大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

2019年06月

上高地は悪天候  嫌な予感が現実となり


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沢渡足湯公園前の梓川 午前7時30分

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車窓から見えた大正池

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帝国ホテル

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田代橋と梓川 大正池と田代橋までの散策路は冠水のため通行止めです

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河童橋の上からの梓川上流

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河童橋と六百山

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梓川が溢れ土嚢が積まれています

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私の大好きな小梨平のカラマツも…

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すぐ近くでは…

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ベンチごと土砂が流されました

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私の立っていた場所も危険な足元でした

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完全防備のホームレス画伯のテント

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清水川だけは日常どおりの清らかな流れです

 本日未明より早朝にかけて長野県も激しい雨が降り注ぎ、沢渡地区の梓川も激しい流れになっており、上高地のボランティアも休みたい心境でしたが、田代橋周辺の現場からボランティアをスタートすると伝えてあり、小梨平のホームレス画伯とも午後3時の約束がしてあったことから、バスに乗る前から合羽姿の出発になりました。

 時間に余裕があったことから、大正池で降りて歩こうかとも思いましたが、梓川の水位を考えると歩けない可能性が高く、帝国ホテル前で降りると人の姿は無いものの、いつもどおりの姿に安心して歩を進めます。

 しかし、案の定大正池からの散策路は冠水のため通行止めになっており、田代橋から梓川の堤に出ると雨だけでなく、激しい風によってさしていた傘が吹き飛ばされそうな悪天候でした。

 私のボランティア活動は、梓川両岸の「センダングサ」の調査で、道の堤下も対象にしていたものの、足元まで迫る満杯の水位のため入れないことと、真面目に考えると両岸の堤には道路の両側に草が生えており、探索と言うよりも綺麗な草花や植物の名前を覚えながら気長に見つけるしかありません。

 さて、河童橋周辺も土嚢が積まれており、私の好きな小梨平では梓川の堤が激流で剥ぎ取られ、生えていたヤナギの木とベンチも流されていました。

 ホームレス画伯こと渡辺さんのテントは完全防備ですが、私との約束があったため待っておられたものの、更に悪くなる天気予報により、今晩はケビンに泊るとの話で、しばらくは絵を描く余裕も無さそうです。

 今にして思えば、ボランティアですから、合羽姿でカサまでさして活動する必要はなく、我家の草取りもしない私が真面目に活動すると、家族の反発も大きいため、今後は楽しい上高地行きも考えていきたいと思います。
                                    6月30日の一言

終日雨の上高地も 先輩のおかげで


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沢渡バスターミナル

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靄のかかる河童橋 午前8時

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閑散とした上高地バスターミナル

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午後は先輩ボランティアとの勉強会になりました

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温泉ホテル前の草花

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ウエストンレリーフ

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ゴリラ岩と六百山

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雨のため人の姿がありません

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バスターミナルのナルコユリ

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一週間前に奈良で売られていたナルコユリ

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雨の中を沢渡まで帰ります

 本日は早朝こそ雨具が要りませんでしたが、ボランティア活動に入った直後から雨が降り出し、一日中雨の中で活動することになりました。本日の作業は外来植物除去作業でしたが、クマササの中をかき分けて湿地帯の中で悪戦苦闘の作業となりました。

「大鹿さん、午後はどうするの?」
     「午後は担当するセンダングサの調査ですが…」    
「私は巡視なの」
     「だったら、上高地の勉強会にして連れていってください」
「いいわよ、明神へ行く?」
     「私の不勉強な大正池方面にしてください」

 小梨食堂で昼食をとり、小梨平にあるビジターセンター前から河童橋を渡り、梓川右岸にある樹木や植物の説明を受け、地球環境や北海道の植物も含めて、私の調査目的のセンダングサも見ながら雨中の3時間となりました。

 私自身も何とか素人への観光ガイドはこなせますが、清水橋で「ここで1時間は案内できるわ」と言われる先輩の言葉に、引き出しの差を実感させられ、とても太刀打ちできないレベルながら、私なりの案内のヒントになりました。

 ただし、激しい雨のため、説明を受けても手帳に書き写すことが難しく、私の鈍感な脳みそでは右から左となりますが、「夏もあるし、秋までにまた一緒に勉強会をやりましょう」と言われ、65歳の爺さんになりながら、子供のように指導してもらえる有難さを実感する一日ともなりました。

 明日も朝から雨中の活動になりそうです。
                                   6月29日の一言

現在、上高地へ移動中


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 名古屋市千種区のイオンで表示されていた津島市のお店の広告です。

 偶然にも娘が発見してメール添付されてきた広告ですが、奇遇なことにこのお店の窓や扉は、私の娘の婿さんが取り付けていたとのことで、世間は狭いことに驚くとともに、この名古屋市と津島市のご縁を長野県の沢渡で見ている世の中にも驚きです。

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 添付したのは本の表紙だそうで、左上が孫の作品とのメール添付です。うれしい連絡です。

 さて、本日は朝から福祉有償移送のボランティアの一日となり、明日の上高地でのボランティアのために夜7時に愛知県を出発し、一般道のみで11時前に沢渡に到着しました。

 車に積んであるワインとビールを飲んで朝まで仮眠となります。梓川の流れる水音が心地よい静かな車中です。
                                    6月28日の一言

台風の襲来と週末の雨天の予報に


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センダングサ

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 今週末に上高地に出向き、土曜日は外来植物の除去活動が予定されていますが、土曜日の午後と日曜日は上に添付した「センダングサ」の調査を予定しています。


 一年前の一言を見直すと、全く今年と同じように上高地を訪れて、外来植物の「エゾノギシギシ」を除去しており、まったく同じような行動をしていることに驚きますが、私の上高地入りを心待ちにしている仲間の存在も変わりません。

