大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

2015年02月

老人クラブの会員に勧誘されて

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 「おっ、かずや君、ちょうど良い所に来た」
 「何でしたか?」
 「ちょっと名前を書いてってくれよ」
 「何です?…」

 一昨日の話になりますが、町内会長さんを訪ねて集会所を訪れたところ、居合わせた町内の先輩に笑顔で「ちょうど良かった」と話しかけられたのは、60才以上になると入会可能となる「老人クラブ」への入会を勧める話でした。

 最近は「老人クラブ」の名前が嫌がられ、入会希望者が減っており、津島市の老人クラブの会員は年々減少を続けているため、名前を「いきいきクラブ」としているものの、申込書には「老人クラブ入会申込書」となっており、偶然にも老人クラブの役員会が開かれている会場を訪れたことから勧誘され、本日申込書に記名しました。

 町内には若者の親睦会も存在し、こちらも会員が減少しており、かつては六十才で定年となっていたものの、「まだまだ若い」と言う人と、会員数を維持するため定年が65才に引き上げられ、これからは若者の親睦会と老人クラブの双方に参加することとなりました。

 「もうダメですよ、76歳になったんですよ」
 「まだ、まだお若いでしょう」
 「それでも男性の平均寿命は80歳なんでしょう」
 「それも人それぞれですから」
 「もう4年しかないんですよ」

 本日訪れた元市長さんのお宅での会話で、頭脳は我々よりも回転が早そうですが、目と肝臓が悪いとの話で、平均寿命の話を持ち出すと残された年齢を指おってしまい、他界した親や知人の話になってしまいます。

 若くして県会議員になられ、市長職を長く務められただけにストレスの大きさは計り知れず、サラリーマンのように定年になって悠々自適の生活を送ることもできず、私のように四国遍路や上高地に心のよりどころを見出さないと政敵の存在する政治家は大変な老後となりそうです。

 さて、本日は帰宅時に空が暗くなっており、一息つきたいと考えていると夜9時過ぎに名古屋市まで走る所用ができ、知人に同行されて出かけましたが、こんな時に若い時のような行動力が欠如しており、この疲れの蓄積が翌日以降の生活に影響していきます。

              本日の体重 70、1キロ 徒歩数 8107歩
                                     2月28日の一言

本日の新聞記事から心がバラバラになり

 モンゴル帝国のチンギス・ハーン(1162?~1227)中央アジア方面遠征の拠点とした「チンカイ城」跡を、日本とモンゴルの合同調査隊がモンゴル南西部で確認したとの新聞記事から、これまで確認されていなかったことにモンゴル帝国の大きさを実感させられます。800年もさかのぼるロマンに、日本の大学や関係者が関わっていることをうれしく思いました。

チンギス・ハーンの軍事拠点跡を確認 合同調査隊

 その一方で、愛知県豊川市(旧音羽町)で360年以上の歴史を持つ旅館「大橋屋」が3月15日に閉館するとの報に、第三者の私は無責任に継続できないかと思いますが、利用者減少との生活の糧とならない仕事の継続の難しさを実感させられます。
 経営者の体力の限界との理由にもいかんともしがたい現実があります。

芭蕉も広重も泊まった旅籠、360年の歴史に幕 愛知
記事の続き…
 土地約700平方メートルは市が購入。建物は青木さんが市へ寄付する。市は建物を一般公開するための保存整備事業費として約4600万円を新年度予算案に盛り込んだ。公開は来年以降になるとみられている。
 青木さんは「たくさんの人たちに支えられてここまでやってこられた。寂しいがやむを得ない。市が建物を残してくれるのはありがたい」と話している。
 大橋屋の閉館を惜しむ常連客などから宿泊の予約が相次ぎ、来月14日まではほぼいっぱいだという。

 四国遍路の第四十番札所観自在寺の門前にある「山代屋」さんは、愛媛県「愛南町(あいなんちょう)」にあり、大正元年に創業したお遍路の老舗旅館で、夜の夕食に出される「鯛そうめん」や、雰囲気から私の大好きな旅館のひとつですが、同行するメンバーから水洗便所でないため嫌がられ、後継者がないため改修されず、ここでもご主人の体力の続くまでとの話を聞いたことがありました。


「イスラム国」、石像破壊の動画公開 イラクの博物館か

 本日の新聞には、無法ぶりが世界中に発信されてくるイスラム国が、歴史的遺産となる建造物を次々に破壊している様子も報道されており、密売できる美術品は売って資金にしているとの報に、人の命とともに歴史や文明も破壊する横暴に世界中から釘を刺す必要に迫られます。原油の密売も阻止して資金を枯渇させる必要がありそうです。

 こういう破壊行為に、「イスラム教に理解を」と国内のイスラム教関係者が発信していますが、日本においては宗教の押し売りや布教は余計なお世話で、普及するための宣伝や勧誘する宗教は信用しないことで、わざわざイスラム教を理解する気持ちにはなれません。

産廃処理施設で100万円分の1万円札発見 三重・鈴鹿

 さて、最後に添付した記事は、時々報道されるゴミの中から札束が発見された記事ですが、世代交代によって誤って廃棄される「へそくり」は他人事ではなく、我家でも私が家族に内緒で隠している現金と通帳が存在し、このことは死ぬ前に記しておかないと隠してある品物と一緒に破棄されてしまう可能性があります。

 私の父親が死んだ時に、結局は最後に税務署に申告したものの、父親の残した手付かずの退職金を現金で隠しており、その隠し場所は家族も知りませんでしたから、私が死んだら行方不明になった可能性もありました。何故隠すのかと言うと、家内に漏らすと生活資金として使ってしまうことと、一度税金を納めた貯金でも、通帳に残すと相続や再度課税の対象となるためで、こんな気持ちで隠される人も多いと思います。持ち主が現れるか興味津々の記事です。

            本日の体重 70、9キロ 徒歩数 5245歩
                                   2月27日の一言

痩せた姿に驚かれて

イメージ 1 「大鹿さん?」
 「はい」
 「えっ? 痩せた?」
 「判りますか?」
 「着てる物見れば一目瞭然」
 「いつ頃の私と比較しておられます」
 「PTA会長の頃かなァ」

 本日は朝から母校の同窓会報を中学校区の各町内の嘱託さん宅へ届けに出向いていましたが、訪れたお宅の奥さんとの会話で、昨年から節制して痩せてきたものの、今から20年前にもすでに太っていたのでした。

イメージ 2 右の写真は2年前の上高地での写真ですが、その下に添付した写真は、4年前に選挙に使用した推薦はがきの私で、この当時の私しか知らない人には、現在の私は別人のように思われるかも知れません。

 現実には10年前にも管理栄養士さんの指導で痩せており、当時は7キロ減量して74キロ程度だったと推定されますが、最近は80キロから10キロ程度減量して70キロ台を維持しており、顔を見てびっくりされることが多くなりました。
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 「痩せたねぇー」
 「びっくりしました」
 「知人から痩せたとは聞いていたけど…」
 「ガンだと思いました?」
 「そう思われるわよ」

 私は議員になる前にもメタボになっていましたが、議員になる前は74キロ程度だった体重が、議員になって2年後からは80キロ台に太り、10年前に管理栄養士さんの指導を受け、8年前の選挙では痩せたポスターが残されました。

 しかし、痩せた後に「ガンになりました」の冗談が自分でも冗談とは思えなくなり、試しにと節制を止めたらすぐに元に戻り、この頃に信頼していた管理栄養士さんが津島市に来られなくなり、その後は添付した写真のようになったままとなりました。

 今月に入って71キロを切って70キロ台を維持しており、一日だけでしたが70キロを下回り、最近は菓子パンや菓子も食べているものの体重が戻らないことから、「もしかしたらガンだったら笑えない」とも思うようになりました。

 意識して野菜を摂取した食事や、間食をひかえて運動しているための減量とは思いますが、痩せるとシワが増え、お腹が引っ込むと背中がまわり、腹のシワを見ていると「ガンかも」と思ってしまいます。

 さて、このブログの看板となっている写真は、ヤフーブログを始めた9年前となる06年当時の写真で、ホームページの写真も同一のため、現在の白くなった頭髪とは違いすぎており、このまま使用していきたい未練はあるものの、「詐称」と言われる前に交換が必要かも知れません。

                  本日の体重 70、7キロ 徒歩数 5761歩
                                    2月26日の一言
追伸
議員になって16年が経過し、太ったまま購入した衣類ばかりとなっており、背広はもちろんですが、カッターシャツも痩せたためガバガバとなり、議員になる以前の衣類は廃棄されているため、ズボンを引きずって歩いているようなみっともない日々を送っています。

同窓会報は完成したものの…

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本日印刷所から届けられた神守中同窓会報(A4版12頁)です

 本日は津島市議会が開会し、新年度の予算案を初め提出された議案説明と質疑が午後5時過ぎまで続き、帰宅は7時近くになっていました。

 さて、本日は3月1日に地元の全世帯に配布予定の「神守中学校同窓会報」が我家に到着予定となっているものの、帰宅時には届けられておらず、明日の午前中から全町内の会長宅に届けないと配布の手配ができないため大慌てになりました。

 母校の区域には50近い町内会があり、全ての町内会を通じて全戸配布されているため、津島市の広報紙が届けられる前に会報を会長宅に届けて、広報と一緒に各班の班長さんから全戸に配布されています。

 印刷業者は配送を宅配便に依頼し、昨日に宅配業者に渡っており、翌日に配達される契約のため、本日到着するとの話ですが、届かないと明日の作業が終わらないため連絡したところ、現物がある場所は確認できましたが「夜9時頃になっても良いですか」と、到着の確約は取れましたが…

 問題は、届けられた会報を各町内の世帯分の部数に分けないと配布できないため、到着した会報を家内が分けることになっていましたが、終了したのは午後11時を大幅に廻ってしまいました。

 来週には議会の一般質問が予定されており、私の質問要旨を確認したい市役所の担当者から電話が入り、私自身が4月の統一地方選挙の準備が何もできていない中で、他都市から立候補予定の関係者から助力を求める連絡が入り、愛知県からも提出が遅れているNPO法人の事業報告書の催促があり、今月から来月にかけてより慌しくなってきました。

 4年前の悪夢がよみがえりました。こんな調子で日常の仕事が連続し、何も準備しないまま選挙となり、過去最悪の結果となったことを、何もしなかったのでなく、忙しくて何もできなかった4年前の再来にしてはなりません。

             本日の体重 70、5キロ 徒歩数 544歩
                                  2月25日の一言

世の中そんなに甘くないことを実感して

 最近ではいたる所に発電用の太陽光パネルが並んだ土地を見かけますが、余った電気を電力会社に売るのではなく、発電した電気全部を買い取ってもらう事業用発電所で、農地でも税金の高い土地や、工場等が閉鎖された土地に大規模なパネルが並んでいます。

 本日の新聞報道では、経産省の調達価格等算定委員会(委員長・植田和弘京大教授)電力会社が契約する買い取り価格を固め、太陽光発電は3年連続で引き下げられることが発信されています。

太陽光買い取り、事業用は27円に 3年連続引き下げ
記事の続き…
 10キロワット未満の住宅用太陽光は14年度の37円を4月から35円に下げる。ただ、住宅用で出力制御装置の設置が義務づけられていない東京、関西、中部の各電力管内では33円にする。いずれも7月以降も同じ価格にする。
 風力、中小型水力、地熱、バイオマスは導入が進んでいないため、価格を据え置く。バイオマスで15年度から新設する2千キロワット未満の未利用木材燃焼発電は、40円にする。
 FITでは、再生エネで発電した電気を10~20年間、固定価格で買い取ることを電力会社に義務づけている。その費用は電気料金に上乗せされるため、同委員会が毎年度、発電費用などをもとに買い取り価格を見直している。

