大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

2017年07月

一年に一度の草刈に出かけて

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一年に一度しか動かさない草刈機 平成5年に他界した父親の遺品です

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平成1年登録の愛車 草刈の戦力です

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家内が草刈の監督です

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ここも草を刈りました

 一年に一度となる田んぼの草刈ですが、朝は眠たいので動きませんし、日中は日差しが強くてできないため、午後4時になってからやっと重い腰を上げましたが、草刈ができるかどうかは、ガソリンを入れた草刈機が動くか動かないかにかかっています。

「動かしてみたの?」
    「動かしてない」
「動かなかったらどうするの?」
    「動いてから切って、動かなくなったらどうするの?」
「動かなかったらできないでしょう」

 草刈をやる気力がないため、家内に言われるまで知らないふりをして、一年ぶりに出してきた草刈機と、一年前に使った2年前の燃料タンクを車に積み込みましたが、現地でガソリンを入れると何と一発でエンジンがかかりました。

 毎年エンジンが不調で、エンジンをかけるまで苦労してきましたが、まるで昨日使ったかのように見事に動いたため、作業もはかどり、2ヶ所の田んぼの草刈が終りました。まだ手付かずの田んぼもあるため、近いうちに再出動となります。

無届け老人ホームへの入居、病院・ケアマネの紹介が7割
記事の続き…
ログイン前の続き■低所得者の受け皿に
 北日本の業者は廃業したホテルや寮を転用して無届けホームとして使っており、部屋や廊下の面積が国指針の基準に合わない。一方で、開設費用を抑えた分、利用料は月5万円台の部屋もある。
 入居者の多くは生活保護を受ける。ケアマネジャーから「何とか受け入れられないか」と相談されるケースもあるという。届け出に向けて基準に合う改修を進めようとしているが、担当者は「費用を捻出できる価格帯でもなく基準に合わせるのは相当厳しい」と話す。
 無届けホームを調査した高齢者住宅財団の高橋紘士特別顧問は「低所得で支援が必要な高齢者が安心して住める住宅が少なく、受け皿として無届けホームが成り立っているのが現状だ」と分析。「やみくもに潰せば、より劣悪な住環境に行かざるを得なくなる」と指摘する。
 また、NPO法人「渋谷介護サポートセンター」のケアマネジャー服部万里子さんは「介護度が低く、家族もなく、お金もない高齢者は制度のはざまに入ってしまい、行き場がないことが問題」とし、安心して入居できる場所の整備を求めている。

 無届けと言っても、人の介助を絶対に必要としない高齢者にとっては、必ずしも国の基準にあてはめることはなく、高齢者の独り暮らし家庭にグループで住むとか、空き家を数人で借りて共同生活をおくるなど、施設に入る前に考えられることはありそうです。

              本日の体重 72、1キロ 徒歩数 2953歩 間食あり
                                       7月31日の一言

体重の増加に歯止めが必要です

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家内が在所からもらってきたスイカ

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 3日前の体重が73キロを示し、翌日は73、4キロを示した体重計に、再度計測しなおそうとしたまま未測定となり、昨日の体重は73、3キロとなっていたことから、本日から減量を意識した生活を送ろうと考えていたものの…

「お父さん、ご飯を取って」
   「いらない」
「食べられないから」
   「だからと言って…」

 家内と買物に出かけた後に昼食を誘われ、旧知の定食屋に立ち寄ったため、家内の食べられないというご飯を残すのは悪いと思い、家内のご飯を半分も押し付けられ、食べ過ぎとなってしまいました。

 こんな展開から、午後に知人から誘われた珈琲屋さんを断り、いつも夕方に出かけている珈琲屋さんにも出かけなかったためか、本日の体重は72、9キロに収まっていました。



 3年前に10キロの減量を果たし、多少の増減はあるものの、今年に入って増加傾向にあり、最近まで72キロ前後で維持していた体重が、今年二度目となる73キロを超えたため、しばらくは節制した生活を心がけたいと思います。

 さて、今週末より上高地へ一週間テントを張り、外来種除去や施設維持のボランティアに参加する予定ですが、本日上高地から明日のボランティアが不足しているとの電話が入りました。

 松本市と姉妹都市となっている姫路市の中学生を案内するボランティアでしたが、先月に明神池まで松本市の中学生を案内したものの、大正池まで案内するガイドは未経験で、できないことはないと思うものの、突然の依頼ゆえに心の準備ができないため「誰も無かったら…」とお断りしました。

 これについても、今月にガイドの先輩や環境省のガイドに同行して大正池コースも勉強していく予定としていたものの、日々の生活に流されて何もしていなかったため、必要とされる時に役に立たず、本日添付した体重の節制と同じで、日頃からの準備や節制が不足すると、肝心なときには手遅れです。

震災直後、125人の死「防ぎ得た」 宮城の医師ら調査
記事の続き…
 ログイン前の続き山内医師は、病院のタイプ別に分析をした。
 災害拠点病院(14カ所)の「防ぎ得た死」の割合は11・2%、一般病院(82)は9・1%と大きな差はなかった。一般病院のうち病床数300以上の病院では4・4%だったが、100床未満では12・9%。規模が小さい病院で、多くが命を落としたことが浮かぶ。
 災害拠点病院では、避難所で体調を崩した人が容体が悪くなってから集中的に運ばれたため、マンパワーや物資不足に陥った例が多い。病院に来る前の段階の要因が大きいと言える。一般病院は、薬などの備蓄が不十分だったり非常電源がなかったりした例や、他の病院に搬送できなかったため、災害死が発生していた。こうした点で事前に対策をとっておけば、命は救えた可能性が高い。
 山内医師は「保健所、消防や自衛隊が協力し、避難所の環境悪化を見過ごさず病院に来るのが遅れないようにする。拠点病院の機能充実とともに、一般病院も含めたBCPの整備が必要だ」と提言している。
■「防ぎ得た災害死」につながった原因
【病院に来る前の要因】
医療介入の遅れ         46例
避難所の環境・居住環境の悪化   24
災害弱者対応の不備        12
慢性疾患治療の中断        10
【病院での要因】
ライフラインの途絶        40
医療物資不足           37
延命治療の縮小          10
人的資源不足            8
【病院後の要因】
域内搬送不能           14
域外搬送不能           10
(125の死亡例の分析から。重複あり)
     ◇
■病院のBCP 策定進まず
 病院BCPは、被災時に医療活動を続けるための準備や行動計画をまとめたもの。大震災の教訓にもかかわらず、策定が進んでいないのが実情だ。
 内閣府の2013年の調査では、BCPを備えているのは、医療施設全体の7%。災害拠点病院を対象にした朝日新聞の全国調査でも、15年春で約3割にとどまった。厚生労働省は今年3月、拠点病院の指定要件としてBCP策定を義務づける通知を出している。
 東北大災害科学国際研究所の佐々木宏之助教は「多くの病院は、災害時の人員配置など『初動計画』は持っていても、それを守るために何が必要か、電気や水が止まったときの代替手段や、施設の耐震性などは考えていない。またBCPを策定するだけでなく、浮かび上がった病院の弱点を解決してゆく『業務継続マネジメント(BCM)』も重要だ」と指摘する。
 東北大病院でも佐々木助教らがかかわり、今年秋までのBCP策定をめざしているという。