 さて、一般の人の感覚としては「ミズバショウ」は除去の対象とは思えないでしょうが、上高地では外来種であるばかりか、水辺に繁殖していくため除去は大変で、私は初めての活動となりますが、過去に体験した人は腰まで泥だらけになって大変だったとの話でした。

 そして、全く眼中になかったのが台風の通過と梅雨による悪天候で、判ってはいても雨の予報の中を出向くのは苦痛で、せめて出発する明日の晩には晴れていてほしいもので、本日は雨どいが詰まり、修理中に噴出す雨水で水浸しとなったことで辛い週末を実感させられました。

                                  6月27日の一言

高齢者の知らない間に


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ピエロは子供に夢を与えますが… 23日後在所SA

本日の電話です。

「電話と電気をまとめると電気代が安くなるので」
     「何でNTTが電気を?」
「当方はNTTではなく…」
     「えっ、NTTじゃないの?」

 横井庄一記念館の電話は光通信になっているものの、まさかNTTとは違う電話会社になっているとは本日まで知らず、主の夫人もNTTと思っているため、数年前に光通信へ交換する際に別会社に勧誘されて替わっていたことが判りました。

「当時でも九十歳に近い高齢者には詐欺みたいなものだ」
       「本人には納得して替わってもらっている」
「本人はNTTと思っている」
       「契約書にも書いてあるから」
「説明不足は明らかだ」
       「私は電気の担当で、当時のことは判らないから」

 こんなやりとりで30分をこえる応対となりましたが、同じ電話機を使っているため、電話会社がNTTから替わっているとは判らず、安易に別の電話会社に替わることでNTTに戻る際に今までの電話番号が使えなくなる可能性があることは説明がありません。

「安い方が良いでしょう」
     「安くても万が一NTTに戻る時に電話番号が変わったら困るだろう」
「NTTに戻らなければそのままでしょう」
     「我家は、電話機の不調が解消できずNTTに戻った」
「来月から番号はそのまま移行できるはずです」
     「契約した時にその事を伝えるべきだ」

 我家の電話番号は昭和30年代から一緒で、私の事務所の電話番号「24-0018」(ツシマハイッパチ)はNTTが公共機関用に保存していた番号を、海部元代議士の弟さんを通じて交渉していただいた番号で、万が一使用できなくなると親族や知人だけでなく、仕事でも大きな迷惑をかけることになります。

 多くの勧誘電話がかかってきますが、高齢者には説明したと言っても理解されておらないことが多く、NTTに確認はしたものの、本人か同居の親族でないと詳細は説明されないため、高齢者の独り暮らしはそのまま泣き寝入りになりそうです。

 皆さんも気をつけてください。
                                 6月26日の一言

余裕のボランティアですが…


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名古屋市内のマック店 何所か判りますか?

 本日は福祉有償運送のボランティアで2人の会員さんを、市内と名古屋市の医療機関へ移送する一日となりました。仕事とは言えない短時間の活動で、待ち時間に珈琲屋さんで休憩していると、赤字にもなりかねません。

 さて、2日前の日曜日に、私は高野山に出かけていましたが、新たにボランティアとして加入する知人が、三重県四日市市で開催された福祉有償運送の国土交通省の認定講習会に参加しており、本日修了証書を持参してくれました。

 高齢になって運転免許証を返上したいが、返上後の通院や買い物に同行して欲しいとの問い合わせは多いものの、限られたボランティアでは対応できないため、全く対応していない地域も存在しており、本日は新たなボランティアの参加を見込んで、新たな地域の依頼に応える返事をしました。

 いくらボランティアとは言え、最近まで現役で働いていた人材ですから、今年からは月に6万円程度の報酬を目標として、コーヒー代程度のボランティアを、パート程度の仕事に拡大して、より多くの人の移送に応えたいと思います。

 さて、病院への通院や、買い物への同行など、生活に必要な移送はボランティアの基本ですが、移動が困難な人たちにも旅の魅力を味わってもらうため、私の好きな旅行への参加も考え、昭和63年に企画を始めた「朝日旅行友の会」についても、今後は移動困難者を対象にした企画で楽しみも提供していくことを決め、今年8月から活動を再開していきます。

 まだ、まだ働けます。
                                 6月25日の一言

昨日の高野山を身近に感ずる一日に


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本日の夕暮れ 自宅前
                            ここからは昨日の写真です
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吉野金峯山寺駐車場の看板

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環境省の看板でした

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この花は何かな?

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鶴田浩二さんのお墓

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高野山奥之院一の橋

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鶴峰院栄誉誠純悟道大居士


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 名古屋市北区の志賀弘法会のメンバーに同行する高野山行きですが、弘法会のこだわりで宿泊する宿は過去60年にわたって金剛峯寺の隣になる総持院と決まっており、ここの精進料理は高野山では有名です。

総持院の精進料理の記事 https://gurutabi.gnavi.co.jp/a/a_434/

 私は運転手役に徹して、こだわりを封印した同行にしていますが、奥之院へ参拝後に必ず一の橋にある「鶴田浩二」さんのお墓に立ち寄ることになっており、今回も一年ぶりに訪れて手を合わせてきました。

 残されたご家族や、菩提寺の大圓院の管理が行き届いており、お供えの花がたえず新しくなっており、線香やロウソクの燃えカスも綺麗に片付けられ、生前の鶴田浩二さんのイメージどおりのお墓になっています。

 さて、今年から上高地の外来植物の分担が決まり、日頃から道端に生えている植物にも目がいきますが、吉野の金峯山寺駐車場の看板に環境省の名前を見つけ、あたりに生えていたタンポポや他の植物を探していました。

 奈良から和歌山まで無料の高速道路が整備され、愛知県から高野山まで楽に行き来できるようになりましたが、最近では独りで思い立って出発することがなくなり、夕暮れの西方を眺めて高野山が道でつながっていることを実感する一日ともなりました。
                                  6月24日の一言

