大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

2013年06月

高齢の就活の難しさが発信され

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今年も残り少なくなった我家のアンズです
 
 落下して困っていた我家のアンズも今年は残り少なくなり、裏庭には落ちたまま朽ちかけたアンズの実が鼻をつく酸っぱい香りを発していますが、家では家内が連日ジャム作りを続けており、今年は数えていないものの多くの知人にジャムをもらっていただいたようです。
 
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 左に添付した桃は、近所の方から母親へのもらい物ですが、我家のアンズジャムのお返しだろうと思われ、右に添付したパンは、我家から届けたアンズジャムで試作されたパンで、本格的にパンを焼いておられる工房で作られ、本日届けていただきました。
 このパンの詳細については、ご自身のブログに記されてあったので、下記に添付しましたが、我家のアンズも年々甘味が増してきており、ジャム以外にも活用できそうになってきました。
 
マイ・パン教室 http://blog.goo.ne.jp/sugiura57
 
 さて、本日のアサヒデジタル新聞に、65歳からの職探しがいかに大変かと、65歳と60歳前半の年代を比較して、「65歳からの職探しは、60代前半よりも2倍難しい?」として発信されてきました、 
 
65歳からの就活、60代前半の倍大変? 厚労省が集計
記事の続き…
 一方、観光案内や物品賃貸といった一部のサービス業や、専門職の保育士や栄養士では、65歳以上の就職率は60代前半の7割前後と差が縮まっている。
 厚労省の岡崎淳一職業安定局長は「実感ではわかっていたことが数字でも裏づけられた。求職者の指導に生かしたい」という。内閣府が60歳以上の男女3293人に尋ねた09年の意識調査では、65歳を超えても働きたいとの回答が7割を超えている。
 
 私も今年の12月に60歳を迎えますが、同じく60歳を迎える同級生は、公務員は来年3月まで雇用されるものの、民間企業に勤める同級生は誕生日になると退職となり、再雇用制度もあるものの、一旦は会社を辞める知人も身近に存在します。
 
 かつては60歳の定年が定着しており、自分から早期退職する人も存在しましたが、最近では65歳まで働くことが当り前となり、年金の支給も年齢が引き上げられ、更に引き揚げられる可能性もあることから、70歳まで働くことも当り前のように語る人も存在します。
 
 もっとも、日本人の平均寿命も年々上昇してきたことから、60歳で定年を迎えることが当り前ではなくなったとも思えますが、社会人になった当時は60歳まで働くことを目安に人生設計を立てており、限られた人生の中で経験したことのない趣味や行動もあるとは思えるものの…
 
 「仕事を辞めると早死にする」と言う知人も存在すると、労働はしたくないものの、何か打ち込める仕事か趣味を確保したいと思います。
 もっとも、再雇用を断って60歳で定年退職した私の父親は、年金が全額支給される65歳で亡くなっており、こんな馬鹿らしい人生もなく、老後はボランティアや趣味に専念したいと思ってきましたが、賃金をもらって働き続ける同級生たちの姿を見ると、「そんなことで良いのかなァ」と生活の心配から自問自答されられるようにもなってきました。
 
                                  6月30日の一言
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
津島市出身の参議院選挙比例区候補者大野拓夫さんです!!
 
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大野拓夫のホームページ http://www.ohnotakuo.net/

看護師の届け出制度創設に期待したい

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我家の畑で母が育てているトマトです
 
 本日のアサヒデジタル新聞は、「将来の看護師不足に備え、厚生労働省は看護師や准看護師の免許を持つ人の届け出制度創設に乗り出す」との記事を発信しています。
 
 結婚や出産を機に病院などを辞めた看護師が全国に約70万人いるとの報道にも驚かされますが、看護師に限らず、結婚や出産だけでなく、家庭の事情や務める勤務先の都合で、資格を有する職種を捨てた女性は多く、女性の有効的な登用にむけてこの制度を拡大させてもらいたいものです。
 
看護師届け出制度創設へ 復職支援し不足の解消狙う
 
 平成15年2月の話となりますが、私が主催する朝日旅行友の会のバス旅行で、「高野山・奥の院と七福神巡り」にバス2台で出かけた際に、バスの車中で体調を悪くした人があり、休憩所からバスを発車できない事態に陥りましたが、放射線科医師と2人の看護師さんが参加しておられて応対してもらったことで、重篤な病気でないことと、体調が安定していったことから、目的に向けてバスを走らせ行程を消化することができました。
 
 最近の旅行社の会員募集には、高齢者の参加が増加し、旅先での体調不良は起こりうる可能性も高く、今年4月に出かけた坂東観音巡礼の際にも、巡拝を続けるのが限界を迎えたメンバーがあったものの、宿泊した東横インの八潮駅の真ん前に内科の診療所があったことから、診察を受けるとともに点滴などの処方を受けられ、翌日にはすっすり回復して巡拝を続けたことがありました。
 
 こんな事例を経験すると、新幹線に乗車する際や、団体旅行やイベントに参加する際に、医療関係者や看護師さんが認識されておれば、人命が救われる可能性も高く、旅先まで仕事の延長は嫌かもしれませんが、ボランティア意識を持っておられる人には自発的に名乗ることで、何らかの優遇策でもあれば制度が定着する可能性もありそうです。
 
 私の地域に和食で魅力のあるお店がありますが、私の子供達が幼稚園の頃に教えていただいた先生が勤めておられ、教員として人気のあった先生でしたが、勤務先の幼稚園では結婚すると退職する規則になっていたことから、他業種で働く先生の姿を見せたくないために家族で食事に出向いたことがありません。
 
 職種によっては、子育てや家庭生活の経験が、仕事のブランクより勝るケースも考えられることから、資格を必要とする職種全体に拡大して、仕事から離れていた女性の能力を社会全体で生かせる仕組みを考えたいものです。
 
                                  6月29日の一言
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
津島市出身の参議院選挙比例区候補者大野拓夫さんです!!
 
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大野拓夫のホームページ http://www.ohnotakuo.net/

国賊としか思えぬ鳩山元首相に

 鳩山由起夫元首相は27日、清華大学が北京で開いた外交シンポジウムで、尖閣諸島は日本が日清戦争時の混乱に乗じて「盗み取った」とする中国政府の見解について、「中国側がそう考えることも当然ある」と述べたと報道されている。
 
 半年前に、「尖閣諸島は係争地」と発言した鳩山元首相であるが、その後も問題発言の意識も無いままに発言を続けるだけでなく、中国にわたってまで問題発言を続ける姿は、馬鹿野郎と呼ぶだけでは腹の虫が治まらず、犯罪人ではないものの、国賊として海外渡航を禁止するとか、元首相の経歴を剥奪しないと、日本の国益を損なうことは間違いがない。
 
 現職の頃には、沖縄県を混乱させただけでなく、過去に蓄積してきた日米同盟を著しく低下させ、何も首相としての実績を残せぬままに辞職に追い込まれ、辞任後にも国益を損なう発言と行動を続ける姿は、表現の自由が許される日本であっても、元首相としての発言だけに、国益を損なう行動には封印も必要だ。
 
 こんな馬鹿としか思えない国会議員を何度も国政に送り出した選挙民も情けないが、こんな人物を国政のトップにした民主党の責任も、引退後まで政治的に国益を損なう行動を咎められない日本が嫌になってしまいますね。
 
尖閣めぐる中国の見解に鳩山氏「そう考えることも当然」
「鳩山元総理に猛省促す必要がある」細野・民主幹事長
「尖閣、盗んだと思われても仕方ない」鳩山元首相が発言
小野寺防衛相「頭の中に国賊よぎった」 鳩山氏発言に
菅官房長官が鳩山元首相批判 尖閣発言「極めて遺憾」
訪中の鳩山元首相「尖閣は係争地」 中国外相らと会談
 
 さて、今週は6月議会が終了し、「明日からの週末は上高地か」などと例年なら呟いていると思われますが、今年は来月に昨年度の決算審査が開催され、本日開催された例月出納検査終了時に分厚い審査資料を手渡されたことから、週末は相棒とともに留守番となります。
 
 3年ぶりに自転車ロードレースに復帰した三男は、日曜日に広島県で開催される大会に出場するため、明日には家内と一緒に出発していきます。
 当初は私も一緒に出かける予定でしたが、三男だけならまだしも、ついて行く家内まで月曜日に休みをとっていたため、月曜日に9時から市役所に出向くことを考えると、真面目に留守番役となっていた方が良さそうです。
 
 現実には6月議会中の休会日に、夜行で出発した秩父巡礼と、同行を求められた高野山に出かけており、少しハードな日程を消化した反動で、三無主義に陥っている面も隠せず、寂しい週末をいかに過ごすか考える夜ともなりました。
 
                                                                                6月28日の一言

観音寺市の宝くじ売場が議会で質問され

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我が家の裏庭に落ちたアンズですが、右側に添付した2日前の写真と、左側の本日の様子と比較して見れば、あきらかに落ちる量の差が実感してもらえると思いますが、本日は足を踏み出せないくらいにアンズが落ちています。
 
 昨日の雨によって、一斉に落ちたと思われ、今週末には全部の実が落ちてしまう可能性も高く、本年3月より開花したサクランボとアンズの収穫も今年は終わり、サクランボは飛来するムクドリに腹をたて、アンズは落ち続けた実に困ったことも来年まで封印となりそうです。
 もっとも、現在落ちている実と、冷蔵庫に保管してあるアンズをジャムにすることが先決となりますが…
 
 本年5月の宝くじロトセブンに、8億円の宝くじが2口(16億円)も当選した香川県観音寺市の宝くじ売場が脚光を浴びているが、全国各地より宝くじを買いに訪れる車が列をなしており、6月に開催された市議会でも、観音寺市の観光スポットとして全国に売り出すよう質問が出された模様である。
 
 一度にして、全国に明るい夢のある話題として発信され、偶然にも観音寺市には広大な砂地に、寛永通宝の銭型の砂絵が観光の目玉として、全国から観光客を集めていたことから、銭型に祈願して宝くじを購入する人が増えそうです。
  
「ロト7」16億円で脚光 香川・観音寺、沸き立つ
記事の続き…
イメージ 3 観音寺市中心部の商店街にある「観音寺チャンスセンター」には「16億円 当売場(うりば)から出ました」と看板が掲げられる。同センターがある駅通(えきどおり)商店街には、関西や東海のナンバーの車が列をなし、くじを買いに来る人たちでにぎわう。
 国内の宝くじ史上最高額の8億円が出たのは5月17日。4月から発売の始まった「ロト7」は、1等が出ない場合次回へ賞金が持ち越されるキャリーオーバーという仕組みのため、賞金が高額になっていた。その後、3口あった当選の2口が観音寺市の売り場で売られていたことが分かり、話題になった。
 観音寺市には、観光スポットになっている寛永通宝の銭形砂絵がある。6月の定例市議会では、市内の売り場から高額当選が出たことを機に、銭形を市章にして全国にアピールしては、という質問も出た。
 7月20日から始まる瀬戸内国際芸術祭の夏会期では、同市の伊吹島が会場になる。市では芸術祭に向け、観光客の増加も見込む。観音寺市観光協会は、伊吹島までの往復乗船券や市内の店舗での特典をつけた「おとくちパスポート」(芸術祭夏会期中有効)を7月1日に発売する予定だ。今回の高額当選があり、付属のマップに、観音寺チャンスセンターの表示を入れることにした。まち歩きガイドをする際は、口頭でセンターの案内もする。
 銭形砂絵のすぐそばにある協会には、砂絵を見て金運祈願したあと、宝くじ売り場の場所を尋ねる観光客も多い。担当者は「県外から来る人が確実に増えている」と話す。
 
 さて、昔から「絶対に当たらない」として、一度も宝くじを購入したことが無かった私ですが、この観音寺市の8億円が2口も当選した報道に感化され、その場で宝くじ売場に車を走らせ、ロトセブンの購入方法を聞いて買ってきました。
 
 「当選したら、家族全員で四国遍路に連れていってやる」と話し、同級生には「当選したら1億円をあげる」、「3億円なら5千万にしてね」などと、浮かれて話していたものの、全く惜しいとも思えぬハズレ券で、翌週には家内と1枚づつ買って帰ったものの、無残な結果となりました。
 
 毎週購入している人もあるのに、2口を2回購入しただけで一喜一憂しているのはおかしいかもしれませんが、高額当選を果たしている人たちは、「西日が当たる明るい売場」とか、自分の画数を決めて購入するなど、新参者とは違いますね。
 