宙で発電し地上に送電、実証試験へ 国立公園内のメガソーラーに指針 再生エネ買い取り、新条件に不満続出 九電が説明会 再生エネ受け入れ、年明け再開 電力5社、条件は厳しく 太陽光発電買い取り、1円上乗せ ソフトバンク子会社

 昨年の1月のこの一言に、我家から500メートルの距離にある農地を利用した太陽光発電所について記しており、最初の建設資金に1千600万円かかっているものの、年間200万円の電力を生み、20年間で約4千万円の収入になるとの施行業者の話を紹介していますが、土地の有効利用を考えて資金を投入した人々にとっては、毎年引き下げられる買取価格は深刻な問題となっているかも知れません。
 

近所に存在した太陽光発電所へ
 

 「巨額の資金が必要になるアパート経営よりは確実に利益を生んでくれそうです」と私は記しておりますが、新しい取り組みにメーカーの言葉を鵜呑みにしていたものの、毎年値下げが続く今回の報道を見ると、我家の家内が事業主となっている貸し店舗と同じく、最初に投資した建築資金のローンが終わる頃になると修理費が必要となり、当初見込んだ利益にはなかなか至らない姿が重なります。

 見たこともない新しいものに感動して、衝動的に不用意な一言を記してしまった感がありますが、世の中はそんなに甘くないことと、親切そうに思えても他人は自分の利益しか考えていないくらいの厳しい判断も重要です。

 さて、明日から議会の本会議が開会となり、来週には一般質問もひかえているため、しばらくは市役所にカンヅメとなる日々が続きますが、人より遅れている選挙対策も重要で、本日も後援会員のお宅を廻りましたが、16年前の選挙に廻っただけで一度も訪れていないため、転居した人は良いとしても、亡くなっておられる人の多さにはがっかりとさせられます。
 かつて主催していた「朝日旅行友の会」については、議員になる十年以上前から企画しており、議員になってから16年も経過している現実は、参加されていた人々の元気な顔を思い出すと、最後の晩年を独りで送られた家から無言のメッセージさえ感じてしまいそうです。

 4月には選挙をひかえていますが、地域を廻ることで困りごとの相談が急増し、病院に通院する足に悩むボランティアの相談も増え、旧知の人々とは話しに夢中となって時間を消化してしまい、余計に忙しい日程に陥っていきそうです。

 
                   本日の体重 70、8キロ 徒歩数 6307歩
                                   2月24日の一言

昨晩だけですが、体重が70キロを下回りました

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 本日は3月議会(2月25日開会)の一般質問通告締切日のため、通告書をメールで議会事務局に送付した後で市役所に走りましたが、最終的に質問内容を対象となる職員に説明し終わったのは午後4時になっていました。

 午後5時に約束があったものの、出遅れている選挙対策のため、僅かな時間も惜しんで地域を廻っていると、待ち人が事務所を訪れて連絡が入り、少し待ってもらうよう依頼して結局は50分遅れの帰宅としてしまいました。申し訳ありません。

 本日の夜は一宮市の人々から依頼された仕事で名古屋市まで走る約束があり、こちらは8時に迎えに来てもらえるものの、自宅に送付されたのは午後11時を廻っており、知人に渡す書類をコピーして手渡し、書き込み中のブログを書き始めると午前0時を超えていました。

 さて、添付したケーキは下記に添付した工房から頂いたもので、過去には私の独り占めだったものの、今回は家を空けている時間が多く、口にした次男が「美味しい」とお気に入りで、半分食べられてしまっており、本日は待たせていた知人への謝罪の心を込めて一緒に食べることになりました。

マイ・パン教室 マイ・パン工房
         http://blog.goo.ne.jp/sugiura57       
         美味しいパンの画像一覧です http://blog.goo.ne.jp/sugiura57/images

 この工房では「天然酵母、無塩、無添加のパンを焼きながら食の安全を考える。60を過ぎて改めて生き方を模索する。今は工房でパンを焼く」とブログに記されており、味や柔らかさよりも食材にこだわりがあるパンですが、このロールケーキは餡が入り味も良いため間食は控えていたものの全部食べてしまいました。

 実は、昨晩の体重が初めて70キロを下回り、本日も節制して維持しようと考えていましたが、外出の間の間食と、夕食後に出かけて飲食しているため、元通りの70キロ代に逆戻りしましたが、こんな乱暴な食生活でも一気に増えないのが日ごろの貯金と思います。

                 本日の体重 70、3キロ 徒歩3329歩
                                   2月23日の一言

鳥との親密なる親子関係を

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  最近は午前中から夕方まで家を空ける日がほとんどのため、私の秘書(本日より命名)ピーちゃんは留守中はテレビの映像と音声を相手にしていますが、帰宅後は鳥カゴを出るのを当たり前にしています。
 
 昨晩は帰宅が夜になり、日中に一度も鳥カゴを出していないため、夕食を先に摂るため三男にピーちゃんの相手を頼むと、三男は喜んでピーちゃんのいる部屋に行きましたが…
 
 20分後に訪れた家内の話では、鳥カゴの扉は開けてあるものの、入り口をはさんでにらみ合いが続いており、手を出すと突付いてくるため、家内と2人でエサの菓子でつって出そうとしたものの、暴れてなかなか出てこなかったようで、出てからも家内の手を突付いていたようです。やはり、私が居ないとピーちゃんはダメなんです。
 
 私の声がすると鳥カゴを出すよう求め、私が口にする菓子を突付き、満腹になると手の平で眠り、大きな声をかけないとそのまま熟睡して起こしても起きません。本日の発見は、私の手の平がピーちゃんの体温で温かくなっていると思っていたのは、手の平がパソコンの横にあるため、パソコンの熱を排出するモーターが回っており、この熱によって温かくなっており、このこともピーちゃんの熟睡する環境を作っていたようです。
 
 「おい、おい、おい」
 「チュン、チュン」
 「ピー、ピー、ピー」 (手で突付くふり)
 「チュン、チュン、チュン、チュン」
 「うん、うん、うん」  (会話は止まりません)
 
 さて、こんなことを続けていると、私だけ夕食が済みませんから、ピーちゃんを鳥カゴに入れて台所に移動となりますが、このわずかな別れが寂しく、「もう行くよ」と言うと返事をするためなかなか席をたつことが難しく、心を鬼にして夕食に向かいます。
 
                本日の体重 69、8キロ 徒歩数 3266歩
                                  2月22日の一言
追伸
昨年6月末に管理栄養士さんの指導を受けてから、体重の減少が続いてきましたが、本日は体重計を見直しました。初めて70キロを割りです。
 

封印したお遍路からの誘惑に

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お寺入り口の幟旗がはばたきます

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信者の納骨できる石塔 お彼岸に披露されるそうです

本日は町内のお寺で阿息観に参加しました。

 最近は毎月参加していますが、本日は呼吸の調子が不安定で、元々が半眼にならず、目を瞑って足を組んでいるものの、連日のストレスがたまっているのか、ストレスをためる現世の問題が頭の中を巡って瞑想とは程遠い一日となりました。

高野山開創1200年記念大法会 ~1200年、祈りの光景~
                          http://www.koyasan.or.jp/kaiso/nittei.html 
                                      平成27年4月2日から5月21日の50日間

 4月には統一地方選挙を控えているため、しばらくは無縁の話となりますが、今年は高野山が弘法大師によって開創されて1200年目となることから、多くの行事が企画されており、本日参加していた町内の「弘盛寺」からは、4月10日に「開創1200年記念参拝旅行」が1泊で企画されています。案内を頂きましたが、残念ながら行けません。

 昨年の同時期には四国八十八ヶ所が開創されて1200年の記念大法要に参加し、善通寺への歩き遍路結願にも参加していましたが、今年も四国霊場会では4月22日から3日間高野山で先達大会が開催されます。
 こちらは、2日目に慈尊院から町石道を高野山まで歩く魅力ある企画ですが選挙期間中になり絶望です。 白衣と朱の金剛杖の先達100名が、高野山山中約23キロある町石道を歩く姿は見ごたえがあり、お遍路としては参加意欲満々となりますが残念です…

 もっとも、こんな未練を引きずっていては選挙は戦えませんから、選挙結果にこだわらず5月のゴールデンウィークに四国に行くことを早々と宣言してあり、しばらくは市内を歩くことに専念ですね。

 明日も同じですが、明後日には3月議会の質問通告締切日が迫っており、準備は深夜に及びそうです。一般社会では12月が師走と言いますが、議員にとっては選挙前の3月はまさに師走状態となります。

               本日の体重 70、4キロ 徒歩数 3584歩
                                  2月21日の一言

忙しい中にも、ホッと一息が

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ちょっと一服です…  午前中から「私への手紙」の配布に外出しており、昼食も忘れたままに時間を消化してしまい、午後に合流してくれた家内が購入した「たこ焼き」が食事となり、午後5時30分に仕事を終えていきつけの珈琲屋さんで休憩です。  座り慣れた場所は落ち着きます。

籾井NHK会長「言葉遣い誤解招いているなら残念」
NHK籾井会長「河野談話や村山談話、今のところいい」
記事の続き…
 この日はNHKが策定した中期経営計画についての説明が主な目的だったが、1時間半の間、質問は籾井会長の適格性にほぼ終始した。
 枝野幸男・民主党幹事長は記者会見で、「どうもこのNHK会長は、NHKを政府の広報機関と勘違いされているのではないか。NHKは視聴者の皆さんこそが持ち主であって、政府ではない」と話した。
「NHK会長、即刻辞任を」 ジャーナリスト団体など
NHK、問われる「公共感覚」 籾井会長、就任1年
記事の続き…
「会長の考えを幹部が過剰に忖度(そんたく)する動きがいたるところで起こっている」と若手職員は見る。昨年12月には、原発や貧困問題を取り上げた番組が衆院選後に繰り延べになった。NHKは「選挙関連の番組を編成した結果」と説明するが、この職員は「安倍政権への配慮ではないか」と受け止めた。
 幹部は「以前から選挙中の報道は慎重を期してきた」とした上で、「批判されそうなことには予防線を張る。籾井会長の下、そんな雰囲気が重くのしかかっていることは否定しない」。
 NHKでは昨年12月支給の賞与で、業績に対する評価として、局長級で最高約50万円が増額された。5年で給与費全体を1割削減する過程での増額が、世間の反発を招きかねないと心配する声に対し、籾井会長は「安倍(晋三首相)さんが賃金を上げろと言っているんだからいいじゃないか」と話したという。
 力を入れる国際放送に関連し、首相の外遊で日本への理解が進んでいるとの見解を記者会見で示した。時の権力との距離が問われる公共放送トップなのに政府寄りの発言が目立ち、別の幹部は「多様な見方があることを踏まえ、時には政権批判も必要なのが報道機関。その感覚を籾井会長は持っていない」と話す。
 受信料で支えられた公共放送の役割を超えかねない発言も波紋を呼ぶ。インターネットの活用拡大について、「我々が制限されるということはないのではないか」と会見で述べるなどし、「放送の補完にとどめるべきだ」(井上弘・民放連会長)と反発を買った。