 東日本大震災の際に、通常の医療体制なら宮城県だけで125人の命を救えたとの記事が発信されていますが、これについても事前にいざという時のための備えがされていないと後のまつりとなってしまいます。無にしないことが重要です。

             本日の体重72、9キロ 徒歩数 3706歩 間食あり
                                     7月30日の一言

知人が軽トラックの買い主を探しています

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平成18年登録の軽トラック 15万円で買い主募集中

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運転席側  キズはありません

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助手席側  車検は来年までついています

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シュークリームを食べて買い手を待つ売主

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アイスコーヒーとアンミツ 私のお気に入り

 添付した15万円の軽トラックは、知人の自動車板金塗装業者が乗ってきた車で、糖尿病による視力低下によって車を運転できなくなった知人から預かり、買い手を捜して乗り手を捜している車です。

 持ち主はまだ60代との話ですが、奥さんが車の運転ができるとは言うものの、車の無い生活を余儀なくされたわけですから、車が無ければ行動できない私から考えると、大変な生活になっていくと思われます。

「おい、柴犬はいらないかい?」
    「柴犬?」
「白い柴犬も居るぞ」
    「オマエが飼えよ」
「ダメ、ダメ、犬嫌いだから…」
    「夫婦円満になるぞッ」
「カミサンも犬嫌いだから…」

 ちなみに、軽トラックの持ち主は柴犬の繁殖をしておられ、白い柴犬も時々生まれるそうですが、私も一度だけこのお宅の犬たちを見せてもらったことがありました。

 さて、何もしないままの一日となりましたが、何もしないのに知人が訪れる度に珈琲屋行きとなり、家内と外出すれば必要ない物まで買い込んでしまい、お金を浪費するために生活しているように感ずる一日ともなりました。

             本日の体重 73、3キロ 徒歩数 3419歩 間食あり
                                     7月29日の一言

福祉有償運送運営協議会が開催されて

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すき家の牛丼とサラダ、シジミ汁


 本日は津島市保健センターで、愛西市と津島市を区域とする「海部西部圏域福祉有償運送」運営協議会が開催され、来月16日で運行の期限切れとなる私が主宰する「ひとまち生活ネット津島」の有償運送の更新登録が審議され、引き続き当地域で移送サービスを展開していくことになりました。

 協議会とは言うものの、出席した運輸局専門官と、タクシー協会関係者を除いて地元協議会委員のほとんどが一般タクシーと福祉タクシーや福祉有償運送との違いや、旅客運送法について理解されているとは思えず、参加されたタクシー協会から派遣されている委員から、行政に地域の交通事情について実態を把握するよう要望が出され、行政がもっと真剣に地域の足を考えるよう意見も出されました。

 個人的には、ボランティアが白ナンバーで移送サービスを展開する福祉有償運送と、緑ナンバーで営業する福祉タクシーを運営していることから、運行管理や安全管理も考えると不足する現実も判っており、福祉目的でタクシー事業としての認識が希薄となっているボランティア移送について厳しい視線も必要と認識しています。

 本日の更新登録の結果により、来月1日には「あま市」の運営協議会も開催されますが、これからは大鹿商店となっていた個人組織の延長から、株式会社に近い法人組織に成長させ、より多くの人々の生活の足となるように頑張っていくこととなります。

タクシー運賃、乗る前に提示 東京で8月から実証実験

京都「ちょい乗り」タクシー来春にも 1キロ400円台

タクシー相乗り、都市部で解禁へ 五輪での需要見据え

 タクシーをとりまく環境も大幅に変わっており、ボランティアとしてより多くの人々のお役に立つと同時に、緑ナンバーのおおしか福祉タクシーについては、利益を上げて新たな車輌を更新していく必要もあり、運営協議会で審査される立場にはあるものの、愛西市と津島市だけでなく、あま市においても協議会立ち上げから認可を受ける組織としての責任も実感する一日ともなりました。


本日は津島税務署へ書類の提出に

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津島税務署の玄関です

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ここで番号札をひいて…

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受付に番号札を渡して担当者を待ちます

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ここで記入して提出です

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正面右は津島警察所 遠景は駅前のマンション郡     ロイヤルホームセンターから

 本日はNPO法人の税務書類を提出するため津島税務署を訪れましたが、非営利の活動法人のため、一般の企業や事業のように、税務署と利益や経費を巡って厳しいやりとりはなく、現実には課税されることは無いものの、この提出によって愛知県から法人税の請求書が届きます。

 ボランティアですから非営利は当然と思いますが、営利を目的としていなくとも、有償ボランティアであるため、税金の申告が必要となり、法人税の支払いも必要となるものの、利益が無いということは活動に必要な経費の捻出にも困り、組織を維持させていくことはボランティアの高齢化とともに苦しい展開となっていきます。

 NPO法人の中には、市役所や行政の仕事を肩代わりして、会社と同じような事業展開をしている組織や、公的な補助金を背景にして活動を展開する組織も多いものの、「ひとまち生活ネット津島」は設立時より行政の補助金は1円も受け取らない市民活動を前提にして自立してきました。

 そして、ボランティアの活動範囲は、私の住む津島市だけの予定でしたが、隣の愛西市も含めて平成21年から活動をはじめ、今年4月からは新たに「あま市」も活動する認可を受けているため、真面目に活動していくためにはボランティアの大幅増員も必要となります。

 無報酬のボランティアで、仕事は中小タクシー会社と同じような形態となれば、頑張れば頑張るほど自分の時間を束縛されることとなり、現在は私の身代わりに家内が頑張っていますが、1ケ月先まで予約があることを考えると病気にもなれません。

 明日は津島市と愛西市を区域とする海部西部圏域での福祉有償運送の運営協議会が開催されます。そして、来月早々にはあま市の運営協議会が開催されますが、運営協議会の委員には委員報酬が出されるものの、我々NPO法人は認可を受ける側になるため無償はもちろんのこと時間の拘束ともなります。ボランティアの苦痛を実感させられる一日ともなりました。

