大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

2010年08月

我々は便利屋じゃありませんが…

 本日は昨日の不調がウソのように体調が回復し、午前3時から会報配布に走りましたが、さすがに帰宅時には疲れが残り、新聞を取りに行く一歩が棒のように重く、朝食後はすぐに仮眠の床に入りましたが…
 
 けたたましく鳴り続ける携帯電話の音にもしばらく放置しておいたものの、鳴り終わる様子もない事から、「もしかして、市役所かも…」と飛び起きると、本日ボランティアが病院に送迎する知人からの電話でした。
 
 「今日だけど来てくれるね?」
 「そのように伝えてありますけど…」
 「あなたではないの?」
 「先日、○○さんと約束されたでしょ」
 「10時30分だけど、大丈夫だわね…」
 「大丈夫と思いますが…」
 「大丈夫なら良いけど…」
 
 ここまで聞かれると、間違いはないと思って(過去にそんなミスはありません)も確認せざるを得ず、確認の電話を入れて安心したものの、暑い所で仮眠をし直す気分にはなれず、涼しい事務所で仕事(会報の折込)となってしまいました。
 
 そこへ再度の確認の電話が入り、「間違いなく行きます」と伝えたものの、依頼された知人は本来ボランティアの移送対象となる会員ではなく、退院して間もない事と、歩けない事から、居合わせたボランティアにお願いしてしまいましたが、本来は公共交通かタクシーを利用する年齢の対象者だけに複雑な送り出しとなりました。
 
 依頼した方はタクシーと同じ感覚かもしれませんが、福祉有償運送はタクシーの半額以下の料金で、津島市から弥富市まで送った後で、一旦は津島市に戻ってから再度出迎えに走ってから帰るわけですから、ボランティア精神なくしては続きません。
 
 そんな事情と、福祉有償運送は、障がい者や介護保険の対象となる高齢者の会員を対象としている事が理解されておらず、「今度からは○○まで頼みたい」と依頼されてきた事から、「大鹿さんから連絡させます」と断ってきたものの、私の福祉タクシーも議会中だけにひじょうに気の重い宿題となりました。
 
 さて、人の事情や都合については判らない事から、自分本位の話や都合を聞いていると辛くなり、場当たり的なお付き合いをされると真剣に考えたくなくなります。
 快調だった朝の目覚めが、仮眠もろくに取れなかった事から、夕方には疲れが蓄積し、夜の書道会はたったの一枚書いただけで雑談の輪の中に入りました。自分の最低限のバリアは犯されたくないものです。
                                 8月31日の一言
今日は長いだけで成果のない一日となりました。明日が大変です。

身体がイカレました(一時の事ですが…)

 本日は午前3時に起床したものの、気力が伴わず、「行こうか、止めようか」の自問自答を繰り返した後に、再度の眠りに入りましたが、今度は身体が重くて起きようと思っても起き上がれません。
 
 気力を振り絞って3時から動いておれば、昨日と同じような行動となったでしょうが、私の「ナマカワ」か、身体からの危険信号かは判りませんが、不眠不休で「四国遍路」から帰った後のように身体が痛みます。
 
 熱もないし、内臓にも異常はありませんが、身体の倦怠感は尋常ではなく、パソコンの画面を見る気力も湧いてきません。風邪の前兆か、日頃の睡眠不足のツケが貯まったのかは判りませんが、力が入ってきません。
 
 そうやって考えて見ると、私は大学時代から23年間にわったて、いくら午前様で飲んでいても午前3時には起きだして、人が休んでいれば3人分でも配達し、PTA会長時代は仮眠も無いままに学校に走っていました。
 
 今でもタフとは言われますが、さすがに腕力や体力は衰えており、手帳に書き込まれたスケジュールを気力だけで走ってみても、若いときのように持続は無理で、完全休養日位は設ける必要がありそうです。
 
 もっとも、国で一番忙しい人のスケジュールは判りませんが、時の総理大臣でも夏休みには軽井沢で静養されており…
 
 なんて書き込むと、9月議会後や休会中のドサクサに上高地や四国遍路に行く筋道をつけていると思われるかもしれませんが、それはそのとおりで、本日コメントが入った「鶴田浩二」さんのページを見ると、書き込んだ当時のアドレスがほとんど削除されており、息子の自転車も更新しておらず、コメント主のブログから懐かしい雰囲気をいただきました。
 
つぶやきトニーの独り言 http://blogs.yahoo.co.jp/tubuyakitony/33142970.html
                                    8月30日の一言

忙しくも熱中できる一日に

 本日は睡眠不足のままに午前3時に会報を配布し、しばし仮眠後に市役所から求められた書類を送付後に横井庄一記念館入りとなりましたが、午後からは学校の課題で訪れる子供などへの説明役が続き、久しぶりに閉館時間が過ぎるのを忘れる忙しい一日となりました。
 
 昨日参加した『人にやさしい街づくり連続講座』は、桜花学園大学の森田教授の「社会参加のための交通権補償と交通基本法」についてと、日本福祉大学児玉教授による「地域生活と居住継続」がテーマで講義が続きました。
 
 私は森田教授が主体となった「交通問題勉強会」にも定期的に参加しており、国が成立を目指す交通基本法に対する私案提出や、公共交通の現状や地元のコミュニティバスの問題など、難しくて受け付けないような議論を耳にしていますが、「4人に1人が買い物に行けない」高齢者の現状から、交通権(人々が自由に移動できる権利)が、高齢者や障がい者の社会参加となり、「公共の福祉」となる基本的なスタンスを確認できる機会となりました。
 
 3年前に津島市で開催した地域セミナーにおいては、「病院まで、どうやって行こうか」をテーマに森田先生より講演していただきましたが、来年2月6日開催のセミナーでは「買い物難民」や「外出できない高齢者」を念頭において、地域で移動する足の確保をテーマに森田先生と詰めていきたいと考えています。
 
 一方で、一昨年には「障がい者の自立を支えるバリアフリー」をテーマにして、昨年は「災害弱者に配慮した防災まちづくり」をテーマに津島市で講演していただいた児玉先生の講義を久々に聞き、家庭内での事故により1年間に約1万人以上の高齢者が亡くなっている現実から行政の関係する職員にぜひ聞かせたい話でもありました。
 
 児玉先生の講義もまとめとして、「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」憲法25条が話され、「居住の権利」を訴えられた事から、森田先生の「交通権」と共通する主張に事前打ち合わせもなかったと聞き、(偶然との事でしたが)企画したNPOのレベルの高さを実感させられました。
 
 議会開催中であり、私の提出した一般質問の内容に対する市役所の問い合わせが携帯電話を鳴らし続けますが、こんな見事な講座に参加していた事から、留守録の声を聞くのみで、本日までそのままにしてしまいました。
 
 さて、明日も3時起床ですが、夏休みもないままに睡眠もろくに取れない日々を続けた自分自身へのご褒美に、一般質問が終わった週末の土・日曜位は「上高地」行きをプレゼントしても良いのではないでしょうか。
 
 もっとも、家内は三男の自転車ロードの同行で頭が一杯となっているものの、こんな企みが事前に発覚すればご破算になってしまう事から、明日からは議会だけに専念する日々にしたいと思います。
                                   8月29日の一言

久々の連続講座に顔を出して

 本日は午前3時30分から会報「津島の風」の戸別配布に走りましたが、鈴鹿サーキットで開催される三男の出場する自転車ロードレースに向かう家族の車と出遭ったものの、誰も私には気付かず走り去っていきました。(悲)
 
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  さて、本日私は、名古屋市で開催されている「人にやさしい街づくり連続講座」に参加しましたが、講師は私が参加している「公共交通問題勉強会」の桜花学園大学教授・森田優己先生と、昨年、一昨年と津島市の地域セミナーの講師を依頼した日本福祉大学教授・児玉善郎先生のため、国民の移動する交通権と、居住の権利について改めて勉強することになり頭の整理ができました。
 
 ※写真は午後12時の名鉄青塚駅ですが、私の住む地域ののどかな雰囲気が伝わるでしょうか。
 
 連続講座は7月10日から、10月24日の最終日までAコース(主に木曜日)とBコース(主に土曜日)に分かれて10回(10日間)開催されるかなりハードな講座で、それを支えるスタッフの人達のボランティア精神には頭が下がります。
 
 現在の私にとっては「人にやさしい街づくり」を考える上で原点ともなる講座で、この講座に参加した事が、名鉄津島駅のエレベータと多目的トイレの設置につながったことから、切っても切れないばかりか、津島市で「人にやさしい街づくり地域セミナー」を開催してから今年は5年目になり、今年は本日の講師役の森田優己先生を講師に依頼してあります。
 
 ところで、朝から走って行った三男は、予選を勝ち進んだものの、決勝では20位に終わったようですが、半月前に富士スピードウェーで大怪我を負った松葉杖姿を思えば無事での帰宅は一安心で、明日も午後からのレースに臨みます。
 
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 もっとも、私は明日も3時起きの予定ですが、久しぶりの顔合わせだった事もあり、講座終了後のティータイムから二次会へと走り、金山駅のホームから電車に乗ったのが11時近くなりました。
 
 油断すると午前様の気配でしたが、家内との連携により本日中の帰宅となり、今こそ午前様となりましたが、酔いが完全に醒めきった事から記載後も眠れぬままに3時起きとなりそうな雰囲気大となりました。
 
 それにしても、森田教授と児玉教授だけでなく、NPO関係者は心が清々しい人物が多く、津島市で堪ったストレスを語る事で発散し、来週の議会一般質問にも新鮮な気持ちで臨める英気を養う一日となりました。
 
 明日は横井庄一記念館の一日ですが、日曜日にも関わらず市役所との連絡も必要なことから不眠不休の一日ともなりそうです。
                                 8月28日の一言 

気候は和みますが政治はヒートアップへ

 9月議会・私の一般質問です。
 
1件目 津島市の世帯分離に対する対応と指針について
  要旨 ・世帯分離で節税とする各種の出版物が発行されている中で、津島市の      現状と今後の対応について
 
2件目 津島市の学校教育について
  要旨 ・障がいのある生徒の学籍と、学校施設のバリアフリーについて
      ・不登校問題について
      ・学校支援地域本部事業について
 
3件目 選挙時における市内投票所のあり方について
  要旨 ・高齢者や障がい者に配慮した投票所のバリアフリーについて
 
 暑い夏もそろそろ終盤に入り、今度は民主党の代表選挙や名古屋市議会のリコールを目指す署名集めなど、政治の熱い戦いが始まりました。
 
 名古屋市のリコール問題については、名古屋市民にも賛否両論ある中で、私は議員報酬の半減や恒久的減税の公約を阻止したい市議会の抵抗に対しては、こんな手法でも用いないと改革は実現しない事と、安泰の道を選ばぬ河村市長のタフネスぶりに個人的にはエールを送りたいと思います。
 
 「あんたも議員なら報酬半減だぞ」と言われた人もありますが、河村市長の言う半減は、年間800万円程度の議員報酬で十分だとの主張で、我々津島市議会の議員報酬はそれを下回っており、名古屋市議会議員が手にする政務調査費だけでも、我々の議員報酬を上回っている現実を考えると無理難題とも思えません。
 