 もっとも、全く他力本願の宝くじよりも、自分が左右するパチンコとか馬券の方がましだという意見もあり、「それならば、競輪の方が確実だ」、「えっ、競輪…」、「自分の体験では競輪では損をしていない」などと熱弁を振るうようでは、ギャンブルよりも確率が低い現実を実感させられます。
 
 最近は、買い物の際にポイントが付くカードや、割引券がついており、昨日も写真を引き伸ばしに行ったところ、Tポイントカードを出したものの、1割の割引券があることを忘れており、出しておれば珈琲代が浮いた事を考えると、浮いたお金を宝クジに充てるなど、損をした気分にならない買い方を考えたいものです。
 
 しかし、次回の四国遍路では、間違いなく立ち寄るスポットになったのは確実となりました。
                                      6月27日の一言

ブログ炎上と県議自殺の原因について

 昨晩から降りだした雨によって、昨日以上に裏庭に落ちたアンズを見ながら、帰宅したら写真に収めようと思って外出したものの、帰宅は夜となっており、皆さんにアンズがゴルフセンターのボールのように貯まった様子をお伝えできないことが残念です。
 
 昨日の一言に、「ブログ炎上で岩手県議が自殺へ」との記載をしましたが、私自身も平成16年から必ず何かを記すことを前提として、平成18年からはこのヤフーブログに移行して記してきました。
 
 今回の事件で、自殺した小泉岩手県議の経過を報道から見るかぎり、批判が殺到したという発信者の内容が判りませんが、有名な国会議員ならいざ知らず、我々のような地方議員のブログについては、一日に100人程度の訪問でも多いような現実であり、好意的な訪問者や日常的にコメントを交換する人は少なく、行政職員の内容監視や、私の落ち度を探す目的の政治的訪問も存在することから、自分の発信については責任があるものの、批判については受けてたつ覚悟も必要です。
 
 私の主張についても、私はこのブログに検索窓も残しており、批判するのであれば過去の発言や記載を確認して、私の個性を理解したうえで論じて欲しいものですが、現実にはその場かぎりの一言だけで論じられる可能性があります。
  
ブログ炎上の岩手県議死亡で考える「ネット選挙は沈黙が金」
 ネット選挙解禁なんて浮かれているけど、賢い政治家はネットでなんか発言しないですよ。どう考えてもリスクの方が大きい。
 仮に99%素晴らしいことを言っていたとしても、たった一言、不用意な発言をすれば、ネットで炎上し、それを絶好のネタだとテレビが報道し、そのテレビを見てまたネット・リアル両面で炎上するという事態になりかねないからだ。
 だいたいネットで活動アピールしたところでそれによる票獲得なんてしれている。むしろネット活動を行ったことで票を大幅に減らしかねない。
 「やっぱり沈黙は金。ネットは見ているのが一番。発言しない方が賢い」なんてそんな風潮になるんじゃないか。
 岩手県議死亡事件をきっかけに、政治家は選挙に当選するまでは、国民に本性を悟られぬよう、できるだけネットで発言しないようにしようなんて、ことになりかねないと危惧している。 
 
病院批判ブログの岩手県議自殺!死に追いやったのは匿名ネットかマスコミ記事か
 こういう事態になると、今度はブログを炎上させた人たち、それぞれに責任はないが、非常にたくさんの人たちが批判を集中させたことが大きな原因となって、県議は命を絶ったのかもしれない。
 匿名の批判というものが、実名を出して意見を述べている人に対して行われた場合にどういうことが起きるか。
 匿名ネットが人を死に追いやった的なケースと見るのが妥当かどうかははなはだ疑問だ。なにしろ、県議のブログはマスコミでも取り上げられ批判されたのではなかったか。
 
 添付した2つの記事は、私の本音に近い内容で、前記したように批判するために訪問された敵対する人物の批判や、政治姿勢も理解されないままに論じられるのは不本意で、せっかくネット選挙が解禁されても、不用意な発言でイメージが低下するよりは、地方議員はネットでは沈黙を守り、名刺を手にして一人でも多くの有権者と握手したほうが得策となります。
 
 一方では、連日100人程度しか訪問されないブログが、いくら不適切な発信があったとしても、炎上するような批判が集中するのは、今回の事件のようにマスコミが大々的に批判して批判を誘導した可能性も高く、名前を記して堂々と発信している記載に対して、名前も記されない誰とも判らない匿名の批判は無責任です。
 
 もっとも、そんなリスクは覚悟して、公人であれば信念を持って批判を受ける覚悟も必要で、マスコミ相手とは言え小泉県議が自殺したことが残念でたまりません。
 実は、私も6年前に、他の議員の選挙違反に対する報道で、発信された記事の誤りの訂正と謝罪を求めて新聞各社に連絡するとともに、この一言にも記したことがあり、地元紙の記者と口論になった経験があります。マスコミを相手に口論するリスクは強い心痛ともなります。
 
 物事には相対する考えが存在し、物の見方には右と左、白と黒が存在し、議員の発信についても、議員が公人としても、一般市民として生活する中では、理不尽な仕打ちや応対を受ける場合も多く、毅然と批判する事ができなければ、一般市民は何も言えなくなるため、あえて発信して行くことも責務と思います。
 
 今回の事件では、小泉県議が自殺するまでは、本来批判される相手であった県立病院の応対の悪さを批判する発信は伝わっておらず、県議の批判ばかりが集中した反省と、自殺に誘導したマスコミの責任についても検証が必要に思います。
 
                                   6月26日の一言



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
津島市出身の参議院選挙比例区候補者大野拓夫さんです!!
 
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大野拓夫のホームページ http://www.ohnotakuo.net/

ブログ炎上で岩手県議が自殺へ

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 本日の我家の裏庭ですが、ご覧のように落ちてきたアンズが足の踏み場もないくらいに転がっており、朝に拾い集めても夕方にはこのような状態になり、こんな日々がしばらくは続き、拾い集めても入れる冷蔵庫のスペースがなく、ジャムを作り続けないと保管もできなくなってきました。
 
 今年は天候の関係もあってか、全体に実が小粒で、晴天が続けば一気に落ちてしまうものの、最近は雨や曇り空が続いているため、一気には落ちませんが、晴天時に落ちたアンズの方が水分が少ない分、今年は甘味が多いことが実感されます。
 
 本日の報道では、自身のブログに受診した県立病院の批判をし、非常識として批判が殺到しブログが炎上した岩手県の県会議員が、ブログの書き込みを削除して謝罪したものの、ダムで自殺していたとの記事があります。
  
 問題となっているのは、5日付の「俺は刑務所に来たんじゃないぞ。中央病院の責任者!」という題名のブログ。
 県立病院に検査入院した際、241番の番号で呼び出されたことに腹を立てたという内容で、「ここは刑務所か!。名前で呼べよ。なんだ241番とは!」「会計をすっぽかして帰ったものの、まだ腹の虫が収まりません」などと書き込んでいる。
 
 ブログに書き込まれたすべての内容を読んでいないので詳細は判りませんが、新聞に記された内容だけを見れば、私は県会議員ゆえに影響力があり、批判によって改善される可能性が高いことから、用いた単語が不適切で、多くの人に批判されたとしても、責任をとって自殺するような内容とは思えません。
 
 むしろ、同じような批判や文句が言いにくい患者に代わって代弁した可能性もあり、批判が殺到してブログが炎上したことに、批判が本当に個々の意思で寄せられたのかとの疑惑が起こり、議員ゆえに反対勢力の誘導が無かったかどうかの検証も必要と思います。
 
ダム湖岸で岩手県議自殺か 病院批判でブログ炎上・謝罪
記事の続き…
 この内容に、「非常識だ」などと批判が殺到してブログは「炎上」。小泉氏は7日に書き込みを削除し、ブログを閉鎖。17日の謝罪会見では「医療費は後日、すべて払った。初心に帰って仕事で恩返しをしたい」と語り、県議を辞職する考えを否定していた。
 小泉氏は、無所属で一昨年9月に初当選していた。
 
番号で呼ばれ「病院は刑務所か!」 岩手県議ブログ炎上
記事の続き…
 この内容に対し、「非常識だ」などと批判が殺到してブログは「炎上」。小泉氏は7日に書き込みを削除し、その後ブログを閉鎖した。
 これまでも、震災で県議選が延期になったことについて「大震災は、私が目前につかもうとしていた、県議の椅子をも簡単にさらっていった」などと書き込んでいたことも認めている。
 県議会事務局によると、この問題をめぐっては、14日までに県に電話やメールが469件寄せられた。「辞めさせろ」「岩手の恥だ」など、ほとんどが非難する内容という。
 会見で小泉氏は、「医療費は後日、全て支払った。初心にかえって(迷惑をかけた人に対し)仕事で恩返しをしたい」と話した。
 
 私自身も自殺した県会議員のような心境で批判記事を記した経験がありますが、私のブログを訪問される人は選挙区以外の人々が多く、一日に100人程度の訪問であることを考えると、選挙区の有権者だけで炎上する可能性は、批判を誘導する動きが無ければ不可能とも思われます。 
 
韓国検察、サッカーの鄭大世さんを捜査 「北朝鮮体制を称賛」の疑い
 
 言論が統制されている中国は別としても、隣の韓国でも日本で育った在日のサッカー選手の過去の発言が、国への反逆罪で捜査を受けているとの報道がありますが、表現の自由が認められている日本においては、第三者のプライバシーを侵したり、虚偽の記載で損害を与えないかぎり、自由に思うままに発信する権利があると思います。
 
 自由に書きたいことが書ける環境が日本にはあり、発信したことに対する批判があっても、発信者が発言に信念があれば、批判に堂々と反論するなり説明すれば済むことで、今回の事件で自殺に至った背景が知りたいものです。
 
                                     6月25日の一言
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
津島市出身の参議院選挙比例区候補者大野拓夫さんです!!
 
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20年ごとの遷宮が61回も続く伊勢神宮に

 議会休会中の先週に続いた秩父巡礼や高野山参拝が終わり、本日は6月議会の最終日を迎えましたが、議案が少ないために午前中に審議が終わり、しばし自分の身を持て余す一日となりました。
 
 もっとも、やるべき仕事は山積しているものの、ハードな巡拝の疲れを残して虚脱感があるため、あまりにも早く議会が終わって時間が悠々とあるのに、帰宅しても身体が動かず、家内と約束してあったアンズジャムを入れるビンや、買い物に慌てて走ると完全に夜となっていました。
 
 さて、来年は高野山が開創されて1千200年を迎えますが、今年は20年に一度の遷宮を迎える伊勢神宮と、60年に一度の出雲大社が一緒に遷宮を迎えることから、昭和28年から60年ぶりと話題になっています。
 
 伊勢神宮の遷宮が最初に行なわれたのが690(持統4)年と記されていますから、それ以来20年に一度の遷宮を61回も続けてきた歴史には、中国四千年の歴史にもありえない日本の歴史と伝統を実感させられます。
 
「常若」と「蘇り」 伊勢神宮と出雲大社の遷宮
 
 伊勢神宮の遷宮は8年前から一連の行事が続けられており、予算は550億円規模とのことですし、出雲大社の修造遷宮についても、国宝の本殿で5年前から大改修が続いており、すべての修造を終えるのは3年後で予算総額80億円に上ると聞くと、地方自治体の年間予算に匹敵する規模にびっくりとさせられます。
 
 伊勢神宮の遷宮は、「常に生き生きとしたみずみずしさを尊ぶ『常若の思想』に基づき」、出雲大社は「蘇(よみがえ)りの思想」によって大改修で本殿を新たにしてきたとの説明ですが、伊勢神宮の遷御の儀、出雲大社の本殿遷座祭とも、参列できるのは関係者だけと聞くと、より神秘的なイメージを増幅させていきます。
 
 本日の議会中に9月議会の日程までが発表され、昨年12月以来足を運んでいない四国遍路に思いをはせていると、8月に予定してあった日本百観音結願の御礼に出向く予定日に、新たな市役所の日程が重なり、電話では失礼と思い直接断りに走りましたが、今年は市役所の監査を任命されているために、日程のやりくりの難しさを実感させられる一日ともなりました。
 
                                     6月24日の一言

明日は議会の最終日を迎えます。

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 添付した写真は本日の我家の裏庭に落ちたアンズで、まだ4割程度は木の上に残っているものの、連日裏庭に落ち続けており、家内の朝一番の仕事はアンズ拾いから始まり、帰宅後も拾い集めて、夜はナベで焦がさぬようにジャム作りが続けられます。
 
 さて、昨日訪れていた高野山の熱がさめておりませんが、帰宅後に富士山が世界文化遺産に登録が決定した報道を聞き、高野山を含めて和歌山県も世界遺産となったことで、多くの人々が訪れるようになったものの、観光地として物見遊山で訪れるマイカーや人々から、真言密教の聖地としての高野山に相応しくない行動を見ることも多くなりました。
 
