大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

2017年10月

四国遍路満願後に 徳島県を満悦


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大鳴門橋 鳴門から淡路島を望む

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鳴門の渦潮 ポスターの複写です(笑)


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徳島市新町川河口のヨット

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新町川・助任川などを周遊する無料の遊覧船

ひょうたん島クルーズ http://www.awanavi.jp/spot/2013032504970/

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徳島 若獅子連の踊り

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私たちも飛び入りで踊りに参加しました

阿波おどり会館 http://www.awaodori-kaikan.jp/

 本日は昨年から4回で巡拝した四国八十八ヶ所が満願となり、満願後に四国八十八ヶ所の奥之院「与田寺」を参拝した後は、鳴門の渦潮見物に渦の道を訪れ、大鳴門橋の上から渦潮を鑑賞し、午後3時30分が最終便となる徳島市の「ひょうたん島クルーズ」に乗船後に本日の宿「東横イン」に入りました。

 そして、夜は阿波踊り会館で夕食をとり、夜8時から開催される阿波踊り実演を鑑賞し、志賀弘法会全員が飛び入りで踊ってきました。

 徳島県は我家から3キロしか離れていない旧美和町の蜂須賀から、戦国武将の蜂須賀小六が領主として治めたことから、愛知県の尾張地方しか使われない方言を聞くことがあり、親しみを感じていましたが、身体全体を使って踊る阿波踊りに参加してより親近感が増しました。

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 わずか1時間の時間でしたが、出演者の熱演と、飛び入り参加された人の中には見事な踊りを披露してくれた小さな子供の姿もあり、車イスで参加した志賀弘法会のメンバーも一緒に参加されていただいたことにも感動の夜となりました。

 阿波踊りの素晴らしさは来週に書き足します。
                                  10月31日の一言

志賀弘法会 四国遍路満願の一日


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昨年から巡拝し本日結願しました。 第八十八番大窪寺大師堂前

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津田の松原SA 午前6時02分

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善通寺管長さんのお寺へ
                           平賀源内さんのお墓にお参りしました。

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後ろに見えるのは第86番志度寺五重塔

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大窪寺駐車場

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第88番大窪寺本堂

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 満願です。志賀弘法会の六十周年にも驚きですが、車イスでも参拝する厚い信仰心があれば、四国八十八ヶ所を参拝できることにも驚かされました。

 第84番屋島寺から88番大窪寺まで巡拝し結願。満願の御礼に八十八ヶ所奥之院与田寺(東かがわ市)に参拝しました。そして鳴門の渦潮見物から徳島市に入りました。

                                           10月31日の一言


今晩から四国へ渡り、高野山、熊野三山へも


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今回も車イス同行四国遍路です

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この車イスは増田さんの遺品です

 明日からの3日間で、四国八十八ヶ所霊場の満願を果たし、鳴門の渦潮見物と阿波踊りを体験し、翌朝に徳島からフェリーで和歌山県に渡り、高野山に参拝して白浜海岸に宿泊し、最終日に熊野三山と青渡岸寺に参拝して愛知県に戻る行程です。

 平成13年に四国遍路を始めて、十数回(満願)の遍路に出かけていますが、フェリーを使用したことはなく、高い乗船料と時間を考えると車の移動の方が効率的ですが、同行する7人の80歳近い平均年齢を考えると最後の四国遍路になる可能性のある人も存在し、渦潮と阿波踊りとともに思い出としての船旅でもあります。

 さて、先週の台風21号と今週の台風22号によって、和歌山県や奈良県の各地から土砂崩れや水害の被害が発信されていることから、高野山に参拝後の3日目の行程を奈良方面にしていましたが、急遽龍神スカイラインから白浜に入り、熊野三山を訪れることにしました。

 現地の観光協会や自治体に確認したところ、道路の寸断はないとのことですが、和歌山県の紀の川市の川が氾濫しており、新宮市でも台風被害が発信されていたことから注意は必要ですが、天候が良さそうなことは幸いとなりました。

 初心にかえった四国遍路にしたいと思います。

                                   10月30日の一言

台風のため何もしない一日に


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台風が過ぎ去り西の空が明るくなり  午後5時30分自宅前

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庭の空も茜色に

 先週日曜日に続いて台風が近づき、各地で予定されたイベントや行事が中止されており、私も何もすることが無いばかりか、降り続ける雨によって外出もままならず、修理した車を運転するつもりでしたがそれもない一日となりました。

台風22号、紀伊半島沖合に 東京・大島で避難勧告 

雨ニモ負ケズ 台風22号でパレード中止も仮装で町歩き

 横井庄一記念館にも出かける予定でしたが、台風のため先週に引き続いて休館状態になったため、明日の夜から出かける四国遍路(9名)の行程を見直していると、当り前に四国へ出かけているため、何も考えず目新しいものがありません。

 四国のお寺を巡拝して、納経帖に朱印をいただき、満願を果たしたら高野山へ御礼参りに走るのは当り前ですが、私自身も役務的になっており、せっかく四国まで出向いているものの、同行する人々に最善の旅程を考えているとは言えません。

 そんな訳で、今回は満願後に徳島県にとどまって鳴門の渦潮を鑑賞し、阿波踊り会館の夜の阿波踊りに参加し、2日目の高野山参拝後に白浜海岸まで移動し、3日目は熊野三山と那智の青岸渡寺を参拝して名古屋に戻るコースを調べなおしました。

 過去の遍路経験から、適当な時間配分と、四国のデータがカーナビに入っているため、事前の下調べをすることも無くなっており、台風で空白となった時間によって、過去の遍路体験とは違う四国行きが経験できそうです。

 もっとも、最近は高速道路の交通事故や、台風の通過によって奈良県や和歌山県の被害もあることから、還暦前には感じなかった出発前のストレスも感ずるようになってきました。

               本日の体重  徒歩数 1601歩 間食あり
                                    10月29日の一言

宇津江四十八滝  飛騨国府


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王滝とともに大きな滝でした  昨日の写真です

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宇津江四十八滝の上り口です
                        先行する3人の足取りは重そうです

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清々しい水

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展望台から見える北アルプス

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滝の最上部 ずっとたたずんでいたい場所です
                             それまでのせせらぎが激流に変化していきます


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拾ってきた朴葉とカエデの葉

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オマケ こんなに大きい顔よりも大きい朴葉

 昨日に高山市を訪れたついでに、国府町の宇津江四十八滝を訪れました。
 同行した3人は、車を降りた場所から滝を見物する程度に考えていたようで、坂道を880メートルも歩くとは思っておらず、入り口の看板を眺めてから重い足を引きずって歩きかけたものの、200円の清掃協力金の自動券売機を見た時に、気力が失せてしまったようで入り口周辺でリタイヤです。

 私は3回目の訪問となりましたが、過去2回は夏に訪れており、滝から漂う湿気と汗で身体中がベタベタになりましたが、昨日は汗もかかずに最高のウォーキングとなり、今年は上高地で一日中歩く機会が多かったためか、過去2回と比べると余裕の散策となりました。

 宇津江四十八滝という名前から48の滝があるように思ってしまいますが、実際には13の滝が存在するだけで、「よそ八(四十八)とは仏法四十八願を意味するもののとして、この滝を四十八滝と呼ぶようになったと記されています。

 大きいだけなら近くにも平湯の大滝など複数の滝が存在しますが、13の滝をめぐりながら歩く880メートルの散策路は、ブナ、ナラ、クルミ等の大木が茂り、貴重な山野草も見られ、私の大好きな朴の木や、春の新芽や秋の紅葉時には見事な自然観察が楽しめます。

            本日の体重 72、7キロ 徒歩数 3001歩 間食あり
                                    10月28日の一言

飛騨高山から北アルプスの雪化粧を眺めて


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高山市のアルプス展望公園「スカイパーク」から見た乗鞍岳 

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道の駅 明宝

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私のお気に入りの団子屋
                             添付したのは新米で作られた五平餅

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せせらぎ街道

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柏木工のショールーム 高山市

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高山市から見た北アルプス

 愛知県津島市には、かつて岐阜県高山市に本社がある家具会社柏木工の営業所があり、現在も営業所跡地には工場が残されており、その維持管理をかつて所長をしていた私の知人がおこなっています。
 本日はその知人が高齢となり、高山市まで長距離運転ができないため私が運転を依頼されて、知人2人を誘って4人で柏木工本社ショールームと高山市を訪れました。

 かつては、高山市を目的地として訪れていた時期もありましたが、最近は上高地への行き来の通過点として通り過ぎ(先月も乗鞍スカイラインを訪れました)ており、今年になってからは長野県の薮原経由で上高地に入り、岐路には木曽福島から御嶽山の霊神場を訪れているため、久しぶりの高山を目的とした運転となりました。

 津島市09:00 … 尾西IC …東海北陸道… 長良川SA … 郡上八幡IC …せせらぎ街道…
  … 道の駅明宝11:05 … 道の駅パスカル清見11:35 … 高山市12:40 柏木工本社


 柏木工のショールームは木造ながら巨大な建物で、飛騨地方の伝統的家具が展示されており、貧乏人の私には手も届きませんが、今から30年以上前に知人から購入したロッキングチェアが現在も使用しています。そして、修理は永久にするとの重役さんの話でした。

 山に囲まれた高山市ではありますが、遠くの北アルプスの遠景をじっくりと見た記憶がなく、「どこかで山並みを眺められる場所」を尋ねたところ、柏木工前の交差点を北上するとアルプスを展望できる「スカイパーク」という公園があることを教えていただきました。