 さて、もう一方の民主党代表選挙については、民主党員ではない事から他人事にも思えますが、代表が国の総理大臣となる事から、一度引っ込んだ小沢氏の出馬については理解ができません。
 
 首相を退陣し、一度は政界引退まで宣言した鳩山首相だが、一緒に幹事長を辞してもらったと発言した小沢氏を支援するという信じられない行動は、政治と金の疑惑が晴れないままの首相を誕生させる可能性も出てきました。
 
 参議院選挙惨敗の責任を問われる菅首相だが、このままでは参議院選挙直前に辞した鳩山氏と小沢氏の行動は、支持率低迷を回避するために国民の目をごまかすための計画的辞任劇と復活劇の疑念まで起こります。これは決められたシナリオではなかったか。
 
 決定的証拠が無いから不起訴になる事は、決して純白の無罪ではなく、口裏合わせで本当は真っ黒の有罪の可能性も否定はできず、過去の疑惑を考えると国を代表する首相に臨む前に、疑惑の解消を図るべきと思います。こんな腹立たしい代表戦が新聞の一面を飾る事にも反吐が出てきます。
                                  8月27日の一言

ETCレーンのハプニングを回顧し

 昨日は私の勘違いによる市役所行き(議会開会)でしたが、本日から9月議会が開会し、9月17日までの日程で議事日程が進められ、しばしの中断をはさんで10月4日からは「決算審査特別委員会」が始まる事から、気が付けば平成22年も後半戦の雰囲気です。
 
 さて、ETC車載器の不具合は後続の車の追突事故になる可能性も高く、私も1年前の四国遍路に旅立つ深夜でしたが、ETCカードが差し込んであったもののETCレーンのバーが開かないために停車した事がありました。
 
 幸いな事に深夜のために後続車もなく、マイクの誘導で隣接する事務所に入りましたが、私はETCカードを複数所持していた事から、しばらくはそのカードに不信感があり利用できませんでした。
 
 専門の取り付け業者の話では、時としてそんな不具合もあるようで、そんな時はカード表面にある金色の部分を手でこすれば大抵は治るとの事ですが、不具合によって急停車して追突されてからでは時既に遅しとなってしまいます。
 
 又、高速道路のサービスエリアで休憩時に盗難防止にカードを抜き取ったまま入れ忘れて走行し、ETCレーンが追い越し車線上の一番右側にあった時は、インターの出口ではなく高速の乗り継ぎだっただけに道路中央で恐怖の非常停車となり、一瞬に差し込んで難を逃れた経験もありました。関西での経験です。
 
  ETCレーンでの追突事故   http://www.mclaw.jp/03division/so_txt_ETCLane.html
 
 
 一方で、ETC車載器が取り付けてない車にETCレーン前で急に割り込まれた上に停車されて追突した知人があり、追突した知人の責任として全額弁償となったようでしたが、割り切れない気持ちはぬぐえません。
 
 ETCレーン衝突事故の瞬間 http://pub.ne.jp/youtube/?entry_id=2262322
 
 上に添付した映像はちょっと古いものですが、これを見てハッとした事は、ETCレーンへの進入速度となっている20キロ以下で通行の表示は、20キロ以下でないとバーが開かないのではなく、いつでも停止できるスピードで通行する意味であることです。
 
 つまり、ETCレーンで止まった車が悪いのではなく、止まれず追突した車が全面的に悪いのてある。今では当り前となったETCレーンの通り抜けであるが、ピッタリと追走してくる車もあることから要注意でもある。
 
 ところで、2日前に何故にETCレーンについて明日記しますと書いたのか。本日は政治と金で引っ込んだ小沢氏の民主党代表戦出馬が大々的に報道されているのを見て、いかに自分が時流とかけ離れているノー天気ぶりを実感させられました。
                                  8月26日の一言

勘違いと偶然にびっくりした一日

 本日は9月議会の開会日のために、我家の目覚まし時計も厳重にしたおかげで、余裕を持って市役所駐車場に入りましたが…
 
 平生なら駐車場には議員の車で一杯になっているところですが、本日は停められた車もなく、「もしかしたら、何か見忘れたか…」と不安を抱いて、議会場に向かったところ、議員控え室には誰一人の姿もなく…
 
 「これは何事か」と確認すると、9月議会の開会日は明日からで、本日は私のとんでもない勘違いと判りました。となると、心配は地域の各戸に配布してある会報「津島の風」の記載間違いで、確認して間違いのない事が判るまでは心が冷え切っていました。
 
 結局は手帳への記載ミスとホームページへの書き込みミスが発覚しましたが、、私と約束した人々には議会優先のために連絡するとともに、一日の間違いが引き起こす迷惑はしばらく尾を引きそうです。
 
 さて、本日は家内の姉の嫁ぎ先の義母の通夜があり、家内の親族を乗せて三重県まで走りましたが、葬儀場のある住所は員弁郡東員町六把野新田と言い、私の父親の生き別れた父親(私の祖父)の実家のある地名だった事から、とても妙な因縁を感じられずにはおれませんでした。
  
 
 3年前に記した一言を添付しましたが、偶然にも横井庄一記念館を訪れた人が、父と生き別れていた祖父の実家を知っている人だった事から、いずれは訪れたいと思っておりましたが、今年はその祖父が亡くなってから50年が経過し、その命日は今月の29日である事を考えると胸騒ぎがします。
 
 祖父は私と同じく「弘法大師」を信奉する人で、私は祖父が残したと思われる「弘法大師坐像」を7月に佛師に修復してもらっており、声どころか顔も写真以外は見た事もない祖父が呼んだように思えてなりません。
 
 残念な事は、本日と思っていた議会開会日が明日のために、祖父の故郷の近所となる葬儀場に行けない事で、改めて出直しとなりますが、かつては遠かった東員町も車では30分もあればたどり着けます。
 
 こんな勝手な思いと因縁を書き込み、昨日にETCの不具合による恐怖体験を記すと本日に先送りとしましたが、明日以降に先送りにするとともに、帰宅後には仏壇の位牌と過去帳に目を通す夜となりました。
                                     8月25日の一言

ETC不正による詐欺事件と事故

 昨日の一言にタクシー会社を設立するよりも、貸切バス会社は簡単に設立できると記したところ、異論のあるメールをいただいたので、本日も続けての記載となりますが、私の記した意図はあくまで設立の経費面や採算面だけの話です。
 
 もちろん、こんなバス会社を設立される事は極論と思いますが、大型バスについては12人乗りのキャラバンや、15人乗りのハイエースも対象となり、百万円以下のマイクロバスや中古車両も対象となる事から、300万円程度の資金でも設立は可能と思われます。
 
 もっとも、こんなバスは安心して利用されませんが、葬儀会館に手配されるマイクロバス(青ナンバー)にはこんな車も存在します。また、3台で設立できる事から、運転手の雇用と補償も楽で、最低10台を必要とする(私の住む名古屋圏)タクシーの新規参入とは雲泥の差があります。
 
 我家には3人の二種免許保持者がいますが、家内と次男は普通二種のためタクシーしか乗れませんが、自動車学校で大型二種の技能教習を修了すれば、私と家族3人が主力となるバス会社が立ち上げられます。
 
 こんなことから、過労運転やいかがわしいバス会社の事故や事件が後を絶たず、聞いた事のない貸切バス会社には安心ができません。下に添付した記事はその一例ですが、社長自ら運転するバス会社が各地に存在し、記事ではETC不正による詐欺事件が記されています。
  
ETC不正設定で詐欺 摘発容疑でバス会社社長逮捕・全国初
                http://www.chibanippo.co.jp/news/chiba/society_kiji.php?i=nesp1268098065
 
 さて、こんな書き出しとなってしまったのですが、私も個人事業主して「福祉タクシー」の信用を高めて、ボランティアの「福祉有償運送事業」も、安心して利用してもらえる仕事にしたいと自戒を込めていきたいと思います。
 
 添付した記事がETCの不正事件だった事から、パソコンから検索していたところETCの不具合による追突事故が目につき、私もそんな恐ろしい経験があることから添付しておきたいと思います。顛末は明日に…
  
 ETCレーンでの追突事故   http://www.mclaw.jp/03division/so_txt_ETCLane.html
                                     
                                             8月24日の一言

東名高速で大型バスが追突し

 
イメージ 1 本日の午前3時ごろ、静岡県富士市の東名高速道路を三重県から千葉県の東京ディズニーリゾートに向かっていた大型観光バスが大型トレーラーに追突し、運転手や8人が重傷を負い、その他の乗客18人全員が顔などに軽傷を負ったと報道されている。
 
 
東名で大型バスがトレーラーに追突、27人重軽傷
                  http://www.asahi.com/national/update/0823/TKY201008230045.html
 
 報道によれば、現場は2車線の直線で、近くにある高速バスのバス停スペースから本線に進入したトレーラーに、走行車線上でバスが追突したとあるが、添付した写真を見るかぎり、バスの運転手がブレーキをかけたようには思えません。
 
 このツアーを企画した日本ユース旅行は本社が名古屋市にあり、運行を受託したバス会社が菰野東部交通(三重県菰野町)とあるが、快適、安全、格安をキャッチフレーズとしているものの、タクシー事業より簡単に新規参入できるようになったバス会社にも問題はなかったか。
 
 また、今回の高速ツアーバスは募集型企画旅行として、旅行社の企画した都市間を結ぶ高速バスで、一般乗合旅客自動車運送事業として、都市間を結ぶ乗合の高速路線バスのように決まったバス会社ではありません。
 
日本ユース旅行(株)  http://travel.rakuten.co.jp/bus/agt/103.html
                  http://travel.rakuten.co.jp/bus/agt/shouhin_103.html#1486
 
 私の住む津島市でタクシー事業を開始しようとすると、10台以上の車輌とそれに伴う乗務員が必要となるばかりか、採算が見込めないが、貸切バス事業については3台の車輌(10人乗り以上の車)があれば新規参入が可能で、葬儀専用の会社など目的によっては採算も見込めます。
 
 一方で、運転手の資質については、自前でも運転手を養成するとともに、運行管理体制についても大手観光バス会社と、零細バス会社の格差は大きく、「快適・安全」は当然だが、「格安」は労働条件に影響を与えている可能性も高い。
 
 さて、私事となりますが、個人事業主としての福祉タクシーは運転手3名、福祉有償運送は4名の運転手が登録してありますが、運行管理責任者となっている私自身も、各自の自覚に任せ、「イザとなれば損害保険が最高にかけてあるから…」なんて無責任な気持ちとなっている事があるので他人事ではありません。
 
 また、四国遍路についても、深夜の旅立ちとしている事から、今回の事故は他人事ではなく、寝不足や体調不良は自分だけでなく、同行する人の生命にも関わる事から、「格安」から私の体力の衰えも自覚した安全な行程への変換も急務かもしれません。
                                   8月23日の一言 

