名古屋第一赤十字病院 (中村日赤)

日本赤十字社愛知医療センター名古屋第一病院 (正式名称)


玄関前の庭園

ナイチンゲール像

立松子 二代目看護部長の銅板

寄贈者平木好子三代目看護部長のプレート

「数値がずいぶん良くなったね」

   「体調も良いですよ」

「明日からステロイドを減らそう」

   「減らして大丈夫ですか…」

「次の診察は二ヶ月後にしよう」

   「心配だから、もっと短くして下さい」


昨日の中村日赤の主治医との会話ですが、血液検査の結果が大幅に改善し、「CRP」という炎症や組織の損壊を示す数値は正常な基準値内に治まり、昨年6月に膠原病と診断されてから7か月目にして痛みは皆無となり、「MMP-3」という関節リウマチの数値は相変わらずですが、「RF」はあと少しで基準内に治まりそうな結果となりました。


今年6月の血液検査で膠原病と診断された3種類の異常を示す数値の変化

6月から今月までの推移


CRP(基準値 0.00ー0.14) 体内の炎症や組織の一部の損壊の有無を診断する検査

 (6月) 4.85→ (8月) 2.32→  (9月) 2.89→  (10月) 3.78→  (11月) 3.69→  

   (12月) 0.50→ (1月) 0.12


MMP-3(基準値 35.2ー123.8) 関節リウマチ患者の関節には大量にMMP-3 が含まれており、関節破壊の指標とする検査

  (6月) 162.4→  (8月) 212.3→  (9月) 213.3→   (10月) 231.9→   (11月) 201.7→ 

   (12月) 153.0→  (1月) 184.9


RF(基準値 20未満) 血液中のRF(リウマトイド因子)という物質の量を調べる検査 

 (6月) 24.5→   (8月) 26.7→   (9月) 45.1→  (10月) 67.8→  (11月) 63.6→  

  (12月) 36.8→  (1月) 21.7


昨年3月末に交差点で車に追突され、頚椎挫傷によって右手の指がシビレ、毎週病院へ通院する中で一ヵ月後のゴールデンウィーク頃に両手が腫れあがり、その後に両手と両肩に激しい痛みが走り、6月には膠原病と診断され県外の外出にドクターストップがかかりました。


6月と7月には車の運転もできず、歩くのも苦痛に陥りましたが、8月にはストレスが大敵なため医師から上高地への外出許可はでたのを機会に、9月からは勝手な判断で石段ばかりの四国遍路にも出向くようになりました。


12月になって検査結果がずいぶんと改善したことで、「これで上高地も大丈夫だね」と医師から言われた半面で、「心配だった」と私が思っていた以上に深刻な病状であったことが告げられましたが、私はノー天気に上高地と四国を走り廻っていました。


それでも四国遍路ではお大師様に病気回復を祈願し、上高地の帰り道に立ち寄る御嶽山の霊神場と弘法堂のお大師様に手を合わせてきたご利益としておきますが、私には同じ医師に診察を受ける膠原病の先輩が存在し、普通に生活するまで回復したその神様の存在が大きな希望となっていました。


発病直後に手の平の腫れた写真をこのブログに掲載したことで、その神様から「私の病気と一緒ではないか」との助言があり、早期の診断と治療が始まったことが順調な回復につながり、一年後には回復している神様によって随分と安心感をいただいてきました。


さて、私の住む津島市にも膠原病の患者が存在しますが、病状が随分悪化してから膠原病と診断され、診断後も専門医が一週間に半日だけしか診察しない病院に通っている現状があり、30分も走れば何時でも専門医の適切な治療が受けられる良き見本になりたいと思っています。