 本日は晴天に恵まれ、(携帯電話のカメラでは表現できませんが…)雪化粧した乗鞍岳や北アルプスの穂高や槍ヶ岳も見事に眺められたことから、上高地のホームレス画伯こと渡辺さんに連絡すると、本日の午後に上高地を下って、白馬の知人宅を経由してから千葉県に戻るとの話でした。
 いよいよ上高地も半月後の15日には閉山式がせまっており、知り合いとも半年間のお別れとなりますね。

 本日は、このあと宇津江四十八滝(顛末は明日の一言に)に車を走らせてから、再度私のお気に入りとしている、せせらぎ街道の「道の駅明宝」の団子屋さんに立ち寄って、愛知県一宮市で夕食をとってから自宅に戻りました。

             本日の体重 73、2キロ 徒歩数 6858歩 間食あり
                                     10月27日の一言

車が壊れ、名札を落として


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昨日のリトルワールドの写真です

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津島市天王通りから見る津島駅

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管理栄養士からMさんへの手紙

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私への指導(?)の手紙

 本日は3ヶ月に一度の管理栄養士さんの指導日でしたが、季節的に微増していた体重が今月実施した健康診査当日に奇跡的に低下し、検査の結果も昨年同様に正常値を示したものの、本年春から微増したままの体重管理に課したノルマも果たせず、リバウンドの危機もあるため、新たな節制が必要です。

 さて、昨日出かけた岐阜県可児市から自宅へ帰る際に、身動きできない満員の電車から降りた名鉄電車内か、神宮前駅で四国霊場会からいただいた名札を落としました。

 本年の元旦早々にも訪れていた京都で名札を落とし、10年間も使った名札を落としたことから、まるで私の分身を落としたような気持となり、愛知県の自宅から落とした場所まで探しに行こうかと思ったくらいでしたが、昨日は淡々と落として名鉄に勤める妹に連絡し、出てこなかったら霊場会に再発行してもらおうと考えていました。


 ただし、道路で落としたのではなく、名鉄電車か駅で落としていたため、本日昼ごろに神宮前駅で拾われていたと連絡が入り、本日夜に妹が持ってきてくれました。
 月末に四国遍路から高野山と熊野三山に行く旅程を考えており、踏まれて表面にできたキズを眺めながら、弘法大師からの警鐘のようにも感じられ、当り前のように戻ってきた名札のキズを擦っていたわりました。

 今週火曜日の夜に旧車ライトエースの警告灯が消えなくなり、本日午後に車検を受けている自動車屋さんに連絡すると、ダイナモのオルタネータが不調と言われ、充電しないためエンジンを止めると走れなくなるため、近所の電装屋さんに持ち込んで修理を依頼して帰宅しました。

 平成元年登録の旧車ゆえに、致命的な故障は廃車になることから、来年1月の車検を諦めようかとも考えましたが、なんとか修理によって回復しそうでホッとしました。

 添付した手紙は、一緒に指導を受けるMさんとともに、管理栄養士さんから3ヶ月後の指導日までのノルマを記してもらったもので、書き込み中にもかかわらずコメント欄にお褒めの言葉をいただきました。

 もっとも、私の絵手紙には楽しくボーリングとしか記されていませんが、健康診査当日は劇的に痩せたものの、直後から2キロもどって72キロ台で安定してしまっているため、減量は考えないとしても、不摂生な生活を改めないとリバウンドは確実です。

 何とか月曜日と水曜日、金曜日のウォーキングか、それに相当する付加を考えて、1週間おきのボーリングと名所のウォーキングを続けることと、夜9時以降の間食を我慢するのではなく、野菜か寒天など決められた物だけにしたいと思います。

                                 10月26日の一言

一枚の切符と入場券を持って岐阜県可児市まで


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夕方の名鉄犬山駅 午後5時20分

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緑に囲まれた車窓 名鉄広見線
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西可児駅に到着しました。



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リトルワールドの建物

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沖永良部島の高床

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開催されていたポルトガルサーカス

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可児市から犬山市へ歩きました

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リトルワールドの夕暮れ

 本日は名鉄電車に乗って、岐阜県可児市まで足を延ばし、雨中のウォーキングによって犬山市のリトルワールドを訪れました。

  勝幡駅 09:03 … 09:17 須ヶ口駅 (名鉄本線岐阜方面へ乗換)
 須ヶ口 09:21 … 09:24 新清洲駅 (3人全員合流)
 新清洲 09:40 … 10:04 名鉄岐阜駅 (名鉄各務原線へ乗換)
 名鉄岐阜駅 10:28 … 11:03 犬山駅 (名鉄広見線へ乗換)
 犬山駅 11:06 … 11:16 西可児駅へ

 津島市から直接犬山市を訪れる場合、常識的には津島線で名古屋方面の電車に乗り、栄生駅か名古屋駅で乗り換えて、直接犬山線に乗るのが普通ですが、本日は新清洲駅で全員(と言っても3人ですが)合流となるため、名鉄本線で岐阜駅を経由して、名鉄各務原線で犬山市を訪れました。

 目的地のリトルワールドは犬山市にありますが、本日は丘を越えて散策することが目的のため、名鉄広見線に乗り換えて、岐阜県可児市の西可児駅から愛知県に戻るコースを考えました。

 天候に恵まれず雨中のウォーキングとなりましたが、徒歩数1万6千448歩の行程となる2つの山を越えるコースとなり、途中で道路に落ちた栗が多数散乱していたことから、拾い集めて我家の土産物としました。

 本年7月より、健康のため知人と毎週ボーリングを行う目標を立てましたが、10月に健康診査を受けて、健康的な体調維持が確認されたため、仲間が3人に増えた記念に、今回から遠くへ遠征してウォーキングすることになりました。

帰路 
 リトルワールド 17:00 犬山駅行きバスに乗車
 犬山駅 17:37 … 18:09 名鉄神宮前駅
 神宮前 18:13 … 18:39 名鉄青塚駅へ

        本日の体重 72、5キロ 徒歩数 1万6千448歩 間食あり
                                    10月25日の一言

添付する写真が無いの一言に


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チャンピオン飯店のグローブ 津島市神守町

元全日本ボクシングJrウエルター級1の人が経営者だそうです。
元々、名古屋でチャンピオン飯店25年防衛
一宮で7年防衛、そして津島市へ

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日曜日に出かけた鉄板焼屋さんの生ビール

私は運転手のため飲めませんでした。

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我家の庭で採れたカリンの実

 本日は横井庄一記念館のNPO法人化を図るため、設立申請の書類を仕上げる一日となりましたが、市役所と海部県民センターを訪れ、我家の庭を剪定中の同級生と夕方珈琲店で談笑していると、毎週火曜日の夜に開催している書道会の時間が迫ってきました。

 書道会が終って自宅に入ると時間は午後9時を廻っており、日中の庭師の同級生の姿か、市役所や県民センターの写真でも撮っておけばと思っても後の祭りです。

 そんな訳で、三男のスマホに納まっていた写真を提供してもらったのが添付した写真で、息子のお気に入りとしているチャンピオン飯店のグローブと、日曜日に訪れた鉄板焼屋さんの生ビールに、息子の接骨院に飾ってあったカリンの実を添付しました。

 さて、明日は還暦オーバー暇人倶楽部(笑)の3人で、名鉄電車の日帰りウォーキングに出かけます。3人で電車に乗る機会は初めてですが、いかに不効率な乗り方で車窓を楽しみ、歩くことも目標に一日を浪費したいと考えています。お楽しみにして下さい。

              本日の体重 72、4キロ 徒歩数 5811歩 間食あり
                                      10月24日の一言

台風一過


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台風が過ぎ去った夕方の珈琲店 私の指定席から

 戦後最大級と言われた台風21号ですが、東海地方に一番近づいたと思われる昨夜は、雨が激しく降り注いだものの、建物が旧いため心配していた強風はさほどでもなく、むしろ台風が遠ざかった本日の午前中から午後にかけて強い風が吹き荒れる一日となりました。

台風21号、死者6人に 記録的豪雨、80人以上重軽傷

 本日の報道では富士山に初雪が降り、北海道では激しい降雪によって除雪車が出動する映像が流れてきましたが、この台風によって確実に空き色が深まり、確実に冬の到来を予感し、11月15日の上高地閉山式が近づいていることを実感させられました。

 さて、台風と同時に行われた衆議院選挙では、3割の得票率しかない自民党が6割の議席を占める結果となり、国民の半数近くが投票に行かない選挙とともに、選挙制度の改善と、各地で弁護士が求めている一票の格差も、裁判所が是正を認めると東京や都市部に人口が集中し、地方分権どころか、過疎地に残された集落の消滅にもつながることから、政治的判断も求めたいものです。

衆院選「一票の格差」、弁護士グループが一斉提訴始める

 裁判所の判断は、あくまで決められた法律や制度に基づいた判断であり、人口の少ない集落は、多地区との選挙区の合併や、地域事情を全く知らない立候補者に投票を余儀なくされ、ましてや県をまたぐ選挙区は、郷土を愛する県民性や地域特性が忘れられてしまいます。

 以前の一言にも記しましたが、故郷を離れた高学歴者が都市部に集中して戻ってこず、最近の国政選挙に多数が立候補する弁護士についても、地方では事務所の利益がでないため、都市部に残ったまま出身地には戻ってきません。

