風など、過去に予言が当たったとの報道は聞いた事がない。

 「バカな予言を信じるなッ」、「いやッ、今度は本当らしい」と家族でバカらしい議論をした後で、「車で寝るのは良いが、地震よりもっと恐ろしい事が起こるぞ」との私の一言に、息子は地震より恐ろしい予感がしたのか、静かになったと思ったらベッドに入っていた。

 車の中での発想は、知人達から家の中は危険だから、今晩は家の外にいたほうが良いと聞いてきたようだが、こんな事を実際に実行して、地震以外の事件に巻き込まれる人があったら、その責任を誰がとるというのだろうか。

 国の課題として、地震の予知が専門家によって真剣に研究されているが、決定的な予知は難しく、この予言によって現実に地震が起こった場合の家具の転倒防止や、災害発生時の食料や飲料水の備蓄など、災害防止となれば幸いだが、この予言の目的が理解できないでいる。

 さて、地震がこないと判って家族が寝静まったと思っていたら、「お父さん、頭の上にある〇×を降ろしておいて」と家内がわざわざ伝えに起きてきた。「まだ、信じているのかッ」と叫んだが、確かに今晩はこなくとも、危険防止は重要でもあるか…
                            9月12日の一言

開業医の採点(ランク付)が必要かも

 医療の連携については、私自身も何度も議会で質問に立ち、日頃は開業医のかかりつけ医を持ち、かかりつけ医では対応できない疾病には、二次医療を担当する総合病院を紹介してもらい、それ以上に治療の難しい難病には大学病院などの第三次医療機関で対応するシステムを市民の方々にも勧めている。

 しかし、現実問題を考える時に、かかりつけ医としている開業医が、自分の専門としない病気にも対応し、自分では何ともならない病状になるまで他の病院を紹介せず、紹介された病院でも手の施しようがない例も多く、患者もここまで至るとかかりつけ医を信用もせず、自分のかかりつけ医を持たぬ医療難民が生まれていくのである。

 「かかりつけ医を持ちなさい」の言葉も、かかりつけ医に相談もなく二次医療機関に走ってしまう患者と、「開業医の紹介状が無いと診察しません」と診察を断る二次医療機関(津島市民病院)は敬遠され、直接でも診療する民間の病院に患者が集中し、診察は一日がかりとなる悪循環が繰り返されている。

 実名こそ記せないが、市内の住民が近所のかかりつけ医に通院しても効果がなく、「うつ病」と診断され処方される薬ばかりが増えても、歩く事さえ苦痛になり、紹介状もなく津島市民病院を受診したところ、神経内科が閉鎖され代役の脳外科を専門とする副院長が一見するなり、「パーキンソン病」と診断されたようである。

 日頃服用している薬を見せると、誤診である「うつ病」の薬は必要もないが、本人の血圧が低いにも関わらず、血圧を下げる薬が処方されており、二十数種類にも及ぶ薬が80才を越えた高齢者には逆効果で、「2錠」の薬を除いて、「しばらく薬を止めましょう」と言われて、専門の病院を紹介してもらったが、薬の服用を止めたら歩けなかった身体が3日目には近所を散歩できるようになったと言う。

 「なんで、あんな医者に行っていたのだろう」との言葉に、以前に私が紹介した病院にも行かず、「○×クリニックが気に入っている」と言っていた記憶は皆無であり、お気に入りの先生に「ここもおかしい」とか「ここも痛い」などと言っては処方する薬を増やしていった自分の行動は何も眼中にない。もっとも、診察した医者もこの人の病気を絶対に治すとの意欲も感じられず、患者のご機嫌取りで応対していたと言われても、処方した薬を止めたら回復した事実から反論もできないのではないか。

 それにしても、国の推進するような医療連携は難しく、一度に20個以上の錠剤を口に入れる不必要な処方にも、医師と薬剤師の医薬分業は機能せず、診察についても問診ばかりで触診はほとんど無く、開業医から二次医療機関への紹介はひじょうに高い壁と時間が経過していく。

