仕事が遅れているために机に座ったものの、来客が続き、昼食から夕食前までの貴重な時間が過ぎ去っていってしまったのである。
四国八十八ヶ所の巡礼や、西国、坂東、秩父の各観音巡りも、時間が経過すると詳細があいまいになり、記憶をたどっても話がかみ合わない。記録としていたノートをめくっても、参考にした本やガイドとなる資料を見ても、巡礼中のように頭がはたらかず、相手の間違った話にも反論もできず、過去4回にわたる『お遍路』の経験はあまり生きていない事を実感させられた。
さて、忙しい日々が続いていたが、会報など仕事の結果が伴っていない事から、いっその事『お遍路旅』にでも行っておけば良かったと思うのであるが、過ぎ去った日々に遡る事はできず、12月の初めに善通寺で開催された『四国八十八ヶ所公認先達』の認定講習会にも、ムリをしてでも参加すべきであったと反省しつつ平成18年が終わりそうである。
もっとも、大晦日の31日には、恒例(自分の慣例)としている京都行きが残っている。年末の大晦日の京都行きも9年目となるが、8月16日の大文字送り火(平成3年から)と並んで、自分の年中行事と決めている。
「何で京都ばっかり?」と笑われるが、実は新婚旅行も京都であったと言うと人々はびっくりするが、人間として生きていく中で、忘れてはならないものが京都の行事にはあり、大晦日には八坂神社の『おけら詣り』と、新年の午前0時には一番目に『拍手』をうつ神社がある。
神社については秘密だが、八坂神社の『おけら詣』については、大晦日の夜から元旦の朝にかけて参拝し、灯篭から移しとった火を吉兆縄で家まで持ち帰り、神棚の灯明にしたり、お屠蘇や雑煮の火種にすると一年の無病息災が叶うと言われているので、今年こそは方法を考えて持ち帰りたい。
元日は、狛犬のかわりに狛亥(こまいのしし)があり、足腰の神様として崇められている『護王神社』にも参拝したいと思っている。座席が空いているので、希望者の名乗りを待っています。
12月28日の一言
四国八十八ヶ所の巡礼や、西国、坂東、秩父の各観音巡りも、時間が経過すると詳細があいまいになり、記憶をたどっても話がかみ合わない。記録としていたノートをめくっても、参考にした本やガイドとなる資料を見ても、巡礼中のように頭がはたらかず、相手の間違った話にも反論もできず、過去4回にわたる『お遍路』の経験はあまり生きていない事を実感させられた。
さて、忙しい日々が続いていたが、会報など仕事の結果が伴っていない事から、いっその事『お遍路旅』にでも行っておけば良かったと思うのであるが、過ぎ去った日々に遡る事はできず、12月の初めに善通寺で開催された『四国八十八ヶ所公認先達』の認定講習会にも、ムリをしてでも参加すべきであったと反省しつつ平成18年が終わりそうである。
もっとも、大晦日の31日には、恒例(自分の慣例)としている京都行きが残っている。年末の大晦日の京都行きも9年目となるが、8月16日の大文字送り火(平成3年から)と並んで、自分の年中行事と決めている。
「何で京都ばっかり?」と笑われるが、実は新婚旅行も京都であったと言うと人々はびっくりするが、人間として生きていく中で、忘れてはならないものが京都の行事にはあり、大晦日には八坂神社の『おけら詣り』と、新年の午前0時には一番目に『拍手』をうつ神社がある。
神社については秘密だが、八坂神社の『おけら詣』については、大晦日の夜から元旦の朝にかけて参拝し、灯篭から移しとった火を吉兆縄で家まで持ち帰り、神棚の灯明にしたり、お屠蘇や雑煮の火種にすると一年の無病息災が叶うと言われているので、今年こそは方法を考えて持ち帰りたい。
元日は、狛犬のかわりに狛亥(こまいのしし)があり、足腰の神様として崇められている『護王神社』にも参拝したいと思っている。座席が空いているので、希望者の名乗りを待っています。
12月28日の一言