高野山から吉野蔵王堂まで


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宿坊総持院

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金剛峯寺三宝荒神神社

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宝亀院

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壇上伽藍中門前

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金剛峯寺前

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大師協会前

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金堂

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壇上伽藍前

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六角経蔵

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参道 蛇腹道

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道の駅「柿の郷くどやま」

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吉野の山並み

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吉野山 金峯山寺蔵王堂

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道の駅 宇陀路大宇陀

 本日は高野山の山内を参拝してから、修験道の根本道場である吉野山の金峯山寺を目指しました。

 吉野山金峯山寺の創立年代は不明ですが、高野山より歴史が古く、その昔、修験者の祖と言われる役行者(役小角)が金峯山を開基し、平安時代に聖宝理源大師が蔵王権現像を安置したといわれています。

 個人的には、平成16年に訪れて蔵王堂の護摩祈願で不思議な体験をしたことがあり、高野山とは違う修験道の魅力を感ずるお寺ですが、車イスを必要とするメンバーが存在することを知った関係者が本堂前まで車で送迎し、私の車も特別に入れるようにお願いしていただきました。

 高野山のように車イスでも参拝できるような優しさは無いものの、厳しい修験道のお寺まで導いてくださる心優しい信者の登場に、人の温かさを感ずる2日間の高野山巡礼となりました。
                                    6月23日の一言

高野山 金剛峯寺から総持院まで

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弘法大師 空海

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空海の師 中国青龍寺の恵果和尚

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曼陀羅

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波切不動尊の波切龍天井

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本堂

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ナイトウォークのポスター

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高野山の入口とバス

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女人堂

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女人堂本堂内

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女人堂本堂前

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総持院内の書

本日は高野山に来ています。毎年の恒例行事ですが、高速道路の整備によってずいぶんと早く到着でき明日に余裕を残したため、吉野の蔵王堂に立ち寄れそうです。

快晴に恵まれた一日となりました。

本日の写真です。

高野山 慈尊院から奥の院へ

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高野山町石道の入口となる慈尊院

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山門

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大師堂

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奥之院の化粧地蔵

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水向地蔵

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水をかけます

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御廟橋と奥之院

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名古屋市北区志賀弘法会の参拝です

本日の写真です。

過去の遍路を振り返る一日となり


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四国徳島慈眼寺穴禅定に使用したロウソク

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新旧交代 我が家のユズ

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ブルーベリー
 添付したロウソクは、四国別格二十霊場第三番慈眼寺の穴禅定に入った際に燃え残ったもので、私は9本保存してありました。

 同じ穴の中に入ってくるのに、残ったロウソクの長さが違うのは、その時に同行したメンバーの数とか、出てくるまで苦労すれば短くなるわけで、今にして思えば一本一本に同行したメンバーと日付を残しておけば良かったと思います。

 今にして思うと、最初に穴禅定に入った11年前から9回は体験していますが、最初に入った時は大変で、途中で岩に挟まれて出てこれないかとパニックになり、ロウソクの火が消えて絶叫した体験から、未熟な先達としての自分自身の自覚からスタートしました。


 明日は高野山ですが、四国遍路の御礼参りとして役務的に考えていた高野山が、弘法大師(空海)のもとに帰っていくような気持に変わってきたのはいつ頃からだろうかと過去のお遍路と高野山を振り返る一日ともなりました。

 21日は毎月町内のお寺で「阿息観」を受けていますが、来客が続いたことで欠席となり、来月のスケジュールが気になります。

                                   6月21日の一言

NPO法人の事業報告書を愛知県へ


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自然と融合した見事な都市空間

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まもなく県庁付近へ

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図書館は静寂なスペース

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ランチも魅力です

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NPO交流プラザのあるウィルあいち

 本日は「NPO法人横井庄一記念館を護る会」の事業報告書を愛知県のNPO交流プラザまで提出に訪れました。ただし、昨年度ではなく、認証を受けて1ヶ月分の一昨年度の報告書を催促されて持参したしだいです。

 認証を受けた直後の1ヶ月分で、何も活動していなかったため横着で昨年度の報告書と一緒に提出しようと考えていましたが、法人化について全国に新聞報道されているため、注目度も高いと言われ自分の都合で遅れていることへの反省です。

 さて、来月中に昨年の報告書と、「NPO法人ひとまち生活ネット津島」の報告書も提出する必要がありますが、生活ネットは税務署の申告が先決で、報告書提出の前に税務署とともに愛知県に法人税を支払うことが先となります。

 さて、2つのNPO法人の活動については、毎週日曜日に開館している横井庄一記念館と、病院や買い物に同行する福祉有償ボランティアは毎日の活動となり、個人的に参加する環境省のボランティアと、四国遍路に関係する活動を考えると、議員時代には公職優先で無視できたものの、責任を考えると議員生活よりも忙しくなってきました。

 「大鹿さん、何をやっているの」、「元気でやっているの」、「何もしないとダメになってしまうよ」などと、議員を辞めて家に引っ込んだことから、家族が周りから聞いてくる言葉です。
 有難い心配ですが、私自身は元気なうちにボランティアの道筋を立て、好きな上高地や四国遍路だけでなく、好きなだけ旅に出たいとの想いと、自分勝手な行動をしたいために議員を辞めているので、今一度落ち着いて足元を見たいと思います。

 明日は今週中の雑用を済ませ、明後日からの高野山行きの準備となります。

                                   6月20日の一言

装飾用の輪袈裟を紹介されて


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本日の夕暮れ

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良い香りがします

龍公山 天崇寺 山形県東根市
 〒999-3716 山形県東根市大字蟹沢481番地

 本日は知人が装飾用の輪袈裟を持ってきてくれました。

「大鹿さん、袈裟使うでしょう」
    「輪袈裟ですか、使っていますよ」
「今から持っていくから
    「見ても使いませんよ」

 知人は親族である山形県のお寺から「結び輪袈裟」を数点持ち帰っており、素晴らしい出来合いのため、多くの人に薦めたいとの話ですが、私自身は四国八十八ヶ所霊場会から戴いた輪袈裟しか付けませんから、ここに紹介するだけとなります。

