大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

2022年03月

道端の雑草が可憐な花を咲かせて

愛知県白壁庁舎前 名古屋市

柳城幼稚園の桜

名古屋市市政資料館前の街路樹

名古屋高速明道町ジャンクション

交差点の桜
ここからは津島市神守町の道端の花々

西洋タンポポ

ヒメリュウキンカ

オオイヌノフグリ

シロバナタンポポ

タガラシ

ブドウムスカリ

ミツバクローバ

ホトケノザ

ヒメキンセンカ

工場の桜

本日の写真です。

 出かける先々で桜が満開となっており、本日出かけた名古屋市も立ち寄ればきりかないため素通りしましたが、近所をウォーキング中の道端にも花々が咲き誇っており、冬のあいだには雑草でしかなかった植物も可憐な花を咲かせています。

 便利な時代になり、スマホで撮影した花々をスマホのグーグルレンズで検索すると殆どの植物名が判明し、花の咲いていない時期には判らなかった雑草でも花を咲かせる春になると判明しやすくなりますね。

 かつては春になると水田やあぜ道はレンゲソウが植えられていましたが、最近は田植えが早まった影響か植えられている水田はほとんど無くなる一方で、かつては庭に植えられていた観賞用の花々がタネを飛ばして道端にも綺麗な花が当り前に咲くようになりました。

 さて、最近のタンポポは冬でも花を咲かせていますが、昨秋から道端のタンポポを確認するとすべてが西洋タンポポで、日本古来の伝統種となるタンポポは一度も見たことがありません。私の住む愛知県津島市に日本在来のタンポポは存在するのかを、これからのウォーキング途中で観察してみたいと思います。

                                 3月31日の一言

令和4年3月の体重


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月の体重と徒歩数
 歩=散歩 不=体調不良
  ボ=ボーリング 水=水汲み
 上=上高地 山=登山

日時      体重   徒歩数
  1日       71,7     1,378               
 2日       71,5     8,541 歩                              
 3日                 2,091      
  4日                 4,265             
  
5日       71,9     3,780                
 6日(日)  71,8    3,348                                 
  7日       71,8     2,292                            
  8日       72,0    5,900                                          
  9日       72,1    8,849 歩          
10日       71,8    6,836                         
11日                9,975 歩                                              
12日       71,8    8,691 歩                         
13日(日)  72,1    3,337                  
14日                4,601     
15日       72,1    2,484                                   
16日       71,8    2,967               
17日       71,9    3,509         
18日                 3,073                                
19日                 8,791 四国                          
20日(日) 71,5    13,026 四国                        
21日(休)            9,305 四国                                

22日      72,5     2,097                                     
23日      72,2     4,466                    
24日      71,8     3,239                                           
25日      71,6     9,012 歩                                                           
26日                 1,897                        
27日(日) 71,2      3,758                  
28日      71,6      2,346                                           
29日      71,0      3,532
30日      71,1      4,386
31日      70,0      5,345

愛知県津島市 天王川公園の桜 

天王川公園横の桜並木 愛知県津島市

見上げれば満開の桜

春爛漫の公園




春を待つボート



中之島への橋

地元の実業家片岡春吉像


常夜灯




本日の写真です。

 本日は天王川公園の桜を鑑賞に出かけました。

 満開です。

昨日から事故後の検査が続いて

私が育てる四世代目のイチゴ








 外出続きで庭の草花を見るヒマもありませんでしたが、本日は整形外科の病院でMRI検査を受けてから、午後にかかりつけ医の外科医院まで通院する合間に、追突された車の修理工場から代車を持参する社員を待つ間の時間が止まったような一日となりました。


 昨日のレントゲン検査から頸椎の神経がダメージを受けて右手の指3本(親指と人差し指、中指)がシビレていることが判り、本日のMRI検査で確認することになりましたが、昨日の午後から小指と薬指もシビレるようになり、こちらのシビレは右腕の関節部分の神経が関係していることが本日のレントゲンと問診から説明されました。


 MRI検査の画像から説明を受けると、長年の身体の劣化もあるものの、今回の事故で弱い部分の神経が一気に傷つけられ、3本の指のシビレの原因になっており、多少の改善に期待して投薬を受けていますが、基本的には狭められた骨の改善は難しいようです。


 本日の検査で小指と薬指のシビレは、右腕の関節部分の神経が原因と説明があったものの、スマホのタッチペンを持つと指がシビレかけ、車の運転で握るハンドル操作でもシビレが大きくなることから、ボランティアとは言え人の移送を主な仕事にしている私には深刻な問題となります。


本日のMRI検査の電子データ

修理工場へ行く軽自動車

本日の写真です。

 さて、頸椎からくる指のシビレは安静にして改善を待つしかありませんが、腕の関節からくる薬指と小指のシビレについては適度なストレッチも必要で、何とか事故前の身体状況にもどしていきたいと考えています。

 事故によって突然我が身に起こった複数の異常に、昨年の手術も含めて老化による身体の劣化を実感せざるを得ません。カムバックを目指します。
                                 3月29日の一言

事故後の検査へかかりつけ医を訪れると

かかりつけの外科医院

来月からの案内


 土曜日の夜に知人宅を訪れた帰り道に、稲沢市の交差点で車に追突され、相手の損害保険会社からの連絡を待って本日私のかかりつけ医としている外科医院を訪れ左肩と首の痛みを訴え、右手の親指と人差し指、中指のシビレを検査するためレントゲンが撮られました。


 びっくりです。一時的な痛みとシビレで、何事もないと思って受けた検査でしたが、レントゲンに写った首の頚椎の下部に圧迫されている部分が存在し、MRI検査の出来る病院で再度検査を受けることになり、明日紹介状を持って検査へ出直すことになりました。


 朝一番にかかった損保会社との電話で、「何事も無かったら物損事故にします」と伝えていたものの、医師からまさかの「治療が必要だよ」との深刻な説明に、追突してきた運転手の穏便な処分なんて考えておられる余裕もなく、午後に診断書を持って遠く離れた稲沢署を訪れました。


 こんな事になるとは思ってはおらず、帰宅後に訪れると約束してあった知人宅と、会計役になっていた地域の交通安全協会の帳簿の確認と押印のため小学校を訪れると夕陽が沈みかけており、明日の福祉有償運送で搬送予定の患者さんもMRI検査で行けないため仲間に代役の出動を依頼するなど、私の予定だけでなく周りにも影響が出てきました。


明日整形外科医院へ持参する紹介状

本日の写真です。

 事故直後には左肩と背中に違和感があり、翌日となる昨日には鈍痛があったものの、本日は痛みが和らいでおり、指のシビレは一時的なものと考えていましたが、医師の発行した診断書は2週間でしたが、薬を処方された薬剤師さんから「長期戦になるよ」と言われました。

 明日のMRI検査の結果待ちとなりますが、頚椎の骨そのものは変化しないため、医師から処方された薬や治療とともに、首のストレッチと筋肉強化で指のシビレを一日も早く改善するしかありませんが、指が気になっていたら右腕の関節付近にも痛みを自覚するようになってきました。

 昨年10月に手術を受けた前立腺肥大症は、長距離(長時間)歩く上高地や四国遍路のために受けており、こんなことで四月からの上高地での活動や、ゴールデンウィークに予定する四国遍路を諦めるような性格ではありませんが、これからは寝具や枕にも気をつける必要が出てきました。

 明日は朝一番で追突された車を引き取りにくる担当者へ託し、一人の患者さんを搬送してから自分の検査を受け、検査結果を収めた電子資料をかかりつけ医へ届けることになっており、夜はコロナ禍で休止していた書道会が2ヵ月ぶりに再開されるものの、忙しい中にも明るい希望を感ずる一日となりそうです。
                              3月29日の一言

近くの桜並木を訪れました

稲沢市須ヶ谷川桜つつみ


愛知県稲沢市 旧平和町







 本日は日帰りで遠出する予定でしたが、昨日信号待ちの交差点で追突事故に遭遇し、私自身は被害者であり事故の責任はありませんが、月曜日にかかりつけの外科医院を受診することになっており、検査前に外出して再度事故に遭遇する心配から、自宅待機の一日となったものの、家内が近場の桜の名所まで連れていってくれました。


