大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

2016年01月

お寺で節分の豆まきに参加して


 本日もお寺の話題になりますが、町内のお寺で「星祭り祈祷会」が開かれ、節分の豆まきと福引きも行われ、こんな小さな参拝者の姿もありました。こんな小さな時から、お寺を身近な存在にしておけば悲惨な事件とは無縁に思われます。

 東京都大田区では、3歳の男の子が母親と交際する20歳の男に暴行されて死亡する事件が27日に起こっており、逮捕された男は「しつけがなっていない」と子供に暴力を振るったとあるが、逮捕された男へ両親の十分な「しつけ」ができていなかったとしか思えません。
 報道では、逮捕された20歳の男も、父親に暴力を振るわれ、両親も別居していたとあり、親の暴力や家庭の崩壊、両親の離婚などが子供にも連鎖しており、大人の再教育も課題かもしれません。

3歳暴行、病院行かず1日放置 「息してるから大丈夫」
床に包丁、正座させて「かかと落とし」 3歳児暴行

新たに不登校になった小中学生6.5万人 2014年度

 「類は類(友)を呼ぶ」ということわざがありますが、「腐ったリンゴは傍らのリンゴを腐らせる」との英語のことわざもあり、自分の接する周りの人間によって影響を受けることは間違いがなく、逮捕された男は暴走族に入ってから変化していったとの知人の証言もあります。

 残念ですね。身体が大きく、小学校や中学校ではスポーツで活躍していたとの情報を考えると、指導者に恵まれればスポーツでも活躍の場があったと思われ、両親の対応によっては有望な若者を犯罪者にしてしまったとしか思えません。

子供の悩み - 縁結びの寺 高野山真言宗 郷ノ原観音祖聖大寺

 さて、お寺や宗教が子供を救うように記すつもりはなく、私自身も祖父が御嶽教の先達で、多くの信者を御嶽山に連れて行く姿を見ていましたが、御嶽教の非科学的なインチキとしか思えない行為には逆に反抗心が芽生えました。そして、そんなインチキのような行為が信者を失っていきました。

 真言宗の高祖空海(弘法大師)は、死んでから仏様になるのではなく、我々が生きている間に、この肉体のままで究極の悟りを開き、仏様になる「即身成仏」の教義を真言密教の奥義として説かれています。
 私自身も自我を捨てて、子供のために考えていたら、もっと家庭円満な生活となっていたと思われ、反省してやり直すことも重要と思わされる一日ともなりました。

             本日の体重 72、1キロ 徒歩数 2076歩 間食あり
                                      1月31日の一言

志賀弘法友の会のメンバーと三河三弘法へ

一番札所 遍照院(知立市)


志賀弘法友の会の巡礼時の昼食は、おにぎり2個とお茶に決まっていますが、唯一の例外が三河三弘法への参拝で、知立市の遍照院前のウナギとお寿司の「常弘」と決まっており、この日だけは運転手役の私には「何でも食べて」と大判振る舞いです。

ただし、体重リバウンド中であり、食べ過ぎは居眠り運転にもなりますから我慢です。

二番札所 西福寺(刈谷市)

本日のおまけ 笠寺観音 名古屋市南区

 本日は「志賀弘法友の会」のメンバー9人とともに、知多半島新四国八十八ヶ所結願の御礼に、名古屋市昭和区にある「八事山興正寺」を参拝してから、知立市と刈谷市にある「三河三弘法」を参拝してきました。

八事山興正寺 http://www.koushoji.or.jp/

         一番札所 遍照院(知立市)、二番札所 西福寺(刈谷市)、三番札所 密蔵院(刈谷市)

 津島市・午前7時発(2名)…名古屋駅(2名)…北区柳原(3名)…北区志賀公園前(3名)…
   …八事山興正寺・午前9時…知立市遍照院…(昼食)…刈谷市西福寺・午後1時40分…
      …刈谷市密蔵院・2時20分…コメダ休憩…笠寺観音・午後4時…
            …名古屋市今池…北区柳原…志賀公園…津島市・午後6時…

 本日は、新四国八十八ヶ所結願の御礼参りに「八事山興正寺」を参拝することが主目的で、参拝後に興正寺に勤める私の町内にある弘盛寺副住職にお寺に安置してあるご本尊について説明を受けました。


 本日の興正寺は節分の豆まきが行われ、旧暦の21日となるため「初弘法」の日と重なり、知立市の遍照院周辺は通行止めで車は入れず、参拝客でいっぱいとなっていましたが、幸いにも雨があがり太陽の陽射しが射しかけました。

 ウナギとお寿司のお店で昼食をとり、三弘法参拝後にコメダでアフタヌーンコーヒーを楽しみ、順調すぎて時間に余裕がありすぎたため、名古屋では今年の恵方と言われる笠寺観音を参拝して全員無事に送迎してから我家に戻りました。

笠寺観音 http://kasadera.jp/

          本日の体重 73、2キロ 徒歩数 3362歩 間食なし
                                     1月30日の一言

愛西市(旧立田村)の蓮根田を眺めて

愛西市三和町 安泉寺前の蓮根田
                                 安泉寺 愛知県愛西市三和町中ノ割173

 レンコンの産地である愛知県愛西市を訪れ、枯れ果てて寒中の雨に降られる蓮田に後ろ髪を引かれて、写真に収めてきましたが、この土の下に愛西市の名産であるレンコンが眠っているんですね。

 添付した愛西市の旧立田村から旧八開村は、見渡すかぎり一面に蓮根田が続き、春から夏にかけて青々とした大きな葉と、可憐な花を咲かせ、極楽浄土のような景色を見せる一方で、枯れ果てた水田は対照的に人間の一生を見ているように思えてきます。

 私の住む津島市には、土産物として持って行くお菓子や名産品が無く、愛西市のレンコンを道の駅や知り合いから購入して送っている人も多く、私自身も送り先の近くにレンコンの産地があることを知らずに送付したことがありました。

 国内の作付面積、出荷量ともに茨城県全国トップで、2位が徳島県との事ですが、愛知県観光ガイドの沿革といわれを見ると、愛西市の栽培面積は341ヘクタールで、生産出荷量全国第3位の規模を誇るとあり、海抜ゼロメートル地帯の地の利を考えた特産品と言えます。

沿革 いわれ
 愛知県の西、三重県と岐阜県に接する県境の愛西市は、レンコンの特産地として知られ、栽培面積は341haで、生産出荷量全国第3位の規模を誇ります。木曽三川の猛威に苦しみながらも、肥沃な湿田地帯という利点を活かし、独特な「蓮文化」ともいえる伝統を築き上げてきました。特に「立田赤蓮」は、天保年間の頃、戸倉村陽南寺の住職が、近江の国よりハスの実を入手し門前にある田へ植えつけたのが最初と言われている。

立田赤蓮発祥の地

 この旧立田村のレンコンの発祥については、文政の頃(1818~1829)に戸倉の陽南寺の住職「竜天和尚」が近江(滋賀県)から蓮根を持ち帰ったとする説と、九州肥後国(熊本県)から尾張へ来て藩主に親任された僧「豪潮」が持参した「蓮の実」を竜天が譲りうけたとする説がありますが、どちらにして当時は僧職にあった人々が世の中で果たした功績は大きいものがありました。

 さて、本日は、旧立田村三和にある安泉寺のご住職をお訪ねしたのですが、私が活動している「福祉有償運送」のボランティアを引き受けてもらい、病院に行けない人の移送を手伝ってもらっており、地域の民生委員や観光協会のボランティアでも頑張っておられます。

 このお寺で毎月発行されている寺報「泉」をいただき、270部とは言え8ページから12ページの立派な寺報が地域に届けられている姿に、今から200年前にレンコンを持ち込んだ竜天和尚に想いをめぐらせてしまいました。

インフルエンザ流行、全国で注意報レベル 感染研発表

 明日は高齢軍団「志賀弘法友の会」の巡礼に同行しますが、高齢者や病院に通院する人々に同行する時に気になることは、我々ボランティアが風邪とは思わない程度の体調不良であっても、万が一に感染させてしまうと大変な事態になりかねず、介助で訪れる医療機関ではインフルエンザをもらってくる心配もあります。
 インフルエンザの流行は予定されている日程や、私をあてにしておられる方々にも迷惑をかけるため、しばらくは自身の体調管理とともに、流行が収まるのを待つ日々が続きます。

            本日の体重 72、8キロ 徒歩数 1157歩 間食あり
                                     1月29日の一言

岐阜県羽島市から歩いて愛知県へ

イメージ 1
岐阜県羽島市の尾濃大橋  午後12時52分  全長768メートル

尾濃大橋(びのうおおはし)は、愛知県一宮市(旧葉栗郡木曽川町)と岐阜県羽島市木曽川に架かる岐阜県道・愛知県道193号大垣江南線である。

イメージ 2

 名鉄勝幡駅・午前11時06分…(名鉄津島線)…須ヶ口駅・11時21分…(名鉄本線)…一宮駅・11時49分…笠松駅・11時55分…(名鉄竹鼻線)…名鉄須賀駅・12時15分到着…

 「おい、歩いてこようか?」
 「何処へ?」
 「電車に乗ってから考える」
 「電車?」
 「そう、今まで行った事の無い駅まで…」

 突然の気まぐれの一言で、家内と電車に乗って出かけることになり、愛西市の勝幡駅で名鉄電車に乗り、終点の須ヶ口駅で降りた直後に到着した「豊川稲荷行き急行」に乗車しようとすると、「行ったこと無い所でしょ」と言われ、木曽川を渡った岐阜県の羽島市まで行くことにしました。

 木曽川を渡った笠松駅で降り、木曽川を渡って愛知県に歩いてもどることにして、竹鼻線の新羽島行き電車に乗車して、須賀駅で降車しました。初めて乗る竹鼻線と須賀駅ですが、線路が単線だけでなく、駅舎は無人でトイレもありません。

 午後12時15分に須賀駅を出発し、トイレが無いため近くのスーパーカネスエでトイレを借り、県道を東に向かって歩くと約30分で木曽川にかかる尾濃大橋に到着し、橋を渡りきると愛知県一宮市(旧木曽川町)に入りました。ここから初めての交差点に私のお気に入りとしている「ジョイフル」があり、ここでタイミング良く昼食タイムです。

写真は趣味の部屋からご覧ください

 ジョイフルを午後2時に出発し、目的は名鉄玉ノ井駅でしたが、あまりにも近いため線路沿いを歩いていると、日曜日にお見舞いに訪れた一宮市の知人から退院したとの連絡があり、このまま我家の近くを流れる日光川の支流・野府川沿いを歩き、三条付近で合流してコーヒータイムとしました。

 岐阜県羽島市 須賀駅・午後12時15分…尾濃大橋・1時15分…愛知県一宮市・ジョイフル尾西木曽川店午後2時…玉ノ井駅…(徒歩)…奥町駅・2時35分…(徒歩)…野府川・開明橋…日光川へ合流地点…板倉橋西・午後3時30分…  

 「今、何処にいるの?」
 「一宮市を歩いているんだけど…」
 「えっ、何処に歩いているの?」

 知人と珈琲屋さんで暫し談笑後に、約2キロ程度南に歩いたところに名鉄二子駅があり、ここから尾西線に乗車して、私の地元である津島駅で乗り換えて、出発点の勝幡駅に戻ってきました。

 一宮市萩原町 コーヒーミント…(徒歩)…名鉄二子駅午後4時27分…(名鉄尾西線)…名鉄津島駅 4時59分…(津島線)…勝幡駅5時7分…

 突然の思いつきで家を出発し、目的地も決まらないままに電車に乗り、何もないどころか、駅舎にトイレも無い羽島市の須賀駅に降り立ち、とにかく東に向かって歩く事で木曽川を渡って愛知県に戻り、約12キロ程度のウォーキングから帰宅しました。偶然にもわが町を流れる日光川の上流に立ち、このまま川沿いに帰ってきたい心境にもなりました。

          本日の体重 72、4キロ 徒歩数 18013歩 間食あり
                                     1月28日の一言

津島神社「大いちょう」の前に立ち

津島神社御神木 大いちょう

 津島神社の東側の鳥居から50メートル東側にある「大いちょう」で、樹齢は約4百年と言われていますが、この場所はかつて流れていた木曽川や佐屋川の支流「天王川」の西堤となり、津島神社のお旅所があったところです。

 鎌倉時代から尾張地方の商都として、津島に存在した津島湊を中心に交易が行われており、織田信長もこの津島湊から火縄銃を入手し、全国に進出する足がかりとなった場所ですが、1785年(天明5年)に川がせき止められて入り江となり、1899年(明治32年)に佐屋川が廃川となり、現在は天王川公園として大きな池が残されています。

 佐屋川廃川によって津島湊が無くなることは当時の大問題で、愛知県は日光川から運河を開削する計画を立てましたが、地元の大反対で運河は実現しなかったと記録されています。何故に…

 同じことが、日本国有鉄道が関西線を建設するときにも起こり、当初予定されていた津島市を通過する計画が地元の反対もあり実現されませんでした。何故に…

 明治20年代の話となりますが、関西線の桑名から名古屋間のルートは、桑名と名古屋を最短で結ぶ現在の線路と、弥富から津島を経由して名古屋に入る2案が計画されたものの、津島も誘致運動を起こす一方で、蒸気機関車から出る火の粉を嫌って反対する勢力もあり、結果的には合理的な最短ルートに決まりました。

