
本日は、津島市内の天王川公園周辺に住む「猫の会」のメンバー10人とともに、依頼のあった岐阜県海津市の「水晶の湯」を目指しましたが、私の予感的中で定休日の月曜日が祭日のため、繰り延べでお休みとなっていました。
後は私にお任せとなりましたが、些少とはいえ「運賃」に代わる御礼をいただいた以上は満足してもらいたいことから、関が原に近い垂井町まで足を伸ばして添付した南宮大社へ参拝しました。
津島市の人にはなじみが薄いものの、南宮大社は美濃の一の宮となっており、祭神となっている金山彦命は、伊勢神宮の天照大神(あまてらすおおかみ)の兄神に当たる大神様であり、関が原合戦の兵火で消失した社殿を、寛永19年(1642年)に春日の局の願いにより 三代将軍徳川家光公が再建した由緒ある神社です。
ここから15分の距離に池田町の池田温泉があり、豪華な弁当を持参していたことから、道の駅に持ち込む予定でしたが、メンバーから「車の中の方が温かくて良い」との意見によって、車中泊ではなく、車昼食となりました。弁当は地元の業者に依頼したようですが、刺身や赤飯も入る豪華版で、高齢のメンバーには食べきれないボリュームにびっくりさせられました。 池田温泉には本館と新館があり、本館は水晶の湯と同じく本日定休となっていましたが、新館が営業しており、本館と新館の定休日が違うということは、「年中無休」ということにもなり、多くの人々で駐車場は満杯となっていました。
この温泉は500円の低料金で、露天風呂やサウナのほかに、健康回復のための歩行浴や、障がいを持った人や家族のために「ふくしの湯」もあり、宿泊して身体のリハビリに専念することも可能です。
私にとっては、設置されている足ツボマッサージ機と全身のマッサージ機が旅の疲れを癒してくれ、静養で御礼をいただくのは心苦しい心境にさせられます。
さて、温泉入浴後は、ここから30分の距離にある「お千代保稲荷」に立ち寄りましたが、本日は月末となっていることから、参拝客は多く、日中のためまだ良いものの、愛知県方面から車を走らせると渋滞に見舞われ、遠くの駐車場から歩くこととなりますが、本日は逆方面からのため本殿の近くに駐車することができました。 先週から坂東巡礼に栃木県から茨城、東京を走り、週末は家族で上高地に出向き、本日は依頼された仕事ととは言え、神社仏閣と温泉行きですから、この一週間はまさに私のゴールデンウイークとなる日々でしたが、これからしばらくは積み残した仕事が待っています。
4月30日の一言

左の写真は上高地バスターミナルの朝の駐車場の様子(一番手前が私のキャラバン)ですが、開山式に関わる関係者の車輌ばかりで、まだ観光バスも到着せず、路線バスとタクシーによって入ってきた登山客しか存在せず、この時は吹雪いてはいないものの鉛色の空が不気味な天候です。※ちなみに、この日の上高地は冬用タイヤか、チェーンがなければ入れません。







開山式が終わって随分時間が経過した昼食後ですが、インフォメーションセンター奥で用意されていた肉まんや甘酒には長蛇の列ができていました。 

松川村道の駅「寄って亭まつかわ」の朝
さて、昨日の猛吹雪が嘘のような春の好天に恵まれ、もう一度上高地へ戻りたい心境でしたが、荒れた岐阜県側と違って長野県側は風が強い程度だったらしく、山々に残る雪を眺めながら塩尻から中仙道から愛知県を目指します。
奈良井宿を後にして、このまま道の駅で休憩を続けながら愛知県に戻る予定と話していましたが、母親の親(私の祖父)の石碑のある御嶽山にも立ち寄ることと内心決めていたことから、途中の道の駅で木曽駒ケ岳を眺めながら。ロウソクと線香を探しましたが見つかりません。
お店の人と母親の会話ですが、垣見さんも個人的に旧交があり講社も祖父と一緒であるものの、祖父は津島市ではなく旧祖父江町の信者で、旧尾西市にある「橋本講社」であったことから、母親が津島市の垣見さんの名前を出したのは、高齢からボケているのか、我家は橋本講社ではないことと、最近では垣見さんの方が御嶽山に頻繁に通われていることを認識して話しているのか判りませんが、かつてはこの店には日野製薬の親族の小母さんがおられ、祖父の名前を言うと割引きしてもらえたことを思うと、歳月の経過を実感させられることともなります。