 稲沢市の桜ネックレスと名付けられた桜並木は、日光川と須ヶ谷川に植えられた桜の名所となっており、駐車場は満杯になっていたものの、桜は3分咲きの状態で今週半ばに満開を迎えそうで、1週間先でも桜は鑑賞できそうです。


愛西市相ノ川桜並木


本日の写真です。

 愛西市の相ノ川の桜並木は咲きかけた状態で、ほとんどが開花前のツボミの状態になっており、こちらも来週末まで桜が鑑賞できそうです。

 私自身は、今から30年ほど前に、町内を流れる大きな用水の護岸に桜を植える提案をしたことがありましたが、「桜に付く虫が人を刺したら」とか、「消毒にかかる費用はどうするのか」など町内では全く受け入れられず、私の提案を耳にした隣町の用水に植えられた桜が見事な花を咲かせる度に残念な気持ちにさせられます。

昨晩追突された息子の軽自動車です。




 昨日の現場検証では月曜日に病院へ行くと警察と相手に伝えましたが、身体が何とかなりそうなら物損事故で終わらせたいと考えていたものの、事故の相手がかけていた損保会社からの電話で、月曜日に担当する担当者が決まるまで、車の修理には持ち込まないで欲しいと言われただけでなく、病院への診察も支払いが確定していないため建て替え払いになる旨の説明がありました。

 こんな馬鹿なぁ

 赤信号で追突され、100パーセントの被害者が自賠責保険から出る治療費をたて替えるのは理不尽で、ネットや電話で契約できる安い損害保険会社のため、夜や休日は受付が電話を受付けるだけの応対のようで、相手や損保会社から身体の状態を問い合わせる連絡も皆無では被害者は堪りません。

 私のフェースブックを目にしたトヨタの社員から連絡が入り、身体の心配と車についても後部ドアが開かず警告灯が点滅し続けていることを伝えると、バッテリー切れになる可能性が高いためバッテリーを外すなど指示があったものの、修理期間中は代車を手配してくれますが、代車での事故も考えると大きな行動制限に陥ります。

 事故そのものは重大事故ではありませんが、軽自動車のため身体にもダメージは残り、朝目覚めると左肩と首に鈍痛が残り、右手の指に張りとシビレを感ずることから、明日一番で相手の損保会社に連絡して病院と車の修理の手配が必要になってきました。

 「それでも入院するケガも無かったから良かったと思わないと」と家内には言われて納得ですが、「これからしばらく外出は自粛したら…」との苦言も出るため、暫し慎重な行動に努めることになりそうです。
                                 3月27日の一言

交差点で追突されました 相手の保険会社に怒り心頭です

我が家のアンズ 満開です

当選しました

 3連休の四国遍路で思い出に残る出会いを体験し、帰宅後はサクランボとアンズの花が満開となっており、四国への連絡や余韻に浸っていましたが、良いことばかりは続きません。

 最近になって一宮市へ引っ越した知人からパソコンが反応しないと連絡が入り、パソコンに詳しくない私が四苦八苦した結果ですが、何とかネット環境が整い一宮市から自宅へ戻る交差点で…

 「ドガーン」、頭もガーン。車に積んだ荷物が車内に飛び散って一瞬何が起こったか判りません。赤信号で停まっているところに後ろから追突されており、薄暗くなった土砂降りの雨の中でパトカーを待ち続けますが、前の事故処理によって遅れに遅れて事故処理が終わるまで2時間経過しました。

 さて、事故は不可抗力で仕方ありませんが、損害保険会社の対応には問題ありです。

 赤信号の追突事故のため私の保険会社は利用しませんが、待ち時間が長いため私のかけている日新火災へ連絡すると担当者が必要な事項を確認して指示をくれましたが、相手の損害保険会社は連絡をしても指示待ちで、事故処理が終わっても連絡が入ってきません。

 午後6時5分の事故発生から事故処理が終わり、事故を心配して駆けつけてくれた知人と休憩していると午後8時51分になってやっと連絡が入り、週明けの月曜日にならないと事故の担当者が決まらないため車の修理はその後にしてくれとの対応です。

 テレビ画面で24時間事故対応と宣伝しているソニー損保だけに腹立たしく、事故によってメーターの警告灯が点滅し続けていると訴えると、修理工場に持ち込んでも当方が見積もりを確認するまで修理は依頼しないでくれとの応対です。

 警察には月曜日に病院へ行くと説明しましたが、この診察の医療費についても保険会社から明確な指示がなく、保険適応になるかどうか判らないとの話に、赤信号で停まっていた車に追突されても車の修理を待たされ、病院の診察代金も被害者の立て替えの可能性を言われると怒りしか沸いてきません。

 知人から「修理中の代車の話は無いの」と言われ、連絡のあった電話番号へ連絡すると、担当者へ問い合わせて同種の車種を借りてくれと対応はあったものの、100パーセント加害者持ちの追突事故の処理のため、車の修理はさておき、身体の診察や治療は最優先であるべきで、知人から「診察代の立て替えなんで可笑しい」と言われても、当事者の私は「お願いします」としか言えません。

 本当にソニー損保の対応は悪い。契約者にはそれでも良いのかもしれないが、契約者が賠償すべき被害者の存在は全く無視した対応に、電話やネットだけの契約の脆弱さを実感で、相手に配慮して月曜日まで体調を見ると伝えたものの、鈍痛をかかえたまま我慢する気持ちも失せてきました。

 明日の体調を様子見の日曜日となりました。
                                 3月26日の一言

四国から届いた手紙から遍路の話題へ

本日届いた四国フォト廣瀬さんからの手紙

同封されていた写真


 昨日のブログで3連休四国遍路の最終記事にしようと思っていましたが、本日の郵便ポストに善通寺の四国フォト廣瀬さんの手紙が届いており、帰宅後のブログに届いていた知人のコメントを確認し、お遍路仲間に近況報告する一日となりました。


ブログに届いた知人からのコメント

ご無沙汰しています。  今日は夫婦で66-68番まで歩いて参拝していました。ニアミスでした。また、いつかお会いできることを願っています。 

 高野山金剛峰寺で二度の法話を聞いた「帰ってきた坊さん」のコメントです。二度のサラリーマン生活から僧侶になられた方で、事前に連絡が取れていたらお会いできたと思うと残念なニアミスでした。


いまは、歩きが不自由になりみちのく巡礼の方洞に専念して居、明日東日本大震災への祈りと伝承の場創りに専心しています。  

 かつては、お孫さんと2人の遍路が新聞記事にもなったお遍路さんの先輩です。現在は東北の「みちのく巡礼」を宮城・岩手・福島3県で展開中です。


ブログ記事一覧|未来への祈り『みちのく巡礼』~東日本大震災東日本大震災犠牲者鎮魂と伝承の道 (ameblo.jp)


 今回の遍路で新たな出会いを実現したのはフェースブックの恩恵ですが、これまでフェースブックはブログの延長程度にしか思っておらず、チャットを利用して連絡ができることも知りませんでしたが、1日目に出会ったМさんに知恵を授かり今後は有効に活かしたいと思います。


3月21日のフェースブック

はじめまして!

ひょっとしたら、21日朝横峰上がりませんでしたか?