 知人もそうですが、知人の親族は京都の化野念仏寺の親族で、数年前から山形県のお寺に移ったため、知人は山形まで出向いて交流しており、少しでもお寺の応援になればとのことでしょうが、私にとって輪袈裟は法衣でしかありません。

 僧職にあるため輪袈裟なんでしょうが、これは高度な組紐と思われ、棒ネクタイなどに転用したら見事な作品になると思われます。

 関心のある方は添付した天崇寺まで連絡いただくか、当方でも連絡させていただきます。

                                    6月19日の一言

展覧会の案内をいただいて


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 私の住む津島市で開催される展覧会の案内です。

 茜合同展は、6年前に閉店した西愛宕町の画廊喫茶「茜屋」が主宰していた展覧会で、昨年にマスターが亡くなられたものの、昨年に続いて今年も開催されており、懐かしい過去の思い出がよみがえってきました。

 茜屋さんの名物マスター梅谷さんとは、議員になる以前から親交があり、私の恩師が書道展を開催されていた頃からの付き合いとなり、私自身も仲間との書道展や、個人的には写真展を3回ほど開催しており、閉店後もマスターの「命令」によって、写真や書で合同展に参加してきました。






 私自身も今年に完全リタイヤしましたが、今にして思えば10年前までは本日開催していた書道会「神守丈友会」も毎年書道展を開催しており、こんな機会に出展しないと書道の筆も鈍り、いずれは消滅してしまいます。

 来年には是非とも仲間たちと参加を考えてみたいと思います。

                                    6月18日の一言

身体が無気力になってきました


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 我家のプランターで家内が育てているスイカです。

イメージ 3 右に添付したスイカは、昨年6月12日に掲載した写真ですが、異常気象とか過去に例のない天候などと言われるものの、昨年とほぼ同じように成長しており、我家のサクランボやアンズも昨年と同じような時期に開花して実をならしています。

 一年の経過は早いですね。

 昨年末に65歳になり、今年5月から無職の年金族になりましたが、仕事の期限が定まっていないために、本日中に終らせたい仕事が手付かずになり、先送りになっていくばかりか、最近ではストレスを感ずる仕事は一切関わらないことにしたので、より無気力の生活になっていくのかも知れません。

 そして、毎日書き綴ってきたこの一言も、今年中でヤフーブログが閉鎖されることで意欲が減退しており、最近では自分がお気に入りにしていたブログが他のサイトに移転し、訪問者も減り続けていくため、継続する気力も希薄になってきました。

 さて、どうなっていくのでしょうか…                                 

                                     6月17日の一言                                                                                                   

横井庄一記念館の庭先の植物に


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本日の横井庄一記念館

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来週から近くで工事が始まります

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記念館西側の道路予定地

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記念館前の道路予定地

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ギボウシです

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3ヵ月で雑草だらけに

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雑草の中にも可憐な花が…

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とりあえず鉢植えにしました

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JR春田駅

 久々に横井庄一記念館を訪れましたが、遠方からの訪問客が続き、閉館時間になったので最後のお客さんをJR関西線春田駅まで送りました。記念館では送迎サービスは行ってはおりませんが、閉館時間には私も車で帰宅するため、近くの駅かバス停まで送っていく場合もあり、そんなご縁によって長いお付き合いになるケースもあって、昨日は香川県のMさんから、「週間現代に横井さんのお墓が載っていましたよ」と電話をいただきました。

 記念館の前を走る道路が拡幅され、西側に新しい道路が新設されるため、現在記念館前の庭は更地になっていますが、3ヶ月の経過で雑草が茂っており、この中には貴重な草花や、残してやりたい植物も存在します。

 本日は、ギボウシを残すため三つの植木鉢に移植し、大きな株は南側の庭に残すことにしました。

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ヒメジョオン

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ヒメジョオンの若芽

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センダングサ

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 さて、記念館の前に生えた雑草の中には、上高地で除去する対象になっている外来植物も多数生えており、今年から私の担当になった「センダングサ」も存在し、帰宅後に家内に見せると、我家の空き地にも多数生えており、成長すると引っ付き虫になるのでウチのも採って欲しいと言われました。

 我家で困っている引っ付き虫の名前が「センダングサ」とは知らなかったようで、夏までは花が咲きますが、それまでに伐採して引っ付き虫のタネを実らせなければなくすことも可能になりますが、近くの空き地からも飛んで来るため地域ぐるみの対策が必要です。

 上高地にセンダングサを生えさせないための良き学習機会となりました。

                                     6月16日の一言

あっという間に一日が経過して


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 知人から送られてきた「物忘れチェックリスト」です。この中で3つ以上あてはまるのは問題と記してありますが、①同じ事を言ったり聞いたりする、②物の名前が出てこなくなった、③置忘れやしまい忘れが目だってきたの3点は確実に当てはまり、④や⑤、⑥もありそうに思えてきます。

 特に、人の名前が出てこなくなり、人との会話も名前が出て来ないことで途切れてしまい、貴重品を忘れないように置いたために何所に置いたかを忘れてしまい、探すために無駄な時間を要しています。

 また、やらなくてはならない仕事が判っていても、手をつける気力も湧いてこないなど、無職の年金族になる以前から明らかに日課をしなくなっており、添付したチェックリストどおりなら相談に訪れないといけません。

