大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

2015年03月

高野山開創1200年大法会を前にして

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 本日の桜は、神守中学校を北に歩いた水路沿いの桜で、植えられてから30年ほど経過して見事な桜並木になりました。実はこの桜が植えられる前に、私の町内の水路に桜を植えたいとの提案をしていましたが、桜は毛虫が大量に発生するため、苦情が来たらどうするかとか、剪定は誰がやるのか、剪定や消毒の費用はどうするなど、植えないことを前提に進展することはありませんでした。

 一方では、町内に同じような考えから、堤防に桜の苗を植えていた人がありましたが、連日のように苗がいたずらされており、堤防に木を植えると災害時に破堤するなどと言われ、町内に桜が植えられることは無くなりました。

 我家に植えられたサクランボやアンズは、30年の年月を経て2階の屋根を越える大木となっていますが、現在は植える場所を検討中の「高野槙」と、弘法大師ゆかりの「椿」が植木鉢に植えられており、今年は植える場所を決めて枯らさないようにする必要に迫られています。

高野山、1200年目のおもてなし 2日から開創大法会
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 50年前と大きく違うのは外国人の宿泊客の数だ。和歌山県の調べでは、50年前の300人余りが今は年間5万人を超えるほどに。高野山が世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道(さんけいみち)」に登録された2004年ごろから急増したという。
 信者が宿坊を占める大法会期間中は減る見込みだが、町観光振興係の茶原敏輝係長(50)は「国内の信者が減るなか、すぐ下支えできるのは外国人」と、今後の底上げに期待する。
 高野町は、英語表記の標識や洋式トイレなどを設置。さらに外国人がよく利用する公衆無線LAN(Wi―Fi)の整備も急ぐ。
 茶原さんは、こう話す。
 「日本らしさを求める外国人にとって、山深い地で寺に泊まり、宗教儀式を間近で見て写経や瞑想体験ができる点は京都や奈良にない大きな魅力」
■アクセス改善へ山道拡幅
 課題は現地へのアクセスだ。険しい山腹をうねるように続く国道480号は、観光バスがすれ違えない場所も多い。和歌山県は山上に近い4カ所の計約2キロの区間を拡幅。山上には寺院エリアを迂回(うかい)するバイパス道路もつくり、28日から通れるようになった。
 駐車スペースの確保も難題だ。金剛峯寺は町が新設した駐車場を借り、役場や高校のグラウンドなども含め最大でバス121台分、乗用車1171台分を確保した。だが、最も多い日には160台程度の大型バスが押し寄せるとみられ、高野町の担当者は「これで足りるのかわからない」という。このため、町や金剛峯寺などは公共交通機関の利用を呼びかけている。
 町観光事業推進協議会は「ごみがあふれ、公衆トイレが汚いと、せっかく訪れた客に悪いイメージを与えてしまう」と衛生面の維持に力を注ぐ。町内10カ所にあるごみ箱は大法会期間中、通常は1日2回の収集回数を増やす。公衆トイレの委託業者にも、汚れや紙切れなどがないよう点検を徹底することを求めた。
 協議会事務局長の佐古典英さん(61)は「苦情がないよう言葉ではないおもてなしも大切にし、客に好印象を持って帰ってもらいたい」と意気込む。「大法会の反動で観光客が減る」とされる来年以降の観光客誘致も見据えた環境整備だ。

 2日前の土曜日と日曜日に、我家の三男様は高野山に行ってきました。三男は4月2日より50日間にわたり、高野山開創千二百年大法会(ほうえ)が営まれることを知らずに訪れており、私は三男が高野山に行っていることを何も聞かされておらず、日曜日に高野山のガイド本を購入していました。

高野山金剛峯寺 https://www.koyasan.or.jp/

 大法会の前に訪れたことから、渋滞や混雑には遭遇しておらず、知らなかったことが幸いだったようですが、事前の予備知識が不足することから、カーナビの指示するままに高速道路から大阪経由で訪れており、私の購入したガイド本が一週間前に存在したらと、すれ違いの偶然を実感する一日ともなりました。

                本日の体重 69、7キロ 徒歩数 7318歩
                                    3月31日の一言

関係者が存在しなくなった新聞の人事異動記事について

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神守中学校運動場の桜

 本日は愛知県内の高校や小中学校の教員の人事異動が新聞に発表されましたが、還暦を過ぎた私にとって恩師は数年前から誰一人存在せず、同級生が退職した昨年までとは完全に違う新聞の読み方となりました。

 もっとも、母校となる神守中学校の教頭先生も、小学校の校長に栄転となっており、未だに持参してなかった同窓会報の協賛企業から集金した広告代を持って訪問したものの不在で、電話でのお別れとなりました。市外の学校のためお会いできれば幸いです。

 私は高校を2度にわたって留年しているため、2歳若い同級生も存在しているものの、彼らも来年度が定年退職の年となり、私の周りは完全にシルバーライフになっていく現実を実感する新聞記事となりました。

ヤフー、検索結果の「削除」基準初公表
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 ヤフーは概要を消す例として、性的な画像や病歴、過去の犯罪被害などを挙げた。一方、公職者や企業の代表にかかわる情報や、過去の違法行為や処分歴などは表現の自由が優先されるとの考えを示した。
 HPへのリンク自体の削除は、表現の自由や知る権利を著しく侵害するとして、基本的には応じない。元のHPを削除させるのが原則だとして、どうしても検索結果を消したい場合は、削除を求める人が裁判所に訴える必要がある。ただし、児童ポルノや「リベンジポルノ」のように違法性が明らかで対応が急がれる場合は例外として削除に応じることがあるという。
 検索で世界最大手のグーグルも世界共通の「削除ポリシー」を掲げ、クレジットカード番号など個人に危害が及ぶ可能性がある情報は削除する、としている。ただ、ヤフーが新基準で削除するとした一般人の住所や電話番号について、グーグルの方針では「一般的に削除されない」とするなど削除対象には差がある。
 一方、過去の知られたくない情報や写真はネット上から消されるべきだとして、欧州で広まった「忘れられる権利」については、ヤフーの有識者会議は「プライバシー侵害を判断する従来の枠組みで対応できる」と結論づけた。ただ、欧州司法裁判所が昨年5月に判断を示した事例のように「情報発信元は適法だが、検索結果に表示するのは違法」とするケースは「国内では前例がないので判断は困難だ」とした。

 さて、検索サイトヤフーについて、検索結果の削除や表記の変更に応じる新基準を公表したとの新聞記事が存在するため、ここに添付しました。
 かつて、ヤフーブログのお気に入りの中に、元取材記者による週刊誌と遜色ない書き込みが存在し、過去の取材の顛末や思い出を楽しみに読んでいましたが、音楽関係の著作権を巡ってヤフーブログから全部が削除され、ブログそのものが突然に無くなってしまいました。

 運営者は他のブログに移って、ヤフーブログに対する批判を続けていましたが、私にとっても​2006年に開設して以来、一日も休んだことのない文章が突然に削除されてしまったらと考えると他人事ではありませんでした。

 「お父さん、いい加減にしてよッ」の一言は、私のブログに堂々と登場させている孫の写真に対する娘からの怒りの一言で、私にとっては登場させることによって何が困るのか理解もできませんが、それでも娘の抗議に最近はモザイクを入れるようになりました。表現の自由はあるものの、書き込みによって第三者に損害を与えたり、犯罪につながる書き込みに対する責任は重大で、気をつけたいと思うとともに、今回の削除基準公表については評価したいと思います。

               本日の体重 70、1キロ 徒歩数 6128歩
                                   3月30日の一言

雪のように散ったアンズの絨毯を眺めて

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 夜の駐車場を雪のように真っ白にしたのは、我家の名物「アンズ」の花で、満開となっていたアンズの木も、本日の雨によって散り始め、これからは新芽が伸びて事務所の陽射しをさえぎる緑のカーテン役になっていきます。

桐生祥秀、追い風参考記録で9秒87 陸上男子100m
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 桐生は「追い風なので自己ベストくらいは出るかなと思っていたけど、9秒9台を超えて9秒8台だったのでよかった。びっくりした。スタートが気持ちよく出られたので、いつもよりリラックスして走れた」と話した。
 桐生の次戦は4月18、19日の織田記念の予定。

 体格差から日本人には絶対無理と思っていた陸上競技100メートル走で、東洋大1年となった桐生祥秀選手が、世界の一流選手をおさえ、追い風(3・3メートル)の参考記録ながら9秒87をマークして1着でゴールを駆け抜けました。

 大リーグにおいても日本人ピッチャーがエース格となり、テニスについても錦織選手が世界一を狙える存在になっており、最近は体格によるハンデは無くなってきたものの、桐生選手の快挙には驚かされました。

春へ一歩、まもなく帰る冬の使者 北海道・根室

菜の花満開、春の訪れ実感 兵庫・あわじ花さじき

福岡で桜満開 週末の陽気で開花一気 花見客でにぎわう

 さて、我家の散りかけたアンズの花を添付しましたが、国内の各地から冬の終焉と、春へ季節が移行していく発信を添付しました。忙しいと一瞬にして季節が変わり、我家の花たちの一年に一度の晴れ舞台も見逃してしまいます。
 昨年はボタンの花の開花を見逃してしまいましたが、植えた父親が逝ってから22回も花を咲かせており、植物の生命力の永さを実感させられ、我が年齢の積み重ねも実感しています。


         本日の体重 70、5キロ 徒歩数 1731+約5000歩
                                    3月29日の一言

飛行機には乗らないものの…

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今年見納めとなる我家のアンズ

 フランス上空での航空機事故の原因は副操縦士の故意による墜落と判明しましたが、ヨーロッパ各国は操縦席を常時2人となるような対策を打ち出しており、日本も早急な対策が必要に思われます。

「操縦室は常時2人」 欧州航空各社、広がる安全対策
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 スカイマークは以前から、「常時2人」態勢をとっている。日本航空は現在、「常時2人」態勢を取っていないことを明らかにしたうえで、「対策が必要かどうかは今後判断する」としている。全日空は操縦室内の態勢は明らかにしていない。格安航空会社のバニラ・エアは「常時2人」態勢は「義務づけてはいない」とし、「今後の対応も決まっていない」、ピーチ・アビエーションは「安全上のことで答えられない」としている。
 操縦室への出入りは、2001年の米同時多発テロを契機に厳しく制限され、ドアを強化する対策が義務づけられた。元全日空機長で航空評論家の樋口文男さん(66)は「操縦士が故意にもう1人の操縦士を閉め出すような事態は想定されていなかった」と話す。
 エアバス機は、操縦士が意識を失った場合などを想定し、乗務員が暗証番号を入力して外からドアを開けることができる。ただ、操縦士が中から意図的にドアをロックすれば、外からは開けられず、今回はこの仕組みが悪用されたとみられている。
 東京大学の鈴木真二教授(航空工学)は「将来的には、悪意のある操縦や誤操作を(外部から)監視するシステムが求められる」と話す。地上から操縦席の操作を無効にして遠隔操作で飛行を指示し、安全に着陸させることは技術的に可能で、米ボーイング社も同時多発テロ後、この技術で特許を取得しているという。

 私は飛行機に乗らないことを決めており、航空機による墜落事故に遭遇することはありえませんが、天候の悪化や機体のトラブルによる墜落は想定できても、操縦士による意図的な墜落によって突然命を奪われてはかないません。

 飛行機に乗らないと話すと笑われることが多いものの、私は学生時代の旅行会社のアルバイトで伊丹空港から福岡までの便に搭乗した際、広島上空で無重力状態に近い揺れに遭遇し、こんな思いをしてまで飛行機に乗りたいとは思えず、旅行会社への就職を希望していたものの断念し、アルバイトも辞めました。

 「そんな馬鹿な」と人は言い、「自動車よりも事故の確率は低い」とも言われますが、飛行機が墜落すれば確実に死に至りますから、自分で最後まで防衛できる自動車と比較するまでもありません。

 さて、地域を廻ると多くの人々が鬼籍に入っていたことを耳にします。昨年7月より管理栄養士さんの指導を受けるようになりましたが、突然にして亡くなった人々の訃報を聞くと、健康管理を考えていても「人は簡単に死ぬ」現実が空しくなってきます。

             本日の体重 70、1キロ  徒歩数 6501歩
                                  3月28日の一言

ピーちゃんとの関係を人間に置き換えると

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 本日のピーちゃんです。私と一緒の時は安心して居眠りを続けますが、ここに毎日鳥カゴの水替えをやっている家内が登場して指を出すと、勇ましく威嚇して突付いていきます。

