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 平成6年より毎週火曜日に続けてきた書道会『神守丈友会』であるが、昨年より恩師の体調不良により指導者抜きの日々も多くなってきた。

 そのためもあって、最近では般若心経の写経を一日一枚のノルマと課し、本日12枚目に至っている次第であるが、恩師の後藤毅(緑風)先生は先週より入院となり、復帰までは各自の判断で練習し、私は写経に決めたのである。

 大阪から発信された見事な書のブログ『書道家・皇雲の「書道」「フットサル」「グルメ」エトセトラ』http://blogs.yahoo.co.jp/takashi_kounを拝見し、13年間も書道を習う機会をもらいながら、真剣に向かい合ってこなかった反省をしても過ぎ去った日時は取り返しがつかないのである。

 平成6年秋の事であったが、せめて恥ずかしくない記帳ができるようにと、中学時代の恩師で書家でもあった長谷川丈夫(錦波)先生にお願いに伺った。恩師は、「地域に多くの書家があるから…」と頑として固辞され続けた。地域の校長会長も歴任され、おかしな小遣い稼ぎはしたくないとの気持ちと、書を生業としている人々の邪魔はしたくないとの意向でもあった。

 「先生、なんか勘違いされているんじゃないですか」、「何が?」、「私は先生に1円も出しませんよ」、「なんだ-?」、「先生、多くの書家があっても、タダで教えてくれる人は先生しかありませんヨ」、「どういう事だ?」、「だから、先生はタダで教えるんですよ」、「?…△…?!…〇…」、「ヨシッ!、良く判った。じゃー、1銭の金も受け取れんぞ!」と、まったく身勝手で図々しい説得を受けてもらい、恩師の一字をとって『丈友会』がスタートした。

 教え子を中心に集まったメンバーは、謝礼は出さないが会費を集めて恩師とともに旅行や食事会を楽しんできたのである。
 3年後に弟分の後藤先生が引き継いで現在に至っているが、数回の書道展を開催し、新聞に掲載された事も数回あるが、最近では書道よりも旅行や食事会に関心が移っており、5月には一泊旅行を予定していた矢先でもあった。
 現在では、長谷川先生は施設に入所され、後藤先生は病気と闘いながらの指導となり、進歩のない腕前を悔やんでも遅い現実を味わう事となっている。
                                5月16日の一言