私達は下りで 緑ナンバーの良く似た車と離合したのを覚えてます。


〇〇さん、間違いなく私の車です。

こんな出会いがあるので、悪いことはできませんね(笑)  これからも宜しくお願いします。


 こんな連絡がメールのようにできるため、有効に利用すれば旅の情報源や情報交換が可能となりますね。


 ただし、ネット上に公開された情報だけでは相手の性格や素性も判らないため、安易な個人的な情報交換は禁物ですが、たくさんのお遍路さんと遭遇するものの、一緒に巡拝するうちに会釈から挨拶となり、雑談に花を咲かせる人も出てきます。


 3日目の午前中に遭遇した金沢市のKさんについては、一緒の駐車場の車中泊で隣同士だったものの、お遍路さんとは思っておらず、その後にお寺の駐車場ですれ違い遍路中と判り、最初は無言の会釈だけでしたが、次のお寺で「おはようございます」と挨拶し、その後3時間ほど会うこともなく昼過ぎになって再度顔をあわせました。


 このお寺を八十八か所の最後にして愛知県へ帰るため、この人とも二度と会うことはないのかなと思っていると、お互いがどちらともなく挨拶から雑談に発展し、健康面やお遍路、今後の旅立ちなど話に花が咲き、ご夫婦をスマホで撮影して納札を交換していました。


 帰宅後に写真を送るため納札の名前から検索すると、多角的に事業を展開しておられ、貧乏旅のような私の相手をしていただいたことに恐縮した次第で、こんな旅先での出会いはうれしいかぎりとなります。


 私は平成13年に四国遍路をスタートさせましたが、当時は60歳定年制度と60歳から年金が支給されていたため、退職金や年金で経済的に恵まれるだけでなく元気なお遍路さんが多かったものの、最近では定年の延長と年金支給の引き上げで出会うお遍路さんの姿は一変しています。


 そんな中で、新しい出会いは難しく、旧知のお遍路さんや現地の知人と再会する機会も減っていくため、今回の3連休は久々に新しい出会いと再会に感謝するお遍路となりました。


                                3月25日の一言

出会いと再会の三連休 四国遍路の3日目

21日に出会ったキャンピングカー 65番三角寺

前日車中泊の道の駅小松オアシスから一緒でした。

61番香園寺

62番宝寿寺

63番吉祥寺

横峰寺駐車場の小鳥

60番横峰寺

64番

優雅なお遍路です

金沢市のKさんご夫婦

ここでお別れです

別格13番仙龍寺がこの日最後の参拝です

四国とも暫しお別れです

3月21日の一言

 三連休の四国遍路について、当初は愛媛県の60番から88番まで巡拝する予定でしたが、偶然目にしたフェースブックで宇和島市のMさんが65番から結願を目指しておられることが判り、「途中でお会いするかも知れませんねェ」の返信に、88番大窪寺から逆打ちなら会えるかも知れないと香川県からお遍路をスタートさせました。

 そして、途中コメント欄で交信しながら1日目の夕方に78番郷照寺で出会い、近くの道の駅うたづ臨海公園で共に車中泊とし、翌朝に記念写真を撮ってからお別れしましたが、2日目も白衣を着た愛犬とともに巡拝するご夫婦と遭遇するなど、新たな出会いと親しい知人と再会するお遍路になりました。

 そして、最終日の3日目には…

 61番に近い道の駅小松オアシス駐車場の車中泊から目覚め、隣を見ると豪華なキャンピングカーで大きなテレビ画面を見ながらコーヒーを飲む優雅なご夫婦があり、我々はお遍路だからと早々に車を走らせて61番香園寺の参拝を済ませるとその豪華なキャンピングカーが入ってきました。

 そして、62番でも顔をあわせ軽く会釈をし、次の63番では「おはようございます」と挨拶して、私たちは60番の横峰寺の参拝を残していたため、その後に逢うことは無いと思い、60番から64番前神寺を参拝して次の65番の三角寺の参拝を終えて石段を下っていくとその豪華なキャンピングカーが入っており、ご夫婦が石段を登ってこられました。

 私たちはこの後で別格13番仙龍寺へ参拝してから愛知県へ戻るため、このご夫婦とこれから会うことはないなと思って挨拶すると、昨晩から同じように行動していたためかアウンの呼吸で、お遍路や過去の身の上話など「納め札」を交換して長話に花を咲かせることになりました。

 今回のお遍路は家内と妹の家族3人のお遍路で、人を案内して結願を目指すお遍路と違って時間の余裕があり、めぐり合った人々との会話や、旧知の人たちと旧交を温める出会いと再会のお遍路となりました。

 今にして思うと、先達になる以前の十数年前には一人で弘法大師が修行した旧跡にたたずんでいたことがあり、当時は多くのお遍路や四国の人たちとの出会いがあったことが懐かしく思われ、その当時知り合った人たちとの交流が現在も続いていることを考えると、次の札所だけを目標にしたお遍路の反省も必要ですね。

 さて、次の遍路は4月のゴールデンウィークまでお預けとなり、4月は上高地のボランティアと27日の開山祭に参加後に一人で四国を目指したいと考えています。

                                3月24日の一言

三連休の記録 四国第2日

道の駅 うたづ臨海公園

前日出会ったМさんご夫婦と朝の記念撮影


 平成16年から一言を記してきましたが、ブログを通じて連絡を取り合って沖縄で対面したメンバーも存在しますが、フェースブックは個人名を公開して発信しており、今回の四国遍路ではМさんのコメント欄で交信しながら出会うことができました。

 フェースブックの使い方も利用方法も知りませんでしたが、Мさんとメッセンジャーを利用して情報交換できるようになり、お互いの名刺交換もしたため、私が四国八十八か所を巡拝する間は立ち寄れる居場所が宇和島市に増えました。

 さて、四国2日目(20日)は、7時前にМさんと別れて朝マック後に第76番から逆打ちで愛媛県を目指しました。

本日最初のお寺 第76番金倉寺

善通寺 五重塔

四国フォト 善通寺の広瀬さんと再会


 善通寺の専属写真館主広瀬さんとは、平成13年に20人の仲間とマイクロバスで訪れて以来のお付き合いとなりましたが、昨年末のお遍路でお会いできず、娘さんから奥様が闘病中と聞いていたので立ち寄りました。

 この日も不在で娘さんからお母さんが亡くなられた話を聞きましたが、娘さんが連絡されたと思われ、駐車場の車に戻ってくる私を待っておられ、家族と一緒に写真を撮ってくださる話となり、奥様の昔話や現在の食生活など雑談に花を咲かせることになりました。

 お客さんを乗せた運転手役の場合は雑談もしておれませんが、家内と妹の気まま遍路のため旧交を温める時間がとれました。元気で再会したい私の立ち寄り場所にもなっていますが、お遍路の道中に立ち寄れる居場所は貴重な存在です。

第74番甲山寺

出釈迦寺から見る捨身ヶ嶽禅定


 2年前のお遍路では、奥の院の捨身ヶ嶽禅定までピストン輸送されていたお寺の車に相棒リマも乗せてもらった思い出ある場所で、この上に相棒が居るような錯覚すら覚えてしまうのが出釈迦寺でもあります。

ワンちゃんのお遍路さん

白衣と輪袈裟姿です


 第70番本山寺の境内で、白衣と輪袈裟をはめた2匹の愛犬お遍路と遭遇し、2年前に旅立った相棒リマにも白衣用の布が購入してあったものの、完成せぬままになっていたことを家内が話し、我々の相棒との思い出話をうなづいて聞いていただいたご夫婦に感謝の一言となりました。元気で長生きしてもらいたいものです。

第70番本山寺 五重塔

名古屋の伊藤萬蔵さん寄進の花台

お雛様を公開中でした


工事中の67番大興寺本堂

66番雲辺寺からの遠景

別格14番椿堂


 四国2日目の最終のお寺は別格20霊場の椿堂です。ここも避けて通れないお寺です。

2013年11月07日の一言

 今から12年前にご接待でいただいた椿の木が見事な花を咲かせたものの翌年に枯らしてしまい、その後に再度いただいた椿の木の1本は自宅に植えたものの、また枯らしてしまう可能性からもう1本の椿は町内の真言宗の弘盛寺へ持参したところ、境内を整備して椿堂のツバキとして立派に保存されてきました。

 ご住職は信者の方々への読経中でしたが、椿をいただいた奥様に御礼と椿の現況を伝えてお寺を後にしました。

3月20日の一言

 さて、この日は四国中央市の天然温泉三島乃湯に立ち寄り、西条市の道の駅「小松オアシス」を車中泊の場所と決め、車中でカセットガスコンロを使用して夕食を摂り、今回の車中泊では初めてとなる持参した赤ワインで乾杯としました。

 ここの車中泊でも翌日に新しい出会いが実現しました。

                                 3月23日の一言

三連休の記録 四国第1日目

道の駅みろく 香川県さぬき市

 18日夜10時半に愛知県の自宅を出発し、翌日午前3時過ぎに道の駅に到着し、目的地の大窪寺まで30分ほどかかるため、6時に目覚ましをセットし、それぞれの座席で足元から寝袋をかぶって仮眠のみの車中泊となりました。
 運転席での仮眠は初めてでしたが、暖かくて朝まで熟睡できました。