同窓会総会と回想法まで

 本日は母校である神守中学校の同窓会総会と、物故者法要が開催され、少ない参加者とは言え、一年に一度の総会を楽しみにご参加してくださる恩師の先生方との久しぶりの会話は、私にとっても貴重な「回想法」となっているのであります。
 
 昨日の朝日新聞夕刊に、「回想法街を挙げて」と題して「思いで語ってお年より元気に」なる記事が掲載されており、本日の同窓会総会に参加された恩師より、記事を引用された挨拶がありました。
  
回想法(かいそうほう、reminiscence/life review)とはアメリカの精神科医R.Butlerによって創始された心理療法である。主に高齢者を対象とし、人生の歴史や思い出を、受容的共感的な態度で聞くことを基本的姿勢とする。個人に対して1対1で行う個人回想法とグループで行われるグループ回想法に分けることができる。
回想法は心理療法の一つとしての利用のみならず、アクティビティ、世代間交流や地域活動として利用されることが多い。
 
 さて、この回想法については、真剣に勉強してみえる福祉関係者や、日本回想療法学会まで存在し、心療回想士なる資格認定や通信講座もあるようですが、要するに昔話をする事で、高齢者の記憶を回復させる効果があるという事です。
 
 昨年にホームヘルパーの現地研修を福祉施設で行なっている時でしたが、私は昔の地域の様子や歴史に詳しい事から、一緒に研修している人が、雑巾がけやシーツ交換をしている時に、「大鹿さんはこの人の相手をしていて下さい」と言われた事がありました。
 
 相手の人は完全なる認知症の人でしたが、その人が「大鹿さんと言うと、〇〇の大鹿さんですか?」と問われ、まったく遠方の方でしたが、「それは校長先生だった大鹿さんですね?」と、会話が繋がって、その人との会話がまともに通じた事から、私は一日会話をしているだけの研修となりました。
 
 認知症の高齢者でも、昔の記憶はそのまま残っている場合が多く、私がその人の記憶に答えられる土地勘と人脈があった事から、施設の人々でも立ち入れない会話となり、本来は肉体労働がメニューだった研修が「おしゃべり」の一日となった次第でした。
 
 そうやって考えていくと、私の鶴田浩二さんについての知識や、横井庄一さんの戦争やサバイバル体験を語ることも、認知症の人や高齢者の人々の記憶を呼び覚ます可能性があり、人の寄り付かない同窓会総会についても昔話をするわけですから自然に『回想法』となっている事にもなります。
 
 さて、母校では現在武道場が建設中となっており、12月には完成する予定ですが、今年新任となった校長は母校の卒業生で、しかも同窓会長を務める私とは同級生である事から、完成後の竣工式についても、行政は予算どころか何も考えておりませんが、恩師達の期待は大きく、「〇〇校長のために」と今から竣工式を夢みる一日ともなりました。
                             8月22日の一言

間違えて逮捕されては堪らない

 愛知県の岡崎図書館で、県内の男性(39)が、自作プログラムで図書館ホームページから新着図書の情報を集めたところ、サイバー攻撃を仕掛けたとして逮捕されたものの、実際には図書館ソフトに不具合があった事が報じられている。
 
                     http://www.asahi.com/national/update/0820/NGY201008200021.html
 
 男性はソフトウエア技術者で、図書館のホームページは使い勝手が悪く、新着図書の情報を毎日集めるプログラムを作り、3月から使い始めたとある。 愛知県警は、処理能力を超える要求を故意に送りつけたと判断し、業務妨害容疑で男性を逮捕した。
 
 名古屋地検岡崎支部は6月、「業務妨害の強い意図は認められない」として起訴猶予処分としているが、朝日新聞が依頼した専門家の解析によると、図書館ソフトに不具合がある事が判明したようである。
 
 報道によれば、男性は取材に「なぜ不具合が放置され、捜査機関は見抜けなかったのか。今後も同じような逮捕が起き得ると思うと恐ろしい」と話したているようだが、 愛知県警は 「図書館の業務に支障が出たことは事実で、捜査に問題はない」とし、名古屋地検岡崎支部は「コメントできない」としている。
 
 一方で、舞台となった岡崎図書館はソフトの開発を三菱電機に依頼しており、メーカーは不具合がある事を確認し、新しいソフトを開発しているものの、その情報も伝えておらず、不具合のあるソフトを使い続けた結果だが、男性が逮捕された事に 「コメントできない」としている事に怒りを覚えずにはおられない。
 
 名古屋地検岡崎支部によって起訴猶予になったものの、図書館の不具合によって警察によって不当逮捕された男性の立場となれば堪ったものではなく、「捜査に問題はない」とする愛知県警と、「コメントできない」とする岡崎図書館については厳しい反省と責任が追及されるべきである。
 
 パソコンを悪用して人に被害を負わせる輩も多く、本日も私のブログに卑猥なコメントが発信されていたが、悪い輩が野放しにされている中で、悪意もない男性を逮捕して謝罪もしない警察と行政には厳罰が必要だ。
                                   8月21日の一言

芸術の地域格差を実感して

 本日も朝3時から会報配布に(正確には3時30分から)出ましたが、しばらくすると雨に降られて雨宿りとなり、しばらく待つものの雨脚は衰えず、このまま待ち続けてもラチがあかない事からハッとしました。
 
 どうせ既に濡れていた事から、雨宿りならマンションの軒先に走って、雨に濡れないマンションを配布しながら天候の回復を待てば合理的で、せっかく早起きした甲斐があると、何故に今まで気付かなかったのか。つくづく、自分の頭の回転の悪さを実感させられました。
 
イメージ 1  さて、本日は私にとっては全く無縁の世界となる、音楽の会場をハシゴする一日となり、夜には津島市の主催する「宝くじおしゃべり音楽館」が文化会館で開催されましたが、名古屋市の天白文化小劇場でも「オールスターズコンサート」が開催されており、知人の娘さんで東京芸大大学院を卒業したピアニストが出演していることから、午後はこのコンサートを知人に同行して聴きに走り、終了した午後5時過ぎに6時30分開演となる津島文化会館に戻る事となりました。
 
 
イメージ 2 音楽とは全く無縁どころか、何も判らない私が、知人の義理立てで走ったようなものですが、小さいながらも各区に小劇場を持つ名古屋市の企画(民間の主催・名古屋市は後援)は見事で、午後2時から始まった第一部(写真右)と、午後6時30分から始まる第二部からなり、本格的なクラッシックコンサートが無料で開催されて市民に開放されていることには感服です。
 
 一方で、大きな文化会館大ホールと東京ニューシティ管弦楽団まで用意し、テレビで活躍するピアニストや歌手と、タレントの清水ミチコまで出演する津島市の「おしゃべり音楽館」(写真左)ですが、せっかくの管弦楽団の芸術性を引きイメージ 3出せず、コミック的な音楽ショーとなっていた事に、名古屋市と津島市の芸術文化の大きな較差を感じられずにはおられませんでした。
 
 音楽音痴の私ですが、午後と夜とに異なる音楽会を聴けば、比較して良し悪し位は判りますが、2500円を支払いコミックバンドで笑って帰るか、無料ではあるものの、感動で涙がつたって終了時に人々が次々と善意のカンパをカゴに入れるコンサートとどちらを選ぶかに名古屋市と津島市の違いを実感しました。
 
 名古屋市の天白区は、津島市とは名古屋市の中でももっとも遠くに位置する距離にありますが、都市高速を利用すれば30分で移動できる事から、立派なパンフレットを準備して津島市や愛知県が主催で開催するよりは、名古屋市で開催される密度の濃い民間の企画に参加した方が効果的と思う半面で、「芸術性」だけでは人が集まらないとすれば地方都市の切なさも実感です。
 
 ただし、津島市も捨てたものではなく、私の知人のピアニストを気にいった個人店主が、毎年ピアノコンサートを主催しており、限られたスペースですが満席となっていることは、津島市の中にも芸術性を求める人々が存在します。
 
佐藤由美ビアノコンサート
 
 モノの良し悪しを個人的価値観で決め付けるのは良くないとは思いますが、開催する大きな会場が優先して決められ、行政のメンツで満席にするよりも、芸術と会場が一体となり、静まりかえるような緊張感を感じた名古屋のコンサートに学びたいと思う一日となりました。
                                    8月20日の一言

知人の愛犬の訃報が伝えられ

 本日は9月議会の議会運営委員会が開催され、25日の本会議開会から9月までの日程が決まりましたが、過去に8月から本会議が開会された例がなく、委員会でも何故早まったのかの質問が出たものの、満足できる答弁はありませんでした。
 
 私の個人的に都合を言えば、今月の盆までも公的日程が続き、盆をはさんで昨日の審議会から事実上は9月議会に突入する事から、四国遍路どころか、例年家族で続けてきた盆過ぎの夏休みの上高地行きさえ取れません。
 
 さて、市役所から帰り、日中の炎天下を会報配布に廻りましたが、夕方になって7月5日から弥富市の動物病院に同行していた稲沢市(旧平和町)の愛犬が死んだとの悲しい訃報が入ってきました。この前は私に吠えていたのに…
 
 9才9ヵ月との話に、我家の愛犬「モモ」も8才である事を考えると同時に、わずかでも縁のあった犬だけに淋しい夕方となりましたが、御礼の訪問を受けている間中、私の相棒「リマ」は私の腕の中で吠えまくっています。
 
 訪問されたご婦人が1月に「リマ」を見られた時は、私以外の他人に抱かれてもおとなしくしていた事を思い出すと、「抱っこさせて…」と言われても、噛み付きそうな雰囲気は私の事務所では暴君と化しています。
 
 3ヵ月の約束で預かり、別れが近づくにつれて悲しみの日々を送っていた今春がウソのような変身ぶりに、誰にも可愛がられて抱っこされる「可愛い」存在への変身も課題かもしれません。
 
 縁のあった知人の愛犬の死によって、改めて相棒「リマ」との半年を振り返る一日となり、当初は会う人への犬臭さを気にしていたものの、最近ではそれも感じない犬が主役となった生活がこのまま続く事を祈らずにはおられません。
 
私と相棒の9ヵ月の記録  
 
 本日は身勝手に、私と相棒の半年間を振り返る一文にしてしまいましたが、高齢になって犬を病院に連れて行けない人のために、私が同行している話を聞いた弥富市の獣医師の知人が、ボランティアでそんな人々を助けたいと名乗りを上げられており、改めて私も協力しなければと思う一日となりました。
                                   8月19日の一言
生き物が亡くなる悲しみは人も動物も一緒です。合掌

わが身の痛みで知る先人の痛み

 本日は午前3時に起床して、バイクで私の会報「津島の風」を3時間ほど配布しましたが、かつては新聞販売店主として人が休めば3人分でも配達した体力に陰りを感ずるとともに、自己の資産とは言え玄関のバリアフリーが一向に進捗していない現実を実感させられました。
 
 私の町内には地域の交通安全協会の役員を長年務めるだけでなく、私の小学校時代に自分の息子さんが交通事故に遭遇して長期入院した事から、30年ほど毎日交差点に立って、小学生の安全を見守った人がありました。
 