 還暦を過ぎ、これからは子供たちの世話になる年代が近づいていますが、成長した子供たちが必ず親元の近くに戻ってこれば、共稼ぎで子供を学童保育に預ける必要もなく、高齢になった独居老人を公費負担で保護する必要もありません。

 生まれた家や家庭を中心とした社会へ見直し、家族や一族の苦しみを共有する支えあいの社会にするためにも、国政選挙の候補者も選挙区出身者か、選挙区に居住する人物しか立候補できない制度を求めたいのは私の独善的思想でもあります。

                本日の体重  徒歩数 1867歩 間食あり
                                    10月23日の一言

台風を前に外食と外出に


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立田道の駅のれんこん入りみたらし団子

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珈琲(200円)に付いてくるれんこんチップス

                         立田ふれあいの里 http://www.tatsuta-fureai.com/

 大型台風が近づいている中で、家族は外食に出かける予定を立てており、夕食では台風の影響を受ける可能性も高く、選挙の投票に行っていなかった私と次男を乗せて、家族6人が投票所経由で昼食を食べに行きました。

 久しぶりのお好み焼き中心のお店でしたが、私自身は待たされるのが大嫌いで、何よりもスーパーや道の駅で低額な焼きそばやお好み焼きがあるので、外出予定がありビールも飲めない鉄板焼にストレスを溜めていたものの、さすがに専門店だけにスーパーのお好み焼とは違う食の満足感を覚えました。

 ただし、家族6人と相棒リマが外出するとなると我家では10人乗れる私のキャラバンとなり、私が運転していくことになったため、昼食後は私の好みとなる「五平餅」や「みたらし団子」を求めて津島市から一番近い立田の「ふれあいの里」へ走らせましたが…

 台風の接近により、私の目的とする団子屋は店終いしており、他の店も閉店の準備中のため、パンの工房に入ってれんこん入りのみたらし団子と珈琲を注文したところ、珈琲にレンコンチップスが付いてきました。

 さて、午後からは雨足が強くなり、この足で横井庄一記念館を訪れると玄関も閉められており、その後に約束してあった娘のアパートに走りましたが、帰宅時は雨で視界が悪く、台風の影響とは思えませんが安物のカサが破損してしまいました。

口内細菌、腸で増えると潰瘍誘発 治療薬開発に期待
記事の続き…
 ログイン前の続きこの細菌は口の中や皮膚に少数いる常在菌と考えられている。研究チームの服部正平・早大教授は「腸内のほかの細菌のバランスが崩れると、この細菌が増えるのではないか。この細菌だけを攻撃する薬が開発できれば治療に役立つ可能性がある」と説明する。
 研究チームの本田賢也・慶大教授は「遺伝的な背景にこの細菌が加わると、炎症性腸疾患が起き、慢性化しやすい可能性がある」と話している。

 私自身も口内の歯周病に苦しめられ、2年前は毎週のように歯科医院へ走っていましたが、歯の痛みだけでなく喉や顔部のコメカミにも痛みがあり、痛み止めの薬だけでなく、時には抗生物質の炎症止めの薬も処方されていました。

 何事も無いことが一番ですが、悪くなってからは他力本願になってしまうことから、口内の殺菌に心がけたいと思います。

             本日の体重 72、5キロ 徒歩数 2271歩 間食あり
                                     10月22日の一言


毎月21日はお寺の一日に

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我家の柿の木(左は明治時代から)、右は父親が植えた昭和末期の木

 かつては5本あった我家の柿の木が、駐車場の整備のため移植した3本は枯れてしまい、先祖伝来の柿の木と、私の父親が昭和50年代に植えた2本だけになってしまいました。

 私の子供の頃には3本の柿の木があり、裏庭にあった大木の柿は小さくて固くて甘みがなく、一番甘くて美味しい柿は家の建て替えで裏庭の木とともに伐採され、唯一残ったのが添付した左の柿の木です。

 右側の父親の植えた柿の木は、岐阜県の柿生産農家の知人よりもらってきた木で、実が大きくて甘い富有柿と思われますが、植えて40年ほど経過しており、最近はタネの入った実も出ており、木の生長が衰えると子孫を残すためタネを付けると聞かされ、還暦を過ぎた私も私の子孫に新たな甘い柿を残しておきたいと思っています。

台風21号、特別警戒級の大雨の恐れ 東海や関東甲信で

 さて、戦後最大級とも言われる台風21号が明日から明後日にかけて東海地方に近づくため、築50年となる我家は何事もないことを祈るだけとなりますが、海抜ゼロメートル以下の低湿地帯に住んでいるため、日光川が氾濫すれば何もかも壊滅状態になり、これから2日間は本当に祈るばかりの生活となりそうです。

 本日21日は真言宗のお寺では何らかの行事が行われており、私は町内のお寺で「阿息観」に参加し、名古屋市の大須観音の近くで開かれていた志賀弘法会の代表を迎えに走る、毎月の繰り返しとなる一日になりました。

 阿息観は真言宗の座禅で、禅宗のように木の警策(きょうさく、けいさく)で背中を叩かれる厳しい座禅とは違い、息をゆっくりと吐くことを主とした呼吸法による瞑想法ですが、同じように1時間程度座っているだけでも、3年前と比較すると頭の中に浮かんでくる景色が一変していることに気づかされます。

 今月一日に訪れた御嶽山の祖父の石碑の前で、これまでは感じなかった予感から、親族に電話で問いかけていると、何事もないと思っていた親族に複数の大問題が起こっていることが発覚し、何も聞こえてこない祖父の石碑から、聞く耳を持って耳を澄ますと、見えないものが見えてくるような感覚を覚えました。この感覚は何んなんでしょうか…

昼食だから早く…平成16年4月29日の一言 
一部の抜粋
 あのまま続いて般若心経を唱え続けていたら、どんな世界があったのだろうか。残念だが分からないままとなった。しかし、何か目に見えない法力が僧侶と行者の呪文と手法にあった事は間違いない。経験した事の無い体験だが、説明は難しい。今日は観光旅行のはずだったが、不思議な体験によって修験道の聖地を実感する旅となった。

 今から10年以上も前の体験ですが、吉野の蔵王堂で僧侶と修験者の後ろで般若心経を唱えていた時に、意識ははっきりとしていたものの、空中に浮いたような心境になったことがあり、この時の感覚を再現したことはありませんが、私の四国遍路や御嶽山行きの大きな原動力になっており、阿息観の指導を受けて5年ほど経過しましたが、何かがありそうな予感もするようになってきました。

            本日の体重 72、5キロ 徒歩数 1637歩 間食あり
                                    10月21日の一言

旧車ライトエースで100円マックへ

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旧車とまでは言えませんが、平成元年登録のライトエースです

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本日まで珈琲が無料でした
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我家の3台 左2台はタクシーです
                             左がセレナ(車イス搭載車)、中央がキャラバン

 先週の午後3時から夜7時までマクドナルドのホットコーヒーが無料になっており、サービス最終日となる本日は家内と一緒に100円マックに出かけました。

「あおり運転」とがめられ刃物で脅迫の疑い 埼玉 2017年10月19日

 全国各地から運転中の他車とのトラブルや、「あおり運転」に関するニュースが相次いでいますが、高速道路の極めて短い車間距離など、あまりにも危険な運転が放置されており、高速で流れている追越車線に割り込んで、走行車線の車よりゆっくり走る車など、交通ルールを無視して走る運転手の存在を改めないと、このようなトラブルは無くなりません。

 本日添付したライトエースは平成元年に登録された29歳の車輌ですが、この車を運転する時は、ブレーキの効きが悪いため車間距離を長めにとり、スピードも控えめにしており、普通に走っていても後ろからあおられる事があり、狭い道でも譲らずに幅寄せしてくる女性ドライバーも存在します。

 一方で、車体が大きいキャラバンを運転している時は、あおられるどころか対向車が道を譲ってくれることも多く、旧い車や軽自動車があおられる可能性は高く、運転する側でも大きい車と小さい車では周りの車に対する意識は違います。

 車は運転する人の人格を替えます。高校時代に落第して不良生活を送っていた私が、結婚して子供ができた頃に、狭い路地で対向車とトラブルになった時、相手は高校時代にひ弱で小さくなっていた運転手でしたが、まるでヤクザのように変身して怒鳴りつけてきました。

 「なんか文句でもあるか」とドアを開けて車を降りた私に、家内が「ヤメテ」と必死に引きとめ、小さな長男が泣き出したことから、「この野郎」と言っただけで車に戻りましたが、真面目な高校生が車によって人格をかえていく事例を多く見ました。

 追い越し車輌にぶつけられて原付バイクのウインカーを破損させられた時に、逃げ切れると思ったのかそのまま走りすぎるサラリーマンを追いかけ、自宅で捕まえたこともありましたが、バイクはスピードが遅いと思って逃げていく運転手にも、今にして思えば警察を呼べば良かったのかもしれません。

 それにしても、テレビの映像を見る限りでは、まるでヤクザ者が因縁でもつけているようにしか思えず、こんなことで命を失ったり、事故の当事者になるのは理不尽で、高速道路については車間距離をとれば割り込まれ、5メートル程度の車間距離で追走する車も存在することから、まずは車間距離をとらない車を警察が検挙し、一触即発の通行を改善していかなければなりません。