 本日はボランティアは家内が出向いただけで、私は知人の応対だけで終わり、午後は名古屋から来た孫と、我家の孫が遊びまわる姿を眺め、夕方は孫を助手席に乗せて名古屋市のホームセンターまで走り、孫が塾に行くまでマックで時間をつぶしました。

 さて、こんな時間も永遠ではなく、孫は塾に行き、私は地元の町内会の役員会があったためあわてて帰宅して一日が終りました。

                                    6月15日の一言

ストレスを振り払って生きていくために…


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管理栄養士さんから戴いた絵手紙

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 本日は管理栄養士さんの栄養相談で、知人とともに津島市保健センターを訪れました。栄養は十分いきわたっており、課題は私自身の節制と、いかにストレスをため込まない生活にしていくかにあると思われます。

 議員を辞めて無職の年金生活になりながら、津島市と関わりある行事に関わるのはストレスとなり、津島市との縁を皆無にしなければならないのに、NPO法人の補助金申請をして街づくりに関わるイベントの公開審査を明日に控えて、ストレスとなる仕事はしない事にしていたため、本日は補助金申請を断ってきました。

 もっとも、平成19年にNPO法人の認証を受けていますが、今まで一度も公的補助を受けたことがなく、補助金を受け取らないことにこだわってきただけに、今一度足元を見直したいと思います。

 これからは、自分の趣向と自分が関心の無い人以外の関りは否定して、やりたいことをやりたいように行動したいと思います。

 本日保健センターで戴いた絵手紙には、私の名前を題材として、「八百万神と、一緒に自然の中の、鹿や鳥らと、大きな世界を楽しんでください」と記してあり、四国遍路や空海とともに、四国や高野山、上高地の自然とともに生活したい私にはぴったりの絵手紙となりました。

 「まずは、今日一日を楽しもう」は、2枚目の絵手紙ですが、せっかく時間から開放された年金受給者は、明日のことを考えず、今日が無事なら良しとする気持ちの切り替えをしないと、ストレスが蓄積していきます。

 さて、高齢者の交通事故が続いて報道されていますが、事故そのものは若者も起こしており、大物俳優「杉良太郎」さんが免許を返上したと大きく報道されたものの、そもそも自分で運転しなくとも、お抱えの専属運転手やハイヤーを利用できる大金持ちの免許返上は意味も無く、免許証を返上したら買い物も通院もできない庶民の生活の足は話題にもなりません。

 年金にしても、生活に困らない国会議員の発言は無責任で、約束されていた年金が目減りしても泣き寝入りの庶民の生活は考えられていません。

 今日の事は今日、明日の事は明日としか言えない庶民は、地域のコミュニティとか地域貢献なんて考えずに、「今日一日を楽しむ」だけで精一杯で、高齢になってから働くことや、地域の防災やボランティアを考える前に、行政は毎日の楽しみを提供していくことが急務です。

 ストレスを感ずることは何もしない、楽しい事しか考えない宣言が重要です。

                                  6月14日の一言

本日も役務的な一日が経過して


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JR関西線八田駅前 名古屋市中村区

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改札口

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八田フランテ
                                               ここからは昨日の写真です
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鶴舞公園 噴水搭

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名古屋市公会堂

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奏楽堂

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バラ園

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踊り子の像

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花しょうぶ園

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アジサイ

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 本日は遠来から知人の訪問が続き、午後は車の3ヶ月点検に名古屋市まで走りました。しばらくは関わりのあるNPO法人と、上高地と四国遍路の生活に徹していきたいと考えています。

 5月から自由な時間の使い道に困ると思っていたものの、議員時代よりも忙しい日々が続いており、自分本来の付き合いや、私自身の過去からの実像を理解しておられる人のみとの時間を持ちたいと思っているものの…

 過去12回の四国遍路では、通算すると100人近い人と一緒に同行しているものの、誰と同行したか判らない日程が存在し、過去のブログを読み直してもプライバシーに配慮して掲載していないため確認に手間取っています。

 さて、本日仕事中の知人に連絡すると、明日10時に保健センターで栄養相談があり、そこで会えると知らされ、自分のスケジュールも把握していなかった現実だけでなく、自分の健康管理について全く無意識で生活していた現実にびっくりとさせられました。

 予定していた上高地行きも回数が減っており、来週に高野山と来月に四国遍路の予定は入っているものの、議員引退後に考えていた新鮮な行動ができずに、ボランティアが当り前に増え続けて一日が経過してしまう繰り返しになってきました。

 自分だけの、身勝手な自由な行動へ走りたいものです。 
                                    6月13日の一言

名大附属病院が見える風景


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鶴舞公園内の萩乃茶屋と名大病院

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噴水塔

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胡蝶ケ池の中ノ島

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亀ケ池の浮見堂

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さくら名所100選の桜林

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 本日も名古屋大学付属病院へ患者さんの検査に同行しましたが、前回の朝から夕方まで待ち続けた反省と言うよりも学習から、車中にタブレットとパソコンを持ち込み、途中で食事と休憩をとって余裕で待つことになりました。

「2時半に検査が入ってしまって…」
      「はい、大丈夫ですよ」

 そして、想定した時間になると…

「最後の検査が1時間ほどかかるといわれて…」
       「はい、はい」

 結局、前回と同じように午後5時を過ぎてしまいましたが、病院に隣接する鶴舞公園は大木が茂って日陰があり、色とりどりの花が植えられ、樹木や植物にそれぞれの名前が表示されており、公園内には鶴舞中央図書館もありますから、最初から一日の覚悟でおれば苦にはなりません。

 本日は昼食は御器所まで移動したものの、鶴舞公園内には食事のできる食堂や喫茶店が複数存在し、公衆便所や洗面所が多数整備されているため、健康のために散策することも可能で、夕方に茶屋で「ところてん」を注文しました。

 私自身は名大病院の診察を受けたことはありませんが、愛知県では一番医療レベルの高い病院のため、何もない時に一度訪れて、万が一の場合に環境に慣れておくのも有効かもしれません。

