あっという間に新年の2日間が経過したが、冷静に考えてみれば1年は365日しかなく、本日の高速道路では正月休みから帰る車で渋滞になっているという。
 なんとあっけない正月かと思うが、テレビを見ても一年中がイベントやら特集やらで、特別に興味をひく番組もなく、一日の大半が大学駅伝の中継となっていた。
 大晦日にわざわざ京都まで行って、京都しか手に入らぬ日本酒を手にいれて帰ったが、「まだ、残ったお酒があるから、そっちからかたづけて!」と家内の声。昨年もらった酒で、私が飲まないから残ったままになった日本酒があり、料理用に使っている代物である。(ちなみに、議員に物を届けたり、議員から物を貰う事は公職選挙法に違反します。ただし、選挙区・津島市以外は別ですが)
 「オレは京都の酒しか飲まないと言っているだろう」、「じゃー、貰わないでよ」、「オレは貰ってないだろう」、「じゃー、持ってきた人に断れるの?」などと、まるで新年の気分が吹っ飛ぶ会話が続き、こんな気分で口にする日本酒のキレは極めて悪い。
 気分が台無しである。自分で飲む酒は、生のままか、冷やして飲む日本酒しか買わないが、そういう趣向を知った知人から貰った酒は、「もったいないから」と冷蔵庫に入ったままになっており、大嫌いな『熱燗』で飲むしかない贈答用の日本酒が転がっている。
 人の趣向は様々である。一口の酒にも、口に含む気分と理由がある。今年は昨年11月に亡くなった落語家『浪漫亭砂九さん』を偲んで、「元旦は伊勢と決まっており、べろんべろんに飲みましたわぁー」との氏との会話を思い出したい。
 こんな気分を知らない人々が、「3日の新年会はどうなったか?」と問い合わせが続き、「今年は新年会は絶対にやらない」と言ってあるにもかかわらず、家内は訪問者への心配で正月早々掃除をはじめ、「お父さんも手伝ってよ」と叫んでくる。
 今年は正月気分は無しで、3日は『砂九さん』の自宅に日本酒を届ける予定である。「お父さんがいなかったらどうするの」、「そんな事知るか」とは言わないが、何でもかんでも正月がオメデタイ訳ではない。明日は我が身の年代にもなっている。
                                 1月2日の一言