 就任時から発言内容が問題視されているNHKの籾井会長が、国会でも不適切としか思えない発言を続けており、安部政権や自民党の広報機関のような発言は、公共放送とは言いがたく、原発問題や貧困政策に関する放送が衆議院選挙後に繰り延べにされたとの報道には、選挙結果に影響している可能性を考えると大きな問題でもある。

、「このNHK会長は、NHKを政府の広報機関と勘違いされているのではないか。NHKは視聴者の皆さんこそが持ち主であって、政府ではない」と民主党の枝野幹事長がコメントしているが、民間放送機関のトップでも話さない個人的思想を公然と語り、批判されても反省も皆無で、こんな偏った発言を続けるNHKの受信料を強制的に集金されては堪りません。

 さて、統一地方選挙が近づき、新しい立候補者の多さから16年ぶりに知人や支援者宅へ手紙を配布していますが、「まあ、あがりゃあ」、「いえ、いえ」、「そんなこと言わずに」と長話を続けると、もっと日ごろから訪問して昔話に花を咲かせていたらと思っても後の祭りです。

 学生時代から23年間にわたって新聞販売店を営み、学校のPTAや同窓会で関わった人々とは、議員になったことで疎遠になっていることが多く、久々の再会で過去の思い出や現状を話していると16年の月日の経過が実感されてきます。

 母校となる高校の同窓会長には、初めて立候補した16年前に私のため推薦状を同窓生に送付していただきましたが、還暦を過ぎてすがる立場ではなくなり、私を心配して事務所を覗いてくださる大学の大先輩にいたっては80代の高齢になっておられ、心配してもらう立場でもなくなりました。

 本日は、3月1日に母校の全世帯へ配布される同窓会報の校正が終わり、印刷に廻ることが確認され、25日に完成品が我家へ届けられ、翌日に全町内の会長宅へ配布し、1日に津島市の広報誌とともに全戸配布されていく予定です。

 23日が議会の一般質問の通告締切日となり、25日に3月議会の本会議が開会し、1日には津島市の各種表彰式が行われるなど、公的行事が連続することから、風邪もひいておれない余裕のない日々が連続していきます。

                本日の体重 70、4キロ 徒歩数 7558歩
                                   2月20日の一言


愛犬モモの死からまもなく四年が経過して

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 添付した写真は我家の愛犬「モモ」で、4年前の平成22年4月28日に亡くなっていますが、この写真は亡くなる直前の今頃のもので、我家から私が畑に連れ出したため、家内に連れられた車中の相棒「リマ」が必死に吠えていました。

我家の愛犬モモ逝く 2011/4/28(木)の一言  http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/44992033.html
 
 平成14年5月8日生まれで、まもなく9才になるところでしたが、モモは二代目で、その前年の3月3日生まれの愛犬「もも」が、家に来て3ヶ月しかたたない7月に自宅前の道路で轢かれて死んでしまったため、一年待ってもらった先代と瓜二つの愛犬でした。

 頭が良くて何でも理解して多くの芸を覚え、我々と会話も通じそうな愛犬でしたが、甘えん坊で寂しがり屋で、私たちが旅行に行く時には「ヒー、ヒー」と鳴いていた姿が昨日のように脳裏に浮かんできます。

イメージ 2 相棒リマが旅行にも同行し、家中を自由に行動しており、スズメのピーちゃんが私の手の中で眠っている現在の姿に、かつての主人公であったモモが元気で存在していたらと思ってもその姿は存在いたしません。

 携帯電話とパソコンに残された画像を眺めながら、選挙が近づくにつれてモモとの別れから4年間が経過したことを実感し、「まだ4年」と「もう4年」の挟間で、生年月日を忘れていく現実の寂しさを実感して本日は写真を添付しました。

 さて、選挙を控えて多くの新人候補者が市内を歩き廻る中で、私は過去に縁のあった人々だけを頼りに生き残りをかけますが、多くの人々が亡くなられている現実とともに、私の16年ぶりの訪問に心から喜んでいただける人々の存在に、悲しみと喜びが入り混じる一日となりました。

 一方で、還暦を過ぎた今になってからの新しい出会いも多く、遠来からの訪問者を複数出向かえ、仲間の応援のため名古屋市に足を運ぶ一日ともなり、私を通院の足として頼りにされるボランティアが今週は毎日続いており、明日も家内は複数の人を病院に運んでいきます。

 出会った人々と、天国に居る父親や叔母、後援会長や支援者の人々の思い出話に花を咲かせるとともに、我家の庭に眠る愛犬モモや、輪禍によって犠牲になった愛猫を思い出す日々がしばらく続きそうです。

                本日の体重 71、0キロ 徒歩数 3703歩
                                  2月19日の一言
 
 

3千円の日給で15歳少年を原発除染作業に

 東京電力福島第一原発事故に伴う除染作業を福島県で、15歳の少年にさせたとして、名古屋市にある土木建設会社の専務の男(49)=福島市=を労働基準法違反(危険有害業務の就業制限)の疑いで逮捕する方針を固めたと報道されています。

 この記事だけを見ると、どこにでもありそうな話に聞こえますが、国が発注する場合、除染作業員には賃金に加え、1日あたり1万~数千円の特殊勤務手当(危険手当)が支払われているにも関わらず、建設会社の専務は「周囲には18歳だと言え」と指示するだけでなく、3千円の日給しか支払っていなかったとの話に怒りは収まりません。

 この会社の実質的経営者は元暴力団組員と報じられていますが、15歳の少年は昨年3月に中学校を卒業したばかりで、4月にハローワークでこの会社を紹介され、足場を組み立てる作業員として就職しており、6月に福島に行くこととなり、母親には「原発関係ではないし、事故現場の近くでもない」と話していたとのことです。

 少年の中学時代の行動や環境が判らないまま議論するのは無責任ですが、卒業したら関係がないと進路に対する指導が無かったとすれば、出身中学校の担任や教師の無責任な対応も事件の背景にあるように思えてなりません。

除染作業の少年に「18歳で通せ」 日給は3千円
記事の続き…
 だが、福島市内での仕事は民家の除染のための足場設置だった。7月に入ると「足場の仕事がなくなったので、新しい仕事を取ってきた」と説明された。それが商業施設の除染作業だった。
 炎天下、植え込みの草を刈り、表土を袋に詰め続けた。「外すなよ」と言われ、使い捨てのマスクを着けた。自分と同い年と、一つ年上の同僚も同じ作業をしていたという。
 少年は作業に当たる前、「18歳未満は働けない。年齢は隠せ」と言われたが、元請けの出した条件か何かで、法律違反だとは思わなかった。7月中旬の夜、現場に元請けの責任者が姿を現したため、男から「行け!」と言われ、車に隠れたこともあった。
 少年は除染作業での失敗を責められ、男から暴力を振るわれるようになり、日給は3千円にまで落とされたという。「もう続けられない」。寮を抜け出し、実家に戻った。9月になって、愛知県警に被害の相談をした。
 少年は「だまされたという気持ち。上司(男)も会社も許せない」と話し、母親は「あの会社に就職させてしまったことを後悔している。未成年を食い物にするようなことはあってはならない」と非難した。

15歳に除染作業させた疑い 建設会社の専務逮捕へ

 私自身も高校入学直後に右足骨髄炎により長期入院と手術を体験し、落第することが決まったものの次の新年度までやることがなく、遊び仲間と良からぬ遊びを繰り返していましたが、こんな時期に中学時代の担任から「絶対に高校を辞めてはいけない」と繰り返し厳しく言われ続けていました。

 現実には、翌年も病気が再発し、留年して仲間と非行に走っていたため、2度目の落第が決まった直後から、高校の担任から「私学か通信制高校に転校せよ」とか「辞めた方が良い」と言われ続けていましたが、この時も中学時代の恩師からは「辞めるな頑張れ」とエールを送られていました。

 実際に3年目の新学期が始まった時に、高校の出席簿から私の氏名は消されており、現実に退学同然となっていましたが、勝手に氏名を消されたことに抗議すると、私にとっては一生の恩師となる一年生の担任と出会いました。

 「大鹿がこれまで良からぬ行動をしていたのは、自分の思い通りにならないためではないか」と話され、「もし、やり直す気が少しでもあるなら、先生にもチャンスをくれないか」、「僕のクラスで一からやり直してみないか」の一言で、1年1組46番の女生徒の後ろに付け足しの高校生活が3年目に始まりました。

 不良となった生徒が一度に改心はできませんが、恩師のおかげで何とか卒業でき、卒業時に成人式をすぎていたため早期の就職を考えていると、「大鹿は絶対に大学まで行った方が良い」と熱心に親へ説得の電話をかけてもらいました。

 私はこの恩師のおかげで大学に進み、何も実務経験の無い私にいきなり経営者として朝日新聞社の販売デスクから声をかけていただくこととなり、学生時代に起業することになりましたが、「絶対に高校を辞めるな」と声をかけ続けてくれた中学時代の恩師の存在が大きかったと思います。

 私の周りでも高校を退学したり、進学もせぬまま遊び続ける卒業生の姿を見てきましたが、私の場合は卒業後も声をかけていただいた恩師のおかげでやり直すこととなり、今回の少年についても、中学の担当教師や良識ある大人が関わっておれば、暴力団につながる会社に行くことも無かったと考えると大人の責任を感じずにはおれません。

 鶴田浩二さんの任侠映画の大ファンでしたが、賃金に加え1日あたり1万~数千円の特殊勤務手当が国から出されながら、少年には一日3千円しか支払わなかった会社の存在にも悲しさを覚える一日となりました。

                本日の体重 70、8キロ 徒歩数 6312歩
                                   2月18日の一言

街づくりを考えると、我家にゲストルームなんて考えてみたり

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 本日は朝から小雨が降っており、雪ではないものの寒さも厳しい一日となりましたが、本日は図書館で市議会議員だけを対象にした、「津島市歴史・文化ゾーンのまちづくり」説明会が開催されました。

 「何故に市役所でなく、図書館で?」との疑問は、税金の確定申告の相談で市役所駐車場が満杯になっているとの説明に、事前に伝えておれば説明する必要もなかったと思います。

 さて、津島市では一般市民が参加するタウンミーティングで議論して、今後の魅力ある街づくりを考えてきたわけですが、3日前の一言に昭和初期を記録した映像を添付しましたが、過去に多くの人々を集めていたものの閉鎖されたイベントも多く、過去の賑わいを知らない人々も存在する議論には疑問が残ります。

 本日の説明会においても、高山市や飛騨古川、秩父市などの祭り会館について、時間をかけて説明していたことから、津島市も同様の山車会館を念頭においている可能性は高く、議員から(私も)も箱物ありきに対する異論が出されました。

 現実には、過去の遺産が活かされていない現状と、前記した他都市の施設については、その施設や祭などのイベントが人を呼び込んでいるのではなく、一年中を通じて自然環境や温泉とか宿泊施設の魅力が多くの人々を呼び込んでいます。

 高山市はもちろんですが、秩父についても、川下りや観音巡礼だけでなく、温泉施設や蕎麦など自然環境が首都圏の人々を呼び込んでおり、祭り会館はついでに訪れる程度で、津島市のようにホテルや観光旅館が一軒もない環境を忘れて、津島神社や川祭りを最高と思って考えておれば人は寄り付きません。

 3日前の一言に、昭和初期の映像を添付し、かつては津島市においても本格的なオートレースや競馬が天王川公園で開催されており、多くの観客が訪れていたことが映像から判りますが、観光客の6割が津島神社の参拝客との現状では根本的な対策が急務と思われます。

