「一年以上前に、貴方あてに市民病院での不満について、封書で意見を出したけれど、何の音沙汰もないので、非常に残念に思っています。このアンケートも、記入してどのように活用され、回答者に還元されるのか疑問あり」との一文が、本日返却されてきたアンケート調査の私への不満の欄に記されてきた。
一瞬にして、一日の疲労とストレスが極限に達する返信である。私に届いた手紙で、何も手付かずのままで放置されている案件があったとの事である。
はたして送信されてきた人は誰か?と想いを巡らすが、無記名の手紙の送り主を特定しようとしても、判る筈がなく、考える方が無理な話でもあり、後で冷静に考えていると、私に届けられたきた手紙は総てホームページに『一八への手紙』として公開されている事が直に思い出せなかったのである。
又、市民病院の不満や苦情の案件で、一年くらい前に何があったかと思い巡らせていると、数点の案件に絞り込まれてきた。そして、やっとの事で『一八への手紙』の存在に気づいたのであった。
返信された市民の方はしっかりと記憶されていても、次々と届く手紙の中身について、1年も経過した案件はどうしたのか思い出せないのである。しかし、手紙は総て記載して公開されており、探すのには手間どる事はなく、それらしき手紙はすぐに見つかったが、今度は、今回の返信に住所氏名が記されていない事から、その手紙の差出人と今回の差出人が一緒かどうかが判断できないのである。
この一通を巡り、夕食ものどを通らない。「たかが一通」と思って忘れようとしても、前記した一文が気になり仕事が出来ないのである。
とりあえず、1年前の手紙の差出人に問い合わせようとしていると、当時の顛末がナダレを切ったように思い出されてきた。そうだ、1年前に差出人の電話番号が電話帳に記載されておらず、自宅を訪問したものの留守で会えなかったのであった。そして、手紙を持って病院関係者に直接直訴してあったのである。
反省すべきは、せっかく住所氏名を明記して返信されても、こっちの都合でホームページに記入し、当局に訴えて終わったと思っている事であった。せめて、電話なり訪問して、確実に受け取って処理(結果は別として)した事を伝えないと、相手には無責任に放置されたままと思われているのである。
こんな苦い思いは明日に持ち越したくない。一目散で訪問し、差出人が不在のため家族から電話番号を聞きだして本日中に連絡が終わった次第であるが、不手際から一度に慌ただしい夜になってしまったのであった。
2月7日の一言
一瞬にして、一日の疲労とストレスが極限に達する返信である。私に届いた手紙で、何も手付かずのままで放置されている案件があったとの事である。
はたして送信されてきた人は誰か?と想いを巡らすが、無記名の手紙の送り主を特定しようとしても、判る筈がなく、考える方が無理な話でもあり、後で冷静に考えていると、私に届けられたきた手紙は総てホームページに『一八への手紙』として公開されている事が直に思い出せなかったのである。
又、市民病院の不満や苦情の案件で、一年くらい前に何があったかと思い巡らせていると、数点の案件に絞り込まれてきた。そして、やっとの事で『一八への手紙』の存在に気づいたのであった。
返信された市民の方はしっかりと記憶されていても、次々と届く手紙の中身について、1年も経過した案件はどうしたのか思い出せないのである。しかし、手紙は総て記載して公開されており、探すのには手間どる事はなく、それらしき手紙はすぐに見つかったが、今度は、今回の返信に住所氏名が記されていない事から、その手紙の差出人と今回の差出人が一緒かどうかが判断できないのである。
この一通を巡り、夕食ものどを通らない。「たかが一通」と思って忘れようとしても、前記した一文が気になり仕事が出来ないのである。
とりあえず、1年前の手紙の差出人に問い合わせようとしていると、当時の顛末がナダレを切ったように思い出されてきた。そうだ、1年前に差出人の電話番号が電話帳に記載されておらず、自宅を訪問したものの留守で会えなかったのであった。そして、手紙を持って病院関係者に直接直訴してあったのである。
反省すべきは、せっかく住所氏名を明記して返信されても、こっちの都合でホームページに記入し、当局に訴えて終わったと思っている事であった。せめて、電話なり訪問して、確実に受け取って処理(結果は別として)した事を伝えないと、相手には無責任に放置されたままと思われているのである。
こんな苦い思いは明日に持ち越したくない。一目散で訪問し、差出人が不在のため家族から電話番号を聞きだして本日中に連絡が終わった次第であるが、不手際から一度に慌ただしい夜になってしまったのであった。
2月7日の一言