 現在の私自身は市議会議員という公職にあり、他車とトラブルを起こす気持はありませんが、元々は口より先に手が出る非行少年出身のため、運転席に家内や孫の写真か、愛犬リマの写真でも貼り付けて、ゆとりある運転に徹していきたいと思います。もっとも、私の運転席には弘法大師の御影が貼り付けてあります。

            本日の体重 72、3キロ 徒歩数 3149歩 間食あり
                                     10月20日の一言

オレを誰だと思っているんだの一言について

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恵那峡サービスエリアにあったUFOピーマン

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道の駅大桑で売られている盆栽

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道の駅木曽ならかわで売られる地元産商品

 日曜日に上高地から帰ったものの、旅先で見た景色や品物は新鮮で、携帯電話のデータフォルダを見るたびにその時の気持ちが甦り、350円で売られていた盆栽や、道の駅に並んでいた商品まで懐かしく思い出されます。

 本日は主宰しているNPO法人の法人税を支払うため県税事務所を訪れましたが、利益を目的としていないボランティア活動に対して、自ら確定申告して愛知県に納税する気持にはなれず、税務署にはゼロ申告で出向くものの、その申告によって課税してくる愛知県には申告しないことを宣言してきました。ただし、法人税の請求は届きます。

 さて、朝日新聞の新着記事の中に、石破氏の「おごらず、たかぶらずが国会議員に欠けている」の記事を読んで、選挙時に頭を低くして庶民面する候補者が、いったん当選すると上から目線で「先生風」を吹かせた事例を思い出しました。

石破氏「おごらず、たかぶらずが国会議員に欠けている」

 10年ほど前の話となりますが、新幹線か飛行機が満席でチケットが取れなかった民主党の衆議院議員が、「オレを誰だと思っているんだ」と、名鉄の旅行センターの窓口に偉い剣幕で怒鳴って電話をしてきたことがありました。

 この電話を受け取ったのは名鉄に勤務する私の妹で、この議員の選挙区の有権者が電話の相手とも知らず、しかも名鉄の労働組合が民主党を支援しているため、我家にも組織的に議員への投票依頼が届いていることも知らずに、自分の有権者でもある私の妹に国会議員と名乗って「何とかしろ」と罵声を浴びせていたのです。

 この国会議員は津島市のイベントにも来賓として来ることがありますが、こんな人格を聞かされると投票する気持にもならず、今回は希望の党に鞍替えして立候補していますが、選挙区の出身者でもなく、郷土に愛着があるとは思えず、石破氏の「人々のために」の一言には国会議員全員に聞かせたい言葉です。

 そんなことから、この一言で「オレを誰だと思っているんだ」として書き込んだ記事を検索して読み直してみました。




 最初の一文は、俳優の緒方拳さんが生前に高速道路の料金所で発した言葉で、ハプニングは来賓として招かれていた会場に出向いた時に、私の風体を見たボランティアの係員から車の進入を阻まれた自身の体験と、若かりし頃に、警察官を相手に署長の知り合いになりすました自身の体験が記されていました。今から10年前の懐かしい一言でした。

            本日の体重 72、1キロ 徒歩数 2114歩 間食あり
                                    10月19日の一言

上高地からの帰路に…木曽福島から御嶽山へ

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14日(土)の上高地です
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御嶽山黒沢口 御嶽神社里宮

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太陽の丘公園 木曽町三岳

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田中旅館 日の出の滝の近く
                              長野県木曽郡木曽町三岳2841−2

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御嶽教 明栄講霊神場

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道の駅 木曽福島

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日野製薬専用の売り場

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道の駅の木曽川の対岸に
                 何だろうな?

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大きな神社が見えます

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御嶽山木曽本宮

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立派な本殿です

 昨年は高山経由で上高地を訪れていましたが、今年は木曽路経由で往復しており、帰路には必ず木曽福島から三岳にある御嶽山黒沢口の明栄講霊神場に立ち寄り、祖父の石碑に手を合わせるようにしています。

 御嶽山には、覚明行者が開いた黒沢口登山道と、普寛行者が開いた王滝口登山道があり、祖父は覚明行者を奉る明栄講の先達だったため、私は黒沢口から御嶽山に登っており、王滝口から登ったことはありません。

 さて、今回(10月15日)は道の駅木曽福島から木曽川の対岸に大きな神社があることを発見し、地元の人に聞いたところ7年前に移転して建てられた神社との話で、規模の大きい御嶽山木曽本宮神社が存在していました。

御嶽教(おんたけきょう)は奈良県奈良市に教団本部(御嶽山大和本宮)を置く教派神道で、神道十三派の一つ。『宗教年鑑 平成28年版』における信者数は、60,480人。長野県木曽郡木曽町に御嶽登拝の安全を祈願するための神殿である木曽大教殿がある。 御嶽山を信仰根本道場としている。

 この神社は奈良県の教団であることが判りましたが、祖父が先達だったとは言え、御嶽教については何の知識もなく、私は祖父の関係する場所で般若心経を唱えてくるだけです。
 四国遍路は仏教の真言宗が基本になっていますが、真言宗は本尊を大日如来としており、大日とは「大いなる日輪」という意味で、太陽を司る仏であり、密教では大日如来は宇宙の真理を現し、宇宙そのものを指しているため、山岳信仰の御嶽山とも共通していると思われます。

 いくら好きな場所とは言え、愛知県から上高地は約200キロも離れており、途中で息抜きとして立ち寄れる場所は貴重な存在で、ちょうど中間地点にある御嶽山の存在は、私の上高地行きには有難い存在となっています。

             本日の体重 72、2キロ 徒歩数 2910歩 間食あり
                                    10月18日の一言

10月の体重と徒歩数

29年10月の体重と徒歩数

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ただ、なんと無く一日が経過して…

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稲刈りのすんだ水田

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スプーンベル(珈琲店)最後の客に

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隣のお店 つきのうさぎカフェ
                        オムライスの専門店に行ってきました

 5日後に選挙の投票日が迫っているものの、私の住む愛知9区に立候補するのは国会議員のレベルとは思えない自民党現職と、直前に民進党から希望に乗り換えた民進党現職に、国の進路を論ずる候補者とは思えない共産党候補しか存在しないため、投票することすら決められない選挙になっており、本日開催された書道会でも「誰にも投票できない」選挙の現状に花が咲きました。

 かつての中選挙区時代は、総理大臣になられた海部俊樹さんをはじめ、問題発言で話題となった大臣の江崎鉄磨さんの父真澄氏と、社会党の自治大臣佐藤観樹さんの3人が指定席としていた選挙区ですが、当時の国会議員は地域に有力な秘書が存在し、地域と国がつながっており、それぞれの秘書が育って各地の市長や国会議員にもなられました。

 地元から希望の党で立候補を決めていた候補者が、選挙直前に民進党から勝ち馬に乗ろうと希望の党に割り込んできた候補者によって、他の選挙区へ鞍替えされていった姿を見ると、筋が通せない希望の党にも投票はできません。

 自民党や安倍政権に批判的な人々(私も)も、希望と共産党しか選択できない現状では書き込む政党は無く、元々が無党派層が半数を超える現状の中では、選挙区も比例区も白紙投票しかできません。

 希望の党が期待されていた当初から安部首相の目論見どおり、期待する対抗馬が存在しないため、政権与党の一人勝ちが決まっていたのかもしれません。

知人に会いたくない… 期日前投票、切実な理由で増加中
記事の続き…
ログイン前の続き一方、昨夏の参院選で期日前の割合が24・20%で、全国最低だった神奈川県。県選管の担当者は東京に通学・通勤する有権者が多いことを挙げ、「満員電車に揺られて疲れた平日より、日曜日に投票に行くのではないか」と分析する。投票率が全国平均を0・76ポイント上回り、全国25位の55・46%だったことから、「必ずしも期日前が多くなければいけないというわけではない」と説く。
 衆院選をみると、期日前の割合は右肩上がりで14年は24・03%になったが、肝心の投票率は09年の69・28%から2回連続で下がり、14年は戦後最低の52・66%に。期日前と投票率の動向は必ずしも一致しない。
■各党も利用呼びかけ
 総務省の発表によると、今回衆院選の15日時点の期日前投票者数は約410万7千人。14年衆院選の同時期より約140万7千人増え、これまでで最も多い。
 各政党は期日前を確実な票固めにつながると着目する。党幹部の失言などで選挙情勢がひっくり返る可能性があるため、できるだけ早く票を積んでおきたいとの心理も働く。
 「(公示翌日の)11日から毎日が投票日。近くの期日前投票所はどこですか」。自民党の小泉進次郎・筆頭副幹事長は13日、福島市の街頭演説で、期日前投票を呼びかけた。近くの投票所を紹介するのも定番となっている。希望の党の小池百合子代表は同日の街頭演説で、「私はもう事前の投票を済ませました」と強調した。
 選挙権年齢が「18歳以上」に引き下げられたことも踏まえ、公明党や日本維新の会はツイッターで期日前投票に足を運ぶよう促している。

 一方で、投票年齢を下げたことについても、税金も公的負担も負わない若者や、親に養育された高校生と同じ一票を投ずることへの不満も多く耳にします。
 小選挙区制度になったことで、選挙区で一人しか議員が続けられないため、落選しても生活に困らない弁護士や女性候補者が落下傘候補として各地に立候補し、地域のため地道に努力して精進を図る政治家が減っていると思われます。