 鉄道の高速化や、高速道路網の整備が進み、かつては訪れにくかった名所や観光地を容易に訪れることが可能になり、山とか海が無く、温泉などの自然環境が全くない津島市が高山市や秩父市を参考に観光客を呼び込むには無理があり、津島型の街おこしを考える必要がありますね。

 人生は永いようで現実には限られており、還暦を越えた私などは、自然環境は上高地をはじめお気に入りの場所があり、観光についても京都をはじめ行きたい場所も多く、これからの人生は四国遍路や空海の残した史跡など決まった行き先が存在しており、地元に多くの人々が来てもらいたいものの、その前に来られた人々が味わう不都合な現状を改善する必要を実感しています。

 このブログを通じて多くの人々と知り合い、実際にお会いした人も複数ありますが、津島市の川祭りや東洋一と宣伝している藤まつりなど、皆さんに是非とも見てもらいたいと思うものの、宿泊施設が一軒もない現状では何ともならず、せめて我家にゲストハウスは無理でも、ゲストルームくらいは造って皆さんをお招きしたいとは考えていますが…

                  本日の体重71、3キロ 徒歩数 4970歩
                                     2月17日の一言

厳しい冬にも春の息吹が感じられ

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               「おい、これ全部あんたかい 」
                   「うん、そうだけど…」
               「ふーん、どれどれ、ジロリ 」
                    「なにか文句でも…
               「だいぶ老けたなぁ、おまえも…」

 過去4回の選挙ポスターを材料に、こんな会話が通じそうなピーちゃんとの関係になりました。朝は気温が低いものの、朝日が差して温かくなるにつれて動き出し、水を替えてエサを補充すると、その日の気分で好きなエサをつつくか、温度の加減によっては鳥カゴを出て、私の手か肩に飛んできます。

 昨年の夏ごろまでは、カメラのレンズや黒い物に警戒していましたが、最近は私と2人っきりなら何でもありとなり、私が羽をさすってやったり、頭をなでてやると目を瞑って気持ち良さそうにしています。

 本日添付した写真は珍しいポーズで、羽を広げて私を振り返っており、私の足音がすると鳴いて呼び、私の手のひらから袖口に入って眠り、私の衣類に遠慮なくフンをしますが、最近は健康状態が良いのかフンも綺麗に思えるようになりました。

 こうなると完全に人間と同化した生活のようですが、ピーちゃんが完全に心を許せるのは私と相棒リマだけで、家内が来ると騒々しくなり、他人が訪れると大騒ぎとなり、添付した写真は私だけにしか見せないポーズです。

 最近は外出が増え、一緒に居る時間が限られるため、こんな親馬鹿のような話につき合わせて申し訳ありません。昨日の『67歳の157円のチョコ万引き逮捕報道』も、ピーちゃんや相棒を相手にしていれば起こすとは思えません。

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 さて、本日は3月1日発行の同窓会報の原稿を中学校と印刷編集者の中継役となり、その合い間に市内を歩いていましたが、津島市に隣接する愛西市の知人宅を訪れると、南向きの庭先にはツクシが生えており、春のような暖かさを実感させられました。今年は統一地方選挙を控えており、ツクシどころではありませんが、自然界は刻々と時間を刻んでいきます。

                   本日の体重 70、8キロ 徒歩数 7390歩
                                     2月16日の一言

解説無用の郷土の偉人たち

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津島市の天王川公園です

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近代毛織物の先駆者 片岡春吉翁の銅像です

戦時下の津島と片岡毛織1   https://www.youtube.com/watch?v=VGZ9Ycx7-pI
        昭和14年(1939)、愛知県津島町の天王川公園で開催された「毛織祭」の様子を撮­影した記録映像。
        津島市立図書館制作「戦時下の津島と片岡毛織」(DVD90分)より抜粋
戦時下の津島と片岡毛織2   https://www.youtube.com/watch?v=2dz837T5uCU
戦時下の津島と片岡毛織3   https://www.youtube.com/watch?v=vqb1pEO5d8E
戦時下の津島と片岡毛織4   https://www.youtube.com/watch?v=P4BrNqs3Dz4
戦時下の津島と片岡毛織5   https://www.youtube.com/watch?v=rBzO4iXJhM4
戦時下の津島と片岡毛織6 https://www.youtube.com/watch?v=e8IYU17AwTo


昭和初期の津島と飯田毛織1   https://www.youtube.com/watch?v=2SRBkUJX3AA
昭和初期の津島と飯田毛織2 https://www.youtube.com/watch?v=4qTVCKKPfa0
昭和初期の津島と飯田毛織3   https://www.youtube.com/watch?v=6jRWfPo46x0
昭和初期の津島と飯田毛織4   https://www.youtube.com/watch?v=5YxIrN235Jg
昭和初期の津島と飯田毛織5   https://www.youtube.com/watch?v=KqznJ60LrsI


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中ノ島へ渡っていきます

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ヨネ・ノグチ像

野口 米次郎(のぐち よねじろう、1875年(明治8年)12月8日 - 1947年(昭和22年)7月13日)は、明治・大正・昭和前期の英詩人、小説家、評論家、俳句研究者。イサム・ノグチの父親。
海部郡津島町(現・津島市)生まれ。雑貨店を営む父・伝兵衛の四男として生まれた。先祖は源氏足利系の武士である。

 久しぶりに市内の天王川公園に行き、近代毛織物の父と言われた片岡春吉翁の銅像と、中ノ島内にある野口米次郎氏の銅像の前に立ちました。私が解説するまでもなく、映像がユーチューブに残されており、これを見れば津島の輝かしい先人たちの存在が史実として判ります。

               本日の体重 70、4キロ 徒歩数 4726歩
                                     2月14日の一言

祖父江町に野生のキツネが生息するとの報に

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 私の一言には地域の田舎風景しか添付したことがありませんが、私の住む津島市には14階建てのマンションも存在し、ここは11階から東となる名古屋駅方向を向いていますが、本日は雪の舞う強風のため反対側の西方向は向けません。東には青空も見えますが、西方向は鉛色の空となっていました。

 これだけの強風を電力に変換できたらエネルギーになるのでしょうが、景色は爽快でもマンションでは手荷物も飛んでしまうような風にびっくりの一日となり、通学途中の中学生が書類を飛ばされても回収不能に陥っていました。

愛知)野生のキツネ、稲沢で見つかる
 
記事の続き…
 東山動植物園(名古屋市の獣医師茶谷公一さん(47)は、稲沢市にキツネが生息するという話は聞いたことがないといい、「脚に黒いラインがあるので、ホンドギツネではないでしょうか」と話している。

 本日の朝日新聞に、稲沢市の祖父江町(旧祖父江町)で野生のキツネが生息しており、一宮市の男性が2週間ほどかけて発見し写真撮影されたものが掲載され、撮影者は昨年9月から今年1月まで50回ほど目撃し、東山動物園の獣医師が、「脚に黒いラインがあるので、ホンドギツネではないか」と話している。

 ただし、獣医師は「稲沢市にキツネが生息するという話は聞いたことがない」と話しているようだが、獣医師の年齢が47歳と若いため知らないだけで、昭和30年頃には祖父江町から佐織町(現愛西市)にかけても野生のキツネやタヌキが生息しており、木曽川沿いの八開村などにも生息していたとおもわれます。

 私の母親が祖父江町の出身で、母親が嫁いだ後に、伯父が祖父江町から我家へ自転車で来るときに荷台に積んだ土産の食べ物をキツネに獲られたことがあり、他の人々からもキツネの話を聞いたことがあることから、当時は確実に生息していたと思われます。

 今回のキツネが野生であっても、昔から生息していたキツネではないかも知れませんが、祖父江町には木曽川が流れており、堤防は綺麗に除草はされていても、上流から下ってきたキツネやタヌキが生息する自然が流域に残されており、これからもこの自然環境が残されていくことに期待したいものです。

 さて、私が議員になってから、町内から「タヌキがいる」との目撃情報が続き、誰もが見まちがいと語っていましたが、隣村でも同様な目現状報があり、現実に道路で轢かれていた死体を発見し、私自身が写真に収めて市役所に持ち込んだところ、過去に津島市に存在していた動物園を担当していた職員がタヌキと断定してくれました。

 目撃者の話では複数のタヌキが居たとの話でしたが、見つかったのが死体だったことと、その後川の堤に生えていた葦やススキが伐採され、近くを流れる日光川(2級河川)の堤防も毎年雑草やススキが伐採されたことから、今では考えられなくなりました。

 私の中学生時代までは、近辺の川の両側に葦やススキが生えており、学校をズル休みしても川に行けば誰にも見つからず、一日中ボーとして時間を過ごす環境があったことを、本日のキツネの記事から懐かしく懐古する一日ともなりました。

               本日の体重 70、4キロ 徒歩数 3070歩
                                     2月13日の一言
コメント
  
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議員活動、真摯にがんばってね。削除
2015/2/14(土) 午前 0:17[ 虫探偵☆山川 一浪 ]返信する
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> 虫探偵☆山川 一浪さん、コメント有難うございました。

頑張ります。また覗いてください。削除
2015/2/14(土) 午前 0:37s281218返信する
去年の12月、隣の家にタヌキがいたのを嫁が目撃しました。垣根の隙間からこっちを見ている姿を写真におさめ、メールを送ってくれました。もちろん飼われているものではありません。とても驚きました。津島育ちの嫁も初めてみたいで、とても不思議がっていました。削除
2015/2/14(土) 午前 1:34[ ぶんた ]返信する
運転してると155号線にタヌキやらイタチの事故死の亡骸を目にします。夏場になるとカメも交通事故死していますね。夜になると明らかに犬や猫ではない動物が飛び出してきます。ニホンカワウソなら大ニュースですが(笑)


60キロ台まであと少し。頑張って下さいねー。削除
2015/2/14(土) 午前 1:57[ ホーリー ]返信する
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> ぶんたさん、コメント有難うございます。

私が子供の頃には動物が生息できる環境があり、私たちも自然環境の中で遊んでいました。最近では捨て犬さえも生活できなくなっています。寂しさが隠せません。削除
2015/2/14(土) 午後 9:45s281218返信する
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> 海子さん、コメント有難うございました。

稲沢市のアピタ周辺でもキツネを見たとの話も聞きました。まだまだありそうですね。削除
2015/2/14(土) 午後 9:49s281218返信する
はじめまして。
2017・08・15
稲沢にてキツネらしい動物を見ました。
猫?大きい…
犬?野良犬なんている?
柴に似ていますがしっぽが太く…
キツネかと。削除
2017/8/16(水) 午前 10:30[ pe*****0*** ]返信する
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> pe*****0***さん、コメント有難うございました。

自然環境が良くなって野生動物が戻って来るのは良いですが…

何とか当り前にキツネが生息できる自然環境にしたいものです。削除
2017/8/17(木) 午前 1:34s281218返信する
祖父江町ではないんですけど 愛西市野方でキツネらしき姿を見ました 思わず追跡してみましたが 確認できなかった 残念削除
2017/10/24(火) 午後 9:59[ しげぞう ]返信する
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> しげぞうさん、コメント有難うございました。