四国八十八ヶ所 第88番大窪寺

    巡拝を終えたお遍路さんが置いていった金剛杖です

     常楽寺 第86番志度寺の前です

 第75番善通寺前管長の樫原禅澄さんのお寺自性院常楽寺を立ち寄りましたが、この日は治療のため外出しておられて不在なため、ご家族に挨拶後に近況をお聞きして持参したお土産を渡して退散しました。



 傘みくじの木

 今回の四国遍路は第60番横峰寺から結願寺となる第88番大窪寺を巡拝する予定で、先週18日の夜から愛媛県西条市まで移動する予定でしたが、フェースブックの道の駅de車中泊のメンバーが第65番から巡拝する書き込みを発見し、同じような場所を巡拝するものの、追いつけないため88番大窪寺から逆打ちして何処かで出会えることを目指しました。

 「私も明日から3日間で満願を目指します。60番からスタートし、香川県の2か所で車中泊の予定です」とコメント欄に発信すると、「僕らは2日間で残りの24カ寺をお参りするつもりなので途中でお会いするかも知れませんねェ」と返信があり、出会うためには逆打ちしかないため香川県道の駅みろくで3時間仮眠後に大窪寺から巡拝を始めました。


 途中でそれぞれの現在地をフェースブックのコメント欄から報告しながら巡拝すると、午後4時頃に「今78番に向かっています!」の書き込みがあり、「78番で待っています」と返信して、家族を参拝に送り出して駐車場で待っていると、背後から「もしかして、大鹿さんですか」と声がかかりました。


宇和島市のMさんと出会いました


 フェースブック「道の駅de車中泊」のメンバーであるMさんの記事を見るだけでなく、どうせなら出会いたいと思い、絶対会うためにはMさんと必ず遭遇するはずの逆打ちを選択したものの、車で移動中にすれ違えば遭うことはなく、「今78番に向かっています!」の発信を見た時は午後4時過ぎになっていました。
3月19日の一言
車中泊の四国遍路で奇跡的な出会いへ | 大鹿一八 『今日の一言』 (ameblo.jp)  
           1日目の遍路は添付した上の記事をご覧ください。     

 78番郷照寺でしばし談笑後に記念写真を撮り、我家は次の77番道隆寺に参拝し、四国健康村で入浴を済ませて、この日の車中泊の地「道の駅うたづ海浜公園」へ到着すると、駐車場が半分以上閉鎖されており、車を停めるスペースを探す余裕もなく満杯の車中泊となりました。

                                 3月22日の一言

四国遍路 最終日も出会いと再会へ

開花を始めた桜 第61番香園寺

第62番宝寿寺

第60番横峰寺

参拝バス

売店

売店へやってくる小鳥

金沢市のKさんご夫婦 第65番三角寺

Kさんと私の愛車

Kさんのキャンピングカー

別格13番仙龍寺へ


瀬戸中央大橋
本日の写真です。 

 3日間の四国遍路は新たな出会いと、旧知の知人との再会のお遍路となりました。

 昨晩に車中泊した道の駅小松オアシスから第61番香園寺、62番宝寿寺、63番吉祥寺を巡拝してから第60番横峰寺を参拝して64番前神寺を参拝しました。

 さて、道の駅の車中泊で隣に停まっていたキャンピングカーのご夫婦もお遍路中で、参拝した境内で会釈から挨拶になり、私が本日最後の参拝としていた第65番三角寺の石段でお互いが声を掛け合い雑談に花を咲かせることとなりました。

 初日にフェースブックの道の駅de車中泊のメンバーMさんと連絡を取り合い、確実に出会うため88番大窪寺から逆打ちで巡拝し、この日最後の78番郷照寺で奇跡的とも思える出会いが実現し、道の駅うたづ海浜公園で車中泊した翌朝に記念写真を撮って別れました。

 そして、旧知の知人と再会しながら3日間のお遍路を終えました。本日最後に訪れた別格13番仙龍寺ではご住職は愛知県に出かけられていましたが、留守を守る副住職と雑談に花を咲かせてから四国を後にして愛知県へ戻ってきました。

詳細は後日へ                           3月21日の一言

今晩中に四国まで走ります

管理栄養士さんにいただいた絵手紙


 本日は3ヶ月に一度の栄養相談を受けるため津島市保健センターを訪れました。深刻な病気を患っておればのんびりと栄養相談を受けているような心境にはなれませんが、指導を受けるようになって8年目になるまで命に関わる重篤な症状にはなることはなく、指導を受けた年から健康診断の数値は体重と共に総て基準値内に収まってきました。


 初めて指導を受けたのは2014年6月26日で、当時の体重は80キロを超えており中性脂肪や肝機能とコレストロール値などにチェックが入っていたものの、6月から4か月後に体重の減少によって改善され最近は節制していないものの体重も71キロ台で推移しています。


 ただし、指導が始まった8年前と現在は体力や脚力が確実に衰えており、8年前に指導されたことが現在にあてはまるかは判らないものの、私の健康状態は人間関係によるところが大きく、上高地や四国遍路での出会いが外出意欲となり健康が維持されていると言われます。


 そんな訳で、今晩中に愛媛県西条市まで走り、明日から旧知のお寺の住職や知人と出会いながら3日後には88番大窪寺まで巡拝しようと考えております。



今回はこの上で寝てみます

本日の写真です。
 今回は家内と私の妹の3人で巡拝します。私は昨年12月に開催された先達研修会以来のお遍路となりますが、家内は昨年7月以来、妹は2年ぶりの四国となります。



 時間の経過は早く、平成13年(2001年)から廻りかけた四国遍路も20年以上が経過し、相棒リマと一緒に巡拝するようになった車中泊も、2年前に相棒が旅立ってしまい一緒には行けないものの、これからも相棒のウエアやケージを積んで一緒に同行する遍路旅となります。


                                       3月18日の一言

久々に横井庄一さんのお墓へ

本日の名鉄電車


お彼岸前のお供えです

陸軍軍曹 横井庄一の墓です

昭和30年に母親が建立しました

お彼岸の花

正月の花のままです

千音寺霊園

新しいお墓

こちらも正月の花のままです

千音寺ジャンクション

久しぶりとなる千音寺のマック

今日はここで夕暮れを迎えました

本日の写真です。

 明日の夜から3連休は四国遍路へ出発することから、我家と家内の里のお墓掃除を済ませて、名古屋市中川区にある横井庄一さんのお墓掃除とお花を供えにも家内と妹とともに訪れましたが、後継者が不在となるお墓は何か寂しい雰囲気が否めません。

 今年1月に朝日新聞社の取材を一緒に受けた元名古屋市博物館員のTさんは、生前の横井さんと親交があった数少ない存在になりましたが、取材中に「横井さんは子供が大好きだった」と話し、我家での会話から自分の血をひく子供を欲しがっていたことを実感させられました。

「時義、お前んとこは良いなぁ」
     「何が良いと言いたいのぉ」
「孫が4人も居るから…」
     「庄一ツァ、一人ぐらいもらっていっても…」

 私の父親と横井さんの会話ですが、4人の子供が居る我家から養子に出すと言った父親に、「自分がもらわれていって辛い思いをしたことを小さな子供にさせられる筈がないじゃないの」と、私の父親に血相を変えて怒りだしました。昭和の終わり頃の会話です。

 「お前も知らん訳じゃないだろぉ」と、我家で大鹿庄一として過ごした幼少期と、両親を失って苦労した父親たちの苦難の時代の話となりましたが、自分の子供が居ないことからポツリと漏らされた一言で、孫や家族に囲まれ苦難の幼少期を忘れて話す私の父親と、横井さんの戦後の生活環境の大きな違いを実感させられました。

 横井さんの母親は、死んだと思っていた横井さんを供養するため、周りより大きな立派なお墓を菩提寺に残していきましたが、横井さんの血脈をひく血族が存在せず、春と秋のお彼岸と、お盆と正月に訪れる私たちが供えたお花を取り換えるだけの寂しい現実がここにあります。

 立派なお墓が2つも存在しながら、私と家内が居なくなったらお墓に花を供える親族も皆無となりそうで、最近社会問題となっている墓じまいや無縁仏も他人事ではなく、これは我家とて他人事ではありません。

 「母一人子一人」や「旧陸軍日本兵」について世間で語られる作り話の横井庄一像に対して、人間として心優しい半面で寡黙だった横井庄一像を元気なうちに書き記しておきたいと実感する微妙な年齢になってきました。
                                3月17日の一言