            本日の体重 73、0キロ 徒歩数 5836歩 間食あり
                                     7月27日の一言

兵庫県赤穂市役所視察から

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岡山駅から在来線で赤穂市へ 午前8時18分

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JR播州赤穂駅 午前9時44分

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赤穂市役所

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車窓から見えた京都東寺五重塔 午後3時55分

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京都タワー 午後3時59分

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名古屋都市高速から津島市へ 午後4時48分



書き込み中です。

岡山市へ行政視察に

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JR岡山駅新幹線乗り場です

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JR岡山駅前

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岡山市役所議会玄関前

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市内の路面電車

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運転席から見える岡山市内

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宿の後楽ホテル 午後は雨です

 本日は津島市役所厚生病院委員会の行政視察で、委員7名と市役所職員2名の9人で、岡山県岡山市役所を訪れています。

 視察の目標は、「介護予防・日常生活支援総合事業について」で、介護予防・日常生活支援総合事業の概要と、介護支援ボランティア制度についてと、総合事業と社会福祉協議会との関わりについての3点から報告を受け、質疑を受けてもらいました。

 さすがに政令指定都市だけあり、岡山駅には大きなバス車輌の送迎を受け、市役所の規模の大きさにも驚かされましたが、個人的には「エコ公共交通大国おかやま」と、路面電車による歩いて楽しいまちづくりに興味が湧きますが、あいにくの降雨により路面電車には乗れたものの、駆け足でホテルに走りこみました。

 本日は市内の後楽ホテルに宿泊し、明日は兵庫県赤穂市へ移動して、子育てサポート施策と、定住子育てサポート施策スケジュールと、こども食堂運営費補助事業について視察して愛知県に戻ります。

三重県の椿大神社から南濃ドライブインまで

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私のお気に入り南濃ドライブイン

 私が小学生の時に父親が初めて購入した「パプリカ」に乗せられ、中学時代にはその後販売された「カローラ」で色々な場所に連れて行ってもらいました。
 南濃ドライブインはかつては観光バスが必ず停まっていた場所で、私は学生時代に名古屋観光バスの添乗員で訪れたドライブインですが、高速道路の普及や公設の道の駅の誕生によって客を奪われてはいるものの、現在も休むことなく営業を続けています。

 最近は大垣と桑名を結ぶ大桑線を通行する機会がほとんどなく、一年ぶりの来店となりましたが、かつては銀行が売上金の回収に毎日訪れていると言われた当時を考えると、時代の移り変わりを実感させられますが、人員削減などによって休みなく営業する姿には感動です。

「南濃ドライブイン 株式会社」  旗MAP
所在地:海津市南濃町上野河戸1076番地1
営業時間:午前8時00分から午後8時30分(年中無休)
電話番号:0584-55-0387

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 本日は息子夫婦と家内の4人で三重県を訪れ、思い付きでしたが久々となる椿大神社を訪れたものの、激しい降雨によってゆっくりと参拝できる状況ではなかったことは残念の一語でした。

椿大神社 〒519-0315 三重県鈴鹿市山本町1871

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我家に代々住みつくヤモリです


             本日の体重 72、9キロ 徒歩数 3721歩 間食あり
                                      7月23日の一言

安産祈願に祖父江町地泉院へ

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本日は息子の嫁さんの安産祈願のため、祖父江町の家内の在所に近い「地泉院」真言宗智山派を息子夫婦と私の母親と家内とともに訪れました。

〒495-0035
愛知県稲沢市祖父江町神明津231番地
電話 0587-97-1828    Fax 0587-97-7080

 5日前に受信したかかりつけ医で計測した血圧が高かった事から、毎日家庭内で血圧を計測するようになりましたが、10年ほど前から高血圧のため薬を処方されていたものの、自分の血圧の一日の変化については今回初めて知ることになりました。

 医師からいただいていた血圧日誌を読むと、私の年代では医療機関で140/90未満が目標値となっており、家庭での血圧は135/85未満が目標と記されていましたが、5日間の家庭生活では何とか目標値を保っているようです。

 朝の起床直後のトイレに行く前に測定すると140から150と高く、トイレに行った直後には20から25ほど低くなり、午後には低くなることが判りましたが、食前と食後の差や、外出から帰宅直後の数値など、私の血圧の変化についてしばらく観察したいと思っています。

高齢者の高血圧、終末期は治療中止も 学会が初の指針

              本日の体重 72、9キロ  徒歩数 4348歩 間食あり
                                            7月22日の一言

休養目的が休養とならない一日になり

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名古屋高速の高架下 中村区

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本日は名古屋まで送迎です

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お寺に飾られた娘の愛犬の写真

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本日我家の鬼ユリ
 当初の予定では、本日から3日間にわたって運行管理責任者の講習を受けるはずでしたが、7月になってから完全なる休息がなかったため、本日から3日間は自宅に居ることにしましたが…

 午前中にNPO法人の昨年度の実績を集計して、午後には町内のお寺で開かれた「阿息観」に参加し、午前中に家内が名古屋まで移送した弘法会のメンバーを大須観音まで迎えに走ると、帰宅は午後7時になっていました。

「明日の夕方に会おうか」
   「何かあるのかな?」
「頼みたいことがあるんだ」
   「良いことかな…」

「出かけていないなら○○まで行ってくれないか」
   「○○まで何しに行くの?」
「○○の知人が亡くなっていたので…」
   「それでも○○までは…」

 休養のために空けた3日間でしたが、空いていれば別の用事ができ、何処に居ても携帯電話はつながりますから、完全休養にしたければ自宅から遠い場所に行かないとできないことを実感させられる一日ともなりました。

巣を刺激されると集団で逆襲 「無敵」のヒアリ、実態は
記事の続き…
 ログイン前の続き人が刺されると、やけどのような、火がついたような激しい痛みがあるといいます。これが「ヒアリ」という名前の由来です。症状が重いと、急性のアレルギー反応で吐き気やめまいなどを起こし、海外では死亡例も報告されています。
 ヒアリはもともと南アメリカ中部が原産ですが、貨物などにまぎれて移動し、アメリカやオーストラリア、中国などへ広がってきました。日本以外の太平洋の周辺国の多くで定着しています。
 日本で見つかったヒアリは、中国などの港から貨物船で運ばれたコンテナの中と外、そしてコンテナが荷揚げされた港の保管場所の周りで見つかっています。
 一方で、内陸の公園などでの繁殖やアリ塚などは確認されていません。まだ定着している可能性は低いとみられています。1日1千個単位の卵を産むことができる女王アリが見つかったのは数件で、いずれも死滅させています。
 ただ、一度定着してしまうと、根絶するのは難しいため、水際対策の徹底と、慎重な監視が必要です。また、少しのヒアリであれば、もともと日本にいるアリが阻んでくれるのですが、一緒に毒エサなどで殺してしまうと、かえってヒアリが繁殖しやすい環境になるという研究結果もあります。
 もしあやしいアリを見つけた場合には、すぐに環境省などに相談するといった、適切な対応をすることが大切です。