 ただし、現在の名鉄電車の中で一番歴史の古い「尾西鉄道設立」が計画され、関西線の桑名と名古屋間が開通した1895年(明治28年)の翌年に、弥富と一宮市を結ぶルートで鉄道が計画され、現在の津島市を本社として、地元の津島紡績の社長が初代社長に就任しています。
 ちなみに、名古屋鉄道の前身となる愛知馬車鉄道の創立委員長となったのは、津島市に町制がひかれて初代町長となった岡本清三氏であることも、明治初期の津島の経済力とともに存在感を歴史にとどめています。

 繊維産業が最盛期で、経済的にも豊かな津島市だったことから、自力で鉄道会社も設立する経済力があり、津島市を中心にした発想で津島市と一宮市を結ぶ尾西鉄道や、津島市と名古屋を結ぶ現在の名鉄津島線がしかれたものの、当時は津島市を中心に廻っていると考えた人も存在したかもしれません。

 私が市議会議員になった当時、津島市の天王通り商店街の人から、商店街のある天王通りを、現在行き止まりとなっている名鉄津島駅のガード下を東に通り抜けられるようにして欲しいとの意見がありました。

 議会で質問したことがありますが、実は昭和40年頃に現在の津島駅周辺の高架事業を進める中で、天王通りを駅東に延伸する計画もあったものの、駅を通り抜けることによって、商店街の顧客が駅東に奪われることを懸念し、強硬に反対する意見が多く、現在の状態となったことを当時の市長であった竹内節男氏から昭和60年頃に聞かされており、ほとんどの店が廃業してシャツター通りになった現在の商店街を見ると、50年とは言いませんが、せめて30年後くらいまでの将来像を考えないと街は寂れてしまいます。

 津島市の歴史はこんなことの繰り返しです。本日は御神木の前に立ち、この地を大河が流れていたことと、ここに百間(約180メートル)と言われる「津島大橋」があり、この地に織田信長も立っていたと過去に想いをはせる一日となりました。

             本日の体重  徒歩数 10190歩 間食あり
                                     1月27日の一言

玄関の雪に残った猫の足跡に

玄関の雪に残された猫の足跡

 我家では、私の子供の頃からいつも猫が飼われていましたが、自宅の前に新しい県道が建設されたために、可愛がっていても必ず交通事故で死んでしまうことから、およそ30年前から猫は飼わないことに決めました。

 しかし、父親が末期ガンで死の宣告を受けた(告知はしませんでした)平成5年に、偶然にも外泊中の父親に迷い猫が近寄り、父親が抱き上げたことから飼うことになり、この猫は私が議員になった平成11年過ぎまで生きてくれましたが、私が東京に出かけた不在時に自宅前の道路で轢かれました。

 平成15年1月には、死にそうな小さな子猫が迷い込み、栄養失調で動物病院に連れていき、見事に成長して家内の腕に飛び乗って抱かれていましたが、わずか半年後の9月に外出した私を探して、やはり自宅前で車に轢かれて死にました。

 そんな経緯から、我家では捨て猫や迷い猫が入ってきたら飼って可愛がろうと決めてありますが、勝手に小屋で寝ている猫は居るものの、我家の家族の一員になろうと入ってくる猫には縁がありません。

末期がん患者から2500万円 無免許治療容疑
記事の続き…
 警視庁生活環境課の説明では、クリニックは11年に開院。当時は常勤の医師がいたが、その後退職。外科や神経内科の診療をうたっていたが、歯科医である秀司容疑者しかいなかった。主に公人容疑者が患者を集め、秀司容疑者や赤坂容疑者が治療行為に携わっていた、と同課はみている。
 点滴で使っていた薬剤は、国の承認を受けていないもので、秀司容疑者らが自分たちで製造したとみて、警視庁が調べている。患者は点滴を何度か受け、1人平均150万円ほどを支払っていた。通院していた男性患者1人が死亡したが、点滴との因果関係は不明だという。
 14年3月に「医師ではないのにがん患者に治療をしている」との情報が警視庁に寄せられ、警視庁は同年秋にクリニックを家宅捜索。クリニックはこの年の12月に閉院した。
 厚生労働省や専門家によると、遺伝子治療は、臨床研究が始まって20年以上が経過しているが、国内で医薬品として承認された薬は今のところない。
 大阪大学大学院医学系研究科教授で、日本遺伝子細胞治療学会の金田安史理事長は「まだ研究段階の治療法であり、他の治療法に比べて統計的に優位性があるとは言えない。自由診療で高額な医療費を請求されるケースも把握しているので、注意してほしい」と話す。

 「おい、腰の痛みはどうしたら治るんだ」
 「いつも、言っているだろう」
 「治らないから聞いているんだ」
 「何もせずに何を言っているんだ」

 昨年の秋ごろから痛みだした左腰ですが、歩いても痛くならない時もあり、寝ていても起きると痛い時もあるため、痛みの原因が判らず、人から内臓の疾患と言われれば心配になり、息子から身体が硬いのでストレッチをせよと言われているものの、最近は外が寒いためコタツに入って運動不足は否めません。
 
患部を温めて腰痛を解消する方法について http://yo-tsu.org/tiryo_onnetsu.html

 目標を設定して歩いているため、歩く事は苦にならず、半年前には走ることも苦にせず絶好調でしたが、こんな疲労が蓄積したのか、最近では左の腰が痛むことがあり、テレビコマーシャルを見て寝具で治るかと思ったりしますが…

 痛くて生活できないほど深刻ではないものの、痛みが無くならないことと、痛くなる原因が判らず、歩く事による身体の歪みか、睡眠不足か、寝る姿勢が悪いのか判らないことから、休息して横になっていると余計に痛くなったりと…

 生活に支障は無く、痛ければズボンのベルトを締めるだけでも痛みは防げますが、意識して歩く目標としていた一日9千歩を少なくしたことと、コタツに居るため間食が我慢できず、体重も微増を続けるようになり…

 もっとも、歩く事についても、歩く目的を作らないと続かないため、ボランティアと福祉タクシーのチラシを宅配しようと広告を印刷しましたが、チラシが印刷所から届いた直後に降雪があり、寒風吹く環境から思うように歩けません。

 添付した、医師資格もないのに、末期がん患者に点滴をして16人から2500万円の報酬を得たとして、東京都府中市の歯科医師が逮捕されたとの新聞記事についても、「治せない」のに治療していたとしたら悪質ですが、「治らない」と宣告された末期ガン患者の心境を考えると、何とかしたい患者への対応に不備もあり、末期ガン患者に対する真剣な対応が不足すると、同様な事件は絶えないと感ずる報道となりました。

 そして、なによりも多くの情報収集と、周りの人々の声に耳を澄ませて、最善の方法を選択することが重要で、私の腰痛についても、今まで腰痛で悩む人々の会話に無関心だった反省と、克服した人のアドバイスを聞きたいと思う一日ともなりました。

          本日の体重 72、3キロ 徒歩数 2811歩 間食あり
                                     1月26日の一言

積雪は少なかったものの厳しい一日に

午前7時17分 我家の前の県道名古屋・津島線 津島(西)方向
 
7時34分 名鉄津島駅に到着しました。

7時42分 駅から自宅をめざします。

 記録的大寒波として、予め荒天と降雪の天気予報が出ていましたが、昨日の晴天からは信じられない冷え込みにより、積雪量は少なかったものの、道路はスケートリンクのように真っ白に凍結していました。

 22日の降雪に続き、三男を名鉄津島駅まで送ることになりましたが、自宅を出て数百メートル走った交差点で、減速はしていたもののブレーキをかけていないにも関わらず、後輪が左に滑り、直後に前輪が右に滑りました。

 道路はツルツルの制御不能の状態で、スピードを落として走りましたが、それまで後ろにいた車がついてこないことから、同じように制御不能を体験したと思われ、2キロほど走った交差点で停まっていると、右から左折してきた車が一回転して、後部から私の車に滑ってきて止まりません。

 オイ、オイと半ば観念して見守っていると30センチ手前で止まりましたが、自分が気をつけていてもぶつかってこられれば大変なことになりますから、息子を駅に降ろしてからはマイペースで帰宅しました。
 今度は迷わずチェーンを装着したいと反省ですが、午前5時30分から名古屋の職場を目指した知人は、となりの七宝町で動かぬ車が存在したことから渋滞で動けず、職場に連絡して欠勤になってしまったようです。

なぜ? 列島襲った記録的大寒波 暖冬予想のはずが…
デイサービス送迎車、崖下に転落 1人死亡5人けが

 仙台市では、デイサービス施設の利用者を送迎中のワゴン車が道路から約3メートル下の駐車場に転落し、施設利用する仙台市在住の90代女性が全身を強く打ってまもなく死亡し、60~80代の男女5人がけがをしたとの報道もあり、雪になれているはずの東北でもまさかの事故が起こっています。

 本日は、こんな危険をひしひしと感じていましたが、ボランティアの福祉有償運送を利用したい複数の方から、病院まで移送を依頼する電話予約が入り、低額のボランティアとは言え、事故でも起こすと自身の責任となりますから、冬用タイヤだけでなくチェーンを装着するとともに、他車の被害にも遭わない防衛運転に徹する必要性を実感させられました。

 さて、本日のメール受信箱に、「地域科学研究会まちづくり」から研修会の案内があり、来月6日に東京都千代田区で、「押し寄せる黒船、自家用車タクシーをタクシー維新の契機に」のテーマでセミナーが開催されるようです。

「ライドシェア」対策からタクシー大変革戦略へ

 開催日の翌日に長野県松本市の研修を受ける予定もあり、連日となるため天候を考えて熟考が必要ですが、都市部とは違うものの、わが町でも高齢者の足が不足しており、自分のボランティアに参加できる年齢を考えると行くしかありませんね。

          本日の体重 72、7キロ 徒歩数 7648歩 間食あり
                                     1月25日の一言

知人のお見舞いに一宮市の病院へ


 添付した写真は、知人が入院する一宮市の総合大雄会病院の6階より見える夕方の風景で、北を見ると岐阜の山々も近く、新鮮でダイナミックに感じられました。

 この病院は、私の高校時代の同級生が交通事故で入院した時にお見舞いに訪れて以来ですから、40年以上前の記憶しかありませんが、救急から高度医療に対応する地域の大きな総合病院に生まれ変わっていました。

医療法人・大雄会 http://www.daiyukai.or.jp/

 見舞いに訪れた知人は、腸の不調から訪れたCT検査で、偶然にも肺に腫瘍があることが発見され、数日前に手術を受けており、最悪の事態ではないように思われますが、タバコによる肺気腫もあるため、これからは節制が必要になりそうです。

交代車掌が乗り遅れ特急出発できず タクシーで追いつく

京急の車掌、駅に置き去り 700メートル走り追いつく


 本日午前10時56分ごろ、青森県のJR津軽線蟹田駅で、新青森発函館行きの特急スーパー白鳥1号が、車掌が乗り遅れたため、35分遅れて発車したとデジタル新聞から発信されています。

 最近は長距離ツアーバスの事故や、ずさんな運行管理が問題となっていますが、鉄道についても乗務員や駅員の寝過ごしや、勘違いによる運行ミスが発信されてくるものの、事故に直結する内容ではないことが救いです。

 来月から松本市を訪れる必要があるため、当初は車で行こうと考えていましたが、凍結の危険性と、時間の遅れを考えると中央線の列車利用が安心で、名古屋駅を午前7時に乗車すると9時08分に松本に到着し、料金は5千510円の料金となります。

 ちなみに、午前7時発のワイドビューしなの長野行きに乗車すると、松本で乗り換え9時51分に新島々駅に到着します。座席券のいらない在来線を乗り換えて行くと松本まで3350円で乗車でき、バスなら2800円か3000円で松本まで乗っていけます。旅の行程を考えるのは楽しいですね。

           本日の体重 72、3キロ 徒歩数 1179歩 間食あり
                                    1月24日の一言

愛西市の街づくり提案大会会場へ

愛西市まちづくり市民会議 第6回提案の大会の様子です。


 本日は隣の愛西市佐織公民館で開催された、愛西市まちづくり市民会議が主催する「まちづくり市民会議・第6回提案の大会」に知人と参加し、「産業・都市基盤部会」、「福祉等部会」、「生活環境等部会」の3部門から発表される提案を聴講してきました。

 私は今までに津島市以外の都市部の「まちづくり」関係の会議に参加した経験がありますが、会場が高齢者ばかりで満席となり、女性の姿や若い世代の人が存在しなかったことに驚かされました。

 市民会議を構成するメンバーによるものと思われますが、中高年の発表する提案のため高齢者目線となっており、福祉等部門の提案された「健康寿命チャレンジ+テン」は寿命を意識した提案で 若い子育て世代や働く女性に対する記述は何もありませんでした。

 しかし、津島市より農村部が多く、高齢化率も高く、公共交通も不便な地域から発信される提案については、少子高齢化社会の問題点を学習するよい機会となり、恵まれた自然環境が残されているため、街づくりと言うよりも、生活する市民の生活環境の向上を考えたいものですね。

この冬一番の寒気襲来 東京都心などでも夕方から積雪か
24日にかけ北陸・西日本などで雪、太平洋側の平地も

 「この冬で最も強い寒気が流れ込んだ影響で、23日は北海道から西日本まで広い範囲で雪が降り、25日にかけて冬型の気圧配置続く」との報道が発信されており、明日から明後日まで遠出は控えたほうが良さそうです。

 予報によると、私の住む東海地方でも50センチの降雪と発信されており、この予報は25日まで続くということですが、東海地方は愛知県と岐阜県、三重県の3県を指しており、岐阜県高山市も一緒のため、詳しい予報を調べる必要があります。