 相棒リマ(ポメラニアン)は、家族の顔色を見比べ、それぞれに合わせて気に入られるようふるまいますが、ピーちゃんは私以外の存在はどうでもよく、私の腕か肩にとまっているか、私が近くに居るだけで安心しており、この関係は人間の親子以上にもなっています。

久美子社長側提案に61%の支持 大塚家具、騒動を陳謝
「両方とも悪いところが」 大塚家具父娘の泥仕合に株主
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 親子の争いには、株式市場も揺れた。双方が株主の支持を得ようと「配当の引き上げ合戦」という泥仕合を演じる間、株価は乱高下した。久美子氏が社長に復帰した1月28日に1005円(終値)だった株価は、3月2日には2043円(同)まで急騰した。
 株主総会が開かれた27日も、会社側の提案が可決された直後に株価が乱高下。「業績を評価して株価がついたのではなく、乱高下に乗じて利益を得ようとする投資家がいた」(大手証券アナリスト)(宮崎健、神山純一)
■20%の基礎票から上積み
 久美子氏の「基礎票」は議決権全体の約20%だった。勝久氏はこれを上回る約25%。自らや親族などで議決権を固めた。従業員の持ち株会の一部や、フランスベッドなどの取引先からも支持を受けた。しかし採決での賛成は、議決権を行使した株主の36%にとどまった。
 勝久氏陣営の担当者は「大株主の金融機関の多くが久美子氏についた」と悔しさをにじませた。
 金融機関からは「率直に言って勝つ方につきたい」との声も漏れた。それでも「株主総会の常識」として、会社提案に反対するには、それだけの理屈が必要だ。だから最終的には金融機関を含め、多くが久美子氏に流れた。
 敗れた勝久氏は、今後どう出るのか。総会後に「株主の皆様のご判断を真摯(しんし)に受け止め、まっさらな気持ちで出直す」とのコメントを出したが、真意は見えない。記者会見も開かなかった。総会前の取材には「1度や2度では、あきらめない」と述べ、社長復帰をあくまでめざす考えを示していた。
 勝った久美子氏にも不安材料がある。
 今回、久美子氏を支持した米投資ファンド「ブランデス・インベストメント・パートナーズ」は3月3日に議決権の6%分の株式を売った。今回の総会では、売却前に確定していた11%の議決権を行使したとみられるが、今後は影響力が大幅に減る。
 議決権の10%を持ち、久美子氏についた大塚家の資産管理会社「ききょう企画」に対して、勝久氏は7%分は不当な保有だとして返還を求める訴訟を起こし、東京地裁で係争中だ。
 「毎年騒動が起きるのは不本意。経営を安定させる方法を考えている」。久美子氏は、総会に先立つ20日に開いた個人株主向けの説明会で、そう話した。
 27日の記者会見で久美子氏は、勝久氏側の議決権の減少につながる増資の可能性について問われ「具体的な計画はございません」。
 
 経営方針を巡って、親子の対立が続いていた大塚家具の株主総会が開催され、株主から「会社は一族のものではない」。別の男性株主は「両方とも悪いところがいくつもある。勝った方も妥協が必要だ」との発言があったと報道があり、結果的には娘の現体制が支持を得たようだ。

 大株主として株主席に陣取った大塚勝久氏(71)と、妻の千代子氏(68)に対する、長女の久美子社長(47)の親子対決は、大塚久美子社長が主導した取締役選任案が可決され、長女側に軍配が上がった。

 私より10歳年長となる父親と、私よりひとまわり若い長女について、これまで会社を大きくしてきた父親の立場も十分に理解でき、これまでのままでは限界があると改革を目指す娘の経営方針もわかり、実際の親子関係は判りませんが、双方の主張を議論しあって経営されればよりよい運営が図れると思いますが…

 男性の平均寿命は約80歳と言われ、これをもとに単純に考えると大塚勝久氏に残された時間は9年間しかなく、そのように考えれば長女の対応も変わりそうだが、親子の泥試合については対話も難しそうである。

 もっとも、私の不勉強かもしれませんが、私の住む愛知県では大塚家具は全くの無名であり、今回の騒動が意図的に行われたとしたら、知名度は全国的にひろがっており、イメージの低下はあるものの、企業の宣伝効果は絶大と思われます。

 一方で、新聞にも掲載されていますが、騒動による株の変化に注目した株の投資家も多く、これだけ注目されて株主総会が開かれたことは、結果的に大塚家具の経営に大きな力となり、総会で発言されたことが実行されれば健全経営になる可能性は大きいと思われます。

 さて、冒頭に添付したピーちゃんですが、親として存在する私に対しては100パーセントの信頼を寄せており、私の対応がピーちゃんの生死に直結していきますから、この関係を我が子たちに置き換えれば家庭内の環境は大きく変わり、こんな自然界の単純な関係を見直すことも重要に思う一日となりました。
 
                 本日の体重 69、4キロ  徒歩数 5466歩
                                     3月27日の一言
 

昨晩からパソコンと携帯電話に振り回され

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 添付した写真は、我家の前を走る県道の歩道上に咲くスミレの花で、元々は我家の植木鉢から繁殖したものが道路に飛んでいったと思われ、ゴミやタバコの吸殻の中で可憐な花を咲かせており、その繁殖力の強さにも驚かされます。

 昨晩は、携帯電話に保存した写真を、メール送信でこのヤフーブログに発信したところ、「メール送信中」から「送信成功しました」と、普段と同じように展開したものの、肝心の写真が表示されることはなく、やむなく携帯電話のSDカードを外してパソコンから添付しました。

 問題はここからで、携帯電話からブログへのメール送信ができないことは、旅先からの発信が不都合になる(パソコンでもできますが)ことから、ブログ設定から確認することにして、「ケータイ設定」のアドレスを見直します。

 アドレスを確認して再度メール送信を実行したところ、「送信成功しました」のメッセージは表示されるものの、ブログ画面には何も添付されず、再度繰り返しても結果は同じで、刻々と時間は経過していきます。

 ヤフーブログ全体の問題かもしれないと「ヤフージャパン」の発信を見ても何も存在せず、携帯電話の設定を変えてしまったかもしれないと初期設定からやり直し、再度送信するものの、結果は変わりません。

 今にしてはバカな発想ですが、パソコンで同じような状態の解決法を検索したところ、「ツール」の「インターネットオプション」を押して、「セキュリティー」から「レベルのカスタマイズ」を押してと、解決法に記されているように対応していくと…

 過去にパソコンに詳しい知人のアドバイスどおりに操作した挙句に、パソコンが余計におかしくなり、操作そのものができなくなったことがあり、最後は私のパソコンをボランティアで設定から修理をお願いしているTさんに依頼して復旧してもらった悪夢がよみがえるとともに、パソコンの不調とブログの受信は無関係なことから、再度「ケータイ設定」からやり直します。

 こんな繰り返しを続けると朝になってしまうため、3時頃にはパソコンの電源を消しましたが、原因が判らず熟睡には至らず、目覚めたときに再度パソコンの電源を入れてブログを確認すると、送信を確認するため発信し続けた記事がすべて画面に表示されており、試験的に発信した写真に訪問者の足跡が残されていたため、お詫びの記事を発信して、記事の削除を続けました。

 とにかく送信した記事が表示されることは確認したため、再度試験的に発信したところ結果は昨晩と同じで、ブログの情報量や写真の容量の関係で、ブログの限界とも考えると私の知恵では何もできず、昼頃には再度遅れて表示された画面の削除を続けました。

 とにかく、しばらくは携帯電話からの発信を諦め、パソコンから書き込むことを決めて仕事に出かけましたが、夜になって携帯電話から発信したところ、少し遅れるもののメール発信ができることが判り、このブログの写真も携帯電話から送信しました。

 昨晩から悪戦苦闘した時間は何だったんだろうか…

 結果的には私の携帯電話のせいでも、パソコンの不具合でもなく、不具合の原因は判りませんが、かつてヤフーメールが市役所に送信できず、使っていないメールアドレスで送信し、念のためUSBメモリーにコピーして市役所に走ったことがあり、無料とはいえ情報発信の貴重な手段になっていることから、こんな時の対処法も考えてもらいたいと思う眠い一日となりました。

             本日の体重 70、1キロ 徒歩数 13275歩
                                   3月26日の一言

メール発信の不調についてお詫びいたします

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昨晩は携帯電話からメールにて送信したところ、送信したもののこのブログに表示されず、パソコンと携帯電話の不調と思い、多くの試験的発信を繰り返しました。

朝になり、送信していた試験の写真が、全部表示されていることが判るとともに、試験的に送信した意味もない添付に対して、訪れていただいた人々の足跡が残されていました。申し訳ありませんでした。

原因は判りませんが、朝も送信しても表示されず、しばらく不調が続きそうです。深く考えると寝不足になるため、調子を見ながらの発信となります。宜しくお願いいたします。

地域を歩き廻って

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 本日訪れたお寺の弘法大師像の後ろから撮影です。金剛杖と菅笠の後姿は力強く、菅笠は頭だけでなく肩まで雨を防ぎ、背中に丸めた蓑がさは現在の雨合羽と同じですが、1200年前の姿は現在まで継承されてきました。
 不思議なもので、四国遍路に出向いた当初は、この菅笠をかぶることに抵抗感がありましたが、菅笠だけで多少の雨はしのげることと、強い日差しも防いでくれることから、日常生活でも利用したいものの、四国以外では異常者扱いされそうなため我慢しています。

 「大鹿さんは旅行はやらないんですか?」
 「旅行って、旅行ですか?」
 「議員さんはやられるでしょう」
 「はァー」

 私は議員になる前は「朝日旅行友の会」を主催しており、昭和63年より旅行の企画を始めて、観光バスによる日帰りバス旅行を続けており、議員になった平成11年からは新聞社の承認をもらって募集をしていましたが、「旅行ばかりしている」との批判があり、平成20年秋からはバスによる会員募集は止め、希望があれば四国や上高地へ同行する程度になりました。

朝日旅行友の会旅先リスト http://www.kuronowish.com/~oshika18/newpage102.htm

 以前にも言われてこの一言に記しましたが、「葬式に来ないからだめだわ」とか、「旅行をやらないからダメ」なんて言葉が議員に語られることに反論しても薮蛇となるばかりで、そんな姿しか市民には伝わらないことに寂しさも覚えます。

 私は大学卒業後に旅行会社に入るつもりで、大学入学後3年間は名鉄系の名古屋観光バスの車掌や添乗員のアルバイトを連日のようにしていたくらいで、朝日新聞社から誘われ学生時代に新聞販売店を起業したものの、読者に呼びかけて旅行企画をはじめました。

 議員の企画する会員募集は、後援会会員の親睦を図っているものの、所詮議員個人の選挙対策の一環でしかなく、旅行の専門家でもない議員が企画しても、旅の魅力や旅行会社以上の企画は不可能で、平成20年以降は旅行会社より案内する自信のある「四国遍路」や、青ナンバーのジャンボタクシーを所有するため、津島市から一番安くて早く到着できる「上高地」など、旅行会社に負けない自信のある案内だけにとどめてきました。

 もっとも、一緒に旅行に出かけていた人が複数亡くなっており、本日訪れたお宅で故人の昔話に花を咲かせ、偶然にも40年ぶりに出会った同級生と、亡くなっている同級生の話をしていると、還暦までの人生が一瞬に過ぎ去ってきたように思え、選挙のおかげで再会できることにも感謝する一日となりました。

                 本日の体重 69、7キロ 徒歩数10812歩
                                  3月25日の一言

津島市では3月議会が閉会となり

 本日は3月議会の最終日となり、議案に対する各常任委員会の審査説明に続いて採決が行われ、全議案を可決して午後2時に閉会しました。その後に今期限りで議員を引退する議員の送別会が行われるとともに、4月の統一地方選挙の新聞掲載用の写真撮影が行われました。いよいよ選挙が近づいてきました。

首相の「我が軍」発言、民主は国会で追及へ 維新も批判

 添付した新聞記事には、安倍晋三首相が20日の国会質疑で自衛隊を「我が軍」と述べたことに対し、野党から批判が相次いだとの内容が掲載されていますが、昨年のイスラム国を挑発したとされる演説と共通する危険性を直感しました。

 自民党が12年に発表した憲法改正草案には「国防軍」の創設が盛り込まれているものの、現在の憲法9条は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と定めており、この発言は憲法に反するだけでなく、尖閣諸島の国境線で対立している中国を刺激することは国民でも想像することだけに、安部首相の発言の思惑に危険性を感じずにはおれません。