 当初は、「自分の子供が事故ばっかり遭うから…」と影口を叩かれ、後年は80才を越えた事から「自分の方が危ない」と言われ、人々はあまり評価しているとは思えませんでした。
 
 しかし、雨の日も連日朝夕決まった時間に交差点に立つわけですから、私の知る限りでは当地域において比較できる人がいないどころか、自分の意思で自主的に立った人はこの人以外に一人もありません。
 
 もちろん、本人は名誉的な期待は皆無の人でしたが、何度となく警察から表彰を受け90(才)近くまで交差点に立たれました。皮肉なもので、こんなに頑張った人の奥様が、我家の面前の交差点で交通事故によって亡くなられました。
 
 さて、この人は定年後に新聞配達を始められ、私も開業後には配達をお願いしていたのですが、配達をやめることになったのが、自転車に乗ったままでポストに新聞を入れようとして転倒した事故が原因でした。
 
 当時は「自分の年齢も考えない横着な配達」と思っていましたが、最近では横着ではなく塀とポストの位置が悪く、誰にも危険な(日中の郵便配達でも)造りになっていると思えるようになりました。
 
 一方で、私が開業した当時には家のポストが無い家も多くありましたが、最近ではポストは完備され、照明や庭の舗装など合理的にはなっているものの、防犯上の対策としてワザと人が倒れるように物が置かれたり、庭の趣向から朝の新聞配達にはかなり危険な家が増えたようにも感じます。
 
 実は、本日もかつては通いなれた家の通路で足を取られ、日中には気がつかなかったものの、夜には左足首に違和感を感じるようになり、毎日配達している人々は感じないでしょうが、代配(人の代わりの配達)の経験からは危険箇所も増えているように感じました。
 
 道路や歩道の安全が確保されていく一方で、犯罪を防ぐ目的なんでしょうが、家庭内の来訪者への安全確保が考えられない矛盾と、前記した年齢のせいにしていた危険箇所も、決して年齢だけではなかった思うと同時に、私の運動能力の低下も実感する一日となりました。
 
 文中で紹介した交差点に三十数年立たれた人は10年ほど前に90数歳で他界されておりますが、こんな善意の持ち主は私の近辺では見当たらない事から、あえて『大鹿銀之丞』と記す(私の親戚ではありません)とともに、これからの目標にもしたいと思います。
                                    8月18日の一言

昨日の出来事が昨日でないような…

 昨晩の京都五山送り火について、カメラのフイルムを現像してから添付し直そうと考えていましたが、「餅屋は餅屋に」のことわざどおり、私がファン登録している大文字山を食べるのブログには到底至りませんので、そちらを参考にされると幸いです。
 
 
 本日の朝刊には大きな大文字の写真が掲載されていましたが、多くの人々が送り火は大文字だけと思っており、「妙・法」や「船形」、「左大文字」、「鳥居形」の五山で送り火が行なわれている事を知らない人も多く、このブログでは送り火の準備や翌日の様子も紹介されているので必見です。
 
 さて、昨晩は自宅に着いたのが午前1時でしたが、わざわざ一宮市から参加されたSさんとは久しぶりだったことから雑談が長引き、携帯電話から転送したブログの写真に説明文を追加し、市役所から届いたファックスやメールに返信した時には3時を廻っていました。
 
 平生は3時から会報配布ですが、さすがにそんな元気もなく、目覚ましを午前10時半にセットして横になりましたが、8時過ぎには電話と携帯電話が鳴り響き、市役所は電話で済ませたものの、「今から病院に」の依頼は時間的に人任せにできず、9時には出動となり、市民の電話で市役所で落ち合い、病院の終了は午後1時となりました。
 
 帰宅後には約束してあった市役所職員と打ち合わせ、やっと一息入れた所で、またまた市民の方からの相談で、仕事が終わったら立ち寄る約束をしましたが、午後5時を廻った頃には寝不足から身体に苦痛が走りました。
 
 幸いなことに本日は火曜日に開催している書道教室が盆休みであった事から、久しく通っていない接骨院に走り身体のリフレッシュになりました。
 明日午後の審議会から、明後日の議会運営委員会が開催されるとそのまま9月議会に突入し、何とか夏休みをと思っている私にとっては無情の8月となりそうな雰囲気です。
                                     8月17日の一言

大文字送り火に走り

イメージ 1
宝泉院の五葉松

イメージ 2
額縁の間・借景の庭

イメージ 3
上の小さな光が大文字。携帯電話のカメラではこれが限界です。

本日は京都大文字五山送り火の鑑賞に出掛けました。
 
 簡単な書き出しですが、午前中に名古屋市内まで申請書類の提出に走っており、もうすぐに昼となる時間になって運転中の車中から、「今日は何をやってみえますか?」と問い合わせ、1時に出発の話ですから無茶苦茶な話です。
 
 もっとも、私自身は昨晩から一人でも出掛ける覚悟を決めており、同行者の存在は心強い眠気防止となる事から、同行してくださった5人の方々に感謝する一日となりました。

 私の京都と言えば大原宝泉院です。この日は住職が夕方に不在となることを承知で、夕方最後の客となりましたが、かつては観光バスかマイクロバスのために、遠くの駐車場から歩きましたが、今回はジャンボタクシーですから門前近くまで入り、汗をかくことのない拝観です。
 
 そして、私の定番は大徳寺門前の細見酒店へ『雪紫』を購入に走ります。夏には珍しい「にごり酒」が置いてあり、店主お薦めの「蔵出し原酒」と2本(2升)購入しましたが、紙袋には最高級の「しずく酒大吟醸」が入れてあり、買いに行ったのか貰いに行ったのか判りません。
 
雪紫・細見酒店のHP http://www6.ocn.ne.jp/~kitaru/syouhin/index.html
 
 さて、送り火鑑賞について、私の一番のお薦めは船岡山ですが、全員が過去に同行した人ばかりだった事から、私の運転で嵯峨野の鳥居形以外の送り火を全部見て廻るコースとなりました。
 
 車中からの鑑賞はかつてマイクロバスでも経験していますが、道路事情によっては最悪のケースも覚悟するリスクはありますが、間近で涼しく送り火を見られる事では、運転手の私以外は最高の鑑賞となります。
 
 最近は便利なカーナビがついていますが、これだけはカーナビではなく経験が必要で、送り火の点火される午後8時に渋滞する加茂大橋直前に位置するのが最高で、本日はまさにピッタリの時間で大文字を見る事ができました。
 
 何時間も場所取りをして加茂大橋の上から背伸びして見る人々を横目に、冷房のきいた車中から正面に「大文字」を眺め、百万遍を北上して高野橋から「法」、「妙」を真横に眺め、「船形」を見ながら大徳寺まで戻り、船岡山の入り口の道路で「左大文字」が消えかかるまで鑑賞です。
 
 私は平成3年に嵯峨野で送り火を鑑賞して以来、昨年を除き毎年この日に京都を訪れており、かつては地元のジャンボタクシーを借り切って、車中からの鑑賞を企画した事もありましたが、今回のように見事には鑑賞できず、数年前にマイクロバスで実施した事もありましたが、本日の運転は地元のプロドライバーにも負けない時間配分で見事な鑑賞となりました。
 
 残念な事は、携帯電話のカメラでは夜の送り火が写せず、大きく見えた送り火が紹介できないことですが、私の身勝手で突然京都行きとなった5人の知人から、「こんな近くから見られるとは」の一言は救いとなりました。
                                    8月16日の一言

優勝目前が大怪我と最下位へ

 本日は決まっていた日程ですが、どれも私の話し好きが災いして、総てが時間ギリギリの到着となり、最後に馴染みの珈琲屋で一人ホッとしていると、「お父さん、市民病院に行きたいんだけど…」の三男の電話で最後に一波乱となりました。
 
 三男は家族とともに富士スピードウェーで開催された自転車レースに出場していましたが、監督の「優勝させる」の一言で、ゴール間近まで監督の風よけでトップをうかがっていたものの、監督との間に割り込んだ選手によって転倒したようです。息子の転倒を見て、監督は逃げて4位との話ですが、息子は最後尾から「乗るか?」の救急車を断り、完走は果たしました。
 
 「骨にヒビが入っている可能性があるから、地元の病院で検査を受けて」との医療スタッフの指導で、車中から電話をかけてきましたが、息子も家族も「お父さんに連絡すれば(私が議員だから)市民病院が診てくれる」と錯覚している様子です。
 
 偶然ではありますが、家族が市民病院に電話をした時に「他の病院へ」と言われる事が多く、私が連絡したり、「時間外診療に走れ」と伝えると診察が実現している事から、私が議員だから特別と思っているようですが、病院には議員と名乗って連絡した事は一度もなく、時間外診療や救急の現場にいる医療スタッフには議員なんて認識されていません。
 
 もちろん、病院の電話対応や受け入れ体制が悪ければ、議員として指摘をする気持ちはありますが、今までそういった展開は一度もなく、昨年には大阪の救急外来行きを断って津島市民病院まで戻ってきた事もありました。
 
 家族が勘違いする「お父さん(議員)が電話しないと診てもらえない」との誤解は、他の市民の方からも言われた事がありますが、電話の問い合わせ方とか依頼の仕方に問題があると考えられ、「とにかく診てください」の気持ちがあれば、的外れな病気以外は対応してくれると思います。
 
 先日市民病院に受け入れられず、遠くの病院に救急搬送された知人は、当直に対応できる医師が存在しない事が理由でしたが、専門医の有無によっては必ずしも市民病院に搬送する事が最善と思えない事もありますが…
 
 もっとも、今まではありませんでしたが、電話で理不尽に断られる場合に遭遇すると複雑です。議員だからと強引に押し切れば、「大鹿議員が無理やり…」と言われかねませんし、そのままにすれば「大鹿議員では…」と力不足と見られかねません。
 
 さて、息子の状態は裂傷はひどいものの骨には異常がなく一安心ですが、足の筋肉が断裂しているとの話で、「明日からも乗る」とは言っておりますが、足の腫れ方を見る限り秋までは無理と思われます。
 
 さあ盆も終わり、明日からは8月も後半戦に突入します。18日には審議会、19日から議会日程が始まりますが、一日も休みのない日程が続いている事から、議会中でも休会日については、横着を承知で上高地と四国に走ってしまいます。
 
 「お父さん、明日は残念だねー」、「何んでー?」、「だって、明日は仕事があるでしょう?」、「あるけど、何でー?」、「京都行けないでしょう」、「何を言っているんだ、行くよ!」、「行けないでしョ」、「馬鹿言え!大文字は夜だぞ!」
 
 明日は午前中から仕事となっており、一度は完全に諦めていましたが、あまりにも人が「行けない」と思っているため、京都までは1時間半もあれば到着してしまう事から、大文字送り火の点火時間8時までには京都まで走る事としました。
                                    8月15日の一言

強力な助っ人登場に

 「今、何所にいます?」
 「家にいるけど…」
 「何かやっているの?」
 「何も…、どうしたの?」
 「例の件、どうなったのかと思って…」
 「やりかけているけど…」
 「今から、行こうか?」
 
