本日早朝のテレビ番組『歌謡塾』で、昭和の歌謡曲として(鶴田浩二の)『傷だらけの人生』が歌われた。

 ただし、歌ったのは鶴田浩二ではなく『タマちゃん』なる人物であった。曲としては確かに『傷だらけの人生』に違いないが、「古い奴だとお思いでしょうが…」のセリフについても全く別物の読み聞かせであり、鶴田浩二の唄った曲とは似ても似つかぬ代物であった。

 この曲は、昭和46年1月に藤田まさと作詞、吉田正作曲で発売され、昭和46年7月に公開された映画『傷だらけの人生』の主題歌である。

 作曲家『吉田正』は、さすらいの舟唄(昭和27年)から昭和62年に発売された『望郷歌』まで、鶴田浩二の歌を103曲(全部で151曲のレコード発売)作曲している。鶴田浩二のヒット曲『街のサンドイッチマン』(昭和28年)、『赤と黒のブルース』(昭和30年)、『好きだった』(昭和31年)はすべて吉田正の手によるものである。

 その鶴田浩二のこだわりは、歌そのものがプロではないと自分に言い聞かせ、ステージで歌う場合は必ず冒頭に、「映画俳優の鶴田浩二です」と挨拶を入れていた。
 この事に対して、「鶴さん、もう止しなよ、鶴さんは立派な歌手なんだから」と吉田正は言い、二人はこの事で大ゲンカをしたが、鶴田浩二はその哲学をあくまで貫き通した。

 鶴田浩二と吉田正の関係は、歌い手と作曲家の関係を超えた縁(えにし)とも言える付き合いで、ただ単に作られた唄を口ずさんだものではない。鶴田浩二は「歌は人間の心を伝えるものだ。人間の肌の温かさを感じさせるものだ。生身の人間の愛おしさを感じさせるのが歌だ」と言い、自分の歌についても最後の詰めの部分で納得していなかったと聞く。

 初めてのヒット曲『街のサンドイッチマン』は、吉田正がダメな曲として聞かせた曲であったと言う。鶴田浩二はこの曲が気に入り「この歌はいい歌だ」と引っ張り出したと言う。そして、酒の飲めない吉田正を酒に誘った。堅いばかりでは流行歌は作れない。そんな私生活まで及ぶ関係から鶴田浩二の曲は出来上がっているのである。

 二人の関係を簡単に記すことはできないが、鶴田浩二のために吉田正が作った曲を、『歌謡塾』としてタマちゃんなる人物がいとも簡単にセリフを語り歌った事(素人の鶴田ファンが歌ったのであれば何も思わないが、プロとして歌った事に対して)には、期待していただけに個人的にはがっかりした。しかし、「死人にクチナシ」とは良く言ったものである。鶴田浩二が健在であったらどのような感想が返ってくるか聞きたい心境となった。
                               5月13日の一言