毎日自転車で名古屋まで15キロ位を通学し、一日に百キロから2百キロを自転車で走る息子(高校生の三男)に触発され、自分もの気持ちが芽生えてきている。

 日曜日には名古屋競輪場で大会があり、息子は東海大会にコマを進めているが、全国大会には依然として厳しい戦いが続きそうである。

 今から30年ほど前の話となるが、昭和55年の秋に私の店に勤めていたM君が、ブリジストンのユーラシアという高価な自転車を購入した。記憶が定かではないが、十数万円していたと思う。しかし、一年もしないうちに自動二輪の免許をとり、400ccの中型バイクを新車で購入し、仲間と遊び回るうちに家を飛び出して行方不明になってしまったのである。

 「おい、あの自転車をどうしようか?」と、M君の同級生だったI君に問うと、「そのまま置いておけは戻ってくるかもしれないから」との返事から、M君の母親に話してそのまま我家の倉庫に眠ったままとなったのである。
 それから30年ちかくが経過しているがM君は表れず、家も引っ越していったためにそのままとなり、時々自転車を引っ張りだすとタイヤがひび割れしてパンクしており、その都度タイヤを交換していたが、タイヤの交換にも費用がかかる事から、最近では放置されたままになっていたのである。

 昨年から息子が自転車競技をはじめ、簡単にタイヤを交換している事から、自分でもできると思ってホームセンターに出かけたのである。もちろん反対する家内に、「おまえの自転車も直してる」と言ってタイヤやチューブを買ってきたのであった。

 しかし、素人でもできるとは言うものの、交換したものの最初から空気が抜け、やり直しの連続となり、息子の力を借りる事となったのだが、ホームセンターで安価で購入できるものの素材が悪いらしく、何度もキズをつけてバンク修理や交換のやり直しとなったのである。

 「餅屋は餅屋」の言葉どおり、自転車屋が10分で終るタイヤ交換に3時間もかかったのである。しかも、何とか乗れるものの心配はつきない状態である。ところが、試乗した息子が「古いけど乗りやすい。良い自転車だ」と語った事から、乗りたいのは山々ながら、明日からの議会を控えているため暫しの休眠である。ただし、30年の歳月は後戻りができず、ザビ付いた車体の掃除が先決でもある。
                                5月14日の一言