 来週18日が締め切りとなっている東海ろうきんの主催するNPO法人への助成金申請が迫っているものの、書類への書き込みが一向に進んでおらず、適当な下書きは始めたものの、今後の展開については『どんぶり勘定』のため手付かずになっており、まさに渡りに舟の電話でした。
 
 法人の設立から行政への報告や申請については、勤めた経験がなく一番ズサンな私が場当たり的に担ってきましたが、過去の記録すら満足に残しておらず、問い合わせがあるとツジツマが合わずに適当に粉飾した報告も存在します。
 
 そんな現状と、電子化された社会の中で、使用するパソコンが更新されて、4台のパソコンに資料が分割してしまった事から、自前のパソコンですが1台をNPO法人専用にしようと先週の理事会で報告したばかりでした。
 
 さすがに情報管理を本業としてキャリアを積んでいるボランティアだけに、私の説明とは異なった書き込みを指摘し、パソコン上でどんどん仕事は捗っていきましたが、午前10時にスタートして午後5時の帰宅ですから一日仕事となりました。
 
 孤立無援で私が進めていたら…
 
 締め切りに間に合わせて手書きで書き入れたとしても、申請を受け取った相手側には書面では理解されないばかりか、書類審査で落とされていく可能性は高く、過去にも助成金の話がありながら私の能力不足で申請を見送った事がありました。
 
 一方でNPO法人の役員会を開いても、私の口頭による現状報告に始まり、議論した内容が記録されておらず、結論だけで事業を進めてきた経緯から、役員も私の説明の聞き役となり、意見を言っても何を審議したという意識も希薄だったようです。
 
 結果論として、私一人が雑用に走って、資産ゼロのNPOだけに、必要とする経費は総て立て替えとなり、どうせ戻ってこないと思うと収支もズサンになり、私の建て替えた経費すら理解もされずに追い詰められていきます。
 
 そんなNPO法人のスタートから成長する段階を迎へ、次年度を見据えた事業の予算化や事業計画から、年度末の決算や事業報告書まで、メンバー全員が意識を共有する必要性が出てきました。
 
 ボランティアへの参加は簡単ですが、自己資金がザルのように漏れていくと苦痛となり、まずその事を会計担当者が理解してくれるものの、有償で当り前と思っているボランティアを見ると無報酬を宣言していますが、立替分の不満が腹に溜まります。
 
 会計、情報管理、記録と、NPO法人の役割分担が進化して、絶対に無理と思っていた可能性も実現できそうな雰囲気に、設立時には全員が理事でスタートした体制も、役員と社員の区別化も必死となってきた事を実感する一日となりました。
                                  8月14日の一言

盆なのに、先祖の世話は私一人で

 本日も昨日と同じスケジュールで、午前3時起床で会報配布の後、仮眠もままならず市役所の保険年金課へ知人の医療費の相談で、『限度額適用認定証』を発行してもらいました。これで入院費についてはひとまず安心です。
 
 ただし、入院して手術を受けたのが、右足のひざの複雑骨折のため、後遺症が残ると説明されている事から、退院しても車の運転はしばらくお預けで、車に乗れないと求職活動にも影響する事と、年齢を考えると厳しい現実は免れません。
 
 さて、本日はお盆のために、早朝より隣のお寺(浄土宗・尼寺)の訪問によりお経が響き、我家は旦那寺(浄土宗)の僧侶の昼食場所となっている事から、時計を見ながら各所をハシゴとなりました。
 
 お盆の昼食場所となっているのは、私の叔父が僧侶のため、戦後まもない頃から、叔父と現住職が檀家廻りの途中で、昼食をとってから一休みとして、午後の檀家廻りに出て行く中継地となっていた伝統行事です。
 
 もっとも、現代は車で檀家廻りをするために、住職は寺に帰った方が楽となりましたが、「今年が最後か…」と80を超えた叔父を私が送迎して続く我が家の伝統であり、歴史でもあります。確かに、砂利道を自転車で廻った戦後は、お寺まで30分はかかる事から、昼食のために戻って、また檀家廻りに戻っている時間と、夏の暑さを考えると当時は重要な場所でもあったようです。
 
 昼休みの雑談の中で、来年3月に浄土宗の宗祖「法然上人」の800年大遠忌法要が京都の総本山知恩院で開催され、旦那寺からバス2台募集している事から、「良かったら」と勧められるも決断ができません。
 
 実際には、隣に尼寺がある事から、町内の10軒の檀家には既に話がされているものの、「誰も行きたくない」と不人気で、「あんたはお寺の縁で行くべきじゃない」と言われても、高齢者のお付き合いでは行きたくもありません。
 
 「こんな機会は50年先まで無いことだから」
 「しかし、3月の年度末では…」
 「本当はあんたらが行ってくれると…」
 「○○でも行くのなら」(旦那寺の前の同級生で市役所職員)
 「彼は勤めがあるだろう」
 「私も一緒ですよ」
 「君らはいくらでも自由になるだろう?」
 「○○らは年休が取れるが、議員に休みはありません」
 
 かつて浄土宗の住職で、何度も議長を努められた大物議員の存在から、議員はいくらでも自由な時間があると錯覚されていますが、盆休みすら取れない私の状況と、盆でも業務を行っている行政ですが、職員は年休を取ればいつでも休める環境が理解されていません。
 
 もっとも、夜行日帰りで四国のお寺まで走る私にとっては、企画そのものが軽薄で、遠忌法要は別としても、1泊2日で2万5千円もかけて、立ち寄るのが知恩院の他に宇治の平等院と嵐山散策だけでは小学生の遠足か、敬老会の感覚でしかありません。これでは旅行好きの高齢者も足腰を考えると二の足を踏みます。
 
 一方で、私が何度も四国遍路や社寺巡礼に出掛けている事から、先祖から祭られている浄土宗への無関心さを比較する噂話も聞こえますが、先祖供養と本山だけでは人は魅了されません。
 
 善通寺の管長(法主)になられた樫原禅澄(かしはらぜんちょう)さんは、善通寺の朝の勤行で毎日法話をされるばかりか、月に2回は市中で禅澄法話を実践されており、京都の有名なお寺でも日頃の努力が人を寄せ付けています。 
 
 
 お寺の建て直しは檀家の寄付でまかない、その元締めとして威風堂々と建つ知恩院ですが、大晦日の鐘撞きにしてももてなす気持ちは皆無で、同じ浄土宗でも百万遍知恩寺の方が信者を大切にしている事から知恩寺(旦那寺の本山)なら考えますが…
 
 若者のお寺離れが深刻で、町内に残る『講組』も存亡の危機となっていますが、先祖供養だけでは限界があり、講組の中にも子息が家を出て、高齢者だけが残された家が存在する現実の中では、「全員で」などと強制できるものでもありません。
 
 これだけの不満を書き散らしたので、叔父の関係や過去に一族から住職が出ている事から、一応素直に参加しても良いとは考えていますが、本日からは父親を筆頭にご先祖様も戻ってきている筈ですが…
 明日からは私一人だけ残して家族は夏休みの遠出となります。
                                    8月13日の一言

1日が2日分か、今までがヒマだったのか…

 本日はお盆を前にして昨日よりも忙しい一日となりました。「こりゃー、どうなるんじゃー」と、昨日は過去にない忙しさを記しましたが、本日はそれ以上に余裕がなく、帰宅する夜9時まで走り回り、最後は運転する気力もなくなりました。
 
 自宅→市役所→印刷所→叔父宅→自宅・事務所→名古屋市・娘宅→横井庄一記念館→名古屋駅→弥富市・海南病院→自宅
 
 一日の移動を表すと添付したような行動となりますが、顧みると普段でももっと行動的な日程もあり、特別にも思えませんが、思い出すと朝3時から天候に翻弄されながら会報を配達していました。
 
 朝3時に会報配布のため着替えて会報を袋に詰め、バイクを出して出発しようとすると大粒の雨が振り出し、慌てて家に戻り着替えて横になり、暫くして外を窺うと雨の形跡もなく、改めて着替えて会報を配布し始めると再度の小雨です。
 
 真夏ですから小雨も身体には有難いものの、紙でできた会報には限界もあり、平常の半分程度の配布で帰宅してシャワーを浴びると、外は雨が降った事も判らないように雨が上がっていました。
 
 さて、本来は市役所の終了時間頃からは地元の雑用を済ませるか、知人と珈琲屋に立ち寄ってから帰宅となりますが、本日は午後5時から名古屋市の横井庄一記念館を研修として訪れる人々があり、:高齢の一人暮らしのため用心棒役です。
 
 「ただ、居てくれるだけで良いから…」の約束でしたが、普段なら館長(横井夫人)任せの居候役ですが、本日は成り行きで説明役となり、相手は会社経営者と採用予定の大学生と学校関係者の様子に真面目に説明の後、館長への質問など全員が畳に正座した超真面目な訪問でした。
 
 「どうやって帰られるのですか?」
 「タクシーで名古屋駅まで」
 「タクシーは待たせてあるのですか?」
 「呼んでもらえますか?」
 「私が送りますよ」
 「いや、申し訳ないのでタクシーで」
 「タクシーなんです」
 「えっ??」
 「大鹿さんの車はタクシーなんです」(館長)
 「えっ? エッ??」
 「ただし、お金はいただきませんよ」
 
 こんな余分なお節介で、名古屋駅まで走る事となりましたが、学生の一人が富山大学の学生であり、メガネ会社の経営者と聞いていたので、私は北陸(福井)から来ておられると勘違いしていましたが、メガネ会社は名古屋を中心にテレビCMで聞きなれた有名な会社で、採用された学生達とオープンカレッジの主催者のようでした。
 
 もっとも、本日は用心棒役で、駅まで送るのは私の余分なお節介でしたが、意外だったのは社長が私の横の助手席に座られた事で、助手席には案内役の主催者が座るのが常識ですが、自ら座られた社長(四十代)に対して当初は名古屋の経営者とも知らずに名古屋の話を熱弁しておりました。
 
 「有難うございました」と一同(5人)が車を降りる際、「あっ、ちょっと待って」と助手席の経営者が名刺を出され、私も名刺を差し出すと、「えっ、市議会議員なんですか…」となり、経営者の名刺を確認すると、「えっ、あのテレビコマーシャルの?」と、何も知らずに話していた事にお互いびっくりの別れとなりました。
 
 さて、この後が大変で、昨晩電話をいただいた入院中の知人がいる弥富市まで走るのですが、変なところで私のケチ臭さが出て、高速道路を使えば30分程度で到着するものの、一般道を選択したことから到着は9時近くなっていました。
 
 知人は膝の複雑骨折で手術中でしたが、右足だけに回復後も運転はままならず、知人は6月から無職状態で病院の支払いを迫られる事から、奥さんのパート収入など家庭状況を聞き、明日一番に医療費の『限度額適用認定』手続きの代行に走る事となりました。
 
 『限度額適用認定』は、認定されれば高額療養費の自己負担限度額(一般8万100円)以上を病院に支払わずに済みますが、本人が入院して奥さんは車に乗れない事からの代理役です。
 