2年前ですが、愛西市の旧立田村で、アライグマかタヌキか判別できませんでしたが、道路に当り前のように座ってこちらを眺めていました。

津島市の我家の庭にも、当たり前のようにアライグマが通り、3年前には屋根裏で子育てするイタチに悩まされました。

キツネはすごいですね。是非とも写真に収めて私に提供して下さい。期待しております。削除
2017/10/25(水) 午前 0:41s281218返信する
私も稲沢市市内祖父江町平和町でたぬきの死骸を目にする事もあります。昨日は仕事帰り車でも偶然出会いました。今覚えば携帯でパッャと1枚撮って居ればと思いました。今まで何度も見かけているから最近ではあまり驚きません。でも、生きている姿を見るのが北名古屋の春日の国道で見かけたのが初めてで、生きているのは久しぶりでしたから、少し懐かしい感覚になり、目と目で挨拶してその場から立ち去りました。削除
2017/11/23(木) 午後 8:52[ tan***** ]返信する内緒
      
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> tan*****さん、返信が遅れて申し訳ありませんでした。

タヌキかアライグマかは判りませんが、木曽川沿いだけでなく、西尾張中央道までは確実に住みついていると思われます。

我家の庭にも当り前のように歩いていました。夜行性のため人目につかないだけで、かなり広範囲に生育していると思います。 削除
2017/11/25(土) 午前 9:49 s281218 返信する
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11月25日PM11:30頃、稲沢市役所付近でキツネを見ました。あの顔つき・尻尾は間違いなくキツネだと思い検索したらこのページがありました。稲沢にもキツネが生息してるんですね。 削除
2017/11/27(月) 午前 11:17 [ mer***** ] 返信する
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> mer*****さん、コメント有難うございました。

稲沢市にはうらやましいほどの自然が残されています。是非ともキツネの写真を収めて発信してもらいたいものですね。 削除
2017/11/28(火) 午前 3:46 s281218 返信する
一宮市の自宅近くで昨日と今日の夜9時ごろに、走行中の車の前をキツネらしき生き物が横切っていき、とても驚きました。
他にも目撃証言がないか検索していたところ、こちらにたどり着きました。 削除
2017/12/13(水) 午後 11:10 [ ter*na*su*00* ] 返信する
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> ter*na*su*00*さん、コメント有難うございました。

私の予想では、西尾張中央道と木曽川の間にはキツネやタヌキ、アライグマなどが生息していると思います。

カメラに収められると地域の関心も高まり、自然環境について議論になると期待したいものです。 削除
2017/12/15(金) 午後 11:47 s281218 返信する
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一か月ほど前、嫁さんがキツネみたいなのを見たと言っていた。内心居ないだろうと思いながら、いるかもしれないね…と言ったが、今日ほぼ同じところで18:45頃道路を西から東へ渡る、細くてちょっと跳ねるような走り方の柴っぽいけど尻尾がふさふさで顔がほっそりととんがった生物が・・・イタチよりだいぶ大きいし太い。キツネとしか思えない生物が@@。それで検索したらここにたどり着きました。キツネ居るんだ・・・ 削除
2018/10/11(木) 午後 8:09 [ にぃ~ ] 返信する
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> にぃ~さん、コメント有難うございました。

木曽川の環境はキツネやタヌキが住めるのでしょうね。上流の山から下ってくる可能性もあり、生息できるように保護していきたいものですね。

木曽川は公園として整備するよりも、昔ながらの環境を残して、鳥や動物の楽園にしたいですね。 削除
2018/10/12(金) 午前 11:13 s281218 返信する
清須市の庄内川の堤防沿いで
キツネを見ました。 削除
2018/10/22(月) 午前 2:57 [ sat***** ] 返信する
清須市の庄内川の堤防沿いで
キツネを見ました。 削除
2018/10/22(月) 午前 2:57 [ sat***** ] 返信する
清須市の庄内川の堤防沿いで
キツネを見ました。 削除
2018/10/22(月) 午前 2:57 [ sat***** ] 返信する
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> sat*****さん、コメント有難うございました。

キツネが見られるのは、自然環境が良いと思われるので、できるだけ昔の堤防のまま保存してもらいたいですね。

キツネそのものが珍しいので庄内川ではなおさら貴重と思います。 削除
2018/10/29(月) 午後 8:58 s281218 返信する
江南市の松竹町の畑で昨年の夜に尻尾が長くフサフサしていてキツネかなって?
本日の深夜に同じ場所で車の前を2匹横切り畑に入っていき、間違いなくキツネでした。 削除
2018/12/14(金) 午後 10:59 [ ながちゃん ] 返信する
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> ながちゃんさん、コメント有難うございました。

写真を撮られて発信されることに期待します。木曽川沿いにはキツネやタヌキが生息しているのは確実ですね。環境を守っていきたいものです。 削除
2018/12/17(月) 午前 0:12 s281218 返信する
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本日稲沢市の天池西町でキツネを見ました。
中型犬より小さめで尾と耳が長くやせていました。
道路を歩いており車からライトを当てて観察していると畑にゆっくり歩いて行きました。
キツネがこの辺りで出没するとは知らず、調べているうちにこちらのブログへたどり着きました。
他の方もけっこう目撃されているようでさらに驚きました(;^_^A 削除
2018/12/17(月) 午後 7:52 [ qua*ro_*u* ] 返信する
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> qua*ro_*u*さん、コメント有難うございました。

添付した朝日新聞によれば、2週間かけて50回目撃し、やっと写真撮影に成功したとありますから、判る人には当り前のキツネでも、写真に撮るのは難しそうですね。

目撃された驚きが伝わってきそうです。 削除
2018/12/18(火) 午前 1:10 s281218 返信する
昨日、アピタの帰りにキツネ見ました。たぬきは近所で親子連れを見たことあったのですが、キツネまでいるのは知りませんでした。 削除
2019/4/30(火) 午後 1:40 [ lun*93*jp ] 返信する 内緒
愛西市、東保町あたりで先ほどキツネらしき姿みました(^^)
これで2回目です。
田んぼの中を走ってましたよ~ 削除
2019/5/5(日) 午後 10:35 [ meg***** ] 返信する
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> meg*****さん、コメント有難うございました。

私も愛西市の森川でタヌキを見ました。過去の一言に写真も掲載しましたが、写真に収めたいものですね。 削除
2019/5/8(水) 午前 1:09 s281218 返信する
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下津小学校辺りの田んぼで親子連れ(子供2匹は居たはず)のキツネを見ました。自動車にはねられそうで危なっかしかったです。 削除
2019/6/13(木) 午前 5:04 [ tes*aj*40* ] 返信する
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> tes*aj*40*さん、コメント有難うございました。 削除
2019/6/14(金) 午後 9:49 s281218 返信する

愛西市より心強いボランティアの登場に

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津島市のマックスバリューへ 平成1年生まれの愛車が足です

 津島市と愛西市を対象に認可を受けている福祉有償運送について、これまでボランティアは津島から出動していましたが、このたび愛西市から志願された方があり、国土交通省の認定講習を修了され、本日は打ち合わせにお宅までお邪魔してきました。
 
 ご本人の承諾を得ていないので本日は公開いたしませんが、旧立田村の木曽川沿いにある大きなお寺のご住職で、地域の民生委員も引き受けておられるボランティア精神あふれる人物で、買い物の足のない立田村や旧八開村地区を中心に、愛西市のボランティアとして活躍していただけることになりました。

 過去にも愛西市よりボランティアをやりたいとの話はありましたが、無料ではなく福祉有償とは言うものの、アルバイトのような収入にはならず、会員さんを朝に病院へ送るのは短時間ですみますが、診察が終わる時間は未定で、午後になるケースも多く、診察後に走っていくため待機していると半日仕事で千円程度しかならない場合もあり、よほどボランティア精神がないと続きません。

 特に愛西市の木曽川沿いは、公共交通のない農村部となり、医療機関やスーパーもほとんどありませんから、利用したい人は多そうですが、津島市と人口は同規模ながら面積が3倍以上ある愛西市をカバーするのは大変です。

 もっとも、これまで愛西市の会員さんの依頼に、津島市から20分から30分かけて会員さんのお宅まで走り、目的地の病院まで15分程度かけて送り、診察終了後の電話でお迎えに30分かけて走り、自宅まで送迎した後に30分かけて帰宅しており、地元でボランティアに参加していただける人の存在は大変に有難い存在となります。
 
寄せ書きの日章旗、70年目の帰郷 ルソン島から
 
記事の続き…
 縦71センチ、横81・5センチ。「祝入營(にゅうえい)髙塚袈裟盛君」と記され、「報徳青年學校(がっこう)長桐山」「出せ一億の底力」などの寄せ書きがある。飯野さんは厚生労働省に依頼し、昨年夏、所有者が北海道美幌町出身の高塚袈裟盛(けさもり)さんだったとみられることがわかった。
 北海道留萌市に住む弟の満夫さん(76)は、厚労省から北海道を通じて日章旗の写しを受け取ったとき、すぐに兄だと分かったという。「袈裟盛」の名はめずらしいうえ、隣に姉の夫の名前も書いてあった。「報徳」は地元の地名だ。
 満夫さんは「アメリカに渡り、今になって戻ってくるとは。旗を触ると感慨深かった。兄がやっと北海道に帰ってきたような思いになった」と目を細める。
 満夫さんらによると、袈裟盛さんは1922年に農家の次男として誕生。母、袈裟衛(けさえ)さんの名前から名付けられたという。満夫さんは袈裟盛さんと16歳差。それでも、収穫したジャガイモを積んだ馬車に2人で乗り、でんぷん工場に運んだことを覚えている。
 袈裟盛さんは小柄だったが、畑仕事を手伝いながら体力作りに励み、陸軍に入隊。ある時、ルソン島に向かうことを書いた手紙と一緒に、軍服姿の写真などの所持品がまとめて送られてきた。しかし、日章旗はなかった。満夫さんは「兄は死を覚悟して所持品を送り返したのだろう。日章旗だけは肌身離さなかったのではないか」と語る。
 戦後、家族に届いた骨箱には、遺骨の代わりに白い紙きれが入っていた。
 厚労省から北海道を通じて届いた書類によると、袈裟盛さんは上等兵で、ルソン島の山間部で45年4月19日に戦死。23歳だった。
 クレンショーさんは「日章旗が家族に戻ってうれしい」と飯野さんにメールを送った。飯野ユキ子さんは「遺族が見つかってよかった。この日章旗が平和を考えるきっかけになればうれしい」と話している。
■戦争遺留品、厚労省が年200件仲介
 戦争遺留品について、厚生労働省は年間200件前後の問い合わせを受けており、多くが日章旗についてだ。過去5年では2012年度が最多の231件で、うち152件で特定した。
 同省は1994年から旧軍人や旧軍属の本籍や軍歴などのデータベース化に取り組んでおり、現在、のべ約5千万人分がデータベース化されているという。
 依頼者から遺留品の写真などの提供を受けると、遺留品に書かれた名前を検索。該当者がいれば本籍地がある都道府県に照会する。都道府県は、戦没者遺族へ支払われる特別弔慰金の受取者名簿などから探し、遺留品を受け取るかどうかを確認する。
 受け取りが決まれば依頼者へ通知され、日章旗などの現物が遺族のもとへ届けられる。高塚袈裟盛さんのケースも特別弔慰金の受領者が満夫さんになっていたことから判明したという。

 本日の新聞には、太平洋戦争でアメリカに持ち帰られた旧日本兵の日章旗が、70年ぶりに北海道留萌市に住む弟のもとに戻ってきたと報道されています。弟さんは76歳になっており、70年前は6歳だったことと、旧日本兵は23歳で戦死していたことを考えると複雑なものがあります。

