大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

2012年03月

寒風吹く中でお寺の受付に座って

 「発達した低気圧の影響で、首都圏では31日、台風並みの強風が吹き荒れた」と報道されていますが、私の住む愛知県でも雨の後には冷たい強風が吹きまくり、隣のお寺の永代経の受付係から帰った時には風邪を確信しました。
 
強風、首都圏交通機関に乱れ ゲートブリッジも通行止め
 
 私の帰宅を待って遠来より知人が訪問し、東日本大震災の被災地への支援策と方法を話していると、私の車(福祉タクシー)のタイヤを普通タイヤへ交換してくれる知人から連絡が入り、私たちは見守るだけですが寒風が身に凍みます。
 
 JR東日本によると、東北、上越、長野新幹線が一時運転を止め、京葉線や常磐線、総武線、山手線なども止まるなどの影響が出たと報じられていますが、この雨の影響で各地に被害が出ていると思われます。
 
 本日の永代経は、隣のお寺が浄土宗のため、私の父親が亡くなった平成5年から受付係として座っていますが、訪れる人々の半数は世代交代しており、長寿の高齢者は判るものの、若い人は顔と名前が一致しない事から、私が座らないと会計ができない状態にはストレスと、私が不在時の代役の必要を感じます。
 
 私は受付係のため会計が終わるとお役御免となりますが、尼寺のために裏方は女手ばかりのため本堂のイスを片付けていると、近所から嫁いでいる90才を越えた老婆から、「年下のあんたの親父から、(亡くなる直前に)説教された」と懐かしそうに語りかけられました。
 
 思わぬ言葉に、老婆や我家の家庭環境に花を咲かせていると、それまで無関係と思っていた人々と我家や私との奇縁も感じ、他人でも親しくしている現実を考えて、疎遠となっている親類や縁者との関係も見直す必要も実感させられました。
 
 私の父親は65才で他界していますが、私の父親が20年前に老婆に語った内容を聞くと、私には伝えようとした真意がよく判り、自分より年長の老婆に父親が「説教」したという内容を私が改めて語っていると、当時の父親と老婆の会話の繰返しのような会話に発展していきました。
 
 さて、明日は本日より1日経過するだけですが、明日から行政は新年度に入ります。中旬から四国遍路も約束してあり、年度を繰り越した仕事を早期に消化するためにも、風邪の初期症状をこのまま封じ込めるため明日は静養日にしたいと思います。
 
                                   3月31日の一言

久々に凹む一日になり

 本日は、平成23年分の政治団体収支報告書を提出のため、愛知県庁内にある選挙管理委員会を訪れましたが、受付会場では待てども待てども2人が座ったまま動かず、時間ばかりが延々と経過していきます。
 
 どうやら2人は同じ政党か、一緒の仲間かは判りませんが、共通の印鑑を受け渡しながら書き込んでいますが、何も記入されていない状態か、全部間違いで修正中なのか、受付待ちの関係者は10人近くに増え、担当者が「こちらに下りて来てくれ」と職員の応援を呼びますが誰も応援にはやってきません。
 
 結局は私の書類提出が済んでも最初に座っていた2人は終わらず、部屋に用意された受付待ちのイスは満杯で、閉庁時間に終わったかどうは判りませんが、本来持ち込み前に完成させてくるべき報告書を、担当者の指導で総てを書き込んでいた2人のために滞っていたのでした。
 
 実は、私の知人の議会関係者も同様な事態を経験しており、知人の話では「突然出馬して議員となった地域政党」の議員でストップしていたようで、本日は定かではないものの議員となって13年間で初めての経験だけに、県の職員も議員に遠慮することなく、全く不完全な報告書は修正を指導して書き込むのではなく、書き直しに帰らせるべきと思います。
 
 この想定外の時間浪費によって、夕方に済ませるべき仕事を終わらせることができず、時計を見ると問い合わせる市役所の閉庁時間となっており、明日が土曜日である事から月曜日に先送りとなってしまいました。月曜日は4月となっており、行政は新年度となっていることから、私の今年度の仕事は年度をまたいだ事にもなります。
 
 後先が逆となる午前中の話となりますが、病院へ車で付き添いを希望されるお宅を訪問しましたが、歩行が困難となる障害を持つ高齢者で、今まで移送を頼んでいた介護タクシーが市外の業者だった事から、ガソリンの値上がりから赤字で来れないと断られたとの話です。
 
 もっとも、市内の介護タクシーに依頼すれば良さそうな話ですが、料金が高い事から利用できず、施設のケアマネージャーから私を紹介されたそうですが、他の業者が断った仕事を、それよりも安い料金で引き受けるのは嫌ですが、「大鹿さんって、市会議員ですねー」と言われると、「断ってきて」と言われていたボランティアに、「行けるかなァ」と一度お試しで走る話となりました。
 
 我々の移送料金よりも高い料金を取る業者が、赤字を理由に断られたケースを、「安いから」と施設に紹介されたことに、ボランティアの置かれた厳しい環境を実感させられるとともに、ボランティアの後継者探しの難しさも実感させられる一日ともなりました。
 
                                     3月30日の一言
追伸
今年度最後となる貴重な明日は、隣のお寺の永代経の受付係となりますが、本日の暖かさが続く事を願うばかりとなります。

羊が100万円を越える経費を浮かしている現場へ

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 本日は大阪府の和泉市へ、羊を使った「アダプトリバー事業」に訪れ、和泉市役所において、大阪府鳳土木事務所の職員5人と、和泉市役所の担当職員から説明を受け、実際に羊が飼育されている松尾川の河川敷で、羊の世話をされている内田町町内会の役員さんのお話も伺ってきました。
 
 詳しい内容については下記の添付を参考にしてもらうとして、私は昨年8月に朝日新聞に報道された記事を読み、資料を取り揃えた後に津島市議会の一般質問で取り上げましたが、津島市の職員は検討する気持ちも持ちませんでしたが、年間30万円の飼育代で、大阪府の負担する年間155万円の除草代とゴミ撤去費を浮かせている現実から無視はできません。
 
羊による和泉市のアダプトリバー事業
「草刈り役」の羊 持ち主は大阪府 住民が育て10年目 朝日新聞
 
 
 本日の視察に大阪府の職員が5人も立ち会ってくれた事にも驚きましたが、雑草と不法投棄に悩まされた河川敷が、羊の登場だけでなくウサギ小屋と川にはアヒルが飼われて、親子連れが訪れる公園のようになっていた事にも驚かされました。
 
 一方で、羊によるアダプトリバー事業は、除草代などのコストダウンだけでなく、不法投棄が激減し、「こいのぼり」や「ホタルの放流」などイベントも増え、羊の世話をする町内会の世代間や新旧住民間の交流につながり、子供会の入会者数の増加につながっており、現地に出向いて実際に見る事の重要性を実感しました。
 
 昨日の和歌山電鉄の三毛猫「たま駅長」もそうですが、動物には寿命があり、「たま駅長」は駅長に就任して5年目ですが既に13才となっており、羊も平均寿命は10年と聞かされ、雑草を食べて欲しい羊に親子連れが与えるエサによって肥満になっている事から心配も尽きませんが、動物による人への癒し効果も絶大です。
 
 本日は同じ和泉市内で、工場内で野菜を栽培している「植物工場」も視察しましたが、一般論として天候に左右されない工場内で、効率よく栽培される野菜程度の感覚で訪問しましたが、野菜の味まで変える栽培方法により、無添加無農薬野菜として高級料理店に注文されている実態にびっくりさせられました。
 
 今までの畑で栽培される野菜を、工場内で効率よく栽培して追い越すだけではなく、求められる高価でも売れる野菜を作り出す手法を、「みらくるグリーン」の代表五唐秀昭氏より聞く事ができました。
 
 ネット情報が豊富になっていますが、議員が大量の資料を頼りに議会で訴えても、「やりたいものの現実は…」と絵空物語とされるケースも多く、実際に行なわれて効果を発揮している現場を確認することの重要性を再認識する視察となりました。
 
                                 3月29日の一言

和歌山電鉄貴志川線を視察して

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 本日は、私の所属する津島市議会青風会の先進地視察として、南海電鉄が路線廃止を発表した和歌山県の貴志川線を、地域住民と岡山県の両備ホールディングの参入により、和歌山電鉄として再生した事例を視察に訪れました。
 
 一方で、貴志川線の最終駅貴市駅に、三毛猫のタマを駅長として任命したことで、全国に発信される話題となり、添付した「たま電車」や「おもちゃ電車」、「いちご電車」など、本日も春休みになっていることから、始発の和歌山駅は満席で発車するなど観光客も全国から訪れるようになりました。
 
 詳細については明日も大阪府の和泉市でアダプトリバー事業や、植物工場の視察も控えていることから後日報告いたしますが、貴志駅前で観光客の案内をされているNPO法人「地域の風研究会」の理事長道上宏氏、取材中のNHKリポーターと情報交換し、「たま駅長」と面会し、和歌山電鉄本社のある伊太祈曽駅で、総務課長麻生剛史氏による説明を受け質問に答えてもらいました。
 
 南海電鉄が年間5億円の赤字に苦しんだ貴志川線ですが、和歌山電鉄では8千万円程度の赤字で運営しており、その裏には運転手さんや職員が一人三役で仕事をしている舞台裏も聞いてきました。
 
 ここで聞いた事と見た事を、私の住む愛知県内の行政関係者や名古屋鉄道関係者に実感してもらう事も有効と思われますが、年々減少している鉄道利用者や地域住民にも、路線廃止やダイヤ減少を食い止めるために見てもらいたいとも思いました。
 一方で、地域住民が「つくる会」を募って、地域の足確保について月に2回は会合を開き、1口千円の入会金も募集していますが、路線廃止の現実に直面して立ち上がった人々も年齢を重ねている事から、地域住民の意識と意欲を維持させることの難しさも感じた事は、全国のボランティア活動に共通する課題でもあります。
 
 詳細は後日として…
                                   3月28日の一言
追伸
私の所属する津島市議会「青風会」は、昨年より3人で活動していますが、3人揃っての視察は初めての経験で、宿泊地のレストランが閉店になる時間まで議論を続けられた事も、今後の展開を考える上での成果になったと思います。