 昨日同行した人々は、完全に信仰が対象の高野山参りのため、各所で般若心経を唱え続け、観光客が見たら不思議に思うような行動に映るかもしれませんが、高齢で足腰が弱い同行者に加持を加えながらの参拝で、しかも、私への加持で確実に身体が軽くなる体験もさせていただきました。
 
 私の場合は、四国遍路に出かけているものの、加持祈祷の分野とは無縁で巡拝していきますが、宗教として巡礼を続ける人々には、不思議な加持祈祷を受けている場面にも遭遇することがあります。
 
 そんな意味では私の領域外の人々と高野山に出かけていたわけですが、そんな人々は高野山の最新情報には無関心で、私が蓄積していた最近の高野山の話題も無縁となりましたが、和歌山県では高野山やマスコットの「こうやくん」が関係する行事が多く続いています。
 
再建中門で上棟式 和歌山・高野山
記事の続き…
 午前11時からの上棟式では、鶴亀と火事よけの水の絵が描かれた上棟飾りと5色の布がかけられた中門に向かい、高野山真言宗総本山金剛峯寺の僧侶や工事関係者らが読経。「中門再建は密教の根本道場の完成に向けた宗団の悲願ともいうべき事業」などとする松長有慶管長の願文を読み上げ、工事の安全を願った。
 16日からは屋根の檜皮葺(ひわだぶ)き作業が始まり、来年6月ごろには門全体を覆った素屋根が取れるという。
 一方、青葉まつりは正午から行列「花御堂渡御(はなみどうとぎょ)」がスタート。県警音楽隊を先頭に、御詠歌を唱える信者や稚児行列ら約1500人が、奥の院入り口の一の橋から金剛峯寺前までの約1キロを練り歩いた。青葉娘を乗せた山車が通ると、沿道の参拝客らが盛んにカメラのシャッターを切っていた。
 
密教仏具の美ここに 和歌山・高野山霊宝館
 
新緑の町石道歩く 和歌山・高野山参詣登山に919人
記事の続き…
 毎年5月の最終日曜日に開かれ、荒天による中止を除いて29回目。今年は919人が参加し、スタッフ115人が山道の各所でサポートした。
 出発前、慈尊院で道中の安全祈願があった。運動不足の記者は踏破できるか相当不安だったが、絶好の日和と小さな子も歩く姿に後押しされ、午前9時に180番目の町石の脇をスタートした。ここから1町(109メートル)ごとに町石の番号をさかのぼっていく。
 前半は紀の川を見下ろす絶景を目に、木漏れ日と杉木立を抜けるさわやかな風を感じながら快適に歩いた。参加者は「山ガール」と呼ばれる女性グループから高齢夫婦や子ども連れ、学生グループと様々。道中、かつらぎ町天野地区の山里の風景や沿道沿いのゴルフ場の緑を楽しみ、思い思いのペースでゴールをめざした。
 幾度も登り下りを繰り返し、残り半分を切る笠木峠に着いたのは午後0時半。昼食のおにぎりを食べて英気を養った。だが、そこから延々と続く上り坂に、ついに足が悲鳴を上げた。後ろを歩く橋本市の女性(69)は「住所を説明するのに、『高野山のふもと』と言うとみんなわかってくれる。でも、自分は今まで一度も高野山へ行ったことがなかった」と一念発起し、未経験の登山に挑戦したという。そんな姿に励まされ、歩を進めた。
 チェックポイントが置かれた矢立から残り6キロで、本格的に自分との闘いが始まった。両足の太ももと、すねがけいれんし、股関節が痛い。立ち止まる回数が増え、山林の景色を楽しむどころではなくなった。とくに、高野山の大門に近づくにつれて傾斜が厳しくなった。「最後の最後にこの急坂か」と心の中で思いながら、大門をくぐったのは午後3時半。約6時間半の「苦行」を終えた。
 途中、沿道のごみを拾いながら歩く県立橋本高校の北浦健司校長と生徒6人の姿もあった。ゴール地点でごみの量を見せてもらうと、あめの小袋やペットボトルが家庭用ごみ袋の半分以下の量で、改めて町石道の美しさに感心した。生徒会長の島田凌弘(りょうこう)さん(17)は「山の歴史が感じられ、来たかいがありました」と話した。
 
高野山金剛峯寺 http://www.koyasan.or.jp/
 
 明日は6月議会の最終日となっており、午前9時から本会議が開催されますが、先週の水曜日から秩父巡礼へ出向き、昨日に高野山から帰るまで自宅を空けており、議会の休会日とは言え随分と空白が続いたように感じます。
 
                                      6月23日の一言

高野山で修業の2日間を終えて

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 昨日から高野山の総持院さんに宿泊しており、私が同行を依頼されたのは津島市の先達さんですが、一行は名古屋市北区の志賀弘法友の会(講)の人々(6名)で、朝の勤行の始まる午前6時より前の朝5時30分より本堂で般若心経の読経が続きます。
 
 宿坊となった総持院さんは、志賀弘法会にとっては50年前から常宿となっており、高野山の中心となる金剛峯寺の隣に建ち、部屋から根本大塔や金堂の杉並木が見え、10年ほど前に改築していることから、宿坊でも最高級の設備で、食事も部屋もホテル並みの環境となっているだけでなく、若き僧侶たちの接待は見事です。
 
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 本日は昨日の雨模様とはうって変わり、朝から気持ちのよい好天となっており、最初に訪れた金剛峯寺では読経後にお茶とお菓子をよばれ、当番となる僧侶の法話を聞いていると、10年前に引きこもりや不登校の子ども達を連れて、四国八十八ヶ所を2ヶ月間徒歩巡拝されたボランティアの体験談を話されました。
 
 この僧侶は広島県のお寺の方で、現在も毎月1泊2日の行程で、ボランティアで参加される医師とともに遍路を続けておられる話を聞き、法話後に詳しい話を聞かせていただく約束をしてきました。
 
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 一行はこの後に、高野山の入り口となる「大門」を訪れ、最近ご利益を聞きつけて参拝者が増えている「お助け地蔵」へ参拝し、運転手の私の希望で一の橋の入り口に建つ「同期の桜の碑」と、「鶴田浩二さんのお墓」に手を合わせました。
 
イメージ 5イメージ 6 鶴田浩二さんは昭和62年に亡くなっておられ、最近の若い人には判らない人も出てきましたが、同行したメンバー全員が一致団結して行動できる年代ばかりで二日目にしてはじめての余裕のひと時となりました。
 
 この会では、2日目の昼食までは間食も許されておらず、1日目の昼食は持参したオニギリ2個とお茶に決められており、途中のトイレ休憩でも買い物や買い食いも禁止されており、高野山で予定するすべてのお寺の参拝後に、唯一「数珠屋四郎兵衛」さんの買い物が許される参拝と修業だけの行程となっています。
 
 高野山では最後に宿坊とした総持院さんで昼食をとり、ご住職と奥様に見送られて帰路となりますが、一行は高野山のふもととなる九度山から高野山まで般若心経を唱え続け、高野山からふもとに下りるまでも同様に全員の読経を続けます。
 
イメージ 7 さて、高野山を下り、かつらぎ町の道の駅に立ち寄り、私の唯一のお薦めとなる犬鳴山にある七宝瀧寺に立ち寄りました。
 
 七宝瀧寺は真言宗の犬鳴派大本山で、修験道の瀧業として有名なお寺ですが、厳しい山道は車のすれ違いもできないことと、マイクロバスも入れないことから50年の参拝歴のある面々も初めての参拝となったようです。
 
 
 初めて出会った人々で、高齢のため足腰の弱い人があり、足元の明るい時間に名古屋に戻ることが前提となっており、元々が時間的に厳しい行程の中で、車のすれ違いだけでなく、道路には小さいながらも落石があることから、自分の首をしめるような案内を後悔もしましたが、さすがは信心の人たちばかりのため、急な谷を登りきって参拝して、「ありがとう」と言われたことで案内して良かったと思うとともに、絶対的に無理と思われた行程を何とかこなして明るいうちに名古屋まで送り届けることができました。
 
 「お大師様が出会わせてくださった」と言われましたが、四国霊場の公認先達と言っても私が四国遍路を始めたのは平成13年で、50年の遍路歴を持つ先達さんたちの経験と体験談は、わずか2日間でしたが大きな勉強にもなりました。こんな関係を大切にして、今後も同行していきたいと思う高野山行きとなりました。
 
                                    6月22日の一言 

高野山へ来ています

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本日は、津島市の先達さんに同行して高野山へ来ています。

慈尊院から、浪切不動尊、奥の院、宝亀院へ参拝して、今夜の宿となる宿坊の総持院に到着いたしました。

大変勉強となる一日になりました。

お大師のお陰としか思えませんでした。

秩父の結願から、明日は高野山へ

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 本日は残していた秩父観音霊場の4ケ寺を巡拝し終わり、第三十四番水潜寺で、西国観音霊場と坂東観音霊場を含めて百観音を結願した証を頂きました。
 
 本日結願したメンバーは、昨年に四国八十八ヶ所と別格20霊場を結願した6名で、西国観音霊場は8人で廻っていたものの、四国と日本百観音を結願するためには、お金と健康と自由となる時間のどれか一つが欠けても達成できない事を実感するとともに、私にとっては百観音は9年ぶりの結願となりました。
 
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 さて、気になることは、西国巡礼にしても、特に坂東や秩父の巡礼は10年前の巡拝と比較する時に、明らかに巡礼者が減って寂れていることで、坂東ではお寺の対応がガサツで、秩父についてはまとまっているものの、巡礼者が少ない事から、昨日は納経時間に30分残してお寺に到着したものの、「最近はお客も来ないし、クマも出るので」と、納経帳に朱印がもらえない事態に遭遇しました。
 
 本日は、お昼には結願を果たしたため、秩父の名勝地へ観光に訪れる予定を立ててあったものの、来月御礼参りに訪れる善光寺とともに、日本3善光寺と言われる甲府市の甲斐善光寺に参拝する話をして、どうせなら途中で自由に行動できる一般道を選択しました。
 しかし、秩父から甲府をめざしたものの、午後から降り出した雨と霧で視界は悪く、休憩する予定だった道の駅や食堂は定休日が続き、3時近くまで昼食もとれないない事態となり、午前中は富士山の頂きが見えていたと聞きましたが、我々が甲府に到着したときには何も見えませんでした。
 
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甲斐の善光寺です
 
 明日は、津島市内の先達さんの依頼により、地域の人々を和歌山県の高野山まで1泊の旅程で送迎する約束となっており、停滞する梅雨前線や、台風の影響が心配ですが、「明日は大丈夫ですね」と念押しの電話をいただきました。
 
 高野山行きについては、市内のお寺から四国遍路や高野山に詳しい先達との紹介で、タクシー運転手としての依頼となり、これまでのボランティアは別としても、タクシーの運転を本職として依頼されたのははじめての経験です。
 
 私にとっては、長年四国や高野山を訪れておられる人々や、引率する先達さんの指導や、高野山で宿泊する宿坊の朝の勤行にも興味は尽きず、今後の先達としての糧にしたいと期待する高野山行きとなります。
 
                                   6月20日の一言

埼玉県の秩父三十四観音へ

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 本日は埼玉県秩父市へ観音霊場巡拝にきています。西国三十三観音霊場と坂東33観音を巡拝後に、秩父三十四観音を巡拝すると百観音になり、それを日本百観音として秩父で満願を迎えると日本百観音を結願したこととなり、34番寺で「結願の証」がいただけます。
 
 本日は、巡礼の合間に、秩父祭り会館に立ち寄り、毎年12月に行われる秩父夜祭りの屋台や資料を見学し、第28番橋立堂では奥の院がまつられる鍾乳洞に立ち寄るなど、時間に余裕のある巡拝を進めました。
 
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 四国にも別格3番慈眼寺の穴禅定があり、女性先達の案内があっても大変な思いで通り抜けてきますが、ここでは案内はないものの、私が過去に拝観した鍾乳洞とは違って、縦穴へハシゴを伝わって移動するのは初めての経験となりました。
 
 さて、本日は第19番から30番まで巡拝したので、明日は残された31番から34番まで巡拝して結願を果たし、天候が良ければ秩父の名所を観光する予定としていますが、あいにくと天候不順が予想されることから、雨ならば甲府市の甲斐善光寺に満願の御礼参りに走ることにもなりそうです。
 