海底ボーリング調査の停止指示 翁長知事、沖縄防衛局に
記事の続き…
 移設計画では埋め立て予定海域について、公有水面埋立法に基づく「埋め立ての承認」と、県漁業調整規則に基づく「岩礁破砕の許可」が必要だ。このため政府内には、岩礁破砕許可が取り消しとなれば、埋め立て工事を始められない可能性があるとの見方もある。だが、「許可が取り消されれば、法的に争う」(首相官邸の幹部)とし、政府はあくまでも争う考えだ。
 埋め立て承認と岩礁破砕許可はそれぞれ、仲井真弘多・前知事時代の一昨年と昨年に県が認めた。
 県は元々、ボーリング調査については岩礁破砕許可が必要な作業にはあたらないとの認識を沖縄防衛局に伝えていたが、コンクリートブロック投下については翁長氏が問題視。防衛局は今年に入り、立ち入り禁止区域を示す浮き具を固定する重りとして、最大45トンのコンクリートブロックを数十個沈めた。同区域は、ボーリング調査を移設反対派に妨害されないよう、埋め立て予定海域の外側に日米両政府が設けたものだ。
 県は2月、サンゴの損傷などを調べるため独自の海底調査を始めたが、立ち入り禁止区域内での調査は米軍が拒否。翁長氏は1月以降、前知事による埋め立て承認手続きに問題がなかったかを検証する第三者委員会の結果が出るまで、海上作業を中断するよう防衛局に求めてきたが、防衛局は今月12日、台風などの影響で半年間中断していたボーリング調査を再開した。

 一方で、米軍普天間飛行場の同県名護市辺野古への移設計画を巡っては、沖縄県民の多くの支持を得て当選した翁長雄志知事との面会を一切断り、県民の声を一切封殺する手法をとっており、憲法改正草案にある「国防軍」の創設についても、十分な議論と国民への説明がなされるとは思えません。

 仲井真前知事が認めたとは言え、このことが県知事選挙において惨敗する結果にいたっており、沖縄県内で行う移設計画について、沖縄県知事のみならず、反対する沖縄県民との議論や説明もないままに進められる移設計画は、沖縄だけの問題ではなく、原発問題など日本全体に影響する危険な選択としか思えません。

 安部首相の「我が軍」発言は、不用意にとびだした失言や言い間違いではなく、憲法改正を必然とするための用意周到な発言としか思えず、中国との緊張感が依然解消されない環境下でこんな発言が出ることに、国民の安全が第一にされているとは思えず、前時代的な嫌悪感が漂います。


              本日の体重 70、3キロ 徒歩数 4252歩
                                     3月24日の一言

選挙前の貴重な一日をボランティアに費やして

イメージ 1 添付した右のピンボケ写真は、私の事務所前のアンズですが、夜でも真っ白に輝いており、選挙前でなければ紅白の幕を出して酒でもふるまいたい心境にさせられます。

 県道沿いのため、日中でも見物する人があり、事務所の事務局長となる相棒リマも番犬として忙しく、事務所奥は鳴き声から来客と勘違いして走りまわされています。今晩は小雨ながら雨が降り出しているので、今年のアンズもこれから散りかけていきます。ただし、2ヶ月後には黄色い大きな実が熟し、落ちてくる実の後片付けが大変になります。

 朝から中学校の同窓会に協賛していただく広告主へ集金に訪れ、世間話に花を咲かせましたが、平成9年から同窓会長を務めてきて、協賛スポンサーの中には私の義理で協賛してもらっているお店や事業もあることから、今年限りで会長を引退を表明したものの、来年以降の関係をどのように維持していくのか悩まされることにもなります。

 一方で、今年の箱根駅伝5区で「3代目山の神」となった青山学院大学の神野大地選手を会報の一面から2ページにわたって掲載したことの話題も多く、今年秋から始まる出雲駅伝や全日本大学駅伝に向けて、同窓会員とともに応援に出向く話も出ていることから、会長引退後も母校との関わりは続きそうです。

加害者から遺族へ、8枚の手紙 神戸児童殺傷から18年
記事の続き…
 京子さんは絵本の読み聞かせや、地域のお年寄りの食事の世話などのボランティアに取り組んでいる。「償いは彼自身が考えるしかない。でも、人のために生きることでしか罪滅ぼしはできないのではないでしょうか」と語った。
     ◇
 〈神戸連続児童殺傷事件〉 1997年2~5月、神戸市須磨区で児童計5人が襲われ、3月に小学4年の山下彩花さん、5月に同6年の土師淳君が殺害された。兵庫県警は同年6月、当時中学3年の男性を殺人や死体遺棄容疑で逮捕。神戸家裁は同年10月、男性を医療少年院に送致する保護処分を決定した。男性は2004年3月に医療少年院を仮退院し、05年1月に本退院した。

 少年犯罪の実名報道が話題となっていましたが、18年前に神戸市須磨区で起きた連続児童殺傷事件について、被害者の母親としての心境が記事として紹介されてきました。
 当時14歳だった加害男性の反省と心情の変化が想像され、精神的に未熟な少年の犯した犯罪について、被害者も加害者も私の子供たちと同じ年齢層になることから、凶悪事件に対する怒りと、反省してやりなおすチャンスを与える必要性について考えさせられます。

 私自身も高校時代に非行へ走り、刑事事件は犯したことはありませんが、オートバイの無免許運転や、人に暴力を振るった経験があり、罪を犯せば罪の発覚を恐れて生活する期間があり、発覚すれば学校から謹慎生活を命じられますから、罪を犯して生活に制約を受けてから悔やんだ経験が多くあります。自分の犯した罪は、出席停止となり、入院して欠席した日数に加算され、結果的に日数不足で2年続けて留年することになりました。

 「人殺しだけはかばいきれない」として、当時の生活指導の恩師が語ったことがありましたが、多少の罪なら恩師が責任を持ってくれるとの覚悟を感じ、学校での謹慎についても親に学校へ同行してもらう必要があり、大きな身体になりながら母親と一緒に学校の指導室へ入る情けなさから問題を起こさなくなっていきました。

 問題は保護者にもあり、私の場合はどんな時でも親が責任を果たしてくれましたが、最近では学校の指導に対して、まったく反応しない保護者も存在し、学校を無視することから警察力に頼る以外に解決できないケースも増えているようです。

 添付した新聞記事からも、少年にはやりなおすチャンスがあることを実感させられましたが、家庭の親子関係や周辺の環境が整わない場合の悔悛は難しく、共稼ぎをしないと生活できない社会環境や、地域力によって少年を見守る余裕も無くなっている環境が残念にも思う一日となりました。

               本日の体重 70、5キロ 徒歩数 9430歩
                                    3月23日の一言

戦後70年…進まぬ遺骨収集について

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我家のアンズの花弁です

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 一年に一度だけ、私の事務所前を彩るアンズの花で、2階の屋根を越えて通行する遠くの人からも話題にされるようになりましたが、私の希望では来年までに事務所を三男の接骨院に改装して開業することを予定しており、店舗前に大木があっては営業できないと言われていることから、来年には見られない可能性が出てきました。

 もっとも、「名古屋市と津島市の県道沿いで唯一のアンズ」と言われたことがあり、我家のシンボルとして残して欲しいもので、「横井庄一が小学校5年生まで生活した場所」として、このアンズの木も切らずに残されることを願っています。

遺骨収集、立たぬ見通し 硫黄島で今も1万柱超が不明
記事の続き…
 日本は、島が返還された68年から遺骨収容を本格化させた。これまでに1万355柱を収容したが、今年度は42柱にとどまる。生還者の高齢化などによって、新たに得られる情報はほとんどなくなった。11年度からは年約10億円をかけ、重機で掘削してくまなく調べている。
 一方、全面的な掘削はされずに残るのが、自衛隊が管理する飛行場の滑走路だ。政府は移設する計画だが、その場合10年超の時間と360億円程度の費用がかかる見込みだ。遺骨が見つかるかどうかは「やってみないとわからない」(厚生労働省の担当者)という。
 敗戦後、硫黄島が米国から返還されるまでの23年間の実態をつかめておらず、戦闘が熾烈を極めて遺体の損傷が激しかったことが発見を難しくしている。
 超党派でつくる硫黄島問題懇話会会長の逢沢一郎衆院議員は「今後10年を集中期間とし、戦後80年を区切りにするのも一つの考え方だ」と話す。遺骨収容にかかわってきた国会議員の一人は、「何百億円もかけて滑走路を移設し、ほとんど見つからなかったらどうするのか」と滑走路移設の効果に疑問を呈する。別の超党派の議員らは遺骨収容は「国の責任」と明記し、政府に対して今後10年の予算確保を求める議員立法を検討しており、今国会での成立を目指す。
 しかし、遺族は複雑な思いだ。硫黄島協会会長の寺本鐵朗さん(70)は父を硫黄島で亡くした。5歳の頃、母親から父親の骨つぼを見せてもらうと、中は砂が入っているだけだった。戦時中に滑走路を建設するため、米軍が遺体を重機でかき集めている写真を見たときには、怒りがわき上がった。「灼熱(しゃくねつ)の地で本土に帰るのを待っている人たちがいる。最後の一人が戻るまで、私たちはあきらめない」と語る。

 戦後70年が経過していますが、戦末期の激戦地となった硫黄島では、日本人死者の半数にあたる1万柱以上の遺骨が見つかっていないと言われ、戦後統治していたアメリカから返還されて50年近く経過しているものの遺骨収集はいっこうに進んでいません。

 日本の領域内にある硫黄島がこんな状態であれば、国外の東南アジアに眠ったままの遺骨収集はより困難をきわめ、戦死した旧日本兵の遺児は70歳以上になることと、硫黄島で生き残った生還者の数も少なくなり、政府に収集する気持ちがあるならば早急の対応が必要と思われます。

 地域を廻ると亡くなった人々の名前が話題となりますが、戦争で命を失った人の多くは20代の若者であり、計算上では戦死者の親は皆無となっているはずで、戦死者の遺児そのものが存在しなくなれば遺骨を収集しても供養する遺族が無くなります。

 我家でも戦死した伯父の遺骨は戻っていませんが、親族の中で伯父を知っている者は老人ホームに入っている叔父一人となっており、家内や息子たちは伯父の名前すら知りません。本来は戦死した伯父が我家を継いでいるはずで、本来ならば我家の当主におさまるはずだった人と考えると、多くの戦死者の子孫も真剣に遺骨収集を訴える必要性を実感させられます。

                 本日の体重 70、3キロ 徒歩数 8067歩
                                    3月22日の一言

祝日のため歯科医院が休診となっており…

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 我家のアンズの木の下で笑顔で談笑するのは、津島の「名物マスター」とピアニストの過保護親父さんで、本日は岐阜県大垣市にある「日本昭和音楽村」の江口夜詩記念館音楽ホールで開催された『佐藤由美ピアノリサイタル』鑑賞へ、津島から5人のメンバーで出かけることになりました。私は残念ながら留守番です。

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 添付した写真は、開業した昭和50年代より私が通い続ける寺本歯科医院で、昨日夕方に予約してあったものの、昨晩の帰宅時間は診療時間を過ぎており、翌日訪れる予定をたてていましたが、本日朝に訪れるとガレージのシャッターが閉まったままで人の気配もありません。
 ガーン !!
 本日は春分の日で、祭日ではありませんか…

 連休とは以前から判っていたはずでしたが、完全に土曜日と思っており、診察の始まる9時前に訪れると予約している患者さんに悪いため、15分間待って車を走らせたものの、完全なる休診日では何ともなりません。

 しかし、現在の状況は歯肉が化膿しており、3日間隔で化膿止めの薬を処方されているため、このままでは月曜日まで2日間を薬が無いまま生活することになり、帰ることもできません。

 幸いなことに、先生から携帯電話の番号を教えてもらっていましたが、せっかくの連休ですから先生もどこかに出かけられているかも知れず、とりあえず近くにある自宅へ連絡すると、先生は庭や畑の消毒中との話でした。

 「呼んできます」と言われた奥様に、仕事を中断させては悪いと思い、「近くにいるので伺います」と伝えて車を走らせると、本格的な機器を使って消毒中でしたが、仕事を中断して戻ってきていただくことになってしまいました。

 たかだか私の歯のためだけに申し訳ない話ですが、農作業を中断して医院に走ってもらうことになり、私のためにシャツターを開けて玄関を開けてもらい、私一人だけのために診療日と同じように電気をつけて治療してもらい、薬の処方を受けて月曜日の予約を済ませて診察終了です。

 会計は月曜日にまとめて支払って欲しいとの話ですが、わずか数百円の治療費のため仕事を中断して走ってもらった先生より先に帰るのも申し訳なく、このままお礼の言葉を繰り返しても家の仕事を遅らせるため、本当に申し訳ない気持ちで岐路につきました。