 実際には開業医と開業医の協力が先決で、それぞれの専門分野で紹介と協力ができれば、かなりの人々が苦痛から救われると思われるが、消化器を専門とする医師に「うつ病」と診断されるばかりか、効果のない薬を処方され、歩けなくなってから総合病院に走る現実があり、日頃健康な年寄りが暇つぶしに通院しているような現実が、本当に苦痛を感じる患者の弊害になっているようにも思えてくる。
                                   9月11日の一言

冷めた自民党総裁選挙が始まり

 昨日は草柳文恵さんの自殺を知り一言を書き入れたが、本日もどうやら同級生の家で訃報があったらしいとの電話が入ってきたが、本日告示された自民党総裁選挙に立候補した人々には、こうした人々の痛みや苦しみ、悲しみが理解されているのか疑問に思われるようなはしゃぎぶりではないか。

 自民党の国会議員たちは、5人の候補者によって政策論議を高め、新総裁による衆議院の解散から一気に選挙を勝ち抜こうとの戦略が見えみえだが、麻生氏を除いて国の顔となりうる経歴の候補者でもなく、自民党の都合よく決めたスケジュールによって選挙日程が決まり、苦しいながらも頑張っている国民もしらけた気持ちで民意を問われる事には変わりがない。

 一方では、民主党が勝てば今年4月からスタートした『後期高齢者医療制度』は完全に廃止すると発表されており、この制度が最高に良いとは思わないが、日本全国の地方自治体を巻き込んで保険制度を変更した巨額の経費とシステムなどが皆無になり、元に戻しても国保会計はパンク寸前のため、私には混乱が起こる可能性しか見えてこないのでもある。

 国民ダマシは許せないが、財源の裏付けをどうするのかはっきりとさせ、あいまいな公約やマニフェストには騙されないことが重要でもある。

 国の財政状況が危機的状況のために、賛否両論はあろうが小泉構造改革によって、国民にも負担を求めるとともに、郵政民営化や国の機構改革が続き、全国各地の自治体にも民間に任せるべきものは任せる民営化が進められてきた。

 国の圧力で無理やり無計画に合併させられた市町村も多く、合併した市町村からの悲鳴が出始め、そこに生活する住民からも増税への不満が出始めている。合併ならず国の補助金や交付税が削られた我が津島市が苦しいのは当り前であるが、それでも苦しさを前提に財政運営が図られており、合併によって住民に夢を与えた自治体の財政運営も正念場となりつつある。

 さて、国会議員の価値観や物差しと、無党派の一地方議員である私とは考えも違って当然だが、何故に任期を一年以上残して低支持率の自民党は解散への道を選択したのかである。仮に自民党が過半数の議席を獲得しても、参議院の野党優位であるネジレは何ら変わらない。次期総裁の誕生で、福田首相が投げ出した政治環境が好転する可能性も低い。

 国民の冷めた視線と、マスコミの厳しい論調から、自民党総裁選挙がスタートしたものの、候補者同士の政策論争も違いが判り難く、候補者間の論争にも熱気があるとは言い難く、評論家の感想を聞かされているようでもある。

 最近の局地的豪雨に対して、行政は全く無力である事がはっきりとした。自分の身は自分で守るしかないとの防災の心得は、地方議員の我々は無関心ではおれないが、国会議員の視線の先に、我々国民の生活があるのかどうかを見極める機会にはしたいものではある。
                            9月10日の一言

私の人生を変えた一冊

津島図書館の原稿⇔http://www.justmystage.com/home/toshokan/kansou9.html

 私の人生を変えた一冊 横井庄一著 『明日への道』
                      大鹿一八

 昭和47年1月24日、グアム島の密林の中から28年ぶりに旧日本兵が発見された。昭和19年に戦死したことになっていた人物の生還は、戦争が終わり自由を謳歌していた社会に大きな衝撃を与える大事件であった。
 その人物こそが元陸軍軍曹「横井庄一」であり、発見されてから2年後に発行されたのが「明日への道」(文藝春秋刊)で、本人の手記によりグアム島での28年間のサバイバル生活が綴られている。

 さて、私にとって横井庄一さんは肉親であり、発見当時は親戚として私の父親がグアム島まで出迎えに行き、一緒に日本に帰国しているが、当時の私は高校生であり、この本が発行されるまでは「親戚に有名人ができた」程度に考えていました。
 