当り前の事ですが、地域を走り回る一日に

 本日は朝から市議会で4月に開催予定の議会報告会の打ち合わせがあり、そのついでに今月中に支払いを済ませないと滞納となる税金を支払いに出向きましたが、担当者に「大鹿さんの税金は何でこんなに高いんだぁ」と言われ、農家の資産割のある国民健康保険税の高さを改めて実感させられます。
 
 その後、議会報告会の案内チラシを回覧してもらうため、私に割り与えられた10町内の嘱託さんのお宅を訪れましたが、何度訪れても不在の家が存在した事と、道路が狭くて停車もしておれない事から、数年ぶりに旧知の喫茶店を訪れ、久しぶりのために懐かしさから会話に花を咲かせました。
 
 昨日から体調不良となった福祉有償運送の会員さんを病院に送り、今度は中学校の同窓会報に協賛していただく広告主へ集金に廻りましたが、ここでも相手先で起こっている案件に花を咲かせ、最後は四国遍路を勧めて帰るに帰れなくなり、市役所に戻った時は閉庁時間を経過していました。
 
 「大鹿さん、今から行くよ」
 「あっ、そう、じゃー、待っていてよ」
 
 反射的に返した返事は、朝に税金を届けた市職員に誘われた喫茶店行きで、夜に書道会があることも忘れて花を咲かせ、その余韻で夜の書道会も私の独演会となり、書も心が入りません。
 
 さて、明日は1泊2日で、会派3人による先進地視察で和歌山県と大阪府の和泉市へ出発します。
 和歌山県は、南海電鉄が撤退し、廃線となる貴志川線を再生させた、和歌山電鉄貴志川線の本社を訪問し、公共交通の再生について学び、シンボルとなって全国に発信されている三毛猫の貴志駅タマ駅長にも会ってきます。
 
 廃線される和歌山貴志川線の鉄道を地域住民が立ち上がり、岡山の鉄道会社が地域と一緒になって再生させた日本一のローカル線に学び、年々乗降客が減少している津島駅の再生を考えてみたいと思っています。 
 
和歌山電鐵貴志川線  http://www.wakayama-dentetsu.co.jp/
 
 翌日は、和泉市で大阪府と和泉市で地域住民が主体となって羊を利用した河川敷の除草で、年間100万円を越える除草代やゴミ収集費を節約している「アダプトリバー事業」を視察し、工場内で農薬を使わない無農薬野菜を生産する植物工場「みらくるグリーン」を視察する予定です。
 
 
植物工場みらくるグリーン http://miraclegreen.jp/
 
 議員の視察と言えば、税金を使った慰安会とか、観光旅行との批判を耳にしますが、資料を整えて事前調査し、現地と連絡を取り合った本当に真面目な視察として、視察内容の報告に期待して欲しいと願います。
 
                                 3月27日の一言

忙しい時に限って余分な仕事も拾います

 昨日の一言に、「明日から地獄の一日が始まります」と記しましたが、何とかなるだろうと余裕で着替えていると、「突然なんだけど…」と、病院に通院したいとの連絡が入り、ボランティアへ連絡したものの、「今日はダメ、ダメ」の厳しい返事に、予定を先送りにして私が走ることになりました。
 
 会員さんを病院に送って市役所へ走ると、エレベーター前の窓口に座る建築業者を発見し、下記に添付した好ましくない被害を経験した業者だった事から、一緒に窓口に座るとともに、建築課の担当者とも弊害を無くすために対応していると、「〇〇さんの診察が終わりました」と病院から連絡が入り、本来済ますべき仕事には全くの手付かずでボランティア活動の午前となりました。
 
 
 午後からは津島市循環システム促進審議会が開催され、委員として出席しましたが、下記に添付した3年前の一言に記してありますが、3年前の審議会には17人の委員のうち出席したのが6人しかおらず、無断欠席もあった事を考えると、本日は時間オーバーとなって議論が展開されました。
 
3年前の審議会の記事 http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/41744417.html
 
 今年からこの審議会の会長を務めるのは、市内で環境問題の先駆者として無添加無農薬食品の販売を展開し、今では北海道や海外まで仕事を展開する私より2才年長の先輩ですが、かつては「あいつだけは認めない」と長老に理不尽と判る徹底的な隔離をされていた過去がウソのように、さすがは環境問題の本物と思わされる審議会のスタートとなりました。
 
 津島市にも多くの審議会や委員会が存在しますが、会長や委員長自らの指示で、市役所の担当職員に会議の発言を録音させ、議事録として市民にも公開しようとする姿勢は見事で、会長に触発されたわけではないでしょうが、これまでの審議会ではテーマや話題ともなっていない「放射能」や「原子力発電」まで今後のテーマにしようと参加した委員から提案されました。
 
 さて、この審議会が終わってから、午前中に済ませたかった仕事を済ませて、帰宅後も今月中に訪問すべき中学校同窓会報の協賛広告の集金に走り、明日が締め切りとなる仕事を続けているとこの一言の締め切り時間が迫りました。明日も9時から市役所に走り、夜まで帰宅ができないスケジュールが続きます。
 
                                  3月26日の一言

サクランボの花が満開となりました

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 我家のサクランボの花が満開となりました。このサクランボの木は、今から30年近く前に、私の父親が孫(私の長男)のために買ってきたもので、当時は当地方でサクランボを植えている人も少なく、周りから珍しがられたものですが、最近ではホームセンターに多種多様のサクランボが並べられるようになりました。
 
 さて、花だけでなく実も味わえるサクランボは、花だけの桜よりも良さそうにも思えますが、実が熟する頃には鳥のギャングの見張り役が連日偵察に訪れ、熟した瞬間に大量のムクドリが飛来してきますから、鳥の鳴き声が聞こえると我家の庭は鳥の楽園と化していきます。
 
イメージ 2 もっとも、私はタネのある果物が嫌いで、ビワやウメボシと同じようにサクランボも口にしませんから、大量に実を付けても鳥を追い払うだけで、売れるわけでもなく、収穫してもすぐに傷んでしまう事から、ほとんどが鳥の食用となってしまい、我家では鳥に食べられて残骸となったサクランボのタネを片付けるのが仕事になるだけとなります。
 
 本日は叔父の家(お寺の説教所)で永代経が行われましたが、叔父自身が数年前より難病で不自由な生活を送っていることと、2年前に叔母が他界していることから、永代経を行うのが精一杯で、参拝客は減る一方となっており、地域の人々より親族が集まる永代経のようになってきました。
 
 このお寺の説教所は、数年前に私の恩師の筆によって「阿弥陀堂」の看板を掲げられましたが、説教所になる前の名前が津島阿弥陀堂だったらしく、庭には地元で大きな工場を経営されている一族の墓が数基残されており、一族が揃って参拝されてきます。
 
 この一族のお墓は、昔から存在が認識されていた訳ではなく、墓標に刻まれた記録から一族の先祖のお墓と判明し、判明後に参拝されるようになったのですが、先祖とは言え顔も名前も判らないお墓に、ご主人や御夫婦だけでなく、親族や孫までも一堂揃って参拝される姿に、仕事に成功されている秘訣があるように実感させられます。
 
 次の土曜日も隣のお寺の永代経があり、この日は受付に座りつづける一日となりますが、私も少しは先祖や参拝される方々の霊を偲んで応対したいと思います。現実は明日から地獄の一日が始まります。
 
                                3月25日の一言

障害年金を学ぶセミナーに参加して

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 本日は稲沢市で開催された精神障害支援向けの「年金で人生は変わる」と題した年金受給セミナーに参加するため、稲沢市総合文化センターを訪れました。
 
 主催したのはボランティアで津島市の社会福祉協議会にも登録されている社会保険労務士の、松吉哲男氏(稲沢市)と渡辺智宏氏(春日井市)の2人で、精神障がい者の多くが障害年金を受給できる事を知らないままに生活している現状から、年金受給の基本的な仕組みや事例が紹介され、参加者は少なかったものの熱心なセミナーが進行されました。
 
 本日のセミナーでは、「意外と出るらしい」と、「相談してみたら」をキーワードに、知らないと年金受給の時効の5年目が過ぎてしまう事や、本人のナマカワとか怠け者として評価されてしまう精神障がい者の実態が紹介されました。
 
イメージ 2 さて、本日訪れた稲沢市総合文化センターは、名鉄国府宮駅の近くに位置していますが、住宅公団による13階建ての国府宮市街地住宅の1階から3階を占めており、大きな公共施設のように独立した建物ではなく場所は判りづらいものの、駅から歩いて5分の一等地に位置しており、市民活動を支援する拠点として市民が気軽に利用できるスペースとして有効に使われていました。
 
 年々利用者が減っている名鉄津島駅についても、減っている理由は明快で、駅を中心として四方に伸びていたバス路線が廃止されて人が寄ってこない事と、誰もが自由に出し入れできる車の駐車場が無いことから、隣の藤浪駅に利用者が流れていることが大きいと思います。
 
 津島駅にも大きな公団住宅が建ち並び、年数が経過して老朽化はしているものの、施設の有効利用として空きスペースに公的機関や公共サービスを集中させるなど、人々の集中を考えないと駅が過疎化していってしまいます。
 
 津島市も市役所の老朽化によって、耐震対策や建て替えの必要に迫られてきますが、これからは行政単独で立派な建物を考えるのではなく、官民一体となった土地の集約と有効活用を考える上で参考となる施設訪問ともなりました。
 
                                  3月24日の一言

元議員の恫喝と若手議員の対立に

 2月27日に開会した3月議会も本日が最終日となり、確実に冬から春の香りがする日々を迎えており、4月からは桜の開花とともに新しい年度がスタートしますが、私にとっては残された仕事が月末までに終わりそうもありません。
 
 さて、本日の議会の休憩中の話ですが、昨年から議員となった同じ会派のY議員が、地元の地域住民より水路の改修を巡って陳情を受けて現場に走ったところ、水利組合の職員と一緒に出向いた元市議会議員に恫喝のような罵声を受け、こちらも負けずに言い争ったものの、地域住民の女性に大きなショックを与えたとの話を聞きました。
 
 元議員は何度も議長を歴任し、5年前に引退しているものの、農協とか水利組合などの役員を続け、私も議員になった当初は雑言を続けられた経験がありますが、若いY議員は顔も名前も知らなかったらしく、現地で住民とともに恫喝のような初対面となったようです。
 