愛知県内におけるヒアリの確認について

 一度崩れた環境を元に戻すのは大変な作業となります。上高地でも外来植物の除去を行っていますが、除去できるのは限られており、環境省と言えどもホテルなどの民地の外来種は無断では取れないため、ビジターセンターと隣接する小梨平の野営場には外来種が群生しています。

 ましてや小さなヒアリを見つけるのは大変で、植物と違って土の中や物の陰に隠れてしまうため、完全に駆除することは難しいものの、人の関心があるうちに見つけてこまめに駆除するしかありませんね。

 さて、明日はどうなるのでしょうか…


家族のアッシー君に徹する一日となり

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本日家内に連れられて訪れたものの「定休日」でした

                                     BAKERY CAFE 空~kuu~
                                                         http://ameblo.jp/risa-cute/entry-11607335574.html
愛知県愛西市佐屋町西新田13-1
TEL 0567-69-5803 月曜休み
営業時間 7~18 

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本日もおみよし松(弥富市)の見える場所に

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そして、自販機のアマガエルとも再会

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そして、本日も一日が終ります


 本日は午前中から家族の所用にアッシー君として走る一日となりましたが、もう二度と会えないと思っていた弥富市の自販機のアマガエルと再会し、家族の役立たずを少しは払拭できたかもしれません。

 明日は21日、弘法信仰の一日となります。

              本日の体重  徒歩数 5412歩 間食あり
                                      7月20日の一言


車を修理工場に持ち込んで

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自動車電装の唱電特機(津島市越津町)にライトエースを持ち込みました

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赤みがかった「エノコログサ」ねこじゃらし

 愛車ライトエースのエアコンが故障しているため、専門の電装屋さんに持ち込みましたが、エンジン本体も不調のため、電装屋さんが自動車会社に持ち込み、エンジンの調子を確認してからエアコンの修理をすることになりました。

 初年度登録が平成元年で、来年1月の車検時には30年選手となるため、引き続き乗るか乗らないかによっては、修理をする方も安心して修理ができないようです。

 最近の車はキーを回せば直にエンジンがかかりますが、この車はエンジンキーを回す前に2度アクセルを踏み込んでからキーを回さないとエンジンがかからず、半年ほど前からエンジンが温まらないと回転数が定まらず、走る前に5分程度ウォーミングアップが必要になってきました。

 エンジンをかけて直に走らせようとすると、低回転のため走りませんから、私以外の人からすれば、エンジンの限界を感じ、本日もエアコンを直しても廃車になってしまってはもったいないと不調の原因を調べたいとの話でした。

 もっとも、軽トラックかわりに乗っており、廃車する気持は微塵もありませんから、乗れるうちは修理してでも乗り続ける気持に変わりはありませんが…

 さて、週末から運行管理責任者の講習を3日間受講する予定としていましたが、歩き遍路友の会や上高地のパークボランティアだけでなく、福祉有償運送の運営協議会が月末と月初めに予定されており、税務署への申請や諸々の仕事が山積しているため、秋に延期することにしました。

 仕事を整理して、四国遍路10日、上高地10日、地元10日の生活を目標にしていますが、仕事が湯水のように湧き出しており、地元を離れることが難しくなってきましたが、昨年のように上高地で一週間のテント生活をおくるためしばらく辛抱の日々が続きます。

           本日の体重 72、4キロ 徒歩数 5555歩 間食あり
                                     7月19日の一言

本日から血圧を測定することになりました

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津島市内にあるお菓子の前田です

株式会社 前田 http://kashi-maeda.jp/
津島市永楽町4丁目13番地

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越津町スギ薬局

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越津町 漫画喫茶ディズニー

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午後7時の自宅西

 本日は午前中に家内とかかりつけ医を訪れましたが、体調が良いとは言えないものの、血圧の最高値が「166」を指しており、2ヵ月前にも高かったため、本日からしばらく朝、昼、晩と3回を目標にして血圧を記録することになりました。

 もっとも、帰宅後に計測したところ、「132-61」と何事もなく、午後9時にも「140-72」と、私としては特別高いと思われないため、病院の白衣を見ると高い可能性と、午前中が高い可能性や、外出時に高いことも考えられ、自分の健康問題のためしばらくは注意して計測したいと思います。

「戸籍開示要求は差別」指摘も 蓮舫氏「特例」強調
記事の続き…
■蓮舫氏、何度も「特例」強調
 「本来、戸籍は開示するべきではない」「私で最後にしてもらいたい」。民進党本部での記者会見で、蓮舫氏は何度も、戸籍情報の公開が「特例」だと強調した。
 蓮舫氏が公開したのは日本の国籍選択の宣言をした日付がわかる戸籍の写しや、台湾籍の離脱が完了したことを示す書類。家族に関する記述や自筆署名の部分は白塗りされていた。蓮舫氏が昨秋から会見などで発言してきたことを裏付ける内容だが、目新しい情報が含まれていたわけではない。
 にもかかわらず、なぜ開示したのか。蓮舫氏は会見で、これまでに「一貫性のない説明をしてしまった」ため「私の発言の信頼性が揺らいでいる」と説明。「より強く説明が求められる公党の代表だから決断した」と述べた。会見では、開示を前例としないための方策を問う声が上がる一方、公開したことを評価し、政治責任について尋ねる質問も出た。
 二重国籍を巡っては、自民党の小野田紀美参院議員=岡山選挙区=が昨秋、米国籍を持っていたため放棄の手続きをしていることを明らかにし、フェイスブックで自らの戸籍の写真を公開している。小野田氏は今月14日、選挙への立候補時に二重国籍の有無を確認する仕組みがないことについて「ルーツや差別の話なんかだれもしていない。公選法および国籍法に違反しているかどうか、合法か違法かの話です」などとツイッターに投稿した。

 さて、戸籍の開示は差別につながるとの指摘があり、「個人情報の開示を求めることは、出自による差別を禁じている憲法の趣旨に反する差別そのものである」と開示しないよう要請している市民団体について記事でも紹介されています。

 また、最近ではお寺の戒名や過去帳の開示も問題とされ、自分の家の過去の系図を調べたい人にも開示しないお寺もありますが、差別につながるとしても、自分の家庭に関する開示まで差別を理由にして開示されないことには疑問です。

 私は学生結婚で、恋愛結婚のため家内の家系や過去を調べようと思ったこともありませんでしたが、私の周りには結婚前の「聞きあわせ」をしなかったため、家系的に病歴や障がいが判って離散したり、宗教観の違いや生活環境が違いすぎたため離婚に至った人々も多数存在します。