 しかし、この本のはじめに記された「私の生い立ち」を読んで、横井庄一さんが生後まもなく母親の里であった我家に連れ戻され、小学校5年生まで「大鹿庄一」として我家から神守小学校に通っていた事を知りました。
 この本が発行されるまで、関心もなかった我家の(先祖)歴史や悲惨な戦争にも関心が湧き、ご先祖様となった横井庄一さんを介して多くの著名人との出会いもできました。この本がきっかけで始めた私の大鹿姓研究から、現在でも全国の大鹿さんから連絡が入ってきます。

 明日への道のあとがきに、「私の気の遠くなるような28年の歳月も、もとはといえば、今日という日の積み重ねだったと思われます。たとえ明日をも知れないい生命でも、今日という日を精一杯、生命の限り生きてこそ美しく、そして、価値のあるものと思われます」と記されている。
 自殺者が増え、人の生命が軽じられる風潮の中で、近々発行される明日への道英訳版と、横井庄一記念館から生きる事の素晴らしさを広く訴えていきたいと考えています。

草柳文恵さんの死に想う巡り合せ

 草柳文恵さんが本日(9日)の朝自殺により亡くなった事を私のお気に入りブログによって知らされショックを受けている。

白血病なんかに負けるな↓(昭一郎さんのブログ)↓
http://blogs.yahoo.co.jp/tommiejunior1023/44486846.html

草柳文恵さん:自宅ベランダで首をつり自殺 病気苦に?
 9日午前5時50分ごろ、東京都中央区佃2の高層マンションの46階にあるキャスターの草柳文恵さん(54)の自宅ベランダで、草柳さんが首をつっているのを同居する母親が発見、警備会社を通じ110番した。草柳さんは病院に運ばれたが、死亡が確認された。部屋には家族あての遺書が残されており、警視庁月島署は自殺とみて調べている。

 調べでは、草柳さんはベランダの外に体を投げ出すような形で首をつっていた。母親と2人暮らしで、昨年5月に手術を受けた病気のことで悩んでいたという。
 草柳さんは、評論家の故草柳大蔵さんの長女。テレビやラジオ番組の司会者やリポーターとして活躍した。


 私は草柳文恵さんとは会った事もないが、草柳さんのお父さんである評論家でありジャーナリストの草柳大蔵さんは、グアム島で発見された横井庄一の取材のために、発見された昭和47年に我家を訪問された事があり、私の生活の規範となる愛読書『礼儀覚え書き書』の著者でもある。

草柳大蔵さんについて↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%89%E6%9F%B3%E5%A4%A7%E8%94%B5

 これも偶然と言うか、明日(10日)が締め切りとなる津島市立図書館から依頼された「私の人生を変えた一冊」の原稿に、横井庄一が記した「明日への道」をあげ、この本を介して多くの著名人との出会いもできましたと記していました。

 それよりもびっくりしたのは、本日の午前中に同じ会派のU議員に、草柳大蔵さんが記された『礼儀覚え書き書』の中に記された「一枚の名刺で狂った人生」の内容を語り、人からもらった名刺を粗末に扱った事から大変な事になった教訓を語っていた事だった。

 何でも偶然と運命づけるのは危険だが、私が今晩記していた横井庄一が縁で出会った草柳大蔵氏の娘さんがこの日に亡くなっていた事と、その事を知らずに午前中に大蔵氏の教訓を話していた事は、普段には全く話題にもしていない事から偶然とは思えないのでもある。

 昭和47年の出会いは衝撃的であった。この日偶然にも横井家の親族が来ており、度重なる取材攻勢に腹をたて、「おまえらは来るな」と玄関に立つ草柳大蔵氏に怒鳴りつけたのである。事前に私の父親と約束した上での訪問であったが、怒鳴る親族によって温和な草柳氏の顔も一瞬強張ったのでもあった。

 「オレと草柳さんの約束だから…」と、私の父親がとりなして2人は応接間に入っていったが、今にして思えば草柳氏の記された礼儀や礼節とは大きくかけ離れた無礼な出迎えであった。ただし、私の父親を取材してどれだけの成果があったかは判らないが、手短に取材を済ます新聞記者とは違った評論家としての記者魂を見せ付けられたのでもあった。