 選挙が終盤になった本日も、我家には病院に行く足に困った人から連絡が入り、まるで選挙中とは思われない日常生活を送る知人から連絡が入り、珈琲店から夜には隣のカフェへと、何も変わらない一日が経過していきました。

                                   10月17日の一言

上高地 サルの追い払い

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上高地パークボランティア サルの追い払い機器の確認 10月14日(土)

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追い払いの機器の試技

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梓川右岸をサル探索中です

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同じく梓川右岸を岳沢湿原へ

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イスラエルからの旅行客と自然保護談議に花が咲きました

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本日はサルとの遭遇はありませんでした

上高地のサルに関する(今年)私の一言

 上高地のパークボランティアの活動に「サルの追い払い」があり、我家で愛犬と人間の子供と同じように生活している私にとっては、サルに石を投げつけて追い払うことはストレスとなりますが、サルと人間のトラブルを未然に防ぐため、心を鬼にして自らの体験とするために参加しました。

 上高地では当り前のようにサルと遭遇し、木の上でエサを食べるサルを写真に収めたり、背中に子猿を乗せてあるく親ザルを自然のように眺めており、観光で訪れた人々は、人間とサルがお互いに干渉しないことを自然のように思っています。

 ただし、それは決して自然ではなく、御嶽山で出会うサルの群れは、私の姿を確認すると慌てて逃げるか、遠巻きに迂回していくため、上高地のサルが人間を怖がらずに行動するのは人間の生活圏にサルが馴れてしまっていると考えられます。


 上高地のルールに「与えない」の決め事があり、野生生物にエサを与えないように訴えていますが、大正池でマガモやオシドリにエサを与える観光客や、サルに菓子を与える人物も存在し、サルと人間を遠ざける活動を続けないと、行楽地で観光客の食べ物を奪ったり、人間を襲うような二の舞にもなりかねません。

 サルの追い払いについて、サルを鉄砲で撃っているとか、サルめがけて石を投げて虐待しているような誤った発信もありますが、使用する威嚇銃の玉は、当っても傷つかない素材で、そのまま放置すると自然に腐敗してしまう素材で、サルに当てることはありません。

 14日(土)の活動中には、サルと出会うことがなく、何事も無かったとボッとする半面で、肩透かしになってしまいましたが、「サル追い払い中」のユニフォームを着た我々に、活動の趣旨を問い合わせる人も多く、自然保護について啓蒙するだけでなく、上高地の魅力を伝えられたことにも活動の意義があったと思います。

 現実には、母ザルの背中に必死でしがみついた子ザルや、小さな赤ちゃんを連れたサルの群れに石を投げて追い払う行為は残酷にも見え、私自身はしたくはありませんが、野生のサルに歯をむいて威嚇されると、地道な追い払い活動は必要です。

 もっとも、追い払わず、サルや野生動物の好きなように行動させ、人間が自然の中に踏み込まなければ良いと言う意見もありますが、畑の作物を全部食い荒らされた人や、野生の日本シカに表皮を食べられて枯れてしまう山林など、野生生物との関係は微妙な関係でもあります。

                本日の体重  徒歩数 3294歩 間食あり
                                     10月16日の一言

上高地からの帰路に…相棒リマと木曽路へ

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私と家内の真ん中に相棒リマ 松本市

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河童橋の私と渡辺画伯
                        遠くからこんな姿が撮られていました

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上高地の紅葉 梓川右岸

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本日は道の駅めぐり 今井恵みの里(松本市)

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お母さん、早く帰って来ないかなぁ 恵みの里

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朝日村のりんご畑

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道の駅 奈良井木曽の大橋(塩尻市)

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道の駅 木曽福島(木曽郡木曽町)

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寝覚ノ床 木曽郡上松町

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お父さんは一緒だぞッ

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道の駅 大桑(木曽郡大桑村)
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本日は雨中の木曽路でした

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よかったぁ、お母さんが戻ってきた


 上高地には5つのルールがあり、その1つが「持ち込まない」で、ペットや外来生物を持ち込まないとの決め事があります。


 我家では相棒リマを愛犬と言うよりも、人間と同じ家族として生活しており、家族旅行でも一緒に同行させており、四国遍路も家族は宿に泊っても、私は相棒リマを安心させるために車内で車中泊にしてきました。

 しかし、ペットそのものを持ち込まないルールとしている上高地では、相棒は散歩もできず車内に閉じ込められるわけですから、ストレスは想像以上になっており、本日は相棒と一緒の行動にしたものの、雨が大嫌いの相棒は散歩もできずにやっぱり車中の一日となってしまいました。

 道の駅今井恵みの里午前09:25 … 道の駅木曽ならかわ午前10:25 … 道の駅奈良井木曽の大橋午前10:40 … 道の駅日義木曽駒高原午前11:25 … 御嶽山黒沢口御岳神社若宮午後12:30 … 明栄講霊神場午後13:10 … 道の駅三岳午後13:40 … 道の駅木曽福島午後14:11 … 御嶽神社木曽本宮午後14:50 …  寝覚ノ床午後15;25 … 道の駅大桑午後15:49 … 道の駅賤母(しずも)午後16:30 …  自宅18時30分
 
 今回の上高地行きは、元々は私のボランティアへの参加が目的でしたが、家内や家族の同行となったため、ボランティアを昨日で切り上げて、本日は沢渡から塩尻経由で木曽路の道の駅を全部訪れることを目標にして愛知県の自宅まで戻りました。

 次のボランティアは11月4日(土)と5日(日)の2日間で、閉山式の行われる15日(水)が今年最後のボランティアとなります。


今年の上高地は確実に腫れ男になりました

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窓が額縁のキャンパスと化した小梨平食堂

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本日の穂高連峰

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本日早朝の渡辺画伯
                           ダンボールを持って帰省の準備中です

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本日からマッサラの新作です

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紅葉は最盛期になりました

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夕方には随分と進捗していました

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少し作風が変わりました

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画伯の周りは人が集います

 数日前から上高地の天気予報は悪く、雨具を背負った上高地でしたが、今年の私は晴れ男のためか曇り後晴れの予報が、雨が全く降らない一日となりました、

 雨の予報によって宿のキャンセルも多数あったようですが、そのために快晴の上高地をゆったりと過ごすことができました。

 本日はパソコンのWi-Fiの調子が悪く、書き込んだ内容が発信できないため、家内のスマホからの発信です。

明日も上高地か長野県からの発信となります、


安全運転管理者法定講習会に参加して

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安全運転管理者法定講習会が朝から開かれました 津島市生涯学習センター(旧アイプラザ)

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大ホールが会場です

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大学の専門家による心理学の講義

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昼休みも玄関は満杯です

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やっと終りました 午後4時30分

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退出する車も大渋滞です

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我家は庭師さんが入っていました

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松の木に小鳥の巣がありました
                       どんな鳥が入っていたのでしょうか

 本日開催された安全運転管理者の講習会は、多数の車輌を所有している事業所や、マイクロバスなどを所有する経営者などを対象にして、一年に一度行われていますが、私もNPO法人で5台以上の車輌を運行させているため参加しました。

 愛知県は交通死亡事故件数ワーストワンを続けており、その犠牲者は高齢者の道路を横断する歩行者や自転車との話ですが、日の入りが早まり、うす暗い道路を黒っぽい服装の高齢者が移動する姿の識別は難しく、スピードを落として事故の対象者にならないようにしたいものです。

 さて、新聞やテレビで話題となっている神奈川県の東名高速道路の追い越し車線に後続車を停止させ、後続の大型トラックに追突されて夫婦を死亡させた運転手が、その事故の直前にも同じような走行妨害を複数回していたと発信されています。

 逮捕された25歳の運転手は、自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死傷)と暴行の疑いで逮捕されているが、高速道路の追い越し車線に後続車を停止させる行為は、危険運転致死傷に問われるべきであり、こんな人物は過失ではなく、確信犯の殺人者としての責任を問い、厳罰を負わせないと社会の秩序は保てません。

1カ月前も3台に走行妨害 東名夫婦死亡事故の容疑者

 暴力団の関係者が、車の購入や携帯電話の購入などについて、他人の名義を借りたり、本人とは無縁と思える罪でも身柄を拘束されている現実を考えると、今回の行為は暴行の最中に事故が発生し、その事故で無縁の夫婦が命を奪われていることから、道路交通法だけでなく殺人者として罪を追求してもおかしくないと思います。

 もっとも、安全運転に気をつけていても事故を起こす可能性はあり、私自身も死亡事故を起こせば63歳の男を逮捕したと実名で新聞報道されるため、残された人生をこのまま無事故で送りたいと思う一日ともなりました。

              本日の体重  徒歩数 4252歩 間食あり
                                   10月12日の一言

何も無い日常生活に自然を体感して

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「おい、何をやっているんだ」
    「別に、…そっちこそ何やってんだ…」
「何も無いから電話したんだ」
    「それで…」
「珈琲屋でも行こうか」
    「 …結局それしか無いんか… 」

 何にもやることが無いからと珈琲屋への誘いも堪りませんが、自宅と工場しか行き来しない新鮮な話題も無いままの知人と、珈琲代を浪費するのも益々三無主義になってしまうため、津島市を流れる日光川の堤防へ車を走らせ、車に積んであるガスコンロで高山の天然水を沸かして夕暮れの珈琲タイムとしました。

 山も海もない津島市で自然を体感できる場所は限られていますが、空の雲や沈んでいく太陽は1200年前の空海が目にしていた当時と一緒だと知人に話すと、「これもありかな」の一言となりました。

