久々に四国遍路関連の記事が各地で発信され、愛媛県の「いよぎん地域経済研究センター」(IRC)のホームページに四国遍路に関するアンケートの画面を設けて意識調査を行い、回答をえた759件に関する本日の報道です。
愛媛)お遍路、目的は「観光」46% 宗教色薄まる
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遍路をした経験では「すべて回った」が1・7%、四国でも7・7%にとどまった。「一部ある」は全体で23・8%、四国で64・1%だった。
また、今年が四国霊場開創1200年だと知っていたのは19・4%と低かった。63・0%が「いつか行ってみたい」と答えた。
目的(複数回答)は、「自然景観や観光名所を楽しむ」が46・5%、「心のやすらぎ」が40・0%、「自分を見つめ直す」が30・7%、「四国の食を楽しむ」26・7%、「達成感」24・3%、「出会いやふれあい」17・2%、「健康のため」15・9%。宗教色のある「願掛け」は27・3%、「供養」は10・8%だった。30歳未満の約50%が願掛けと答えた。
遍路をする際に利用したい交通手段は、自家用車が29・8%と最多で、バスツアーが年齢の高い世代に人気で28・0%。「全行程歩いて」は19・3%だった。
記事の題目に「宗教色薄まる」とあり、「目的の46%が観光」と発信されていますが、アンケートの対象者のほとんどが四国遍路を体験した経験がない人ばかりのため、観光目的となることや、「30歳未満の約50%が願掛けと答えた」との結果も興味深いものの、実際に遍路に旅立った人々の意識とは違います。
四国遍路や真言宗では、宗教や宗派にとらわれない受け入れを表明していますが、アンケート結果から「宗教色薄まる」とは言っても、お遍路そのものが弘法大師(空海)に対する信仰から始まっており、観光目的なら渦潮見物や四万十川下りで十分ではないか。
「大鹿君、何処で願が叶ったの?」
「何故ですか?」
「願の叶ったお寺に行って来て欲しい」
「私が行くんですか?」
科学や理屈ではどうしても説明ができないこともあり、私が四国遍路で願が叶った話は同行者も存在して見ていましたが、私が親しいとは言っても他人のために願をかけて叶うことは考えられません。
香川)震災被災者の「代参」も 四国霊場サイクル駅伝
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コースは、第75番札所の総本山善通寺(善通寺市)をスタート・ゴールに徳島、高知、愛媛を回る。募集人数は中学生以上の先着360人。参加費は1人3千円。善通寺市のホームページからダウンロードした参加申込書に、氏名や希望する走行区間などを記入して、実行委員会に送る。締め切りは7月14日(必着)。問い合わせは市観光協会内の実行委(0877・63・6315)へ。
四国霊場八十八ヶ所の千四百キロを自転車でつなぐ 四国霊場88サイクル駅伝が、今年も8月8日から16日まで開催されますが、今年で10年目を迎える伝統行事になっており、秩父観音霊場でも同じようなイベントが存在します。
和歌山)弘法大師の道、駆けた トレイルランニング
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実行委は午後4時から表彰式を開いたが、それまでに走破できた出場者は17人だけだった。
奈良県・吉野山と和歌山・高野山の間の山道を走るトレイルランニング大会「Kobo Trail」が29日、開かれ、全国から168人が参加し、険しい山道に挑んだとありますが、金剛峯寺と金峯山寺を結ぶ山道「弘法大師の道」を55・7キロを走破できた出場者は17人だけだったことと、優勝者も 7時間34分3秒もかかっていることを考えると、過酷なコースであることが推測されます。
四国霊場88サイクル駅伝とともに、時間と体力が両立しないと参加できず、我が身で考えると完全なる無職となったときに、体力が残されているか自信がありません。今日も少しは頑張りました。
本日の体重 79,4キロ
6月30日の一言