 偶然にも水利組合の関係事務所には、かつて市役所の建設関係で活躍していた職員が勤務していた事から、議会終了を待って今後の対応を話し合いましたが、地域住民の陳情を受けたY議員にも議員としての正義があり、罵声を浴びせた元議員にも地元の農業団体の長としての立場があります。
 
 つまり、かつては農業が地域社会の中心であり、水路は農業のために存在し、道路や水路も村の財産と権限と思っている元議員と、住宅地として生活する住民の生活環境を中心に考える現職議員の戦いでもありました。
 
 私はY議員の立場はよく判りますが、農業振興地域の水路は市役所でも指導ができず、理不尽な前時代的とも思えるような話ですが、「文句があるなら、用水におまえの家の排水を流させないぞ」と、住民の生活や人権も無視されるケースが田舎ではまかり通ります。そして、あってはならない「村八分」が、問題の町内では数年前に御主人が亡くなるまで続けられた前例がありました。
 
 田舎では市議会議員よりも農協や農業団体の役員の方が偉いと思っている人も多く、行政で定められた規則を議員が説明しても、地元の役員の発言が優先する場面を何度も経験してきました。
 
 今から20年以上前の話となりますが、私の町内では隣の土地所有者の許可が無いと水洗便所にできない村の規則が存在し、隣の田んぼや畑の所有者の許可がないために、水洗便所にできない喫茶店が我家の隣に存在し、前時代的な汲み取り式便所のままで営業していました。つまり、隣地の理解がないと、その家は永遠に水洗便所にはできませんでした。
 
 こんな理不尽な事が許される筈がなく、私は村の慣例に配慮する市役所と両親を無視して、愛知県の担当部署の許可と法律に基づいて、隣地の許可なく浄化槽を設置して水洗便所に改造しましたが、しばらくすると隣地の許可は必要なくなりました。
 
 人々は安心して快適な生活を求めることが当然であり、農家を守るべき農協が金融機関として農家の親の自宅を競売する時代になっている現実から、農家と住民も一緒になって問題を解決して行く環境が重要です。Y議員の奮闘に期待して応援していきたいと思っています。
                                 3月23日の一言

世の中の余分なお節介が多く

 市役所の昼休みが終わり、自分の部屋へ戻ろうとしていると、宮城県から被災地のボランティアに関わる連絡が入り、そのまま1階のソファーで長話をしていると、私の知人が続けて市役所窓口を訪れてきます。
 
 ここで出会った知人との会話で偶然に判った事ですが、市役所に介護保険の認定を申請して部屋に手すりを付けたいと希望する知人の聞き取り段階で、市役所の委託を受けて訪問した福祉施設の担当者が、住宅を改修するリフォーム業者と一緒に訪問した事から大変な事態に陥っていました。
 
 申請者にはあらかじめ改修を依頼する地元の建築屋さんが決まっており、初めての聞き取り調査の日に、担当者が連れてきた業者と鉢合わせしてしまい、やる気で訪れた建築屋さんは一歩引き、申請者はバツが悪くて連絡もとれない宙ぶらりん状態になっていたのでした。
 
 本来は、市役所の介護保険に関わる聞き取り段階で特定の業者が同行すること自体が問題で、市役所に登録した建築改修業者は多数存在することから、本来は登録されている業者名の一覧を紹介するのが筋で、同行した業者が市外の業者だっただけに裏で何かあるのか疑わざるを得ません。
 
 さて、同様な事案が1件あり、今月19日付けで発信されたきた封書の中に、介護タクシーに関するアンケート用紙が同封され、介護タクシーの実態調査と同時に、介護タクシーのコールセンターを4月2日に名古屋市に開設して、愛知県内の介護タクシーをネットワーク化する立派なパンフレットが同封されてきました。
 
 介護タクシーの経営が厳しいことは現実問題で、私個人が事業主となる「おおしか福祉タクシー」も赤字である事は事実ですが、私は低価格で自家用車をタクシーのように利用できる「福祉有償運送」を目的としてNPO法人を設立し、制度を利用できない人を対象にして営業車のタクシーを所有しており、設立の目的が根本的に違います。
 
 もっとウサン臭いのは、発起人の5人の中に、名古屋市長選に立候補して衆議院議員を辞職した石田芳弘氏や、愛知県知事に立候補して落選した元官僚の重徳和彦氏らが名を連ねている事で、3月6日発行の中部経済新聞の記事中に、「愛知県内の介護タクシー事業者にアンケートを実施」し、「回答した80%が採算は厳しい」と答え、「利用者のニーズは大きいが、ビジネスとして成立しなければ、介護タクシーの制度がなくなってしまう」と設立の意義を記している点である。
※アンケート用紙は昨日21日に届いたばかりで、3月6日の記事は取材不足か事実誤認であり、記者はまんまと誘導されていると思われます。
 
 利用者向けの立派なパンフレットには、料金システムとして、3キロ20分以内2千700円、5キロ30分以内4千円、10キロ50分以内5千円と記され、事務手数料400円を別途申し受けると紹介されています。
 
 我々が活動する福祉有償運送では、3キロ以内600円、5キロ以内800円、10キロでも1千300円で利用者を運んでおり、こんなコールセンターが存在するのは勝手だが、赤字に苦しむ介護タクシー事業者を利用した新たな商売でしかなく、私は大手タクシー事業者に介護タクシーの車両を導入してもらうほうが世の中のためになると思います。
 
 一方で、NPO法人として福祉タクシー協会や介護タクシーの団体も存在することから、苦労して運営してきた先人たちの美味しい所を持って行った感もありますが、利用者に見せたところ、こんな高くては日常的には使えないと言われ、改めて公共交通や移動の足を確保する必要性も実感させられました。
 
                                3月22日の一言
追伸
長文にしてしまいました。

大師御入定の日の出会いに…

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 毎月21日は、同じ町内にある真言宗のお寺で「阿字観」が開催されており、私は半年前から参加していますが、今月は高野山で弘法大師が御入定された日である事から、出かける前に数珠を手にしました。
 
 年末と年始(納弘法と初弘法)を除いて「阿字観」だけが行われていますが、本日は僧侶(住職の息子さん)から、「東日本大震災から一年が経過した事から、本日は般若心経を唱えます」と挨拶があり、参加者も一緒になって読経をおこないました。
 
 やはり、目的は「阿字観」でも、真言宗のお寺に「般若心経」は欠かせず、これからは「阿字観」だけでなく「心経」も唱えるように提案しましたが、私が先達として身勝手に読経を先導するよりも僧侶の先導は清々しい気持ちにさせられます。
 
 そんな感じで本日の「阿字観」が終わり、お茶やお菓子を出していただき、雑談になった時に携帯電話が鳴り響き、マナーモードにしていなかった事の反省と、終了後のコールにホッとしていると、相手は東日本の被災地の学校からでした。
 
 昨晩に被災地に貢献するボランティアに花を咲かせ、現地の知人に連絡したことへの返事でしたが、現地から必要とされるボランティア活動となりそうで、新たな使命感を覚えるとともに、被災地に向けた「般若心経」の後の連絡だけに、被災地と連帯しているような気持ちにもなりました。
 
 さて、実は本日は和歌山県からも連絡が入りましたが、私のブログの訪問者履歴に「倶楽部88」さんの名前が存在し、明らかに四国遍路の発信であり、本日の書き込みに「3月21日は弘法大師空海が、高野山で御入定された日です」との記事が書き入れられていました。
  
 
 四国遍路をテーマとした多くのブログが存在しますが、久しぶりに本格的な四国を紹介するブログとの巡り合わせも、本日が3月21日だけに嬉しく感ずる一日となりました。
                                 3月21日の一言 

新たなボランティアが浮上して

 国内最古の木造校舎とされる岡山県高梁市の小学校で、20日3人の卒業式の後に閉校式があり、来月から残る4人の在校生はスクールバスに約30分乗り、別の小学校に通うとの報道ですが、掲載された写真を見る限りでは堂々とした文化財であり、愛知県の明治村にあって欲しいような建物です。
 
築100年超…国内最古の木造校舎にお別れ 岡山・高梁
 
 本日は春分の日で、久々に祭日気分を味わっていましたが、連絡が入って出向いた先で一年前の東日本大震災で被災した宮城県への支援が話題になり、議論ばかりが盛り上がっても肝心な被災地の事情が判らない事から、現地で教壇にたつ知人へ連絡しました。
 
 内容について具体的には記す事は、支援を熱望する知人の先を越す人があると困るので実現するまで明かせませんが、これまでの行ってみれば何か役に立つというボランティアではなく、必要とされる支援を考える時期になりつつあると実感です。
 
 知人に連絡したのが夜10時頃でしたが、知人の勤める学校の校長先生が石巻市の出身で、かつて行政の事務職でも出向されていた事から、明日にも連絡を取り合う話となりましたが、こんな時に全国に散らばる友人との関係を大切にしてきた自分の過去が活きたような気がするとともに、私にもまだまだできる意欲が湧いてきました。
 
三陸ワカメ、再生へ一歩 岩手・大槌で2年ぶり収穫
 
 帰宅後にアサヒコムを読むと、岩手県でワカメの収穫が始まり、被災地にも新たな復興に向けた息吹が感じられる一方で、石巻市長の「宿命」発言への謝罪報道も目にしましたが、発言の言葉尻にとらわれて言葉の真意を理解しようとしていないようにも感じられます。
 
石巻市長、「宿命」発言を謝罪 大川小惨事で 
 
 一方で、公職にあるものの責任として、不本意であっても発言した言葉の責任は逃れられませんが、間違いや意図しない発言に対する過敏な対応も考えもので、私が親しみを感じて訪問していたブログの中には、心無い書き込みによって停止状態になったり、消えていったブログも存在します。
 
 本日は出かけた先でも、善悪双方を考えると何もできない事案が存在しましたが、私自身も相手の本意を理解しないまま感情的とも思える批判も存在することから、相手の真意や意図を理解した余裕の必要性も感ずる一日となりました。
 
                               3月20日の一言

愛知・女性会社員死亡事件の背景は醜い

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 愛知県内の小学校では本日卒業式が行われ、私も母校である神守小学校の卒業式に出席しましたが、両親揃って参加する保護者も多く、卒業生の保護者席が足らぬハプニングに時代の移り変わりを実感させられます。
 