 私の手元には知人の健康保険証や運転免許証と印鑑を渡されており、サラ金などに悪用されれば大変な事になりますから、私を信じて総てを託された知人と家族に応えるためにも明日は責任重大な一日となります。
                                     8月12日の一言

こりゃー、どうなるんじゃッ…(お腹が踊っています)

 昨日より会報『津島の風』の配布を始めた事から、本日も早朝より配布に備えて午前3時に目覚ましを用意しましたが、夜空を見上げると肌にヒタヒタと水蒸気のような感覚があり、道路や建物が濡れており、こんな環境では配布した会報が濡れてしまうのでそのまま床に入りました。
 
 本日は我家の前は水道と下水道を県道から引き込むため、小型ユンボやトラックが駐車場に入り、ガードマンが交通整理までしていましたが、駐車場に置かれた乗用車が邪魔で工事が始められません。
 
 「車を移動させて下さい」
 「我家の車じゃないんだけど…」
 「じゃー、勝手に停めていったのかな?」
 「さあー、判らないけど…
 「それじゃー、110番してレッカー移動だッ」
 
 そんな乱暴な展開で事務所に走ると、福祉有償運送で出動して行ったボランティアの車と判り、工事が始められない事から大急ぎで戻ってもらう事となりましたが、ボランティアを待つ利用者の存在もある事から、私が代役で走って行く代わりに事務所に戻ってもらう事となりました。
 
 そんな騒々しい朝となりましたが、NPO法人の助成金に応募するための様式を取り出して見ると、私一人の思いつきでは書き入れられない難しい代物で、お金に関わることだけに当り前の事ですが、メンバーとメール連絡で資料を送付し合って作成する事となりました。
 
 ただし、助成金目当てで粉飾して応募しても、私が大変な責任を背負う事となるために、「ありのままに申告して、ダメならダメで考えたら…」との助言で、今週いっぱいかかって仕上げていく約束となりました。
 
 週末は三男が富士スピードウェーで自転車レースがある事から、家内だけでなく家族も一緒に出掛ける予定となっていますが、私は仏壇とお寺の関係から留守番する代わりに、月曜日は京都に走る予定を立てているものの暗雲が垂れ込める雰囲気となってきました。
 
 「お父さん、カーナビ借りて行くよッ」の一言は、今晩から友人と出掛ける次男の声で、どうやら四国の松山を目標としている様子に、「四国に行くなら事前に言ってくれれば…」と思ったものの、話す余裕もなく出発して行きました。
 
 本日は市役所終了直前に待ち合わせた知人と珈琲屋さんで話し込んでいると、「もう閉店時間(午後7時)なんですが…」の一言で時間切れとなりましたが、けたたましく鳴る携帯電話から、事故で骨折し明日手術を受ける知人からの相談です。
 
 しかも、地元の市民病院へ搬送されなかった事から、明日は遠くまで走る必要ができ、「お盆休み」とは無縁が現実となるばかりか、19日からは議会が始まっていく事から、夏休みも取れない夏となりそうです。
 
 「こうなりゃ、ヤケクソで上高地と四国行きだッ」と呟き、議会の休会日となる土曜、日曜日に走る算段ですが、「一般質問は大丈夫?」と市役所幹部に心配される半面で、日曜日開館の横井庄一記念館が背後に大きく圧し掛かってきます。
 
 さて、師走の年末でもないのに、一昨年までは夏休みとしていた盆休みも取れぬ現実と、事務所に積み上げられた七千世帯分の会報を見上げると、休みなしの夏は現実ですが、台風の接近も仕事を遅らせ、過去にないスケジュールを迎えそうです。
  
 
 気になる天気とともに、毎日地域で起こっている犯罪にも怒りがこみ上げ、女性をターゲットとした不審者や、泥棒を本業としている犯罪者に、このストレスを爆発させたい心境の夜となりました。今晩も3時起きです。
                                     8月11日の一言 
愛知県警 パトネット愛知  http://www.pref.aichi.jp/police/m-magazine/rireki.html
【8月11日(水)】
 犬山警察署 地域安全情報
 中川警察署 地域安全情報
【8月10日(火)】
 中川警察署 地域安全情報
 中川警察署 地域安全情報
 中川警察署 地域安全情報
 津島警察署 地域安全情報
 中川警察署 地域安全情報
 豊川警察署 地域安全情報
 中村警察署 地域安全情報
 新城警察署 地域安全情報
 設楽警察署 地域安全情報
 津島警察署 地域安全情報
 天白警察署 地域安全情報
【8月9日(月)】
 南警察署 地域安全情報
 津島警察署 地域安全情報
 津島警察署 地域安全情報
 豊田警察署 地域安全情報
 岡崎警察署 地域安全情報
 西枇杷島警察署 地域安全情報
 刈谷警察署 地域安全情報
 刈谷警察署 地域安全情報
 津島警察署 地域安全情報
【8月8日(日)】
 津島警察署 地域安全情報
 江南警察署 地域安全情報
 一宮警察署 地域安全情報
 天白警察署 地域安全情報
 津島警察署 地域安全情報
【8月7日(土)】
 中警察署 地域安全情報
 津島警察署 地域安全情報
 中川警察署 地域安全情報
 中川警察署 地域安全情報
 瑞穂警察署 地域安全情報
 津島警察署 地域安全情報
 津島警察署 地域安全情報
 名東警察署 地域安全情報
【8月6日(金)】
 刈谷警察署 地域安全情報
 豊田警察署 地域安全情報
 豊田警察署 地域安全情報
 名東警察署 地域安全情報
 千種警察署 地域安全情報
 名東警察署 地域安全情報
 小牧警察署 地域安全情報
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非営利団体にとって税務署は鬼ではなかった

 本日は昨晩のNPO法人(特定非営利活動法人)理事会の約束どおりに、理事のWさんの同行で津島税務署に出向いて、法人担当の職員さんと申告の手続きについて相談したところ、税金の対象になるのは福祉有償運送でいただいた対価のみで、法人としては全てをボランティアに手渡している事から、改めて出直すものの金額的には税金を支払う必要はないようです。
 
 さて、私は議員になる前には23年間個人事業主として、税務署との厳しい節税(脱税との狭間は難しい)をめぐる対立が続きましたが、引退する5年位前からは、節税に各種団体や税理士を介せず、直接税務署に出向くようになった事から、申告漏れの指摘や税務署の立ち入り検査を恐れる必要もない安心感を得ました。
 
 特に、税金の相談に乗るべき立場でない政治系団体を介した事で、何度も高額な課税を主張され、税理士に依頼しながら、「これ位は払っておいた方が安心」なんて、理不尽な納税をした経験もありました。
 
 最後となった立ち入り調査の担当者との意気投合から、「支払うものは支払い、節税すべきは支払わない」と税務署との信頼関係から、節税可能な相談に走って、それまでの税額が低くなりました。
 
 節税を指南する政治系団体は論外ですが、税理士についても新聞業界の消費税課税すら間違えており、私は最後に訪れた税務署職員に相談して、過去に支払う必要のない税金を余分に支払っていた事実を知りました。
 
 今年は土地が売れたことから桁の違う所得税を支払いましたが、私個人としては福祉タクシーを開業するために、ヘルパーや大型二種免許などと多額な車両を購入している事から、今年中に修正申告をして還付を求める必要も残っています。
 
 議員になってから、議員報酬については市役所が自動的に税金処理をしてくれており、私は年末調整で保険料などわずかな還付を受けていましたが、今までにも還付できる税金があったようで、今年からは個人事業主になった事から、税務署に出向く機会も増えそうです。
 
 資金の無いNPO法人に何度も届く税務署の手紙から、「無いものは払えない」と怒り心頭で対応してきましたが、非営利の赤字団体からは取り立てる税金も無い事から、これからは担当者を決めて即応することとなりました。
                                   8月10日の一言

久々となるNPO法人理事会にて

 今晩は久しぶりとなるNPO法人『ひとまち生活ネット津島』の理事会が開かれ、現状報告と同時に停滞している仕事と、今後の展開について提案となりましたが、今までの展開が私の「どんぶり勘定」だけに改善は必至です。
 
 まず1件目は、出向く事になっている税務署ですが、赤字になっているだけでなく、私は個人的に大金を建て替えたまま戻っていない事から、何のために出向くのか判らない横着な気持ちと忙しさからの先送りとなっていましたが、同行する理事の存在から明日に出向く事となりました。
 
 2件目は、会員名簿や収支報告書など帳票が必要に迫られて作ってきた事から機能的とはいえず、いざと言う時に確認しなおす必要がある事から、統一した書式と同時に、パソコンに残してある資料の整理を I 理事に依頼しました。
 
 次に、法人にとって一番確実な収入源となっている会費が未納のままになっている人がある事から、今月中には全員の会費を徴収し、会計が安定して支払いに対応できるようにする事としました。当り前の事ですが、これが実行されていない事から確認です。
 
 前記したように赤字状態では新たな展開はより赤字を増幅しますが、愛知県から10万円しか支出されない地域セミナーの開催については、赤字分を挽回する方策も無いままに、「利益につながる」宣伝の場とする事で何とか理解してもらいました。
 
 最後に一番大きな提案は、団体の助成金に応募して車イスや患者用のストレッチャーも積み込む事が可能な福祉車輌を導入し、福祉有償運送の対応を拡大する事業ですが、今でも利益が出ていない事から議論白熱です。
 
 「今が軌道に乗っていないのに…」、「このままでは中途半端」、「導入後の目算はあるのか」、「維持費は大丈夫か」等々、言われる事すべてに言い訳はできても、確実な回答はできず、「何とかしたい」との無責任な返事しかできません。
 
 時間オーバーとなったものの、最後は「会員を増やす事しかない」の一言が結論となり、元々が赤字覚悟のボランティアの出発だけに、現在30人の会員を50人に増やす事を目標に、新規事業にも挑戦することで閉会となりました。
 
 普段の私なら、終了後に「何処かへ」と食事でも誘いますが、明日からの早朝は会報配布がある事から、おとなしく帰宅となりましたが、台風の接近により数時間後の天候すら予測できない現実と、先の長いNPO活動をダブらせる夜となりました。
                                   8月9日の一言

伊勢湾フェリー存続へ

 本日の新聞やテレビニュースでは、森喜朗元首相の長男で石川県議会議員森祐喜容疑者(45)が、酒気帯びの道路交通法違反の疑いで逮捕されたと報道され、森元首相の謝罪のコメントも報じられている。
 
 森容疑者は今年3月に県会議員に再選されて2期目との事だが、今年7月に行政視察で石川県能美や小松市を訪れた際には、街中には森元首相のポスターが溢れており、地元の篤い期待も実感させられたが、飲酒運転に対してこれだけ厳しい批判がある中での事件だけに、自覚もない愚息の事件は森氏の後継にも影を落とす事となりそうだ。
 