浅草の浅草寺からはスカイツリーが間近に見え、参道の商店街を見学し、団子やぜんざいのお店に入ってから、坂東巡礼とは全く関係がありませんが、巣鴨のとげ抜き地蔵尊のある高岩寺を参拝しました。

坂東巡礼の旅の後に、ピアノ鑑賞とは我ながら名案と思いますが、コンサートは午後7時から開演となり、終了が午後9時頃になるため、その後に5時間以上かかって帰ってくるハードスケジュールは大変で、本日は午前中から会員さんを病院に連れて行くボランティアと、市役所に出向く仕事をかかえていたことから、無計画な予定を聞いた家内が鬼の形相になっていました。





西山荘は水戸藩主を退いた光圀公が、60代から70代までの約10年間の晩年を住まいとした住まいで、ここも時間前でしたが、準備中の担当者が対応してくれ、入り口で仕事の準備中だった職員が成り行きで案内役をかってくれ、園内の庭園から建物まで全部同行していただいたことから、テレビドラマでは知りえぬ黄門様の生い立ちや、農民の味方と言われる人気の秘密も知ることができました。光圀公は、隠居後にここで約五反の田を耕し、農民と同じ年貢を納めていたと言われ、現在もその水田には稲が作られています。


巡拝は予定通りに進み、余裕の巡拝で大谷寺では本殿だけでなく、宝物館近くの平和観音のある公園まで訪れる余裕で巡拝していましたが、最後の参拝地としていた日輪寺の道路が途中閉鎖されており、迂回しているとここにも積雪があり、大変な山道を走って何とか巡拝することとなりました。


矢合観音は汲み上がる井戸水がガンなどに効果があると伝わり、お寺ではないものの1ヶ月に1回の目標で参拝しており、一杯の水が胃袋に染み渡るのをイメージして飲んでから、参道入り口にある小玉食堂で、みたらし団子とおでん、昔ながらの中華そばを食べて帰るのが習慣にもなっています。



ここ数日間は、毎夜野球のバットを振っており、終末にはバッティングセンターに出向く予定としていますが、久しぶりの散歩は足腰に大きなダメージを残しており、こんな状態では歩き遍路友の会の会員であることが恥ずかしく、四国霊場会の徒歩練行会には参加もできません。




右に添付したのは、本日の我家のサクランボで、今年は花の開花が早かったことから、熟するのも早くなり、昨年よりも2週間ほど早い成長となっており、昨年のサクランボの成長と比較すると5月1日頃のサクランボに成長しています。

私の愛車はホンダのVF400Fですが、約30年ほど前に製造されていた二輪車で、議員になってから14年間は車検が切れただけでなく、毎年7千円の税金だけを払って埃を被らせたままにしていました。





昨年7月に四国を訪れた際に、私は1日目に松山城の天守閣まで相棒を抱いてのぼり、2日目には別格二十霊場の第13番仙龍寺(写真右)のご住職の許可を頂いて、腕に抱いたままで本堂へ参拝させてもらいました。


私の相棒「リマ」ですが、先週の土曜日に犬の美容院で夏用のサマーカットになって戻っており、それまでの長い毛でおおわれたフワフワの相棒(右)とは別人(犬)のようになっています。
じゃらん CM 犬(ポメラニアン、俊介) 画像動画まとめ

左に添付したのは昨年の3月に植えた2種類のイチゴで、右の「草姫」は枯れてしまったものの、左に植えた「宝交早生」は案内書に、「宝交早生はランナーが多く発生する」と記されていたとおりに、多くのランナーから苗が育ち、来年は畑に移植できそうな数になっています。