 私の卒業時の写真は、本業の写真屋さんの独壇場でしたが、現代はビデオカメラを三脚に固定した保護者や、自席から卒業生にカメラを向ける母親の姿が当り前となり、子供にも涙はなく笑顔でピースをしていきます。
 
 さて、東海市の女性会社員(当時48)が拉致され、遺体が岐阜県御嵩町で見つかった事件では、主導したとされる市川孝之容疑者(45)のほかに6名が逮捕され、全容の解明も近そうだが、会社間のトラブルで犠牲となったのが女性だけに、遺族の心境を考えると厳しい糾弾も必要と思われます。
 
愛知の女性死亡 当初の狙い、社長か
拉致直前に女性の行方を電話 愛知・会社員死亡事件
 
 報道によれば、事件を主導した経営者は拉致事件前に実行役とされる男3人と打ち合わせをし、「自分が催涙スプレーとスタンガンで襲う」と語ったと報じられており、これでは暴力団と変わらぬ凶悪な犯行としか思えません。
 
 商談を装って女性会社員を岐阜県輪之内町の自分の会社に呼び出した小川卓美容疑者(53)は、遺体発見後のテレビ取材に対して、被害者の家族を愚弄するような発言をしており、最近では「知らなかった」と弁護士を通じて他人事のように振舞っているが、この容疑者が存在しなかったら被害者は拉致されなかった事から、女性1人を複数の男が待ち構える場所を設営した罪は大きい。自分は実行犯とは違うとの主張は勝手だが、自分の策略によって女性が亡くなった現実に対する反省は皆無で、今から弁護士を通じて弁解するのも責任逃れとか思えない。
 
 私は昨年の10月頃、働く女性が働く場所の解雇をちらつかされ、会社の男性上司から性的虐待を受け、家庭が崩壊していく現場から相談され、依頼された興信所や探偵の紹介すら危険を感じて相談先も見つからず、自分も大きなストレスを引きずったまま年を越しました。
 
 会社の経営者でもないのに、上司から理不尽な要求をされた女性のために、会社の上層部に上司を徹底的に訴えたいものの、個人情報や家庭のプライバシーを考えると何もできず、女性の家庭は泣き寝入りで壊滅的なダメージを負われました。
 
 今回の事件が報道された際に、私は相談されていたケースと同類の不快感を覚えましたが、事件の関係者が逮捕され、事件の背景ややりとりが伝わるにつれ、死亡に至った原因は不明ながら、多数の男性に拉致されて死に至らしめられた女性の無力感が他人事と思えません。
 
                               3月19日の一言

我家のスギ花粉も大量飛散の予感が

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 毎日の気温の変化に身体が順応しませんが、寒暖の差はあっても一雨ごとに確実に春を実感させられ、我家の庭の木々も次々と蕾が開花をはじめている中で、先祖伝来の杉も花粉を飛散させる花芽がいっぱい成長しています。
 
 花粉アレルギーの人々には迷惑な杉花粉ですが、これらの木々の親にあたる杉が昨年夏に枯れており、次の世代につなげる子孫の誕生を心待ちにしている私によって、人の手を加えず伸びたい放題にしてきました。
 
 私が子供の頃の話となりますが、私の父親はスギを挿し木で大量に植えており、我家の裏に県道のバイパスが開通する頃には、裏庭にスギを並べて垣根としていましたから、元々は大量の杉が存在したものが現在では4本だけになってしまいました。
 
 最近では厄介者とされる杉ですが、神社の祭礼に立てられるノボリの上には杉の枝が立てられ、杉にはヘビも寄り付かない事から、我家もかつては「メジロ」や「キジバト」が巣を作り、にぎやかな庭の主役となっていました。
 
 時代が変わり、我家の庭に存在した松やスギ、ヒノキは次々と姿を消し、我家のシンボルは「アンズ」と「サクランボ」のように言われますが、昔から住んでいる古老は庭の真ん中に君臨する「マキ」の巨木を語られます。
 
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 グアム島で28年ぶりに発見された横井庄一さんは、生後3ヵ月頃から小学校5年生まで、母親の里であった我家で、「大鹿庄一」として生活をしていましたが、幼少の頃に私の祖母と「マキ」をタネから育てており、グアム島から帰国後に「自分の植えた木」として2本のマキを我家から移植しました。
 
 さて、そういう私も、アンズやブルーベリーなど、実の生る木々を植え続けており、現在満開のウメに続き、サクランボやアンズが次々と開花し、続々と実をつけていきますが、人間より大きな周期で我家の木々も受け継がれてきました。
 
 弘法大師が植えたツバキが寺の象徴となる、四国別格20霊場椿堂のご住職から頂いたツバキも蕾が熟しており、ツバキの花が咲く中から今年の四国遍路がはじめられそうです。
 
                                3月18日の一言

名古屋市長の南京発言が各地へ影響し

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 私の事務所の入り口には、「犬が飛び出します!!」と記した柵が置かれ、「道路に出ると死にます」と、「小さいものの狂犬です」と記して、訪れる人々を足止めし、私の相棒であり事務局長のリマが道路に出ないための柵が存在します。
 
 私の事務所は県道名古屋津島線の通りにあり、平成13年7月に生後3ヵ月の愛犬モモが宅配便の運転手の空けたドアから飛び出して、車に轢かれて死んだ事から、愛犬を守るためには必要不可欠な措置ですが、この柵のために確実に訪問客が減っており、「犬が嫌いな人もあるから…」と家内の反発もありましたが、「勝手に来るお客さんよりも相棒が一番だ」と暴言を吐き、議員としても事務所に入りにくい環境は問題とは判っていますが…
 
 さて、1ヵ月ほど前に、名古屋市の河村市長が「南京大虐殺は無かった」と受け取れる発言をした事から、南京市だけでなく中国各地との交流が途絶え、本日の朝日新聞には中国湖北省で開催予定だったイベントが延期されるなど、名古屋市だけの問題ではなく日中友好に水をさす大きな事件となりました。
 
湖北省も交流イベント延期意向 河村市長発言が影響か
「南京事件なかった」と河村氏発言 中国からの訪問団に
 
 南京大虐殺があったかどうかよりも、太平洋戦争においては確実に日本軍によって中国の大量の一般住民を惨殺したことは歴史上でも明らかで、過去の不幸な事件として反省だけでは済まされない問題でもあります。
 
 私は河村市長の周りが反対であっても自分の信念を貫く政治姿勢は尊敬するものの、名古屋市の首長として名古屋市や愛知県民にも影響する無責任な発言には、一個人として何を言っても大して問題とされない国会議員とは違う首長としての責任が欠如しており、政治生命に関係なく謝罪すべき責任があると思います。
 
 名古屋市は、昭和46年に当時の卓球協会会長を務めた愛知工業大学学長の後藤鉀二さんの尽力により、当時外交がなかった中国と卓球によるピンポン外交が実現し、このピンポン外交が翌年の日中国交正常化につながった歴史があり、南京市とも30年を超える交流が続けられてきました。
 
 政治家として自分の志や思想を貫くこととは重要かも知れませんが、過去に多くの先人や関係者によって積み重ねられてきた名古屋市と南京市や中国との友好関係が一転してしまった発言の責任は大きく、謝罪したところで修復できるような単純な事件ではありませんが、発言の責任は無くなりません。
 
 我家の相棒の安全のために柵を置いて来客を拒むような個人的な問題と、名古屋市だけでなく日中間の問題を一緒に論ずることはできませんが、何かを行ったり発言した責任は自分にあり、改善する可能性も自分にあることを自覚していくべきかもしれません。
 
                                3月17日の一言

巨人軍の金権が大学にも波及しており

 プロ野球・読売巨人軍の高額契約金問題で、新たに大学野球部の監督が、退職後に巨人軍から業務委託料として2千万円を受け取る覚書を交わしていたことが発覚して新聞紙上へ報道されている。
 
 日本学生野球協会は、「選手や監督などへの利益供与があった場合、当時から『学生野球の本義に違背する行為』として処分の対象としている」としながらも、「ただし、利益を実際に受けていない場合は問題とならない」と歯切れが悪いが、こんなことが存在したこと自体が問題であり、紳士たれと言われた巨人軍は悪銭まみれで、読売新聞にも公器としての自覚も見られません。
 
 かつて、ヤクルトの古田選手の正論に対して、「たかだか選手ごときが」と吠えたオーナーが新聞社のトップに君臨し、公正であるべき政治にも主導的立場で介入し、野球界のルールも無視した横暴が現在まで続いており、こんな話題がプロ野球の夢を壊していきます。
 
大学監督に業務委託金約束 巨人、将来2千万円 
 
巨人、6選手に契約金36億円 球界申し合わせ超過
 
 私も長嶋監督の選手時代から巨人の大ファンであり、最下位になっても応援し続けてきましたが、巨人生え抜きの選手が粗大ゴミのように切り捨てられていく現実と、大リーグでは通用しない国内主力選手を銭にまかせてごっそり集める手法が嫌で、巨人ファンを辞めると自然にプロ野球自体に関心が無くなっていきました。
 
 今年はかつて長嶋監督の下で巨人の3塁を守った中畑選手が横浜の監督に就任し、チーム力は最悪かも知れませんが、監督がトップセールスとして身体を張って頑張る姿に、自分の若かりし頃を思い出して新鮮な気持ちにされましたが、巨人の球界の申し合わせを無視した金権体質に改めて反吐が出てきました。
 
 過去の案件と罰則は決めてなかったとは言え、新人選手の契約金についてのプロ12球団の申し合わせ事項については、入団する選手は知っていて当り前の事ゆえに、申し合わせを超過する契約金を貰っていた6選手は、ルールそのものが重要なスポーツ選手として不純であり、白々しくプレーを続けてきたのである。
 
 こんな選手が反省する発言もせずに、屋根の下でぬくぬくとプレーする野球に、野武士のように下積みから成長した選手たちや、弱小チームの躍進を期待したいものでもあります。
                               3月16日の一言

木村拓哉さんに同情したい報道に

 SMAPの木村拓哉さんが昨秋から今年初めにかけ、乗用車を運転中に2回、道交法違反(速度超過)容疑で摘発されて反則金を支払っていた事を所属事務所が発表し、朝日新聞が報道するとともに、テレビCMに起用しているトヨタ自動車も「本人も反省している」と放映を続けると発表したと報じられています。
 