 我家には、グアム島で二十八年ぶりに発見された横井庄一さんが満州から送ってきた手紙2通と、戦死した伯父が満州や沖縄から送ってきた手紙が20通ほど残されていますが、戦死した伯父は見たこともない甥の私に手紙を読まれるとは思ってはおらず、無事に生きて帰る前提で手紙を曾祖母に送っており、改めて戦争によって狂わされた人生と、主役不在となった家庭の顛末を回顧させられる記事ともなりました。

                本日の体重 70、7キロ 徒歩数 2843歩
                                  2月12日の一言

朝から晩までが… 深夜にまでなり

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 一週間のうち、月曜日と水曜日と、金曜日は必ずウォーキングに出ることをノルマにしていますが、本日の夕暮れ時には頭上から航空機の爆音が四方八方から聞こえてきたことから、写るかどうかも判らないままに携帯電話のシャッターを押していました。

 写るもんですねぇ…

 忙しい一日でした。

 3月1日に発行予定としている神守中学校の同窓会報の原稿を渡したのが昨晩で、帰宅したのがほぼ午前様ですから、朝起きて積み残した仕事を追え、配布が終わりかけたアンケートの報告用会報の返信者への御礼に走ると夕暮れが近づいていました。

 前記したように、水曜日はウォーキングの日と決めてあり、歩いて目的地に到着し、休憩後に自宅に歩いていると、昨晩に渡した原稿について変更があり、「今から行きます」と簡単に約束した相手は一宮市の知人で、さすがに疲れていることから、家内に同行してもらって出向きました。

 帰宅は午後11時10分…

 日中に残した仕事を整理して、添付した写真を送信し、慌ててお風呂に入って頭を洗い、パソコンの前に座って夕食をつまみながらキーを打っていると、時計は0時20分(現在の時間)です。

 四年前にも同じようなスケジュールで、同窓会報の発行を済ませ、福祉有償運送のボランティアと、3月議会の日程を終えると、四月には統一地方選挙を迎えており、何も選挙の事前運動をしないままに投票日を迎えました。

 結果は最悪、過去最低の投票数でした。

 こんな悪夢の再来のような日程です。明日も同窓会報の協賛広告主の皆さんに掲載の依頼に走り… さて、どうなることやら…

                  本日の体重 70、3キロ 徒歩数 9648歩
                                    2月11日の一言

競輪選手の小川大地君見参です

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 肖像権やプライバシーも無視して、モザイクも入れずに素顔を添付したのは「小川大地」君で、彼は名古屋競輪場に所属する競輪選手ですが、昨晩は最終日のレース出走後に私の三男を誘って津島市の居酒屋に出向いていたようです。
 
イメージ 2 左の写真が競輪ステーションに紹介されている写真で、デビュー前に「オジサンが応援の横断幕を作ってやる」と約束してあるものの、「恥ずかしいからS級にあがったら…」との約束をなかなか果たしてくれません。
 
 小川君は三男と同じ愛工大名電高校の自転車競技部の出身ですが、自転車一筋の生活を続けており、「競輪選手はダメ」とか、「ロードのプロ選手になる前に資格を取って困らないように…」と、三男の進路に釘を刺した私の反省もあって、将来を楽しみにしている選手です。
 
おめでとう-小川大地選手 2011/1/14(金) 
 
 三男は私の勧めた「柔道整復師」の国家資格を取り、現在市外の整骨院で雇われ院長になっており、独立を目指して頑張っているものの、全国各地のロードレースに走り、実業団の最上級クラスに昇格した頃を思い出すと、国家資格取得後に再度自転車で頑張って欲しかったとは、虫のよすぎる話です。
 
 彼が競輪で頑張っている姿が、三男の独立開業の意欲にもつながっており、全国各地に「大地」旋風を起してもらいたいと期待しています。
 
 さて、私は学生時代からギャンブルは何もしたことがありませんが、唯一体験しているのが議員になってからの競輪で、議員になってしばらくは一宮競輪場を会場とした七市三町競輪組合の議員をしており、この時支給された手当てを使い切って欲しいと言われて投票していましたが、私は競輪で損をした記憶がありません。
 
 「えっ、まさか」と言われそうですが、それは後日の話として、今からは我家の2階で開催される書道会に参加してきます。
 
                本日の体重 71、7キロ  徒歩数 1811歩
                                    2月10日の一言
 

島根県の中学生に政治の原点を感じて

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本日のピーちゃんです。

なんとか巣ができあがり、一国一城の主になった気分なんでしょうか。


 本日は夕方に久しぶりとなるウォーキングで出向き、途中の珈琲屋さんで休憩中に、本日のピーちゃんの様子を「書き込み中」としてブログ発信してから自宅への岐路としました。今年最高の冷え込みの中でしたが、意外に多くの人々がウォーキングに出ておられました。

雀(スズメ)の巣と親鳥を駆除する方法ってありませんか?
                    https://oshiete.goo.ne.jp/qa/882514.html

 夜になり、鳥の巣作りについてネット検索すると、害鳥としての巣の書き込みが多いことにびっくりさせられましたが、考えてみると昨年5月に目も開かぬスズメを拾ったことから、スズメを育てることしか眼中になく、鳥の被害に頭を悩ます人々の存在に寂しさも覚える夜になりました。

新会派「生活の党と名古屋のなかまたち」 4市議が結成
「議員の4分の1は女性に」民主・玄葉光一郎氏

 そんな記事一覧中に、名古屋市の河村市長の結成した地域政党・減税日本で当選した議員が、支持してくれた有権者を無視して新しい政党で生き残りをかける姿に、選挙運動もしない候補者が圧倒的得票数で当選できたのは、河村市長の人気と、減税日本の趣旨に賛同する市民の支持があったことが忘れられており、こんな身勝手な行動で生き残れたら真面目に政治活動を続ける気力も失せていきます。

 一方で、政権を握ってから身勝手な離散や、公約違反や軽薄な発言で、政治の信頼を失墜させた民主党国会議員の「議員の4分の1は女性に」との発言も、過去の社会党土井委員長のマドンナブームを思い起こすとともに、場当たり的な発言として本気かどうかを疑うことしかできません。

中学生「廃校寸前の母校救って」 寄付700万円集める
記事の続き…
 諦めかけていた10月、津和野町などで地域活性化に取り組む会社「ファウンディングベース」(東京)の代表らに声をかけられた。中学生の交流イベントで、都市部と地域の両方の学校を知っている鈴木君を知り、関心を持ったのだという。
 ネットで資金を募るクラウドファンディングを提案された。「これしかない!」。子育てを支援する地元のNPO法人「さぶみの」の協力も得て、ホームページを開設。空き家改修プロジェクトを立ち上げ、地元で工面する200万円に加え、2棟の改修費600万円を募った。
 1円も募金がない日もあったが、鈴木君のある言葉が突破口を開いた。
 東京で11月下旬にあった、米国で生まれた「TED(テッド)」から派生したプレゼンテーション大会。ネット中継される中、500人の観衆に15分間、少人数教育や自然体験の利点について説明した。
 「僕たち左鐙小で育った人材が、いずれ東京のど真ん中で活躍する日がくるでしょう。これからも、僕を見ていてください」
 演説を機に募金額は上昇。12月末までに232人から計706万5千円が寄せられ、期限内に目標を達成した。募金などをもとに空き家の改修工事を進め、3月末に完成する予定だ。
 町教委は昨年9月、統廃合の1年先送りを決めた。現在、4月の児童数は8人の見込み。町教委は鈴木君がネット募金を集めたことなどについて「大変素晴らしいこと」。ただ学校存続とは別問題だとして、「4月の在籍児童数の状況をみて判断する」としている。
 地元の人たちは7日、移住希望者を対象に暮らし体験会を開く。鈴木君は案内役を務める。

 さて、廃校寸前の母校を残すために、島根県津和野町日原(にちはら)中学校1年の鈴木智也君(12)が、町教委が母校の左鐙小を15年春に統廃合する方針に対して、「僕にとって特別な学校です」と、勇気を出して廃校反対を訴え、昨年からインターネットで募金を呼びかけ、700万円を集めた記事が報道されています。

 まさに政治の原点のような話題で、町教委は昨年9月に統廃合の1年先送りを決めており、今後は未定としているものの、12才の中学生の行動が地域の村おこしとなり、空き家改修プロジェクトなど地域に与えた効果は大きく、むしろこの地域での議員の存在感が解かりません。

 私自身も4月の統一地方選挙には有権者の皆さんの洗礼を受けるものの、政治活動の目標と内容よりも、選挙時に得票を集める集票活動に長けた者しか生き残れないとしたら、これも世間の評価として「まな板の鯉」状態になっていると考えると寂しさも隠せません。
              本日の体重 71、0キロ 徒歩数 7450歩
                                     2月9日の一言

四国発信の記事から懐かしさを覚え

 久しく忘れていた善通寺法主樫原禅澄さんの話題が香川県から発信されており、懐かしく拝読するとともに、今年4月の統一選挙をひかえて、昨年10月より四国遍路から遠ざかっているため、懐かしさがこみ上げてきました。

香川)善通寺法主が講演 交流会に140人出席
記事の続き…
 
 ビジネス香川の企画をまとめた「香川発 未来人」が12日に出版されることも紹介された。同紙の篠原正樹編集長は、「この本にはいろいろなドラマチックな人生が描かれている」とアピールした。
 同紙は、朝日新聞と日本経済新聞(一部地域を除く)に折り込まれ、毎月第1、第3木曜日に届けられる。毎回約10万部を発行している。 

イメージ 1樫原禅澄(かしはらぜんちょう)さんのプロフィール
昭和15年生まれ。志度の自性院常楽寺住職で、四国霊場第75番善通寺の執行長・宗務総長を勤められ平成20年3月より法主・管長に就任。また、四国少年院教誨師・社会福祉法人讃岐学園理事長も勤める。善通寺での朝の説法を続けられて早十数年。その魅力的な声と話のおもしろさからファンも多い。

樫原禅澄法主の色紙 右

四国八十八ヶ所霊場 樫原禅澄法主 映像
               https://www.youtube.com/watch?v=tzsPisJkBQU
 樫原禅澄さんは総本山善通寺の第57世法主と、全国に255ケ寺ある真言宗善通寺派の管長を務めるだけでなく、真言宗のトップとなる真言長者にもなられ、肩書きだけを見ると話しかけることも躊躇してしまいそうですが、善通寺では連日朝の法話に顔を出され、丸亀市と高松市で開催される「禅澄法話」へ毎月参加されています。

 「最近の政治家と言うのは…」との一言は、朝の勤行と法話後の参拝者との記念撮影に歩いているときの言葉で、「国会議員はどういうわけか、わざわざ明日の何時にお寺に伺いますと予約を入れてくる」との話でした。

 翌日になると、本人より前に新聞記者やテレビ局の関係者が待ち構えており、宣伝のための参拝になっており、本来のお参りと言うのは予告までして来る必要はなく、最近の政治家は可笑しいという苦言でもありました。

 お遍路といえば、元首相の管直人さんの歩き遍路が有名ですが、人々から悪意を持った発信も多かったものの、私はパフォーマンスとしても四国四県を歩ききった管さんの根性には感服し、参拝の目的は人それぞれのためあやかりたいと考えています。