 冒頭に紹介したブログにも記されているが、笑顔が似合う人がうらやむような美貌の才媛にも、人に語れぬ苦しみを持ち、自らの生命を絶ってしまった事が悲しい。私が本日図書館用に記した文章の最後には、「自殺者が増え、人の生命が軽ん゛られる風潮の中で、生きる事の素晴らしさを広く訴えていきたい」と記した。この事件を知らずに記しただけに特に悲しくなってくる。
                           9月9日の一言
本日図書館用に記した原稿↓
http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/35689291.html

えっ、質問は明日じゃなかったの…

 本日と明日が9月議会の一般質問となっているが、質問を通告している11議員のうちの9番目が私の質問順位のため、私は勝手に明日と決め込んでいると、午前中に5人目の質問に突入した事から、夕方の登壇が濃厚となり慌てて質問内容をまとめる事となりました。

 「何も準備がしてない」、「えっ、本当?」、「昨日は何してたんですか?」と、刻々と迫る登壇に併せて原稿を書き入れますが、今議会から質問が一問一答方式となっている事から、私の準備不足は、質問に答弁をする市役所各部長も打ち合わせのない質問が出されては困るために、手信号の「頼みますよ」が登場します。

 そして、私自身も各部長からの答弁に要する時間が判らない事から、「1時間程度」の時間制限が気になり、今までの「くどい」と評判の悪い前置きを捨てて、質問のみの繰返しとなりましたが、ケーブルテレビを視聴していた知人の話では判り易かったと合格点がつきそうでもあった。

 さて、今議会から質問の度に答弁をもらう『一問一答』方式となりましたが、「およそ1時間程度」という一人の質問時間の制限ができ、この時間制限は答弁に立つ担当部長の答弁が長いと、自身の質問時間が減ってしまうので要注意でもある。

 この一問一答方式は、多種多様の質問を並べ立てる私にとっては答弁漏れがなく、有利との話を聞かされてはいたが、通告した質問に前置きや説明をつけると完全に1時間を経過してしまう事も判り、限られた時間内だけに今後は高レベルの答弁を引き出す工夫も必要と思う。

 一方で、同じ質問項目を先に登壇した議員に質問されると後の議員の質問ができないとの声もあったが、あえて同じ質問を選び、先に出された答弁から先の質問をする効果も実感した。ただし、事前の準備が無いままに、当日慌てて資料をひっくり返す質問は、6月議会と全く同じで反省もなく、いつも通用するとは限らない事から反省は重要である。
                            9月8日の一言
6月議会も準備なしでした↓
http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/33686589.html

経過する時間(歳月)を実感する一日

 本日は横井庄一記念館の留守番となりましたが、久々に開館した午前10時から閉館する午後4時半まで訪問客が続く一日となりました。

 さて、以前の事ですが、館長(横井夫人)より、私が話すと横井庄一のイメージを変えるとの一言があり、私の気になる一言となっていましたが、それは私が知る横井庄一が、一般の人々がイメージする横井庄一像とは違う、本当の素顔を語ってしまう事にあるようでした。

 人々は自分の苦しい時の話はあまりしたくなく、横井さんも夫人に対しても自分の幼少時の苦しい話はあまりしなかったようで、私は横井庄一が幼少時を過ごした大鹿家の跡取になる事から、当時を思い出しながら語られた話を知る事から、初対面の訪問者に語ってしまう事があり、今にして思えば我家の恥かき話でもある事から言われて納得です。

 その横井庄一が我家に生活した当時を知る人は今はほとんどなくなり、同居した先祖は曾祖母を除いて全員が没して50年以上が経過しています。そして本人が没して来年は13回忌を迎えようとしています。

 横井庄一さんと関係のあった人々も多くが天上の人となっており、本日も久しぶりに朝日新聞社の編集委員を務められた大鹿八郎さんの話となりました。私も朝日の販売店ではありましたが、ミニコミ誌を発行していた事と、名前が一字違いのために人々に同一人物と勘違いをされ、横井さん同様に可愛がられておりましたが、八郎さんのお兄様が宝塚市に存命であり、六月に連絡をいただいたままとなっている事から、年内には是非とも訪問したいとの話題にもなりました。