 人気のある芸能人ゆえ、当り前の報道なのかも知れませんが、第三者に被害を与えた交通事故でもなく、意図的に犯した不法行為でもないのに、こんな事まで報道される木村拓哉さんに同情するとともに、こんな報道をした以上は、朝日新聞社の記者や、国会議員などのスピード違反は必ず新聞紙上に公開して欲しいものでもある。
 
 スピード違反を軽視する発言は、「交通事故を助長する」とか、「重大事故に直結する」と警察関係者に言われた事があるが、ほとんどの国民が検挙はされないものの、法定速度を超過する走りを経験しており、検挙する警察側の警察官がスピード違反で検挙されているケースも存在します。
 
 今回の報道が本当に必要だったかどうかは私が判断する事ではありませんが、こんなことまで報道したことは、取り締まる側の警察官のスピード違反は全部公開して報道されなければ、取締りをうけて行政処分や罰金を支払う国民には納得ができません。
 
 こんなことまで報道されることは、木村拓哉さんの有名税と言われればそれまでですが、最近では交通事故の死亡事故ですら報道されない事があることを考えれば、公器としての新聞のいいかげんさも実感させられます。
 
木村拓哉さん、スピード違反で摘発 免停に 事務所発表
 
木村さんCM、トヨタ放映継続 道交法違反「反省」
 
 こんなことを記して、朝日新聞社や記者に恨まれたり、警察官に恨まれても得にはならないのでこのあたりにしますが、経営の効率化や人員削減によって地方の取材網や記者が減らされ、地方で起こっている事件が社会に報じられなくなっている現実も朝日新聞社には考えてもらいたいものです。
 
                                3月15日の一言

政治の理想と厳しい生活の現実との狭間で

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 本日は私の所属する会派「青風会」の先進地視察を打ち合わせ、連日の議会や委員会の慰労も兼ねて(と言ってもお昼のランチでしたが)蟹江町にある「六三」まで車を走らせましたが、さすがに人気店のため9番目の予約待ちとなりました。
 
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 しかし、人気店だけに順番待ちの客にも十分な配慮がなされており、ポケットベル(左)を渡されて、席が空くまで外をのんびり散策することも可能で、近くにある本屋さんに行くこともできますが、店内ばかりではなく、店の外にも15人は座れそうな大きな木製ベンチが置かれています。ちなみに、私はモダン焼きのランチを選択しましたが、野菜サラダとモダン焼きに、各種選択できるライスと飲み物とデザートがついていました。
 
 隣の席との距離に配慮してあり、大きな声で話しても迷惑にならず、プライバシーも気にならない目線となっており、慣れない場所には出かけたくない私でも、今度は(新婚宣言の)家内を連れて一緒に来ようかと思ったようなお店でした。
 
お好み焼きと鉄板焼の「六三」  http://rokusan.co.jp/
 
 さて、会派3人で突然に先進地視察の話となったのは、議会の一般質問の中で、「議員の視察は税金を使った観光旅行だ」と叫んだ議員があった事から、私自身は数年間政務調査費を使った視察を封印していたものの、視察を否定して一度も視察の経験もない議員の批判は的外れで、先進地事例を否定する事から新しい発想は起こらない事から効果を実証したいと思います。
 
 もっとも、私自身も観光や慰安会のような視察を実際に見た経験があり、そんな体験はしたくないことから会派を抜けて一人会派を続けた経験があり、市民オンブズマンの批判もある事から、公費による視察を封印していたものの、自己負担による視察は続けてきました。
 
 一方で、政務調査費についても、月額50万円を超える調査費を支給しておりながら、領収書すら添付していなかった名古屋市議会や愛知県議会に対する市民オンブズマンの批判と、年額15万円以内で領収書添付の津島市議会を一緒にした批判は的外れで、現実には15万円を超える調査費は自己負担となっている事から、議会での質問や要望の実現には先進地の成功例は欠かせません。
 
 下に添付したのは、赤字路線で鉄道が廃線される危機を地元住民が主体となって再生させた和歌山県貴志川線の公共交通会議の事例と、大阪府が羊を備品として購入し、年額30万円の飼育代で、年額150万円を超える除草やゴミ処理の経費を住民が浮かせているアダプトリバー事業、巨額な赤字に悩む市立病院経営を救った院内で開業医に診療させる事例、工場内で野菜や植物を作る植物工場などを検討しましたが、日程的に全部は行けませんから、行ける所から挑戦します。
 
和歌山電鉄貴志川線 http://www.wakayama-dentetsu.co.jp/
 
大阪府和泉市・羊による河川の除草
 
芦屋市立病院・院内開業の医師募集
 公立病院内の院内開業 http://www.izai.net/asiya.html
 
京都府南丹市の植物工場
 
 さて、私は議員専業となっており、自分とは無関係と思っている税金の確定申告の締切日を明日に控え、我家は家内の申告が必要となっていますが、内装設備で投資した資金も回収できないままに空家となった貸店舗にも、3万円程度の税金がかかるとの話で、初期投資分の借金を回収できずに返済のため会社に勤めて家内が天引きされる税金と併せて、何もしなかったら支払う必要のない税金で、私の扶養家族だったと考えると、国の税制や身勝手な増税に腹のたつ一日ともなりました。
 
                            3月14日の一言 

本日も委員会は7時を廻って…

 本日は総務文教委員会が開催され、連日の委員会と同様に審議は延々と続き、委員会の終了時には午後7時を廻っており、本日が火曜日である事を完全に忘れていた事から、書道会の恩師をそのまま迎えに走り、着替える事無く書道を続け、夕食は9時過ぎとなってしまいました。本日の昼休みも、市民の相談者との連絡と、愛知県へ報告する書類を校正していた事から、昼食抜きで珈琲だけとなってしまいました。こんな生活が続くと減量にはなりそうですが…
 
 さて、今回の議会中に「津島市障がい者福祉計画・障がい福祉計画」の原案について報告を受けましたが、かつては「障害者」と記してあった表現が、最近では「障がい者」と記されるのが当り前となりました。
 
 津島市議会でも、議会議事録にかつては「障害者」と表記されていましたが、私が愛知県の人にやさしい街づくり連続講座と関わるようになった8年程前から、私の議事録は「障がい者」と記録するように訴え、何度も「害」のままにされましたが、最近では徹底されるようになってきました。
 
 今議会で発表された前記の「障がい者福祉計画」は、福祉課の担当する仕事ですが、行政側から「害」を「がい」と改めたと説明があった事に、社会の変化を実感させられたものの、計画書を読むとただ単に「害」を「がい」と置き換えただけで心が無い事も実感させられました。
 
 「障がい者」を「障害者」と記す事は、世の中の「害」のような印象を与える事から、関係する人々が「障がい者」と記すように訴えておりましたが、「害」をひらがな表記すれば良いのではなく、肝心なことは意識にあると思います。
 
 もっとも、障害者手帳を持つ私の知人は、障がい者の自律や権利意識は高いものの、何のこだわりもなく「障害者」と自分を表記しており、あまり表記にこだわる必要はないのかもしれませんが、行政の思いつきは漢字を平仮名に変換しただけで、高齢介護課が今議会に発表した「高齢者福祉計画」の中には、「障害者」とそのまま表記されていました。
 
 さて、さて…
 
 委員会が終わり、議会最終日が迫りますが、手帳のカレンダーに残されていた空白のスペースも既に行事が詰まっており、詰まってしまっている日程の合間で仕事をこなしていく無理難題の生活が延々と続きそうです。
 
                                 3月13日の一言

忙しさを励みにできる心境になり

 津島市議会には、先週の金曜日に開催された厚生病院委員会と、本日開催された経済建設委員会と、明日に予定されている総務文教委員会の三つの常任委員会があり、私は経済建設委員会に所属しています。
 
 私の会派は3人の議員で活動しており、3人がそれぞれの委員会に所属していますが、先週に終わった厚生病院委員会が夜8時を廻った事と、明日の総務文教委員会も長時間の審議が予想される事から、本日の委員会が何時に終わるか興味がありました。
 
 議員が文字の記録として残るブログに記しておくのは不謹慎かもしれませんし、誤解されて職務怠慢とお叱りを受ける可能性もありますが、良心的に解釈してもらえると信じて、本音を記しますが、仕事とは言え、議会にしても委員会にしても、「早く終わって欲しい」のは本音で、私は「午前中に終わる」予定で出席し、午後を廻ると、「午後2時まで」から、「午後3時には」となり、「市役所の閉庁時間(5時15分)まで」と目標を下げていきます。
 
 「大鹿さん、今日は何時まで続きますかね」と、同じ会派のY議員に問われ、「午前中には終わるよ」と応えると、「そんなことは無いでしょう」と笑われましたが、あくまで願望で答えており、本日も昼食時間となり、午後も延々と委員会が続き、終了した時は午後4時47分となっていました。
 
 委員会終了後に雑用を済ませていると閉庁時間を迎え、駐車場に走ると懐かしい同級生がご夫婦で市役所から出てきた事から、道草で珈琲屋さんへ誘って花を咲かせ、帰宅は午後7時を廻ってしまいましたが、週末に相談された複数の仕事を休憩時間の度に走り、昼食抜きで親しい職員(同級生)と珈琲タイムとしており、帰宅後は本日の結果を依頼された相談者に伝えてから夕食となります。
 
 さて、議会は23日が最終日となっていますが、会派では今まで実施してこなかった先進地視察を、「今年は是非ともやろう」と話していたものの、今年度も半月を残すのみとなっており、個人的には同窓会報の協賛広告主約40軒へ集金に走り、小学校の卒業式や政治資金収支報告書の提出など、欠かせない仕事も山積する中で、私個人の会報の発行と配布も残されています。
 
 そして、半年前から休止していた「四国遍路」についても、昨年の秋から4人の同行希望者から連絡をいただきながら、訪問しても安心して日程が決められないため今まで放置してあり、これも今週中には決定しないと出発もできません。
 
 今年の1月から2月にかけて、(病気ではありませんが)精神的に厳しい「鬱」状態に陥っておりましたが、愛知県から委託された2月19日の地域セミナーを無事に終えた事から、確実に「躁」状態を続けており、忙しい中でも人との出会いが快調の源となっており、忙しいことをグチにしても苦痛を感じない不思議な心境となっています。やはり、議員は忙しくとも、市民からの相談や依頼が多ければ多いだけ身体が自然に燃焼していくようです。
 