 ちなみに、私の住む愛知県西部地方は、本日が雨(全く予報は外れました)で、明日と明後日は晴れの予想が出ていますが、30日に運転を依頼されている志賀弘法会の巡礼の日が雨となっており、その翌日に町内のお寺で開催される節分会も雨まじりの予報となっていますから、何とか好転(好天)してくれることを祈る心境です。

           本日の体重 72、0キロ 徒歩数 1835歩 間食あり
                                     1月23日の一言

歯肉の痛みに耐えながら

歯科医院で処方されたクラビットと、漢方の俳膿散乃湯(ハイノウサントウキュウトウ)

 しばらく治まっていた歯が2日前に痛くなる予感がして歯科医院に走り、薬を処方されて帰りましたが、その日の夜に両目を開けておれないほど痛み、本日には治まってきたものの、歯茎を押さえると痛みが残っており、本日も薬を処方されて帰宅しました。

 私は注射が大嫌いで、ましてやメスで切るような応急処理は嫌いなため、歯医者さんが配慮して薬を処方してくれていると思いますが、11月の日曜日に休日診療所を訪れた時にはメスで切って応急処理をされているため、今回も薬だけでは完治とはいきません。私は歯痛と言うよりも、歯肉の歯周組織炎で、歯周病菌による歯槽膿漏の痛みですが、痛みで頭が痛み扁桃腺も腫れてきます。

歯痛により休日診療を受けた日の一言

 処方されている薬「クラビット」をネット検索すると、キノロン系(ピリドンカルボン酸系合成抗菌剤ともいう)の薬は、合成抗菌剤のひとつです。ピリドンカルボン酸系製剤は、細菌の増殖に必要な蛋白質(たんぱくしつ)の元になる核酸の生成を阻害し、細菌を死滅させる作用があると考えられています。咽頭炎(いんとうえん)・喉頭炎(こうとうえん)・扁桃炎(へんとうえん)・気管支炎・肺炎といった呼吸器感染症、中耳炎・副鼻腔炎(ふくびくうえん)といった耳・鼻の感染症などの治療に使用されますと記されています。


 さて、一緒に添付した漢方の「俳膿散乃湯」は、奥さんが薬剤師をしている知人が本日届けてくれた漢方薬で、189包みを知人と半分ずつ分けましたが、「クラビット」は抗生物質のため服用を続けると肝臓などへの副作用が心配となるため、今回の痛みが治まったら、「俳膿散乃湯」を服用して効果に期待したいと思っています。


 若い時の不摂生と、歯医者に行くのが嫌いだったため、虫歯を放置した結果満足に噛める歯が少なくなっており、痛みが定期的に起こり、治療と言うよりも応急処理を続ける中で、1本ずつ歯が無くなっていき、歯が無くなってから大きなショックを受けることとなります。

 ウォーキングを意識して健康を維持しようとしても、歯が痛ければ歩く事もできず、食べる事についても固い物は何も口にできないばかりか、餅などは差し歯が取れる危険性もあり、食べたい物を安心して食べられない不都合がこれからも続きます。

           本日の体重  徒歩数 9460歩 間食なし
                                     1月22日の一言

初弘法大般若祈祷会に参加して


 市役所の仕事が予定より早く終ったため、少し遅れたものの町内のお寺で開催されていた『初弘法大般若祈祷会』に参列し、お昼のお斎おときもいただき、午後から開かれた『阿息観』にも参加することができました。

 お寺へお参りに行くと聞くと、お年寄りが冥土に行くための念仏のように思われる人も多く存在しますが、真言密教や四国遍路については、自己研鑽(けんさん)の意味合いが強く、大般若経を転読することにより、一切の災いが無くなると言われているようです。

 『大般若波羅蜜多経』(だいはんにゃはらみったきょう)とは、唐代の玄奘三蔵が大乗仏教の基礎的教義が書かれている長短様々な「般若経典」を集大成した経典で、全16部(会)600巻に及ぶ膨大な経典群のことです。 ウィキペディア参照

コンビニ・大手スーパー商品も…廃棄食品、横流し続々

 
 私の住む津島市のスーパーが発端となったカレーチェーン「CoCo(ココ)壱番屋」の廃棄冷凍ビーフカツの横流し事件は、その後多数のルートで廃棄カツが流通していたことと、マルコメ味噌など他の廃棄食品も出回っていたことや、セブン&アイ・ホールディングスやローソン、イオンなどの廃棄食品も横流しされていたことが判り、食の安全について大きな社会問題となってきました。

 さて、本日の初弘法でお寺の若い副住職から、「人間は生きていくため生き物の命をもらっている」との法話があり、今回問題となっている廃棄するはずだった冷凍ビーフカツについても、元々はゴミではなく、多くの牛たちの命を犠牲にした貴重な肉だったことを考えると、簡単に肉や魚をゴミにしている反省も必要です。

 人間の食料にする目的で、牛や豚、ニワトリなどが飼われているとは言え、動物も死ぬことを前提に生まれてきたわけではなく、ましてや突然釣り上げられた魚についても、人間に釣り上げられる瞬間まで自由に仲間や家族と泳いでいたと考えると、異物が混入した疑いだけで大量の食材が捨てられることの見直しも必要と思います。

 真言宗の仏前勤行次第(経本)の中には、食事(じきじ)の作法として『五観』が記されており、その中の1つとして①己の行為をかえりみ、この食物が如何にして作られたかを思う、④食物は命を養う為であり、正しい食物を必要の限度にとることを思うと記されています。

 我家の今晩のおかずに鳥のカラアゲがありましたが、こんなことを考えて、材料となったニワトリの顔を想像すると、むやみに捨てたり粗末にはできなくなり、自分一人が生きていくために、多くの生命を犠牲にしている現実を考えさせられました。

           本日の体重 72、6キロ 徒歩数 1624歩 間食あり
                                    1月21日の一言
追伸
お昼はお寺のお斎で出された赤飯をお代わりし、夕方に走った名古屋で開催されていた志賀弘法友の会から、お寿司の詰め合わせをいただいたことで、体重が一気に上昇してしまいました。

早朝に猛吹雪に襲われたものの

本日午前6時56分 津島市役所の東 西行き

午前7時7分 日光橋 東行き

午前7時9分 越津町交差点 東行き

午後1時18分 日光橋 西行き

 最近の天気予報は正確になっており、予報どおり私の住む愛知県西部地方も早朝には猛吹雪となり、午前7時頃に市役所の前を走り、名鉄津島駅まで三男を送迎しましたが、前日から荒天の予報によって車の渋滞が無かったことが幸いでした。

 一方で、本日は平野部でも5センチから15センチの積雪が予報されていましたが、幸いにも昼頃にはほとんどの雪が消えており、一番下に添付した写真のように、午後になってから市役所へ走る道路から雪はなくなっていました。

 今週末から来週にかけて、今回以上の寒波が襲来する予報も発信されており、季節として当然のことかもしれませんが、交通事故には気をつけたいものです。

 さて、先週のスキーバス転落事故について、運転手の労働条件や、運行バス会社の料金体制など、未だに解明されない事故の直接原因とともに、新聞やテレビの報道が続いていますが、車輌の故障により下り坂でブレーキも効かなかったとしたら何ともなりませんが、運転手の居眠りや体調不良が原因とすれば、交代要員の運転手が存在していただけに残念ですね。

転落バス、250m手前で車線はみ出し 直前の映像公開
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さらに、ブレーキランプが点灯しているのに減速していないとみられる点にも注目する。多くの大型バスには、通常のフットブレーキに加え、エンジンブレーキを強化したような「排気ブレーキ」が装備され、運転席のスイッチで作動させられる。
 景山教授は「排気ブレーキを作動させていないうえ、フットブレーキにも異常があり、減速できなかったのではないか。運転手はハンドル操作でカーブを切り抜けようとしたが、無理だったのだろう」と指摘している。
 県警も車体の損傷状況などから、速度超過のまま転落したとの見方を強めている。

 今から40年前の話は前例にならないかもしれませんが、運転手が2人乗務していても、予備の運転手が運転席後部の座席で運行中に仮眠しておれば、ワンマンで運行していることになり、運転手の居眠りや体調の急変にも対応できません。

バスが蛇行、添乗員がハンドル補助 阪急交通社のツアー
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 添乗員から報告を受けた阪急交通社は、バス会社に運転手の交代を要請。別の運転手によってツアーは続けられた。
 バス会社によると、運転手は14日に受けた健康診断で異常はなく、出発前のチェックでも体調不良はなかった。
 けが人は出なかったものの、バスに乗っていた60代の女性は「左右に車体が揺れ、叫び声が上がって車内は騒然となった。怖くて気が気ではなかった」と語った。阪急交通社は「大事故に結びつく可能性があったかもしれない。乗客の皆様には不安な思いをさせて申しわけない」と話している。

 私自身は過去に一度も居眠り運転をしたことがありませんが、助手席で3回の居眠り運転の車に同乗したことがあり、2回は気付いてハンドルを持って声をかけて回避したものの、一度は四国遍路から帰途中の淡路島の高速道で、私も助手席で寝ていたため、側壁に擦った衝撃音で目覚めました。

 その淡路島の高速道を走る観光バスが、運転手の突然の体調不良によって車線をはみ出す蛇行運転を繰り返し、不審に思った40代の女性添乗員や乗客が運転手に声をかけ、添乗員が10分ほどハンドルを補助して事故を回避したとの報道が本日ありました。

 私も長距離の夜行運転をしますが、必ず眠いときは「眠い」と発信し、運転を交代するか、休憩をとって対応しており、勝手に休憩をとれないツアーバスや、「眠い」と言えない運転手の立場を考えると、万が一の防止策と同時に、一緒に同乗する乗務員の機転も重要です。

              本日の体重  徒歩数 1354歩 間食あり
                                     1月20日の一言

全国各地から大雪の被害が届けられて

津島市下新田町
 
 海抜0メートル地帯の津島市にも、添付した写真のような丘のような場所も存在しますが、かつての佐屋川(木曽川の支流)の堤防跡で、現在は川どころか水も存在しないものの、近くを流れる用水(海部幹線用水路)の水位は高く、破提すれば多くの家々が浸水してしまいます。
 
 最近ではこのような小高い土地が削られて分譲住宅になっている場所もありますが、土地の特質や過去の歴史を省みないと、昨年常総市で起こった鬼怒川決壊のような災害に見舞われる危険性も否めません。
 
全国的に荒れ模様 北海道や東北で大雪 九州沿岸も警戒
 
愛知県西部の天気
19日17時名古屋地方気象台発表の天気予報(今日19日から明後日21日まで)  
 ・夜19日 西の風やや強く、海上では西の風非常に強く晴れ 夜くもり所により夜遅く 雪
 ・明日20日 西の風強く、海上では西の風非常に強くくもり、後晴れ 明け方から朝 雪

 全国各地から大雪の被害が報告されており、今シーズンになって一度も雪が降っていない愛知県西部地方にも、今晩から明日の早朝は積雪の可能性が高くなってきましたが、暖かいイメージのある高知県も降雪があり、これまで降らなかったことが不思議なくらい各地に被害が出ています。

 本日午後には、積雪と強風により福井県あわら市の県道で、大型バスが道路左側の田んぼに転落して横倒しになり、愛媛県八幡浜市の八幡浜港内では、大分・臼杵行きフェリーが出港直後に突風で流され、約100メートル離れた造船所の海に突き出たクレーン先端部に衝突した。
 北海道札幌市では雪下ろし中の75歳男性が転落して死亡する事故も発信されていますが、この寒波は一週間ほど続く可能性が発信されており、しばらくは注意が必要です。

長野)県内大雪 運休や通行止め相次ぎ、交通に乱れ
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 同気象台によると、午後6時現在の積雪量は長野市で3センチ、松本市で29センチ、上田市菅平で47センチ、軽井沢町で29センチだった。
 JR東日本長野支社によると、松本と新宿を結ぶ特急「スーパーあずさ」と「あずさ」は始発から上り11本、下り11本の計22本が運休(部分運休を含む)。北陸新幹線は上り10本、下り13本の計23本で最大約60分の遅れが生じた。信州まつもと空港では、札幌便と福岡便の往復計6便が欠航となり、144人に影響が出た。高速道路では中央自動車道、長野自動車道などで通行止めが相次いだ。
 県教委によると、雪の影響で南牧村の小学校2校と中学校1校、塩尻、松本両市と富士見町の高校3校の計6校が臨時休校した。このほか、29校が授業の開始を1~2時間ほど遅らせたという。

 さて、数日前のスキーバス転落事故のあった長野県軽井沢町でも29センチの積雪があったと報じられていますが、事故の発生した時にこれだけの積雪があれば、15人の命が失われずに済んだ可能性を考えると自然は思うようにはなりません。

上高地地区パークボランティアの追加募集について

上高地ネイチャーガイド養成講座

 今年は、上高地のパークボランティアの募集に応募する予定となっており、養成研修会が3月12日に松本市で開催され、ネイチャーガイド養成講座は、2月7日から毎月5月まで講座が続くことから、本日の冷え込んだ天候や大雪の報道を目にすると大きなストレスを感じてしまいます。

 一方で、スキーバスの転落事故や、全国各地から発信されてくる悲惨な交通事故のニュースに、遠出をストレス発散として、知人から声がかかると無理な行程でも車を運転する私に、家内や家族から強い苦言を受け続けており、凍りつく天候のように気持も凍てついてきました。

             本日の体重 72、0キロ 徒歩数 3040歩 間食あり

                                     1月19日の一言

 