我家のサクランボとアンズの開花が始まり

我家のサクランボ 右手前はアンズ

左サクランボ 中アンズ 右朴の木

サクランボ

花弁

事務所前のアンズ

つぼみです

上部は開花し始めています

アンズの花

手前サクランボ 右事務所奥のアンズ

こちらはまだツボミ状態です

本日の写真です。

 昨日に引き続いて福祉有償運送の一日となりましたが、家内は車イス利用の患者さん専属で名古屋市まで同行しており、私は市内の患者さん3人を搬送したものの、診察が終わった後で薬局に寄りたいと言われ、刻々と次の約束した時間が迫り、ついには時間が超過してしまいました。

 このあたりの判断によってはスムーズな連携となりますが、患者さんだけでなく相手のあることだけに成り行き任せで対応するしかなく、待たされる人の存在を考えると、待たされる人以上の時間に追われるストレスを実感させられます。

 さて、我家の庭にも春が到来し、一週間おくれでサクランボの花が咲き、アンズのツボミも木の上部から開花を始めています。週末には満開になっている可能性が高いものの、週末の3連休は四国遍路へ出かけているため帰宅後には散りかけているかも知れません。

 その四国遍路ですが、出発することは決めているものの、持参する納め札や白衣など準備を何もしておらず、車に積み込むだけのこととは言え、巡拝する前の心の準備ができておらず、愛媛県から香川県に向けて訪れる知人やお土産も明日と明後日に調達する必要があります。

 あわただしい旅立ちになりそうです。
                                3月16日の一言

朝から移送ボランティアの一日に

本日の夕暮れです


午前9時

午前10時

午前11時

午前12時


一日が終わりました


明日の搬送予定です

本日の写真です。

 本日は2人の患者さんを名古屋市の中村日赤まで送迎する予定だけでしたが、体調不良と常用する薬が無くなる2人の会員さんからの依頼によって、夕方まで忙しい一日となってしまいました。

 たかだか4人の送迎ですが、一般のタクシーのように電話があってから走っていくだけなら簡単ですが、予め予約を受け付けているものの、それぞれの治療や診察が終了する時間が判らないため移送が重なったり、最後の患者さんの送迎が終わるまでは待機状態が続きます。

 明日も5人の予約が入っていますが、車イスの患者さんを名古屋市まで送迎する予約があり、家内の車がかかりつけとなるため、私は4人の患者さんを午前中に送迎することになり、午前中に仕事は終わるものの、家内の帰宅は午後になってしまいます。

 さて、今年の4月から道路交通法が改正され、5台以上の車を所有する事業所は毎日運転する前と運転後にアルコール検知をすることが義務化され、違反すれば厳しい処分が課せられるようになりますが、ボランティアの自家用車で参加するメンバーが数キロ走ってきて事務所で検査し、数キロもどってから会員さんを送迎し、終了後に再度事務所へ検知に戻ることはボランティアの領域を超えていきます。

 人を移送する責任は重大ですが、運送業や一日中運転を生業とする業務は別として、ボランティアの中には飲酒をしない人も含まれており、私自身の生活習慣では夕食時にコップ半分の赤ワインを口にするだけで、そもそもがアルコール検知は必要がありません。

 悲惨な事故や事件が起こっており、その都度条例が厳しくなるのは理解できますが、ボランティア精神から自発的に参加しているボランティアにとっては堅苦しい活動になっていきます。

                                   3月15日の一言

知人に同行して春爛漫を実感して

午前中訪れた場所


弥富市の工事現場

のどかな場所です

そして、道端には…

ツクシでいっぱいです


 午前中に患者さんの搬送が終わり事務所で休憩していると知人が訪れ、弥富市の現場を見に行く途中にコーヒーでもとの誘いに、「ヒマだから現場まで同行しながら」と、木曽川の河口部となる弥富市に到着すると辺りの道路はツクシが群生していました。


 厳しい寒さに震えていた数日前が信じられないような暖かい日が続き、知人と同行した弥富市の道端に生えていたツクシにびっくりさせられましたが、考えて見ると昨年はもっと早くからツクシが生えており、今年は一週間遅れで一気に春の気候が訪れました。


午後に訪れた場所

カインズホーム桑名

入り口の団子屋さん

いらっしゃいませ

還暦過ぎでも頑張ります

店内を廻ります

ホラ貝フキおじさんを

冷やかしに来ました

桑名を後にします


購入してきた燃料用アルコール

アルコールランプ

点火しました

本日の写真です。

 私の住む津島市にはカインズホームが存在せず、名古屋市か一宮市まで走る必要があり、午前中に訪れた弥富市から見えた雪をかぶる鈴鹿山脈に魅了され、知人が働いている三重県桑名市のカインズホームまで車を走らせました。

 桑名市は三男が修行中に住んでいたことがありますが、津島市から南に位置する弥富市の尾張大橋から国道1号線で三重県へ入るイメージが浸透していたものの、カインズホームは桑名市の北部に位置する東員町に近く、立田大橋から木曽三川を渡っていけば随分と近いことが判りました。

 平成の大合併によって、桑名市も随分近くなっていたことを実感させられました。

2018年 1月8日の写真

 添付した写真は4年前にカインズホーム桑名店で撮影されたもので、私の名前である「大鹿」と命名された大吟醸を醸造している酒蔵の「鈴鹿川」を手にしており、すっかりと忘れていましたが本日は素通りし、燃料用のアルコールを購入してきました。

 本日の購入の主目的はキャンプや車中泊に利用したい「簡易エアーマット」でしたが、低額ではあったものの専用の空気入れが販売されておらず、店員さんに商品を確認してもらったところ、連休過ぎの暖かくならないと空気入れは入荷しないことが判りました。

 今週末に予定している四国遍路の車中泊に利用したいため、帰宅後にネット販売されている商品を注文したところ、2日後に宅配便で届けられることになりましたが、直接手にとって確認してきた商品をネット上で注文しただけに安心感を覚えました。

                                   3月14日の一言

上高地から記念誌が届きました

上高地パークボランティアの記念誌です

私の寄稿文

メンバー手作りの記念品


 上高地で活動する環境省のポークボランティアの会が、設立されて30周年を記念して発行された冊子が完成し、昨日松本市で開催されていた定例会に参加した地元のメンバーが本日午後に我家へ届けに来てくれました。


 本来ならば毎年参加している定例会ですが、今年は町内会役員になっており、本日町内会の総会が開催されたことから欠席となり、ボランティア仲間から手渡された記念誌と記念品を受け取り、定例会の様子を聞きながら今年の活動と上高地の雑談に花を咲かせました。


 コロナ禍にあって昨年は例年の半分程度しか参加できませんでしたが、今年は多くの大学生を含む新会員が加入したとの話を聞き、たかだか1回とは言え出席できなかったことで様子が判らず、自分だけ置いてきぼりのような心境を感ずる一方で、4月から始まるボランティアでの新しい出会いには新鮮な期待を覚えました。


 やって当たり前と押し付けられた町内会の仕事とは違い、自分の意思で参加しているボランティアはストレスが無く、本日は活動の内容ばかりではなく、いかにして宿泊代を安く便利に上高地へ行く方法など、体験から得た情報交換の珈琲タイムともなりました。


 さて、過去の一言で、今年のゴールデンウィークは四国遍路に出発する旨の記載を残していますが、本日の総会前の電話連絡で、コロナ禍で未確定ではありますが、東北の東日本大震災の被災地を訪れる中学生の運転手役を依頼されました。


 新幹線で仙台を訪れ、2日目と3日目の移動するマイクロバスの運転手役ですが、最近の一年間はバスの運転から遠ざかっており、最近強いられていた町内会の会計処理によって大幅な視力減退を実感させられており、簡単には引き受けられない年齢も実感させられます。


 それでも嫌々参加していた町内会役員の任期が終わったことで、過去にない自由な心境になれた一日でもありました。


我家の梅です

本日の写真です。

 我家の梅がやっと開花を始めました。先月末からストレスを溜め続けていましたが、これから開花するサクランボやアンズのように明るい話題が増えて欲しいものです。

                                     3月13日の一言

浜松から送られてきた春の便りです

満開の桜と菜の花畑

浜松市東大山 河津桜祭り会場

動画




 河津桜祭り
https://maps.app.goo.gl/K76H7nYnkS1fmZnR6
ここまでは本日の写真です。

都田総合公園の河津桜

こちらは昨日の写真です


 本日の午前中は家内に福祉有償運送のボランティアを任せて、私は明日に開催される町内会の会場準備と、道路からはみ出した神社の枝の伐採作業に参加し、久しぶりの肉体作業が心地よく体に堪えました。