 自宅から30分も走れば伊勢湾や木曽川があり、暑い夏が終り、涼しい秋が到来したことから、車にカセットガスと珈琲を積み込むまでもなく、コンビニで低額な珈琲と食べ物を購入して外出するのも一案です。

 もっとも、木曽川の河口や河川敷で週末の夜に酒を酌み交わすのは、タバコの臭いがする狭い居酒屋のスペースよりも開放感があり、知人の釣った魚を肴にして朝まで飲み明かしてみたいものです。

 週末に上高地へ行く予定を立てていますが、上高地では霜が降りて真っ白になった風景が発信されており、これから厳しい初冬にむかっていきますが、我々の住む愛知県ではこれから紅葉と過しやすい行楽の秋になっていきます。

              本日の体重  徒歩数 2323歩 間食あり
                                    10月11日の一言

創業400年の丸栄百貨店が閉店の記事に

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近所にできた資源置き場

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 我家から30メートル離れた駐車場にダンボールや新聞など、資源の無料回収をするスペースができ、これからは遠くまで持って行くことなく、資源の再活用が可能となりました。

 もっとも、市内には新聞やダンボールなどの資源を無料どころか有料で引き取ってくれる施設が存在し、家内はここに資源を持ち込んでポイントを貯めて珈琲チケットと交換しており、他力本願で持ち込んでもらった資源で収益が上がるほど甘くはありません。

 むしろ、資源の再利用で収益が上がるのであれば、行政がゴミの分別を工夫して地域の資産として役立てることが重要かもしれません。

創業400年、名古屋の丸栄閉店へ 再開発で脱・百貨店

名古屋の百貨店、勢力図に異変 栄苦戦、高島屋一人勝ち

 さて、400年の歴史がある名古屋の老舗百貨店「丸栄」が再開発で閉店するとの新聞記事に、かつて4Mと言われた名古屋の百貨店が埋没していくようで寂しさが否めません。

 松坂屋と名古屋三越、名鉄百貨店に丸栄で4Mと言われていましたが、三越も元々はオリエンタル中村であったことと、松坂屋すら経営統合された名古屋の現実と、愛知を拠点としていた東海銀行や、最近コンビニに統合されたユニーなどの統合を見ると、無借金経営でトヨタ銀行とさえ言われるトヨタ自動車が独自の成長を続けている姿を対比させてしまいます。

 これまでゴミ集積場に捨てていた(資源)ゴミが、有効に再利用すれば資源として再活用できることと、収益すら生む世の中を見ると、アベノミクスなんて世の中の流れに流されず、地域独自の経済還流の仕組みを考えられそうにも思えてきます。

                                  10月10日の一言

高齢者は病気になれないの記事を読んで

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車窓から見える田園風景 津島市下切町

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前後も隣も三重県ナンバー 東海大橋

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台風で多くが倒れたレンコンの蓮田 愛西市八開村

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久しぶりのウォーキングです 津島市葉苅町

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明るく見えますが真っ暗です 宇治町

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 子供の医療費を無料にしたり、義務教育後の高校や大学まで教育費の無償化が国会議員の口から叫ばれる中で、高齢者の年金が削減され、かつては高齢者の医療費を軽減してきた流れが、国の借金増大から自己負担が増やされたり、保険給付を制限する動きがあることに、これから高齢者を迎える立場から疑問が拭えません。

高齢者は病気になれない? 医療費給付を制限されたら…
記事の続き…
 ログイン前の続きさらに聞きたいことがあった。もし、がんの転移脳梗塞(こうそく)の再発があったり、足腰の衰えで要介護度が上がったりしたとき、どんな医療や介護を選択したいのか。
 父は少し投げやりな感じで答えた。
 「そんなに治療費が高いのなら、お金をかけることはない。治療して普通に生活できるようになるならいいけど、そうならないのなら、治療はしなくていい」
 「苦しまなければいいよ」
 残念な答えだと思い、何度か聞き直すと、父は黙ってしまった。
 父は、足腰の衰えはあるが、何とかまだ自分でトイレに行くことができ、お風呂にも1人で入れる。母の料理を自分で口から食べ、寝たきりでもない。
 私が尋ねたのは、終末期延命治療の選択ではなく、その前の段階の高齢者医療や介護に対する希望についてだ。
 私自身は、保険適用される治療があり、今のように日常生活を送ることができるのであれば、治療を受けた方がいい、自ら放棄することはないと考えている。父が言った言葉は、場合によっては、家族に誤ったメッセージを伝えてしまうことになる。
 新聞やテレビで「医療の費用対効果」や「高齢者医療費の抑制」、「高額な新薬の保険適用範囲」などが取り上げられると、私がいま勤務するオピニオン編集部には、70代や80代の人たちから「日本でも安楽死を認めるべきだ」といった投稿が届く。
 医療にはいくつもの段階があり、死を急ぐことを考えてしまうような社会ではいけない。朝日新聞デジタルの医療特集ページ「アピタル」で、私が企画した連載「終末期医療を考える」(http://t.asahi.com/j415別ウインドウで開きます)を、考える参考にして欲しい。
■ショートステイを使えない
 お彼岸に母は埼玉県内にある自分の実家に行った。81歳のおじ(母の兄)が要介護4の80歳の妻を自宅で介護している。デイサービスを週3回利用するが、自宅ではおじがオムツの交換やお風呂の介助をしている。
 おじの悩みは、妻がショートステイを利用しようとしても泊めてもらえないこと。「夜眠れなくて、大声を出してしまう。1泊しただけで、施設から『迎えに来て下さい』と言われてしまった」
 総合病院に入院したときも、夜に声を出すため、1日1万円の個室を利用するよう病院から求められた。
 この話を聞いて、昨春インタビューした「単身急増社会の希望」(日本経済新聞出版社)の著者、みずほ情報総研主席研究員の藤森克彦さんも同じような経験をしていたことを思い出した。
 長野に住む高齢の父が手術後、集中治療室から一般病棟に移った。すると病院から「夜間に付き添いをつけてください」と電話で言われた。本来、病院は完全看護で付き添いを廃止しているはずだし、大部屋のベッドサイドで高齢の母が毎晩付き添いをするのは不可能だ。藤森さんは東京で共働き。病院近くの介護サービス事業所に相談したところ、一晩で2万7千円と言われた。安い事業所でも一晩で1万5千円だった。入院がいつまで続くか予想できない。藤森さんは「その時、初めて親の介護のために会社を辞めなくてはいけない日がくるかもしれないと思いました」と語っていた。
 介護の内実が、家族介護への依存を高めるようだと、支える家族が共働きや一人っ子、遠距離だと、今ある働き盛り世代、子育て世代としての生活との両立が難しくなる。40代後半から50代にかけて、誰もが突然、介護離職やダブル介護の危機に直面する可能性がある。だから、アラフィフ・クライシスの人たちを一人でも救える社会、会社、職場になって欲しい。

 長文の添付となりましたが、対応する医師や病院の対応によって、高額な医療費を免除されて治療を受けられたり、個室に入院する患者の室料が無料や減額される一方で、希望する治療が受けられない事例も存在し、高額な保険給付に配慮して治療を断念する人があることは悲しい現実です。

 企業の健康保険組合の経営悪化により、病気を治すために通院した内容を保健者に確認し、組合から複数の医療機関を受診しないよう指導される事例は、誰もが万が一の場合に最高の診療を受けられる権利も阻害しています。
 手術代の高額な金額にびっくりして治療を諦める人の存在があり、高額な医療費については一定額以上は返還されてくる制度を知らない人が存在し、その制度を説明しない医療スタッフも存在します。

 添付した記事にもありますが、福祉や介護に関わる職員の低賃金や劣悪な労働環境が口癖のように発信されますが、サービスを受ける側の高額な負担と、行政からの公的負担を加えると、福祉や介護施設が受け取る報酬は莫大な金額になっています。万が一の場合を想定しておきたいものです。

           本日の体重 71、7キロ 徒歩数 5134歩 間食あり

                                    10月9日の一言


安倍延命のため、国民不在の衆議院選挙を控えて

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我家の畑で多くの実をつけたミカン「はるみ」

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我家のアマガエル

 身勝手な解散と突然の選挙によって、予め予定されていた各地の行事の多くが中止に追い込まれていますが、解散選挙の争点に安倍首相が掲げている北朝鮮の核の脅威についても、安倍首相自身が北朝鮮と敵対する発言を国連で行っており、小泉首相のように北朝鮮首脳と対話するとか、アメリカとの間にたって対話を呼びかければ、日本が核の危険にさらされる危険性は回避されたと思われ、政権維持のために国民を危険にさらす安倍首相の早期退陣を求めたいと思います。

