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 本日は来客が続き、このまま一日が終ると思っていたが、机に置かれた観葉植物を見ているうちに、『松を取ってこよう』と来客のNさんと意気投合(私だけかも)して車を走らせた。

 一週間前の日曜日の話になるが、植木処の稲沢市の植木センターまで、盆栽を観賞しに出向いた。京都から発行されている月刊誌『茶の間』5月号の中に、「盆栽に心惹かれて」なる記事があり、「小さな鉢に広がる雄大な世界」とか、「緑の美しさ、木肌の力強さ」などの言葉に感化されたのであった。

 さて、稲沢市は植木処と言われるだけあって、大きな盆栽から苗のような植木鉢まで並んでいた。小さな松を見ていると、300円から700円の苗も鉢植えになっており、同行の知人に一緒に買うよう勧めるが「枯れたらおしまいだ」との返事が返ってきた。確かに珈琲一杯分とは言え、素人には難しいであろう。「それじゃー、今度、養老か多度の山に取りに行ってこよう」と言う話になった。

 先週の火曜日の事であるが、松の盆栽を趣味としている書道の恩師に、「先生の松はどのくらい経っているのですか」と問うと、30年前に瀬戸の山で採ってきた松との話であった。「500本採ってきて、30本残った」との話で、その年数では自分の命もないわなとの話となった。

 「最近は安いから買ったら」と勧められたが、そうして買ってきた植木鉢の多くは枯れ落ち、残った木々が庭をジャングルと化し、大きなアンズなどは2階の屋根を越しており、我家では木は絶対に買ってきてはならないシキタリとなっているのである。

 さて、採ってこようと言ったものの、時間が午後4時になっており、養老や多度の山々まで出向く時間もなく、私の出生地でもある祖父江町(現稲沢市)の木曽川の堤で3本採取してきたのである。はたしてこの3本の将来はいかになろうか。早速植木鉢に植えたものの、昨年次男が持ち帰った松が枯れた事を思い出し、しばらくは様子をうかがうしかないのに、気になって何度も足を運んでいるのである。
                                     5月27日の一言