 今年5月から無職になりましたが、私のせいではないものの、名古屋市へ患者さんを搬送する機会が増え、自分の所用も含めて連日のように名古屋まで走っていますが、走った分だけ地理に明るくなり、時間をつぶせる場所も増えていきます。

 明日も名古屋まで走ります。   
                                   6月12日の一言                                                                                                       

名古屋市まで三往復する一日となり


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私のかかりつけ医、津島市愛宕町の彦坂外科です

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セレナとキャラバン

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宇治町加藤医院となりの柳の大木です 上高地を思い出します

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本日は青塚駅へ

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名鉄電車

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名古屋駅前モード学園のビル

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JR名古屋駅 金の時計前

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JR名古屋駅15階 ゲートハウス 

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JR名古屋駅前の噴水

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 本日は午前8時30分から名古屋市の中村日赤病院に患者さんを搬送し、引き返して自分のかかりつけ医の彦坂外科へ走り、自分の診察と投薬を受けて名古屋にもどって患者さんを送迎すると昼を廻っていました。

 午後2時に名古屋駅で歩き遍路友の会のメンバーと落ち合い、8月の総会と秋の四国遍路の打ち合わせを行いました。

 「灯台下暗し」

 名古屋まで日常的に出向いているものの、車を運転していると道路しか目に映りませんが、電車で出かけたため、名古屋駅で進められるリニア新幹線の工事風景を目にして、実際に乗車できる実感を持ちました。

 さて、明日も名古屋大学付属病院に患者さんを送迎しますが、10年前の交通事故で津島市民病院に搬送され、その際のガラス片が昨日まで顔の額に残っていた津島市民の顛末を聞き、10年前の不手際を医師が書面で認めて診断書に記しながらも、何の謝罪もなく医療費を支払ってきたとの話に、当事者の口惜しさを体感するとともに、こんなお粗末な対応が市民の不信感になっていると思うと救われない現実で、名古屋のより高度な医療とを対比してしまいます。

 明日の名大病院も一日仕事になりそうです。
                                    6月11日の一言

一年前を振り返って


 本日は福祉有償ボランティアで朝から4ヵ所の送迎を行い、時間は夕方になりましたが、本日は家内も一人を送迎しており、先月から私が無職になっているから対応できるものの、昨年は家内一人で奮闘していました。

 一年前の一言を読み直すと、やはり同じように「上高地」や「高野山」に出かけ、アンズジャムや、横井庄一記念館、ボランティアと今年と変わらぬ生活を記していますが、大きな違いは議会の議員活動の合い間に活動する昨年とは違い、今年は行きたい時に上高地にでかけ、高野山に行く予定を自分勝手に立てられる自由があります。


 絶対に欠席できない議会活動と、何かがあれば出席しなければならない束縛は大きく、自由な時間が増えたことで肩の荷は下りましたが、新たな相談や応対が増え続け、「議会があるので」と断ってきた四国遍路など予定が続いていきます。

 5月から無職になって暇になると思っていたものの、私の議員辞職を受けて新たにボランティアを依頼される人が増え続けており、今月の予定表は土曜日と日曜日を除いて総て埋まっており、高野山行きの土曜日は他のボランティアの協力をもらいますが、議員時代よりも忙しくなってきました。

 一般のタクシー会社であれはかなりの収入になりそうですが、低価格の有償ボランティアのため、働く量は増えてもお小遣い程度にしかならず、忙し過ぎるとボランティア意識が低下するため、今月から新たな仲間の加入もありますが、更にボランティアを増やして必要とされる交通弱者の人々に応えていきたいと思います。

 明日は午前中に名古屋の中村日赤へ患者さんを送迎して、午後に名古屋駅まで出向いて歩き遍路友の会の役員会に出席し、夜の書道会に参加すると一日が終わり、明後日は4人の送迎予約があり、その次の日は空白にしておいたものの、遠来の知人と約束し、午後には車の3ヶ月点検と休む合い間が見当たりません。

 毎週出かけることにしていた上高地も月末まで出かけられず、今年は全部参加できると公言していた中学生のガイドも一度も参加できません。
 それでも、来月は四国遍路へ出かけ、秋に満願を果たして、年内に一人遍路を予定しており、8月には上高地へ長期滞在する予定を家族に容認されていますから、毎日のボランティアに文句を言っていてはいけませんね。

                                    6月10日の一言

父親の27回忌を孫とともに


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我家のアンズジャムです

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事務所前のアンズです

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 本日は平成5年に他界した私の父親の27回忌法要が本日行われました。家族だけの法要としていましたが、この法要には父親にとってはひ孫となる、私の孫が三男夫婦と同席し、私の母親から四代にわたる親族で手を合わせました。

 私の父親は65歳で鬼籍に入っており、幼少時に母親を交通事故で失い、14歳で中国にわたり、満州鉄道の職員として敗戦をむかえ、戦後は名鉄職員として定年を迎えて、定年後は好きな日本画と戦前に縁のあった中国人と交流するため中国語を習いなおしていただけに、何も想いを果たせぬままの人生となりました。

 私自身もその父親の他界した年齢となり、残された人生で孫に何を残せるか判りませんが、第四の人生は上高地と四国遍路としていたものを、もっと刺激的な行動を見つけて見出していきたいと思います。

 さて、法要後は孫とともに家族7人で食事に出かけました。

                                    6月9日の一言

本日は久々に何もしない日常生活に


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マックの珈琲タイム

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土曜日は混んでいました

 本日は土曜日のためボランティアもなく、何もやることのないまま自分の居場所にこもっていましたが、明日に予定された父親の法要のため慌ただしく働く家族を横目にして、理髪店に行っただけではバツが悪く、夕方になってから玄関の伸びすぎた梅の枝を払い、駐車場の落ち葉を掃いていました。