森・元首相長男の石川県議、酒気帯び運転容疑で逮捕
        http://www.asahi.com/national/update/0807/OSK201008070103.html
長男の酒気帯び運転容疑、森元首相「慚愧に堪えない」
        http://www.asahi.com/national/update/0807/TKY201008070209.html
 
 さて、三重県鳥羽市の志摩半島と愛知県田原市の渥美半島を結んでいる、伊勢湾フェリーが廃止されると発表されていましたが、三重県と愛知県に鳥羽市と田原市が株式の一部を引き受けて存続される方向性が示されました。
 
伊勢湾フェリー http://www.isewanferry.co.jp/
 
 ただし、現在の株式は名鉄と近鉄が50%ずつ出資しているが、両社はすべてを売却して経営から撤退すると発表しており、行政の出資比率は高くならないと報じられていることから、昨年度までに21億円を超える累積赤字がある事を考えると、目先の存続策だけでは乗り切れない可能性も高いと思われる。
 
 この伊勢湾フェリーも、かつては鳥羽市(志摩半島)と伊良湖岬(渥美半島)を結ぶ航路だけでなく、愛知県の知多半島師崎(もろざき)港や、常滑市の中部国際空港へも航行しており、最後に残された航路でもあります。
 
 私も過去に伊良湖岬から師崎港(知多半島)まで、夕暮れまで伊良湖岬に滞在したくて観光バスで渡った経験(私の企画)がありますが、鳥羽市からは車輌とともに渡った経験はなく、愛知県民としては利用価値や魅力もあまり感じません。
 
 これこそ、海上航路の存続問題だけでなく、港と鉄道駅とのアクセスや連携を含めた交通問題全体を議論しないと、航路だけとおもっているとバスや鉄道の衰退にもつながります。
 
 一方で、名鉄海上観光船についても、かつて私の父親の先輩が社長を務めておられたことから、子供時代より人以上に利用させてもらいましたが、名鉄もグループの分社化により、グループの相乗効果が期待できず、航路の存亡も気になります。
 
 
 犬山ラインパークや明治村、南知多ビーチランドなど愛知県の各地に娯楽施設や文化的資産を保存するなど、愛知県の公共サービスを牽引してきた名鉄の業績が厳しい苦境に陥っています。
 
 一度狂った歯車を掛け直すことは難しいと思いますが、かつては県内各地に地元の有力株主が存在し、地域と共に発展してきた歴史から、不採算部門の切り捨てではなく、地元との協議機会を増やして公共交通の復権を目指して欲しいものである。
                                     8月8日の一言

中高年の寝不足は身体に堪えます

 本日は会報の印刷が終わったのが午前4時近くなり、それから眠りの床につきましたが、仕事に出て行く次男や、自転車の練習に走る三男の物音や家内との会話によって目が覚め、時計を見るとまだ6時ではありませんか。
 
 せっかくの休日ながら、早朝から畑に行く母親と、田んぼの草取りに走る家内に「一緒に行く?」と言われても身体が動きませんが、朝食だけは一緒に食べてから再度の仮眠になりました。
 
イメージ 1 「お父さん、お母さんは?」の娘の言葉に目を覚ますと、身体が重く(元々の重さではありません)声が出ませんが、こんな短時間の睡眠を繰り返すと余計に体調を崩すのでそのまま起きだし、車の中で眠る孫とツーショット後に会報つくりをはじめました。
 
 寝不足と事務所の冷房は身体に確実に影響し、首や喉まで不調となった事と、常用している薬も残りが少ない事から、土曜日はかかりつけ医が休みと承知で医者に走りました。
 
 本日は風邪薬もいただきましたが、日頃常用している薬が品切れとなっていた事から、改めて月曜日に届けていただけるとの話ですか、品切れの薬(二フェジピンL錠)は血圧を下げたり、心臓の負担を軽くする薬ですから、薬の残りがない人だったら大変な事になっていました。
 
 「大鹿さん、今年も検診受けますね?」
 「モッ、勿論です」
 「今年は混み合っているので予約だけでも」
 「じゃー、早速に」
 
 そんな顛末で今月の23日は胃がん検診と決まりました。ただし、私は注射嫌いのために、これから続く検診ではかかりつけ医の看護婦さんたちをかなり困らせる事となりそうです。(患者が注射嫌いで、私の「痛くないように…」の一言は看護婦さんをかなり緊張させるようです)
 
 こんな余裕も午後には身体の限界に至ったようで、眠りはとどまる事を知らず、夕食の声にやっと食卓についたところ、今度は市民の方からの電話で9時まで夕食はお預けとなり、孫と娘も帰っていってしまいました。
 
 一日を振り返って、「(あれも、これも)やらなきゃいけない」の意識は、身体の休養には至らず、仕事もはかどらない事から、開き直って休む時は休まないと何も成果とならない事を実感する一日となりました。
                                   8月7日の一言

こんな猛暑に会報を完成させて

イメージ 1
 
 今年2月以来となる会報『津島の風』36号(各戸へ7千部配布)が完成し、明日からでも配布に歩きたいところですが、印刷が全ては終わっておらず、これから明日にかけて印刷した後に、折り込んでからの配布となります。
 
 こうして記すと簡単に思えますが、A3版の用紙7千枚に裏表印刷し、刷り上った2枚(2種類)をそれぞれの真ん中で折り、2枚を1枚に折り込むと完成ですが、印刷だけでも7千枚を4回(2万8千枚分)刷るわけですから時間は刻々と経過していきます。
 
 一方で、この2枚を1枚に折り込んで、A4版8ページの会報にするためには、1万4千枚を真ん中で折り、それを2枚合わせる必要があり、夜なべ仕事で折り込んでいきますが、慣れた仕事(元新聞販売店主)とは言え大変です。
 
 そして完成した会報を配布に歩くわけですが、今回は熱中症になりかねない猛暑ゆえに、7千部と最少枚数にしていますが、普段は1万2千部発行していますから、配布に約2ヶ月はかかることとなります。
 
 それでも配布が津島市内の半分にも満たない事から、届けられない地域の人々からすれば、「何もしていない議員」と同じであり、届けた家庭でもゴミ扱いにされたり、家族全員の目には触れない事から、届けても配布している事すら知らない人も存在します。
 
 もっとも、最近では、この会報を配布する時間がとれず、原稿は完成しておりながら書き直しとなるケースも多く、今回の会報も着手したのは田植えの頃で、配布が終わると9月になってしまいます。
 
 さて、本日は在日外国人の参政権について関係者と話しましたが、本来は政治の場で議論されるべき問題が、在日外国人の組織票を選挙に取り込む政党の算段が先行してしまい、生まれた時から日本人と思って育った在日の人も、金目当てで戻ってきた日系人や外国人との区別なく語られることに疑問を感じます。
 
 本日は、先日死刑を執行した千葉法相が、今回は死刑制度の勉強会を開いたと報じられましたが、「国民的な議論の契機としたい」と発言しているものの、勉強会は省内のメンバーで構成し非公開としており、日弁連の主張する「議論公開を」の主張には程遠く、国民的な議論に発展するとは思えない。
 
 皆さんには報道された記事を添付しましたので、公正な目で判断される材料になれば幸いです。
                                     8月6日の一言
  
                    http://www.asahi.com/national/update/0806/TKY201008060133.html
 
2人の死刑を執行 千葉法相になって初、自ら立ち会う 7月28日 
               http://www.asahi.com/national/update/0728/TKY201007280199.html
死刑の刑場公開、8月中に実施 千葉法相が方針表明 7月30日
               http://www.asahi.com/national/update/0730/TKY201007300271.html 
NGO共同声明「死刑執行を停止し、死刑のない社会に向けた議論を」に賛同を
               http://www.labornetjp.org/news/2010/1281099859674staff01
「支持目当てに死刑を執行」、衆院予算委で野党の追及に千葉法相ぶぜん
               http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1008030003/
現役死刑囚のブログ  http://knuckles.cocolog-nifty.com/

潘基文氏の来日であるべき話題に

 本日も所在不明の高齢者の話題が、全国各地から続々と報道されているが、年齢を下げて戸籍や住所を調べ直すと所在不明者は拡大の一途をたどる事は間違いがなく、若者の所在不明者を考えると家庭の崩壊すら感じさせられます。
 
 一方で、本日の夕刊には、昨年度の国民年金の保険料納付額が過去最低となった事が報じられている。
                      http://www.asahi.com/national/update/0805/TKY201008050446.html
 
 報道では、国民の年金制度への信頼が揺らいだことも、納付率の低下に拍車をかけたと分析し、「未納・未加入の増加で、将来年金を受け取れない人が増えるなどの影響も予想される」と結んでいる。
 
 悲惨な事故や、残酷な事件が続き、日本の歴史上で消す事も忘れる事もできない、太平洋戦争の敗戦記念日が近づいた事も忘れられそうだったが、国連事務総長潘基文(パン・ギムン)氏の来日と、原爆被災地の長崎市を訪問された記事が、戦争の忌まわしい記憶を呼び起こしてくれました。
 
                      http://www.asahi.com/national/update/0805/SEB201008050007.html
 
 国連のトップに座る潘基文氏が来日し、原爆の被災地である長崎市を訪れ、明日開催される広島市の平和記念式典に出席する意義は大きく、「長崎を訪問し、さらに決意が深まった。力を尽くして核兵器のない世界を実現したい」と発言した意義は大きい。
 
 韓流ブームで日本と韓国の関係は、かつての占領や戦いの時代から共に歩く時代となっており、潘氏の来日によってより関係が強化され、国内の沖縄に行くよりも近い距離から、国境の諍いを払拭していきたいものでもある。
  
 
 さて、日本国内の歴史や世界の歴史を見ると、いずれは武器による戦争は無くなっていくと思われるが、平和ボケとなって過去の戦争による多くの犠牲者の存在を忘れてしまってはならない。
 
 侵略戦争の悪者役となる日本であっても、国によって強制的に徴兵され、国や家族のためと信じて命を落とし、未だに遺骨が戻らぬどころか、死んだ場所すら特定されていない旧日本兵まで悪者として忘れてしまう事は許されない。
 
 私の伯父は沖縄戦で亡くなっていますが、遺骨どころか遺品さえ皆無で、絶命した場所すら判らないままですが、私は伯父の魂は靖国神社にはあらず、我家の仏壇にすら戻っていないように思えてなりません。
 
 仏教では50年経過すると「弔い上げ」法要を行い、弔い上げ後では、仏壇から戒名を記した位牌を片づけてしまう事から、太平洋戦争で亡くなった犠牲者の存在も忘れられてしまいます。
 ちなみに、今年10月には昭和36年に亡くなった曾祖母(横井庄一の伯母)の50年法要が行なわれ、にぎやかだった仏壇は父親の位牌のみとなってしまいますが、我家では位牌はそのままにする予定です。
                                     8月5日の一言
追伸
こんな話題とは無縁の世情が嘆かれます。

津島市にも100歳の所在不明者?