 さて、本日は早朝の会報配布を続け、午後からは名古屋市で統一選に立候補される現職の県議と市議や、新人候補者との交流会に参加しましたが、自分ひとりで年寄りになっていた私には大きなカルチャーショックにもなりました。明日からも頑張ります。

               本日の体重 70、8キロ 徒歩数 9967歩
                                      2月8日の一言

ピーちゃんが子供のように眠り続け

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 添付したお札は、京都市左京区の大原にある宝泉院から送られてきたもので、節分会に日数分の般若心経365巻を読誦したお札で、これに「福豆」が添えられて私の自宅に届けられてきました。般若心経を365巻も読誦する機会に是非とも参加したいものですね。

 数日前に奈良県の興福寺が観光客の減少から拝観料を値上げする新聞記事を添付しましたが、比較もできない小さな宝泉院が、当方が忘れていてもこのようなお札や福豆を送ってくれることで、「また行こう」という気持ちにさせられ、お寺の日々の努力が何度も訪れるリピーターを作っていきます。

 近くなったと言っても、冬の京都には高速道路上の雪が存在する可能性から、気軽には訪れることができませんが、イベントへ求引する案内ではなく、めでたい節分会のお札や福豆を我家へ送ってくださる御住職の気持ちが来訪する気持ちを芽生えさせくれます。

 さて、我家の節分は、かつては家内の在所の近くにある(ちょっと有名な)お寺まで出向いていましたが、近所のお寺がボランティア精神を発揮して毎月「阿息観」を開催して指導を受けているため、昨年からこのお寺の節分に参加するようになりました。

 亡くなった人々の供養や、檀家の法要と葬儀のみを仕事としているお寺には、用事が無く訪れる機会もありませんが、真言宗や禅宗のように生きている我々を対象に門戸を開けているお寺には魅力があり、自分を見つめなおすなど、自分のために足を運ぶようになっていきます。

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 さて、野生の血が騒ぐのか、一生懸命巣の中にティシュペーパーやワラを運んで、作る必要もない巣作りに励んでいるピーちゃんですが、今までは鳥カゴから飛んできて私と遊んでいたものが、保護した直後の昨年5月時の赤子のように、手の中で眠ったまま眠り込んで動きません。

 推測となりますが、巣作りで疲れきっており、親(私の手)のもとに戻ってきて熟睡しているものと思われ、自分の子供の面倒も見たことがないため、子育て中の家内の心境も考えてそのままにしていると、30分経過してもこのままです。
 鳥カゴに戻すと、またティシュを咥えて巣に運びだし、しばらくはこんな生活が続きそうですが、私が鳥カゴに近づくと「ジュク、ジュク、ジキ、ジキ」と鳴き続け、きっと「ここは俺の家だぞッ」と言っているものと思われます。

                 本日の体重 70、7キロ 徒歩数 9570歩
                                     2月7日の一言

殺人事件が当たり前に連続して

 名古屋市に住む77歳の女性を殺害したとして、1月下旬に殺人容疑で逮捕された19歳の女子大学生について、「週刊新潮」(新潮社)は2月5日発売の最新号で、この女子学生の実名と顔写真を掲載したことが大きな話題となっています。
 
殺人容疑「19歳女子大生」の実名・写真を載せた「週刊新潮」――違法でないのか?
 
 逮捕後に「人を殺してみたかった」との発言にはびっくりさせられましたが、週刊誌とは言え、大量に発行される週間新潮が成人していない女子学生の名前を公開したことに驚きを隠せず、少年法61条は少年事件の実名報道を禁じていることから大きな論議になりそうですが、伝わってくる過去数年間の異常な行動から、精神異常の可能性もあり、さりとて保護者である家族にも異常が判らなかったとは思えず、多角的な審査と責任が問われそうな事件ともなりました。
 
 詳しくは、上に添付した記事を参考に各自で考えてください。
 
長崎佐世保・高1女子殺人事件の加害者の本名と画像

 2014年7月26日に長崎県佐世保市で発生した佐世保女子高生殺害事件については、逮捕された同級生により遺体の一部を切断されるという猟奇殺人事件でしたが、現在犯人の顔や名前が堂々と映像で発信されており、少年法の存在と司法当局の対応が問われます。
 
小5男児、胸など切られ死亡 男が逃走 和歌山・紀の川

 イスラム国の捕虜となった日本人2人が殺害され、世界が一丸となった対抗策が発信されていますが、空爆をすれば大量殺戮になるものの、昔の敵討ちを容認するかのように、問題ともされない人命にも疑問が湧いてきます。

 国内においても、全国各地から人を殺める事件が繰り返され、いとも簡単に人を殺せる感覚にも驚かされるとともに、日常茶飯事に高齢者をだます詐欺の電話が舞い込み、前橋市では93歳の女性が金品目当てで26歳の無職男性に殺害される事件も起こっており、人を殺めることに対しては問答無用で死刑になるくらいの厳罰により抑止するより対策が見出せません。
 
93歳女性殺害容疑で再逮捕 前橋高齢者連続殺傷

 その一方で、全国各地から老々介護の果てに自殺したり、独居老人の孤独死の報も発信されており、発信もされない自殺者の増加などを考えると、戦争により大量に人名が奪われることは無くなり、交通事故の死者数も減少する反面で、結局は同じだけの人間が命を落としているのかもしれません。
 
香港でインフル猛威、126人死亡 3月まで流行見込み

 本日は殺人事件の多さから、発信されている事件を添付しましたが、香港ではインフルエンザによって126人もの死亡が発信されており、突然の事故や病気で有無を言わさずに奪われる命に無力感を実感させられます。

 さて、キリスト教やイスラム教についても源流となるユダヤ教において、「殺してはならない」と十の戒めが示され、仏教においても、「不殺生」が戒めになっていることから、人が人を殺めることは古来から共通する戒めでありながら、最近は簡単に犯されている現状の対策は急務と思います。

                  本日の体重 71、2キロ 徒歩数8285歩
                                      2月6日の一言

一日中巣作りを続けるピーちゃんの姿に

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 最近になり異常な行動を起していた愛雀「ピーちゃん」でしたが、本日の朝には子供の頃から大好きなティシュペーパーを巣の中に入れて巣作りをしようと活躍していた様子が、添付した写真でも判ると思います。
 
 数日前より巣のワラを突付いて壊しており、鳥を飼う人々のネット情報から、ピーちゃんが巣作りを始めたと推測していましたが、このままでは巣が壊れてしまうため心配していたところ、本日の様子から巣作りと判明し、午後にはティシュペーパーを細い短冊にして入れてやったため、現在は見事な巣になっており、中から覗いていてなかなか出てきません。
 
 ただし、気分良く巣の中に居られたのはごくわずかで、下の水飲み用に置いた器から滲みた水が浸透して巣の中のティシュペーパーまで伝わり、午後には水浸しの状態に陥ってしまい、巣の中には入っておれないようになってしまいました。
 
 ネット情報によると「オス」が巣作りするとありましたから、ピーちゃんはオスの可能性が高いものの、かわいそうに伴侶となるメスがおりませんから、巣作りしても孤独な生活が続き、よほどの偶然でも起こりメスを保護するか、保護したものの飼育できない人から届けられなければ空しい巣作りとなってしまいます。
 
 一方で、稲穂やワラも鳥カゴに入れて置いたため、親鳥どころか鳥を見たこともないピーちゃんが、必死に引っ張って巣の中に入れようとしている姿はまさに野生の鳥そのもので、私に保護されずに野生のまま成長していれば、我家の屋根のどこかに巣を作る、立派な主になっていたと考えると、頼もしさを感じるとともに悲しい気持ちにさせられます。
 
 野鳥を飼育することは条例で禁止されており、スズメについても、残酷にも焼き鳥にするための捕獲が許されている反面、飼育は許されておらず、我家のピーちゃんのように野生に戻れないケースでも日陰の存在となり、相手を探してスズメの家族を飼育するなど夢物語となります。また、子供の頃に一本だけ折れて曲がってしまった指が最近は気になってしかたない姿に、保護者としての責任を痛感させられます。
 
                    本日の体重 71、1キロ 徒歩数 1440歩
                                       2月8日の一言 

ブログの闘病記が出版されたとの新聞記事に

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 本日は早朝の会報配布から一日が始まり、町内の私より一年先輩になる方の葬儀に参列してから仕事がスタートしました。
 
 とりあえず、3月1日に発行予定の神守中学校同窓会報の原稿依頼に走る予定でしたが,その前に市民の方からの相談が続き、思うように仕事が進捗せず、修理に出してあった携帯電話を受け取りに走ると、今度は受付の順番待ちの時間が「90分」と掲示してありました。

元NHK記者の末期がん闘病記 「死」までの1年つづる

 本日の新聞記事に、末期がんを宣告された元NHK記者が、亡くなるまで約1年間にわたって書き綴った「どーもの休日」が出版されたとの報道を見つけ、筆者の65歳という年齢と、22年前に同じ年齢でガンにより他界した私の父親の最後が思い浮かんできました。


遺稿 さようなら
すい臓がんの末期患者になってから始めたこのブログもいよいよ最終回である。
本音を言えば、せめて70歳までは、せめて子供が結婚するまでは生きていたかった。その意味では誠に残念・無念である。

しかし運命には逆らえない。あの世にもいろいろ事情があるのだろう。そう思って少しは明るい気分で逝くことにしたい。両親や祖父母、友人、すでに逝った職場の先輩なども彼岸にはたくさんいる事である。この世の報告をしてあの世のことを教えてもらおうと思う。

末期がん患者になって心配したのはウツになり人生の晩年を暗い気持ちで送ることであった。振り返ってみると幸いなことに極端なウツ症状はなく比較的穏やかな精神で生活が送れたのではないか。そう思っている。

ブログ、下手な油絵、カラオケ、食べることへの執着などの生きる目標がそれぞれ役割を果たしてくれた。もちろん家族やブログを見てくれる多くの人が精神的な支えになってくれたのも大きな要因である。と言っても平常心で淡々とした心境で最後の時を迎えたという訳でもない。常に頭の片隅に間もなく死ぬという思いがありプレッシャーとなった。何かやるたびに無力感・絶望感も漂った。
立派に生きていくのは難しいものだが、立派に死ぬのもなかなか難しいもの。
若い頃から無常観について惹かれて関心があったのも少しは悟りに役立ったかもしれない。

これまでの人生。たくさんの人のお世話になった。迷惑をかけた事もたくさんあった。それでも楽しく人生を送ることが出来たのは縁を結んだ数多くの人の好意があったからである。
本当にありがとうございました。皆様のご多幸を祈念しております。さようなら。

 上記の遺稿は、生前に故人が死去した際に送信するよう言われていたものだそうで、ご家族が発信された遺稿ですが、「当ブログは同じすい臓がんで苦しむ人のお役に立ちたいという故人の意思でしばらくの間はこのまま掲載させていただきます」のとご家族の配慮で、ブログを読み直すことにより我々の励ましともなります。

 今から22年前には、人々が自分の体験をネットで発信できる「ブログ文化」は存在せず、インターネットさえ普及していなかったため、父親の胃ガンが肝臓に転移した末期がんと診断されてから、ガンに関係する雑誌や書物を集め、結果的には何も効果が無かった「水」や、高額となる「健康食品」を取り寄せたり大変な半年間の闘病と看病の日々となりました。

 この半年間に集めた資料については、現在では時代遅れの医療レベルとなっていますが、当時では最前線の資料になっていたと思われ、私の書庫に眠らせたままとなりましたが、公表できる機会があれば参考にはなったと思われます。

 さて、現実には親しくなったブログの運営者がガンを発症し、闘病日記が始まったものの、治療の厳しさと体調の限界をブログ記事から実感しつつ、投稿の発信間隔が広がり、記事の投稿が途絶えてそのままになっていても、ご本人の安否どころか名前も顔も判らず、中には亡くなられたために廃止されたブログには、二度と見ることができない寂しさと悲しみが払拭されません。

  
本の内容紹介
 定年退職後、第二の人生に思いを馳せていたさなか、突然、余命6カ月のがん告知を受けた著者が、暗中模索の闘病生活をつづった人気ブログ「どーもの休日」を書籍化。「限られた時間を精一杯生きた記録。こんな生き方ができるだろうか」池上彰氏推薦!