 そんな最中に知人から春爛漫の写真と映像が送られてきたので紹介しましたが、遠くまで出かけなくとも桜や菜の花を楽しめる浜松市の環境を羨ましく思いました。

ノルマ達成です


一日残してスタンプゲットです

そして、コークオンの自販機で購入しました


 明日の午前中に町内会の総会は終了し、次期役員が会場におられれば午後に引継ぎをしてお役御免となります。

 複数の方から私の町内会に対する強いストレスについて「何故」と質問されますが、元々が本人の承諾なく長野県滞在中で不在のまま役員と決めつけられた一年前の総会に始まり、本日松本市で開催されている環境省の定例会にも町内会のため参加ができません。

 本日も私に搬送を予約されていた患者さんの移送は家内が代役で務めてくれましたが、平日休みの無い福祉有償ボランティアだけでなく、週末に自主的に参加してきた上高地のボランティアや、セカンドライフとする四国遍路など、代役のきかない押し付けられた役員は苦痛でした。

カウントダウン 2
                                   3月12日の一言

東北の被災地へ愛知県から発信するピアニストに

ピアニスト佐藤由美さんのライブ発信








本日の写真です。

 私も後援会に入っているピアニスト「佐藤由美」さんが、毎年3月11日に発信されてきた被災地へ向けたライブ演奏会を視聴しました。日常の忙しさの中で、いつしか忘れてしまいそうな被災地を忘れず発信されていることに驚きです。


 私は由美さんのお父さんとの親交があり、そのご縁で由美さんの後援会にも参加し、各地で開催されたピアノコンサートにも足を運びましたが、元々が声だけでなく音楽そのものに音痴のため、詳しくは添付したブログを参照して下さい。

こちらは…

4月2日から5月15日まで

こちらも、佐藤さんのお父さんの仲間からいただいた案内状で、岐阜県博物館で来月から開催される「彩られた和傘の世界」展のはがきです。

 さて、昨日に引き続き本日も総会を控えて町内会の役員会が開催されますが、私にとっては健康面にも影響するようなストレスとなっており、町内会行事への参加は一日の楽しい出会いや親交の中で唯一の苦痛となってきました。

 それも、カウントダウンまで3日となりました。

愛西市と津島市の医療機関を往復して

愛西市の医療機関


津島市民病院

人工透析の施設です

ウォーキング中の梅

本日の夕暮れ

本日の写真です。

 明日は3月11日です。月日の移り変わりは速いものですが、毎年同じ気持ちで発信しているピアニストの存在を知ってほしくてここに添付しました。

 明日の11日に東北地方へ向けての音楽演奏会のライブ発信が案内されています。


2022年3月11日(金)14:00〜15:30頃 

配信URL:https://youtu.be/rCj_VFm9qos


 本日の午前中は患者さんを病院まで搬送した後に、週末松本市で開催される上高地の環境省パークボランティアの定例会に参加するあま市の知人を訪ね、次年度の上高地の活動や近況報告に花を咲かせました。

 近くに住んでいるものの、遠く離れた上高地でしか顔をあわせないため、昨年10月に手術を受けた私の身の上話や、知人も同じ病院で手術を受けていた話を知り、町内会の総会によって出席できない定例会での個人的な意見も知人に託して自宅へ戻りました。

 何かあるたびにストレスを溜めていた町内会とは違い、自分の意思で参加しているボランティアのため、自分自身の負担が重くなってもより厳しい活動を語ることにも、自分自身の本来の居場所であることを実感させられました。

 知人は地域で歴史研究会の役員も務めており、コロナ禍になる以前から依頼されていた遠方への史跡勉強会への運転手役も、自分自身を頼りにされていると思うと、忙しい中でもやりくりして参加していく責任も痛感させられますがストレスは全く感じませんから不思議です。

 さて、本日の福祉有償運送は午後の方が忙しく、市民病院から愛西市の医療機関で人工透析を受ける患者さんを搬送し、透析が終わったのちに市民病院へ戻り、会計を済ませてから自宅まで送り届けましたが、帰宅は午後5時近くになっていました。

 昨日の一言にも記しましたが、本日が特売日のガソリンスタンドで給油したところ、1リットル161円の価格になっており、地域で一番安いスタンドでありながら、3台の車に給油すると後々の通帳を見るのも嫌になりそうな高騰が続きます。

 午後9時20分に町内会の会計監査を受けて帰宅しました。明日から3日間が町内会最後のストレスとなり、日曜日には次期役員に引き継いでストレスから開放されます。「くそったれ」と叫びたい心境です。
                                    3月10日の一言

恩師との長電話から愉快な一日となって

愛西市から見える養老山地


歯科医院前の愛車


 本日は愛西市の旧立田村の患者さんから歯科医院への搬送を依頼され、訪れた場所が高校時代の恩師の近くのため連絡すると、偶然にもその歯科医院は恩師の息子さんが院長であることが判り、30年ぶりながら昔話に花を咲かせました。

 こんな偶然は嬉しいものですネ。

 恩師は86歳になっておられてビックリしましたが、時を忘れて私の長話に付き合ってくださり、お元気な声に元気をいただきました。この恩師は女性で、高校の教頭から大学の教授にまでなられたパワーのある先生でしたが、私と同じく66歳頃から体調不良や病気に悩まされ、ご主人も20年ほど前にガンで死別されており、元気な現役の頃とは違うご苦労をされていたようです。

 久しぶりの会話から高校時代の恩師たちの近況だけでなく、地域社会で活躍している卒業生の話題も聞くことができ、何も知らずに通り過ぎているものの、本来なら身近であるはずの人たちが多く存在して頑張っていることに元気をもらいました。

 さて、肝心の福祉有償運送ですが、搬送した患者さんのお宅は我家から9キロ以上離れており、2往復すると40キロ近く走ることになり、1リッター8キロのキャラバンの燃費を考えると5リッターほどかかり、患者さんから片道670円の料金をいただいても最近のガソリン代を考えると赤字になってしまいます。

 そんな訳で、恩師との長電話の後は、恩師から同じ同窓生(女性)が活躍していると聞いた近くの道の駅「立田ふれあいの里」へ車を走らせました。

 近くで待機すればガソリンは一往復分で済みますが、今度は1時間かそれ以上の待ち時間を覚悟することとなり、自宅へ戻ってもとんぼ返りになれば休憩にもならず、タクシーを呼んでも1時間以上待たされたと聞く交通空白地域の厳しい現実を実感させられます。

広大な駐車場

コミュニティバスのバス停

平日でも車は満杯です

大阪ナンバーのキャンピングカーを見つけカメラに収めました。

私の好物 みたらし団子100円


 遠く離れた患者さんの搬送はボランティアとは言え辛いものがありますが、交通の便の悪い交通空白地帯の高齢者にとっては切実な問題で、私の到着をご夫婦で待っておられる姿に自然と奉仕精神もわき、本日は搬送先が恩師の息子さんと判ったことと、恩師との電話から地域と一体になっている心強さも感ずる一日となりました。


 これからは、待ち時間を車中で休養として割り切るか、道の駅のネット環境を利用して必要な仕事を消化するか、遠隔地の移送を考えていく必要があります。


本日の夕暮れ


 さて、私は再来週に車中泊で四国遍路を予定しており、愛媛県から香川県を巡拝しようと思っていますが、今週末でお役御免となる町内会のストレスが無くなり、今週末に松本市で開催される環境省の定例会へは参加できませんが、明日近くに住む定例会参加予定の仲間と会って依頼を託すなど明るい話題も連鎖していきそうです。
                                    3月9日の一言