満28歳の愛車を受け取りに

稲沢市祖父江町にある日光バス停

 私の住む津島市では一番大きな大河となる日光川(2級河川)があり、日光町には日光橋があり、当たり前のように「日光」のバス停留所がありますが、日光川の源流となる江南市から一宮市をはじめ、河口部となる名古屋市港区や飛島村まで、総延長41キロにおよぶ地域には「日光」の名前を記した多くの地名やお店が存在します。

 添付した写真は津島市ではなく稲沢市祖父江町森上にあるバス停で、稲沢市のコミュニティバスの停留所ですが、日光川の流域には共通した地名も多く、橋梁だけでも、一宮市の日光橋をはじめ、国道1号線の日光大橋や、国道23号線の日光川大橋など、津島市の日光橋以外にも多くの「日光橋」が存在します。
 ちなみに、日光川全体では79の橋があるようです。


 本日は、今月7日に預けてきた平成1年初年度登録された愛車「ライトエース」の車検整備が終っていたことから、稲沢市の知人宅を経由して一緒にアフタヌーンコーヒーを楽しんでから受け取りに訪れました。


 2年前に「26歳の愛車」として記したライトエースは、当然のこととして今年は満28歳になっており、乗りやすさと実用性を考えると廃車は考えていませんが、故障した場合に部品が無い可能性が高く、今回も油漏れしていたパワステホースが偶然にも部品があったため直ったものの、故障した部品が調達できない場合が寿命となります。

 さて、多くの死傷者を出した長野県のスキーバス転落事故について、バス会社の安全に対する管理体制の不備が指摘されていますが、安全な運行体制を求めるのは当然としても、車の事故は運転者の一瞬のミスによって発生することを前提に、運転手だけでなく乗客も注意が必要です。

経路変更・大型車・シートベルト バス事故、三つの疑問
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■転落前に異常な走行 大型バス運転に不慣れか
 長野県警によると、バスは転落現場の約100メートル手前で、左側のガードレールに接触後、対向車線側のガードレールを突き破った。転落地点の直前には、十数メートルにわたって右側だけのタイヤ痕があり、車体が右側に傾き、片輪走行に近い状態になった可能性がある。
 複数の乗客が「事故前、バスが左右に揺れていた」と証言。県警は転落の少し前から異常な走行状態になったとみている。現場は峠を上りきった後の下り坂で、制限速度を超過していた疑いがあるとみている。
 当時運転していた土屋広運転手(65)は、大型バスの運転には不慣れだったとみられる。昨年12月まで5年間勤務していた東京都八王子市のバス会社によると、大型バスは運行しておらず、小型バスの運転が中心だったという。
 今回のバスを運行したイーエスピーによると、土屋運転手の大型バスへの乗務は研修2回、実務4回。同社の運行管理者は「一般道はやらせず、徐々に慣れさせるために高速道路の運転を指示していた」という。
 大型バスは車体の長さが12メートルで、小型の7メートルよりも長い。大型観光バスの50代の元運転手は「大型と小型では後輪の感覚が全然違う。左後部をガードレールにぶつけたのかもしれない」と話す。

 事故原因について、長野県警は、損傷具合などから、バスが事故当時に速度超過をしていたとの見方を示していますが、タイヤ痕からもスピード超過は明らかで、居眠り運転により高速でガードレールに接触し、慌てて急ブレーキをかけたため車体が制御不能になったと考えられ、車体の不備が無い限り、運転手の意識がしっかりしていれば重大事故は防げます。

 2日前の一言にも記しましたが、私自身も夜行日帰り旅行を得意としており、昨日の知多半島でも、午前5時台から午後9時まで休憩も無いままに運転しており、四国遍路でも徹夜で目的地まで走り、僅かな仮眠後の午前7時から午後6時まで同行しているので、万が一の居眠り事故は全員の命取りとなります。こんなことも年齢を考えると自重が必要ですね。

 こんな時にこそ、車線変更や衝突を回避させる自動運転システムが待たれますが、夜間の長距離バスやツアーバスに乗った場合に、仮眠するときには必ずシートベルトを着用するなど、乗客も安全を確保するとともに、会社名のわからないような観光バスには乗らないことですね。
 明日もボランティアですが、人を乗せるので安全運転に務めたいと思います。

     本日の体重 71、9キロ 徒歩数 1千歩程度(測定不能) 間食あり
                                     1月18日の一言

新四国知多半島で、午後7時に満願を終えて

知多半島新四国巡礼 時間は午後6時35分です

 本日は名古屋市北区の志賀弘法友の会メンバーと9人で、新四国・知多半島八十八ヶ所の巡礼に出かけました。

 津島市・午前6時…名古屋駅…北区柳原…志賀公園・7時…黒川インター…大高インター…南知多…ター…第47番持宝院・8時…

 昨年11月と12月に日帰りで知多半島を廻り、内海の46番如意輪寺まで巡拝してあったものの、3日目となる本日だけで満願になることは不可能で、もう一日巡拝して八事山興正寺に御礼参りする予定で巡拝を始めました。

イメージ 1 しかし、おにぎり2個とお茶と決まっている昼食を車の中で食べ、車中と大師堂で般若心経を合掌するのみの繰り返しにより、添付した69番慈光寺を午後2時15分に巡拝し終えたことから、運転する私に大いなる力となり、何とか全部巡拝したいとの欲が出てきました。

 現実には、第82番観福寺を巡拝した時点で、朱印の納経時間午後5時を経過してしまい、残された6ヶ寺をどうするのかが問題となりました。

 弘法友の会のメンバーは、運転する私の疲れを心配して、ここで終わりにする声が出ましたが、「お寺に連絡してみます」と、次の83番弥勒寺に電話をすると、朱印のために待っていていただける話となり参拝ができました。

 ここからでも5ヶ寺を残していましたが、「朱印はダメでもお参りだけでも行きましょう」と車を走らせ参拝していると、お寺のご好意で朱印が押していただけたことから、益々欲が出て「最後まで行きましょう」と意欲満々になっていきました。

 そんな展開から84番玄猷寺に到着すると、立派な山門の門扉がしっかりと閉じられており、垣根が高いため本堂や大師堂が見えないため、万事休すと完全に諦めていると、友の会代表のTさんが、「すみません」とインターホンでお参りできるようお願いしてみえました。

 そして、5番地蔵寺では、お参りと朱印をしていただくだけでなく、お寺の奥様から結願となる88番円通寺に電話をして頼んであげるとの親切なご厚意を受け、納経時間を大幅に過ぎているにも関わらず朱印を押していただけることになり、7時近くに参拝を終え、考えてもいなかった満願となりました。

イメージ 2

 納経時間を2時間も過ぎた朱印は初めての経験で、添付した上の写真は、私の車のヘッドライトを遠目にした灯かりで真っ暗な大師堂から戻るメンバーですが、こんな常識を逸したような参拝をしたのも、朱印目当てではなく、「お参りだけでもしてから帰ろう」との執念が伝わったのかもしれません。


 自慢できる話ではなく、むしろ謝罪して廻らないといけない悪例かもしれませんが、志賀弘法会の永き伝統と、先人たちの残した遺徳に感謝し、結願できたことで運転手としての責務からも解放されました。

 3日あれば楽々と満願となる知多半島巡礼ですが、メンバーの高齢化と持病を持った巡拝は厳しい現実があり、次に予定されている秋の巡拝は更に時間がかかることは必死で、「来年は四国へ行きたい」の一言は、運転していく私に大きなストレスとなる反面で、私を必要とされている生きがい感じずにはおれません。

                本日の体重 72、5キロ 徒歩数 6958歩

                                     1月17日の一言


スキーバス転落事故を無にしないために

寒風吹く中で畑で咲いていた一輪のバラ

 15日未明に長野県で発生した大型観光バスが道路下に転落したスキーバス転落事故では、乗員・乗客計41人のうち、男女14人の死亡が確認され、20人以上が重軽傷を負う歴史的なバス事故となりました。

スキーバスが転落、14人死亡 20人以上けが 軽井沢

 最近は観光バスが炎上する事故が多発しており、格安ツアーに対する車輌不足が問題となっていましたが、この事故によって運転手不足による安全面や、スキー客減少から格安ツアーの企画や過当競争が問題にもなっています。

 表面的には無理な企画やバス会社の運行管理が問題とされ、バス会社の健康管理や出発前の点呼確認不足が問題になっていますが、2人の運転手が搭乗していたことから、いくら万全に発車しても運転する運転手のミスが命取りとなる現実と、安全面は二重、三重の対策が必要に思います。

運行会社「運転手の健康チェックせず」 スキーバス転落

スキー夜行日帰り「過酷」 競争過熱、足りない運転手
記事の続き…
 原因とされた過労運転を防ぐため、1人で運転できる距離の上限を従来の1日670キロから原則として夜は400キロ、昼は500キロに縮小し、上限を超える場合は交代の運転手の配置を義務づけた。今回事故を起こしたバスも2人体制で運行していた。
 運転手への安全研修や飲酒チェックの設備にかかる安全コストを運賃に上乗せする新料金制度も導入。ツアーを主催する旅行会社が不当な価格でバス会社に運行を委託し、安全を軽視した運行が行われないようにするためだ。
 貸切バス事業の新規参入時には必要な資金を引き上げ、営業所や車庫への現地調査も定めた。イーエスピーは14年4月に許可を受け、国交省の担当者は「厳格化された条件をクリアした」と説明する。
 それでも事故は繰り返された。ある運転手は「格安スキーツアーは過酷」という。昨冬、志賀高原のバスセンターで別の運転手が「日帰りで折り返し。3時間しか寝ていない」と嘆くのを聞いた。東京を深夜に出て翌朝にスキー場に着き、夕方に東京に戻る「夜行日帰り」の日程を「やひ」と呼ぶという。「格安ツアーは運転手に『やひ』を強いやすい。いつか事故を起こすと心配していた」
 バスや鉄道の安全対策に詳しい関西大の安部誠治教授(公益事業論)は「国交省の規制強化の方向性は正しいが、2人で乗務しても交代要員が寝ている間にドライバーが居眠り運転することもありうる。特に零細バス業者で順法意識が薄く、健康管理や労務管理が不十分なケースもある。規制の実効性を高める必要がある」と指摘する。

 さて、観光地へ夜間に走って、夜間に走って帰ってくる「夜行日帰り旅行」は、私も好んで企画する得意としている旅程で、前日の深夜に出発し、目的地で一日を観光して、午後から深夜に帰ってくる方法で、上高地や四国遍路にも出向いてきました。

 もっとも、私の場合は仕事と言うよりも、自分も楽しむため夜間走行を利用していますが、疲れたり眠たい場合は自由に休憩ができ、助手として家内も同行しており、指示された役務的な運行ではありませんが、青ナンバーの営業車のため安全確保は急務となります。

 添付した新聞記事でも、関西大学の安部教授が、「人で乗務しても交代要員が寝ている間にドライバーが居眠り運転することもありうる」と指摘されていますが、2人の運転手が搭乗しても助手席で仮眠していては安全確保にはなりません。

 昭和49年の年末に、名古屋観光バスのアルバイトで、車掌として九州まで走る帰省バスに乗務したことがありますが、運転手2人と3人の乗務で、大阪からは国道2号を徹夜で走り、「寝ても良いよ」と言われたものの、交代する運転手は運転席の後部座席2席で仮眠すると運転手1人になるため、朝まで運転席の横で起きていたことがありました。

 観光バスについては、過去は鉄道系の大手バス会社が主流となっていましたが、最近ではツクシのように誕生した小さな観光バス会社が各地に存在しており、規制緩和で3台以上の車輌があれば簡単に会社が設立できることも背景にあると思われます。

 現実に、福祉タクシーとは言え、一度もタクシー乗務や仕事をしたことのない私が国土交通省の認可を得て事業主になっており、大型2種免許も持っていることから、15人乗りのキャラバン3台を所有して大型バス事業として旅客運送の認可を受けようとした経緯もあったことからも、安全面の再検討は急務と思われます。

 明日は午前6時から9人のお客さんを乗せて、知多半島の巡礼に同行する予定のため、同じような不祥事とならないよう気をつけて走りたいと思います。

           本日の体重 72、2キロ 徒歩数 3041歩 間食なし
                                    1月16日の一言

ホッと一息 私の夕方

津島市葉苅町のスプーンベル 午後6時頃

 私がお気に入りとしている珈琲店で、月曜日と水曜日、金曜日の週3回は我家から歩いて約3キロの道程を、午後5時過ぎから30分かけて歩き、午後6時30分にお店を出て、我家へ7時頃に戻ってくるのを日課としています。

 このお店にいつ頃から通っているのかは自分の事ながら判りませんが、かつては店の名物ともなっているサービスで付いてくる「シュークリーム」を目当てに行きつけていたものの、1昨年7月から管理栄養士さんの指導を受け、「シュークリーム」を食べないことにして通うようにしています。

 午前中は12時までモーニングサービスが付いており、午後1時からは「シュークリーム」か「シホンケーキ」がサービスとなっていますが、午前中だけでなく午後もお客さんで満席状態が続き、私が到着する午後5時半頃から空席ができ、私は老眼のため一番照明の明るい指定席で雑誌に目をとおします。


 さて、先週の日曜日に知人と京都でお気に入りとしている「イノダコーヒ (ー) 」に行きましたが、このお店の三条支店には俳優の高倉健さんがお気に入りとしていた座席があり、私もこのお店に入った時は、大好きな鶴田浩二さんになったつもりで座りました。