 そういえば、私の親と生き別れとなっていた祖父の在所を知る三重県の人が、横井庄一記念館を訪れられてからちょうど一年が経過している。↓
http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/25547245.html

 忙しさにかまけて積み残した仕事の後回しにしてある『人との縁』が、ギリギリの限界まできている事も実感する一日となりました。
                            9月7日の一言

不健康の連鎖に悲鳴が聞こえる

 低支持率にあえいでいた福田首相がその首相の座を放棄し、それ以上の人材も見当たらないものの、その首相のイスを目指して多くの立候補希望者が名乗りをあげ、中にはその後の総選挙のためのPRと秘書が明かす報道もあり、二代続けて放棄された総理のイスの軽さを実感させられる。

 もっとも、その総理のイスの販売元から、製造元のドイツまで出かけて同種の重いイスを撮影するテレビ局にも驚きが隠せない。しかし、無責任に投げ出されたように見える福田首相の辞任劇だが、自民党が生き残るため計算され尽くされたギリギリのタイミングだったとの報にも頷かされる。

 ただし、大本命とされている麻生氏についても、前の自民党総裁選挙で大差をつけられて敗退しており、誰がなったとしても総理の器とは思えないし、対抗する民主党も自民党に代わりうるレベルとは思えず、国の将来が心もとなく思えてくる。

 さて、不摂生な生活から、体調の不調が続き、身体を休めようとすればするほど、旺盛な食欲が災いしてか、運動不足による弊害が身体に出ているようで、本日は早朝より会報の配布を行なったら、身体が思うように動かず、不調を夜まで引きずってしまったようでもある。

 左手の中指が腱鞘炎と言われたが、腱鞘炎となる重労働をした記憶もなく、運動不足で腱鞘炎になるとは思えないが、「ストレッチをするしかない」との医師の言葉と、ストレッチによって痛みがひいていく現実から日頃の運動不足は否めない。

 本日は土曜日のためか、我家の前の道路をヘルメットとユニフォーム姿で走る自転車が多く、先週の鈴鹿ロードの残像が残っているようだが、昨日から町内を一周だけだが自転車で走る事としたが、この一周だけでも足が重く、太腿部まで血液が届いていない事を実感する。

 凄まじい食欲と、運動不足による体調不良を、身体を休めることでは改善できず、食生活と同時に計画的な身体の運動による改善を図らないと、正月を迎えられないような気配がする。問題は事務所にいる時間が増え(つまみ食い)て、外出する時間が減って(運動不足)いる事にもある。そこまで判っていて、節制できない弱い自分に突き当たる。
                             9月6日の一言

ホームランを忘れていた写真に

 どうやら息子の進路先が決まったようで、親としては一安心であるが、いくら大学の監督の訪問を受けて決めたとは言え、学費の支払いは親任せとなる事から、大学の監督だけでなく、高校の監督の応対にも一抹の疑問が残る。

 「そんな事は子供の事だから知らなくても良いでしょう」との家内の言葉も、息子の希望が優先する事は当然だが、子供が決めたらそのままになるとは限らず、通学ではなく寮生活となる事から、学費と生活費の問題ばかりか、大学生活と生活環境ぐらいは親として確認しておきたいのは当然ではないだろうか。

 このあたりは同じ高校の指導者でも、長男を指導した陸上部の監督と大学の監督は場数と経験の違いか、進路を決定する前に親の私に確認の連絡があり、大学卒業後の地元への進路を心配する私に「息子さんにとってのチャンスだからお願いします」とまで言われたのでもあった。

 「時々は家に帰れるのか?」との親バカの質問に、「3年間は帰ってこれない」との息子の乱暴な言葉に、「それじゃー、勝手に見に行くしかないのか」、「バカじゃないか」と、息子とのやりとりもそろそろ親離れを実感させられる一日となった。

 さて、先週末の大会の模様を撮影した私の写真に対して、息子から「お父さんの写真は下手だッ」との手厳しい一言があった。小学校時代にオモチャのカメラで撮影をはじめ、高校や大学時代には暗室作業までこなし、写真が入賞した経験もある私にとっては、言われた事のない言葉でもあった。