 結婚前の「聞き合わせ」について、遠方の知人から問い合わせがあり、近所のことだから「何も言わなかった」という母親に、「黙っていて知人の娘さんが最悪のケースになったらどうするか」と、私の指摘で破談となったケースがありましたが、その家はその後嫁いだ女性だけでなく、家庭的には親子離散状態となり、若い私でも予想できたその家の将来像を、聞かない、知らせないことで不幸を招く可能性も考えると、戸籍の開示は別としても、差別を理由に過去を調べさせないことには疑問です。

 現実に、親や先祖が殺人犯や犯罪人であることで差別するなと言われても、わざわざ関わりたいと思う人はおらず、雇用主にしても使いたい人はいませんし、わざわざ国籍を隠さなければならない人と親族になりたい人は存在しません。

 自分勝手と言われるかもしれませんが、親は親で、自分は別と言う若者や、生活習慣や宗教観の違う人や、あまりにも価値観の違う人とは一緒の家族として生活したくないと言うよりも、現実に生活はできません。

 人間を個人として考えれば別ですが、家族や家系など親族が助け合って生活していくためには、過去の経歴や思想信条は無視できず、戸籍に限らずお寺の過去帳まで封印していく風潮に疑問を呈する一日となりました。

             本日の体重 72、3キロ 徒歩数 4215歩 間食あり
                                      7月18日の一言

佐藤由美ピアノリサイタルへ

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リサイタルは大盛況のうちに終了しました

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会場は名古屋市伏見
                            電気文化会館コンサートホール

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終了後に奏者と歓談が続きます

 佐藤由美ピアノリサイタルが、本日名古屋伏見の電気会館コンサートホールで開催されました。この会場での演奏会は3年ぶりとなりますが、昨年7月以来となるコンサートに会場は熱気に包まれ、アンコールに応えて5回もの演奏が追加されました。





 私自身が奏者の父親と縁があるため、議員になってからでも18年が経過していますが、毎年どこかで佐藤由美さんのピアノを鑑賞しており、4年前には東京都葛飾区で開催されたリサイタルを津島の人々と訪れました。


 津島市では街角の芸術家の居場所となっていた「茜屋」で、街角のピアノコンサートとして10年にわたっ佐藤由美さんの演奏会が開催されていたためファンも多いものの、残念ながら茜屋の閉店によって津島市でピアノを聞く機会は無くなりました。

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弥富市の某所にある自販機をよく見ると…

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 弥富市の自販機に住み着いているアマガエル君です。私の三男のお気に入りのアマガエルで、雨の日はつり銭入れの中に入っているとの話で、三男のカミサンの話ではつり銭入れに入っているために飲料水が買えないとこぼしていました。

            本日の体重  徒歩数 6312歩 間食あり
                                     7月17日の一言

おみよし松 旧弥富中学校跡地

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天然記念物 おみよし松 弥富市

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平成21年に弥富中学校は移転
                              現在は公園と小学校になっていました

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樹高21メートル、幹周り5,25メートル

 正保3年(1649)平島新田開拓のころ植えられと伝わるクロマツ。名前の由来は、津島神社の天王祭のミヨシ(神葭)が隣を流れる筏川の岸に流れ着いたことによると記されている。
 かつてこの近くを流れていた筏川が、佐屋川や木曽川とともに、津島市を流れていた天王川につながっていたことと、この松のさらに下流となる六條新田でもミヨシの漂着を記念して、津島神社の津島社が残されていることから、川を通じて地域がつながっていた過去の様子と原風景を偲ぶ一日ともなりました。

  朝祭が終わり、神輿が御旅所から神社に戻ると、一般の方がご覧になる祭事は全て終わりますが、同日の深夜、「神葭(みよし)放流神事」という神社にとって大切な神事が行われます。これは、神社本殿奥にまつられ、人々の祈願を受けて、汚れを吸い取った神葭を新しい神葭に替え、古い神葭を天王川に流すという神送りの神事です。昔、天王川が海に通じていた時は、流した神葭が伊勢湾や伊良湖岬の方まで流れ着き、その土地の人たちは「津島の神様がおみえになった」と賑やかにお祭りをしたそうです。 津島神社禰宜(ねぎ)の堀田正裕さん

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内閣総理大臣岸信介の揮毫による水難の碑

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 5日前にも近くの「ひので動物クリニック」へ相棒を連れてきましたが、弥富中学校が移転して、その跡地に公園とともに日の出小学校ができていたことを本日初めて知った次第で、病院名の由来についても納得です。

 津島市の市議会議員になって18年が経過していますが、ほとんど変化のない津島市と比較すると、隣接する近隣市町村の発展は目覚しく、私自身の不勉強もありますが新しい施設や店舗等について判らないものが多くなりました。

 一方で、かつては上流から下流に向って流れる川によってつながり、水路によって行き来していた地域が、道路によって四方八方へ移動できるようになり、何処にでもいけるものの地域のつながりも希薄になってきているようにも感じさせられます。

             本日の体重72、5キロ  徒歩数4199歩 間食あり
                                     7月16日の一言

初めての上高地ガイドウォークへ

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清水橋で川の水を汲む中学生
                              清水川の水は湧き水で飲めるため、
上高地の水源となっており、最後のご褒美として全員が喉を潤しました。

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明神橋の近くの梓川で昼食

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小梨平から明神池までのウォーキングが終わりました

 私にとっては初体験となりますが、松本市の中学生を上高地小梨平から明神池まで引率して案内してきました。この日のために、先輩ボランティアにお願いして徳沢までのトレッキングに同行させてもらい、先週も中学生を案内する先輩の後ろからついて行くなど、先輩ガイドの迷惑にならないよう学習してきました。

「ガイドに行ってくるから」
    「えっ、大変だなァ」
「いつもの事だから…」
    「今回は何日行ってくるの?」
「日帰りだけど…」
    「えっ、日帰りで四国へ行けるの?」
「えっ?」

 私がガイドに行くとの話に、知人は私が四国遍路の案内をすると勘違いしていたようで、「上高地も案内できるの」と聞きなおされましたが、四国遍路も霊場会の公認先達にはなっているものの、ガイドとして案内したことはなく、エンマ帳として先達教典を授かってはいるものの、上高地のガイドとして勉強するなかで、人に伝えることの難しさを改めて実感させられています。

 先輩のボランティアについて廻っても、説明できる情報を頭に納めることは難しく、聞くだけでなく自分自身で調べることによって情報を蓄積しないと4時間の案内はできませんが、案内した中学生の中にも事前に資料を取り寄せて予習している生徒も存在し、一方的に説明するだけでなく、問いかけながら一緒に考えて説明していくことによってより理解して覚えてくれることも体験し、私自身にも大きな勉強になる一日となりました。

