
高校野球も明日が最終の決勝戦となり、敗れ去ったものの静岡代表の常葉菊川の最後まで試合を捨てない見事な試合運びに熱くなった一日でもあった。高校野球との出会いは高校時代の応援団長(上の写真)から始まり、8年前までは朝日新聞販売店主として球場設営やPRにかかわってきた。
昨日常葉菊川に敗れ去った大垣日大の阪口監督をテレビ画面から眺めてきた。かつて愛知県の東邦高校の監督で「鬼の阪口」として、私の地元である津島市営球場でも奈良・天理高校との練習試合や、公式戦でもイチローの3年時や選抜日本一に輝いた年も津島市営球場から勝ち進んで甲子園出場を果たしている。当時を思い出すと年月の経過を実感するものの、「仏の阪口」と言われるようになった今でも、かつての阪口監督と同じ情熱溢れる采配に若さが欠乏する自分が恥ずかしく思えてきた。
さて、阪口監督とのツーショット写真が我家には何枚か存在しているはずだが、探せども見つからず、かつて自分が撮影した写真が乱雑に放り出されて事務所は足の踏み場も無くなってしまった。それでも深夜まで探せども見つからず、撮りっ放しの反省と、今となっては整理どころか日時の特定もできない事から懐かしく写真を眺めるのみとなるが、時間までは当時にさかのぼれない。
鬼と呼ばれた東邦阪口監督の写真を探し(3時間かかりましたが発見できず)ながら、今となっては歴史(とまでは言えないが)となりそうな写真が次々と発見されてきた。一方では、私の写した写真の中には、今は亡き多くの物故者の姿も残されている。所蔵する写真だけでも十分に個展ができると自惚れるものの、まったく残されていない日時等の記録にうんざりする一日ともなった。
8月21日の一言