 大きなスタンドで全く同じような数百人の中から、息子とは言え高速で走る自転車を見つけ出して撮影する事は至難の業であり、その息子が大きく写っている事に満足していたが、写された本人にとって感動のない写真では意味もなく、「写っている」だけのものではなかったか。

 「プロには本塁打はいらない」と、常に二塁打か三塁打で良いから三振(ピンボケや撮れなかった)のない撮影を、写真撮影の極意としてランカ堂写真の故・高橋来一さんから聞いた事がある。息子の手厳しい一言に「あそこからでは撮れないよ」との家内の言葉は救いにはならず、本塁打を狙った撮影でなければ人々を感動させられない事を実感させられた。

 私のプロヒィ-ルの趣味欄には写真と旅行と記されている。ただし、写真も旅行も経験からセミプロのようになるかわりに、アマチュアの輝きが失せてきているのである。写真も三振はないがホームランもない。旅行も企画や手配はプロにも負けない自負はあるが、自身の感動と新鮮さが不足する。

 写真も旅行も自己満足ではなく、一緒の人々を意識して三振はないかわりにホームランを失っている現実を、息子からの手厳しいが、息子でなければ言えない一言から気づかされた。これは趣味だけでなく、私の人生そのものへの一言でもあろう。
                            9月5日の一言

議会改革で一問一答方式となり

 今までの津島市議会では、質問回数が3回に限定されており、議場壇上で質問した答弁に、自席に戻って再度質問し、この答弁に対する質問が最後となっていたが、今回の議会から質問回数の制限がなくなり、一問一答方式に変更となった。

 3回しか質問ができないと、1回の質問に多くの質問を並べる事となり、質問に対する答弁漏れがあっても質問者すら気づかない事もあり、市民にも解かり難いとの声もあったが、いざ一問一答式に変更となると長年続いた慣例とは違う事から、市役所職員だけでなく質問する私にも違和感がある。

 議員にとっては一問一答方式は、答弁漏れがなく、必ず何らかな答弁を引き出せるメリットもあるが、事前に質問内容に対する十分な資料と学習がなされていないと、何度も中身のない質問の繰返しとなり、質問そのものの質を問われる事ともなる。

 一方では、議員の質問に答える理事者(市役所)側の幹部職員は、質問に答弁できないと大変な事となる事から、我々が質問を通告した直後より、質問内容を把握すべく質問に関係する職員が走りまわる事となり、ここで議員に答弁内容まで伝わってしまう事から、議会がセレモニー化する可能性も否めない。

 質問内容が判らないと、「資料がないので後日報告します」と、答弁が出ない可能性もあるが、質問に対する答弁が議会前から判り、次の質問を考え、理事者側がそれも知り、答弁を用意するとなると、議員と職員の台本付き朗読劇と化してしまいそうでもある。

 私も今回の議会前に質問する内容について県職員の知恵を借りた。何処で誰の知恵を借りようと勝手な話であるが、質問する前に自分の知恵の出所を教えてしまっては、議会の臨場感は半減してしまうようにも思われ、初めての方式への戸惑いは隠せない。

 さて、議会中であるが8月に終わらせるべき仕事を残しており、災害時には防災ボランティアとして現地に走ると決めていたが、議会中に地元を離れる事もできず、東海地区を襲ったゲリラ的集中豪雨の被災地を横目に、自分の無能さを実感する日々ともなっている。
                              9月4日の一言

8月30日シマノ鈴鹿・タイムアタック決勝

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 個人タイムアタック予選 (S1周) 2,243km
1位 Burns Mark  タイム0:02:52:03        平均速度46,94km
8位 大鹿 裕一  タイム0:03:05:26 差13秒23 平均速度43,58km

 個人タイムアタック決勝  (1周) 5、821km
1位 Burns Mark タイム0:07:47:64        平均速度44,81km
13位 大鹿 裕一  タイム0:08:59:90 差01:12:26 平均速度38,81km