突然のコメント失礼します。
野生のスズメを捕まえて飼育するのは問題ですが、親が周りに見当たらない目も開かぬヒナを見たら、これからも保護すると思います。
私があまり好まない果物や野菜の摂取はガンの予防には重要と考えていると、思いもしない場所に偶然とは思えぬ仮設のやおやさんが存在しており…
「頑張ってください」
西欧の人々から見れば、イルカの肉を食べるという(一部地域だけですが)日本の習慣も同じかも知れませんが、我が家の相棒が人間と同じように生活している現実を見ると、いずれは中国でも食肉ではなく、家族の癒し役になっていくものと思われるものの、こんな事件が起こっているとは信じられない相棒の寝顔に癒される夜となりました。

鳥は目を開いて最初に見えたものを親と思うと言われますが、もしそうだとすれば、私の右手の可能性が一番高いものの、もしかすると覗き込んでいた相棒リマの可能性もあり、相棒が鳥かごを覗いても怖がりません。
伝承によれば、平安時代の弘仁6年(815年)四国巡錫中の空海(弘法大師)が当時この地で熱病が流行しているのを聞き、杖をもってその邪気を地中に封じ込めたと伝わり、空海が立てた杖から椿が芽を出しやがて大木となったと言われています。その伝承により「椿堂」と呼ばれるようになったとあります。
さて、来年は空海によって高野山が開創されて1200年となりますが、高野山のシンボルとなっている高野槙についても、植木鉢が限界となっており、庭に植える場所も決まらないことから、本日椿と同じように植え替えました。
上高地の環境はほとんど変わりませんが、一緒に訪れた人々の多くが他界されており、Тさんについても多くの観光地へ同行しているものの、上高地でのТさんの印象が何も思い浮かばず、土曜日に浮かれて訪れていた際にも最後を迎えようとされていた現実を考えると、複雑な心境にさせられました。

2日前に玄関で保護した時には、明日になれば元気になっていると思っていたものの、元気になるどころか弱っていくばかりで、せめてエサくらいは与えないとと、魚の生餌やシーチキンなどを用意して無理やり口に入れ、食べれば元気になると考えていたものの…
ちょうど右手に帝国ホテルの赤い屋根が木々の合間から見え、日ごろは400円となったコメダ珈琲も高いと言っているものの、ここを通り越してしまうと一日が終わってしまう悲哀を感ずるため、ハンドルを右に切りました。
東京の帝国ホテルでは考えられないことですが、上高地の帝国ホテルはリュックや登山靴の客がドカドカと出入りしており、名前を意識する人が多いものの、気軽に一流の雰囲気が味わえます。


畳平に着く頃には霧が晴れることを期待して走りましたが、到着した駐車場は5メートル先も見えない状態で、冬と変わらぬ霧雨が横殴りで振り付け、車も降りられない状態のため、ここでユーターンとなりました。
心地よい風を受けて、清々しい冷風の中を会場を目指し、音楽祭の始まる午後1時までに昼食を摂ることにして、女性軍は河童橋を渡った白樺荘に向かい、一人は明神池を目指し、男性3人が音楽祭の開催される小梨平にあるアルプス観光の小梨食堂に入りました。





もっとも、私自身は梅干に似ているためアンズも好きではなく、ジャムはそれほどでもないものの、アンズからできた杏仁豆腐も好きにはなれません。


この竹薮は、多くの参拝者が訪れる矢合(やわせ)観音の裏側で、竹薮につながる大樹が日中も太陽をさえぎりますが、その中にはシラサギだけでなく、大きな鳥(右)がいたるところに営巣しており、我々人間を怖がるどころか、鳥が主役と錯覚するようなコロニーをつくっています。


右の写真は、昨年の事務所裏のアンズですが、「来年はビンに貼るラベルでも作ろうか」と話すほど大量に実り、最後は拾いきれず庭に落ちたままにしたことから、甘酸っぱい香りが夏まで続きました。



昨年は、左のようにジャム用のビンを箱ごと買い込んで、右のように次々と収穫され、自宅では処分ができないため、「ご自由にお持ち下さい」と紙に書いて事務所前に置いたままにしていました。


せせらぎ街道のモミジの新芽を植木鉢へ