 本日の宿は先月と同じ、小鹿野町の梁山泊に宿泊しておりますが、カラオケに興じているとメンバーは宿のマイクロバスでホタル鑑賞に出かけてしまい、一人残されてこの一言を記しているような次第です。
 
 明日は帰宅後に詳細を記す予定ですが…
                                       6月19日の一言

「もう原発はいらない」の本が届き…

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 添付した本は、津島市出身で、今夏の参議院選挙比例区に立候補している「大野たくお」さんが、早稲田大学講師の郡山昌也さんとともに編集して発行された「もう原発はいらない」という本で、本日大野さんのご両親が持参してくださいました。
 
 「すべての原発を廃炉へ、緑の政治を生み出そう」の第1章では、「子どもたちを放射能汚染のリスクから守りたい」をテーマとして、執筆した2人の対談に始まり、12人の市民活動家との対談をまとめて、あとがきでは「この本のめざしたもの」と、既存の官僚や政治家に任せてはダメと、脱原発や緑の政党の必要性を説いています。
 
 読んでみたいと思われる方は、書店か株式会社ほんの木(03-3291-3011)へお問い合わせくだされば幸いです。
 
 さて、本日は深夜11時から埼玉県秩父市まで走り、1泊2日で秩父三十四観音の結願を果たした後に、天候も悪そうなことから、2日目には甲府市にある甲斐の善光寺に参拝して帰宅したいと考えています。
 
 もっとも、秩父から帰った翌日からも津島市内在住の先達さんからの依頼で、高野山への1泊参拝も予定になっていることから、これまでの仲間内のお遍路とは違って、四国や高野山に詳しい先達として依頼を受けており、本日はこれらの傷害保険の手続きに来てもらっておりました。
 
 愛知県で一番四国遍路に詳しいタクシー運転手を名乗ろうと考えておりましたが、高野山についても知識を蓄積して、今回のような依頼に何でも応えられるようになりたいと思いながらの巡拝となります。
 
 明日は秩父からとなりますが、無事に巡拝を進めて発信したいと考えております。
 
                                   6月18日の一言
 
 
 
 
 
 
津島市出身の参議院選挙比例区候補者大野拓夫さんです!!
 
 
大野拓夫のホームページ http://www.ohnotakuo.net/

ホームセンターへ走る一日に

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 添付した写真は、稲沢市のホームセンターまで買いに走ったアンズジャムを入れるビンで、上に見えている小さいビン(10個)と、下の箱には24本の中ビンが入っていますが、近くのホームセンターのビンを我家で買いつくしたことから、稲沢市まで走ったしだいです。
 
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 これからも暫くは、木から落ちてくるアンズを拾い集めて、家内がナベに入れて砂糖を混ぜて煮込むと、左のようなジャムとなり、高熱のままで入れるために無菌で一年経っても食べられると家内は言っておりますが…
 
 私自身は、梅干が大嫌いで、嫌いではなかった桃も好きではなく、梅や桃に似ているアンズも実際には苦手としていましたが、我家で熟成するアンズだけに、もらっていただける人々の手前、好きになる必要に迫られています。
 
 明日の夜には書道会が開かれますが、書道会が終わった直後に車を埼玉県秩父市まで走らせ、水曜日から1泊2日で秩父三十四観音の満願を目標にしており、秩父が終わると四国(八十八ヶ所と別格20)から日本百観音(西国、坂東、秩父)が結願となります。
 
 秩父から木曜日に帰りますが、金曜日と土曜日は市内の先達さんから依頼された高野山への同行があるため、木曜日の夜には一度戻るものの、明日の夜から土曜日までは家を空けることになります。
 
 さて、今晩は11時より、宮城県の仙台に滞在中の〇〇さんより、レイキヒィーリングを受ける約束となっていることから、この一言を暫し中断して、筆(パソコン)を休めた後に再度書き込みたいと考えています。
 
 「念のため刃物、火気の取り扱い、運転は控えて下さいませ。時間になったら横になってゆっくりしていて下さい」とのメールを頂きました。
 
 さて、さて、どうなることでしょうか…
 
 11時から横になって阿息観の呼吸をしていると…
 
 エッ、どうなったの?
 
 ちょっと眠ってしまったかもしれませんが…
 
 眠りとヒィ-リングの効果が相乗したのか、足先と指先(特に右手)の感覚がすっきりしたように思います。送信者と確認が必要ですが、これが効果とすれば、大変なことだと思いますが、私にはよく判りません。
 
                                      6月17日の一言
追伸…本日の行動
自宅 → 市役所 → ホームセンター(ビン) → オイル交換と点検 → 自宅 → ホームセンター(車内の収納箱と袋) → 珈琲屋さん → ドラッグストアー → 自宅 

本日もアンズが主役となる一日に

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 連日のアンズとなりますが、我家では朝起きると事務所前に走り、歩道上に落ちたアンズを拾うことが最初の仕事となり、車で出かける際にもアンズを拾わないと踏みつけてしまうことから拾ってから出かけるのが習慣となっていました。
 
 それも、そろそろ終わりそうになってきましたが、我家にはこの木より大きいアンズの木が裏庭にあり、しかも事務所前のアンズより一回り大きい実が実り、その数も多いことからこれからが大変な収穫を迎えることとなっていきます。
 
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 左の2つのアンズは、右の小さいのが事務所前のアンズで、左側が裏庭のアンズですが、こうやって並べてみると、大きさの違いが判ります。
 
 一方で、甘味にも違いがあり、これから収穫する裏庭のアンズは、完熟すると桃のような香りを発するだけでなく、そのまま食べても桃とまではいかないものの、桃と言っても遜色ない甘味が出てきました。
 
 私の住む愛知県の西尾張地方ではアンズの木は珍しく、植えてからやっと花が咲いても実が実るまで年月がかかり、実が実っても酸っぱいだけで甘味がなく、木が大きくなると大量の実が落下して美味しくもないことから切られてしまう事が多いようです。
 
 我家のアンズは植えてから35年が経過しており、事務所前のアンズは小ぶりながら柔らかくジャムにするのに適し、裏庭のアンズは大きくそのまま食べてもらいたい果実に成長しました。
 もっとも、2本ともそのまま食べられるようになったのは5年ほど前からで、特にこれから実る裏庭のアンズは、一年ごとに甘味が増しており、こんなアンズとの関係がこれから何年続くか楽しみとなってきます。
 
 今年は既にアンズジャムを80本以上人々に差し上げており、「来年は専用ラベルを作って売ろうか」なんて冗談も出ていますが、来年のことは今後の毛虫の発生や、開花時期の強風などが影響するので、本業の農家のようにはいきませんが、是非とも挑戦してみたいと思うのも、年々増すアンズの甘味が後押ししています。
 
 さて、本日は三男が自転車のロード大会に出場してきましたが、3年ぶりとなるレースのためブランクは否めないものの、今月末には広島の大会に出場するなど、次の目標を持っており、ロードレースと両立できる仕事先も見つかったとの話に安心する一日ともなりました。
 
                                       6月16日の一言
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
津島市出身の参議院選挙比例区候補者大野拓夫さんです!!
 
 
大野拓夫のホームページ http://www.ohnotakuo.net/

週末は家族それぞれに

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後ろの書や花瓶は横井庄一さんの遺品です
 
 明日は、3年ぶりに三男が自転車のロードレースに出場するため、一緒に同行していく家内も早々と就寝し、娘夫婦と孫が訪れて賑やかだった我家は、台風が過ぎ去った翌日のような寂しい夜を迎えました。
 
 「お父さん、何が欲しい?」
 「欲しいもの?」
 「父の日だから」
 「特別に無いなぁ」
 
 本日の最初の仕事は、事務所前のアンズ拾いからハシゴを掛けた収穫作業で、最近では連日の作業となっており、収穫したアンズの実は、家内が作ったアンズジャムとともに家内が持って走っていきました。
 
 「大鹿さーん、判るーゥ」
 「はい、はい」
 「大鹿さんとこは、何テレビだったかなーァ」
 
 聞き慣れた千葉訛りの主は、上高地でテント生活をおくる「ホームレス画伯」こと千葉県の渡辺画伯で、明日のニホンテレビの旅行番組「遠くに行きたい」で、主演する竹下景子さんと一緒に映ることから、放映時間を知らせるための電話です。
 
 名古屋では中京テレビで朝7時から放映されますが、ニホンテレビ系列で全国放送される「上高地」の中に、画伯も登場するとの話に期待はふくらみますが、3時間もかけた撮影が5秒か10秒映るだけかもとの画伯の話に明日が楽しみです。
 
 さて、娘からの父の日プレゼントは、箱に入れられ包装された甚平で、着る物には結構好き嫌いの多い私のために、私の好みの色を聞いて買ってきただけに、「こんな物」とは言えなかったものの、同じような色合いの高級作務衣を持っているだけに複雑なプレゼントです。
 
 「大鹿さん、今度はいつ来るの?」の一言は、私の上高地行きを待っていてくれる画伯の言葉ですが、今年は吹雪いた4月の開山式に行っただけで、2度目の上高地行きが定まらないままに夏を迎えそうです。
 
 「それでも、行くんでしょう」の一言は、行けないと言いながら上高地に行くと確信している家内の一言で、来週には秩父巡礼と高野山行きが決まっていることから、議会終了後に日程を空けたいと思いながら…
 
                                   6月15日の一言

酒気帯び検挙の大治町長へ批判相次ぐ

 前日に酒気帯び運転で警察官に検挙された大治町の岩本町長に対する責任が大きく問われる報道が続いており、町民から辞めるべきと言われていると発信されているが、過去に酒気帯び運転による事故を起していることや、議会での乱暴な発言や日頃の行動に対する反発が強そうだ。
 
大治町長、酒気帯び運転 責任問う声相次ぐ
 酒気帯び運転の疑いで検挙された大治町の岩本好広町長53)は、13日の会見で進退について「支援者と相談する」と明言しなかった。飲酒運転撲滅や交通安全運動の旗振り役であるはずの現職町長の検挙に、町民からは「辞めるべきだ」と責任を問う声が相次いだ。
 
 飲酒運転や酒気帯び運転を弁護や容認する気持ちはありませんが、今回の事件について報道されている事実関係をそのまま信ずれば、飲酒後の9時には就寝し、深夜目覚めたため、眠るために酒を飲んで寝たとの説明は、悪質な飲酒運転や酒気帯び運転とは違うことから、酒の飲酒量にも問題はあるとしても、同じような体験をしている人も多いと考えられます。
 
 『12日は自宅で夕食をとった後、焼酎の水割りをグラスで3~4杯飲み、午後9時ごろに寝た。13日午前0時ごろ目が覚め、「翌日の町議会に備えて早く眠るため」と、さらに焼酎をグラス3杯飲み、午前1時前までには就寝したという』のが、新聞に報道された記事ですが、私の感覚でも翌日に酒気帯び運転とされる認識はありませんでした。
 
 ましてや、今回の事件では、岩本町長の自宅と役場は100メートルしか離れていないと報道されていることから、本人に飲酒や酒気帯び運転の感覚が全くなかった事はウソではなさそうです。自覚があれば歩いていくでしょうから、酒臭い認識があって運転しておれば問題ですが、私は最初の報道を聞いて、日頃の飲酒状態を知った警察官に意図的に検挙されたのではないかと思ったくらいでした。
 
 最近のバスやタクシー運転手の始業前の飲酒検査でも、前夜の酒が影響して仕事に出られない場合があるようですが、問題はその検査前には自宅から車を運転して出社しているのですから、厳密に言えば運転してきたことも問題となり、そのことが問題とされてこなかった社会の反省も重要です。
 
 酒を飲む人間の非常識な認識と思われるかもしれませんが、飲酒運転が絶対に許されない社会になってきた中で、前日の飲酒の量や飲み方によっては翌日に酒気帯び運転で検挙される可能性も認識し、この事件を警鐘にしたいと思います。
 
 さて、本日は午前中には市役所で文教建設委員会が開催されており、夕方になって家内と大量のアンズジャムを詰めるビンを購入に走りましたが、前日にも私が購入していたことから、このホームセンターのジャム用ビンは完売となり、明日以降に詰めるビンは遠方まで購入に走る必要が出てきました。
 
 我家で購入したビンの数は個人の家庭の常識を通り越し、明らかにジャム専門店の域に達しており、更に大きく数の多いアンズが事務所奥の庭で完熟を迎えることから、このままでは大変な日々が予想され、10個ずつ知人に配達するとしても百軒以上は走らないと悲惨な結果を招きそうになってきました。
 
                                  6月14日の一言
追伸
記載後に目にした地元中日新聞には、「酒気帯び基準の3倍超」と記され、私の記載した酒量とは大幅に違う飲酒と、地元の厳しい政治状況も紹介されており、明らかに「酒は災いの元」となる責任は逃れそうもありませんね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
津島市出身の参議院選挙比例区候補者大野拓夫さんです!!
 