最高速チャレンジ決勝
1位 大鹿 裕一   50,174km
    昨年18位大鹿 裕一 60,453km

私の9月議会一般質問の内容です

 本日は8日(月)と9日(火)に開催される議会一般質問の通告締切日で、11名の通告があり、提出順の質問のために私は9番目の登壇となりました。(予定では2日目となりそうです)
 下記が質問要旨です。

1件目 津島市の防災・防犯対策について
      風水害への対応……市民への伝達や避難方法等について
 ・津島市の風水害の現状と雨水処理能力、抜本的な改善策は?
 ・8月末の局地的豪雨について…津島市の具体的動きは?
 ・避難の実際…夜間にどのように市民に伝達するのか?
 ・新たな伝達方法の代案は?
   (火の見櫓、警鐘や工場のサイレンが無くなった現状から)
 ・避難場所の確保と見直しについて
 ・最近の局地的豪雨から、地域防災計画の見直しが必要では?
 ・市民の被災状況の把握について
 ・空き巣など防犯情報・派出所だより等の市民への提供を
2件目 市民病院の現状について
 ・公設公営の維持の確認と、収支均衡について
 ・医師不足の現状について?
 ・閉鎖中の診療科目とどのような病名の人々の診療ができないのか?⇒その対応について
 ・最近の病院経営状況資料の中から、外来の診療報酬について?
 ・救急搬入について…希望する津島市民を全員受け入れられないか?
 ・多額の市税投入から、市民と市外在住者の格差、市民の優遇はできないか?
3件目 彩雲館の施設改善について
 ・身体障害者福祉センター部分のリハビリ機器とトイレの改修について
 ・国の障害者自立支援法の適応を受けてサービス拡大を図れないか?
 ・就労支援センターの充実

 東海地方に続く局地的ゲリラ豪雨については、被災地の問題点から津島市の現状と問題点を問います。市民病院については、医師確保など遅れているものの、確実な改善が図られているが、経営状況の悪さから医療レベルそのものの良さ(雑誌の格付け・愛知県内61病院中25位)まで市民に伝わっていない事から質問です。
                            9月3日の一言

本日より9月議会が開会し

 本日より9月議会が開会し、24日の最終日までしばらくは本業の議会生活が続きます。今年に入ってから議会改革の一環として、6月議会から一般質問の登壇順位が通告順となり、議会での質問回数が今までの3回から、自席に戻ってから一問一答式で回数制限がなくなりました。

 一般質問の通告は、議会の数日前に開催される議会運営委員会の終了後から、本会議開会の翌日正午までとなっているが、本日の午前中には7名の通告が提出されており、「大鹿さん、まだ出さないの」と急かせる声と同時に、質問内容が重複する場合は早い者勝ちとの見方もありますが、人は人であり、「もう、その質問は出ていますよ」との声を無視して、自分の質問に徹していきたいと考えています。

 確かに自分の質問しようとする内容を、先に誰かが質問してしまえば、質問の意味がないようにも思えがちではあるが、限られた質問時間を考えると、人が質問して答弁が出されておれば改めて聞く必要もなく、その先の質問に入れる事から、先の質問への答弁内容を聞いて不足する質問ができるのでもある。

 もっとも、私が何も質問できないくらいに広範囲の質問を全て出されてしまうと、なすすべはなしの可能性は否定できませんが、自分が質問に立つ登壇時間が予測できるメリットもあり、メタボリックで心臓マヒや脳卒中の危険回避には最終ランナーが一番でもあろう。

 さて、事件を犯して警察に身柄を拘束されていた知人の息子さんが、弁護士の奮闘によって起訴猶予となり、相手は絶対に示談に応じず裁判も降りないと言っていたが、不起訴となり自宅に戻されてきた。罪は消す事はできないが、地域住民を罪人として生活そのものまで追い込む必要もない。

 地域住民を相手に利益をあげている企業が、いくら被害者になったとは言っても全く示談のテーブルにもつかない対応には、相手企業が自社の利益のみで地域住民の生活は何も考えていない裏返しで、地元だけに罪は罪として司法の判断と弁護士に任せたが、私はこの企業には過去から不買運動を続けている。