                              3月12日の一言

完全に春の息吹を実感し…ハーブを植えました

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 本日は三男が三重県桑名市のユニクロ店で購入したズボン2本の寸法直しに大治町のユニクロ店を訪れましたが、さすがは世界品質の企業だけに、どのお店で購入した衣類でも自社製品であれば無料で直している事に、当り前と言えば当然の事かも知れませんが、実際には出来ない店も多い事から感心させられました。
 
 ただし、私にはユニクロ製品は馴染まない事から、隣にあった大きな花の園芸店を訪れましたが、尾張西部地域の園芸店や三重県の園芸店には存在しなかったハーブの種が多数揃っていた事から購入したところ、別のコーナーにはハーブの苗も多数並んでおり、とりあえず「ポリジ」を購入してきました。
 
ハーブのある暮らし ポリジ
 
 苗にはムラサキ科の一年草として、開花期は5月から9月と記され、サラダ、魚介、肉料理などに利用できる説明がありましたが、帰宅後にネット検索した中には、効能として、鎮痛作用、強壮作用、解熱作用、消炎作用、発汗作用、去痰作用、催乳作用、坑鬱作用、利尿作用が紹介されていました。
 
イメージ 2 草花嫌いだった(樹は好きなんですが)私の豹変振りには家内もびっくりですが、一週間前には「宝交早生(写真左)」と「草姫」というイチゴの苗も購入し、これは孫のイチゴとして植えましたが、今まで畑にイチゴが栽培してあっても採りに行った事のない私が、事務所の横や庭とは言え、私の植木鉢が並びだしており、これからは計画的に配置しないと大変なことになりそうです。ちなみに、宝交早生はランナーが多く発生すると記されており、4月から6月に実がなり、草姫は12月から7月に実り、実は卵くらい大きいと記されているので楽しみです。
 
 草花嫌いと記しましたが、私も30年前には観葉植物を続々と購入し、家の中では置ききれない事から、鉄パイプのフレームを組み立て、6畳程度のビニール温室を造り、土中には保温用に熱線まで埋め込んだ経験があり、家族の大ブーイングの中数年後には高額な植物は全滅となり、どうでもよい強い植物は、庭の樹や壁にびっしりと張り付いて今では除草されるだけの存在となっています。
 
イメージ 3 そんな経験から、観葉植物から花の咲く樹木に関心が変わり、鉢植えでは限界のあるアンズやブルーベリーがどんどん庭に進出し、今では植える場所が無い状態となっており、最近になって関心を持ったハーブも植える場所に困るような状態となっています。
 
 昨日の一言に、家内の在所の梅の花を添付しましたが、我家に3本ある梅も開花しており、一週間後にはサクランボの花が咲き、月末には我家の名物アンズも開花すると、完全に春の話題しか思いつきません。
 
 
                3月11日の一言

義母の一周忌で春の息吹を感じて

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家内の在所は梅が満開です
 
 本日は家内の母親の一周忌でしたが、昨日の夜が遅かったことからゆっくり起きて、風呂で頭を洗ってから出かけようと思って寝込みましたが、「遅いから起きてよ」と家内に叫ばれ、あわてて着替えて助手席に座ったものの、私のせいで遅くなってしまったと文句を言われながらの在所行きとなりました。
 
 家内は一男五女の末子で、姉妹が僧侶の読経中にも台所で雑談に花を咲かせており、法要は1時間もかからず終わったものの、昼の食事や昼食後の世間話が長く、帰宅した時には夜になっていました。
 
イメージ 2 もっとも、在所は同じ愛知県でも木曽川をはさんで岐阜県と接しており、昼食会場も木曽川を渡り、養老山脈の山々の木々が見えそうな田舎で、入り口の梅が満開となっており、畑の土手にはもう「ツクシ」が生えていたことから、本日が3月議会の合間である事や、まだまだ伊吹山に雪が残されている事も忘れ、春の息吹を感ずる一日となりました。
 
 2月から忙しい日々が続いており、外をゆっくり歩くのは昨年の12月以来のこととなり、道端や土手に芽吹いている植物を見るのも久しぶりだった事から、普段なら家内たちの雑談の長さが疳に触り、「何時になったら帰るんだ」と怒鳴ったかもしれませんが、「お父さん、何処に行っていたの」と存在すら忘れられていましたが、文句を言われた行きと違って夫婦円満の帰宅となりました。
 
 予定では娘が孫と訪れる予定だったようですが、風邪ぎみのため訪れなかったものの、電話で元気な声を聞かせてくれた事から、孫と電話で会話が続いた事も初めてのことで、春の訪れと孫の成長も感ずる一日となりました。
 
                                3月10日の一言

委員会が夜八時過ぎまで続き…

 本日の津島市議会は厚生病院委員会が開催され、朝9時から昼の1時間の休憩をはさんで延々と質疑が続き、審議が終わったときに時計の針は8時7分を指していましたが、私が議員となった13年間では2番目に長い委員会となりました。
 
 厚生病院委員会は7人の議員で構成され、朝9時から会議がスタートし、委員は勿論のことですが、市長と2人の副市長は最初から理事者側の席に座り、最初の30分程度は市民病院の審議にあてられたものの、健康福祉部の各課職員も夜まで座るとは思ってもいなかったと思います。
 
 私は委員ではなく、傍聴席で傍観者のように座る一日となりましたが、遅くなっても5時には終わるだろうとの予測が大きく外れ、6時には一旦委員会室を退出して帰ろうとしたものの、自分の控え室に置かれていた「議会事務局まで」の置手紙で引き止められます。
 
 「〇〇課の〇〇さんが渡したい資料があり、夜7時までは待っているとの話です」の伝言に、〇〇課に走り説明を聞き、自宅に電話すると用件は済ませそうだった事から、再度委員会室に戻りましたが、〇〇さんはこれから訪れる市民を待つ約束を電話でしており、仕事とは言え女性である事を考えると大変な職場です。
 
 さて、家内が2日間不在であった事から、このまま夕食と思って帰宅すると、「〇〇さんが相談したい事があるらしい」とのメモが事務所に残されており、連絡すると「今すぐにお邪魔したい」と、小雨とは言え天候の悪い夜に走ってこられるのは深刻な問題でしかありません。
 
 内容は記せませんが、大変な状況と日時に迫られており、明日から2日間は市役所が休みのため月曜日からしか動けませんが、月曜日には自分の所属する経済建設委員会があり、これは途中退席が許されませんから、休憩時間を返上するしかありません。
 
 議会の本会議場や委員会室は携帯電話の持込みが禁止されておりますが、マナーモードにして持ち込んでおれば、本日は傍聴の立場だっただけに、連絡を取り合って市役所が開いている間に対応しておれば…
 本日の委員会は任意の傍聴だった事から、途中で抜け出してサボっておれば簡単に役にたった可能性も強く…
 
 議員にとって議会や委員会は重要な仕事ですが、この期間中には「明日は議会があるから」と断ったり、先送りとしてしまうケースも多く、私の携帯電話には急病とか高齢者からボランティアを求める連絡もあり、改めて対応を考えさせられる一日ともなりました。
                                   3月9日の一言

本日の我家は相棒が主役です

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 本日は中学校の卒業式が行なわれ、199名の卒業生が母校を巣立っていきましたが、ひと時とは言え、昨日の同窓会入会式後に語り合った元気の良い生徒達が校門に入るため待機している私の車の外から挨拶をしてくれた事から、来賓としてだけでなく関係者のような心境で見送る事となりました。
 
 さて、我家では昨日から家内が三男を車に乗せて和歌山県まで走って行きましたが、私の母親と妹も同乗している事から、本日は相棒リマだけが我家の留守番となっており、私しか居ない事から必死についてきます。
 
 毎朝必ず最初に顔を合わせ、散歩と朝食をもらっている家内が存在せず、昼間と夕方担当の私に散歩へ連れだされ、同じドッグフードを与えても食べません。もっとも、空腹には耐えられなかったと思え、帰宅した時には食べてありましたが…
 
 深夜族の私は朝が苦手で、日中も家族に関係なく日程を消化している事から、家族の行動には無関心となっていますが、相棒にとっては家族の出入りは重大な関心事となっており、カバンに荷物をまとめて出て行く家族を見ていることから外が気になって仕方がなく、外から聞こえる物音に飛び出していきます。
 
 ただし、家族が居ないことから私の暴君としてやりたい放題で、私が何かを食べようとすると、自分が先とばかりに付きまとい、「ドックフードなんか食べられるか」とまでは思っていないものの、私と一緒の物をねだります。
 
 こんな状態のために、夕方に訪問された知人には申し訳ない事でしたが、相棒を抱えた応対となり、久々の珈琲タイムも助手席に同乗し、車中から店内の私を凝視し続けますから慌てて退散です。この生活が明日まで続きますが、明日も市役所で委員会がありますから心を鬼にしてケージに入れなければなりません。
 
 家族の和歌山行きは、柔道整復師の国家試験に合格(予定)した後に、4月から就職する三男の自動車免許証を短期で取得するため、和歌山県の自動車学校に行く事となり、電車で行く予定を立てていた三男に、「新婚宣言」した私が家内と送っていく事を勝手に決めていましたが、公的スケジュールを全く無視していた事から、とんでもない悪者となって一人で留守番となった次第です。
 
                                   3月8日の一言 

中学校の卒業生にズレた話を…

 私の地域では、明日に公立中学校の卒業式が行われますが、地元の中学校では前日に卒業式の予行練習が行われ、この行事に併せて同窓会の入会式が行われており、会長として卒業生に簡単なお話をしてきました。
 
 中学・高校時代の問題児であり非行少年が会長ですから、何を話すか話題の選択は重要で、過去に自分の非行体験や高校の落第体験などを語り、「なんで、わざわざ自分の汚点をさらしてしまったか」と悔いた反省が脳裏に浮かび、本日は過去に感動したハンマー投げ室伏選手のお父さんで、アジアの鉄人と言われた室伏重信さんの話と、将棋の天才・鬼才と言われた升田幸三さんのアドバイスを組み合わせた真面目な話を紹介したものの、平成生まれの卒業生には判らない話でしかありません。
 