どーもの休日
●元NHK記者と家族の〈末期がん闘病記〉
  著者: 近藤彰
  本体価格: \1,500(税別) サイズ: 四六判並製 310頁  発行年月: 2014年10月刊
 
 本日の葬式では、故人は私より一年先輩で、満年齢は62歳であるものの、「行年64歳」と読み上げあげられ、病気もなくまったく突然の訃報だったことから、我が身にも起こりうる現実と、22年前に「余命1ヵ月、早ければ1週間」と宣告された父親の人生も重ね合わせながら、このブログをご覧下さった方々とは情報を共有し、是非とも情報不足にならないことと、ブログによる生きがいで長寿を果たしたい心境となる一日となりました。

             本日の体重 71、5キロ 徒歩数 約1万5千歩
                                   2月4日の一言

大平正芳記念館の閉館に、横井庄一記念館を重ねあわせて

 香川県観音寺市出身の大平正芳元首相(1910~80)に関する資料や遺品を所蔵・展示する大平正芳記念館が3月末に閉館すると報道されています。
 私の住む愛知県にも首相経験者は存在しますが、記念館は存在しておらず、先人を尊ぶ四国人の魅力としてお遍路に訪れる際に語っていましたが…

大平正芳元首相の記念館、老朽化で3月末閉館へ
記事の続き…
イメージ 1 国政などに関する重要文書は国立国会図書館への移管を済ませ、蔵書約8千冊は県立図書館、遺品は市などへ寄贈する方向で協議が進んでいる。大平氏の次男で財団理事長の裕氏は「遺品などの展示は継続するよう前向きに対応したい」と話す。

 所蔵品は県立図書館などに寄贈し、建物や土地は当分はそのままにして残されるとの話ですが、寄付を申し出ていた観音寺市に対して、財団は土地・建物・所蔵品について、「永続的な保全と有効活用」を条件にしていたようだが、市は「無条件の寄贈」を前提にして留保したため閉館に至ったようです。

 寄贈を留保した観音寺市の、「無条件を前提に受け入れる」との新聞報道では判りにくいものの、現実には寄贈を受けた記念館の「永続的な保全」が約束されず、将来的には閉鎖はもちろんですが、場合によっては売却の可能性があったのかもしれません。
  日中関係については田中角栄元首相が有名ですが、現実には大平正芳元首相の果たした功績は大きく、歴史に残る政局の中で活躍された歴史を残す記念館が閉鎖されてしまうことに寂しさを隠せません。

 さて、同じようなことが横井庄一記念館にも存在し、平成9年に死去した横井さんの建物と土地を記念館として残すため、京都府出身で当時自民党の幹事長を務められていた野中広務さんを介して、名古屋市長との間で名古屋市に土地と建物の寄贈することが決まっていました。

 しかし、野中さんが政界を引退した直後に、名古屋市から永久的に記念館として保存できないとの話があり、「10年後には更地にして売却もありうる」との厳しい現実が告げられました。「せめて、そうなっても記念碑くらいは残して欲しい」との夫人の希望も約束されず、記念館としての寄贈は白紙に戻りました。

 ただし、記念館として寄贈する前提で、横井さんのグアム島で使用していた道具や、帰国後に残された遺品や自作の陶器等は名古屋市に寄贈してあり、夫人の自力運営で記念館が開館されているものの、横井さんの遺品は名古屋市や博物館に所蔵されたままになりました。

 国の中枢で活躍されていた野中さんが引退されたとたんに約束を反故にした名古屋市と、当時の市長に対して政治の汚さを実感させられましたが、総理大臣まで務められた大平正芳元首相の記念館でさえ閉鎖される現実に、夫人が存在しなくなった横井記念館の存続の厳しさを実感させられずにはおれません。

 本日も事務所の2階に眠る父親の残した絵画や書物を整理しましたが、この中には昭和初期に開催されていた「帝展」関係の書物と一緒に、帝展作家の浅見香城先生の絵画や、日展作家の色紙も多数含まれており、整理とは言え移動させるだけで汚れていく現実と、横井庄一さんの遺品の陶器も大量にあり、これらも売りたいとは思いませんが、いずれは子孫にゴミとして廃棄される可能性も否めません。
 私に残された人生も、そう永くはない現実も寂しいの一言です。

            本日の体重 71、3キロ  徒歩数 9719歩
                                     
                                   2月3日の一言

油断するとリバウンドする体重の岐路に

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 本日は早朝の会報配布に続いて、午後にも市内へ配布に出かけましたが、最近数日間の食生活の乱れから、わずかですが体重の戻りが悪く、身体の足取りも重いことから意識的に歩くことで復調を目指したいと思います。
 
 1ヶ月前には歩くか小走りすることによって体重が確実に減少し、食事と運動による日々の変化を実感した生活を送っていましたが、管理栄養士さんとの面談で、体重が何とか標準値の上限に下がってきたため、当分は体重の減量ではなく維持に心がけることになりました。

 体重の減量を考えると、運動だけでなく食生活にも気をつかっていましたが、現状維持なら多少の間食や外食も運動でカバーできると考え、今まで我慢していた節制のタガが外れて、夜に間食をするなど乱れてきたことが運動ではカバーできなくなっていることを実感しています。

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 先月の20日には70、4キロだった体重が、数日後から微妙に増加傾向になり、月末には71、7キロから71、8キロになり、昨日は何とか71、9キロを維持したものの、確実に減量時の体調とは違っており、71キロ台を何とか維持しているだけで、身体も重くむくんできたようにさえ感じるようになりました。

 そんなわけで、本日は意識的に歩きましたが、平生の2倍も歩いたにも関わらず体重は落ちず、8年前にも7キロ程度の減量を果たし、当時の選挙用ポスターにも細った顔が残されたものの、4年前には過去最高の太った顔が残されており、今一度引き締めなおさないと元のモクアミになりそうです。

 さて、添付した写真は、津島市内(図書館の近辺)の道路脇の街路樹に市民が設置した鳥の巣箱ですが、道路幅より広いスペースに木が植えられており、近くの津島高校には木曽川の支流だった河川敷の名残をのこす松の大木も残っており、市内でも一番恵まれた自然と共生する雰囲気があります。

 下に添付した写真は、まもなく開花しそうになっている梅畑ですが、ここから西に向かって歩くと木曽川の支流であった佐屋川がここに存在していたことを実感させられ、津島市に残されておりながら気にもかけない自然環境を肌で感ずる一日ともなりました。

             本日の71、5キロ体重 徒歩数 2万2687歩
                                   2月2日の一言
  

南相馬ボランティア 知人の体験談です

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 本日の午前2時28分に知人から送信されてきた体験談です。お礼の返信をすると、「まだ起きておられたのですか? 健康のため、早く寝てください。おやすみなさい」の返信がありましたが、メール受信の受信音が気になり、3時過ぎにはバイクで会報配布に出るため、このままパソコンの前に座りました。
 
東日本大震災による原発事故から4年経った今でも、放射能汚染で市内の一部が避難区域となっている南相馬市(小高地区)へ、ボランティアに行ってきました。行った先は、NPO法人災害復興支援ボランティアネットが運営する南相馬ボランティア活動センターです。今回は3日間の活動でしたが、毎月一度は南相馬に行っておられる小牧在住の方に同行させて頂きました。
住民が戻れるよう国が除染(放射能汚染を取り除く)作業を進めていますが、十分回りきれていない住民の要望に応えるための活動を、ボランティアセンターが行なっています。具体的な作業内容は、敷地内の雑木や立木の伐採作業などです。時には高さが20m以上ある大きな木を伐採します。伐採した木の放射線量を測定すると、まだまだ高い値を示します。
南相馬へ行く途中にJR常磐線富岡駅に寄りましたが、津波で駅舎は流され、線路上には流された車が残ったままでした。また、小高駅では、駅舎は残っていましたが、自転車置場には、地震があった2011年3月11日に通勤通学者が置いたままの状態で、多くの自転車が今でも持ち主の帰りを待つかのように置かれたままの様子は、非常に物悲しいものでした。
活動2日目の昼に、避難区域内で営業している「おだかのひるごはん」という食堂へ行きました。避難区域内での居住は認められないため、食堂の営業そのものが珍しいため、地元のマスコミにも取り上げられている食堂ですが、当日も丁度NHKが取材に来ていました。私達も取材を受けました。遠方からボランティアに来ていると言うと、食堂に来たお客がどういう人達なのかという一環で、現場を取材したいとのことなので、翌日現場に来てもらいました。後で編集して、毎週金曜日の朝に放送しているニュース番組で放送する予定だとのことでした。
避難区域での宿泊は禁止されているので、宿泊は同じ南相馬でも避難区域から解除されている原町地区にある「カリタス原町ベース」という所でお世話になりました。ここは、キリスト教団体が運営する施設で、ボランティア活動をする人のために、一泊二食500円(別途シーツ代500円)で提供しています。
震災から4年経って、だんだんみんなの意識から薄れていきますが、復興に程遠い状況です。ボランティアセンターが立ち上がった初年度は多くの人が集まりましたが、今は集まる人材が少なくなっています。
震災で被災した多くの人達が今でも厳しい状況に置かれたままです。私達一人ひとりができることを継続していくことが必要です。
 
 さて、会報配布から帰り、入浴と朝食後に仮眠しましたが、このパターンは23年間営んできた新聞販売店の生活ペースで、仮眠後に地元のお寺の「節分」に行こうとすると、母親が行くことになっているとの話で肩透かしとなり、午前中から預かる約束の孫の世話で外出し、その途中で愛知県知事選挙の投票に出向きました。
 
 四年前の知事選挙には、5人の候補者が立候補し、現職の大村知事は自民党衆議院議員の議席を捨て、減税を率いる河村たかし名古屋市長などの支援を受け、自民、民主、みんな、共産がそれぞれ推す四候補を破ったものの、今回は民主、維新、公明、生活、次世代と自民県連、減税が推薦しており、対立候補は共産党が推薦しているため、県民は二者択一を迫られており、投票率の低下が懸念されています。
 
 現職と愛知県政に批判票を投じたい県民も、共産党推薦の候補者に投票するのは嫌だとの意見も多く、「投票終了の午後8時にマスコミから当確が出される」との市民の声も的外れとは思えず、投票日すら忘れている無関心層も増えそうです。
 
 地方分権とか地方主権が叫ばれ、政権交代を期待する国民の声が選挙に反映された時期は遥か昔の話となり、自民も相乗りした福島県も含めると、沖縄、滋賀、佐賀と自民の対立候補者が当選しているものの、愛知県知事選については共産党以外の全党相乗りのため争点もありません。
 
                 本日の体重 71、9キロ 徒歩数 7467歩
                                     2月1日の一言
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