 多くの歯科医院がありますが、寺本先生は中学校の先輩となり、同窓会の先輩役員でもあり、この医院が開業した直後から患者となり、最近は突然の痛みや不規則な生活から、予約を守らない常連客となっていますが、休診日まで診察してもらうとは思ってもいませんでした。本当に申し訳ありませんが、やはり母校の先輩や、地元の温かさを実感させられる一日となりました。

               本日の体重 70、5キロ 徒歩数 9788歩
                                    3月21日の一言

小学校の卒業式が挙行されて

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 本日は県内の小学校で卒業式が行われ、私は母校でもある地元の神守小学校の卒業式に来賓として出席しました。

 「私たちは6年間でたくさんの先生にお世話になりました」
 「ありがとうございました」
 「先生たちから教えていただいたことを忘れません」

 「お父さん、お母さん … ここまで育ててくれてありがとう」
 「みんなに感謝の気持ちでいっぱいです」

 卒業式の「旅立ちのことば」の中での一句で、恩師や友達や両親に感謝の言葉が続きましたが、誰もが素直な子供たちとしか思えず、こんな純粋な小学生が4月から中学校に進むと問題のある上級生の感化を受けて、不登校や問題を起こす生徒が出てきます。

イメージ 2 右に添付した花は、卒業式の来賓席の前に置かれていたもので、水滴までついた花に見とれていると、精巧にできた造花でした。

 そうして見ると、卒業生がそれぞれ胸につけていた花も造花らしいことが判り、何か空しさが感じられるとともに、毎年繰り返される卒業式についても、式そのものの意味が形骸化され、軽薄に思えてきました。

 開式の辞に続く「国歌斉唱」についても、体育館の舞台上に日の丸が掲揚されているにもかかわらず、卒業生に尻を向けたまま歌わせることが適切なのか…

 私たちが小学校を卒業した昭和40年頃には戦後の貧困からは脱却していたものの、恩師たちは家庭の経済的格差を教育上では出さないように苦慮しており、本日の卒業式には大学を卒業するような高価な衣装に身をつつむ女生徒が多数存在し、こんなことが生徒間の亀裂や格差を生み、いじめを生んでいくのかもしれません。

 還暦を過ぎてからも知らない知識の多さに、我が身の未熟さも実感させられますが、私たちの蓄積した経験や知識を子供たちへ伝承することは難しく、学校においても過去の先人たちの遺徳が継承されていないように感ずる一日となりました。

                 本日の体重 70、8キロ 徒歩数 5681歩
                                     3月20日の一言

久々のピーちゃんとの時間です

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 「おい、離せよッ」
 「少し我慢してくれよ」
 「我慢の限界だーッ」

 愛雀ピーちゃんと、綺麗な花とのツーショットを撮ろうとしたものの、花に近づけると臆病なため飛んでいってしまい、何度繰り返しても撮れないため、強制的な撮影に暴れて目で抗議するピーちゃんです。かなり怒っています…

 当初は花瓶の梅の花の枝に止まらせて撮影しようとしましたが、撮影どころか近づけるのは無理で、部屋中を飛び回りますが、飛び立っても私の肩に戻ってくるため、何度も挑戦を続け、本日は過去最高の運動量になったと思われます。

 私が部屋に戻るか声が聞こえるとバタバタと暴れだし、声をあげて鳥カゴから出すようにせがみ、出てきても私の胸か肩の上に止まっているだけですが、私はピーちゃんのフンだらけとなりますから、ピーちゃん専用のジャンバーを用意してあります。最近は知恵をつけており、鳥カゴに入れられないように私の手の届かない首の後ろに廻りこむようになっており、私のストレッチにもなりそうです。

自転車保険の加入、条例で義務化 兵庫県、全国で初めて

 本日の新聞報道には、『自転車利用者に損害賠償保険の加入を義務づける全国初の条例が18日、兵庫県議会本会議で全会一致で可決、成立した』との記事が存在しますが、今回可決された条例は4月1日から施行され、保険加入の義務化は10月1日から始まるものの、罰則がないため加入をどこまで徹底できるかが課題となります。

 数日前に歩道で自転車とすれ違った際に私の手と何かが接触し、痛みは無く気にもならなかったものの手には擦り傷が残されていました。
 自転車に賠償保険が存在することは安心ですが、歩行者との接触事故の場合は追いかけることは不可能で、現実には逃げ得を許さない自転車の識別が必要となり、集団の中学生や高校生が相手では加害者の特定もできません。

 賠償保険を強制保険にして、自転車事故は保険で賠償できることを当たり前にしないと、当て逃げはなくならないと思われますが、一方で、加害者になって被害者から高額な請求をされる可能性も考えると保険は重要です。

               本日の体重 70、4キロ 徒歩数 5511歩
                                   3月19日の一言

庭中の花々が一斉に開花しており

 新聞記事によれば、名古屋市では今月の28日頃に桜が満開となる予想が発表されていますが、我が家のサクランボは昨日に満開となっており、午前中に咲きかけていたアンズの花は、帰宅時の夕方には4分咲きになっていました。

桜開花予想、東京は25日ごろ ウェザーニューズが発表

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玄関前の梅 満開です

 添付した梅の花は玄関前に2本と、裏庭に1本ありますが、それぞれが満開となっており、例年と変わらぬと思っていると、昨年のブログには3月4日に満開となった写真が添付してあり、今年は2週間ほど開花が遅れていました。

 現実には、昨日の夕方にサクランボの花が満開になったため、玄関の梅の花が気になって確認し、満開となっていることが判ったものの、気温の上昇により、我家の木々の全てが開花を始めたような印象です。

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事務所前のアンズ 午前中

 我家のアンズは長野県出身の知人からいただいたもので、30年前に現在の事務所を建設した際に、植木鉢から事務所前に移植しましたが、現在は2階の屋根まで達しており、名古屋駅と津島市を結ぶ県道沿いにあるため、桜と勘違いしている人が多いものの、遠くの人々からも話題として耳にすることがあり、地域の名物になりつつあります。

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サクランボの花 満開です

 サクランボについては、昨年の一言を見直すと、昨年は3月21日が満開となっており、その前年の満開は3月16日と記録されており、その前年は3月25日と、一週間程度の差はあるものの、ほぼ同じ時期に開花していることが判ります。

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アンズの可憐な花弁です 本日の午前中
この花弁が、3ヶ月後には下記のような見事な実となります。

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カジノ法案再提出へ、自民・維新・次世代 公明に反対論

 昨日の一言に、「東京五輪ですが、… 資金不足にスポーツ振興くじを利用するとの報には、いずれはカジノも認められていくようにも感じられ、財源を確保するためにはなりふり構わぬ嫌悪感も実感されます」と記しました。

 本日の新聞報道では、昨年末の衆院解散で廃案になった『カジノ解禁法案』を今国会に共同で再提出する方針を固めたとあり、目的のためにはあらゆる手段で国民から税収をはかり、ギャンブル依存症や治安対策など、国民の心配にも議論すらしないまま提出されそうな法案に全時代的な臭いを感ずる一日ともなりました。

                 本日の体重 70、3キロ 徒歩数 8203歩
                                    3月18日の一言

サクランボの花が満開です

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 本日は午前中から汗が吹き出るほどの暖かさとなり、上着を一枚減らしたものの汗は収まらず、強い日差しに顔がヒリヒリする一日となりました。添付した写真はサクランボの花で、帰宅時の夕暮れ時には満開となっていました。
 まるで一日にして開花してしまったようで、我家の看板になっている県道沿いのアンズの花も開花が始まっています。

ガソリン車、値上げの春 エコカー基準見直し直激
記事の続き…
 一方重量税は、車両の重さ0・5トンごとに金額が決まっている。例えばエコカー(1・5トン超~2トン)の新車購入時、区分が「免税」から「25%減税」に変わると5月以降は、2万2500円の税金がかかるようになる。
 契約をし、納車前にナンバープレートを取得する「登録」(軽自動車では届け出)の日付がいつになるかで、税額が決まる。
 ただ、メーカー各社は、新しい基準に合わせ、燃費を向上させた新型車の開発も進めている。新車の購入を検討している場合には、税額と合わせ、新型車の投入予定も確認した方がよさそうだ。

「国立」建て替えの財源確保へ スポーツくじ法改正検討

 2020年東京五輪の主会場となる新国立の立替には資材高騰などもあって見積もりの1625億円から大幅に増える見通しと言うが、超党派のスポーツ議員連盟麻生太郎会長)は18日に開く総会で、スポーツ振興くじを利用するため法律改正を考えていることが発信されています。
 安部首相が先頭にたって勇ましく獲得した東京五輪ですが、建築資金の高騰により施設の縮小がささやかれ、資金不足にスポーツ振興くじを利用するとの報には、いずれはカジノも認められていくようにも感じられ、財源を確保するためにはなりふり構わぬ嫌悪感も実感されます。

 一方で、車を買うときにかかる税金が見直され、この春、ガソリン車の大半が値上げになるとの報道には、エコカー減税の基準が変わるためと記されており、エコカーへの基準が変わることによりガソリン車が増税される手法には納得ができません。
 関連法案が年度内に成立すれば、4月には購入時にかかる自動車取得税が、5月には購入時と車検時にかかる自動車重量税が変更になる予定とも報道されており、消費税に限らず自公政権になってからは増税の嵐となっています。

 多くの国民が犠牲になった太平洋戦争の敗戦から70年が経過しましたが、国民から税金を吸い上げ続けて、平和憲法を見直し、戦争当事者になりうる可能性を秘めた危険な発信を続ける安部首相には、国民の安心とか子孫の安泰を願う親心は皆無としか思えません。
 本日のテレビニュースからも、沖縄の米軍基地や軍事演習から、中国との緊張感が高まりそうな報道が存在し、沖縄県民の民意を無視して、問答無用で辺野古移転を推し進める手法に異論も唱えられない国政に戦前の香りがしてなりません。
 
               本日の体重 70、2キロ 徒歩数 8468歩
                                    3月17日の一言

あんしんカメラ 高齢者の在宅に強い味方へ

 防犯目的で設置された「ウェブカメラ」が、外部から見られていた現状が指摘され、およそ3割のカメラが丸見えになっているとの記事が発信されており、低価格で気軽に導入できるようになった反面で、プライバシーが侵害され犯罪に利用される危険性が指摘されています。

ウェブカメラ「見られているとは…」 映像丸見え対策は
記事の続き…
 東日本を中心に展開している回転ずしチェーンのある店舗の内部映像もネット上で第三者から見える状態だった。当初、運営会社の幹部は取材に「会社からしか見られないことになっているはずだ」と説明した。しかし、数時間後に「パスワード設定がされていなかった」とし、外部から見られないように設定したことを記者に連絡してきた。
 この幹部によると、系列店で発生した盗難事件を受け、昨年夏にウェブカメラをレジ近くの天井に設置した。ネットを通じて遠隔操作ができ、店員の手元にある伝票の文字まで読み取れる高性能の機種だった。店に出入りする客の姿も映るようになっており、「店の評判にかかわる」と肩を落とした。
■勝手に動いたカメラ、対策とらず
 ウェブカメラが第三者に操作された可能性に気づいていた設置者もいた。
 近畿地方で書店を営む男性は、記者からカメラがとらえた店内の映像がネット上で見られることを伝えられると、こう言った。「じつはカメラが勝手に動いたことがありました」
 男性によると、カメラが意図しない動きをしたのは約2年前。店のウェブカメラの映像をチェックする事務所のモニターに本を選ぶ女性客が映った。レジカウンター近くの天井に設置したカメラで、勝手に動いて女性客の下半身からうなじまでを映し出したという。
 この経緯について報告を受けた男性は「故障か」と思い、ウェブカメラのメーカーに連絡。「第三者にアクセスされている可能性がある。映像を見られないようにパスワードを設定してください」と言われたが、「店を特定されることはないだろう」と考えて対策をとらなかったという。
 四国にあるレストランは壁に記された店名が映像に映りこんでいた。記者がネット上で見られる状態にあることを伝えると、担当者は「その可能性には気づいていましたが、見られないようにするにはコストがかかると考え、見送っていました」と答え、その日のうちにネットから切断した。
 「お客さんの食事の様子がネット上にさらされることを大きな問題ととらえるべきだった。認識が甘かった」。担当者は語った。
■メーカー側「パスワード設定を」
 「パスワード設定の必要性が消費者に行き届いていなかった」。ウェブカメラの映像が第三者から見える実態について、国内最大手パナソニックでウェブカメラ事業を手がける担当者はこう語った。
 パナソニックは出荷台数を公表していないが、出荷時にパスワードが「設定済み」と「未設定」の機種がそれぞれあるという。未設定の機種は、インターネットに接続しない限られた範囲や環境での使用を想定していた。しかし通信販売などで販路が広がり、買う側も多様化。ネットに接続して使う人が未設定の機種を買ってしまうケースが出てきたとみられるという。
 以前からホームページでパスワード設定の必要性やプライバシーを侵害しないような利用を呼びかけてきたという同社。問題の指摘を受け、セキュリティー対策をまとめた特別なサイトの開設を検討したり、カメラの販売業者への注意喚起をさらに強めたりするとしている。
 キヤノンは今月2日、ホームページに「意図せぬ他者からのカメラへのアクセスを防ぐための注意事項」と題した情報を掲示。パスワードの設定や変更を呼びかけている。

