6月議会を控え、NPO法人の申請、四国遍路、防災ボランティア、中学の同窓会報発行などと仕事が続くため、自分の時間が取れないジレンマを感じている。

 自分の趣味として記してある『旅』と『写真』については、ここ数年間まったくの無縁と言うと、「旅行ばかり行っているくせに」と言われそうでもある。ただし、私の趣味とする『旅』と、『写真』は、自分一人の好みであり、人々と一緒に出かけている旅行とは全く異質である事を断っておきたい。

 最近は旅行ブームで、テレビでも豪華な宿や温泉が写しだされるが、これらの多くはシニアを意識した観光旅行であり、私は旧友との再会や、筋書きのない想定外の旅を好みとしているのである。

 人々からはどうでも良い出会いも私にとっては重要な目的となる。現在でも、旅先のいくらかには私のお気に入りの場所や人々がある。「何度も行けば当り前」と言う人もあるが、何度行ってみても観光地は金を落としてもらえば良いだけで、旅先で「おいッ、久し振りだね」とか、「昼飯はどうしたの?」と旅人とは違った扱いを受けるようになると、心中たまらなくなってくる。

 「また、ここかァー」とか、「もっと違う所へ」などと言われると、自分達で行ってくれッと言いたくなってくる。とりわけ京都や飛騨路とか信州には私にとっては特別の場所が多い。人々は自分達が特別に扱われている事にも気づかず、それが当然と思っている事が多い。

 四国にも私のこだわりは多い。最近は毎日一枚の写経をノルマとしているが、一緒に四国に行く予定の知人が訪問し、「何やってるのー」、「般若心経(見て判らんの)」、「そんなもの後にして珈琲屋でも行ってこようかッ」と平然と言われるのである。「渇ッ」と言いたいところである。

 さて、家族や廻りに気遣う事のない『一人旅』に憧れる。そろそろ、自分のこだわりに拘り、自己満足のできる『旅』に出かける時間が欲しいと熱望の日々でもある。
                                5月26日の一言