久しぶりに忙しくてもストレスを感じない生活へ

本日は海南病院まで搬送

道中の練成館

弥富市役所


孫へのお土産

鬼まんじゅうと桜餅と草餅

知人へのお土産

ごま大福と、ピーナッツ味、クルミ味の安倍川餅

家内と私のおやつ

家へのお土産

きな粉とクルミとピーナッツ味

えがしら堂のナベちゃん あま市大治町のピアゴ

本日の写真です。

 土曜日に訪れた団子屋(饅頭)のえがしら堂へ本日も訪れ、孫や世話になった知人への和菓子を購入して帰宅しました。

 私自身は団子が大好物で、実は饅頭も大好きですが、健康面を考えると連日食べるわけにはいかないものの、えがしら堂の和菓子は美味しいだけでなく、何よりも販売している店員さんとの明るい会話が購入意欲を倍増しています。

 ちなみに添付したナベちゃんは、来週多治見市のピアゴから再来週は御嵩町のアピタ、その次は岡谷市のアピタと移動し、お花見シーズンは長野県の高遠城址公園で店を開き、その後は長野県松本市の道の駅今井恵みの里で営業する予定だそうです。次の再会が楽しみです。

 朝一番の患者さんを医療機関へ搬送し、治療されている合間にあま市大治町のピアゴで移動販売しているえがしら堂を家内と共に訪れ、帰宅後に町内会長へ総会用資料を持参し、家内が搬送した患者さんを夕方迎えに走り、歩いてウォーキングの家内と合流して久しぶりのコーヒータイムにしました。

 この一年間、忙しい訳でなくても町内会の仕事があると強いストレスを感じてきましたが、忙しい一日であっても自分のやるべきボランティアと、好きなことをやった忙しさはストレスを感じないことを実感する一日ともなりました。

 そんな訳で、えがしら堂のナベちゃんにも感謝です。

 親しい知人のブログ発信の中に、高齢者として生活する中では「義理を欠く」ことと、自分本位で行動することが重要と記されておりましたが、自分の意としない押し付けられた仕事や、好きでもないお付き合いはストレスが増すばかりで、この一年間は腹立しい気持ちとストレスの繰り返しでした。

 それもあと5日間となり、これからは不義理とか村八分と言われても二度と町内会の役員は引き受けず、自分の意思で関わっているボランティアや、納得して引き受けた公職だけに専念し、週末は大好きな上高地と四国遍路などできるだけ自分本位に生活したいと思います。

                                      3月8日の一言

過去のブログを読み直して 本日も苦痛の一日に

昨年3月4日のサクランボ

3月10日のアンズ

3月10日のサクランボ


 一年前のブログを読み直すと3月4日にはサクランボが咲き出し、10日にはサクランボだけでなくアンズも満開になっていた写真が添付されており、寒波と豪雪の続いた今年の開花は大幅に遅れていることが実感させられます。


一年前の昨年3月のブログ

一昨年の3月のブログ


 2年前は新型コロナの拡大が始まっていましたが、その後の深刻な蔓延が続くとは思ってもおらず、各地へ足を延ばしていましたが、昨年も長野県や各地へ足を運んでおり、来週に開催される町内会の総会を前にした会計報告の作成や、役員になったことのストレスにより外出が大幅に減っていることが判ります。


 その町内会の総会は今度の日曜日に開催され、先週末で会計処理は終わっていましたが、本日午後に1枚の領収書の扱いを調べるうちに、5ページにわたる一般会計の出納帳の初期段階に間違いが発覚し、5ページ分の現金累計をすべて計算しなおすことになり、修正が終わったのは午後9時を過ぎていました。


 本来の自分のやるべき福祉有償運送が午後まで続き、午後から夜9時まで町内会の仕事に追われると外出どころかブログの書き込みについても気力が無くなってしまいます。


 それも、あと5日間の辛抱になります。


 「これまでの役員もやってきたこと」と、やり遂げて当り前のような声も耳にしましたが、「議員をやっていたから何でもできる」と言われると町内が何よりも優先する因習に、村八分にされても二度と引き受けない固い信念を看板にしていきます。


                                      3月7日の一言

県境となる道の駅まで足を延ばして

道の駅「月見の里南濃」の足湯 岐阜県海津市


 昨晩愛知県には春一番が吹き荒れ、本日も天候は悪かったものの、旅行気分に浸りたくて木曽三川をはさんた県境の岐阜県海津市の道の駅と、三重県桑名市のショッピングモールまで車を走らせました。
 海津市の道の駅月見の里南濃で南濃みかんを購入し、桑名東インター前のマックで休憩後に、地元愛西市の道の駅立田ふれあいの里では麦の苗を買い求めました。

店の前に置かれた地元産「南濃みかん」

店内でも販売されています

生産者の名前が表示されています

団子屋さん


三重県桑名市へ来ました

大きなショッピングモールです

イオンモール桑名

モール内


桑名東インター前のマックで休憩


近くの道の駅 立田ふれあいの里 愛知県愛西市

地元産の野菜が並ぶ店内

購入した麦の苗

公開スペース入り口

情報コーナー

長野県善光寺のポスター

祖父江町善光寺のポスター

多くのチラシも

西尾張唯一の道の駅です


名鉄電車 愛西市佐屋町地内

本日の写真です。

 愛知県知事が「県をまたぐ往来を避けるように」と発信しますが、愛知県でも一番西部に位置する我々の地域は名古屋市より近い木曽三川が県境となり、木曽川の東側(愛知県側)に位置する木曽岬町は愛知県弥富市と生活圏が一緒になっており、私の住む海部津島地方と岐阜県海津市は過去の歴史風土が良く似ています。

 コロナ禍にあっても、感染者が蔓延している名古屋市に行くよりは安全で、私の周りの知人たちも名古屋へ行くほうがストレスが高いと言いますが、私自身も目的が無い外出は当り前のように西方へ車を走らせてしまいます。

 さて、久しぶりの南濃町の道の駅を訪れましたが、昨年は毎月患者さんを海津市の医院まで搬送しており、その都度待ち時間に南濃ミカンを購入して帰宅していたものの、搬送していた患者さんも亡くなられたため遠い存在になっていました。

 その間に知多半島や渥美半島を訪れてきたものの、ミカンについては知多半島よりも南濃ミカンの方が安価で販売されており、同じ現地生産で味もほとんど同じではありますが、知多半島や渥美半島が観光地化されていることから高価になっているのかも知れません。

 本日は家内と次男の3人の久しぶりの外出ともなりました。
                                     3月6日の一言

あま市へ出店中のえがしら堂へ

あま市の大治ピアゴ店

えがしら堂

いちご大福やまんじゅう

おはぎや桜餅

移動販売のえがしら堂です

本日の写真です。          8日までピアゴ大治店へ出店中

 先週訪れたピアゴ佐屋店に出店していた「えがしら堂」を紹介しましたが、本日は昨年10月に長野県松本市の道の駅で出会った「えがしら堂」の店員さんが「信州田舎大福」の看板で出店中のピアゴ大治店を訪れました。

2021年 10月10日 私が13日に発信したブログです。

 昨年から多くの団子屋さんの五平餅や団子をブログで紹介していますが、何度も訪れようと思うお店は美味しいのは勿論ですが、何よりも店員さんの人柄の良さが前提で、この「えがしら堂」のWさんも話し出したら人の良さが判ります。


 Wさんは仲間からナベちゃんと呼ばれているそうですが、苗字は何だか思いますか?