 2ヵ月ほど前の話になりますが、携帯電話の修理のためソフトバンクの代理店を訪れたところ、月額500円で設置できる「みまもりカメラ」のパンフレットが置いてあり、説明を求めたところ小型ながら精度の高いカメラを見せてもらいました。

みまもりカメラ ソフトバンク

 ソフトバンクの宣伝をする気持ちはありませんが、高齢者や子供の緊急時の連絡や、居場所を検索できる「みまもり携帯」も月額500円で利用でき、低価格でも津島市の利用している高齢者用の緊急通報システムと性能は遜色ありません。

 市内を歩くと、子供が独立して高齢者だけになったお宅や、独り暮らしになってしまったご家庭が多く存在し、空き家になったままの家や、家主が亡くなって転売された土地が区分けされ、2軒の分譲住宅に変わっている姿を各地で見かけます。

 家に残した親が心配で、子供たちの住む家に同居するため空き家になったのはまだ救われますが、独り暮らしの親に何かあったら心配なため、老人施設に入居した(させられた)ための空き家には寂しさが漂います。

 添付した「みまもりカメラ」などを利用すれば、遠く離れた場所からも高齢者や子供の様子がパソコンやスマホで確認でき、「みまもり携帯」を所持してもらえれば、緊急時の発信や居場所が特定できることから、高齢者を施設に入れる前に設置して、住み慣れた家で安心して生活してもらいたいと思います。

 新しいものを導入すると、添付した記事のような事案も起こりますが、誰でも安易に導入できるものの専門業者の指導や助言を求めることも重要で、こんな繰り返しによって高レベルな社会になっていきます。
 私の所属するNPO法人では福祉有償運送ボランティアを主体にしていますが、今後は在宅支援も視野に入れているため、ウェブカメラや「あんしんカメラ」についても、動向を注目して期待したいと考えています。

               本日の体重 70、6キロ 徒歩数 7419歩
                                   3月16日の一言

鳴門・徳島間が高速道路で結ばれて

 四国横断自動車道の鳴門ジャンクション―徳島インターチェンジ間(約10・9キロ)の供用が14日午後3時に始まり、高松自動車道と徳島自動車道がつなかったことで、これまで鳴門インターから一般道を経由していた徳島インターが直通となりました。

徳島)四国横断道、鳴門―徳島間が開通 産業活性に期待
記事の続き…
 この日徳島市内であった開通祝賀会には、山口俊一・内閣府特命担当大臣ら300人が参加。山口大臣は「交通量も増える。徳島自動車道の四車線化にも取り組んでほしい」と述べた。

 徳島ジャンクション以南は、19年度までに徳島東ICに延び、最終的に阿南ICで阿南安芸自動車道と結ばれる予定と言い、時々しか訪れない四国遍路ですが、徳島南部から名古屋に戻る場合は確実に時間短縮となりそうです。

 現在高知県は須崎市まで高速道路が通じており、松山は宇和島の近くまで通じていることから、しまなみ海道の今治ICと、今治小松道の今治湯ノ浦IC間がつながれば四国はずいぶんと便利になっていきます。

 本日は市内を廻りましたが、新しく新築された住宅地で、初対面の若い奥さんから「しゅんちゃんのお父さんですね」と言われ、次男の同級生が立派な母親になっていることと、知らない人と思っていたお宅に我家を知っている人がいたことに心強さを感じさせられました。

 「どこから見えましたか」の質問に、「私の母親は越津(私の住居地)なんですよ」と言われ、私の親しいお宅の親類だったり、父親の同級生のお宅など、選挙でなければ話しこんでしまいそうな雰囲気になっていきます。

 「久しぶりだねー」の一言は、16年前に廃業した朝日新聞のお客さんで、16年間一度も訪れていないことは選挙どころの話ではありませんが、地域を廻ることは楽しいことであることを実感させられる一日ともなりました。
 もっとも、こんなことでは地域全体を廻ることは限界があり、明日からは天候を見ながら地域を歩き回りたいと考えています。

 本日は午前中に行きつけの理髪店を訪れましたが、昨日に選挙用の写真を撮影しており、終了後の頭を見ながら「散髪後に撮影すれば良かった」と呟いたものの、無計画な行動がこんな失敗談の繰り返しとなります。

                  本日の体重 70、6キロ 徒歩数 9823歩
                                     3月15日の一言

街角から四国遍路の郷愁がわいて…

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 本日は朝から一宮市の知人から電話があり、仕事を休んだから写真を撮りに行こうと私の予定を無視した突然の連絡ですが、知人はデザイナーで私の過去の選挙ポスターや広報をすべて担ってもらっているだけに文句も言えません。

 「大鹿さん、あんたに食べてもらいたいんだけど…」の一言は、深刻な病気で闘病中の会員さんからで、ボランティアで病院に同行していた時に「1人では食べられないけど食べたい」と話しておられた食材で、残り分を私に食べてもらいたいとの涙のでるような電話で、「議員は有権者から物を貰ってはいけないので」と固辞したものの、会員さんの病状を考えると断れません。まさに、命を分けてもらうような心境となります。

 添付した写真は、昨日訪れた知人宅の駐輪場のバイクの上に置かれたヘルメットで、後部に「南無大師遍照金剛」のシールが貼ってあり、横には「同行二人」のシールが貼ってありました。

 関心の無い人からは「ちょっと危ない人かも」と思われるかもしれませんが、四国遍路に心酔する私にとっては強い関心が湧き、本日改めて訪問したところ、ご主人が四国遍路や西国巡礼に赴かれているとの話でした。

 我々のように自分の運転する車やオートバイで廻れる人や、仕事の休みや合間に訪れる定年前の人々は、定年後に有り余る時間を持ち、バスの団体ツアーやお寺の募集で訪れる人のようには動向が判らず、近所でも存在が判りません。

 私のお遍路については、津島市から50人くらいの人と同行しており、最近ではお寺から信者への同行を依頼されるようになってきたため、誰もが私の遍路行きを知っていると錯覚してしまうものの、街を歩くと意外な人がお遍路に出かけており、お遍路自慢の人に出会います。

 一口にお遍路と言っても、その目的は様々で、それぞれのこだわりがありますから、「一緒にどうぞ」と言っても一緒に行くことが苦痛になることも多く、我家でも家族揃って四国に行くようになったものの、娘や孫が一緒のため私は遊びに付き合っているような苦痛を感じてしまいます。
 「それも修行」と言われた先輩がありましたが、そんな初心者や観光気分の人も含めて、四国の魅力と最低限の決め事を指導できるようになりたいと思う一日となりました。

                本日の体重 70、5キロ 徒歩数 9375歩
                                    3月14日の一言

椿堂ゆかりの花の一瞬のはかなさに

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 四国の別格二十霊場椿堂さんからいただいてきた椿が花を咲かせました。一昨年の秋にいただいて開花を楽しみにしていた花ですが、開花してまもなく鳥に突付かれて落ちてしまったようで、あっけない幕切れになってしまいました。
 
四国椿堂ゆかりの椿を植え替えて  昨年6月の一言
                http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/48139675.html
 
 我家に椿堂さんの椿があるのは平成21年9月にご住職より「ご接待」として頂いた椿が最初で、綺麗なピンクの花を咲かせて家内のお気に入りになっていましたが、3年前の夏に枯らしてしまい、翌年の秋にいただいてきたのが添付した椿です。

イメージ 2 伝承によれば、平安時代の弘仁6年(815年)四国巡錫中の空海(弘法大師)が当時この地で熱病が流行しているのを聞き、杖をもってその邪気を地中に封じ込めたと伝わり、空海が立てた杖から椿が芽を出しやがて大木となったと言われています。その伝承により「椿堂」と呼ばれるようになったとあります。

 右に添付した写真は、最初にいただいてきた椿で、ピンクの白い花で、私は弘法大師ゆかりの花弁と色が違うため少しがっかりしたものの、家内はこの綺麗な花が大変気に入り、3年にわたって見事な花を咲かせておりましたが、夏に3日間家を空けたことから枯らしてしまいました。

 今回添付した赤い椿は、2年前の秋に再度いただいてきた椿で、1本は町内の真言宗のお寺にもらってもらい、たぶんピンクと思われるもう1本の椿(ツボミが付かないので判りません)とともに我家で伝承していきたいと思っています。

 さて、数日前の大雪が信じられないほど私の住む愛知県西部は暖かい一日となり、我家ではまもなく「サクランボ」が開花する予定で、サクランボが開花した一週間後には「アンズ」がピンク色の綺麗な花を咲かせていきます。

 今年は来月に統一地方選挙をひかえており、花をゆっくりと観賞する余裕はありませんが、我家の花たちは刻々と時間を刻み、自然と一体となってツボミを膨らませ、我家を彩ってくれます。

 本日は午前中に朝日新聞記者から「横井庄一」さんについて取材を受け、記念館の存続について問われ、高齢になっている婦人(館長)の年齢を考えると先送りは限界があり、私自身も本腰を入れて存続に取り組む必要性を感じました。

 「私が死んでからも30年は記念館を存続させたい」の一言は、私が夫人に常々語ってきた記念館の青写真で、「10年が一区切り」と閉館も覚悟していた夫人の言葉は、私が記念館に足を運ばなくなり、存続に無理強いをさせない配慮からの一言であったことを今晩の電話で聞き、夫人も恒久的に記念館を残すために、建物を建て替えるくらいの覚悟があることを確認しました。

 砲弾が飛び交うグアム島で生き残り、28年間も洞穴に潜んでいた横井さんの、「大鹿庄一」時代の苦難と、我家の先人たちの苦難から立ち上がった名誉のため、人の命の大切さを語り継いでいきたいと思う一日ともなりました。

               本日の体重 70、6キロ 徒歩数 5020歩
                                    3月13日の一言

尿一滴でガンの診断が可能との報道に

 「がんの有無を1滴の尿から高い精度で判別することに成功した」との新聞記事を読み、確実に医療レベルの進歩を実感し、「がん患者をがんと診断できる確率は95.8%に達し、がんの種類や進行度にかかわらず判別できた」との報道と、「従来のがん検診で見つからない早期がんも判別できる可能性が高いことも分かった」との記事に期待は高まります。

がん診断、尿1滴で=線虫の習性利用―10年後の実用化目指す・九大など
                   http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150312-00000006-jij-sctch

がん診断で画期的な研究発表 線虫で、がんの有無を高確率で判定

 九州大などの研究グループは11日、体長1ミリの線虫に人の尿のにおいを嗅がせ、高い精度でがんの有無を判定することに成功したと発表し、尿が1滴あれば、痛みもなく安価にがんの検査が可能になるという画期的な発見です。

 九州大学など研究グループの広津助教は「早期発見が難しい膵臓(すいぞう)がんを含む十数種類のがんに線虫は反応した。特定のがんにだけ反応する線虫をつくることにも成功しており、将来的にはがんの種類の特定も可能になる」と話しており、一日も早い実用化が望まれます。

 一滴の尿でガンの診断ができるとすれば、通院するたびに痛みを感じず検査が受けられることと、発見の難しい膵臓ガンにも反応するとの朗報で、ガンを発症した後の治療法も向上しており、心強さを感ずる一方で、10年後の実用化を目指すとの内容に、まさにガン年齢となっている自身の寿命と重ね合わせてしまいました。


 添付したキーワードは、朝日新聞の医療サイトですが、仕事が忙しいとついつい見逃してしまうキーワードで、暇が無ければ読む余裕もできませんが、忙しさに流されて見逃し、結果的にガンに罹った後では読みなおす時間も作れません。

 早期発見の精度が高まり、ガンに罹った後の治療法も多様に進歩しており、これからは情報の有る無しがガンに打ち勝つキーワードのように思います。
 医師から末期ガンとして1ヵ月の命と宣告されても、病院の治療を拒否して、食事療法と漢方薬をたよりにして1年以上生き延びた人も複数存在しており、これも人からの知恵やネット情報が最後の人生の選択を可能とします。

