
本日、一宮市の知人と待ち合わせたジョイフル萩原店に置いてあったマスコットの人形「ジョイ」です。
私の勘違いで、ジョイフルにはソフトバンクのネット情報が無料で利用できることを示すため、ソフトバンクのマスコット人形が置いてあると思っていましたが、この人形はジョイフルのマスコット「ジョイ(写真右下)」で、ソフトバンクの犬(左下)とは無関係と知りました。


2日前に「犬が家族となった現代社会の中で」と記していますが、確かにソフトバンクのイメージキャラクター「カイ」君は、テレビの中でも白戸家の「お父さん」役となっており、今では知らない人がいないほど浸透しているものと思うとともに、ペットが人間以上の働きをしていることが実感させられます。
実は、知人とジョイフルで待ち合わせた時に、この犬の存在から無線ランがあるものと勘違いして、本日はノートパソコンを持参していましたが、私以外にも同じような勘違いをした人がないとは思えません。できれば、総ての不特定多数が利用する場所に公衆無線ランを設置してもらいたいものです。
さて、埼玉県の盲導犬が人為的に背中を刺された事件は、新聞だけでなくテレビでも繰り返し放送されていますが、我家の相棒のようなペットとは違い、飼い主の視力をカバーするとともに、飼い主の身体の一部とも思われることから、盲導犬に意図的に傷を負わせた場合には、人間に対する傷害事件として対処し、同様な事件やいたずらが無くなるようにすべきと思われます。
本日の体重 78、3キロ
8月31日の一言



福知山災害ボランティアは、3泊4日行ってきましたが、いろんな出会いがありました。被災された方達から直接聞いた話、全国からボランティアが来てくれるので自分もボランティアで頑張るという地元の方の話など、いろいろありますが、特に印象深かったのは、添付した写真のΤシャツにまつわる話です。
本日は午前中に来客があり、早朝より小雨が降り続けていたため、アンケート用紙を配布する予定を諦め、来客とモーニングコーヒーに出かけようとしていると、郵便配達の単車が止まり、今月2通目となる、今年4月まで配布していたアンケート調査の返信が手元に届き、その中身に「このアンケートを把握下さいまして市制の為に頑張っていただきます様期待しております」と記されていました。




福知山でも、特に被害の大きかった福知山城の横を流れる法川の近くの様子です。家の片付けをしている人に聞くと、法川が氾濫して床上150センチ程まで水がきたそうです。道路には濡れた畳や家具などがまだ山積みになっています。パチンコ屋も浸水して休業です。本日22日は急な雷雨でボランティア活動は中止になりましたが明日からまた再開です。3日間程居よう思ってます。
福知山のボランティアは、本日は床上浸水した民家の床下に堆積した泥を掻き出す作業でした。写真は暗くて分かりづらいですが、高さ40センチ程しかない床下にもぐって泥をとっているところです。東京や同じ愛知、奈良、大阪、など全国から来ている人と八人で班を構成して作業しました。這いつくばっての作業でしたので泥だらけになりました。1日で作業が完了しなかったので、明日以降も継続の必要をボランティアセンターに報告する旨伝えましたが、家人は同じメンバーに来て欲しいとのこと。しかし、明日はどういうメンバーになるかは全く解らない旨伝えました。




自分の好きな趣味とは言え、一年の半分を上高地のテントで生活することは過酷な自然環境となり、昨年の開山式は猛吹雪に見舞われて、一日3本携帯ガスボンベを使用しても寒さに凍え、落雷や豪雨に耐え、台風は公衆トイレや、ホテルに避難するなど大変な生活となります。
本日も多くの人々との出会いがあるなかで、私が訪れたことから、頂き物とはいえ大きなスイカに包丁を入れ、食べきれないことから通りがかった登山者や観光客にふるまうこととなり、偶然にもドイツから訪れていた人との出会いに立ち会いました。




今回の京都は大雨のため希望どおりの行動ができませんでしたが、夕食場所の選定にもてこずり、目的地に到着すると営業が終わっていたり、お店はあっても駐車場がないなど、北区の大徳寺周辺から北山通り周辺をうろうろしていると、お客さんが並ぶラーメン店を見つけ、地元の愛知県でもラーメン店には入らないものの、思わず車を駐車場に入れていました。






ここから大徳寺門前の山国屋細見酒店に寄り、夕食後に送り火を車で鑑賞します。今から出発です。
「爺ちゃん、コイがいたよ」と、四国遍路から孫が帰ってきました。今年10月に行なわれる別格二十霊場会・先達研修会の子供先達の推薦を受けるため第15番箸蔵寺を訪れていましたが、魚が好きな孫のためにと、ご住職が池の鯉を見せてくださったようです。
1日目



津島市民病院も、「在宅医療への貢献」と「医療と介護の強化」を今後の課題としており、市民病院内にある訪問看護ステーションから、患者の家庭を訪問して看護ケアを行なっており、自宅での療養生活を支援するシステムが確立されています。






その一人に「小川清」元海軍少尉が存在します。小川少尉は1922年(大正11年)に群馬県高崎市で生まれ、早稲田大学政経学部に入学した後、志願して横須賀第二海兵団に海軍二等水兵として入団し、海軍予備学生(14期飛行専修)となり、土浦海軍航空隊に入団している。



さて、最近の我家では、相棒が主役であることには変わりがありませんが、私にとっては朝から大きな鳴き声で呼ぶ「ピーちゃん」が存在し、慌てて挨拶がわりのミルワームを持って走り、寂しがりやのため鳥かごの横のテレビを点けてやります。