 高倉健さんにとってコーヒーは生活必需品で、仕事や私的に訪れる土地に、なじみのコーヒー店がいくつもあり、京都のお気に入りがイノダコーヒー三条支店で、多いときは一日に朝晩2回通ったと朝日新聞に紹介されています。

 このお店の顔でもある楕円カウンターを好み、昼は光が差す窓側中央、夜は柱が目隠しになる入り口側の真ん中が定位置だったと記されていますが、同店オリジナルブレンド「アラビアの真珠」を砂糖なしで飲み、周りの客とも気軽に話しかけておられたと聞くと一度お会いしたかったものですね。

 「お父さん、コーヒーなら家で作るのに」とか、「コンビニで100円で飲めるのに」と、家内は私の珈琲屋行きに苦言を浴びせますが、私は1人で行って、独りの空間と時間をつくり、自分だけになりたいと思っているのに、知人たちは私をコーヒー好きと勘違いして、「珈琲屋に行ってこようか」と誘われるのには困ります。

 さて、3日前から福祉有償運送のボランティアが連日続き、明日も予定がありますが、日曜日には弘法会の皆さんを知多半島へ乗せていく約束もあり、自分のやるべき仕事がやり残してあり大変な月末になる予感がしてきました。

 やるべき仕事が知人の入院などで先送りとなり、やりたい楽しみがそのままにしてあることから、新たに挑戦したいことも傍観していると、1ケ月はあっという間に過ぎ去り、新年と浮かれていると年末になってしまいます。

            本日の体重 72、3キロ 徒歩数 9072歩 間食あり
                                      1月15日の一言

近所のスーパーが廃棄カツ事件の舞台となり

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 カレーチェーン「CoCo(ココ)壱番屋」が、廃棄を依頼したトッピング用の冷凍ビーフカツが産業廃棄物処理業者によって横流しされ、約5千枚が愛知県のスーパー2店で販売された事件は、我家から500メートルしか離れていないスーパーが舞台となっていました。

 事件は、壱番屋のパート従業員が、今年1月11日にスーパー「Aマートアブヤス」神守店の店頭で「壱番屋のカツ」との広告された冷凍カツを発見し、外部への販売は想定していない商品のため本社に問い合わせたことで発覚した。

 問題なった「冷凍ビーフカツ」は、昨年9月2日に同県一宮市の壱番屋の工場で作られた製品で、製品内に異物が混入している可能性があり、同県稲沢市の産廃処理業者「ダイコー」に昨年10月19日破棄を依頼し引き渡した廃棄物が、ダイコーから岐阜県羽島市の「みのりフーズ」を通じてスーパーに出回ったと発表されています。

廃棄カツ横流し、産廃業者を家宅捜索 愛知県警
記事の続き…
 カツは昨年9月2日に同県一宮市の自社工場で製造。パン粉を混ぜる機械のプラスチック製の棒が8ミリほど欠けているのが見つかり、壱番屋はこの日ここで作ったカツ4万609枚の廃棄を決定し、ダイコーに10月19日に渡したという。
 しかし、同県内のスーパー2店で今年1月、このカツが販売されているのが見つかり、壱番屋が県に報告した上で、報道各社に13日に発表した。
 壱番屋によると、ダイコーは複数の業者に売ったと認め、「親しい人から、ほしいと頼まれた」と説明したという。
廃棄カツ横流し「あり得ない」 消費者に広がる不安
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 ダイコーなどを経て問題のカツを仕入れ、CoCo壱番屋関連として売ったスーパーの一つ、名古屋市中川区のAマートアブヤス春田店。格安を売りにし、14日も開店直後からお年寄りらでにぎわっていた。
 近くの女性(37)は「ココイチの商品と言われたら疑わず買ってしまう」。4歳と1歳の子どもがいる。「野菜や肉は目で確かめられるが加工食品は転売されたらどうしようもない」。女性(57)は「口に入れるものだから不安」と話す。
 店には「廃棄品と知っていたのでは」「買ったカツはどうすればいいか」との問い合わせもあり、返金すると伝えている。愛知県にも購入した人から問い合わせが10~20件ほどあるが、「体調を崩した」との訴えは今のところないという。
カレー店の廃棄カツ横流し業者、家宅捜索へ 愛知県警
記事の続き…
 壱番屋や県によると、異物混入の疑いがあるカツは約4万枚で、これまでに愛知の2店で約5千枚が販売済み。約300枚は店に残っていた。約7千枚が堆肥(たいひ)になり、約2万8千枚の行方は調査中という。
 カツは昨年9月2日に同県一宮市の自社工場で製造。パン粉を混ぜる機械のプラスチック製の棒が8ミリほど欠けているのが見つかり、壱番屋はこの日ここで作ったカツ4万609枚の廃棄を決定し、ダイコーに10月19日に渡したという。
 しかし、同県内のスーパー2店で今年1月、このカツが販売されているのが見つかり、壱番屋が県に報告した上で、報道各社に13日に発表した。
 壱番屋によると、ダイコーは複数の業者に売ったと認め、「親しい人から、ほしいと頼まれた」と説明したという。
廃棄カツ、スーパーで販売 ココイチ製、産廃業者横流し

 さて、この事件でテレビ画面から大々的に社名が伝わる「CoCo(ココ)壱番屋」や、「Aマートアブヤス」のイメージダウンは確実ですが、事件は破棄されるべき廃棄物を食品として売り渡した産廃処理業者「ダイコー」が単独で犯したもので、愛知県から全国展開して頑張っている「壱番屋」や、私の住む地域では格安の商品や弁当を販売している「アブヤス」の日頃の奮闘が無にならないことを祈ります。

 そして、堆肥にされているはずの廃棄物が、何も知らない津島市や名古屋市の住民が食品として口にしていたことを考えると怒りが収まらず、心無い稲沢市の産廃処理業者には、徹底的な調査と同時に、厳しい社会的責任を追及していかなければなりません。

 我家の食材も多くはこの「アブヤス」に依存しており、幸いにも事件となった商品は購入していないものの、家内が買い物に行く店舗が、悪者のようにテレビ画面に映されることに寂しさを覚えました。

 一方で、冷凍食品とはいえ、昨年9月に製造された食品が、翌月に破棄するため産廃業者に渡り、不正に転売された事件ではあるものの、4ヵ月以上経過した今年の1月11日にスーパーの店頭に並んでいることから、食品の流通についての実態を確認したいと思う一日ともなり、かつて牛肉の偽装事件で大問題となった岐阜の業者が、何事もなかったように営業していることを考えると、消費者の厳しい対応も必要と思う一日にもなりました。

            本日の体重 72、2キロ 徒歩数 1771歩 間食あり
                                     1月14日の一言

歩くことと腰の痛みの挟間で

本日の夕暮れの空です。

 昨晩のテレビ番組で、病気にならないためのウォーキングの歩数についての放送があり、見られない私のために家族が記録してくれました。

 私の万歩計の目標とする歩数は、一日9000歩に設定されていますが、番組ではガンは7000歩、高血圧の人は8000歩などと放映されたようです。


 1昨年6月末より保健センターで指導を受け始め、毎日書き込むこのブログに体重を記録することを勧められ、2ヶ月後位から体重が減少をしはじめ、10月に携帯電話を現在の機種にした時から毎日の歩数を記録するようになりました。
 その結果、1昨年8月まで80キロ以上あった体重が、昨年4月には68キロ台を記録するなど、10キロの減量に成功しました。

 最高の歩数は、1昨年10月20日に高野山の九度山駅から金剛峯寺まで、標高差800メートルの町石道(遍路道)、約24キロを7時間かけて歩いた3万9千495歩ですが、ここを歩いたことが自信となり、上高地や知多半島など歩く事が苦痛とはならなくなりました。

 ただし、昨年の秋頃から時々左腰に痛みを感じることがあり、ズボンのベルトを強く締め直したり、腰用のベルトを巻くと痛みは無くなりますが、しばらくは腰痛対策も必要になっており、今までのように長く歩くだけでは弊害もでるようになりました。
 最近では、食事の節制がまったくできなくなったため、体重の増加を防ぐため意識的に歩いており、このことが腰痛の原因にもなっていると思われます。

 最悪の痛みではないものの、寝た姿勢が悪くても痛むことがあり、休養するだけでは解決しないため、息子の勤める接骨院に通うと治るものの、毎日通院することはできないので自己流ですが、何とか痛まない方法も考えて、痛くならないようにすることも可能となりました。

 それは、夜の就寝前に、アミノ酸補給食品「グルタミンパウダー」を摂取することで、これを口にすると翌朝には腰や背中の張りが無くなっており、歩く前にはズボンのベルトを強く締めるか、腰ベルトを巻いて家を出ることです。

                                 https://latte.la/column/22743000

 「ベルトを巻くことで腰が楽になるのは何故か」については、添付したネット情報から理解でき、私も息子から身体が硬いからストレッチをするように言われていますが、腹筋と背筋を鍛える必要があり、これらの筋肉が弱く、腹圧が低下して背筋を伸ばした姿勢を取ることが出来なくなるため、腰の骨(腰椎)などに負担が掛かって腰痛に繋がっていると思われます。

 一方で、昨年秋に買い換えたアシックスのシューズについても、1年前に購入した靴に履きなれているため交換していませんが、毎日のように使用した靴は履きなれているのではなく、磨り減って変形していると思われ、新しいインソールに交換して履きかえる必要もありそうです。

 1ケ月前より、週に1回は運動を取り入れることにしましたが、歩くことに慣れて足は丈夫になったものの、腰や他の部分の筋肉も強化しないと、歩くことがヤブヘビと成りかねず、体重の維持とともにストレッチにも気をつけたいと思います。

            本日の体重 72、1キロ 徒歩数 8029歩 間食あり

                                     1月13日の一言




次の旅立ちを考える一日となり

我家のプランターのイチゴ 

 東名高速道路と並行する「新東名高速道路」の浜松いなさ(浜松市)-豊田東(愛知県豊田市)両ジャンクション間約55キロが2016年2月13日に開通する。
 これにより新東名は、御殿場JCT(静岡県御殿場市)から西端の豊田東JCTまで約200キロがつながり、この開通によって、東名高速の渋滞は4分の1以下に減ると見込まれ、3時間程度かかっていた東名高速経由の御殿場JCT-豊田JCT間は、新東名を利用することで1時間程度短縮できると発表されています。

 高速道路のサービスエリアに立ち寄ると、「新東名つながる!」のパンフレットが目につき、1ヶ月後に浜松と豊田間がつながり、新聞報道では名古屋から御殿場まで約1時間短縮されると記されています。

 「大鹿さん、これなら行けるんじゃない」
 「えっ、何処へ?」
 「千葉、アクアラインのご来光」
 「まぁ、そうかなぁ」

 3年前に上高地で油絵を描くホームレス画伯こと、渡辺さんのお宅のある千葉県旭市を華族で訪れましたが、深夜に愛知県を出発して、東京湾のアクアライン「海ほたる」で日の出を鑑賞したことを知る知人が、昨日訪れた大津サービスエリアで発した一言と私の会話です。



 1時間の短縮に関する新聞報道の内容がよく判らず、これまでも浜松から御殿場までは新名神の開通によって時間短縮されているため、実際には1時間の短縮にはならないと思われますが、カーブが減り直線部分が増えていることと、勾配も少ないため安全な高速走行ができそうです。

 ただし、3年前には夜行で出発して、2日間の滞在後も夜行で帰ってきており、知人の考えるように簡単な行程ではなく、1泊2日で千葉県に行くのは運転手にとっては地獄のような旅行となります。

 アクアラインでご来光を拝み、千葉県で旧知の画伯と再会し、2日目に太平洋から昇る日の出も見るとの発想は魅力を感じるものの、せめて3日間の日程で訪れたいものです。

 もっとも、無理と思われると何とかしようと考える変わり者ですから、4月の開山式まで会えない画伯に、開通直後に訪れてびっくりさせるのも面白く、安全のためには家内の運転補助が前提となり、家内が魅力を感ずる目的を探すことが先決となりそうです。

新名神高速道路(甲賀土山~神戸JCT) 

 さて、昨日訪れた京都についても、新名神高速の開通に伴って30分は時間が短縮され、我家から1時間半で目的地に到着するようになったことで、気軽に車を走らせていますが、スピードが高速化する一方で、車間距離をとらない走行や、無理な割り込みも多く、人を乗せて行くことへの責任も伴います。これまでは無事故で運転してきましたが、今年も事故に遭遇しないようにしたいもりですね。

             本日の体重 71、7キロ 徒歩数 3469歩 間食あり
                                      1月12日の一言

元旦に忘れてきた京都の初詣へ


写真は(京都)東寺の「後七日御修法」の様子です。


 大晦日から元旦にかけて京都を訪れ、大原から八坂神社に移動し、百万遍の除夜の鐘から新年の鐘を撞いたものの、毎年初詣に訪れている船岡山の建勲神社をすっかり忘れて愛知県に帰っていたため、本日改めて京都を訪れました。

 愛知県津島市 午前8時出発…弥富インター…東名阪…新名神…(大津サービスエリア)…京都東インター…京都三条・イノダコーヒー…建勲神社…大原・宝泉院

 本日の京都行きを聞いた知人2人から同行したいと頼まれ、「あくまで自分の初詣のため」と念押しはしたものの、3人の京都行きとなったため、最初にイノダコーヒー三条支店を目指したものの、本店の駐車場が空いていたため、イノダ本店のモーニングコーヒーとしました。