 
大野拓夫のホームページ http://www.ohnotakuo.net/

前日の飲酒で大治町長が検挙され

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 添付したアンズは、事務所奥のアンズの木で、事務所前のアンズより大きく、事務所前のアンズが黄色いのに対して、ご覧のように赤みがかっており、収穫が終わりかかった事務所前のアンズに変わり、これからが実りの最盛期となっていきます。
 
イメージ 3イメージ 2 左が事務所前のアンズですが、明らかに色が違い、実も一回り大きく、甘味も濃いため、ジャムよりも桃のようにしてそのまま口にしたい果物として成長してきました。
 
 本日試食したところ、桃と食べ比べても遜色のない甘味があり、これは果物として皆さんに自信を持って差し上げたい一品となっていました。事務所前のアンズよりも実が丈夫なため、果物としてもらってもらいたいアンズです。
 
出勤途中の町長、酒気帯び運転容疑 愛知、中日の元選手
 愛知県大治(おおはる)町の岩本好広(よしひろ)町長(53)が13日朝、県警津島署に道路交通法違反(酒気帯び運転)の疑いで検挙されたことが分かった。県警によると、町長は12日夜に酒を飲み、翌朝に酒が残った状態で車を運転したという。
 津島署によると、岩本町長は13日午前7時35分ごろ、大治町花常の町道交差点で、酒気を帯びた状態で車を運転した疑いがある。町役場に出勤する途中だったという。
 
愛知・大治町長「自覚無かった」 酒気帯び運転で検挙
 酒気帯び運転をしたとして、13日朝に愛知県警に検挙された同県大治(おおはる)町の岩本好広(よしひろ)町長(53)は同日夕、町役場で記者会見を開き、「酒気帯びの自覚は無かった」と釈明、自身の進退については「支援者と相談して決める」とした。
 県警津島署などによると、13日午前7時35分ごろ、交通事故防止を呼びかけるビラ配りをしていた署員が、出勤途中の岩本町長が運転する車を止めて声を掛けた。酒の臭いがしたため呼気検査をしたところ、アルコールが検知され、岩本町長は、道路交通法違反(酒気帯び運転)の疑いで検挙された。
 岩本町長は、就寝後の13日午前0時ごろに目が覚め、焼酎の水割りを3杯くらい飲んで寝たといい、会見で「(酒が残っている認識は)全くなかった。十分に睡眠をとったと思ったが甘かった」と話した。
 岩本町長は町議だった2008年にも酒気帯び運転が発覚。町長当選後の10年12月には、飲酒運転根絶を進めることなどを盛り込んだ条例改正案も提出していた。自らの責任について岩本町長は「自分の一存で決められない。支援者と相談して決める」と明言しなかった。
 一方、町議会は町長の責任を追及する構え。下方繁孝議長は13日、記者団に対し、「飲酒がらみの検挙は今回が2度目。議会としても、町長としての責任を追及していくことになる」と話した。今後、議員の全員協議会を開くなどして、対応を決めていくという。
 岩本町長は中日ドラゴンズの元選手。03年の町議選で初当選し、10年5月の町長選にみんなの党推薦で立候補。現職を83票差で破って当選した。
 
 本日早朝の事件で、大治町の岩本町長が酒気帯び運転で検挙されたとの報道ですが、5年前の町議時代にも酒気帯び運転で事故を起した前歴があることから、今後の政治活動には厳しいカベとなりそうです。
 岩本町長は、町民税の10%減税や名古屋市との合併を主張しており、合併に否定的な保守勢力には格好の攻撃材料となり、合併に期待する町民にとっては大きなダメージとなりそうです。
 
 大治町は名古屋市に隣接し、名古屋市の浄水場があることから、名古屋市の市バスが2路線走っており、名古屋市も合併のデメリットが少ない自治体で、今回の事件が合併論議には大きな障壁となりそうです。
 
 「合併なんてとんでもない」との一言は、私の中学時代の大治在住の恩師の発信ですが、学校教育に携わる人々にとっては、これまで所属していた海部教育事務所から名古屋市に編入されては困るので必死に反対となります。
 
 一方で、町民の意識は全く違うと思われ、今から30年前の話となりますが、大治町には尾張版の朝日新聞が配達されていましたが、名古屋市の市内版を希望する読者が多く、市内版を配達して欲しいとの声が多く寄せられていました。
 
 現実には名古屋市の市内版では、選挙の際に地元の立候補者の情報が伝わらないことや、休日診療の当番医や生活に直結する情報が違うことから、難しい問題とも思われたものの、「地元の情報より名古屋市の情報を」と、市内版を読みたい読者の発言にびっくりさせられたことがありました。
 
 さて、酒気帯び運転で気になることは、前日の飲酒が翌朝にも残り、検査されると酒気帯び運転となる事で、飲酒の量と飲み方にもよると思われますが、現実には現職の警察官の中にも、朝の通勤時に前日の飲酒によって酒気帯び運転となり、辞職している人が存在します。
 
 私も議員になってから酒量は減り、酒席も断っていますが、元々が底なしのように飲める体質だけに、前日にどの程度飲酒すると酒気帯び運転とされるのかが気になるところです。今回の事件も、前日の飲酒で検挙されているだけに、公職にある我々も気をつけたいと思う一日となりました。
 
                                  6月13日の一言

相棒と、孫を保育園に出迎えに行き

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 孫と相棒の最高のツーショットですが、本日は名古屋市中川区の保育園まで孫を迎えに走り、仕事中の家内と待ち合わせて珈琲タイムにするため、車を稲沢市まで走らせ、日頃は入ったことのないモスバーガーに入りました。
 
 相棒リマが笑った顔は珍しく、添付した写真は最高の笑顔を見せていますが、現実には孫の座っている助手席は相棒の指定席となっていることから、孫が保育園から出てきた直後は大変な事態に陥り、孫は相棒が怖いことから「後ろに行く」と言い続けていました。
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 右に添付した写真は、孫を助手席に乗せた直後の写真ですが、自分の席となる助手席に座った孫に腹をたてて吠え続ける相棒に、耳を押さえて怖がっている孫の姿です。
 
 「連れてこなかったら良かった」と、反省しても遅く、こんな状態では子守にもならず、相棒を後部座席に追いやると、「信じられないぞ、なんで自分が」とでも言っているように、私の顔を覗き込みますから、孫と相棒の狭間で何とかなだめてみましたが…
 
 孫は3才になりますが、相棒の知能も子供と同じで、共に食欲は旺盛のため、私の好物としている「柿のタネ」が長距離運転の眠気防止用に積んであったことから、孫に与えると、孫も「柿のタネ」を好物としているため、孫は菓子に夢中になり、相棒は孫の持つ菓子が欲しいことから、それまで対等で張り合っていたことが嘘のように、孫のおこぼれをせがんでおとなしくなりました。
 
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 そんな馬鹿なと思われるかもしれませんが、一袋の「柿のタネ」が騒々しかった相棒と孫をおとなしくさせ、同じ助手席に仲良く座らせてしまったことと、それまで孫を見下すようにしていた相棒が、一粒の菓子によって孫を大切な家族として、自分のナワバリである私の助手席で一緒に座っている姿を見ると、これまでの上下関係が一変してしまった事にも驚かされました。
 
 こんな孫と相棒の機嫌をとって、相棒と孫を同じ助手席に座らせてドライブする自分が一番バカバカしいのかもしれませんが、自分の子供の世話を家内任せにしていたため、こんな小道具によって一度に環境が好転する発見に驚きです。
 
イメージ 4 こんな展開で、待ち合わせた家内とモスバーガーで別れて自宅に到着する頃には、満腹となった孫だけでなく、3時間前には孫を威嚇していた相棒までが一緒になって眠ってしまう姿に、本当に子供が二人いるように思えて笑いが堪えられませんね。
 
 実際には、リアルタイムのように携帯のシャツターを押し続けましたが、単純な子供心と、馬鹿な相棒の笑い話のような時間の経過が、記録することでこんなにも面白く回顧でき、この写真を見た家族にも笑いをもたらしてくれました。
 
 我家には成人した息子が3人も残っていますが、やはり子供の存在感は大きく、健全なる家庭には「カスガイ」となる子供が必要と思う一日ともなりました。
 
 「おい、リョウマ」と孫を呼ぶと、自分と勘違いした相棒リマも走ってくるのも、笑い話のオマケとなりますが、議会の合間となる休会日の午後のひと時によって、相棒リマと孫のリョウマが心の静養を与えてくれました。
 
                                      6月12日の一言

トマト、表札、納め札入れが続々と

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恩師から届けられた天然木へ揮毫された表札
 
 本日は6議員が登壇した津島市議会一般質問が終わり、明日の休会日をはさんで明後日より常任委員会が開催されていきます。私の所属する委員会は文教建設委員会で、金曜日に開催されますが、私は全部の委員会を傍聴するようにしています。
 
 本日も夕方まで市役所にカンヅメ状態でしたが、帰宅後のアンズの木の下に親しい知人の顔を見たことから、アンズの実だけでなく昨晩に家内が作ったアンズジャムを差し上げたところ、知人は自宅からトマトを持参して戻ってこられました。我家のアンズがトマトに変身しましたが、こんな交流はほほえましいものがあります。
 
 毎週火曜日は事務所2階で書道会が開かれていますが、恩師に預けてあったケヤキの天然木に恩師の揮毫による私の表札が持ち込まれました。実際には先週に持ち込まれたものの、私の希望で恩師の落款を押してもらいました。
 
イメージ 2 さて、本日の書道会には、一緒に四国遍路や観音霊場を廻っている知人が、私の納め札を入れる「納め札入れ」を数種類作って持ってきていただきました。
 
 着物の帯や布を利用して作っていただいたもので、遍路や巡礼の納め札を入れるだけでなく、名刺も入りますからお遍路や巡礼者が持参するのに洒落た一品と思います。
 
 私がカレンダーの不織紙を利用して試作した「納め札入れ」を見て、布で作ってもらった次第ですが、巾の広い財布は存在するものの、胸ポケットに入りませんから、方々のお店で探したものの見つからず、自前で作ってもらうこととなりました。遍路用品にも見当たらないことから、大鹿オリジナルとして販売したいくらいの品物ですが、希望者は連絡くだされば無料で送付させていただきますよ。
 
