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 昨日の一言に対するコメントに旅や上高地の名前を見たことより、上の3枚の写真を添付しました。上高地は学生時代の昭和50年夏に家内と二人で岐阜県の西穂山荘より稜線を下って入ったのが始りであった。(ちなみにこの時はテント持参の重装備であった)

 上高地は翌年にも長期で滞在したが、昭和52年に起業してからは日帰りのみで、平成11年に議員となってからは、家族全員で夏休みとして訪れるようになった。3泊4日の日程で、2日目に焼岳に上り、3日目に明神池まで足を延ばすのを定例として続けてきた。

 しかし、最初は一緒だった長女や次男が減り、昨年まで一緒に同行した三男も高校の試合や合宿で本年は来ないことが決まっており、家内と私の妹と、年老いた私の母親の4人では「慰めあい」のような夏休みとなりそうである。
 もっとも、私の上高地へのこだわりと家族の思いとは雲泥の差があり、一人で手紙を書き入れたり、大自然の中での小さな自分を実感したい私と、バーベキューや温泉に喜びを見いだす家族とは大きな違和感があったのである。

 一番上の写真は、平成15年8月21日の早朝、梓川ぞいの小梨平で撮影した写真であるが、明神岳と六百山の谷間から朝日がさし始めた風景で、岸辺に1本だけ大きく育ったカラマツを中心に写したものである。上高地の日の出は山に囲まれていることから遅く、私は真っ暗の早朝に一人歩いてこの地に立つ事にしている。

 北アルプス穂高連峰の山頂に朝日が当たるころの上高地は真っ暗である。私は人々が眠っている上高地で、一人黙々と河童橋を目指し(2枚目の写真は昨年8月22日の誰も渡っていない早朝の河童橋である)、まだ一人も渡っていない夜霧に濡れた河童橋に一人座り、人の気配を感ずると上記のカラマツの場所に移動するのである。穂高連峰が真昼間のように輝く頃、この場所はまだ薄暗く、やがて山から流れ落ちてくる雲や朝霧を朝日がつらぬいて差しかけるのである。この瞬間の美しさと感動は説明のしようがなく、毎年出向いても再現(上の写真どころではない)は難しい。

 人間は一人になると本当に小さな存在で、早朝の穂高連峰の銀嶺から自分をめがけてすべり落ちてくる雲流から冷気だけでなく霊気も感じるのである。家族も誰一人として知らない、私の上高地の行動であるが、若気の至りで北アルプスの木々に残した傷跡が至るところに存在する。30年ぶりに発見した時の感動から、彼らとの再会も目的としている。

 本日は、7月より開催されている愛知県主催の「人にやさしい街づくり連続講座」を覗き、束の間の旧交を温めたことから、「街づくり」について記す予定であったが、コメントを見た瞬間に上高地が思い起こされ、家内との日程まで決めるに至ったのでもある。コメント有難う御座いました。
                                8月4日の一言
 一番下の写真は、大正池に映る北アルプス穂高連峰で平成15年8月22日午前中の風景です。上の2枚が暗いので美しい上高地をイメージしてください。