 罪を憎んで人を憎まずの言葉がある。かつてPTA役員を務めた際、今回の被害者となった企業の警察への通報によって、子供の更生する機会すらなくなる対応に遭遇した。一度犯した罪は償う必要があるが、反省してやり直す機会まで奪う事は、それこそ犯罪と私は思っている。

 小さな子供が公然と人前でパトカーに乗せられて警察に連れていかれ、保護者が勤めている事から(代わりに学校関係者が身柄を引き取りに走ったが断られ)夜まで警察から帰してもらえず、挙句に事件そのものが地域に知れわたった事があった。私の考えでは当時の事件に立ち会った大人に教育的配慮があれば、事件ともならなかったと思い、未だに不買運動(一人では些細だが)を続けているのでもある。

 今回の事件は立派な大人の犯した事件であり、被害者側を批判するのは的外れではあるが、十数年経過した今でも企業体質は何ら変わっておらず、売り場が罪人をつくり続けている反省と改善は重要と思われる。
                             9月2日の一言
関係ブログ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/35457437.html

日焼けがヤケドと言われて

 激しい雨に濡れ続けた2日前と、前日の厳しい夏の日差しを受けた身体の疲れは激しく、朝目覚めても目がふさがっており、顔が日焼けによる痛みで洗えません。

 とにかく痛みが激しく、パソコンを覗いていると市民病院から電話で、2日前に月曜日の朝一番の訪問との約束だったのだが、「今日は議会運営委員会があるので、何時頃に伺いましょうか?」の問いかけに、「ウン?議運?」とは思ったものの、幸いにも相手の勘違いと思って、「午後1時に」と約束し、顔にオロナインを塗りたくっていると役所からの電話である。

 「今何所におられます?」、「ウン?何で?」、「今、議運が開かれて…」、「エッ、議運?」、「今すぐに来て下さい」、「着く頃には終っちゃうんじゃない?」、「いえ、いえ、十分間に合います」の、やりとりから慌てて塗りたくったオロナインの顔を洗って市役所に走ったのであった。

 15分の遅刻である。28日の送信であったが、名古屋の弁護士事務所からのファクスを確認したままで、前後の確認不足であったが、臨時で議会運営委員会が開かれることを、朝一番の市民病院職員から聞きながら、「本会議前日の議運なんて、ありっこないのに…」と、確認もしなかった事の過ちで、これも身体の疲れとは無関係ではない。

 発言を求められても顔の腫れ(唇も腫れています)から思うように声も出ず、委員長から「聞こえません、ハッキリと」と言われる始末に、情けないやら、同じ会派のU議員から「寝過ごしたんじゃないー(笑)」と言われても、反論する余裕もない大失態でした。

 本会議前日の議会運営委員会があるはずがないとの慣れと、ファックスの連絡確認を怠った失敗で、私の赤く腫れあがって目も開けられない表情を「酔っ払い」とからかわれているうちは良かったが、議会事務局へ連絡の礼に訪れると、「これは日焼けではなく、ヤケドだ」との話から皮膚科行きを勧められ、昼に近く診療時間に間に合わない事から、知り合いの薬局に走る事となった。

 さて、最近では男性でも日焼け止めの薬を携帯する人は多いと聞き、「男がねー」と反論したくなったが、ゴルフ好きの人々には当り前となっている様子に、「日焼け止めの薬は高いの?」と聞いてみたが、治療薬を買っている事と、「これからは必要ないでしょう」の言葉で思い止まった次第でもあった。

 それにしても薬を塗るだけでも痛みが走り、「冷やすと良い」との薬屋の助言で顔に冷やしたタオルを乗せていたものの、こんな日に限って多くの訪問を受け、顔を見られるのが恥ずかしい一日となった。「あんたは絶対に帽子が似合わない」と同級の女性軍に言われた言葉が忘れられず、帽子も被らないこだわりも今後は戒めないとならない。

 「皮膚が弱いのだろうか?」、「病気じゃないですよねー?」と市役所で言われ、家内には「いつも顔が脂汗で輝いているから黒くなるのかも」、「肝臓病みたい」などとの言いたい放題に、明日から始まる議会の一般質問の日(来週)までには顔の腫れがひいてくれる事を祈るばかりである。
                               9月1日の一言
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