 本日は続々と嬉しい品々が我家にもたされました。
 
拒まれた電動車いす、争論 乙武さんツイートで賛否 
       http://www.asahi.com/national/update/0611/OSK201306110009.html
 【山村哲史、中崎太郎】電動車いすの入場・入店は「お断り」なの!?――。作家の乙武洋匡(おとたけひろただ)さんが、車いすを理由に料理店に入れなかったとツイートすると、ネット上で賛否の声があがった。入場をいったん拒否した「ひろしま菓子博」には抗議の声が寄せられた。相次ぐ出来事は、議論を深めるきっかけになるか。
■事前連絡すべき? 周囲が手助け?
 「車いすだからと入店拒否された」「銀座での屈辱」。5月18日夜、乙武さんがツイッターでつぶやいた。乙武さんは事前に席を予約していたが、車いすだとは伝えていなかった。
 店はエレベーターが止まらない2階にあり、乙武さんに同行したのは女性の友人で、2階まで体を抱えて上がるのは難しかった。
 ネット上では、瞬く間に賛否のツイートが相次いだ。「差別に厳しい国なら店が訴えられる」「予約時に車いすであることを伝えることがマナー」「周りの客が手助けすればいい」
 店側に取材を申し込むと、オーナーシェフは「店のブログを見てほしい」と語った。
 ブログでは、乙武さんの来店時はオーナーら2人だけで営業していたとし、「車椅子(いす)の方は事前に連絡をしていただけると思っていた」と釈明。そのうえで「当日の状況を考えると、乙武様をスムーズに案内してサービスをさせていただくと、他のお客様のサービスが滞ると判断した」と記している。
 乙武さんも「確かに事前連絡した方がスムーズだったと思う」と話す。では、車いすの人は事前に伝えないと、入店を拒否されても仕方がないのだろうか。
 乙武さんは「こういった対応は初めて。僕はみなさんの善意に助けられてきた」と振り返る。「できる範囲で受け入れてみようよという思いが伝わってくると、障害を持つ当事者は排除されていないと感じられる」という。
 乙武さんは、考えられる対応として、(1)法律でハード面の整備を義務づける(2)周囲が手助けする(3)障害者が我慢する――という三つの選択肢を挙げる。階段しかない店なら、選択肢は(2)か(3)となるが、「電動車いすユーザーの僕自身が、(2)と言うのははばかられる」という。
■広島の菓子博、一転OK 運用は紛糾
 「さみしい話だなあ……」。乙武さんは1カ月前にも、車いすを巡ってこんなつぶやきをしていた。
 広島市で4、5月に開かれた全国菓子大博覧会・広島(ひろしま菓子博)。実行委は当初、「電動車いすでの入場はできません」と公式サイトで告知した。これに対し電動車いすのスタッフがいる出展者から「車いすは体の一部」と抗議を受け、報道されていた。
 実行委は、前回の姫路菓子博(2008年)の運営にかかわったイベント企画会社から運営マニュアルの提案を受けたうえ、電動車いすの制限は「災害発生時の避難誘導や事故防止」を考えて採用したという。
 マニュアルを提案したイベント会社の担当者は「姫路会場はバリアフリーも進んでいて、電動車いす利用者への対応をマニュアルには明記しなかった。しかし広島の会場は段差が多く、通路が狭かったため、より慎重な対応を提案した」と説明する。
 抗議を受け、実行委は電動車いすの入場は認めた。しかし事前予約を条件としたため、再び紛糾。実行委事務局長は会見で「電動車いすの使われ方の認識が甘かった」と釈明。事前に障害者団体などとの協議はしなかったという。
 最終的には、電動車いすでの入場の際は「安全確保のため1~3人のスタッフが付き添う」ことになったが、障害者団体などからの要望や抗議は閉幕まで続いた。最初に実行委に抗議した広島県就労振興センター事務局の曽根都さんは「電動車いす利用者も普通に外出することが、理解されていない」と話す。
 電動車いすで来場した広島市の浅野日出男さん(63)に話を聞いた。実行委側の3人が囲むように付き添い、移動時には「ご迷惑をおかけします」と周囲に声をかけた。浅野さんは「素直にありがたいとはいえない。気をつかってしまって、最低限しか回りませんでした」と語った。
■「菓子博の対応、想像力が貧困」
 〈障害者福祉に詳しい浅野史郎神奈川大教授(元宮城県知事)の話〉 菓子博の対応は、小さな親切、大きなお世話だ。経験豊富な電動車いすの使用者に一律に事前連絡を求めるのは、想像力が貧困だということ。乙武さんの問題は、店がバリアフリーになれば望ましいが、店側にも言い分があるだろう。いろんな客がいることが店の価値を高めるという認識が広がれば、よりよい社会になると思う。
 
 添付した記事は、電動車イスの入場を巡る騒動に関する記載ですが、電動車イスを利用する人の心情も理解できますが、サービスを提供するお店側の限界も理解でき、現場の臨場感がないために評論はできないものの、どちらにしても自然体でないことに問題がありそうです。
 
 私も数年前までは車イスを使ったバリアフリー検証会を行政と一緒になって実施していたことがあり、現実に電動車イスの利用者に同行して電車やバスに乗車したこともありますが、少なくとも車イス利用者が自力で介助者とともに行動する意識が必要で、相手が介助して当り前と考えていると問題です。
 
 障がい者であろうと、健常者であろうと、自分本位に行動すれば反発を生み、お互い様として相手の立場を認め合えれば、意外に自然体で希望する行動が可能となっていきます。
 
 「料金が安いと聞いたが」
 「おおむね、タクシーの半額程度です」
 「車イスのまま利用したいが」
 「車イスのままでは乗れません」
 「なんだ、車イスも乗れないのに福祉有償か」
 
 福祉有償運送を利用したい人からの問い合わせの一例ですが、ボランティアと言えども車イス利用者だけのために待機しているわけではなく、車イスのまま利用できるタクシーより安く利用したいのは判りますが、車イスのまま乗車できるのが当り前のような態度は、「それならお宅の車で行かれたらどうです」と反論したくなった事が何度もありました。
 
 中には、「何とかなりませんか」との問い合わせに、車イス対応の車を買ってしまあうかと思ったこともありますから、本音で正直な相談には「何とかしようか」と対応していきますから、今回の記事を読んで、相手の立場を思いやる気持ちと、お互い様の気持ちが希薄だったようにも思われます。
 
                                   6月11日の一言

突然の台風上陸の可能性に

 本日、津島市議会では一般質問が開催されており、午前9時から午後5時まで7議員が登壇して質問と答弁が繰り返され、議場にカンヅメ状態のため、目新しい発信は何もありませんが、明日には6人の議員が一般質問を行います。
 私は明日の5番目のため、午後2時頃の登壇が濃厚です。
 
台風3号、13日前後に上陸の見込み 近畿周辺に
 8日夜にフィリピン東方の海上で発生した台風3号は10日、本州南の海上を北東に進んだ。気象庁の予想では今後東に流れながら北上し、13日前後には近畿地方周辺に上陸する見込みだという。10日午後3時現在、中心気圧は992ヘクトパスカル、最大瞬間風速30メートル。
気象庁 台風情報 http://www.jma.go.jp/jp/typh/1303l.html
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 さて、梅雨入り後も雨不足が続いており、3日前の雷雨後はぐずついているものの、雨は降っておらず、本日も夕方から雨との予報でしたが雨は降らず、畑に雨を待っていた母親はがっかりとしていますが、私の心配は雨が降ると連日記しているアンズが一斉に落下することで、数日後に訪れると発信されている台風情報が気になります。
 
 我家では本日もアンズジャム作りが行なわれていますが、台風が直撃するとアンズが一斉に落ちてしまう可能性が高いため、なんとか直撃を免れたいと思うものの、テレビの予報では時間をおうごとに厳しくなってきました。
 
 議員にとっては議会活動が一番重要であることは否めませんが、娘からは孫の保育園の送迎を期待され、ボランティアからは病院などへの送迎を期待されており、お遍路関係の人々は私の自由になる時間に注目されています。
 
 明日の一般質問が終わると、常任委員会が続きますが、7月には市役所にカンヅメ状態となりそうなことから、ボランティアとなる会員さんの移送はさておき、四国遍路関係の所用は議会の合間に済ませたいものです。
 
                                     6月10日の一言

続・アンズ摘みとジャム作りへ

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 添付した写真は、本日完成したばかりのアンズジャムで、これから連日落ちてくるアンズをさばくために、家内が毎晩ナベで煮込んで作っていますが、作るのには時間がかかり、作ったジャムを詰めるビンも必要になってきます。
 
 本日はジャムを詰めるビンを探して、稲沢市のホームセンターまで車を走らせて大量のビンを買い求めてきましたが、昨年まで100円ショップで安いと思っていたビンが、もっと安く売っており、人に差し上げてしまうジャムのため安いにこしたことはありません。このショッピングセンターは、基本的にペットも連れて買い物ができますが、本日訪れたお店は食品を販売するために連れて入れず、入り口まで連れてきた相棒を車に戻したことからストレスをためていました。
 
 もっとも、そんな相棒のためにペットコーナーに走り、相棒の好むペットフードや防虫スプレーを購入していたところ、コーナーでくじ引きが行なわれており、家内は1等3千円の買い物券を当てました。このクジ運にあやかるため、先週に初めて購入した宝くじ売場に走り、ロトセブンを家内と1枚づつ購入して帰宅しました。来週には億万長者になっているのかもしれません。
 
イメージ 2 さて、出来上がってビンに入ったジャムを見ると、「なんだ、たったこれだけか」としか思えませんが、2階の屋根もこすアンズの大木にハシゴや脚立を立て、1個づつ手でもぎっているのですから、気の遠くなる作業で、採っても採っても頭上のアンズは減りません。
 
 一方で、木が大きくなって歩道上にも枝をのばしていることから、歩道上の枝は切って枝ごと実も採取することにしたものの、ハシゴに登っても届かない枝が多く、無理に引きちぎると下に落ちたアンズが道路に散らばり、家内と2人で大変な作業となります。
 
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 若い頃には気にもならなかった事ですか、脚立やハシゴはまもなく還暦を迎える中年男には危険で、アンズを引きちぎった反動でもハシゴが動いて危険なため、家内が下で待機し、ビニール袋に集めて下ろしますが、県道沿いのため通行する車の視線を浴びながらの作業は堪えます。
 
 こんな作業が2日目となりましたが、この木だけでもまだ7割分の実が木に残り、庭の奥にはもっと大きなアンズの木がありますから、来年からは専門家の指導を受けながら、本格的な「津島産」アンズジャムでも作ろうと考えないと、「もっと大胆に切ってしまって」との家内の声を無視できませんね。
 
複数の警官が虚偽調書作成か 大阪府警が捜査
記事の続き…
 この日は日曜で、別の課の当直署員が事件処理を担当。巡査長と騒ぎを目撃した同僚の巡査(25)を聴取し、「巡査長が独断で男性の保護室収容を決めた」とする調書が作られた。これに対し、上司の警部補が調書の作りかえを指示。現場にいなかった巡査部長の指揮下で収容手続きが進められた、とする虚偽の調書が作成されたという。
 刑事収容施設法では、保護室収容は警察署長の命令が必要だが、事態が切迫している場合は職務や階級に関係なく現場にいる警察官の判断でできる。警部補は普段から収容手続きに携わっている巡査部長が巡査長を指揮したように装えば、当時の対応がより適切に見えると考えたとみられる。
 その後、事件を引き継いだ刑事課が留置場で実況見分をしたところ、男性の保護室収容を決めた時にいなかったはずの巡査部長がいたかのように調書が作られていることが判明。だが、刑事課員は「巡査長が独断で男性を収容したことを上司に怒られるのが嫌で(巡査部長がいたかのように)口裏合わせをした」とする二つ目の虚偽調書を作り、警部補の指示を伏せたという。刑事課員が警部補の指示を隠蔽した理由については分かっていない。
 男性は公務執行妨害罪などで起訴され、巡査長と巡査は今年3月に大阪地裁堺支部であった公判で二つ目の虚偽調書に沿って証言した。検察側は懲役3年6カ月を求刑して結審したが、府警内部で一連の虚偽調書作成と偽証問題が発覚。先月7日の判決期日が取り消され、今月下旬に改めて証人尋問が実施される異例の事態になっている。(岡本玄、阿部峻介)
 
 犯罪を犯した容疑者とは言え、鉄格子の中に閉じ込められ、反抗的な態度をとったら勝手に嘘の調書を取られていたら堪ったものではありません。
 我家の前の道路にレーダー検知器を置いて、定期的にスピード違反の取り締まりが行なわれていますが、検挙された女性が泣いているときがあり、国の大臣の発言もありましたが、捕まえるための取り締まりは程々にしてもらいたいものです。
 
                                  6月9日の一言 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
津島市出身の参議院選挙比例区候補者大野拓夫さんです!!
 
 
大野拓夫のホームページ http://www.ohnotakuo.net/

庭の伐採とアンズの収穫で汗を流して

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我家で採れたアンズの実です 
 
 本日は玄関周辺の庭で成長を続けたジンチョウゲの木を刈り込んでいると、家内が出てきたことで、ハシゴや脚立も持ち込む伐採作業になり、切りたくなかった梅の木まで切る大作業となりました。
 
 ジンチョウゲは平成5年に亡くなった私の父親が挿し木したもので、簡単に挿し木に成功したことから、庭のいたるところに植えたものですが、隣に生えるツツジや垣根となっているラカン槇やサツキを押しのけてこのままでは枯らしてしまう勢いでした。
 
 もっとも、こうして大々的に伐採したジンチョウゲは、翌年に枯れてしまう可能性も強く、念のために父親のように挿し木でもして、万が一に備えておきたいものですが、毎年春になると清々しい香りを発散していただけに、来年の春が心配です。
 
 「こんなにも切っちゃったのー」と言われても後の祭りですが、これまで樹木が壁と化して、風も入ってこなかった庭に風が入り、外を走る車や歩いていく人々の顔が見えるようになったものの、もう少し手を入れないと恥かきにもなります。
 
 さて、私の毎日の日程では、午後5時を過ぎてから行きつけの珈琲屋さんに走るところですが、本日は働きだしたら日が暮れるまで休まない家内が一緒のため、これからアンズの実を収穫することとなりました。
 
 昨年までは、落ちてくるアンズの実を拾い集めてアンズジャムにしていましたが、事務所前のアンズの木の下はアスファルトの駐車場になっているため、落ちると実に傷がつくことから、今年は完熟して落ちる前にもぎ取ることになりました。
 
 ただし、2階の屋根に届く大木になっていることから、全部の実を収穫するとザルに数箱となることは確実で、裏にはさらに大きな木があることから、スーパーに並べて売るとか市場に売りに行かないと処理できる量ではありません。
 
 初めての体験ですが、アンズの実に手を触れると、熟している実はすぐに取れてきますが、熟していない実は引っ張らないと取れないことから、これから一週間程度はアンズの収穫も仕事となりそうです。
 
 平成5年に父親が亡くなり、玄関の表札もその時に降ろしたままとなっていましたが、火曜日の夜には恩師が揮毫してくれた自然木の表札が届き、玄関周辺の庭の剪定や、建具の修理も必要なため、しばらくは家や事務所の環境整備にも手を入れたいと思う一日ともなりました。
 
                                    6月8日の一言
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
津島市出身の参議院選挙比例区候補者大野拓夫さんです!!
 
