平成6年より毎週火曜日は、我家の事務所2階で趣味で集まった『書道教室』が開催されているが、肝心な指導する恩師より「車に乗れなくなった事と、体調不良のため行けない」との連絡をいただいた。
恩師は昨年の5月に手術したガンとの闘病中(予防かな?)であるが、通院とはいえ抗がん剤を定期的に投与されているので、時々苦しい日も続き、最近では運転する車を何度もキズつけて走るために、どうやら家族から車も取り上げられた模様(これは私の想像です)である。
「来週からは、自転車で行こうかなァ?」と云われ、
「いや、いや、心配なく。ちゃんと迎えに行きますから」
「本当-ッ?悪いがやァ」
「長谷川先生も迎えに行っていましたから、大丈夫ですよ」
「迷惑なら、この辺りで辞めとこうかナ」
「いえいえ、本当に大丈夫だから。体を治して下さい」と言って電話を切った。
しかし、永く続いたものである。病気などで辞めた人もあるが、13年目に入っているのである。当初は、私が中学時代に一番世話をかけた恩師が指導者だった。せめて人前で困らないように、何処に行っても毛筆で記帳できるようになりたいと依頼に行った。
校長会長も歴任し、勲章も受章した恩師だから、
「今さら小遣い稼ぎと云われたくない」と固辞し続けられたのを、
「先生、勘違いしてもらっては困りますよ。小遣いにはなりませんよ」
「なにーッ?」
「先生はタダで教えるんですよ」
「どういう事だッ?」
「ビタ一文払うつもりはありませんよ。だから先生に頼みに来たんじゃないですかッ」
「そッ、そうかッ、そういう事か。じゃーッ、一銭も受け取らんぞッ」
と、信じられないような一言で、中学校の『神守』と、恩師の名前『長谷川丈夫』の丈をとって命名した、書道教室『神守丈友会』がスタートしたのであった。その長谷川先生も奥様に先立たれ、痴呆がすすんで現在は施設の人となっている。
現在の恩師は2代目となるが、こちらも私の中学時代の恩師である。中学校時代の私の(悪い)素行を知る人々からは信じられない恩師達の入れ込みようであった。実際には、謝礼はないが、会費を積み立てて旅行や食事会を楽しんでおり、13年間の思い出も積み重なっているのである。
辞めるのは簡単な事である。しかし、闘病中の恩師のためにも続くところまで続けようとの真面目な考えと、「書道旅行会」との安易な考えで続けていけそうでもある。
1月24日の一言
恩師は昨年の5月に手術したガンとの闘病中(予防かな?)であるが、通院とはいえ抗がん剤を定期的に投与されているので、時々苦しい日も続き、最近では運転する車を何度もキズつけて走るために、どうやら家族から車も取り上げられた模様(これは私の想像です)である。
「来週からは、自転車で行こうかなァ?」と云われ、
「いや、いや、心配なく。ちゃんと迎えに行きますから」
「本当-ッ?悪いがやァ」
「長谷川先生も迎えに行っていましたから、大丈夫ですよ」
「迷惑なら、この辺りで辞めとこうかナ」
「いえいえ、本当に大丈夫だから。体を治して下さい」と言って電話を切った。
しかし、永く続いたものである。病気などで辞めた人もあるが、13年目に入っているのである。当初は、私が中学時代に一番世話をかけた恩師が指導者だった。せめて人前で困らないように、何処に行っても毛筆で記帳できるようになりたいと依頼に行った。
校長会長も歴任し、勲章も受章した恩師だから、
「今さら小遣い稼ぎと云われたくない」と固辞し続けられたのを、
「先生、勘違いしてもらっては困りますよ。小遣いにはなりませんよ」
「なにーッ?」
「先生はタダで教えるんですよ」
「どういう事だッ?」
「ビタ一文払うつもりはありませんよ。だから先生に頼みに来たんじゃないですかッ」
「そッ、そうかッ、そういう事か。じゃーッ、一銭も受け取らんぞッ」
と、信じられないような一言で、中学校の『神守』と、恩師の名前『長谷川丈夫』の丈をとって命名した、書道教室『神守丈友会』がスタートしたのであった。その長谷川先生も奥様に先立たれ、痴呆がすすんで現在は施設の人となっている。
現在の恩師は2代目となるが、こちらも私の中学時代の恩師である。中学校時代の私の(悪い)素行を知る人々からは信じられない恩師達の入れ込みようであった。実際には、謝礼はないが、会費を積み立てて旅行や食事会を楽しんでおり、13年間の思い出も積み重なっているのである。
辞めるのは簡単な事である。しかし、闘病中の恩師のためにも続くところまで続けようとの真面目な考えと、「書道旅行会」との安易な考えで続けていけそうでもある。
1月24日の一言