 さて、本日は火曜日から順延された厚生病院委員会が開催され、2日目にもかかわらず夜7時近くまで審議が続けられ、本来約束してあった人々に迷惑をかけましたが、審議中で電話に出られなかったため、明日の通院ボランティアを依頼したい会員さんにも迷惑をかけました。明日は朝から山積した仕事のはしごのような一日となります。

                   本日の体重 70、5キロ 徒歩数 2518歩
                                    3月12日の一言

一日が雑然と経過して夜を迎えて

イメージ 1
全てが陶器による仏像です
                       津島市観光交流センターに展示中

 今週は議会の常任委員会が開催されていますが、月曜日の文教建設委員会は定刻の時間を延長して審議が続き、私が所属する厚生病院委員会は昨日開催されましたが予定の半分も進捗しなかったため12日に順延となり、12日に市民の方と約束がしてあったことから、本日に傍聴予定としていた総務協働委員会を抜けて仕事を済ませ、名古屋市内で打ち合わせを終えると辺りは真っ暗になっていました。

 確定申告の締切日が迫っており、来週には統一地方選挙の説明会が開催されますが、自分の後援会の1割程度しか廻っておらず、同窓会報の協賛広告の集金や、参加を約束している日程が山積しており、4年前に全く選挙対策を何もしないままに選挙を迎えた再来のような日程になってきました。

 私は過去に4回の選挙を経験していますが、16年前の初めての選挙以外は地域を廻っておらず、後援会といっても会員として自覚しておられる人は少なく、「大鹿さんは大丈夫でしょう」と言われると、4年前の悪夢がよみがえってきます。
 

名古屋、3年ぶりに3月の積雪 新幹線や高速道に影響

 さて、全国的に低気圧の影響で雪の被害が報道されていますが、愛知県でも短時間で大量の降雪があり、幸いにして私の住む津島市では激しい雪に見舞われたものの、気温が高かったのか道路は凍結しておらず、仕事への影響は感じられませんでした。

 息子たちや知人の話では、津島市より北に位置する一宮市や、南でも三重県桑名市などの積雪は多かったようで、知人も危険を回避するために仕事をキャンセルしており、久しぶりとなる3月の大雪にびっくりさせられました。

 本日は市内にある観光交流センターを訪れ、市内越津町在住の さんの制作された陶器による仏像や、地球が創造された時から現代までを表現する作品を鑑賞してきました。
 市内には さんだけでなく、多くの人々が趣味で芸術作品を制作されており、多くのお宅に芸術作品や歴史的価値のある物が保管されており、全てを一同に集めることは難しいものの、眠ったままの珍品を披露されると、津島市の文化的水準の高さに驚く人も多いのではないでしょうか。

                 本日の体重 71、1キロ 徒歩数 8106歩
                                    3月11日の一言

コメントからブログ文化を実感し

 昨日の一言に、『伯父の戦死した場所とされる沖縄県の「小渡」の場所を探してもらうよう … ブログ文化によって … 場所探しを依頼してみようと思う』と記したところ、お2人の沖縄県から発信されるブログ運営者からコメントをいただきました。
 まさに、昨日の一言に即日反応するコメントから、ブログ文化を実感させられ、ブログによる市民力も実感させられました。

 かつて、沖縄県に無視されたと思っていましたが、戦中戦後の混乱を考えても、戦死の通知をおこなった日本政府が戦死者の遺族にいかに適当な報告をしていたかを実感させられ、東日本大震災後に海に潜って家族を探し続けられる人々の存在を考えると、戦死した人々は物扱い同然であったことも実感させられました。

  DOCさんから、「地名本島小度では分かりません。市郡でお願いします」のコメントがあり、ジョニーさんからは「糸満市ですかね?」のコメントをいただきましたが、我家の戸籍には「沖縄本島小渡において戦死」としか記されていません。

 もっとも、伯父から沖縄からの手紙が複数届いていますが、沖縄に向けて出航した船が攻撃されて沈没したと話された戦友もあり、手紙を解読して本当に沖縄に上陸していたかを確定するのが先決かもしれません。

 また、私自身にしても、戦死した伯父とは面識もなく、座敷に掲げられた遺影しか残されたものはありませんでしたが、昭和47年にグアム島から横井庄一さんが発見され、横井さんから伯父宛の手紙があり、横井さんと兄弟のようにしていた伯父の話を聞いたことと、「お前と性格や行動がそっくりだった」との父親の話から私の肉親として認識するようになりました。もっとも、横井さんからは「似ていないよ」と言われたものの、父親は兄の生まれかわりのように感じていた一面があります。

 伯父は幼くして両親を亡くし、22才の若さで戦死しており、遺骨どころか戦死した場所も特定できない孤独な人生でしたが、横井庄一さんの出現によって、私には忘れられない存在になりました。

 さて、戦後70年ということで、平成9年に亡くなった横井庄一さんも取材の対象になっているようで、近々新聞記者と会う約束もありますが、苦難ではあったものの生きて帰国できた横井さんよりも、未だに戦地に置かれたままの遺骨や、戦死した場所すら特定できない戦没者について、もっと真剣な対応が必要に思います。


 4年前の東日本大震災で行方不明となった家族を探し続ける人々の存在や、70年前に戦死した会ったこともない肉親について記していると、国から不正・不法にして生活保護を受けている人々の報道には、腹立たしい気持ちに襲われます。
 生活保護の資金には国民の支払った税金があてられており、これを受け取る人々の不正は、国民の税金を搾取したこととなり、公益を害する存在して厳罰に処して欲しいものです。

生活保護者5千人超に向精神薬を過剰処方 ネット転売も

生活保護の不正受給、最多4.3万件 13年度

              本日の体重 71、3キロ 徒歩数 1397歩
                                    3月10日の一言

東日本大震災から四年が経過しており

 昨年11月に浪江町のがれき集積場で見つかった頭骨が、4年前の東日本大震災で行方不明となっていた浪江東中学校1年、大浦清華さん(当時13)のものと本日福島県警が特定したと報じられています。これで福島県内の死者数は1612人、行方不明者は202人となったとも記されている。

震災津波で不明、中1女子の骨と判明 福島県警が鑑定

父さんが見つけてやっからな 娘を潜水捜索、宮城・石巻
記事の続き…
「絵美ちゃんも一緒に捜してやっから」という高松さんの言葉に、成田さんも「自分も何かしなければ」と決意した。石巻市でダイビングショップを経営する高橋正祥さん(35)の指導を受け、昨年7月に潜水士免許を取得、月1、2回の捜索に参加している。
 成田さんの妻、博美さん(54)は絵美さんの携帯電話料金を今も払い続けている。毎日絵美さんにメールする。「えー(絵美さん)明日お父さん探しに行くからね。早く帰って来るんだよ。ごめんね。会いたいよ」今年もひな祭りのちらしずし、お吸い物、ケーキを絵美さんのために用意した。
 絵美さんと共に過ごした自宅は津波で流された。引っ越し先の居間には、等身大の絵美さんの肖像画がほほえむ。
 「見つけるのは針の穴を通すより難しいって感じる。けど、私と女房にとって一番大切なもの。それを持って行かれるくらい悪いことしたのかな」。父は娘の姿を毎日見つめながら、今も問いかけている。

地震の被害が深夜まで続き 2011/3/11(金) 私の一言
                   http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/44824077.html 

 もう4年も経過したと思う反面で、現在も妻を捜して潜水を続けている人物が存在し、その姿を見てダイビングの訓練を受けて自分の娘さんを探し続けている人についての発信も報じられています。

 福島県で発見された人骨の特定ができたとの報がありますが、海に流された不明者を探すことは至難の業で、海底の泥や瓦礫の下敷きになっていれば判らないばかりか、行方不明者の数を考えると暗黒の海底にもぐるのは躊躇してしまいそうです。

 病気や事故で家族を失うこともありますが、行方不明のままに家族の死を確認できない状態は残酷です。
 我家においても、昭和20年に沖縄にて伯父が戦死し、その戦死した場所も特定できていませんが、私の親たちは幼くして両親を亡くしており、祖母の手によって育てられており、戦死した伯父の死を悲しむ親はありませんでしたが、私が親の立場ならそのままにはしないと思われます。

 自分の意思で危険を承知でイラクに渡った日本人の殺害が大きな問題となりましたが、4年経過したとは言え、確実に海の中に存在する人々だけに、打ち切ることなく捜索を続けて欲しいと願います。

 人と犬を一緒に論ずる気持ちはありませんが、最近では犬の葬儀や法要まで行うお寺が存在し、ペットのお墓まで造られる中で、家族の遺骨も戻らぬままに、供養もされないままになっている命の存在と、今も探し続ける家族の存在に、70年前の戦没者の存在も忘れてはならないと思いました。

 私自身は、伯父の戦死した場所とされる沖縄県の「小渡」の場所を探してもらうよう依頼したことがありますが、多くの戦争被害者が存在する沖縄県からは何の返答も無く、行政に期待するのは無駄と思っていたものの、ブログ文化によって沖縄から発信されている人も多いため、今一度場所探しを依頼してみようと思う夜になりました。

                    本日の体重 71、3キロ 3748歩
                                   3月9日の一言

私の地域や母校にも問題は山積しており

 昨日の一言に、川崎の中一殺害事件の加害者や被害者の親の責任について記しましたが、本日の新聞報道には学校や地域社会が子供の出したSOSをいかにしてキャッチするかを記されています。

笑顔の裏のSOS、大人が気づくには 川崎・中1殺害
記事の続き…
 月1回、生活保護費の支給日。大阪府内のあるSSW(31)は、担当する母子家庭の子どもたちに会うため、支給の窓口に足を運ぶ。担当になった当初、3人兄弟のうち中学生と小学生の2人が数年間、不登校になっていた。担任の先生が電話をかけたり訪問したりしたが、ほとんど連絡が取れていなかった。
 SSWは福祉の担当者と相談し、母親が現れる支給日に、連れてきた子どもと接触することに。最初はあいさつ程度だったが、徐々に別室で一緒に勉強するように促した。中学生は現在、週2回ほど通学し、高校進学を希望している。
 ただ、SSWに詳しい大阪府立大の山野則子教授は「学校が受け入れてくれないと意味が無い」と指摘する。SSWは全国に1008人(13年度)おり、川崎市も7人いる。だが、上村さんのケースでは「学校の要請がなかった」として、派遣されていなかった。「子どもがどんな状況かは介入しないとわからない」と山野教授は言う。
 上村さんが夜間に遊び歩くなど、行動をともにしたグループもまた、大人の目や手が届いていない少年たちだった。
 「地域社会から孤立させない」。子どもの非行に悩む親たちの自助グループ事務局長の春野すみれさん(63)はそう指摘する。「大事にされた経験が非行から立ち直る力になる」と言う。そして、「立ち直らせるための魔法の言葉はない」。
 立正大の村尾泰弘教授(非行臨床学)は「非行グループの少年は家族関係に不満を持っている場合が多い。グループ内では親密な関係を保とうという思いが強い」と分析する。31年間、保護観察官を務めた日本福祉大の木村隆夫教授(司法福祉)は「大人社会が少年らを排除し、追い込んでいなかったかを究明することが、事件の再発防止につながる」と指摘した。

 自身の過去(非行少年)を振り返ると親には絶対に言えないこともあり、教師にも絶対に言わないことがあり、子供から全てを聞き出すことは難しいものの、行動を見ていれば生活の異変は判り、周りが異変を放置したり無視しないことが重要と思われます。

 私の高校時代の恩師「馬郡武久」は、2度も落第し、前任の教師に嫌われて退学同然となっていた私に対して、「大鹿が問題を次々と起こしてきたのは、自分のやりたいことができない反動ではないか」と、自らのクラスで一年生からやり直してみないかと声をかけてくれました。不良が一瞬にして真面目にはなれませんが、「僕にも教師としてのチャンスをくれないか」と私のリセットに力を貸してくれました。

子どもに釣り具万引きさせた疑い 大阪府警、両親を逮捕

 さて、本日の新聞報道には、中学生と小学生の我が子に釣具の万引きを指示していた両親が逮捕されたとの発信があり、子供の責任を取るべき親が子供に犯罪を犯させていたびっくりの構図に厳罰です。
 14歳未満の次男と長女は保護した上で児童相談所に通告し、長男は送致後、少年鑑別所に移送されており、川崎の中1殺人事件の少年は事件前に「保護観察処分」にされていたことを考えると重い処分です。