権力ゲームになった政治こそ「国難」 高村薫氏が指摘
記事の続き…
ログイン前の続き解散にまともな理由を求めるのはむなしいといっても、臨時国会冒頭の所信表明演説や代表質問さえ行われなかったのは、議会制民主主義政治の否定そのものです。安倍政権のこの政治姿勢は厳しく問われなければなりません。
 この解散は、政権にとって不都合な懸案への追及をかわしたいよこしまな意図と、野党の混乱と弱体化につけこんだ先手必勝の計略があまりに露骨です。さすがの有権者も白けるほかありませんが、政治がここまで平然と権力ゲームに血道を上げるだけの代物になってしまった現状こそ、「国難」と呼ぶべきです。
 もちろん、近代の政治が、国民の多様な価値観や意見を集約・調整して、正しく公共の精神を体現するものであったかどうかは、疑問です。資本主義と金融経済が、国民の幸福という漠とした目標を蹴散らしてしまったいま、政治家は利益誘導と権力ゲーム以外の存在理由をもちません。
 しかも、こうした政治家の行動原理は日本に限ったことではなく、アメリカをはじめ世界で見られるようになっています。自国ファーストを掲げる一方、それが引き起こす利害の衝突や矛盾、虚偽、欺瞞(ぎまん)への目配りはないのです。
 日本でも、安倍晋三首相の手前勝手な個人的歴史観に基づいて、教育基本法改正、国民投票法、特定秘密保護法、安全保障関連法、そして「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法が次々に成立、施行されました。
 戦後の出発点において、日本は侵略と敗戦の「戦争責任」をきちんと総括できませんでした。その結果、私たちは戦前と戦後の歴史を確定することができないまま、勝手な歴史解釈の横行を許しているのです。安倍政権はもちろん、衆院解散を機に新党を立ち上げた小池百合子都知事も、清新な装いの下は、筋金入りの右派の中の右派です。
 300万人を死なせた戦争の総括すらできなかった国に、まともな政治を望むこと自体、むなしいということかもしれませんが、それをかみしめている政治家が、この国にどれほどいるでしょうか。
 新党「希望の党」に、野党第1党の民進党の大半が吸収されてしまい、リベラルな有権者はいよいよ選択肢を狭められることになりました。自己保身のために政治信条を曲げてでも新党に駆け込んだ政治家たちを、笑っている場合ではありません。
 教育勅語を否定しない安倍首相と、これまでも権力ゲームに興じ続けてきた小池都知事の一騎打ちとなった選挙に、私は心底、青ざめています。リベラル新党に希望をつなぐことになるのでしょうか。

 添付した作家の高村薫(64)の記事中に、安倍晋三首相の手前勝手な個人的歴史観に基づいて(添付記事太字)とありますが、こんな危険な首相に軍隊を文民統制されたら、国民は大変な危険と隣り合わせになり、時代に逆行していきます。

 日本国内で人が人を殺しあう時代は、戦国時代から豊臣秀吉によって全国統一され、徳川300年で国内が安定したものの、明治、大正、昭和の軍国主義によって国土が焼き払われ多くの犠牲者を出し、不戦の誓いを立てて平和国家を目指してきました。

 人が人と殺しあう動物の延長から、国の安定によって殺人が否定され、隣国との平和外交によって、人は行きたい場所にどこでも自由に行動できる可能性ができましたが、安部首相の登場によって国民の主権が、政治指導者の意のままに命令されて生活するような雰囲気となってきました。

 そして、安倍政権打倒を旗印にした野党の選挙公約も、安部首相とほとんど変わらず、選挙後は連立か連携する可能性も考えると、国民の選択肢は限定され、選挙区出身の候補者もいないとなると投票する対象者は見当たりません。

 地方とは言え、私自身も政治で生計を立てておりますが、政治が頑張ばれば頑張るほど税金が高くなり、公共料金も負担が増えていく現状と、身勝手に海外支援する安倍政権や自民党によって、国の借金や財政再建の名のもとに国民年金が減らされ、支給年齢を引き上げる動きには、名古屋市の河村市長の主張する議員報酬削減と、減税を訴える動きは貴重な存在です。

 「誰に投票したら良いの」とか、「今の衆議院議員の名前は何か」と問われても、何も応えられない衆議院選挙がまもなく始まります。

            本日の体重 71、8キロ 徒歩数 2073歩 間食あり
                                     10月8日の一言

久しぶりとなるバーベキューに

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選挙ポスター掲示銀もできました

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我家の駐車場 その裏側では…

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夜のBBQのテーブルです

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炭に着火します

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火をおこすのが大騒動です

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大アサリから焼きます

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完全に火が安定しました

 我家の庭でバーベキューをするのは議員になって一度も無かったのかもしれませんが、かつては側溝のU字溝を置いて家族で楽しんでおり、そうすると20年ぶりになるのかもしれません。

 飲みすぎ、食べ過ぎです。最後の締めは、ぼた餅にチョコレートと生クリームの入ったパフェにプリンと、今まで封印してきたものばかりでした。そして、「ラーメン屋は来ないかなぁ」と耳を澄ませます。次男三男夫婦と大人ばかりですが、これからは常設にすることになりました。

 書き込み中のままに朝を迎えそうになっていました。

上高地からの帰路に 御嶽山霊神場

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御嶽山日の出滝前 明栄講霊神場
                           あま市甚目寺町覚礼行者を中心とする霊神場

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私の祖父の石碑もこの上にあります

 先週日曜日の上高地の帰り道に、御嶽山黒沢口にある明栄講の霊神場を訪れたところ、今年6月の震度5強の地震によって傾いたり倒れた石碑を、石材店の重機が入って本格的な修理が行われていました。

                         https://blogs.yahoo.co.jp/s281218/49861839.html

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愛知県あま市七宝町の
                         徳開霊神を中心とする「ろ組」の霊神場

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大きな重機が入っていました

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黙々と修復が続けられます

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木曽町三岳・黒沢口の「太陽の丘公園」 夕暮れです

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                                         ※いずれも今週日曜日の写真です
日野百草本舗 里宮店 https://hino-seiyaku.com/store/satomiya/

 私の母方の祖父は御嶽山明栄講の先達でしたが、旧尾西市の橋本講社の道行行者(霊神)のもとで修行し、あま市甚目寺町新居屋にある(山田)覚礼行者(霊神)が始められた明栄講に亡くなる年まで修行に通っていました。

 そんなことから、私は小学校2年生の時から毎年夏に御嶽山山頂まで参拝に訪れ、冬も麓の御嶽教参集所まで付いていっており、祖父や祖母とは中学2年生の時まで一緒に御嶽山に参拝していました。

 その祖父も、横井庄一さんがグアム島で発見された昭和47年夏に他界し、我家の御嶽山の祭壇は、祖父の後輩となる津島市の先達、垣見さんに現在まで面倒を見てもらってきましたが、高齢となる垣見さんが亡くなられると依頼する先達さんがなくなります。

 今年6月に震度5強の地震が発生し、霊神場の多くの石碑が傾いたり倒れていましたが、少しづつ修復が図られ、地震発生直後の悲惨な状況は改善されてきましたが、講祖や関係者の経済状態の違いによって格差が大きく、倒れるがままとなった霊神場があることは寂しい現実です。

 我家の新家の祖父も御嶽山明栄講の先達で、私の祖父の霊神場の隣にある「ろ組」に石碑があり、今回は現地から連絡して霊神名と建っている場所を聞き、初めて石碑前でお経を唱えてきました。

 さて、最後に添付した写真は、黒沢口にある日野製薬里宮店ですが、かつては日野製薬創業家の婦人がおられ、祖父を知っておられたことから、このお店で百草丸や土産を購入すると、独断で定価を無視したような値引きをして下さり、そのために絶対に素通りしてはいけないお店でしたが、最近はそのことすら語れる人が居なくなりました。

 祖父の家も、数年前に伯父が亡くなり、後継者(私の従兄弟)が母親に御嶽山の神棚を処分するように伝えており、祖父が生きておれば大声で怒鳴りつけたと思われますが、初孫の私以外は祖父の恐ろしさも知らない現実に年月の経過を実感させられます。

 上高地のボランティアを続けている間は、帰路に祖父の石碑の前にたち、祖父の言霊を聞くまで訪問を続けたいと思っています。

            本日の体重 71、7キロ 徒歩数 3105歩 間食あり
                                      10月6日の一言

ボーリング仲間が一人増えて

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本日のマイボールです これからもM-18を使います

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新たなメンバーが加わりました

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初登場のさんです

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暇人が2人から3人になりました

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ボーリング場玄関  夜間の照明の変化は幻想的でした

 8月から健康管理(減量)のため、同級生と毎週1回をノルマにしてきたボーリングでしたが、本日は新たな同級生を誘い、3人でプレーを楽しんだものの、若かりし頃に出した得点がなかなか出せません。

   本日のアベレージ117点   ローゲーム104点   ハイゲーム145点

 来年から年金受給者になりますが、何よりも健康でなければボーリングどころか旅行にも行けないため、本日も今月予定している健康診断が話題となり、親族や知人の訃報から病気にならない話題に花を咲かせました。

 本日参加したGさんは最近会社を退職しましたが、退職後も社会保険を継続しており、この2年間は会社の健康診断を受けないため、地方自治体の実施する健康診断が国民健康保険を基本にしていることから、検診の空白が心配ですね。

 さて、本日は横井庄一記念館から帰宅したところ、一宮市から知人が我家を目指しており、すれ違いのようにボーリングに同行する同級生を迎えに走り、目的地の稲沢市を目指していると、同級生の車とすれ違い、連絡すると我家を目的にして走っていることが判り、追いついて3人で談笑するものの、ボーリング場で待つ同級生がいるため、これもすれ違いのような会話となりました。

