
先月の3日より、パソコンの横にはスズメのヒナ「ピーちゃん」がおり、当初の小さな巣箱から、大きな鳥カゴに変わったものの、1時間おきのエサやりが習慣となり、それまで台所のノートパソコンを使っていたものが、鳥の横のパソコンに座るようになり…
最近では、ピーちゃんが私の姿を認識できるようになった事から、私が座ると巣から降りてきて、エサを突付きながら私に相手をせがむようになり、無視しているとカゴを飛び回り危険なため、手を入れて相手をするのが日課のようになりました。
足元の相棒リマと、手元のピーちゃんの相手だけで毎日が過ぎればこんな幸せはありませんね。
さて、鳥カゴの横に座ると、自然にパソコンに手が伸び、私が旅先で検索するのに便利なようにと、朝日旅行友の会のホームページの動きが遅いため、先月に開設したばかりのブログに移動させていると…
2日前に全国から健康ランドを検索して、宿泊可能な健康ランドを集約していると、まるでその場に立っているような錯覚をし、当初は当地方と四国まで検索していたものが、最終的には北海道から九州まで添付していました。
宿泊可能…全国健康ランド http://blogs.yahoo.co.jp/asahi_s281218/32761743.html
大学卒業後は旅行関係の仕事を考えていたこともあり、学生時代に観光バスのアルバイトをしていましたが、現実にはお金を使う趣味の立場になり、朝日新聞購読者用の「朝日旅行友の会」として旅行の会員募集をしていました。
昨日のメール受信箱に、「愛知県に旅行するのですが…」と、愛知県を中心とした名所とお薦めの宿を問われて、「灯台下暗し」を実感し、自分の住んでいる地域を旅行しないため、解っているつもりでも何も解っていない現実を思い知らされました。
現実に、遠方に出かける際に、手土産として「何を持参しようか」と毎回迷い、結局は「大須ういろう」を持っていくものの、県外から愛知県を訪れる人々に、愛知県の魅力を伝えた経験もないため、本日は愛知県を紹介まではできないものの、愛知県を旅行先に選択した人が利用できる情報を添付したページを作りました。
名古屋・愛知の各種情報 検索版 http://blogs.yahoo.co.jp/asahi_s281218/32765701.html
私のブログについても、自分の出かけた上高地や四国をそのまま記しているだけですが、第三者には愛知県内の観光地についても詳しいと思われているようで、改めて地元の紹介が不足していることを実感させられる一日ともなりました。
5月31日の一言



左の写真は水に頭を突っ込む瞬間のピーちゃんで、右は身体をふるって水を飛ばす姿です。


海南病院は、愛知県では三重県との県境となる弥冨市にあり、JR関西線と近鉄名古屋線、名鉄弥富線の終着駅が近いものの、車で訪れることはあっても、鉄道を利用した経験がほとんど無いため、道路を把握することも含めて、診察を待つ間に訪れてみました。

左の写真は開館直前の門柱用の看板ですが、並べて比較すればその色の違いがはっきりと判ります。

感動の一瞬でした。



「リマちゃんも一緒に来てねッ」と、主催者が言ったかどうかは別として、当たり前に相棒も一緒に訪れ、「ワンちゃん連れの方は抱っこでお願いします」と記されていたことから、家内の胸のバックに入れていきましたが、玄関内に招き入れられてミルクもいただいて、我が家では暴君と化している相棒もおとなしく抱かれていました。









車に戻ってから、荒川ダムにむかい、その近くにある大滝を目標に足をすすめたところ、人に毒されていない自然そのものの滝と、滝から流れる水の冷気が身体に余裕を与えてくれました。







そこで苦肉の策として、上高地でヒルクライムと冗談が現実となり、釜トンネルは危険という知人を釜トンネルの出口で自転車とともに降ろし、私はいつもどおり大正池ホテル横に車を停めて知人を待ちます。
上高地は初めてとの知人のために、本日はバスターミナルから河童橋へ歩き、清水橋からビジターセンターへ案内し、私のお気に入りの場所としている梓川沿いの小梨平に移動して穂高連峰の銀嶺を期待したものの、雲に隠れて頂は見えませんが、見ごたえのある風景に知人も感動です。
久しぶりとなる明神橋ですが、昨年11月から4月まで上高地が閉鎖されている事から、久しぶりは当り前の話で、「久しぶり」と聞いた人には、まさか半年振りとは思われません。
さて、本日は夕方から今年定年退職した知人に誘われて、岐阜県の高山市まで来ており、到着した午後6時から高山市を歩くことになりました。
高山市の朝市は有名ですが、夕暮れの高山市を歩く機会は少なく、平日のためシャッターを下ろすお店も多く、廃業した旅館や、灯りの点らないホテルも存在しますが、バックパッカーの看板を出す格安の宿が健闘しており、観光都市らしい雰囲気を感じて宿に戻りました。


そして、私が呼べば顔は出すものの、出てはきませんでしたが、しばらくして私一人で鳥かごに近づいたところ、隠れもせずに止まり木にとまっており、大きな声で「チュン、チュン」とエサをねだるではありませんか。



この日、四国霊場開創1200年記念大法要が善通寺で行われ、歩き遍路で結願を果たした200人の先達をはじめ、各札所の住職や遍路を導く公認先達らが参列し、御影堂への回廊の道中散華があり、参堂は参拝客でいっぱいとなりました。
午前10時から御影堂で1200年開創記念法要と、結願法要が行われ、来賓として会場となった総本山善通寺樫原禅澄法主、高野山真言宗総務部長、開創1200年連絡協議会松田会長の挨拶が続き、最後に霊場会会長を努められる第52番太山寺吉川俊宏住職が霊場会を代表して参加者への御礼の挨拶が行われました。
法要はここまでで、参加僧侶の退出となり、この後に紫燈護摩巌修が行われる金堂に向かって「法螺貝」の行進が行われ、金堂西側の広場で参詣者の祈りを込めた護摩を祈願する「紫燈護摩巌修」が行われて9日の行事はすべて終了しました。









この歩き遍路は、四国霊場会の公認先達の参加により、若手僧侶を先頭にして巡拝が続けられてきたもので、本日午前7時受付が始まり、甲山寺から善通寺の金堂に到着すると結願を迎えます。
到着した歩き遍路のメンバーは、多くの見物人やお遍路さんに見守られて、金堂前で僧侶の先導で読経の大合唱です。
本日は、第一番霊山寺から、第六番まで巡拝し、私の遍路の昼食はコンビニが定番となっているもりり、家族にはお奨めの食事場所としている「やまじゅう」に連れていったところ、味も量も大満足との評価を得ました。


左が先週土曜日(3日)に保護したばかりのピーちゃんで、ほとんど動かない体が冷え切った状態で、右が一日後の写真ですが、このころにはエサを求めるようになっており、1時間も待てない食欲から、めきめきと元気になってきました。
さて、明日から3日間は四国の生活となり、我が家には3人の息子たちだけとなり、私は日曜日まで不在となりますが、我が家の庭にはサクランボだけでなく、多くの花が咲き誇っており、帰ってくるころには散っている可能性も高いことから、我が家の花々を添付して本日の一言を書き終えたいと思います。
明日は四国遍路の模様を添付予定です。









さて、冒頭に添付した虎の絵はいったい誰によって描かれた作品なんでしょうか。







