
2日前に訪れていた千葉県から、留守にしていた我が家のポストに、千葉県で夕食会場を訪ねていただいた「ホームレス画伯」こと、上高地で油絵を描いて半世紀の渡辺氏より、地元の犬吠崎の灯台を描いた油絵と手紙が届けられていました。
3日前に千葉県に到着し、夜の食事会場を確保してもらうため連絡すると、「おい、どうしたのッ」と画伯が驚きの声を上げ、電話した当方もその声に驚いていると、「たった今、そっちさ送ったばっかりだっぺ…」と、私へ宅配便を送った直後に電話がかかった偶然に驚かされ、「もう着いたのかとおもっちゃったよ」と交わした会話の品々でした。
氏いわく、上高地の絵じゃないけど、もらってもらえるかなと随分と謙遜したプレゼントですが、73歳となっている画伯の健康を祈り、こういう人間関係が永く続く事を祈らずにはおれません。次の再会は4月27日の上高地開山式となりますが、画伯は23日に千葉を発ち、11月まで上高地でテント生活が続きます。
本日は叔父のお寺の永代経が行なわれ、午後に開催された今年で最後となる「あかね寄席」は家内が代理で鑑賞に走りましたが、月曜日から1泊で東京に視察へ訪れ、名古屋に帰った足でピアノコンサートを聴き、その夜に神奈川県に車を走らせ、帰宅したのは土曜日の未明でした。
夜行で神奈川県まで走り、翌日から土曜日まで神奈川県と千葉県を走り続けたことで、身体は悲鳴こそあげていないものの、悲鳴をあげる寸前の鈍痛が走り、横になるとそのまま眠ってしまいそうです。
さて、明日は午前中に市役所へ走り、来週中に3月に発行した同窓会報の広告代の集金に廻る必要に迫られ、公的日程が再来週まで続いており、月末の坂東巡礼や上高地行きまでに仕事を終わらせないと、ゴールデンウィークも中途半端になりそうです。 本日車を停めた道端には「ツクシ」が生えていましたが、既にほころびており、今年はツクシも食べないままに春が過ぎそうですが、車中から千葉県飯岡漁港の道端から抜いてきたアシタバを降ろし、植える場所を定めて、昨年の春に熱中していた園芸にも頑張りたいと思う一日ともなりました。
3月31日の一言

2点目は、28日に訪れた第31番笠森寺で、境内の池に繁殖していたヒキガエルですが、ソフトボールより大きいヒキガエルの夫婦が、添付した写真のように本堂前の庭にオンブした姿で歩いており、動物の子孫を残す自然現象とは違う、夫婦一体の散歩風景はほのぼのとしているだけでなく、こんなカエルの夫婦が十組ほど本堂前の庭を歩く姿はテレビの「珍百景」に応募したい心境にかられました。










朝から小雨が降ってはいたものの、順調に巡拝を続けて、鎌倉市の第1番の杉本寺を参拝した直後に先導する私の悪い癖がでます。
本日最後の参拝となった第2番岩殿寺に到着した時、時計の針は朱印帳の受付時間の締め切り5分前となっていたものの、お寺の山門は添付した写真のようにがっちりと閉められ、納経所の扉にもカギが掛けられ電気も消えていました。




右に添付した菓子は、「うまべえサブレ」と言い、東大和市のキャラクターをお菓子のサブレにしたもので、市役所で全面的にPRされていたことと、食べて美味しかったことから、販売されている値段も解らないまま無責任に紹介した次第ですが、イチゴの香りもして本当に美味しい逸品です。
本日の視察は、テーマを担当する教育委員会の統括指導主事と、指導主事の先生2人によってきめ細かい説明がなされましたが、私が驚いたのは東大和市議会の尾崎信夫議長が、最初から最後まで同席されていたことで、私が議員になった平成11年から各地を視察してきて、議長は最初の挨拶だけで退席される慣例が当たり前の中で新鮮に映りました。本当にありがとうございました。
氏のブログにも記されておりましたが、アンズは花は一瞬ですが、1ヵ月後に黄色から桃色となる見事な実が熟し、当初は酸っぱいため砂糖を混ぜてジャムにするしかありませんでしたが、木の成長に伴って年々甘味が増し、最近では実をそのまま口にしても美味くなり、庭の奥にあるアンズは実も大きく、長野県の産地で売られているアンズと遜色ないものになってきました。
本日は、今年1回目となる3月議会が終了しました。ひとまず、ヤレヤレ。
津島市議会は明日が最終日となりますが、明日から4月の初めまでスケジュールに空きが無いため、本日は自分のかかりつけ医を受診し、当分は理髪店に行けないため出向き、人との約束や所用で稲沢市や津島市役所の窓口へ市民とともに訪れていると、帰宅は夜8時を過ぎていました。

田中健二郎氏は、ギャンブルのオートレース出身者で、ホンダでは3人目となる契約ライダーとなります。







巨大なたいまつの炎で災いを払う、春の神事「開扉(かいひ)祭」が12日夜、愛知県津島市の津島神社であり、激しく燃えるたいまつを担いだ男衆が境内を勇壮に練った。

このまま走り去ろうかとも思いましたが、横切った犬がポメラニアン(上の写真)で、我家の相棒リマと似ていることから、車を大回りをさせて後を追い、県道から入ったわき道を安全な場所まで追い続けて車を停めました。




さて、本日の卒業式に招かれた議員は校区内に住む5人でしたが、来賓の数は過去最高の27人となり、校長室の会議テーブルに座りきれない数の来賓となった訳には、地域社会と連携するボランティア活動が積極的に行なわれている神守中学校の特質かもしれませんが、これだけの数になるのであれば、来賓のあり方を考える必要もでてきます。



この資料には、大正8年に発刊した「尾西タイムス」や「尾陽新報」から、昭和28年から35年まで発行された「愛知時事新聞」など9社の新聞が収録され、私が昭和63年から平成5年にかけて発行した「ふるさとアサヒ」も参考のために収録されました。