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                 「よぉ、もう終っちゃったの」
                                本日も渡辺画伯は元気です
                 「寄ってくかい?」
                     「コーヒーでも飲みますか?」
                 「うん、行こう、入ってくれよ」
                     「たまには、お店のコーヒーでも行きますか?」
                 「そうだなぁ、そうしようか」

 テントの中で老人2人のコーヒータイムも、本日のように雨が降るような雰囲気では寂しいものがあり、2人で小梨食堂へ足を運びましたが、お互いにコーヒーの注文の仕方(自分で入れる)がわからず、時代から取り残されたような気分です。

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 ホームレス画伯は私の命名ですが、今では上高地の名物オジサンになっている渡辺さんは、松本市上高地の住所と渡辺勝夫の名前だけで、クロネコヤマトの宅配便も届くようになりました。

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 幸いなことに、朝から小雨は降ったものの、ガイド中に激しい雨は降らず、雨具を使用することなくボランティアは終り、涼しくて活動しやすい環境下で沢渡までのシャトルバスに乗り込むことができました。

           本日の体重 71、7キロ 徒歩数 18476歩 間食あり
                                      7月12日の一言

嬉しいドライブと思っていると…

 本日は相棒リマを病院に連れて行くため、外出の準備をしていたところ、何を勘違いしていたのか、どこか楽しい場所へドライブに行くと思って、行く気満々でそわそわと動きまわっていました。
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 喜んでついてきたら病院だったでは、子供だまし、いや、犬だましとなってしまうため、病院の近くにあるスーパーに立ち寄ったものの、ここも相棒と一緒に入れる場所ではないため、車の中で我々が帰るまで待機となります。
 
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家内が受付を済ませます
 
ひので動物クリニック http://www.hinode-ah.com/
 
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今日はどうなるのか…
                              ブルブルと震えながら必死に待っています
 
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今日は痛くはなさそうだなぁ
                           ちゃんとそこで見ていてよ…
 
 本日は腹部の皮膚のカブレを診てもらい、塗り薬を塗ってもらっただけのため、相棒もこんな診察なら震えて恐怖を味わうのとは違い、日頃から病院に慣らしておくことも必要と思う一日となりました。
 
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 明日の午前9時から上高地のボランティアがあるため、本日開催される書道会終了後に車で出発して、沢渡で仮眠後の早朝にバスで上高地に入る予定です。
 
 明日は上高地からの発信となります。
 

睡眠不足の中、辛くて忙しい一日となり

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知人宅の水漏れ工事に立ち会いました


 本日は午前7時から名鉄津島駅で、来週開催される議会報告会の広告チラシを配布することになっていましたが、午前3時過ぎまで皮膚の痒みで動き回る相棒リマの相手をしていると2時間程度の睡眠後に車を走らせることになりました。

 チラシ広告を配布後に参加した議員と珈琲店で休憩し、午前9時から全員で議会報告会の打ち合わせとリハーサルに参加し、終了後に帰宅して仮眠したいと考えていると、あま市役所から携帯電話に連絡が入った履歴が残っており、連絡したところ急ぎの書類を提出する必要があることが判りました。

 12日に上高地で中学生を明神池まで案内するボランティアに参加することが決まっており、明日には自宅を出発する予定で、帰宅後の週末の議会報告会や、運行管理責任者の講習会など、月末から8月にかけて手帳のスケジュールがいっぱいになっているため、早速用意して提出しようと考えていると…

 数日前から、自宅の玄関先や床下の水道漏れが発覚した知人宅で、津島市の手配により訪れた水道業者から、3週間後にならないと修理工事ができないと言われたため、三重県で水道業をしている従兄弟に対応を求めていたところ、本日の昼前には来れるとの連絡が入りました。

 厄介なことは、床下で漏れて溢れた水が、トイレの便槽に入り込み、し尿と混ざった大量の水溜りの水を抜かないと水漏れ場所が特定できず、急遽し尿の汲み取り業者を依頼することになり、従兄弟は三重県から来ているため私も訪れる話となりました。

 汲み取り業者も予定した日程どおりに動いており、汲み取りが終った3時間後から本格的な水漏れ場所の特定と工事が始まり、その間に提出する書類をあま市役所に届けるなど、仮眠どころか休憩もないままの一日が経過していきました。

 今年の連休には、我家の前を走る県道の側溝が土砂で埋まり、流し台の水が溢れて大騒動になりましたが、床下の水道漏れについても、漏れた水がトイレの便槽に入って溢れると、臭いだけでなく触った手の臭いも消えません。

 こんな顛末とは別に、家内と娘は、昨日に亡くなった愛犬テツを火葬場に持ち込んで帰宅していました。辛い一日ともなりました。

              本日の体重  徒歩数 4238歩 間食あり
                                    7月10日の一言

孫たちの愛犬テツが天国に召されて

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娘家族の愛犬テツが亡くなりました

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私の町内にある弘盛寺で供養してもらいました

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15年前に娘たちと一緒に長崎から来ました

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孫の描いた絵です

 「ダメかもしれない」とは聞いていても、一緒に生活しているわけではなく、ペットと言えども悲しい別れは見たくありませんでしたが、本日はその現実がやってきて、娘夫婦と孫と一緒に、私の町内にある真言宗のお寺で供養していただきました。

 今から6年前に我家の愛犬ももが亡くなり、死の前日に緊急手術を選択して痛い思いをさせて死なせてしまった反省とともに、供養をお願いした隣のお寺の読経に、「畜生界に還って…」の文言を聞いて、「犬とは住む世界が違うのか」と余計に悲しくなった経験から、自らも愛犬を飼い、ペットを家族として扱ってもらえるお寺に供養をお願いしました。

 娘夫婦にとっては8歳になる息子よりも長く一緒にいた家族で、明日からはその姿も無くなる寂しさは否めず、家族が箱に描いてきた絵とメッセージを見ると、ペットが一匹死んだだけではない悲しみに目が熱くなってきました。

 「こんなに良くしてもらえるとは思わなかった」の一言は、お寺を後にした娘の言葉で、今では愛犬も人間と同じ家族として生活しており、長崎県の大村市のペットショップで出会い、15年も一緒に同じ部屋で生活してきたテツの最後に、悲しみを払拭できる供養のお陰で家族も救われたようです。


 15年近くも飼われている愛犬ですから、我家が自分のお母さんにあたる娘の家族との認識はもっており、10年位前の若い時には、私が内緒で御菓子を与えていたことも覚えており、我家に来ても私のもとに寄ってきていました。