あべ川餅

おはぎ

 店頭では、最初におはぎと桜餅を食べ、お土産にピーナッツ味やくるみ餅などのセットと、おはぎのセットを持ち帰りましたが、五平餅やみたらし団子だけでなく、大福餅や甘いまんじゅうも大好物のため、本日は夕食のごはんは抜きにしないと健康面では問題です。

 さて、Wさんのえがしら堂は、来週8日まで大治ピアゴ店へ出店し、その後は多治見市から岡谷市へ移動し、4月の花見シーズンは長野県の高遠城址公園へ出店し、その後は松本市の道の駅今井恵の里で秋まで営業するそうです。見かけたら声をかけて下さい。

過去に訪れた団子屋さん一覧 ↓↓

 昨年8月から地元だけでなく、奥三河や木曽路から信州の団子屋さんを訪れてきましたが、何回も行きたいと思うお店は限られており、今回の「えがしら堂」については団子の美味しさだけでなく、明らかに販売する店員さんの人柄によるものですね。

                                   3月5日の一言

やっとストレスのない自分の生活へ

名古屋第一赤十字病院

待合室

 連日患者さんを搬送している中村日赤ですが、本日は自分自身の診察に訪れました。


 昨年10月に前立腺肥大症と膀胱結石の手術を受け、本日は4回目の診察日となりましたが、手術後の経過が良好なことから主治医が診察の待ち時間を心配しなくとも良い午前9時の1番目の患者に予約してくれたため、本日は朝7時45分に自宅を出発しました。


 病院には30分で到着してしまい、診療科目の受付はシャッターで覆われていましたが、一番で受付を済ませ「9時には診療室3番の前でお待ちください」と言われていたものの、8時30分に診察室の医師から名前が呼ばれました。


 本日は主治医が1週間の休暇をとっており、代務医師の診察との説明があり、私の手術に立ち会った医師の診察を受けましたが、経過は良好で手術後の尿漏れも完全に治まっているものの、完治すると病院への関係も閉ざされるため、「まだ、疲れると違和感がある」と伝え、3ヶ月先までの投薬と予約を受けました。


 私の住む津島市には安心して入院できる病院が無いため、我が身に何か異変があった場合はわずかな縁でも日赤との繋がりは重要で、これからも些細な異変でも診察が受けられる関係は残し、救急車が迷うことなく中村日赤まで搬送してもらえる道筋は残したいものです。


 さて、9時からの診察が9時前に終わって会計も済んでしまったものの、院外処方された日赤前の薬局にはシャッターが下りており、10時から民生委員の協議会があるため、開店を待ってから処方を受けると遅くなってしまうことから、地元のかかりつけ薬局に連絡して地元に帰って薬を受け取ることにしました。

昼の休憩

 9時からの診察ですが、診察と支払いを終えて薬を受け取り、名古屋から津島市まで戻ってくると10時から始まる協議会には間に合いませんが、主治医の配慮で遅れることなく協議会に参加し、協議会終了後に民生委員の同級生と団子をつまみに珈琲タイムとして昼食前に帰宅することができました。

知人の仕事場

何の仕事か判りますか?

あれっ?


ホラ貝フキおじさん


 午後からは知人の協力をもらい、次年度の町内会役員へ引き継ぐ1年分の電子データを町内会のUSBメモリーへ移しました。

本日の写真です。

 そして、知人が働いているドンキホーテまで走り、普段はかぶらない帽子とジャンパーで変装して訪れ、しばし談笑の時間が作れました。

 やっと余裕のある生活が戻ってきました。
                

町内会の会計処理が終わりました

本日の夕暮れです 午後5時29分

本日の写真です。

 本日は午前中に病院を退院する患者さんが2人存在し、車イスのまま移送する人もあったことから、家内と2人で午前中は家に戻れないボランティアとなり、午後には昨日大混乱に陥った町内会会計処理を完結させると連日のように夕方になっていました。

 町内会の仕事はこれで終わりとはいかず、来週の10日に会計監査を受け、11日の役員会で承認されれば、その翌日に総会用の資料を印刷し、13日に開催される町内会の総会によって選出される次年度の役員への引継ぎとなっていきます。

 もっとも、次年度の役員へ引き継ぐ1年分の資料をまとめるのも大変な作業となります。

 さて、明日は朝から中村日赤の診察日となっており、診察が終わり次第民生委員の協議会に参加し、午後には本日と同じく町内会へ提出する資料をパソコン内で整理する予定となりますが、何事もなく週末には何処かへ走りたいと希望しています。

 考えてみると先週から町内会の会計処理を続けて一週間もの時間が経過しており、その間は珈琲屋さんにも出かけていませんが、正確には外出できないまま夜を迎える生活が本日まで続いており、間違いを発見するたびに印刷し直した大量の紙と、使い切ったプリンターのインクも本来は町内会で支出する費用ですが、今さら計上すれば会計の集計をやり直すことになるため自己負担になってしまいます。

 今ではパソコンは家庭の必需品になっているかもしれませんが、プリンターやコピーの無い人が役員になったら大変なこととなり、私の知人の中には役員になったためパソコンを買いに走った人も存在します。

 誰かがやらなくてはならない役員ですが、パソコンやプリンターは町内会の必需品にしないと無理やり押し付ける役員選びでは無責任で、何でも自宅に揃っている我家も、2つのNPO法人の資料と、過去の議員時代の資料が入り交ざると困るためパソコンを1台購入しました。

 あー、早く総会が来ないかなぁ。まだ、まだ、複数のボランティアに関わっていますが、必要とされる仕事やボランティアがある人にとっては町内会役員は鬼門です。

                                     3月3日の一言

久しぶりの大パニックに我を忘れて

本日の夕暮れ


本日の写真です。

 本日は町内会の会計処理が全て終わり、収支と通帳残高も合致しているため、町内会長のお宅を訪れて今年度の決算書と来年度の予算案について協議し、自宅で細かい修正を済ませたことで、事実上終わった安堵感から久しぶりに家内とウォーキングに出かけました。

 ここからが問題の始まりでした。

 明日の午後にパソコンからプリンターで印刷する予定でしたが、この際本日中に済ませてしまえば明日は完全に開放されると、家内から夕食の声がかかるのを無視して印刷していると、昨日に完全に打ち込んだ情報に空白のスペースが見つかり、修正していると頭がパニックになってきました。

 私を待って夕食を待つ家内を2階の事務所に呼びつけ、50ページほどの大量の印刷のため、修正した場所のみの差し替えにしていたため、途中から何をしているのか判らなくなり、何が正しい数字なのかも判らない状態に陥ってしまいました。

 ふと、パソコン画面を見つめると、保存して印刷していた画面は完成前のページであることが判明し、そうなると修正すればするほど訳の判らない帳簿になってしまい、その都度印刷して確認した破棄する資料と最新の資料の判別もできなくなっていきます。

 どうやら最新の情報と思って保存していた資料は修正途中の資料でしかなく、最新の資料を誤って破棄してしまったと思われます。

 あー、馬鹿の見本です。

 せっかく完成していた資料を破棄した代償は大きく、全ての資料が信用できなくなり、明日の午後に手伝ってもらえる知人の監視下で再度完成させて、明日以降に印刷しなおすことになりましたが、明日は多くの患者さんが病院への搬送を待っておられ、明後日は自分の通院と民生委員の協議会もあることから、先週末から続けてきた会計処理は週末にまで至りそうな雰囲気です。

 昨晩には会計処理が頭に浮かんでほとんど眠れず、本日も夕食が10時過ぎになったことから、明日も寝不足は必死となりそうです。
                                      3月2日の一言

3日間連続 町内会の会計処理が続き

知人から送られてきた写真です。

新型コロナウィルス
中和抗体検査キット届きました!

 1週間以内に試してみますが、結果は分かっているもののワクチンを打ったら今日一日飲酒はNGです抗体がで出来にくいですと言われたが、習慣だから無視・・どんな結果が出るか?

こちらも知人の写真です

何処か判りますか?

閑散とした参道

お千代保稲荷の参道です

今日は本当に1日ですか?

じいさんとばあさん

オバサン?

あれっ? 見たことある人だけど…

久しぶりです有名人

 朝から福祉有償運送のボランティアで名古屋市まで走り、その後は連日となる町内会の会計処理をしているとやっぱり夜を迎えてしまい、大方は終わったものの来年度の予算案を明日に残し、明日も引き続き会計処理を続けることになりました。

 もっとも、本年度の会計は出納帳と収支や決算額が全て符合したため、とりあえず山場は越えており、ストレスをため続けていた町内会役員の責任からも開放される希望が見えてきました。

 毎年3月の第2土曜日には環境省パークボランティアの定例会が松本市内で開催されており、昨年も長野県に滞在していましたが、今年は町内会の総会と重複するためストレスを溜めて欠席を覚悟していたものの、コロナ禍にあって外出自粛が続きそうなため諦めにもなりそうです。

 人にはそれぞれの生活があり、定年後の生活を地域の老人クラブや町内役員に意欲をもやす人も存在するものの、私はボランティアとは言え平日は毎日移送ボランティアと関わり、週末は上高地や四国遍路へ行きたいと考えているためそんな人とは全く波長が合いません。

 年金受給者となり、70歳に近づく年齢になってから無理やり押し付けられる役務は苦痛で、75歳で他界した西郷輝彦さんを考えると残された寿命はわずかで、せめて好きな生活を続けて後悔のない人生を全うしたいとつくづく思うこの頃となりました。
                                    3月1日の一言

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