 真面目に聴いてくれた卒業生も多かったので、少しは理解してくれたと思いますが、私のような不良少年の後輩には退屈な話で、途中から入ってきて、そのまま会場を立ち去るなど、先生も注意できない雰囲気の生徒が存在しました。
 
 挨拶が終わり、校長先生と式場を出ると、学ランを着込む卒業生がたむろしており、そのまま校長室に先導されましたが、このまま無視して退出するのは自分らしくない事から声をかけました。
 
 「オレも君たちみたいな生徒だったんだぞ」
 「ふーん、オジサン誰ー?」
 「同窓会長さんだ」 (校長)
 「高校に行っても絶対に辞めるなよ」
 「彼らはもうすぐ入試なんです」 (校長)
 「オジサンはぐれて落第して高校に5年も行ってたんだぞッ」
 「うそー、本当ーに?」
 「ウソじゃない、卒業した時は成人式をすぎてた」
 「オジサンって、もしかして有名人の人?」
 「そうだぞ、立派な先輩だぞ」 (校長)
 「もしかして、青い看板の人?」
 「おおしかさん?」
 「そう、そう、よく名前まで覚えとってくれて有難う」
 「前を通るもん」
 
 こんな感じで、真面目に会場に座っていた卒業生が全員退出した後まで、校長先生と2人で少年たちとの会話が弾み、式場の外に存在した卒業生たちと、素直な会話に発展したことから、もっと自分の非行体験を語って、私と同じように学校からはみ出している後輩たちの力になればよかったと反省です。入試を控えているものの、彼らの高校生活には厳しい現実が存在しそうです。
 
 私は同窓会長となっていますが、校長先生は小中学校の同級生で、卒業生の校長先生は珍しい存在であり、地域のボランティアを受け入れ、生徒も地域行事に参加する姿が新聞にも紹介されています。
 
 校長先生も定年まで2年と迫り、私も校長の定年を機会に会長を辞めると宣言していることから、母校の発展とより充実した教育環境を実現する話が昼食も忘れて延々と続き、時計を見ると2時を廻っていました。
 
 同窓会長としても、一市民としても、自分の非行体験と、不登校の先輩として、学校に来られない生徒や、非行に走って警察と縁がありそうな後輩たちと確実に語り合える雰囲気を実感したことから、具体的にボランティアに名乗りをあげてみたいと思います。
 
 大阪市の橋下市長が、義務教育の落第をイメージする発言をされましたが、落第に至るまでに、横道にそれて学業に遅れが出た生徒を救う手立てが重要で、私の中学時代にも私の学業の遅れを心配した人が、大学生の息子さんに勉強を教えてくれるように手配していただきました。自分の受けた恩を返せる機会も少ないため、ちょっと頑張りたいと思う母校訪問となりました。
 
                                  3月7日の一言

発言の責任を考える一日に

イメージ 1 本日の津島市議会は、昨日の代表質問に続き一般質問が行なわれ、午後6時過ぎまで10人の議員の登壇が続き、議会終了後には議会中の議員の不適切な発言を巡って議会運営委員会が行なわれたことから、市役所を出たのは7時を大幅に廻っており、本日開催される書道会の恩師も他のメンバーに迎えに走ってもらう事になりました。
 
 私も過去の議会中に発言を不適切と問題にされた事があり、当時の市長に「このままでは、市民からバカ市長と言われ続ける」と、脳卒中で長期入院後に車イス生活となった市長に、適切な判断ができないまま市長の職にとどまった行為を批判した発言に、多数の議員から批判があり、議会議事録から「バカ市長」部分を削除された事がありました。
 
 この時は、本当に複数の市民の方から聞いた事をそのまま発言しただけでしたが、私の本意とは違うものの、議員になって間もない時期だっただけに、事を穏便に済ますために素直に議事録からの削除を受けました。
 
 また、5年前には「議員は勉強不足」とこの一言に記した事が他の議員の批判を受け、全議員が揃った委員会室で質疑を受け、「勉強不足の議員は誰を指しているのか」と厳しい批判の集中砲火を受けたこともありました。
 
 議員の中に、「懲罰委員会にかける」と発言した議員の存在を知り、親しい新聞記者にブログを確認してもらい、「こんなの問題にもならない」と言われ、「こんな事で懲罰委員会と言われたら、津島市ではなく県政の記者クラブで訴えるべき」とのアドバイスに、知り合いの弁護士に確認して質疑に応えました。
 
 表現の自由が保証された中で、地方議会では国会議員でも問題とされない発言や記事の一字一句に目の色を変える議員が存在し、理不尽と思っても多勢に無勢となり、こんな時は自分しか頼りにはなりません。
 
 本日問題となった発言については、発言した議員には全く悪意は無いものの、発言を文字に残す議会議事録として読み直すと、国会の大臣でも辞職に追い込まれる可能性もあり、明らかに発言ミスであり、議会最終日に議員自ら釈明することになりましたが、さてどんな顛末になるでしょうか。
 
 一方で、大臣や総理大臣でも辞職覚悟となる不用意な発言も、マスコミに注目されている国会とは違い、新聞記者すら傍聴していない地方議会では問題ともされず、見過ごされてしまうとしたら問題で、大問題として批判する議員の正論が批判されるのも的外れと思います。
 
 昨年の総選挙で新たに加わった新人議員の存在が、善し悪しは別としても確実に津島市議会に新風を吹き込んでいる事は確実で、連日時間延長される議会運営にも意外に疲れが残りません。
 
                                 3月6日の一言

3月議会代表質問が終わって

 津島市議会一般質問は、会派代表者による代表質問から一般質問まで16人が通告書を提出(議員総数20名)しており、本日は6人の代表質問だけで5時を廻ってしまい、2日目の明日は一日に10人の議員が登壇することとなります。
 
 代表質問は大きい会派から順に始まり、私の所属する「青風会」は3人しかおりませんが、3番目の登壇となり、11時18分に始まったものの、昼の休憩を挟んだ事から1時45分までのロングランとなりましたが無事に終わりました。
 
私の3月議会質問内容
1件目 津島市の公共交通について
 要旨 ・鉄道の利用状況と津島市の関わりについて
     ・青塚駅の駐輪場の廃止について 
2件目 津島市の在宅支援について
 要旨 ・高齢者の安否確認と緊急通報システムについて 
3件目 市内公共施設へのインターネット環境整備について
 要旨 ・公の施設へのフリースポット設置やネット環境整備について
     ・市民病院入院患者のネット環境整備について
 
 さて、1件目の公共交通については、鉄道やバス路線がダイヤ改正の度に便数を減らされている事から、国の交通基本法の制定が条件となりますが、これまで行政主導の巡回バスだけしか協議されなかった地域公共交通会議や法定協議会によって、電車や路線バスの協議が実現するまで根気勝負の質問です。
 
 2件目については、旧態依然とした緊急通報システムの改善を求めた質問で、地元の有線テレビとの共同開発も提案しましたが、市役所も前向きな回答となり、家族が仕事に出かけた後で、昼間に一人暮らしとなる「日中独居老人」の把握と対応も求めました。
 
 3件目については、市民病院の患者から入院するとパソコンから病状に対するネット検索ができない不都合を訴えられていたことから質問しましたが、今後は入院する前に相談すればパソコン使用ができるよう配慮する答弁があり、これまでこそこそと使用されていたパソコンが堂々とできるようになり、1階レストランは入っている業者と協議し、玄関横のロビーは医療機器への影響を確認後に実現したいとの答弁を得ました。
 
 一方で、市役所1階のロビーについても、パソコンは配置してあるものの、市民の持つフリーメールやブログの確認もできないアクセス規制がかけてあり、改善を希望する声と同時に、フリースポットの設置要望も存在し、議員からも何とかして欲しいの応援の声を力に、何とか公衆無線ランを公の施設に設置していく方向に理解をもらえたと納得の質問となりました。
 
 「検討します」とか、「○○実施計画の中で…」などと、実施予定の年月未定の答弁が多い事から、毎回多くの資料を抱えた質問となりますが、2件目と3件目の質問については行政側も理解を示した事から、持ち合わせた資料が無になりましたが、過去と比較して行政と目的を共有できる質問となったように感じました。
 
 明日は9時から一般質問が再開され、一番バッターに私の会派のU議員が登壇して防災行政と公共交通について質問し、明日の5番目にも会派のY議員が大地震発生時の対応と、植物工場誘致の推進、市民病院の敷地内の喫煙について質問しますが、若い議員の存在が私を奮い立たせてくれます。
 
                                  3月5日の一言
追伸
今回の議会質問は、3件とも質問後に自身の行動も必要となる質問だけに、忙しい仕事が増えそうな気配濃厚となります。閉会後の四国遍路息も、しばらく封印して議会に集中です。

昨晩は家内と映画鑑賞に出向いて

 今年になってから家内に「新婚宣言」をして、本来新婚生活をおくるはずたった時期に学生起業していた事から、そんな時間が無かった事の反省と、子育てに関わる時期に仕事を拡大した挙句に、ミニコミ誌の発行やPTA活動により家を空けてばかりだった罪滅ぼしの「新婚宣言」でもあります。
 
 現実には3月議会は、2月の下旬には始まって3月末まで続き、その間にも小中学校の卒業式や公的行事もある事から難しく、議会の合間を見つけて一緒に出向く約束をしていた和歌山県行きも、家内が会社の年休までとって休んだものの、私の行事で潰れ、一人では出かけられ事から、私の母親と妹が一緒に行くことになりました。
 
イメージ 1 こんな背景もあって昨晩の夕食中突然に、「今から映画に行こうか?」と言ったものの、慌てて上映時間を調べるとともに、着替えと到着する時間を考えると夕食もそこそこにする出発となりましたが、ここでも私の車の車高が高い(2m26cm)ために、家内の車を家内の運転となり、私の運転手役のような展開での映画鑑賞となりました。
 
 一方で、我家から5分も走れば地元に映画館があるものの、私はこの映画館の経営に関わる津島市を本社とするショッピングセンターが、過去に小学校低学年の少女2人が起した万引事件に、自店では何も対処せぬままに、警察に通報して警察のパトカーに乗せ、この事件が多数の保護者に広まってしまった事件以後から、頑なに不買運動を続けているために、名古屋市の映画館まで走る事となります。
 