 今にして思うと、6年前に死んだ我家の愛犬「もも」とのツーショット写真が見当たらないのが悲しく思います。
 2ヵ月前の元気なテツ君(手前)です。


 一年前には我家の相棒リマより元気に家族を引っ張っていたんですが…

 この頃は元気でした。我家の西側の駐車場を走るテツとリマ。


 娘から孫の看病を頼まれた時には、愛犬テツも私と一緒に部屋で留守番していました。


 この月の月初めに叔母が亡くなり、葬儀の日に愛犬リマを3ヶ月の約束で預かり、この写真はリマが娘のアパートへ2回目に訪れた際の写真です。

 世の中は楽しいこともありますが、その分だけ悲しい別れや苦しみも存在し、一緒に苦しい日々も共有してきたペットとの別れは、人とは違うものの、自分の子供を失ったかのような悲しみにも襲われ、「もも」との別れから6年が経過しましたが、病院から連れ帰る時に涙で運転できなかった悲しみがよみがえり、2年前に失ったスズメのピーちゃんとの別れは人には伝えられないような苦しみが数ヶ月続きました。

 出会いが多ければ多いだけ悲しい別れもやってきます。我家の相棒リマについても同じです。保護して預けられた4羽と、我家の屋根から落ちたヒーも、一日でも長く生き永らえて欲しいものですが、ペットも我家に来て良かったと思えるようにしてやりたいと思う悲しい一日となりました。

 町内の弘盛寺には毎月21日に阿息観へ参加するため訪れていますが、私が四国の別格二十霊場椿堂さんからいただいてきた椿の木が植えられ、6年前に死んだ我家の「もも」の写真も飾られており、ここに行けば「テツ」にも会えると心の拠り所にして欲しいと願います。

 そして、この一言には、テツの記録も永遠に残されています。
                                          合掌

            本日の体重 71、9キロ 徒歩数 2246歩 間食あり
                                       7月9日の一言

上高地 ガイドウォークに同行して

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松本市内の中学一年生を明神まで案内するガイドです
                              環境省パークボランティアの先輩8名が案内します                 昨日 7月6日午前10時30分
 
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ガイド側から見るとこんな感じです
 
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14人の生徒と先生1人を引率します
 
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明神館に到着しました
                                          午前12時03分
 
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明神橋を渡った対岸で昼食です
 
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明神池で記念撮影です
 
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樹木や花についても説明します
                    真面目に聞いてくれます
                                      案内役は野竹(ボランティア)会長
 
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最後に河童橋へ           
                               午後2時10分
 3日前の台風3号の影響により、昨日の上高地は快晴でしたが、大正池から河童橋までの散策路は溢れた水で散策できず、明神までのガイドウォークも、右岸(上流部から見て右側)の散策路が通行不能のため左岸の行き戻りとなりました。
 
 私は12日に中学生をガイドする予定となっていますが、勉強中の身であり、12日が初めての案内となるため、本日は先輩方の案内を勉強のため連れて歩いていただけることになり、ボランティアの野竹会長のグループについて歩きました。
 
 上高地のビジターセンターでは、環境省の職員が毎日上高地を案内しており、月曜日と水曜日、金曜日は午前8時45分から11時まで大正池コースを、火曜日と木曜日、土曜日と日曜日は午前9時から2時間で明神池まで上高地トレッキングを実施しています。
 
 また、土曜日と日曜日は、9時15分から10時45分まで野鳥の観察ガイドも行なわれているので、興味のある方は是非とも参加してください。
 
上高地公式サイト http://www.kamikochi.or.jp/
 
 個人的には、昨年白樺自然学校で上高地のガイド養成講座に参加しておりましたが、この歳になって報酬を貰って働く気持ちにはなれず、今年と来年にかけて環境省のトレッキングに同行して、一人前のガイドボランティアとして案内できるようになりたいと考えています。

             本日の体重 71、4キロ 徒歩数 3834歩 間食あり
                                       7月7日の一言

1ヶ月ぶりの上高地

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本日朝の河童橋と梓川
                               台風3号の影響で激流となっていました

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河童橋

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焼岳

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穂高連峰

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早朝のホームレス画伯


1ヶ月ぶりの上高地です。

6月は市議会本会議が開催されていたため、久しぶりの上高地となりました。

2日前の上高地は台風3号の影響で、風雨が激しく、テント生活をおくるホームレス画伯こと渡辺さんもテントからケビンに避難していたとの話です。

小梨平も水浸しとなり、水位が橋を超えたため、立ち入るどころか、移動ができなくなっていたようです。

上高地への道路も、薮原から奈川が通行止めになっており、昨日は塩尻市経由で沢渡に来ました。

午前中は台風一過の晴天となりましたが、本日は環境省のボランティアガイドの先輩に同行して明神池までの勉強です。顛末は明日に…


            本日の体重 71、5キロ 徒歩数 18401歩 間食あり
                                       7月6日の一言

上高地に行くため仕事に締め切りができて

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名鉄津島駅前 三菱東京UFJ銀行
 
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「何処に停めようかな」
   「まん前でいいわよ」
「駐車禁止と書いてあるけど…」
   「停車だからいいんじゃないの」
「だけど…」
 
 名鉄津島駅前にある三菱東京UFJ銀行へ車(タクシー)を走らせましたが、私が運転席に座っているため、利用者は駐車ではなく停車との解釈をされたものの、私の一台が発端ではなく慢性的とは言え、周りは運転手が離れた駐車違反の車でいっぱいになりました。
 
 いっそのこと、「駐停車禁止」の看板を置いて、駅前の通行をスムーズにして欲しいものですが、銀行への配慮があるのでしょうか。かなり昔の話になりますが、名鉄駅に所用があったときに、車は駅前のロータリーに停めれば良いと言われ、駅前は名鉄が所有しているので駐車違反ではないと言われました。
 
 当時と比較すると、津島駅を利用する乗降客は激減しており、現状では駅に入ってくる車も少なく、津島駅が津島市の玄関口とは言えない現状になっているものの、「ヒマなら駅でもぶらつくか」と言っていた、私の不良時代と人の賑わいを懐かしく思い起こす一日ともなりました。
 
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名鉄勝幡駅前 車中の相棒リマ
 
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「おーい、リマ、リーちゃん」
    「 … 」
「早く、電車、電車 !!
         「ちょうど良かったわねぇ」
 
 本来なら踏み切りの遮断機が下りると、「しまった」と思うことが多いと思いますが、我家では還暦夫婦の子ども役となっている愛犬に電車が見せられるため、「良かった」と思い、相棒リマを必死で呼び寄せます。
 
 相棒は電車に関心もなく、電車を見て感動もしませんが、私に呼ばれて助手席の窓を開けられるため、座って見なければいけないと思っている様子で、電車が通過していくまでおとなしく見ています。
 
