街から子供たちの遊ぶ姿が消えた。3日前から返信されてくるアンケート調査の中身を見ていると、返信していただく人々の年齢層が高いために、どうしても高齢者の意見が多くなり、時々記載されてくる子供の安心して遊べる場所や、子供に対する対策を求める声にハッとさせられる。
 かつては当り前としていた町内を走り回る子供達の姿がいつの間にか消えてしまったのである。我々の子供時代にも「学校の帰り道でミチクサをしないように」と言われていたが、今やミチクサをしようにもする場所がなくなり、子供達は学校と自宅との間の歩道のアスファルトを見つめて歩いていくのみである。
 何が変わってしまったのか。思いつく事を個々に語り合う事はあっても、子供達の遊ぶ『居場所』もなくなり、子供達を街づくりの主題にした真剣な議論がされた事があったであろうか。真剣な反省が必要でもある。

 「高齢者が安心して生活できる」事は、地域にとっては絶対に不可欠な事には違いないが、子供達が友達と安心して自由活発に遊べる場所や、事故の危険をなくしていかないと、将来の地域の担い手となるべき子供達にとっては、古里(故郷)としての思い出も魅力も感じずに、家庭よりも仕事を優先し、住みやすい地域に転出していってしまうのである。実は、すでにそうなっているのである。

 財政的破綻によって『赤字再建団体』となる北海道夕張市が話題に上る機会が増えた。市民は公的負担が増え、住民サービスが低下する夕張市を捨て、新天地への移住先を求めているとの報道もある。実は、我々の住む地域でも理屈は同じであり、人々はより快適な住まいを求めて簡単に地域を捨てていっているのである。
 一方で、北海道伊達市は「高齢者に住みやすい」との情報から、全国各地からシニア世代の人々が移住しているとの報が伝わってくるが、本当に誰にとっても最高の地域かと言うと、そうでもないとの証言もある。経済的に余裕があり、夫婦二人が健康な時には快適だが、連れ合いが亡くなり独居老人になった時には「やはり幼馴染の多い古里(故郷)が一番良い」そうである。

 今の現代社会の中で育った子供達は、大人に成長した時に、現在の地域を古里(故郷)と感じるであろうか。返信されてくるアンケートは60才代から70代、80代までの年代が圧倒的に多いが、幼い子供をもつ若い母親からの返信は数こそ少ないものの、地域や家庭を第一に考える時には、将来の地域社会を考える上での貴重な意見である事をキモに命じたい。
                                  2月1日の一言