 個人的には三条支店のカウンターの雰囲気が好きで、この三条店は俳優の高倉健さんも好んでおられたイスがあり、私もそんな感慨にふけってきましたが、今回は足腰に不安のある知人のため、駐車場に近い本店に入りました。ちなみに、駐車料金の1時間分は無料で、これまで有料駐車場に入れていたため、これも新年のご利益です。

 「モーニングサービスは無いの」
 「 … 」
 「なんだ、コーヒーが560円もするの」
 「 … 」

 ここで、近所から歩いて来た京都人になって、新聞を読んでコーヒーを飲む雰囲気に憧れているものの、名古屋のコーヒー文化を口にされ…
 私はタバコは喫煙しませんが、このイノダコーヒーは禁煙席と分けてあるものの、喫煙者が堂々とタバコを口にできる雰囲気も、世情に流されていない伝統を感じさせられます。

イノダコーヒ公式サイト http://www.inoda-coffee.co.jp/shop/honten.html

 宝泉院については、年末にも訪れていますが、家族が同行していたためご住職との会話途中で退散していたことから、久しぶりに時間を無視して訪問したところ、3年前に大阪の方から寄進された書院「日新庵」と、茶室を披露していただき、この書院を利用して書道会のメンバーとともに写経を行う約束をしてきました。


詳細は下記をご覧ください


 かつてJR東海が京都の広告塔として発信した宝泉院ですが、借景の間(額縁の間)から鑑賞する庭園は見事で、ここに座って自分を見つめなおす空間と、天台宗の教えや法話を聞く機会ができれば最高ですね。

私の宝泉院に関する過去ログです
大晦日は京都です。 2015/12/31(木)
京都大原 宝泉院 2014/12/31(水)

 大原から東寺へ

「後七日御修法」の詳細は下記をご覧ください。

 今から1200年前に、空海が真言密教の根本道場として開創した東寺ですが、「東寺に来られたら、まず御影堂にお参りください。お堂にあがり、ひととき弘法大師空海とお話しください」と案内されています。
 「御影堂では、今も毎日、弘法大師空海がいらしたときと同じように、一の膳、二の膳、お茶をお出ししています」の一言も、私にとってはお大師と同行二人であることを実感させられ、御影堂を親元に帰ったような気持にさせていただけます。

               本日の体重 72、4キロ 徒歩数 4774歩             
                                    1月11日の一言

家内と同じ大根足登場に沸く一日に


 これぞ、本当の大根足です。


 我家の畑で収穫されてきました。


 私の足と並べるとこんな感じとなりました。

 見てびっくりする大根の登場に、家内の足と並べて写真撮影したものの、素足の露出は嫌だと言う家内にかわって、私の左足との記念撮影となりました。
 このまま食べてしまうのがもったいないものの、残酷にも家内の手によって半分は切干大根にされ、一部は本日の夕食のサラダに変身していました。こんな大根とは二度と会えないでしょうね。

 三重県伊勢市で、心臓移植を待って入院中の15歳少年がくも膜下出血となり、8日夜までに法的な脳死と判定され、脳死となった場合には臓器提供をすることを事前に家族と話し合っており、10代の男性ら4人に五つの臓器が提供される予定との報道がありました。

移植待ちの少年が脳死、臓器提供へ 「息子の命誰かに」

 少年の家族は、「息子の命を誰かにつなげ、臓器提供への理解が得られれば、助けられる命がたくさんあると思います」などとするコメントを出しているが、摘出された臓器は九州、大阪、名古屋、東京の病院で4人に提供され、誰もが迎える最後の瞬間に臓器提供という身体の活かし方もあることを実感させられました。

 私のお気に入り登録しているブログに、「アホ芸能人どものベッキー擁護」なる書き込みがありましたが、テレビで全国に発信される立場にある芸能人の影響力は大きく、人を笑わせる芸人であっても、犯してはならない行為については厳しさが必要と思います。


 私も過去の一言に芸能人の不祥事や事件について書き記していますが、人間として許しがたい不倫や離婚について、芸能人の影響力が大きいだけに、不可抗力と思われる交通事故などは別としても、第三者の存在を無視した芸能人の不祥事には厳しい視線が必要です。


またもや歌舞伎界の非常識が 2011/2/21(月) 私の一言

罪人を作ったのは歌舞伎者だった  2010/12/1(水)  私の一言

 芸能界の不倫報道は多く、それを評論する気持ちはありませんが、愛人に子供まで作ったことが発覚しても、親が家柄が違うから結婚させられないと弁明したり、お金は払ってあるから問題なしや、世間一般でもあることとと報道されたことに、生まれた子供や相手の女性の家族や親族も存在することを考えると許せない気持になります。

 数日前の漫画「浮浪雲」の主人公が、仏教の「五戒」を守りながら描かれていることを記しましたが、芸能人には「芸の肥やし」という表現もあるものの、人間として犯してはならない行為については厳しい戒めも必要となります。

            本日の体重 71、9キロ 徒歩数 7771歩 間食あり
                                      1月9日の一言

昨日見た春の息吹が忘れられずに

愛知県稲沢市祖父江町三丸渕上屋敷 神明社


 昨日車で通過した際に、午前中の強い陽射しを受けて見事に輝く花畑を見かけ、あまりにも印象に残っていたため、本日家内を伴って祖父江町まで走ると、雲に太陽が隠れた夕暮れのため昨日の輝くようなイメージとは違っていたものの、今の時期には珍しい春の息吹が感じられる空間がありました。

 「見事だろう」
 「ところで何の花なの?」
 「菜の花じゃないか」
 
 家内の話では菜の花ではないようですが、何の花にしても1月とは思えない3月から4月の春の風景としか思えないような見事なお花畑です。

 祖父江町は私の出生地で、現在は稲沢市と合併していますが、自然環境が豊かで、バナナが栽培されている場所や、乗馬体験ができる場所もあるので、場所を尋ねて訪れて発信したいと考えています。

            本日の体重 72、1キロ 徒歩数 4969歩 間食なし
                                      1月8日の一言

落語家 浪漫亭砂九さんとの記録を再録して

 浪漫亭砂九さんこと纐纈彰良さんは、平成18年11月24日に交通事故によって49才の若さで他界していますが、ホームページも閉鎖されていたものの、本日過去の記録を読み直していると、未だに記録が復活していることが判り、私と関連する記録だけでも転載するとともに、改めて「落語家浪漫亭砂九」を偲んでみたいと記載しました。

浪漫亭砂九出現!! http://sunamaru.zashiki.com/index.html 

 心無い政治関係者に利用され、政治不信に陥っていた砂九さんと出会い、意気投合して私の事務所でも砂九さんの落語会を開催するようになり、亡くなるまで4年間に36回の落語勉強会「出前寄席」を開き、私は砂九さんから「私設マネージャー」に指名され、勉強会は「大鹿寄席」に格上げされていました。

まちかど座談会(出前寄席) http://www1.clovernet.ne.jp/oshika18/newpage14.htm

 50近い中高年になってから心を割って付き合える仲間となり、私の座談会の前座役として落語を披露してくれた砂九さんが他界してから、悲しみが蘇るため座談会も止めてしまいましたが、車を運転して来てくれた落語の御礼は一切受け取らず、1月3日の新年交換会に日本酒1本だけを手渡す、落語の世界のようなお付き合いが続きました。

浪漫亭砂九と永遠の別れ 2006/11/26(日) 私の記した一言

イメージ 1《浪漫亭砂九プロフィール》

1957年3月27日午前5時21分  名古屋市中村区中村日赤にて生まれる。

噺家(江戸落語・芸名不祥)を祖父に持つらしい...。 (後年、母より知らされる。)
18才夏に柳家小さん師匠「二人旅」をテレビで鑑賞。その瞬間「落語」に目覚める!!

「落語」を習うためだけに「関西大学」に入学。 入学式5日前に落研「落語大学」入部。
初舞台は大阪のとある「D」スーパーの特設会場。
基本ネタ「つる」を絶句。途中で舞台を降ろされる。

幹部・3年、念願の部長(15代学長)になる。「プロになれそう、なりたい!」そんなこともあった・・
現実は卒業と同時に親父の跡継ぎ(魚屋さん)。

1987年、「第一回桂三蔵独演会」開催。 その後、名を変えつつ、16年間継続。(2003年多くを学び、無事卒業。)
1995年10月「楽語の会」入会。 活動機会が、飛躍的に多くなる。
2002年6月「砂九勉強会」開催。 年間落語100席を超える。
2005年、年間の高座数150を越す。

今後は・・・      さて??
                                        平成18年11月24日没

私と関係する砂九さんの足跡への書き込み 平成15年から18年
      ↓   ↓  ↓   ↓ 
平成18年11月11日 勉強会   
久しぶりの勉強会「大鹿寄席」。
私の勉強会の定義・・
「お客様より、自分の為に落語をさせて頂く」
最近はスケジュール等で、中々出来なかった。
「原点は大事」だと再確認。

平成18年2月18日 親父倒れる! 
御歳83。  健康優良老人、バリバリの現役肉体労働者。
この1週間ほど、少し様子がおかしいとは思っていたが・・
道で倒れ、気を失っていたらしい。(丸1日行方不明だった)
初めての「親への心配」に自分をも見失いかけていた。
即、津島の市会議員Oさんと、介護の専門家Kさんに相談。
お二人とも、誠に親身になってくれた。
ありがたい。涙が出るほど・・ありがたかった。
「皆様の御蔭様」
本当に、感謝しきれない!
(後日談;我父は、有難い事で、復活(?)しそうです。)

平成18年1月3日 新年会三連続 
正月の舞台は、新年会の「嵐」。
お酒の入ったお客様の前での舞台が多くなる。
今年は、ハッキリ言って、エゲツなかった!
全部がお酒付。そして・・全部が、私の「独演会」。
たとえ、1人でも・・私の落語を聴いていただけるなら、手は抜けない。
納得して頂け無くては・・。がっかりさせる訳にはいかない。
この状況をクリアする為に、感性を集中!
お客様のお一人、お一人に「気」を走らす。
「寝てる人」「酔ってる人」「期待してる人」「楽しんでる人」・・
目の前のお客様にお答えする「ギリギリ」を選択する。
自分の「全て」は表現出来ない。
いかに、「ゆとり」を持つかがカギ。
この「実力テスト」は私を高めて頂ける  ・・ハズ!?。

平成17年10月19日 リハビリ 津島
次回の舞台は「大須演芸場顔見世大会・中トリ」。
舞台感覚無くしては、出来ない。
緊急に「舞台感覚」を身に着けなくてはならない。
今日しか出来ない、緊急処置を試してみる。
掛け持ち「勉強会」その1で、舞台感覚を身に着ける。
その2で、「大須・・」でのイメージ・トレーニング。
決して、お客様をないがしろにせず、「リハビリ」させて頂いたつもりです。

平成17年10月9日 「佐藤由美」ピアノコンサート 茜屋
4回目を迎える、クラシック・ピアニスト由美ちゃんのコンサート。
今回も、スタッフ兼お客として参加させて頂いた。
何時もながらの素晴らしい演奏。
しかし、残念ながら、客数は今一。(本物を間近で見れるのに~!)
何故、チケットが売れないのか?
知名度?クラシックピアノのファンの数?販売力不足?
何よりも、お客様への「期待感演出不足」と見る。
「期待感演出」は、見るまでの絶対条件。
奏者の「オーラ作り」、お客様の「ワクワク感作り」の第一歩。
どんな素晴らしい「芸」も、観客が有って成立する。

平成17年5月8日 さすがに無理。
勉強会は本当に勉強になる。
大鹿寄席も27回目。色々な事があった。
今回のハプニングにはさすがに驚いた。
多数の小学生+犬の乱入!
落語会場は公園と化した。和室を走り回る、運動会状態。
丁重にご退場願い、やっとの思いで、再開。
気持ちが・・・落語出来ないよ~!