 日頃の不摂生で汗ダクダクです。

 こんな働きが評価されて家内と買い物に行き、赤ワインとビールを購入してもらい、マックに立ち寄って休憩していると、タクシーを依頼するお客さんから電話が入っており、慌てて駅まで送りました。

 さて、家庭内の蛍光灯が暗くなっていたため、大きさを確認して購入後に取り替えましたが、取替え後に棚を見ると、過去に買いだめしていた蛍光灯が3セット保存してあり、高額なものだけに無駄な買い物を反省する一日ともなりました。

 何もやることがないと無駄な出費も増えていきます。

                                      6月8日の一言

激しい雨の一日となって


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 現在上高地で開催されている写真展ですが、ここに展示されている写真は私の携帯電話で撮影する写真とは違い、見慣れた風景でも清々しい気持にさせてくれます。上高地に行かれる方は、バスターミナル前のインフォメーションセンターが会場になっているので、是非ご覧下さい。

 添付した写真展の写真は、案内ハガキをプリンターからスキャンしたものですが、雨が降って部屋の中に居るためできることで、本日は車の車中にパソコンを積んで、タブレットから「テザリング」によってパソコンを利用してみました。

 半年前に外出先でパソコンを起動させるワイファイを解約し、外出先では家族から借りたタブレットを使用してきましたが、タブレットでは文章の書き込みに限界があるため、今後はテザリングやスキャンを多用したいと思います。

 もっとも、デジカメは外出先で落として3台を壊し、開き直って携帯電話のカメラにしていましたが、携帯電話をスマホにも変えていない時代音痴で、年金生活者になってしまったため、効率の良い生活環境を考えることも急務となってきました。

 さて、本日から東海地方も梅雨入りしたと言われていますが、車を運転して移送するボランティアとは言え、車の乗り降りで濡れてしまい、ましてや具合の悪い患者さんの移送は濡れるだけでなく、移動に伴う危険も考えられ、本日はサービス精神で待機していました。

                                    6月7日の一言

本日の写真 外来植物を探して


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 我家の近くで見つけた「ヒメジョオン」で、いたるところに花を咲かせる見慣れた花ですが、誰も名前を把握しているとは思えず、除草剤や草刈機で刈られてしまい、空き地や放置された農地の道端に群生しています。

ヒメジョオン(姫女学名: Erigeron annuus)は、キク科ムカシヨモギ属植物。背の高さが30〜150cmにもなる、白いを咲かせる一年草である[2]。同属のハルジオンと共に、道端でよく見かける雑草である。

イメージ 2 もっとも、ヒメジョオンは北アメリカ原産の外来植物で、、ヒメジョオンは、ハルジオンとともに要注意外来生物に指定されているほか、日本の侵略的外来種ワースト100にも選定されています。

 右に添付した写真は上高地で見つけて除去したヒメジョオンですが、上高地でも外来種として除去しているものの、上に添付した成長して花を咲かせているヒメジョオンと一緒には思えません。

 さて、今年から上高地では外来植物の「センダングサ」の担当になりましたが、私たちの地域では開花後に「ひっつき虫」として誰もが認識したことのある雑草です。

イメージ 3 ただし、花を咲かせる前のセンダングサを見つけるのは大変で、葉の裏表を確認して探すものの、雑草だけに今まで探したこともなく、近くの道端を廻っても判りませんでした。

 しかも、上高地では昨年1本しか確認されておらず、上高地で探すのは大変ですが、大きくなって花を咲かせたセンダングサが担当する地域で見つかることのないように頑張りたいと思います。

 上に添付した「ヒメジョオン」も要注意外来生物に指定されているとは言うものの、私の住む地域では誰も外来種との認識もなく、雑草として花を咲かせて増え続けていく反面で、日本を原産とする植物に影響が出ていきます。

センダングサ


 最近は、連日がナマカワなタクシー運転手のような生活になっており、明日の予約も入っていますが、家の庭がジャングルのようになっており、1本ずつでも剪定することも急務となってきました。

                                     6月6日の一言


本日もボランティアの一日です


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我家のアンズです

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何を背負っているの?

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日傘をさした家内の草取りでした

 無職の年金暮らしになったら、年金は少ないものの有り余る時間を自由に使いたいと思っていたものの、四国遍路や毎週のように上高地に出向いてはいますが、連日のボランティアが役務的に続いて身体が休まりません。

 患者さんを病院に移送するボランティアは、移送する時間はわずかですが、診察が終って連絡が入るまで車の近くで待機する時間が長く、その間はほとんど何もできないままになっていることです。

 いつ連絡が入るかもしれないため、遠くまで外出はできず、珈琲屋さんに入って待機すると有償ボランティアと言っても燃料代も出ず、昨日のように名古屋で8時間の待機は初めてのことですが、昼食や珈琲タイムは余分な出費となっていきます。

 もっとも、何もできないのは私の無気力に問題がありますが、このままでは低額なタクシードライバーになってしまいそうです。

「大鹿さん、いい所で会えたわ」
     「何でしたか?」
「車の会員にして欲しいけど良いかな?」
     「もちろん、良いですよ」

 本日家内と出かけた珈琲屋さんで声をかけられたのは、一緒に四国遍路や旅行に出かけていた知人で、高齢になり家族から自転車の外出が危ないと言われており、複数の病院への通院を依頼されました。

 12年前に始めた福祉有償運送と福祉タクシーのボランティアですが、若かったはずの私が65歳になり、ボランティアが高齢化する中で、多くの人の依頼に応えていく体制を維持していくのは大変になっていきます。