中川コロナシネマワールド http://www.korona.co.jp/cinema/nak/nowRoadshow.asp
 
 こんな慌ただしい身勝手な映画鑑賞でしたが、鑑賞した「戦火の馬」はさすがにスピルバーグ監督の作品だけあって、苦しみの中にも笑いを誘い、悲惨な戦争下で生き別れとなった馬と少年が、戦火をかいくぐって生き延び、傷つきながら奇跡のような再会を果たして両親の待つ家に帰ってくる感動作品に、日頃の鬱積したストレスや不満は吹っ飛びました。
 
 映画を鑑賞後には、家内と2人では今までに記憶のないマクドナルドに入り、帰宅したのは午前1時を廻ってしまいましたが、普段は家内が眠っている時間だけに、時間や生活の常識にとらわれなければ、一日は24時間ある事からまだまだ失った新婚時代の時間は取り戻せると思います。
 
 明日は議会の一般質問が開催されますが、この1時間の登壇を心地よい緊張感にするために、私は数年前から原稿無しで資料のみとしており、この緊張感から開放される明日の午後まで暫しのストレスがかかります。
 
                                3月4日の一言

四国遍路の季節が近づきましたが…

 四国八十八ヶ所霊場会が監修し、愛媛県松山市の伊予鉄不動産(株)からから発送されてくる「へんろ」3月号が届けられましたが、編集後記に気になる一文がありましたので転載いたします。
 
編集部から
 「巡拝百回以上の人からいただいた錦の納札は、通常お守りとして大切にする。この納札を売る、または売るに近い行為をする人がいる-との噂は以前から耳にしていた。改めて断わるまでもなく、四国霊場でまかり通る行いではない。
 錦や金の納札が尊いのは、その人が巡拝した回数ほど心が篭もっているからであり、それを売買の対象としたときからただのお札になってしまうのではないか。
 理由もなく錦の納札を差し出し、見返りを求める素振りを感じたら、受け取るべきでないと思う。」
 
 
 さて、私の四国遍路は平成13年から始まり、「四国八十八ヶ所に一度は行ってみたい」と思う人々と私が運転するマイクロバスで観光気分でスタートしましたが、巡拝するうちに納め札入れから金の納札を探す慣習を知り、全員が納札を探しながら参拝を続けた事もありました。
 
イメージ 1 納め札は、参拝した回数によって色が違い、最初は白の納札ですが、5回(5周・5巡)以上から緑の札になり、7回から赤、25回から銀、50回から金となり、錦の納札は100回以上巡拝した人でないと持てません。
 
 問題は、添付された記事のように、「納札を売るか、売るに近い行為」で、錦の納札を見せて「気持ちだけで良いですよ」と言いながら、千円程度を求める巡拝者が存在することで、私も最初は人に勧められて謝礼を手渡して入手し、大切に保管していました。
 
 しかし、次に巡拝した時にもその人物に遭遇し、私は懐かしさから駆け寄りましたが、その時に求めた納札に記された名前が前回と違っており、この事を問うと「前から一緒」と言われ、更に問い質すと「お寺から法名を貰った」などと言い訳をしていましたが、明らかに納め札を売るに近い詐欺行為でした。
 
 四国を巡拝すると、納め札を探して納札入れの中の覗いて掻き回している人も散在し、私も最初は金や錦の納札に興味がありましたが、現実には巡拝した回数で札の色が違うだけで、記された人物がどんな人か判らず、中には自分の犯した罪を償うために巡拝している可能性もあり、中には大先達となっていても自分勝手で地域から嫌われている人も存在します。
 
 最近の私は、自分の納札を入れる際に、私が手にするのが当り前のように感ずる時に錦の納札を頂くことはありますが、知り合った大先輩の先達さんや、親切にしてもらうお寺の関係者から頂く機会が増えたことからむやみに持ち帰らなくなりました。
 
 何度も巡拝していると、出会った人との会話や巡拝の動機が気になり、若いのに親の病気治癒を願って巡拝する人に涙腺が緩んだり、立派な経歴を持ちながら礼儀正しい謙虚な人との出会いを経験する事から、私は納め札の色に関係なく、意気投合した人と納め札を名刺のようにして交換する事も増えました。
 
 「へんろ」に記された事例が未だに存在し、遍路を始めたばかりの巡拝者が知らずに騙されていると考えると、罰当たりで天罰が下りそうですが、寺の門前で巡拝者から小銭をもらう乞食遍路も存在する事から、心を鬼にして注意を図りたいものでもあります。
 まもなく遍路のシーズンとなる事を実感する一日ともなりました。
 
                                  3月3日の一言

全国の死亡率が発表されて…

 本日の朝日新聞夕刊に、死亡率が2010年に最も高かったのは男女ともに青森県、最も低かったのは長野県だったとの厚生労働省の調査結果が掲載されていましたが、男性では青森、秋田、岩手の東北3県が死亡率の上位を占めており、「塩辛い食べ物が多いことや、冬場は外で運動しにくいことなどが関係しているのではないか」と厚生労働省担当者のコメントも掲載されています。
 
 つまりは、塩辛い食べ物を避け、運動を続ければ死亡率は減るようにも思えますが、私は人間の死亡率は100パーセントのイメージが強かった事から、この記事だけでなく死亡率の県別比較に違和感を覚えました。
 
死亡率最高は青森、最低は長野 10年厚労省調査
 
 人間は短命でも長寿であっても、いつかは必ず死ぬ事から、死亡率は100パーセントであって、交通事故とかガン疾病などの条件をつければ、地域別の格差もでるでしょうが、実態は平均寿命の裏返しではないでしょうか。
 
全国都道府県別平均寿命(長寿)ランキング
 
 さて、私が「人間の死亡率は100パーセント」の一言を耳にしたのは、深夜番組のラジオで宗教家の説法でしたが、ネット探索をしても仏教に限らずキリスト教も世界共通のテーマとして語られているようです。
 
 
 添付したブログには、『癌にならなくても、交通事故に遭わなくても、戦争やテロで死ななくても、人間は最後にはみな100%死ぬのです。いかに医学が進歩したとしても、日本人の平均寿命が伸びたとしても、人はみな最後には死ぬのです』と記される一方で、『人は死んだら何もなくなって無の世界で、「死んだらもうおしまいだよ」と思っておられる方も多いですが、神の言葉である聖書によれば、決して肉体の死ですべてが終わりではなく、人間はみな神の前には罪人ですから、死後には神の永遠のさばきがあることを教えています』とあります。
 
 最近まで自分の年齢が60才まで2年となった事から、自分の寿命と政治活動の限界を「うつ状態」のような心境で考えていましたが、我々にとって死は永遠のテーマであり、若くして命を失った友人や長寿をまっとうされている先輩の姿を対比させたりしていました。
 
 私の尊敬する弘法大師(空海)は、今から千二百年前の承和2年(835年)に高野山に62才で「御入定」されているが、最近の私にとっては高野山の奥の院で生きておられるように感じ、四国遍路に出かけると大師の声が聞こえるような錯覚と、般若心経にも大師の声が共鳴するのを期待してしまいます。
 
 弘法大師が残された御遺告には、「定身を高野の樹下にとどめ、魂を都卒の雲上にあそばしめ、所々の遺跡を検知して、日々の影向をかかず…」とあり、私もこんな心境になりたいと同時に、魂は永遠でありたいと思います。死亡率や平均寿命を比較するだけでなく、人はどのように人生を全うするかを考える一日ともなりました。
 
                                   3月2日の一言
追伸
本日は滋賀県の日野町という所まで、知人の息子さんを迎えに走りましたが、こんな時に限ってボランティアの依頼が重なり、メンバーにとっても大忙しの午前中となりました。

本日表彰され、明日は市民のアッシー君です

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市長に謝辞を述べられる櫻木老人クラブ連合会会長ご夫婦
 
 本日は津島市市制65周年記念式典が開催され、各種表彰式と結婚されて50年が経過したご夫婦を祝う「金婚祝賀」が、津島市文化会館で催され、私も「市政功労者」として最前列で表彰していただきました。
 
イメージ 2
 毎年3月1日に開催される式典で、私は永年勤続表彰に続いて2度目の表彰となりますが、議員になった当初の式典では、自分がこの席に座るとは思ってもおらなかっただけに、私の先人となる先輩方の信頼を損ねない行動に務めたいと、改めて気を引き締めるとともに、この一言にもあまり貧乏そうな愚痴は控えようと思い(ましたが、そんな柄ではありませんので、ご容赦ください)ます。
 
 津島市市政功労者礼遇規程を読むと、市長として6年以上、副市長として8年以上、市議会議員として12年以上在職した者が表彰対象となっており、市政功労者に対しては、 市の行う式典に参加すること、 死亡したときは、弔詞及び弔慰料をその遺族に送ること、その他必要と認める特典又は待遇を与えることなどの礼遇をすることが記されています。
  
 
 記念品は七宝焼の襟章ですが、議員バッチよりも学生時代に購入した上高地のピンバッジを大切につけている私ですから、大切に保管していくうちに行方不明の道をたどる可能性も高いため、今一度過去の記念品や表彰状の再確認が必要です。
 
 この表彰式には、特別表彰と永年勤続表彰のほかに、一般表彰が存在し、私は平成3年に地元小学校の同窓会会長として記念碑を贈呈したことから、翌年に表彰されていますが、当時の記念品や写真も押入れの何処かに積まれたままとなっており、私個人にいただいた表彰状は小学校に貼られており、今更返してくれとも言えませんが、過去に何とも思わなかった表彰状が、本日頂いた賞状よりもいとおしく感じられる一日ともなりました。
 
 議会開催中で、来週は一般質問にも登壇が予定されているものの、「大鹿さん、頼みがあるんだけど…」の一言で、明日は病気になった息子さんと自動車を引き取りに滋賀県の信楽方面まで走る事になりましたが、一緒に同行してくれる知人への謝礼にも心が痛む夕方ともなりました。
 
                                  3月1日の一言
追伸
せっかくの機会なので、20数年前に訪れて購入したコーヒーカップの作陶者に会いたいと思ったものの、依頼者の都合でトンボ帰りのため残念な信楽行きでもあります。
ギャラリー
  • ようこそ 大鹿一八の納経所へ
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