平成17年4月9日 オジン企画
CD「浪漫亭砂九勉強会」の出来がGood!
録音状態の悪い自前のMDがCDとして生まれ変わった。
「出囃子」を入れ、雑音を消し、コンパクトにまとめられた。
マネージャー・大鹿さんの伯父さんが中心で立ち上がった「オジン企画」作成。
ここまでの技術を持っているとは・・・正直恐れ入りました。
販売開始から2週ほど、30枚が即売。
感謝・感謝!
伯父さん・・これからも宜しくお願いいたします。

平成17年1月29日 CD作成プロジェクト
砂九で遊んでいただく。
「勉強会」が生む、思いもよらない効果は楽しい。
人と人が繋がっていき、輪が大きくなり、個々に遊びだす。
見る落語が、参加する落語に少しずつ変わってきた。
 「砂九落語CDを作ろう。」パソコン好きの初老の方々が話し出した。
目が活き活き。楽しそうに計画を練る。
製作・販売・経営・・・にまで夢物語が広がっていく。

平成17年1月4日 お正月
正月休み(5日間)が終わった。
12月30日午後6時仕事終了。帰宅後、爆睡。
31日伊勢おかげ横丁「大晦日寄席」観覧後、文我師・三象師他と打ち上げ。
~1日午前4時打ち上げ終了(何時までしてるのん?)
7時帰宅。爆睡。午後年始周り。泥酔。
2日犬山で余興「落語」+初詣。
3日津島「勉強会」+東区「ぱんとまいむ寄席」
4日上社「年始落語会」
 落語7席・自宅で意識が有った時間10時間のみ。

平成16年11月21日 佐藤由美ピアノコンサート 茜屋
津島「茜屋」マスターのお気に入り。
佐藤由美ちゃんのピアノコンサートも3回目になった。
いや~驚いた。数段、いや、格段腕を上げている!
上級のプロの風格さえ感じて、暫し酔いしれてしまった。
終演後、素に戻った「由美ちゃん」とお話会。少し、憧れを感じるのだった。
改めて、「茜屋」マスターの見る目に感服した。

平成16年2月22日 【本物】の力 茜屋
第2回佐藤由美(ちゃん)ピアノリサイタルを楽しんだ。
舞台数は少ないが、『力量』は桁外れ。
 圧倒的な技量は70名ほどのお客さんの心を魅了するには余りあるほどだ。
 私、本当のこと言って、クラシックは好きやけど、肩苦しく思っている。
お客さんに対するサービスの質が合わない。
演奏者の「完成度」へのこだわりが好きになれない。
お客さんの楽しみ方にも違和感がある。
でも・・・、それすら忘れれる様な、すん~ごいパワーだった。
これぞ【本物】なのかな~?。
終了後、由美ちゃん・チャーリーさん・マスターとの舞台談義に花咲いた。

平成15年9月20日 「サイン下さい!」 津島・勉強会
私、サイン求められるん慣れてないんです。
お客さんが楽屋の前でモジモジしてる。
「サイン下さい。」思いもよらぬ一言に一瞬固まった。
嬉しいけど、本間? 手には買ったばかりであろう色紙1枚。
手を震えさせながら、気持ちを込めて、サインさせていただいた。
ニコニコ記念写真を撮りながら、その方の一言。「なんて読むの?」
「・・・・・・。(;¬_¬)。」

平成15年8月27日 定席
日本料理屋の二階で「砂九の会」を定期公演しよう。
私の私設マネージャーの一人、一八さんが言い出した。
浪漫亭砂九をきっかけに皆が楽しむ空間を作ろう!
流石、津島市会議員。言うことが途方も無い。
でも、おもろい!乗った!
このプロジェクトが出来るかどうかは解れへんけど、とりあえず始動決定。
来年の今頃、何処かの料理屋の二階で楽しい一時が出来る・・かな?

平成15年7月19日 TV取材Ⅱ
今日の勉強会にテレビ愛知が取材に来た。
我家~打ち上げまで、カメラが追いかけてくる。
邪魔くさいけどチョット芸能人気分で心地よい。
改めて、私の「出たがり屋」を実感した。

稲沢市の森上駅から津島市の自宅まで歩いて

稲沢市森上橋から上流方向を見る日光川
正面に見える巡見橋の右側から光堂川が分岐していきます

 本日は午前中に議員としての仕事を済ませ、午前11時30分に三男が院長を務めている稲沢市祖父江町の接骨院に走り、時々痛む腰痛など身体の不具合を矯正してもらってから、接骨院に近い森上の山内商店に車を走らせました。

 平成元年に初年度登録された私の愛車「ライトエース」が今月末で車検切れになるため、日頃からお世話になっている山内商店に持ち込み、整備をお願いしてきましたが、車検を受けると車は満30年まで走る可能性がでてきました。


 さて、本日は名鉄尾西線森上駅の近くにある山内商店より、徒歩で津島市の自宅まで帰ることにして歩きはじめましたが、過去に自転車では通り慣れた道であったものの、やはり歩くということは新鮮な発見があり、円空仏や「信長」の名を冠したお寺などその都度足止めとなります。

 「お父さん、今どこにいるの?」
 「今は森上から歩き出したばかりだけど…」
 「迎えに行くわ」
 「歩くから来なくて良い」

 稲沢市の祖父江町森上から津島市の我家まで、約12キロ程度しかないことから、3時間程度の歩きで帰れることと、今年は参加する予定となっている上高地のボランティアや、四国の歩き遍路を考えれば足慣らしと考えて家内の電話を断ったものの…

 1時間程度歩いた旧平和町の丸渕と法立(ほうりゅう)の間に差し掛かった時、車に相棒リマを伴った家内の車が登場し、「乗せていくから」としつこく誘いますが、「歩くために来たんだから」と怒って断り続けたものの、助手席から私を眺める相棒の悲しそうな瞳を見てしまい、助手席に乗ってしまいました。

 しかし、これでは何のために歩き出したのか判らず、稲沢市の平和支所(旧平和町役場)の前で降り、再度日光川沿いを歩き出し、稲沢市から愛西市に入り、織田信長出生地と伝わる勝幡城址を眺めながら、名鉄勝幡駅を通過して馴染みの珈琲店に到着しました。ここからは20分で自宅です。

  祖父江町森上…日光川・森上橋…本丸渕…(法立ほうりゅう橋周辺から稲沢市平和支所まで車)…新平和橋…嫁振(よめふり橋)…城西橋…小津橋…名鉄勝幡駅…目比むくい川・葉苅橋…自宅

 さて、日光川は尾張西部を流れる2級河川で、総延長41キロあり、15の支流がありますが、本日私が歩き出した森上の巡見橋から別れていく光堂川から、須ヶ谷川を眺め、勝幡に入ってから分かれる領内川と三宅川を通過し、休憩した珈琲店の近くを流れる目比川を通って自宅に帰りました。

 途中で3キロほど車に乗ったため、約9キロから10キロ程度の徒歩になったと思われますが、途中で休憩した珈琲タイムを含めて、3時間程度の散策となり、こんな繰り返しが四国の歩き遍路や、上高地周辺トレッキングの足慣らしとなりそうです。

            本日の体重 71、2キロ 徒歩数 12033歩 間食あり
                                      1月7日の一言

追伸 趣味の部屋

雑誌から我が人生を懐古して


 私が行きつけとしている珈琲屋さんで、お気に入りとしている「ビックコミックオリジナル」に掲載されている懐かしの三丁目写真です。

 私の生まれた昭和20年代から、昭和30年代の街角や町家の写真が添付されており、今回の写真には「昭和38年頃、自宅裏で撮った写真」と記され、一緒に写っている単車がホンダの「ベンリィ」で、懐かしいコカコーラの看板が写っているところからお店なんでしょうね。写真に写る少女は兵庫県の今村さんと紹介されていますが、私と同世代と思われ、まるで自分の幼馴染のように感じてしまいます。

 ビックコミックオリジナル最新号(新年第2号 1月20日号)の巻頭に描かれているのが、ジョージ秋山氏の描く「浮浪雲はぐれぐも」で、今回の作品が第1000話と記されており、私は今までほとんど読みませんでしたが、何ゆえに1000話も続いてきたのかと今回は熟読しました。

ビックコミックオリジナル・浮浪雲 http://big-3.jp/bigoriginal/rensai/haguregumo/
舞台は幕末の品川宿。物事に執着せず、ふわりと生きる問屋場の頭、浮浪雲。
子供の教育や夫婦間の問題、はたまた女性のくどき方まで、人生の名人浮浪雲がサラリとヒントを与えてくれる。悩める現代人必読の名作ドラマ!!

 今回の話の中に、「おねえちゃん、あちきと遊ばない」がキャッチフレーズとなっている主人公の浮浪雲について、毎回のように登場する物知りのご隠居さんが「不殺生戒とか不邪淫戒」を守って行動していることをあげていました。

五戒(ごかい)とは、仏教において出家者・在家・女性・男性とを問わず、信者が守るべきとされる基本的な五つの戒のことで、より一般的には「在家の五戒」などと呼ばれる。
・不殺生戒(ふせっしょうかい) - 生き物を殺してはいけない。
・不偸盗戒(ふちゅうとうかい) - 他人のものを盗んではいけない。
・不邪淫戒(ふじゃいんかい) - 不道徳な性行為を行ってはならない。これは、特に強姦や不倫を指
 すが、他にも性行為に溺れるなどの行為も含む。
・不妄語戒(ふもうごかい) - 嘘をついてはいけない。
・不飲酒戒(ふおんじゅかい) - 酒を飲んではいけない。

 浮浪雲の紹介として、「子供の教育や夫婦間の問題、はたまた女性のくどき方まで、人生の名人浮浪雲がサラリとヒントを与えてくれる。悩める現代人必読の名作ドラマ!! 」と記されていますが、確かに主人公の浮浪雲が五戒を護って描かれているとしたら、読みごたえのある作品かもしれません。

 遊び人で、行き交う女性に声をかける浮浪雲については、現代では女性をナンパする遊び人かチンピラのようにしか見えませんが、実は凄腕の剣豪でもあることを考えると、五戒を守った生活から人生のヒントになるかも知れませんね。

 ちなみに、私は「黄昏流星群」、「どうらく息子」、「釣りバカ日誌」、「ナツカツ」、「月をさすゆび」などを愛読していますが、還暦を過ぎて人生も終末に近づく中で、中高年の人との出会いを描いた「黄昏流星群」や、落語家に入門した「どうらく息子」など、ビックコミックは読み応えのある雑誌と思います。

 さて、今年は思いつきを実際の行動に移そうと考えていますが、昨日から市役所の仕事が再開し、議員としての些細な仕事でも一日が経過してしまうことから、携帯電話とパソコンを酷使して、予定した奇想天外な行動を優先するように気持を切り替えたいと思います。

              本日の体重  徒歩数 8961歩 間食あり
                                      1月6日の一言

二つの本堂で対立するお寺と困惑する信者に

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 新年早々の朝日新聞の紙面に、真言宗の総本山高野山金剛峯寺と、名古屋市昭和区にある別格本山、八事山興正寺(やごとさんこうしょうじ)の揉め事と対立が記事となり、参拝客が二つの本堂をめぐって混乱する様子が記されています。

 2年ほど前から高野山と八事山興正寺は対立しており、昨年11月末に寺の真向かいに、総本山は本堂としてプレハブの「興正寺連絡寺務所」を建て、本山の執行部トップが訪れて落慶法要が行われています。

二つの本堂、初詣客ら困惑 総本山と前住職の対立続く寺

プレハブ本堂で高野山総本山が法要 罷免の前住職に対抗

 東海地区では唯一の五重塔が立つ八事山興正寺の前に、プレハブの本堂を建てて参拝客を呼び込もうとする総本山の行為も異常ですが、本山から罷免された前住職が居座る本堂も参拝する人々のご利益があるとは思えません。

 総本山側から寺の建物や書類などの引き渡しを求めて5月に提訴されて裁判所で係争中との話ですが、元々が寺の敷地の土地売買の利益を廻る本山と興正寺の争いは、とてもお寺の話題とは思えぬ生臭く見苦しいものがあります。

 高野山や四国遍路を通じて、真言密教や弘法大師に心酔する信者にとっては耳にしたくない事件で、十善戒の教えに反するどころか、弘法大師にも聞かせたくないばかりか、当地方の仏教関係者にも醜聞でしかありません。

八事山興正寺に関する私の過去の一言

 私が「阿息観」の指導を受けている地元のお寺の副住職も、ご住職の代から八事山興正寺に勤めておられることから、中身の判らない憶測で記すことはできませんが、私が過去に記した一言にも、「僧侶の資格を持たないハローワークで募集して採用した見習い僧侶を、信者の通夜に1人で派遣していた」との新聞報道に関する記載が残されていました。

 当時の新聞報道でも、平成18年頃から僧侶の不当解雇や、不正経理による訴えと、葬儀会社との結託のウワサなどが次々と新聞記事にされており、ハローワークで募集した見習い僧侶が、通夜や納骨の作法も知らずに派遣されていた事案は、派遣された遺族を冒涜する行為で、この頃には高野山金剛峯寺の執行部も八事山興正寺をかばって弁護していたものの、双方が司法の場で争い、二つの本堂を建てて信者を迷わす現状は最悪の事態になっていると思われます。

 このことは、四国遍路や高野山に参拝する私に対しても、「高野山と八事はどうなっているの」との声になって伝わり、「そんなお寺に行ってご利益があるの」と言われたこともありました。真面目な気持で四国を歩くお遍路さんや、真面目に修行して信者と関わる僧侶の存在を考えると残念でなりませんね。

        本日の体重 72、1キロ 徒歩数 2545歩 間食が止まりません
                                       1月5日の一言

ボランティアの宣伝チラシを作成中です

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製作中の福祉有償運送のチラシ

 年末から依頼してあったボランティアの広告の見本ができ、依頼してあった知人が届けてくれましたが、知人は近々肺ガンの手術を受けることになっており、高額となる手術代金について、高額療養費の自己負担分だけの支払いで済むように本日市役所で手続きをしてきました。

 知人は手術代の高額療養費還付分を一時立て替えする覚悟をしていましたが、独り暮らしのため手術後に体調不良に陥った際の還付手続きを心配しており、事前に届け出て自己負担分だけの支払いで済む制度があることを知り、仕事始めの本日市役所に走りました。

 「知らないと損をする」ことや、損はしないものの不都合や余分な心配をすることは多く、行政と無縁な生活を送っている人や、市役所に相談しづらい人々は、制度を知らないままにサービスの提供を受けないままとなってしまいます。

 添付した写真ですが、私たちはボランティアで高齢者や障がい者を病院や買い物に同行していますが、我々は福祉有償運送としてタクシー代金の半額以下の料金でサービスを提供しており、「福祉」という言葉にボランティアと勘違いして、高額な福祉タクシーを利用している人々も存在します。

 ボランティアは宣伝して利用者が増えてもサービスの限度があり、利益にしていないため宣伝していませんが、タクシー料金と同じ「福祉タクシー」の中には「ボランティア」として宣伝している事業所も存在し、我々も一緒と思っている人が多く存在しているため、あえて広告を出してサービス提供することになりました。