 数日前に母校の卒業式を添付しましたが、本日は卒業生の保護者から、我々来賓の目に触れぬ場所で特攻服に着飾った卒業生たちが校門前に集合し、その姿を親たちが記念撮影していたとの話を聞きびっくりとしました。
 過去にも同じようなことがあり、卒業式が終わった後で来賓として出席された旧知の小学校長と居残っていたところ、不良グループが大騒動を起こしており、このことを教育委員会に話したところ、事実を弁解するだけでなく否定する顛末に至りました。

 私は母校の同窓会長を務めてきましたが、学校というところはそんな姿をひた隠しにする体質があり、学校内の問題を表にださないことが問題を大きくし、この問題を新たに入学してくる生徒に引き継いでいきます。

 現実には母校の中学校にも深刻な「イジメ」が存在し、保護者からも複数の相談を受けており、学校の対応が悪いことは判っていても、対象となる生徒が我々の目に触れない場所で更にイジメを受けても困るため、我々も対応に苦慮しますが、小学校からイジメが存在しても隠されており、保護者の立場や生徒のプライバシーを考えると抜本的な解決は難しいものがあります。

復興予算、地方に一部負担求める考え 竹下復興相

 本日最後の添付記事は、何でも最後は国民の負担を求める安部政権の本質を見せられたような発信で、海外に大判振る舞いをしても、最後は国民の税金や負担となり、国民への税負担のうえで国が成り立っている意識は希薄で、沖縄県民の訴えに耳を貸さぬ政権は、全ての国民の声にも耳を貸しません。

               本日の体重 70、7キロ 徒歩数 4848歩
                                    3月8日の一言


少年事件の保護者の責任について

 『安倍晋三首相は7日の自民党本部での会合で、川崎市の中学1年上村遼太さん(13)が殺害された事件について「学校と教育委員会、警察との連絡が十分だったかどうか検証し、対応を考えていきたい」と語り、再発防止策に力を入れる考えを示した』と報じられており、殺害された現場には多くの人々が花束や手紙を供えているとの発信もあります。

寒かったね、痛かったね 服供える人も 中1殺害現場
 

 しかし、現実には少年によるもっと残酷な殺人事件も発生しており、安部首相の言う学校や警察の連絡の検証は当たり前ですが、それ以前に少年事件の場合には保護者の責任が大きく、今回の事件は犯人の保護者の事件後の対応も最悪なら、被害者の家庭環境にも大きな原因があります。

中1殺害 ひとり親家庭の苦悩 http://news.yahoo.co.jp/pickup/6151821

18歳少年宅に赤いスプレーの落書き 眺めたり、写真を撮ったりする人も
                    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150305-00000004-jct-soci

 犯人となった18歳少年については、事件前に過去の事件で保護観察となっており、警察や担当する保護司の責任を問うコメントも目にしましたが、親が更生させる責任を持てると判断して少年院送致にならなかったと考えられるものの、保護観察中に家に帰らず酒を飲んで非行を繰り返していたことを親が知らなかったとは思えず、私は親も同罪として保護者の責任も問うべきと思います。

 私自身も原因は右足の骨髄炎とは言え、高校を落第して何もやることが無くなった頃には不良仲間と遊ぶことが日課となり、裁判所のお厄介にこそなっていないものの、無免許運転や暴力により高校を無期家庭謹慎になり、翌年も病魔の再発により二度目の落第が決まり、こうなると歯止めが効かず、暴力団に入りたいと真剣に考えていた時期もありました。

 ただし、どんな時でも父親が保護者として私の責任を持ち、非行に走る私を近所の恩人が「モラロジー(道徳科学)」の2週間の合宿に誘うなど、周りが心配してくれることにより越えてはならない一線を越えることはありませんでした。

 「兄ちゃん、喧嘩は強いヤツとはやっても、絶対に弱いやつとはやるなよ
 「強いヤツとやったら負けちゃうでしょう」
 「弱いヤツは何をするか判らん」
 「弱いヤツには負けないでしょう」
 「鉛筆で目でも突かれたらどうする」

 この会話は、大阪の暴力団H会の親分を襲撃して、逆にやられて背中に大きな刀傷を負ってヤクザの足を洗った、津島市のTさんが42歳のときに非行少年の私に語った助言で、絶対に強いヤクザの親分と喧嘩して負けても「度胸がある」と人は笑わないが、弱いサラリーマンにやられたらヤクザは町も歩けなくなるとの体験談で、高校で暴力によって存在していた落第生の私には、いずれ先に卒業していく仲間がいなくなった時を考えると切実な助言となりました。

 任侠の世界にあったТさんの助言は、私にとっては親や警察官よりも説得力があり、その後にお会いする機会はないままに他界されたことを知りましたが、不良の私がのさばる悪い意味でも元暴力団員Тさんの存在は心強く、暴力や非行の限界を知らされ、私のやり直す大きなきっかけとなりました。

 時代が変わり、Тさんのような任侠者のヤクザも存在せず、他人のことに助言する大人も少なくなり、我れ関せずの世情の中でも、少年にとっては保護者となる親が子供と同罪の責任を負う覚悟が必要で、犯人の親の発言や行動を見るかぎり、保護者としての監督責任が皆無で、「ひとり親」とは言え、被害者となった親の責任も不足していたと思われます。少年法が守られず、少年の顔や名前と住所も発信されて問題と思いますが、子供の責任もとれない親の存在を問題にすべきと考えます。

 実は、私にも「殺されるかもしれない」と思ったことがあり、シンナーに酔うナイフを手にした不良に囲まれた体験があり、このときは駆けつけた仲間によって救われ、こんな危険な体験が立ち直る機会となり、今回の事件でも被害者の友人たちが犯人の少年に暴力をやめるよう出向いていただけに、他人事とも思えず、無念にも殺害された少年に自分の過去を重ねあわせてしまいました。

 現実には、私の車の前を暴走族の少年が挑発して走っても無視しており、他人事に巻き込まれて怪我をしたいとは思いませんが、警察や学校任せとはせず、地域の大人の協力によって少年を守っていく気持ちも必要になっていると思われます。

              本日の体重 71、3キロ 徒歩数 4522歩
                                    3月7日の一言

 

ピーちゃんと孫と知人との挟間で

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 本日は津島市看護専門学校の卒業式があり、27名(男子3名)の卒業生に卒業証書が手渡され、4月からはそれぞれの医療機関で活躍していくと思いますが、多くは津島市民病院に勤務するため、我が身を考えると看護の初心を忘れずに頑張って欲しいものです。

 津島市看護専門学校は1学年の定員が30名で、近年は国家資格の合格率が100パーセントを続けており、看護師不足から定員増を望む声も存在しますが、建物の敷地面積が限られているため募集枠を増やすことは難しい現実があります。

 看護師不足だけでなく、高齢化社会となり、施設だけでなく在宅でのケアも増大していくため、募集枠を増やして看護師を増やすことは有効と思いますが、校舎を移転して新築することまで考えると大きな壁となります。

 統一地方選挙をひかえて市内を歩くと、私が議員になった16年前とは街の風景が大きく変わっており、存在していたいたお店やご主人が存在しなくなっただけでなく、用が無くとも立ち寄れたかつての街の人々の雰囲気が大きく変わっていることも実感されます。
 そういう私自身も、かつては家を空けたまま深夜まで帰ってきませんでしたが、最近では相棒リマだけでなく、愛雀ピーちゃんの存在が帰宅を急がせ、本日も孫が来るとの連絡を受け外出を控えました。水曜日と金曜日は30分歩いて珈琲屋さんまで行くことをノルマとしていましたが、孫にはかないません。

イメージ 2 「ピーちゃん、ピーちゃん」と、私にしか飛んでこないピーちゃんを無理やり触ろうとする孫にも辛抱の一語で、嫌々孫の手のひらに乗せられるピーちゃんを見せられるだけでなく、写真まで撮って娘のスマホに送信させられても忍の一字です。

 ここへ旧知の友人の来客です。ここで孫とピーちゃんと3人の時間は止まり、知人と大人の話をしていると、孫の帰る時間が迫り、ピーちゃんの就寝の時間も迫ってきます。

 突然に訪れる私たちの存在も、相手の都合を考えると迷惑な存在でしかあらず、大歓迎で迎えられるとうれしさからついつい長話になってしまいます。
 さて、明日と明後日も市内を歩く一日となりますが、笑顔と前向きに夢を語れる一日としたいものです。

                 本日の体重 70、8キロ 徒歩数 4606歩
                                     3月6日の一言

母校のゆるキャラ「かも神」さんです

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 私の母校となる神守中学校のゆるキャラ「かも神」さんです。一昨年10月にゆるキャラ制作を公約として生徒会役員に当選した鶴見君が中心となって、昨年1月に校内総選挙にて200作品の中から選ばれたのが添付した「かも神」です。

 「ところで、中には誰が入っているの?」の質問に、「私の姉妹なの、私たち双子なの」との明るい返事と、「今日のブログに載せるけど、写真は大丈夫?」の一言に、後輩たちはしっかりカメラ目線とピースで応えてくれました。

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 添付した写真は地元中日新聞の記事ですが、昨年9月の体育祭に披露されるまで一年がかりで制作された苦労話が掲載され、「かも神」が完成するまで生徒が一丸となった効果やゆるキャラ提案者の鶴見君から、「さらなるパワーアップと改良」を期待するコメントが紹介されています。

イメージ 3 本日は市内の中学校で卒業式が挙行され、神守中学校でも206人の卒業生が母校を巣立ちましたが、かつて悩まされた不登校の生徒が減り、卒業生の服装の乱れが無くなっていたことも同窓会長としてはうれしい卒業式となりました。
 添付したゆるキャラ「かも神」さんも、母校の校門前で卒業生を見送るために登場してきましたが、こんな可愛いマスコットに見送られて卒業する姿を想像するだけでゆるくなっている涙腺から熱い涙が溢れてきそうですね。

 さて、本日の夕方に市内を歩くと、「大鹿さん、どうしたの?」と声をかけられ、昨年から管理栄養士さんの指導で体重が減ったことを説明し、「私でもできるかなァ」との話で盛り上がり、そのまま管理栄養士さんに予約して相談を受ける話になりました。
 予約された人は、私の元同業者の人で、完全に太りすぎで足に負担がかかっているため、指導を受けて減量することが確実に行動範囲を広げてくれそうです。

 心配なことは、この減量が「ガンではないか」との心配で、昨年秋のガン検診では異常がありませんでしたが、ガンで痩せているとしたら、笑い話にもなりませんし、指導中の管理栄養士さんの信用も傷つけてしまうため、近々検査も受けたいと思っています。

 多数の人と接しており、出かけるたびに風邪が心配となりますが、今年は一度も風邪に感染しておらず、現在開催中の3月議会と、4月の統一地方選挙をひかえて体調管理も重要な時期になってきました。

                  本日の体重 71、2キロ 徒歩数 6406歩
                                      3月5日の一言

3月議会 私の一般質問

私の一般質問と答弁内容です。

1件目 市民病院の経営について
   要旨 現状と今後の展開について

  ・過去10年間の一般会計からの繰入金の総額は? 約105億円
  ・病院建築時からの借金(起債)残高は? 約103億円
  ・平成26年度の収支見込は? 黒字化は難しい
  ・平成27年度予算の収支見込は? 収支均衡を達成したい
Q 市民病院の繰入金や収支の状況について、その内容が市民に十分に伝わってないと思うが、見解はどうか。

A 議員ご指摘のとおり、市民病院の状況が市民に十分に伝わっていない現状はあると思います。これまで以上に市の広報、ホームページ等を通じて、わかりやすい情報発信をしていく必要があると考えます。

Q 繰入金の理由、内容等について具体的に示してほしい。

A 公立病院は、不採算分野を担う使命・役割があるため、公立病院がその経営収入のみをもって充てることが適当でない経費や困難であると認められる経費について、国が定める「繰出基準」に基づき、一般会計等から繰出すことが認められています。この繰出基準は、「救急医療の確保に要する経費」、「高度医療に要する経費」、「建設改良に要する経費」など、いくつもの項目に分かれています。平成26年度予算の繰入額約11億6千万円は、すべてこの基準に基づく繰入金です。なお、市へは病院事業に対する国からの地方交付税措置がございます。地方交付税の算定基礎となる基準財政需要額に、市民病院分として6億4千万円程度が算入されます。

Q 不採算部門を担う公立病院としての役割とは具体的に何か。

A 救急部門や高度医療の提供は、人件費や高額な医療機器の購入など、必ずしも採算がとれるものではありません。市民病院は、こうした医療を始め、地域の総合病院として、地域に必要な医療を広く提供するという役割があると考えます。また、在宅医療の支援や健康づくりなどの医療施策の推進にも積極的に取組み、地域医療の確保、地域包括ケアへの貢献などの役割も担っていく必要があると考えます。