 外に出ていれば、知人や同級生と遭遇する機会も多く、元気であれば少年時代のような自由な行動が可能ですから、健康管理に留意して楽しい時間を共有していきたいものです。

歌手の三條正人さん死去 デビュー曲「小樽のひとよ」

 鶴岡雅義と東京ロマンチカ」のメインボーカルを務めた三條正人さんが74歳で亡くなったとの新聞記事に、我々も10年以内に死んでいく可能性を考えると、人の訃報が他人事とは思えない年齢になっていることを実感させられます。ご冥福を祈るとともに、夫人である女優香山美子さんの健康長寿を祈願したいと思います。

            本日の体重 71、8キロ 徒歩数 5219歩 間食あり
                                     10月5日の一言

カワセミ君のお墓にキノコが生えて

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我家の玄関 カワセミのお墓の周り生えたキノコ
                                奥の小石がカワセミのお墓です

                    https://blogs.yahoo.co.jp/s281218/48133561.html

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毒キノコなんでしょうか

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可愛いキノコの赤ちゃんです

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夏に花を咲かせたブーゲンビリアが再び開花して

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ビロード虎の尾 (アメジストセージ)

 久しぶりに玄関の庭の奥に足を入れると、見事なキノコが生えており、キノコ図鑑を見て調べたものの、複数のキノコの可能性もあり、食べられる可能性もあるものの、専門家に鑑定してもらわないと判りません。

 キノコの近くには3年前に玄関で保護したものの、数日で死んでしまったカワセミのお墓があり、その周辺に生えていることから、これからも毎年出てくれるように願っています。キノコの名前と成長に期待します。

 我家には子供の頃に食べられるキノコが存在し、我家では「ネデ」と読んでいますが、家の裏に屋根を越す大木となる樹木の根元に大きなキノコが生えていたものの、50年ほど前に家の建てかえの邪魔になり木が切られてしまい、その後はキノコも生えなくなりました。

 同じく庭にあった「ネデ」の老木の根元にも、家の裏のキノコと同じ種類のキノコが生えていましたが、「ネデ」の大木や老木の根元に生えるキノコは食べられるのかもしれません。

 さて、我家の先祖代々の樹木を「ネデ」と記しましたが、樹木の辞典を見ても「ネデ」の木は存在せず、何とか似ている樹木を探すと「アキニレ」のようにも見えますが、我家では大木になるので家内が嫌っています。我家に残る2本の大木は、私が50年前に切られた根回り1メートルの根元から新芽を株分けした木で、我家で数百年前から生えていた大木の子孫となります。
 
アキニレ(秋楡)  http://www.jugemusha.com/jumoku-zz-akinire.htm
 
 嫁いできた家内には40年程度の樹木でしょうが、私にとっては300年前かもしれない先祖を知る樹木で、この樹木の根元に食べられるキノコがあった記憶も、今では私だけの引き出しに入っているだけです。

                本日の体重 71、3キロ 間食あり
                                    10月4日の一言

上高地からの帰路に 木祖村田ノ上観音堂へ

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 信濃白ゆり温泉スタンド
 
信濃白ゆり温泉スタンド 信濃毎日新聞
 
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 国道19号線薮原から上高地へ抜ける県道奈川木祖線沿いにある温泉スタンドで、泉質は単純硫黄泉とのことですが、地下約1300メートルから27度の湯を毎分41リットルずつポンプでくみ上げており、現場では飲用もできるようになっていました。

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歴史のあるシダレザクラです

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本堂の廻りの多くの石仏

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寄棟造妻入屋根茅葺の堂

田ノ上観音堂のしだれ桜 http://www.buratto-map.net/sakura/2012/spot023_001.php

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                                     ※日曜日1日の写真です

 木祖村天然記念物の枝垂れ桜は、飛騨から来た旅人が「観世音様のおられた飛騨の国分寺の前に毎年美しい花を咲かせていた枝垂桜の種でございます。お堂の前に蒔きますから大切にお育てください」とお経を唱えながら種を蒔き終え旅立っていったと言い伝えられています。

昔、飛騨の高山から山伏が御神体を江戸へ持っていくために、背負い出し野麦峠・境峠を越えて田ノ上へ上り、良い丘があるのでそこへ下し、一服すっていざでかけようと思ったら、仏像が急に重くなり根が生えたようになって、動かすことができなく、業を煮やして、そこへ突き倒してあきらめて出かけたという話が伝わっています。

 観音堂の周りには多くの石仏があり、里の人々が巡礼した西国三十三ヶ所の記念碑や四国八十八ヶ所と西国・坂東・秩父の百観音を廻った百八十八ヶ所巡礼を刻んだ年代物の石碑も残されていました。

 現代でも木祖村の小木曽地区から中央本線薮原駅まで出るのが大変なのに、旧き時代に更に遠く離れた四国四県の足摺岬や、西国巡礼の天の橋立などの遠方までどんな想いで赴かれたのか想像しようとしても何も浮かんできません。

 本尊である聖観音菩薩立像(田ノ上観音)が、飛騨高山の国分寺から背負われてきたとの伝承や、枝垂桜の樹齢が300年以上とあることから、鉄道もない時代の人々の移動や巡礼の様子は、現代社会とは違う灯りもない鉛色にしかイメージできません。

 さて、私自身の生活パターンですが、上高地のパークボランティアに出かけた後には必ず体重が落ちており、本日の朝は70、3キロまで落ちていたため、体重増に悩んでいたことがウソのような一日が始まり、このまま11時まで食事を我慢して病院の健康診断を受けたところ、本日の体重は70キロを下回りました。

 半年ほど前から体重が72キロを超える日もあり、食事の節制ができていないのにそれでも71キロ台で安定していることから、管理栄養士さんから「心配することもない」とは言われていたものの、何とか基準値以下で検診を受けたいと考えていたため、節制せぬままに奇跡的な数値となりました。

 問題はこれからですね…

            本日の体重 70、9キロ 徒歩数 3544歩 間食あり
                                     10月3日の一言

上高地からの帰路に 奈川太平石仏群へ

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奈川太平石仏群
 
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手を合わせる人々の顔が浮かんできます
 
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まるで古里を見守っているように見えます
 
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中部北陸自然歩道の道標
 
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冬のために備蓄された薪
 
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一日中座っていたい環境です
                                 ※いずれも昨日日曜日の写真です
 
 沢渡から松本方面に下り、奈川度ダムを右折して薮原方面に進み、奈川支所、古宿を経由して旧役場があった黒川渡から上流へ向かって野麦街道を走ると奈川太平の石仏群があり、馬頭観音、大日如来、六地蔵が祀られているそうです。
 
 道標にはここから500m先に天狗の滝があり、野麦峠までは10、3キロと記されており、一日で散策できる距離ではありますが、この時期は熊との遭遇を心配してしまうと車で移動して散策した方が良さそうです。
 

上高地から自宅へ戻って

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本日の大正池と穂高連峰

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大正池から見る焼岳

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本日は大正池から散策道の清掃をしました

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田代湿原から見る穂高連峰

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穂高橋から見る明神岳

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早朝に沢渡から画材を運ぶ吉田画伯
                       元広島県薬剤師会会長・日展入選15回の名伯楽です

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河童橋の手前が画伯の低位置

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今や上高地の名物となった世界の渡辺(ホームレス)画伯に見送られて


 本日の上高地は霜が降りたとの話で、早朝はかなり冷え込んでおり、渡辺画伯の手持ちのカセットガスボンベも本日で無くなったとの話でしたが、ボランティア終了後の午後に私の車に積み込んで持っていった48本のボンベによってあと10日くらいは上高地に滞在できそうです。

 こんな事なら、次回に訪れる14日まで滞在できるガスボンベを余分に持っていけば、画伯のテントが無くなった寂しい小梨平を見ることもありませんが、最近は画伯から体調不良を耳にすることが多くなり、「今度はいつ来るんだい」の一言にもこの生活が何年続くのかと感ずるようになってきました。

 さて、過去に2回ほど写真を添付(下記のブログ)していますが、小梨平のアルプス観光の裏に沖縄ナンバーのフォルクスワーゲンが置かれており、この光景が異国に立っているようなイメージで私の大好きな景色でもあります。


 本日の早朝の河童橋で、ブルンブルンと旧式のエンジン音を轟かすそのワーゲンが走ってきたため、運転席を眺めると運転手がおらず、左ハンドルの運転席から手を振ってくれた小梨平食堂の女性スタッフの笑顔がありました。

 日曜日のためお休みで上高地を出るのでしょうか、無理やりでも停車させて写真を撮れば良かったと後悔しましたが、残されたシーズン中に確認して持ち主とワーゲンのツーショットにしたいと思います。

 上高地から沢渡までのシャトルバスは25分と55分に発車していますが、本日は目前に発車寸前のバスが停車していたものの、ボランティアの知人と一緒に乗車するため、「ちょっと、すいませーん」の一言が発せられず30分待ちとなりました。

 朝の目前のワーゲンと言い、発車直前のバスも共通ですが、大きな一言が発せられなかったことで、今にしては自分らしくなかったと後悔することになりました。

 本日は沢渡駐車場に戻ってから、再度自分のタクシーに乗り換えて上高地に走りましたが、画伯にカセットガスを手渡して午後一時には上高地を出たことから、自宅までの帰路になる奈川や木祖村の石仏や温泉スタンド、観音堂などにも立ち寄り、祖父の石碑のある御嶽山で地震で倒れた石碑を修復中の石材店の方々のお話も聞いてきました。その顛末は明日に記したいと思います。

                                  10月1日の一言

ギャラリー
  • ようこそ 大鹿一八の納経所へ
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  • 令和6年 上高地開山式の様子です
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