 本日の報道では、私の住む津島市でも100歳以上の人で安否が確認できない『所在不明人』が存在するとテレビや新聞が大々的に伝えた事から、市民の方からも電話が入り、正論に対して私まで叱られる展開となりました。
 
                         http://www.asahi.com/national/update/0804/TKY201008040121.html
 
 「おい、津島市もあったんだね」
 「そうらしいですね」
 「そうらしいとは無責任な」
 「しかし、市役所の責任は問えませんよ」
 「何をバカな!それでも議員か!!」
 
 添付した新聞記事だけを読めば、
『愛知県津島市では、100歳の男性が、住民登録された場所に住んでいないことがわかった。義妹(80)は「07年を最後に会っていない」と話しているという。』
このまま読めば確かにずさんな市役所とのイメージが沸いてきます。
 
 しかし、マスコミは「津島市よ、お前もか!」と伝えたかったようですが、朝日新聞の夕刊(名古屋本社版)を正確に読めば、市役所の対応に何も問題はなく、毎日新聞を読めば、むしろ問題意識を持って「良くやった」と職員をほめてやりたくなります。
 
毎日新聞記事  
 (津島)市に住む男性の義妹(80)が昨年11月、兵庫県尼崎市からの男性の転入届を出した。義妹は市の調査に対し男性について、「いったん津島に来たが、出ていった」「07年に姉(男性の妻)の葬儀で尼崎で会って以来、会っていない」などと、つじつまの合わないことを話しているという。
 …略… 市が男性の住所地を訪問して調査したという。
 同市は3日、市内の100歳以上の高齢者全員に対し所在確認の調査を実施した。【岡村恵子】
 
 詳しい事実関係から、対象者は昨年11月に津島市に転入しているが、転入届は前住地である尼崎市役所の転出届けが無ければ受理されず、全国の事例から昨日対象者全員を調査して市役所が指摘した事から、市役所に対する批判は的外れと言わざるを得ない。
 
 むしろ、新聞記事にあるように07年から会っていない100歳男性の住所を09年に津島市に転入させた理由は何故か?
 事実関係はこれからだが、所在不明の男性が死亡しておれば、明らかに年金を不正受給していた可能性が高く、今後は警察の手による捜査に委ね、不法行為には厳しい断罪が必要と思います。
 
 地元で発行された記事を正確に読めば、津島市の手落ちではなく、住民の不正行為と思われるが、全国版のテレビや新聞には細かい説明もなく、「津島市もか」となる事から、津島市から全国に出ている関係者には淋しい話題提供となりました。
 
 もっとも、東京や名古屋などの大都会とは違い、津島市は9月の敬老の日に市長自ら対象者の自宅を訪問しており、所在不明が続く可能性は低く、大都会の忘れられた存在とはなりませんので、小さな6万都市ゆえ行政の目が届く利点も訴えておきたいと思います。
 
 一方で、私にとっては事実関係を知らない市民の方の電話に対して、事実関係を話す前に叱られて電話を切られてしまった事から、正論とは言え「聞き上手」な対応ができなかった反省です。
                                   8月4日の一言

市長公室の歴代市長の写真を前に

イメージ 1 本日は市長と会派要望に対する懇談会が開かれましたが、会場となった市長公室には歴代市長の写真が壁一面に並んでおり、初代平野市長(昭和22年)から第9代となる三輪前市長までが飾られています。
 
 津島市の歴代市長↓↓ 
 
 私が議員になった平成11年には第7代の山田市長(写真左)でしたが、その後水谷市長、三輪市長、伊藤現市長と、わずか11イメージ 2年の間に4人の市長に仕えた事になります。
 
 さて、山田市長は引退してわずか半年位で病に倒れて鬼籍に入っておられますが、私が一緒に行動した同志の井桁元県議の父親で、山田市長に敗れた第6代井桁克市長(昭和50年から63年)とは政敵にあたるものの、ここでは隣どおしに並んで掲示されています。
 
 私と山田市長との縁は、市長が初めて立候補して当選した選挙(昭和63年)で、私は選挙とは無縁でしたが、山田市長の兄が名鉄グループの重役であった事から、名鉄職員であった父親が応援し、私の中学時代の恩師で書の恩師ともなる長谷川丈夫先生が応援弁士として選挙の第一線に立たれた事が始まりでした。
 
 そんな事から、私が津島市のPTA連合会の会長となった平成5年には、役員や女性役員との懇談会からお茶会に発展して、微力な貧乏会長を後押ししていただいた事がありました。
 
 そんな環境にありながら、政敵となる井桁元市長の薦めで私が市議会に立候補した事から、当選直後は私を直視してもらえませんでしたが、一年後には息子となる井桁元県議と握手できる関係まで修復できました。
 
 もっとも、私に直接市議会議員に名乗りを上げるように薦められたのは、これまた井桁元市長と厳しい選挙を闘った第4代竹内市長で、昭和60年位までさかのぼる話となりますが、私を一番可愛がっていただいたのは竹内元市長だったのかもしれません。当時は32才だった事から、親にも大反対され、朝日新聞社にも「絶対にダメだ」と慰留されたものの、この薦めに乗っていたら、私の人生はどうなっていたのでしょうか。
 
 私は選挙に立候補した際に、政敵となっていた恩師の長谷川先生と、井桁元市長との和解の場を作りましたが、私を可愛がっていただいた竹内市長は既に亡くなっておられた事から、議員になっている事すら報告していない事が残念に思います。
 
 そんなことを懐古しながら、市長公室に飾られた写真を眺めるとともに、携帯電話に収めて添付することとなった次第です。
                                    8月3日の一言

家庭環境は様々です

都内最高齢113歳女性不明 長女「所在知らぬ」 杉並
                    http://www.asahi.com/national/update/0802/TKY201008020320.html
長女、母面会は20年以上前 弟とも不通 113歳不明
                    http://www.asahi.com/national/update/0802/TKY201008020352.html
 
 本日の報道では、東京杉並区で戸籍上では都内最高齢となっている113歳女性の安否が判らない事が発覚した。東京都では足立区で111歳男性が30年前に死亡したまま戸籍上の年齢を重ねていた事から、同様の事例が各地から報じられてくる可能性は高い。
 
「部屋からひどいにおい」 「111歳男性」の同居家族
                    http://www.asahi.com/national/update/0802/TKY201008020273.html
 
 足立区の事件では、添付した記事のように明らかに死んでいるのを家族が承知しながら、少なくとも30年以上にわたって老齢福祉年金を受け取るとともに、6年前に亡くなった妻の遺族共済年金も申請しており、家族ぐるみで年金を搾取しているが、今回の事例では老齢年金を受給していない事と、過去5年間は医療保険も使っておらず、ズサンな行政の対応が問題とされそうである。
 
 我家に当てはめてみると、私の父親は年金が受給できる65才に亡くなっており、当時30万円近い受給資格を持っていた事から、亡くなった平成5年から父親の遺体を隠し続けておれば5千万円を超える年金を着服できた…
 なんて、有り得ない想像は何んにも生みません。
 
 現代社会では最後は病院で亡くなるケースが多く、自宅で亡くなったとしても最後は救急車か警察に通報する事から、こんなケースは稀な事例と思われますが、年金や生活保護など現実を検証しなおす必要がありそうです。
 
 さて、本日は我家の郵便ポストに「四国八十八ヶ所霊場会」の会報『へんろ』が届きましたが、この中に今年10月に開催される「公認先達大会」の案内が同封されてきました。
 
 愛知県に住む私にとっては会場となる奈良県は日帰りコースで参加できますが、前日に長谷寺特別参拝が企画され、非公開の内陣大観音特別拝観が予定されているものの、翌日の先達大会が午前9時に奈良市内で開かれる事から、結局は奈良駅周辺で1泊するか、日帰りを2日続けるか…
 有難味も半減する思案となりそうです。
 
 明日は津島市長と会派(と言っても2人ですが)の懇談会が予定されており、9月議会の開会が早い(議会運営委員会は今月19日)事から、前半の空き時間を横着に利用しないと四国にも行けません。家族全員で毎年実施する夏休みを、愛犬2匹の世話を理由に留守番とし、身勝手に一人で出発を画策して…
 これも家族の顔色は悪そうです。
                                     8月2日の一言 

お遍路タクシーに刺激されて

 
イメージ 1 世の中暗いニュースが多く、全国各地から空と海の事故が伝わり、住宅の中では家族による悲しい事件が連続して報道されるとともに、一昔前には猟奇的と思われた事件が普通の出来事のように伝わってくる事は、家族とか一族や伝統を無視した教育が長年続けられてきた結果かもしれません。
 
 幼い我が子を部屋に放置して餓死させた母親の事件などは、私が知っていれば引き取っても良かったと思う事から、地域ぐるみで助け合う事ができない事が残念に思います。
 
 本日は横井庄一記念館の一日でしたが、そんな心境を払拭するために「日本教育新聞」を大量に持ち込み、教育問題を考える一日にしようと考えておりましたが、私の雑談で一日を終わらせてしまいました。(相手をしていただいた方にも申し訳なく反省の一日です)
 
 さて、我家には先月22日に先祖伝来の『弘法大師坐像』が修復されて帰って来られた事から、毎日鎮座した仏壇を覗くようになりましたが、我家は浄土宗のために「なんまいだぶっ、南無阿弥陀仏」と唱えて、先祖と自分の死後の極楽浄土を母親が唱えています。
 
 真言宗では仏壇の真ん中に「大日如来」があり、左に「不動明王」、右に「弘法大師」の配置となっていますが、我家は浄土宗の仏壇のために、正面の3人の仏様の下段左に弘法大師が座っておられますが、私は完全に真言宗の勤行法則でのお参りとなります。
 
 まず懺悔文で自己反省から始まり、三帰、三竟、十善戒、発菩提心真言、三昧耶戒真言、開経偈、般若心経、十三仏真言、光明真言、御宝号『南無大師遍照金剛』、回向文となりますが、私は先祖よりも自分の反省と戒めのために座っています。
 
 さて、添付した写真は香川県のタクシーで、屋根の上の看板が「すげ笠」となっており、四国八十八ヶ所を専門に廻るタクシーで、私が四国の人間なら代わりたいような職業ですが、価格の「1日3万3千円から」と言うのが大きな壁となります。
 
 10日間で33万円以上かかるわけですが、私は今まで会費12万円で88ヶ所と別格20霊場を含めた108ヶ所と、高野山の御礼参りまで走り、その中には宿泊代も含んでいることから、もっと低料金にすべきと思いますが、これでも明るい話題として添付しました。
 
 今年は未だに一度も四国入りしておらず、人を誘う余裕もありませんが、近々に走ってしまおうかと思わせる刺激を受ける報ともなりました。
                                    8月1日の一言
追伸
タクシーで四国を巡拝される方には、個人タクシーの中村タクシーが私のお薦めですので、念のため。私も「ジェット巡拝」(早くて安い)に、「詳しい」をプラスして磨きをかけていきます。
ギャラリー
  • ようこそ 大鹿一八の納経所へ
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  • 令和6年 上高地開山式の様子です
  • 三重県桑名市大福田寺の聖天祭へ
  • 毎年恒例となった我家のアンズジャム作りへ
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  • 本日もボランティアの一日となって
  • 我家のきゅうりとプランターのイチゴです
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