 おまけに、家内に「電車が見れて良かったね」とまで言われており、 (我々)人間の身勝手な期待に応えているものの、私や家内にとっては子どもでも、現実にはペットの入れる施設は少なく、エンジンを掛け続けているとは言うものの、安心して珈琲屋さんにも入れません。
 
 何事も無いはずですが、明日は上高地の一日となり、来週も上高地に行くために、普段は自然に消化している仕事にキリをつける必要があり、昨日も本日も走り回る一日ともなりました。
 

美濃市で一番古い臨済宗の古刹で四国遍路を聞く

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洞雲山長蔵寺 美濃市上野961

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 臨済宗妙心寺派の寺で、今から660年前の1355年(正平10年)に創建された禅寺で、美濃市に現存する寺院では一番古いと紹介されています。

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大師堂

 日曜日に訪れた臨済宗妙心寺派の長蔵寺は、美濃市で一番古いと言われる寺院と言われていますが、禅宗でありながら真言宗のお寺よりも立派な大師堂が建立されており、2回目の訪問でしたが今回は堂内にあげていただいて参拝してきました。

 大師堂の前に建立された石柱に、愛知県一宮市の信者さんの名前が刻まれていましたが、ご住職の奥様の話では、一宮市の熱心な信者さんによって、四国遍路では伝説の信者となっている特任大先達水谷繁治さんを紹介され、交流する中でこのお寺からも多くのお遍路が四国を訪れるようになったとの話でした。

 水谷さんは、旧尾西市の人物で、病気で歩けない夫人の代参で何度も四国に参拝し、初めて夫人とともに参拝した神峯寺で参拝後の坂道を滑り落ちたものの、奇跡的に立ち上がれるようになったという伝説の先達さんです。

 水谷さんの存在から愛知県で「山水会」が組織され、毎年自宅で四国八十八ヶ所霊場の「お砂踏み法会」を行い、参拝者は数千人にもなったと記録されており、この流れが現在の愛知先達会に発展したと言われています。

 四国遍路や高野山など、真言宗は参拝する人々の宗派を問わず信者を受け入れていますが、美濃市で一番古い臨済宗の古刹が、多くの信者と共に四国八十八ヶ所を巡拝し、本堂内に多くの写真を掲示しておられることに感動する一日ともなりました。
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梅村茂一のアートな団扇100展

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美濃和紙の里会館

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 さて、美濃市を訪れた目的は、岐阜市のデザイナー梅村茂一さんの主宰された「梅村茂一のアートな団扇100展」を鑑賞するため、美濃和紙の里会館を訪れたものであり、日曜日に知人と3人で美濃市を訪れていました。

 もっとも、この日は、道の駅で手乗りインコ2羽と訪れていた仙人と出会い、このブログにも添付しており、一言には2日遅れとなってしまいました。

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 本日日本列島を通過した台風3号によって、私の住む愛知県西部も時折激しい雨に見舞われましたが、私の行く手を最近では珍しくなった霊柩車が走り続け、途中から私のジャンボタクシーが黒色であることから、まるで火葬場に向う遺族を乗せているような気分にさせられました。

 幸いにも台風は愛知県から逸れ、太平洋上を東に進んだため、被害は少なかったものの、激しい雨によって市内各地で道路が冠水する一日ともなりました。

               本日の体重  徒歩数 3556歩 間食あり
                                      7月4日の一言

何もストレスのない一日となり

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各町内の田んぼに建てられている青笹としめ縄

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地元では有名なトマト農家の看板
                           津島市葉苅町

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京都鉄道博物館 先週土曜日の写真です


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SLは迫力があります

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車掌さんになったつもりで

 6月議会が終り、本日までに求められていた書類を月末に提出していたことから、本日は市役所に押印していなかったNPO法人の印鑑を持参しただけで、事務所2階にてのんびりとする一日になりました。

 週末に書道会メンバーと訪れた京都市では、2日目の土曜日は朝に智積院の宿坊を出発し、高倉健さんが通ったイノダコーヒーで休憩後に、京都駅に近い鉄道博物館に出かけました。
 京都と言えばお寺というイメージしかない私ですが、今回は書道会のメンバーによる旅行のため、意外性はあったようですが、懐かしい昭和の香りを回顧することになりました。鉄道博物館から土産物店と昼食会場を探しましたが、やはりお寺しか頭に思い浮かばず、東寺の駐車場に車を入れ、門前のうどん屋さんに立ち寄ることになりました。

47歳「浪速のジョー」、いまも現役 同級生らCF支援

 私がファンだった辰吉丈一郎が、47歳になった現在も現役として世界一を目指してトレーニング中との新聞記事に嬉しさが隠せません。何とかリングに上がって、我々を若返らせて欲しいものです。

          本日の体重 72、4キロ 徒歩数 10231歩 間食あり
                                      7月3日の一言

智積院  朝の勤行と国宝障壁画を鑑賞して

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名勝庭園 築山・泉水庭の先駆をなした貴重な遺産

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智積院宿坊から朝の勤行会場まで案内されます

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金堂 勤行会場です
                     ※勤行は撮影禁止です

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勤行後に長谷川等伯らによる金碧障壁画を鑑賞

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朝食の前にお菓子とお茶のご接待

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4年に一度しか使われない山門

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イノダコーヒー三条店 午前11時
                           俳優の高倉健さんが愛したお店でくつろぎました。

 朝6時より智積院朝の勤行が行われ、朝5時前に起床して、書道会の慰安旅行であることを忘れて、まるで四国遍路に来ているような感覚で全員が白衣装に着替え、案内の僧侶に案内され金堂へ入りました。

 智積院は真言宗智山派の総本山のため、多くの僧侶によってすすめられる勤行は壮観で、足を崩すことなく正座のまま参加し、終了後に名勝庭園の前で御菓子とお茶をいただき、収蔵庫では桃山時代に長谷川等伯らによって描かれた国宝障壁画を鑑賞させていただきました。

 四国や高野山など各地の宿坊に宿泊したことがありますが、四国にかぎらず西国巡礼でも、次の参拝予定があることから、勤行後はすみやかに朝食となりますが、智積院は庭園や講堂など広大な境内を案内して、朝食前にお菓子やお茶まで用意されていたため、お寺の魅力を十分に堪能することができました。

 一度は宿泊していただきたい宿坊です。

ギャラリー
  • ようこそ 大鹿一八の納経所へ
  • ようこそ 大鹿一八の納経所へ
  • 令和6年 上高地開山式の様子です
  • 三重県桑名市大福田寺の聖天祭へ
  • 毎年恒例となった我家のアンズジャム作りへ
  • 毎年恒例となった我家のアンズジャム作りへ
  • 本日もボランティアの一日となって
  • 我家のきゅうりとプランターのイチゴです
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