 
大野拓夫のホームページ http://www.ohnotakuo.net/

一晩の夢は、大雨によって無常にも流され

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 「雨が降らないから困る」の一言は、80歳を超えた母親の連日の口癖で、畑に植えた作物が水不足で育たないことに対しての言葉で、家内も連日夜になると水田の水の確認に出かけておりましたが…
 
 本日は夕方から稲妻が走りだし、外も真っ暗になって、雷鳴とともに雨が降り出し、畑に出かけていた母親がびしょ濡れとなって帰ってきたのを笑っていると、これこそ天罰の見本のように、出先から帰った私が車から降りられない状態が30分以上続きました。
 
 わずか10メートルにも満たない距離ですが、カサを降ろしてあったために、笑っていた母親に電話して持って来てもらうわけにもいかず、雨が止むのを待ち続けても一向に止まず、何もできないままに時間が経過していきました。
 
 さて、昨日の一言に、四国の観音寺市で8億円の宝くじが2口当たった事を記し、私もその恩恵にあやかろうと初めてロトセブンを購入した体験と、本日の夜に当選番号が発表されることを記してありましたが…
 
 やっぱり、そんな美味い話はなかなか無く、パソコンから当選番号を確認したところ、1等の当選者は該当しないと記されており、それならば2等はどうかと調べても、2等以下の当選番号が判らないため、ロトセブンの買い方や当選番号の確認などを調べることとなりました。
 
 結果的には、7つの数字のうち2個しか当たっておらず、残念ながら完全なるハズレ券となりましたが、昨日の夕方購入したことから一日だけの「夢」に終わった反省から、これからは1枚だけにして抽選日の一週間前に購入して、一週間の「夢」を見てみたいと思います。
 
 もっとも、私の周りの人々は、全員が「夢」を見続けて、一人として高額の当選を果たした人がなく、タバコを禁煙した金額をロトシックスの購入に回していた友人も、最近は購入すら忘れている状態で、「8億円当てたら1億円あげるね」と調子よく語っていたことも、無常を感ずるだけの夜となりました。
 
 昨日のコメント欄にも、この心情を予測するような書き込みがありましたが、一週間に300円程度の金額なら、コーヒー屋さん行きを減らして、もうしばらく「夢」を追い続けてみたいと思う半面で、毎週買い続けてブログの話題にでもしようかと考えたり…
 
 とにかく儚くも「夢」は一日で終わり、全員が仕事を辞めて四国遍路だと熱く語っていた家族や、初めての購入体験を新鮮に語っていた知人たちの存在を考えると、うつ病患者になったような心境ですか…
 
 まだまだ、しばらくは諦めませんが…
                                    6月7日の一言

8億円2口当選に触発されて

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愛西市勝幡町のショッピングセンターにある宝くじ売り場
 
 香川県観音寺市の宝くじ売り場で、8億円の1等当たりくじが2口出て、同じ人が2口買った可能性が高いことから、16億円を手にする長者の出現に、四国だけでなく全国から観音寺市の宝くじ売り場を訪れる人が出現して話題になっています。
 
ロト7:16億円長者誕生?同じ売り場で販売 香川 (毎日新聞)
 香川県観音寺市の宝くじ売り場「観音寺チャンスセンター」で5月中旬に売られた数字選択式宝くじ「LOTO(ロト)7」から、国内の宝くじ史上最高賞金額8億円の1等当たりくじが2口出た。同一日に販売されたことから「16億円長者が誕生したのでは」と話題になり、客が倍増しているという。
 ロト7は1口300円で、1〜37までの数字の中から異なる数字七つを選び、すべて的中すると、1等で最高4億円が当たる。当選者がいない場合は賞金が次回に持ち越され、賞金額は最高8億円にアップする。4月に販売が始まったロト7は、1等当選が出ない状態が続き、賞金が積み上がっていた。
 みずほ銀行宝くじ部によると、5月17日に抽選があり、1等の当たりくじが3口出た。1口は東京都東村山市で売られていたが、残る2口は観音寺市の同じ売り場で、5月14日に売られていた。
 宝くじ当選金の換金は抽選日から1年間だが、みずほ銀行高松支店によると、31日時点で換金の連絡はないという。同行の担当者は「(同じ日に、同じ売り場で)別々の人が購入したとは考えにくく、同じ人が2口購入した可能性が高いのでは」と話している。
 観音寺チャンスセンターで宝くじを売る女性は「8億円2口の当選が出てから評判になり、宝くじを買いに来る人が2倍に増えた。四国全県をはじめ、愛知県から買いに来た人もいた」と話す。
 同市には、寛永10(1633)年に丸亀藩主を迎えるため、地元民が一夜で海岸に「寛永通宝」と掘った巨大な砂絵(東西122メートル、南北90メートル、周囲345メートル)がある。それを見た人は健康で長生きでき、お金にも一生不自由しないという言い伝えがある。ビッグなお金と縁のある土地だけに、市民の間では「当選した人は砂絵を拝んでから購入したに違いない」などと話題になっている。【山中尚登】
 
 私自身は、宝くじは「当たらない」として買ったことが一度もなく、次男の運転で買い物に行った際に、一度だけロト6を一枚買ったことがあるものの、当然のように紙くずと化しており、買い方も知らないため、売り場に出向くことも恥ずかしいと思っておりましたが、「8億円2口の当選」とのインパクトは強く、周りの視線を気にしながら近くの売り場を訪れました。
 
イメージ 2 「16億円当てた人と同じクジを買いたいんですが?」
 「えっ、そんな人があるんですか?」
 「8億円を2口当てたようですよ」
 「へえー、知らなかったわ」
 
 この当たりクジは、かつてのロト6ではなく、今年4月から始まったロト7と言い、1から37までの数字の中から7個の数字を選ぶだけと案内されており、1口300円で1等で最高8億円が当たると宣伝されていました。
 
 売り場の人に言われたロトセブン申込カードを手にしたものの、数字の書き入れ方が解らず窓口を渋滞させるため、横で様子を見ていると次々とお客さんが購入していき、お客さんの切れ間にコンピューターに数字を選択してもらい2口購入しました。
 
 買い込んだ券は毎週金曜日が抽選日らしく、当たれば16億円長者ですが、(たぶん)外れればたった一日の楽しみと化してしまいます。しかし、宝くじを長期間にわたって大量(100枚単位とか10万円など)に買い込んでも一度も高額当選を果たせず、最近は宝くじを一枚も買わない知人の存在を考えると、コーヒー代と思って買える点では身近な存在になったのかも知れません。
 
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 さて、明日の抽選日に私の購入したクジが当選すると、添付したショッピングセンターも有名になり、遠くから人々が訪れて地域にも明るい話題を提供できますが、こんな展開で運良く当選するとは考えられませんねぇ…
 
 もっとも、16億円も当選したら、私どころか家内だけでなく子供たちも仕事を辞めさせて、全員で四国遍路にも出向きたいものですが、普通の旅行では使えきれる金額ではなく、こうなると毎年1億円を使って旅行しても自分の寿命までに使いきれずと考えると、当選された人はどうされるのでしょうかと、勝手に人の心配をする必要もありません。
 
 とにかく、当選するものとして、期待だけで本日の一言を終わります。
                                      6月6日の一言

ただ今、高野山の勉強中です

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 我家で一斉に花を咲かせている赤いサツキですが、他のサツキは半月前には咲き終えているものの、この赤いサツキだけが今を盛りに咲き、離れていても同じ品種だけが咲いていることに自然界の正確さを実感させられます。
 
 本日は6月議会の一般質問を昨日通告したことから、質問要旨の確認に市役所職員の問い合わせが相次ぎ、私に用のある市民の方々が何度も足を運んでもらうこととなり、私自身も話に夢中となり出向く予定時間を経過して夜を迎えてしました。
 
 さて、今月中旬には議会の休会日に、共に1泊の予定で秩父巡礼と高野山行きを計画しており、高野山行きについては、何度も訪れているものの、金剛峯寺と奥の院の朱印と、阿字観と授戒程度しか目的にしてこなかったため、同行する先達さんの意向に応えるためにも猛勉強に入りました。
 
 今回訪れるメンバーは、高野山の最初に浪切不動尊のある南院を訪れる予定となっており、このお寺に安置してある浪切不動明王像は、空海が留学先の唐から帰国する際に、船の船首部分に安置してあった像との言い伝えが残っています。
 
 この浪切不動尊は、その後に平将門の乱の平定に力を貸したと伝わり、鎌倉時代に蒙古が襲来した際には、福岡の志賀島に安置され、蒙古襲来から日本を護ったと言い伝えられており、その霊験にすがりたいのは現代人でも当り前ですね。
 
 メンバーは金剛峯寺に近い総持院の宿坊に泊まり、翌朝の朝の勤行に参加し、金剛峯寺や金堂などを参拝し、井戸のある所にも立ち寄りたいとの話ですが、私の予想では宝亀院にある井戸と思われ、この井戸であるなら毎年奥の院に奉納される衣を染めている水の井戸ですが、私の知らない井戸が存在するのかもしれません。
 
 「大鹿さんは7時の朝食まで寝ていても良いですよ」と言われましたが、こんな機会に寝ておられるはずはなく、メンバーと一緒に同行しますが、四国の観光の延長から四国霊場会の先達となった私ですが、お寺から四国遍路や高野山に出向かれて先達になられた人々の高野山行きには興味津々となります。
 
 今月6月15日は、弘法大師の誕生日にあたり、高野山では青葉祭りが開かれますが、これまでは同行する仲間を連れて行くだけでしたが、今回は案内するタクシーのプロドライバーとして期待されていることから、不謹慎にも議会の合間に高野山の閻魔帳を眺める日々となりそうです。
 
                                      6月5日の一言

6月議会の一般質問と、札幌の猫薬処分も添付しました

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 添付した「シルバーコンポ津島」は、津島市のシルバー人材センターが依頼された庭の剪定で出た枝や葉を粉砕して、鶏糞を混ぜて醗酵させて堆肥にした製品で、津島市で完成した肥料としてもっと多くの人々に知って欲しい製品です。
 
 詳しくお知りになりたい方は、社団法人津島市シルバー人材センター、津島市上之町一丁目60番地、電話(0567)26-8448番まで、お問い合わせいただければ幸いです。
 
 さて、昨日より6月議会が開会し、本日の正午が一般質問の通告期限となっており、私は3件の質問を通告しました。一般質問は10日(月)と11日(火)に開催され、今回の議会には13人の議員が質問を通告しており、私は12番目の質問者となりますから、11日の午後の登壇になる予定です。
 
6月議会の私の一般質問です。
 
1件目 津島市の火災の現状と防災対策について
 要旨 3月に起こった市内の火災に関連して
 
2件目 県道名古屋津島線バイパス計画について
 要旨 現状と今後の展開について
 
3件目 副市長2人制に関して
 要旨 市民から送付されてきた手紙より
 
 平生だと、この3件の質問を具体的に補足していますが、本日は夜に書道会があった事から、ここまで記してからすっかりと忘れていた話題があったので、質問はこのままで気になる話題を添付しておきます。
 
<動物管理センター>飼い猫を誤って殺処分 札幌市
 
 ヤフーニュースに添付された毎日新聞の記事を添付しましたが、札幌市で飼い主が存在して、飼い主から問い合わせがあった迷い猫を、獣医師の判断で動物管理センターがそのまま薬処分していたことが発覚しています。
 
 記事によれば、薬処分してから首輪をしていることに気づいたとありますが、「猫が威嚇したため、獣医師は攻撃性があり、保護は困難と判断して、炭酸ガスで殺処分した」とあるものの、猫は警察が保護して持ち込まれていることから、獣医師の判断は完全に間違っており、少なくともそのまま檻に入れて決められた日数を保護しておれば、無事に飼い主のもとに戻ったものと思われます。
 
 もっとも、我家の相棒についても、私にとっては同じ物を口にしても違和感もありませんが、家族以外には凶暴な獣のように吼えまくり、自分の食べ物を取られると思うと、私以外は家族でも噛みつこうとしますから、「攻撃性があり保護は困難」を理由にした獣医師の即断には理解ができません。
 
 現代社会においては、犬や猫も人間と同じような家族として、高齢者の健康長寿にも影響する存在として認知されており、東日本大震災で飼い主が判らない迷い犬や猫についても、新たな飼い主を探すボランティアが頑張ってきました。
 
 記事からは飼い主の女性の年齢が判りませんが、うっかりミスとは言え、飼い猫を失った飼い主の心情が我が事のように浮かんできます。これが我家の相棒なら大変な一大事で、あだ討ちしたい心境に襲われると思われます。
 
                                      6月4日の一言
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
津島市出身の参議院選挙比例区候補者大野拓夫さんです!!
 