                                     6月5日の一言

名古屋大学付属病院の周辺に朝から晩まで


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名大病院前の並木道

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市営バス停

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久しぶりの交差点です

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御器所のマクドナルド

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私の定番ですが…

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帰宅は午後6時を廻っていました

 本日は早朝から名古屋市の名古屋大学付属病院に走り、「予約してあるから早く終ると思う」の一言が、昼を廻ってしまい、何時連絡があるか判らないため、マクドナルドに入って待ちましたが、「まもなく終る」の連絡が、「入院するための検査が必要になり」と、結局は午後6時を廻ってからの帰宅となりました。

 ボランティアとは言え、朝8時から午後6時過ぎまで拘束してしまった会員さんは恐縮しきりでしたが、津島市にこだわって命を縮めるより、名古屋まで行って回復してもらえば幸いで、途中からは車中で四国遍路の行程を考え、自分の趣味の殻にこもっていました。

 来週に再検査へ同行して、月末に入院して手術を受けて退院予定となっていますが、回復しない病院に同行し続けるより、病気が改善していく場合はストレスが溜まりません。

 それにしても、津島市民病院の医療レベルの低さと言うよりも、経験の少ない若い医師の対応は問題があり、高齢者と言えども高度な名古屋市の病院を紹介すれば、間違いなく救われる命が存在し、紹介しないために寿命を縮めている現状は問題ですね。

 明日も早朝から名古屋市の中村日赤に走る一日となります。

                                     6月4日の一言

上高地から帰って思い浮かべて


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前日の上高地河童橋 午前8時30分

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ウエストン祭の基調講演

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梓川沿いのニリンソウ

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梓川沿いのタンポポ

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私の好きな居場所

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上高地と同化した光景

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上高地を描いて60年の名物画伯

 金曜日の夜に出発して、仮眠後の朝に上高地へ入り、土曜日は徳沢までトレッキングに同行し、昨日の日曜日はウエストン碑の前で開催されたウエストン祭を見物しましたが、主とする目的は梓川沿いの外来植物の調査でした。

 昨晩に自宅へ帰ったものの、あまりの疲れから風呂にも入らずそのまま眠ってしまい、本日の午前中も身体が重く、午後のボランティアによってやっと頭が回転するようになり上高地の2日間を思い起こすことになりました。

 日本山岳会主催のウエストン祭は、ボランティアの途中で見物程度の感覚で立ち寄りましたが、最後の「野口いずみ」さんの講演を聞いていて、途中からメモをしておいたら良かったと思っても遅かったものの、医師のいない山をトレッキング中の身体のトラブルには大いに参考になる内容でした。
※下記に添付した野口さんのブログに昨日の内容が記されていました。

山ボケ猫のブログ https://plaza.rakuten.co.jp/yamabokesya/

野口いづみ 日本登山医学会理事・日本山岳会理事。横浜市出身 鶴見大学麻酔科前准教授 都立武蔵高校時代より山岳凱こ所属。 夏は沢登り、冬は山スキーなどを蕪しむ。 海外登山はマッターホルン、モンブラン、キリマンジャロ、ワスカラン(ペルー)、 エルブルース(ロシア)、玉珠峰(中華)など。著書にr菓例から学べる山の病気とケ軌、 r山登りトラブル回避&対処マニエア仙など。
NHKBSニッポン1∞名山などに出演し実技指導。

 上高地に限らず、私たちがボランティアで患者さんを病院に移送している時でも、万が一に備えて最低限の携行医薬品を持つ事は有効で、医師であり登山家の野口さんの講演を振り返り、今後の参考にしたいと考えています。

 さて、昨日は田代橋から小梨平まで梓川沿いの左岸と右岸の外来植物の調査を行い、環境省の自然保護官補佐とともに河童橋から田代橋の梓川左岸を歩き、ウエストン祭の後に右岸を河童橋まで歩きました。

 私が担当する外来植物は「センダングサ」で、田代橋から河童橋の両岸と、私が上高地の居場所としている小梨平が担当区域となっており、小梨平で活動中に出会った愛知県のご夫婦と会話中、偶然にも私と同じ大鹿さんを知っているとの話となり、その大鹿さんは私の父親と同じ名鉄産業の先輩のご子息と判り、その偶然にもびっくりする一日ともなりました。

 こんな偶然の出会いが私を上高地や四国遍路へかきたてます。

                                    6月3日の一言


上高地 ウェストン祭が開催され


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開会挨拶

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ウェストンレリーフへ献花です

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地元小学生のコーラス

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リコーダーの演奏

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詩の朗読

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記念品の販売受付

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山岳会代表の挨拶

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登山家 野口いずみさんのトーク

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記念品

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梓川対岸からの風景

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 日本山岳会主催のウェストン祭が開催されました。

                                    6月2日の一言


再び…上高地徳沢トレッキングへ

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小梨の花です

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午前8時50分の河童橋です

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午前9時のビジターセンター

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トレッキング出発直後の焼岳

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穂高連峰を眺めます

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風穴の前で冷風を体感します

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小鳥のガイドもします

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明神池と徳沢の分岐点です

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明神館を通りすぎます

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徳本峠と徳沢の分岐点です

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本日と明日はウェストン祭です

先週に続いて上高地徳沢トレッキングに参加しています。

私を必要として待っている人、私の顔を見て声をかけてくださる人があり、一緒に行動するボランティアの仲間が存在する上高地は今や第二の故郷になってきました。

そして、何よりも上高地の大自然が私のストレスを発散してくれます。

明日も上高地の一日になります。

                         6月1日の一言です。

ギャラリー
  • ようこそ 大鹿一八の納経所へ
  • ようこそ 大鹿一八の納経所へ
  • 令和6年 上高地開山式の様子です
  • 三重県桑名市大福田寺の聖天祭へ
  • 毎年恒例となった我家のアンズジャム作りへ
  • 毎年恒例となった我家のアンズジャム作りへ
  • 本日もボランティアの一日となって
  • 我家のきゅうりとプランターのイチゴです
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