Q 赤字が減らない要因は。

A 市民病院では、多くの医師が退職し、最も経営状況が悪化しましたのが平成19年度でございます。この年の経常赤字は約17億7千万円にも昇りました。その後、平成21年3月に「津島市民病院改革プラン」を策定し、経営改善の取組みを進めてきました。

この間、常勤医師数が平成19年度末の41人から25年度末には64人と1.5倍以上になるなど、医療提供体制は大幅に充実しました。これらに伴い、収支も年々着実に改善してきました。平成25年度の経常赤字は約2億円となり、19年度と比較すると16億円ほど赤字額を圧縮することができました。しかしながら、議員お示しのとおり、黒字化には至っていません。医療提供体制は、一定の整備を図ることができましたが、その力を十分に発揮できていないのが要因と考えます。救急受入れや入院を必要とする重症患者さんへの対応をしっかり行うなど、地域の信頼を高め、患者数を増加させることが必要と認識しております。

Q 将来的に黒字化はできるのか。長期的な目標として、繰入金は続けていくのか。

A 収支の黒字化については、達成しなければならない目標であると強く認識しております。そのため、医療提供体制の充実を図り、収入の増、支出の削減に努めてまいりました。この3本の柱を中心に更に改善に努め収支の黒字化を目指してまいります。なお、繰入金につきましては、自治体病院の使命として、地域医療を守り、地域が求める医療ニーズに応えるためには、必要な財源であると考えます。ただし、経営の安定化が図られた折には、繰入額の削減も図ってまいりたいと思います。

Q 経営安定化が図られれば繰入金の削減ということだが、期間を定め、医師等からの提案も募って取組みを進めるべきでは。

A 公立病院改革の新しいガイドラインがこの3月に国から出される予定であり、当院も、ガイドラインに基づく新しい改革プランを策定する予定であります。このプランにおいて期間を設定し経営改善に取り組むこととなります。また、プランの策定・推進を通じて繰入金のあり方も検討してまいります。なお、プランの策定にあたっては、医師等の提案も取り入れ実行性のあるものにしたいと考えております。

Q 以前の病院改革(平成18年度 津島市民病院改革委員会)の際に、病院経営が良くならなければ民営化との意見があったが。公設公営となった経緯と意義は。

A 平成18年11月に有識者による諮問委員会から、「平成19年度中の収支均衡が達成できない場合には、公設公営の経営形態は断念しなければならない」との答申がなされました。

ところが、直後に医師の大量退職という想定外の事態が生じたこと等により、平成19年度中の収支均衡が達成できない見込みとなり、様々な角度から経営形態の検討を行いました。

また、市議会においても、市民病院のあり方を調査・研究し再建の方向性を検討する「市民病院調査特別委員会」が設置され、経営形態についてもご検討いただきました。

これらを経て、平成21年3月策定の「津島市民病院改革プラン」におきましては、地域住民の安心・安全を確保し、地域医療及び救急医療に対する責務を確実に果たしていくためには公設公営で改革に取り組むべきと判断いたしました。

公設公営には、「自治体の保健・医療・福祉・介護が連携し一体となった取組を行うことができる」という大きなメリットがあります。引き続き、津島市民病院は、地域医療を担う病院として公設公営を基本としてまいります。


2件目 津島市の学校教育について
・市民から寄せられた教育現場の問題について

 昨年の夏休みのプール登校日に、特別支援学級の生徒に対して、校長権限で保護者が同伴しないとプールに入れなかった小学校があり、普段の授業では保護者の同伴もなく、担任の教師だけでプールに入れていることから改善を求めました。ちなみに対象となった生徒は、その後の夏休みの出校日を全部休んでおり、他の学校では同様の生徒もプールに入れています。
 義務教育であり、夏休みとはいえ教員の勤務時間内にありながら、特別支援学級の担任が生徒を放置したのは職場放棄と言わざるをえません。障がいがあっても、健常児とおなじように学べる教育環境を求めた質問です。
 一方で、特別支援学級の担任について、津島市で24の特別支援教室がありながら、特別支援学校教員免許取得者は4名しかおらず、これまでの特別支援教室の担任は、校長や教頭に都合の悪い教員や、組織になじまぬ教師があてられてきた悪しき慣例の改善も急務です。

 また、中学校では、インフルエンザに羅漢しておりながら、「風邪」と称して登校し、他の生徒に感染させている現実の改善も求めました。進学を控えて、試験を休みたくない生徒によって感染させられている生徒の保護者から複数の指摘があり、病欠でも進路に影響しない配慮も求めました。


3件目 市の公園周辺に住む市民への対応について
・天王川公園や市民の森の不都合について

 公園周辺では堤に生えるタケノコが民家の床下に入り込み、大樹の落葉が屋根のトイにつまり、高齢化して対応できない人々は対応に困っており、市民の森については住みついた渡り鳥のフン害や、畑の野菜が食い荒らされる被害にあっており、市役所の責任とは言えないものの、真剣に対応することを求めました。

私の質問は、青風会の代表質問として昨日3日の3番目に登段して終了しています。

               本日の体重 71、1キロ 徒歩数 1761歩

                                    3月4日の一言


毎日見ているよの一言に応える一言です

イメージ 1

 この写真は、今から27年前の平成元年1月に発行された「ふるさとアサヒ」に掲載された写真で、単車の名前はホンダシルクロード250ccと言い、ライダーは現在還暦を過ぎているYさんですが、このときは34歳の若さだったんですね。

 「毎日夜に見ているよ」の一言は、本日の書道会終了後にYさんの発した言葉で、このブログが「面白い」との一言もあったことから、当時私の発行していたミニコミ紙の写真を掲載してびっくりしてもらおうと添付しました。

 改めて当時の記事を読み直してみると、当時はYさんのプライバシーもお構いなしに、本名だけでなく出身大学や勤務先まで記されており、現代社会なら「訴えてやる」と言われそうな内容にびっくりですが、本日も「なんだー!! これはァー」との驚嘆の声が聞こえてきそうな書き込みです。びっくりしたら今すぐ電話下さい。「えっ?何時電話するの?」、「今でしょう」

 このシルクロードと言うオートバイは、セル始動だけでキックが付いておらず、エンジンがかからないことも多く、押しがけで大変な思いをした記憶もありますが、この単車で上高地や大阪まで(私はVF400Fで)一緒に走っていったことが懐かしく思い出されます。

 さて、私のVF400Fについては、現在オートバイについて詳しい市役所職員に預けてあり、整備して車検も受けようと考えていますが、添付した写真の当時には毎週のようにツーリングに出かけていました。

 ミニコミ紙のふるさとアサヒについては、B4版4ページで一万部づつ毎月発行していましたが、当時は印刷に時間がかかるだけでなく、印刷費用も膨大になってスポンサー探しに四苦八苦しました。
 現代は印刷費用だけでなく印刷にかかる時間も早くなっていることから、再度発行しようかとも考えますが、何よりもこのヤフーブログなどネット社会の発展には驚きで、写真をそのまま添付して誰でも自由に発信できるようになりました。自分の30代の写真を掲載されたYさんの感想が聞きたいものです。

              本日の体重 71、0キロ 徒歩数 1622歩
                                   3月3日の一言
追伸
本日津島市議会では一般質問が行われ、7名の議員が登壇して午後5時過ぎまで議会が続きましたが、明日も8人の議員が登壇予定となっています。質問ができない議長を除いて18名のうち15名が質問に立ちます。

車も身体も修理が必要となり 綱渡りの一日へ

 本日は正月の箱根駅伝において青山学院大学を優勝に導いた神野大地選手が、午前中に母校の神守中学校を訪れると彼のお母さんより聞かされていましたが、昨日から前歯の差し歯がぐらついており、先週末に平成元年登録のライトエースの電装関係の不具合もあり、とりあえず近所の電装会社を訪れました。

イメージ 1 不具合は窓の電動ウインドウの接触不良で、週末に窓が開いたままとなり、開けたままでは寒いため四苦八苦し、偶然にも何とか閉まったものの、閉めたままでは不都合なために訪れたものの、現在では交換する部品が存在しておらず、応急修理でごまかすしかありません。

 もう一点は、めったにはありませんが、キーを入れてもセルモーターが回らないことがあり、ガソリンスタンドではバッテリー切れとして交換されてしまいますが、スターター本体の検知器の異常で、四苦八苦すればエンジンはかかりますが、停めた場所によってはかなりのストレスとなります。

 部品交換のため連絡してもらうと、メインスイッチの部品はあったものの、トルコンのパーキングとニュートラルを感知する部品はメーカーの在庫がなく、とりあえず中古部品で全国から探してもらい、部品が届き次第連絡をもらうこととなりました。

 窓については閉めたままでも困りませんが、出先でエンジンが停まったままでは帰ってこれません(今までは停まったままではありませんでしたが)から、度々となれば廃車の瀬戸際になっていきます。車の電子化によって、年式が古くなり部品が調達できなければ廃車となっていきます。

 車の修理依頼から、今度は私の歯の治療に歯医者へ走り、治療後に母校の神守中学校を訪れたところ、「今、神野君が帰ったところ…」と入れ替わりになり、彼の笑顔を見ることはできませんでしたが、明日から市議会の一般質問が始まるため、綱渡りのスケジュールとなり、午後3時過ぎにNPO法人の理事となっている仲間と待ち合わせて県庁に走ると、担当窓口は真っ暗です。
 我々NPO法人を担当する窓口は、土曜日と日曜日に窓口を開けているため、月曜日は定休になっているとの話で、議会中で期限内に来れないため、居合わせた職員に対応してもらい、書類は後日に郵送することになりました。

 さて、本年は高野山が弘法大師によって開創されて1200年が経過し、4月2日からは高野山創1200年記念大法会が50日間営まれますが、昨年の四国遍路創1200年と同じく様々なイベントや発信が続いてきます。選挙をひかえており、記事を傍観者として見ることしかできません。

難波発1200年へ機運 高野山開創記念大法
記事の続き…
大阪府阪南市から駆けつけた女性(70)は「普通のお経と違い、張りのある声が厳かに響いて心が洗われるよう。また高野山に行ってみたくなりました」と感激していた。

和歌山)白煙もうもう、高野の火まつり 厄よけ願う

高野山駅がリニューアル 昭和初期の外観に
記事の続き…
 記念式では、大法会のイメージキャラクター「こうやくん」との写真撮影会や駅舎のお披露目会がある。また、同日から記念スタンプを置き、長さ約160センチの大ちょうちんを飾って大法会を盛り上げる。

               本日の体重 70、8キロ 徒歩数 7701歩
                                     3月2日の一言

津島市に伝承される伊六万歳を鑑賞して

 本日は津島市文化会館において、市政68周年記念式典が開催され、特別表彰6名や、永年表彰19名、一般表彰4名の表彰式と、今年結婚50年を迎えられる58組の金婚夫婦にお祝いと記念品が手渡されました。

イメージ 1

 写真は、午後2時より文化会館で開催された「伊六万歳・御殿の舞」です。伊六万歳とは尾張万歳の分派で、津島市の無形文化財に指定されており、後継者難に苦しみながら津島市の「演劇集団くつわ」によって伝承されています。

 本日いただイメージ 2いた資料によると、尾張万歳とは、愛知県知多市に伝わる伝統芸能で、1996年12月20日に国の重要無形文化財に指定されており、継承地名により知多万歳とも呼ばれると記されています。

 伊六万歳については、明治10年頃に知多の横須賀へ尾張万歳の稽古に出かけた、名古屋の熱田の住人「嵐伊六」という農民が、知多の人たちと歌の調子が合いにくく、品の良くない内容を歌に取り入りるようになり、知多の尾張万歳とは疎遠になり、初代伊六として現在の名古屋市西区に住んで伊六万歳を伝承したと記されていました。

イメージ 3 これらの万歳を習いに出かけていた、現在の稲沢市勝幡新田の伊藤藤一という人物が二代目伊六万歳を名乗り、津島市では昭和40年頃に加藤竹三郎という人が五代目を名乗って万歳を披露されていたようです。

 本日は観客と目線を共有するために、同じフロアーにゴザを敷いて演じられ、万歳が終了後に観客と車座になってお茶やお菓子がふるまわれ、演劇をしていた当時の苦労話や、メンバーの高齢化による後継者不足や、高齢になったことで生ずる演技の変化など、舞台の裏話まで聞く機会となりました。

 偶然ですが、瀬戸市で万歳に参加されているご婦人も観客におられ、地域の違いで演じ方も違うことを車座の交流会で発表され、この機会から交流がすすんで相互間の発展につながれば幸いに思います。

                 本日の体重 70、4キロ 徒歩数 1217歩
                                    3月1日の一言

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