 
大野拓夫のホームページ http://www.ohnotakuo.net/

一宮競輪場が今年度で廃止と発信され

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本日の我家のアンズです
 
 我家のアンズの実が色づきはじめ、朝に落ちたアンズを拾い集めるものの、帰宅すると駐車場から道路にまで落ちており、歩行者や自転車に踏まれて、無残な姿となっていますが、困るのはこれからで、バケツに10杯分くらいの実が実っているのです。
 
 そして、もっと深刻な問題は、その倍はありそうな事務所裏のアンズの木の存在で、今年は小粒で数が多いだけに、落ちたアンズの処分とジャム作りに大変な日々が繰り返されそうです。
 
愛知・一宮市長、市営競輪場の今年度限りで廃止表明
 愛知県一宮市の谷一夫市長は3日に開会した6月定例市議会の議員総会で、経営が低迷している競輪事業から今年度限りで撤退し、市営一宮競輪場を廃止する方針を表明した。
 谷市長は「2010年度から一般会計への繰出金がなく、地方財政の健全化に貢献できていない状況が続いている。今後、収益確保を見込むのは困難であると判断した」と説明し、理解を求めた。
 一宮競輪場は1950年に開設。最盛期の90年度には売り上げが年間720億円に上り、市の一般会計への繰り出しも30億円に達したが、90年代以降はレジャーの多様化などで売り上げが減り続けた。
 近年は09年度と10年度に連続して単年度赤字になった。市は人員と設備の両面で経費削減策を進めたが、12年度は1億7千万円の赤字が見込まれるという。
 
 さて、本日の朝日新聞には、一宮市の競輪場が今年度かぎりで廃止されると、一宮市長が議会の本会議で発表したことが記載されてきました。
 
 ギャンブルとは無縁の生活を続けてきた私ですが、14年前に議員になった年から、津島市も参加していた7市3町で構成する競輪組合の議員を拝命し、その間は一宮競輪場に何度も訪れていただけに廃止の発表に寂しさを隠せません。
 
 もっとも、その当時から赤字に悩まされ、7市3町は競輪から撤退を決めたわけですが、公務で出向いた際に支給される手当を、「是非とも使って帰ってください」と言われて、やったこともない競輪をやってきました。
 
 競輪選手の名前どころか、投票券の買い方も知りませんから、全くの素人でしたが、その素人の私が、競輪では損をして帰ってきたことがなく、複数のスポーツ新聞と競輪の専門紙の予想の共通する組合せだけを購入していただけですが、それでも1万円から2万円を手にすることがあり、今でも「競輪は損をしない」を口癖にしてきました。
 
 しかし、「競輪で損をしない」と公言している私も、今まで一度も公務以外では競輪場に入ったことがなく、公務で別口から入って、一般の観客とは交わらない部屋に案内されており、一般の入場口から歩いて入る気持ちにはなれないことから、入る気持ちになる雰囲気に改善を図らないと、全国の競輪場も一宮の二の舞になっていくことが予想されます。
 
                                      6月3日の一言

連日お寺とのご縁が続きます

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 我家には10年ほど前に植えた梅の木が3本ありますが、本日は玄関に植えた2本から添付しただけの梅の実が採れました。計測したところ700グラムあり、家内が在所から持ち込んだ大量の梅とは別に、梅干になるのを待ちたいと思っています。私は梅干が嫌いですが、私の植えた木から誕生した実のため、これを機会に口にしたいとも思っています。
 
 本日は早朝から横井庄一夫人の記念館への応援依頼があったものの、先約があったことから家内が応援に走り、私は数日前に高野山行きへの同行を依頼された市民のお宅に走ったところ、3日前に初めて訪れたお寺で打ち合わせることとなりました。
 
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 このお寺は弘法寺といい、市内の文化会館の近くにあり、私の住む旧神守地区からも多くの人々が参拝に訪れているようです。
 
 私が四国遍路をはじめたのは平成13年からですが、この頃にこのお寺に関係する多くの先達さんが大挙して四国を訪れておられ、当時の善通寺で撮影された集合写真が2階の大広間に所狭しと飾られています。
 
 私は平成19年に四国霊場会の公認先達に補任されていますが、こんなに多くの津島近郊の人々が公認先達になっておられるとは全く知らずに四国を訪れており、最近になって同じ町内にある真言宗のお寺を訪れるようになったものの、地元のお寺とは無縁の四国遍路だったことから、多くの人々の存在を知らずして四国遍路を語っていたようにも思います。
 
イメージ 3 今月の中旬に依頼された高野山同行について、引率される先達さんの話を聞き、団体のこだわりと旅程を伺って打ち合わせは終わりましたが、弘法寺ご住職(左の写真)のご厚意により、私は2階に飾られた写真や、ご自身が本山から贈られた「長者杖」などを見せてもらい、お寺の歴史やご自身が勤めておられた善通寺の話に花を咲かせてきました。
 
 一週間前にお寺から頂いた電話によって、こうして弘法寺を訪れておりますが、連日のようにお寺の前を走っていても一度も訪れる機会がなかったものの、多くの信者がすがって参拝に訪れているお寺本来の活動も知る事ができました。
 
イメージ 4 お寺というと、死んだときの葬儀や先祖供養しか思い浮かばないものの、真言宗のお寺や弘法様は心配事や病気治癒を祈願して参拝される人が多く、本堂前に建てられた四国八十八ヶ所のお砂踏み用のご本尊は、信者のたてるロウソクや線香のススで真っ黒になっていました。
 
 ご住職の話では、四国遍路に訪れる信者が減ってきたと言われましたが、現実には四国霊場会から補任される公認先達の数は増加しており、地元のお寺を通じたお遍路は減っているものの、直接四国を訪れる遍路が増加していると思われます。
 
 我家は浄土宗で、父親の命日(3日)には旦那寺、先祖供養には隣の尼寺からご住職が来られるため、真言宗のお寺まで関係することを家族が嫌いますから、最近の四国遍路の多くもお寺を介さずして四国に趣く人が多いのかも知れません。
 
 私自身についても、最近では先達と知って問われることが多くなりましたが、そうなればなっただけ専門知識が必要になるため、お寺を訪れる機会が増え、わざわざお寺から連絡をいただいたチャンスはこれからの生活に活かしていきたいと思っています。
 
                                      6月2日の一言

村の野上がりが行なわれて

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 添付した風景は、本日まで三男が住んでいた桑名市の部屋から見える風景(東向き)で、5人家族でも悠々と生活できる広いスペースの部屋を、持ち主のご好意で4月から間借りしていました。
 
 揖斐川に近く、歩いても海に行ける場所にあり、のどかな田園風景がひろがる静かな環境ですが、北を走る名四国道を渡ると生活に必要なお店があり、一度も家を出た経験のない私にとっては、しばらく住んでみたい気持ちにさせられました。三男のおかげで何度も桑名市を訪れることができたことと、桑名市の方々に息子が可愛がってもらえたことに感謝で一杯です。
 
 本日はここから冷蔵庫や本箱を私の車に乗せて引っ越しを完了させましたが、三男はしばらく自転車三昧の生活となり、2年前まで出場していたロード大会に参加できる体力にもどしていきます。
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 本日の夜は町内の「野上がり」が行なわれ、町内の4ヵ所にある観音様やお地蔵様に提灯を張り、酒と肴をふるまって祝います。写真は夜景モードのため明るく見えますが、実際には提灯の灯り以外は真っ暗です。
 
 野上がりとは、 田んぼから野に上がってくる事を言い、水田の田植えが終わった5月末の週末に毎年行なわれる神事で、私の町内では道路に提灯を張って祝っています。
 
 もっとも、農家だけの行事で、近所に子供が存在しないことから寂しさは隠せませんが、字の代表2名が提灯をぶら下げて、町内にある他の3地区の「野上がり」会場を廻り、無事に田植えが済んだことを確認して戻ります。
 
 「久しぶりだなぁ」と、議員でありながら日頃から顔を出していないため、話はつきないものの、提灯のロウソクの火が燃え尽きてしまうため、駆け足で戻りましたが、行く先々で出されるお神酒と肴が気分を良くしてくれます。
 
 昔から村の酒豪は決まっていて、こんな機会には飲みたいだけ飲んでいたようで、私の父親も酒豪のため、飲んでそのまま「お宮」で眠ってしまい、家に帰ってこないため探しに走っていたようです。私にもその血が流れているものの、最近は誰も飲まないため、村の神事も寂しくなりつつあります。
 
                                      6月1日の一言

贅沢な出会いが続いた一日に

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東海地区都市監査委員会総会 春日井市
 
 本日は春日井市のホテルプラザ勝川で開催された東海地区都市監査委員会総会に、津島市の代表監査委員と市役所の監査事務局長とともに参加してきました。
 
 総会は午後1時半から始まり、平成24年度決算や、25年度予算案について審議後の午後3時より、研修会としてテレビで科学者として熱弁を振るわれている、中部大学の武田邦彦教授による講演が行なわれました。
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 講演のテーマは、「物事の本質とは何か 環境資源からの考察」として、外国と比較した日本人の意識の相違と、石油や資源に対する誤った流言や、学者としての発言と個人の意見の違いなど、我々をうならせる熱弁が続きました。発言が世間を騒がせた時期もありますが、科学者として裏付けられた発言に揺るぎはありません。
 
 さて、津島市の代表監査委員はかつては愛知県の幹部職員として活躍されており、会場にかつての同僚や知り合いが多く、会場となった春日井市の監査委員や、豊田市、岐阜県羽島市の監査委員にも我々を紹介され、氏の人脈と社交力には驚かされます。
 
 圧巻だったのは、武田教授の講演が終わり、拍手に送られて会場を退出される際に、我が津島市の代表監査委員は武田教授の後をついて退出し、初対面でありながら我々との面談を約束して戻ってこられた事でした。
 
 「急いで5階の控え室へ」
 「えっ、会ってもらえるのですか」
 「そうそう、約束してもらったから」
 
イメージ 3 こんな展開で、東海地区から300人以上の監査委員や議員、行政職員が参加しておりながら、我々津島市の3人だけが控え室へ入り、一緒に写真に収まりました。
 
 「ブログに添付しても構いませんか」
 「はい、どうぞ、どうぞ」
 「監査委員もですよ」
 「構いませんよ」
 
 こんなやりとりがあって、本当は4人の写真をここに掲載する予定でしたが、さすがに市役所職員には「勘弁して下さい」と言われて3人の写真となっているものの、「今後とも何かあったらよろしくお願いいたします」と、初対面でありながら3人とも名刺を交換してきました。
 
 津島市やその周辺でも武田教授のお話が聞ける事に期待してしまう出会いでしたが、代表監査委員の行動力に感服するとともに、議員として他力本願になってしまっている反省も感じます。
 
 帰宅は午後6時を廻ってしまいましたが、数日前に連絡のあった津島市内の寺に慌てて走ると、待ち人は連絡先を残して帰られた後で、初対面でしたがご住職の奥様や、先代ご住職と高野山や遍路に花を咲かせていると電話です。
 
 「大鹿さん、明日の予定は?」
 「それより、何ですか?」
 「オバマまで行って欲しいの」
 「オバマって、福井県の小浜ですか」
 
 突然の電話にびっくりですが、帰宅後にお寺ですれ違いとなった人とは連絡がつき、来月に高野山へ1泊で同行する話がまとまり、高額な料金提示には「そんなには貰えません」と固辞し、先輩先達さんに同行させてもらう話となりました。
 
 宿と食事もつき、タクシー料金までもらって、私の大好きな遍路や高野山行きができるのですから、こんな贅沢な話はなく、本日訪れたお寺の先代住職は善通寺に勤めておられた時期があり、つい最近に善通寺の樫原管長が立ち寄られていた話や、私の知人も複数立ち寄られていることから、再度の訪問を約束してきました。
 
 人と人との出会いにびっくりし、感動する一日になりました。
                                    5月31日の一言
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