三が日、ひとりで過ごすお年寄り 外出せず、テレビだけ
記事の続き…
■仕事辞め、友人と疎遠に
 名古屋市瑞穂区の6畳一間のアパート。男性(67)は「テレビばっかり見とったよ」と三が日を振り返った。妻とは約15年前に離婚。数年前に建設関係の仕事を辞めると、友だちも減った。大みそかに、やはり一人暮らしの知人と「正月なんてどこにも行かないよな」と言いあった通り、出かけることはなかった。
 公的年金はほとんどなく、生活保護が頼りだ。月に数回、ボランティアで神社などを掃除しに出かけるのが楽しみ。「そうすれば、何人かおしゃべりできますやん。ふだんはテレビだけだから」
■離婚後、娘と40年会わず
 同市天白区の男性(78)が暮らすアパートには、娘2人の写真が飾ってある。離婚してもう40年ほど会っていない。昨年、元妻に電話し、送ってもらった。「今さら会うのは無理。波風は立てたくない」
 70歳過ぎまで全国各地の建設現場で働いた。何も仕事がないのが性にあわず、アパート入り口にあるごみ置き場を掃除するのを日課にしている。「汚す人がおるんだよね」。年末年始も毎日掃除したという。今年はおせち料理を味わいたくて、宅配で取り寄せてみた。口にあわなかった。
 数カ月前に同じアパートに越してきた一人暮らしの高齢女性のことを気にかけている。「脳梗塞のうこうそく)で倒れ、退院してここへ来たらしいんだよね」。三が日で唯一、会話したのは、この女性との立ち話だった。
■単身のお年寄り、3割が正月も1人
 東京都や山形県など全国各地で高齢者の生活を調べている河合克義・明治学院大教授によると、一人暮らしの高齢者のうち、都市部で3~4割、地方でも3割近い人が、正月三が日を1人で過ごしていた。
 「仕事が不安定で家族を持てず、老後の年金が少なく交際費がかけられず、孤立するケースが典型的」と河合教授。生活が苦しい人が多く、タワーマンションが並ぶ東京都港区でも、単身高齢者の半数は年収200万円未満だったという。
 中間所得層でも孤立している人は少なくない。「子どもがいても関係が途絶えた人もいる。子ども世代も、経済的にも時間的にもゆとりがない。正月の孤立は、親族ネットワークが切れてしまったことの現れです」と分析する。
 高齢者の孤立の結果、孤独死が増えたとされる。河合教授によると、「KODOKUSHI(コドクシ)」という言葉は日本に特有のものとして、海外でも知られているという。
 国立社会保障・人口問題研究所の推計では、2010年に498万世帯だった65歳以上の一人暮らしは、35年には762万世帯と1・5倍に。生涯未婚率は、35年には男性で29%、女性で19%に達する。
 「若い世代には非正規労働で結婚できない人も多い。今後も孤立が広がるだろう」と河合教授。「社会保障や福祉の制度、長い労働時間や低賃金、住宅など様々な問題が絡むが、できるところから手をつける必要がある」と指摘する。

 添付した新聞報道そのものですが、おめでたいはずの正月三が日についても、自分の意思で外出せずテレビを見ている人とは違い、外出する余裕や目的も無いままに生活する生活困窮者の話は寂しい現実があります。

 我々の福祉有償運送はボランティアですが、利益とはならないものの必要な対価は料金として受け取るため、運輸局の認可を受けて活動していますが、本当に困っている人に対してボランティアで無償のサービスを提供することは可能です。

 ただし、10年前は高齢者と思っていなかった我々も還暦を過ぎており、横着で公的年金の保険料を支払わず無年金になっている人や、生活保護など既に公的扶助を受けている人を対象にしてボランティアをしているわけではありません。

 しかし、現実には深夜に救急車代わりに利用したいという人や、祭日や日曜日の家族の買い物に利用したい人も多く、「会員になれば利用できるでしょう」と、当たり前の公的サービスと勘違いした依頼からボランティア精神は疲弊していきます。

 サービスを提供してきた我々も、数年後にはサービスの提供を受ける側となる可能性もあり、ボランティアのサービス拡大も急務で、我々より若いボランティアの養成も必要に迫られており、今年は具体的な実績を残したいと考えています。

            本日の体重 72、3キロ 徒歩数 4343歩 間食なし
                                      1月4日の一言
追伸…オマケ
ロボタクシーにロボトラクター… 開発進む自動運転技術
記事の続き…
 大手メーカー各社もこぞって自動運転の技術開発を競っているが、公道で実際に客を乗せての実験は今回が初めてのため、ZMPは実用化に必要なデータ集めで一歩先んじることになる。
 問題は価格だ。カメラがとらえる画像のうち、運転に必要なデータだけを取捨選択できれば、より簡易なコンピューターで済む。谷口社長は、センサー類の価格低下も見込んで「20年までには1台1千万円以内で売り出せる」とみる。
 もちろん法整備も必要だ。今は道路交通法で、運転手なしでの走行は認められていない。実験を通じて客の安全を確保する技術を確立できるのか。政府が技術革新に合わせた規制の見直しに踏み切れるのか。実現への課題は少なくない。
■建設や農業の現場でも導入
 自動運転などの技術は、これまで機械化が遅れていた建設や農業の現場でも生かされようとしている。
 群馬県明和町の利根川の堤防工事現場では、自動走行の建機やドローン(無人飛行機)が活躍中だ。ドローンが上空から何枚も写真を撮ることで、3人で3~4日かかっていた測量作業が半日ほどで終わり、精度も高いという。現場を任されている新潟県長岡市の土木会社の社長(40)は、「導入コストはかかるが、人件費は2割抑えられる」と話す。
 建設作業は、重いものを運んだり泥にまみれたりと、きつく危険なイメージが強いだけに、労働人口が減ると、まず人手不足に見舞われやすい。コマツの大橋徹二社長は「半自動や自動でカバーできるようにしなければ」と話す。
 農機具メーカーの井関農機は、GPS(全地球測位システム)などを使って無人走行する「ロボットトラクタ」を開発した。土を耕す作業が簡単にできる。種植えなら別のトラクターを走らせる必要があるが、従来2人がかりの作業が1人でできるようになるという。井関の町田正人・先端技術推進部長は「農家も人を雇うか機械を買うかで悩んでいる。性能を高め、迷わず選んでもらえるようにしたい」と意気込む。
■公道での自動運転、課題多く
 公道での自動運転はいつ実現するのか。政府の目標は高速道路で2020年代はじめ、一般道では30年前後とかなり先だ。車の技術開発だけでなく、対応した道路インフラづくりや交通法規の見直しなどたくさんのハードルがあるからだ。
 一方で公共交通網は急速に衰退している。国土交通省によるとこの9年間で約1万5千キロのバス路線(高速バスをのぞく)が主に赤字を理由に廃止された。認知症などで運転が困難になる人も増えるとみられ、「交通難民」対策は待ったなしだ。政府はドローンを使った宅配を特区で認めると発表したが、自動運転の実用化に向けた取り組みも加速する必要がある。
 人手不足対策としての期待も高い。運転手確保に苦労するタクシー会社のある社長は、ロボットタクシーについて「本当に1千万円なら2年でもとが取れるかも」とそろばんをはじく。日本建設業連合会は「今後10年で35万人分の仕事を機械化したい」としている。


本日も2日連続の初詣へ

地元津島神社の本殿です
 
津島神社の(東側)楼門です
 
 
神社北側の池 
 

 「人で一杯だった」の一言は、今年の元日に津島神社を参拝した人から伝わった一言で、複数の声があったため昨日の夕方に歩いて参拝してきました。
 
 現実には、大晦日から元旦まで身動きのできない京都の八坂神社や、伏見稲荷と比較すると「人出が多い」とは到底言えず、三ヶ日で一年分稼ぐと言われる千葉県の成田山新勝寺周辺の土産物屋さんとまでは言いませんが、もう少し神社が頑張らないと地元の土産物屋さんの存亡に関わることとなります。
 
 さて、津島神社の北側には、明治時代に神仏分離となり分かれたものの、津島神社の神宮寺だった真言宗の「宝寿院」があり、史実ではなく言い伝えでしかありませんが、今から1200年前に弘法大師が津島神社に来て、疫病の治癒を祈願した時に薬師如来像を安置したと伝えられているお寺です。

 実は、大晦日に京都を訪れたものの、議員になってから毎年恒例としてきた建勲神社の初詣を完全に忘れており、帰宅してから参拝していないことが判った次第で、「今年は何故に行かないだろう」と家族はおかしいと思っていたものの、私のこだわりだけに行かない意味があると思って黙っていたようです。

 かつては、元日の午前0時に建勲神社の本殿で、1番目に拍手を打って参拝することにこだわっており、他の神社のように証明もなく、真っ暗な船岡山の参道階段をのぼり、新年になるのを待って参拝していました。

 最近は百万遍で新年の鐘を撞いてから参拝してきましたが、今年は雨が激しく振り出したため、慌てて車に戻り、温かいものを口にしたいと言う家族を何処に連れて行こうかと考えて走り、その後そのままにして愛知県に戻ってきてしまいました。建勲神社は今月中に改めて参拝する必要ができました。

 本日はお茶でも飲みに行こうと連絡してくれた同級生と、稲沢市の矢合観音に参拝し、昼食後に善光寺を訪れてからコーヒータイムとして帰宅しました。短い正月休みが済み、明日からは普段の生活が始まります。

             本日の体重 72、6キロ 徒歩数 1910歩 間食あり
                                       1月3日の一言
 

おめでとう神野大地選手 箱根駅伝

ゴール直後に仲間に支えられる神野大地選手  テレビ画面から

4区走者からタスキを

走りに笑顔がもどり

ここからが5区の踏ん張りどころ

仲間から給水を受け取り笑顔

ゴール直前 こんなハイスピードです

1位でゴールです

1年ふりの笑顔です  テレビ画面から 

 私の卒業した神守中学校で一番の有名人となった3代目山の神、青山学院大学の神野大地選手が、今年も花の5区を任されて、仲間のリードを守りきって見事1位でゴールインしました。
 
 おめでとうの一言です。

 年末までは箱根まで応援に行く予定を立てておりましたが、大晦日の京都で奥歯が1本折れてしまい、折れたことも知らずに食べてしまったことと、その後歯肉が浮いて痛み出しているため、自宅で応援となりました。

 神野大地選手は、昨年3月に発行された神守中学校同窓会報にメッセージを寄せて、座右の銘「努力は裏切らない」と、新テーマの「その一瞬を楽しめ」について記し、主将として箱根で連覇できるようにチームを引っ張っていくと後輩たちに記してくれました。ちなみに、一昨年の会報には卒業後に実業団に入り、東京オリンピックを目標にすると記されていました。

 今年は足の故障が続き、昨年11月の大学駅伝では苦痛に顔をゆがめるシーンもあり心配でしたが、レース中にお腹を押さえる場面もあったものの、笑顔で走り続けて見事に1位でゴールしたことに今年も感動させられました。

青学大、11年ぶり往路完全V 原監督は連覇へ自信 スポーツ報知
               http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160102-00000025-sph-spo

過去に記した記事一覧
                     http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/48987827.html
                     http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/48489351.html
                     http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/48383611.html
                     http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/47804932.html

 私の住む母校神守中学から、名古屋の中京大中京に進み、大学ナンバーワン選手から、日本一の人気者になり、卒業後は実業団から東京オリンピックを目標にしており、私も健康で生きていく目標の糧にして応援を続けたいと思います。

            本日の体重 72、3キロ 徒歩数 14144歩 間食なし
                                       1月2日の一言

<箱根駅伝>青学の山の神「神野」はいかにして復活を遂げたか?

        http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160102-00000002-wordleafs-spo


追伸
12月31日の体重 72、2キロ 徒歩数 9020歩 1月1日の体重 72、3キロ 徒歩数 1087歩

謹賀新年

謹 賀 新 年 

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      謹んで新春のお慶びを申し上げます 
              本年も宜しくお願い申し上げます  

                     平成28年 元旦

イメージ 2添付した写真は、大晦日に百万遍知恩寺で一緒だった京都の本田さんに提供していただいた、本日の伏見稲荷です。

これからも京都の新しい風景を提供してもらいたいと勝手に思っていますが、かつては東海道を歩いて行った京都へ、車で簡単に行けるようになり、一瞬にして現在の様子が伝わってくる現実を実感させられています。

イメージ 3昨日の百万遍知恩寺で開催された年越し法要(正式名は除夜法要・修正会)です。

法要は午後10時45分より御影堂にて行われましたが、除夜の鐘を撞くため9時頃から行列が並びはじめ、今年の1番の人は8時から並んでいたそうです。

並んだ順番で除夜の鐘を撞かせてもらえます。

イメージ 4
大晦日の夜、御影堂にて法要が行われ、法話と除夜法要の後で長さ110m重量350kgの大念珠繰りに参加できます。

この大念珠には宗派の信者の戒名が刻印され、私の父親の戒名も記されており、お寺に言えば見られるそうですが、多くの念珠玉から探し出すのは用意ではなく、全部触ればあるだろうと意識して繰り出していました。


イメージ 5

除夜の鐘は大晦日の午後11時45分から鐘楼にて行われ、般若心経の読経後に知恩寺法主が初めの鐘を撞き、我々一般の参加者は午前0時丁度に1番目の人が撞きはじめます。除夜の鐘は108となっていますが、ここでは当日参加した全員が鐘を撞かせていただけ、元日の午前0時からは僧侶により御影堂で修正会が開かれます。


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