家族の夏休みで上高地で自由気ままな生活をおくっている間に、三男は人に誘われて鈴鹿サーキットを会場にした自転車競技(8月25日・26日)に参加していた。
第24回シマノ鈴鹿ロードレース
http://www.shimano-event.jp/suzuka/top.htm
三男の夏休みは新城サイクルターミナルでのジュニア選手強化合宿で始まり、名古屋競輪場から一宮競輪場を舞台に強化合宿が続き、盆には東海選抜に選ばれたツール・ド・とうほくで仙台・秋田・岩手を転戦し、例年一緒に出かけている上高地の夏休みも地元の先輩に誘われて鈴鹿へ出かけていった。
「絶対に勝負を挑まないこと」が、高校の監督から鈴鹿に参加する条件として出されたのは、半月後には高校生としての新人戦を控えてケガが大敵であったからであるが、さすがに競輪の一流選手を前にして息子は燃えたのであった。最高速チャレンジ順位決定戦では予選で8位に入り、決勝でも18位に入ったとの連絡があった。(オープンIII・Aは21位)
最高速チャレンジ順位決定戦
http://www.shimano-event.jp/result/07suzuka/result080-1.html
オープンIII・A 5周(29.105km)
http://www.shimano-event.jp/result/07suzuka/result012-1.html
賞品に米をもらい、「一表は背負えないので10キロをもらってきた」との報に、一安心するとともに翌日への期待を込めて、電波が微弱でクマとの遭遇を心配しながら上高地から電話を切った。しかし、翌日は電波が届かない場所にいたこともあったが、息子からの連絡もなく心配しているとその心配が的中した。レース中に自転車から落車していたのである。(完走はしていました)
オープンIV・B 5周(29.105km)
http://www.shimano-event.jp/result/07suzuka/result037-1.html
「おい、ケガは大丈夫か?」と気にはなるものの、離れた上高地からは何ともしようがない。翌日帰宅後に息子を見ると、尻や背中に大きな擦傷を負っており、「こんなもの大丈夫」という息子を外科に連れていくと、「今日一番の大怪我だ」との話である。まともに見れないほど大きな傷が体液でベタベタに光っていた。
「息子さんの試合結果が見れますよ」と、親切な人から本日連絡をいただいた。早速パソコンを開き、家内と一緒にビデオを見つめるものの、どれが息子かが判らない。
「おい、写真を買ってやるぞッ」と帰宅後の息子に話すと、「そんなものはいらない」との返事である。「せっかくの記念だから」、「いらない」のやりとりも、親バカな私が記念に欲しいのであるが、息子の姿が息子しか判らないために、無念の想いでただ画面を眺めるしかないのであった。
9月3日の一言
追伸 ケガの翌日から自転車に乗って競輪場を走り、ケガは完治(若いから早い)していますのでご安心を。
第24回シマノ鈴鹿ロードレース
http://www.shimano-event.jp/suzuka/top.htm
三男の夏休みは新城サイクルターミナルでのジュニア選手強化合宿で始まり、名古屋競輪場から一宮競輪場を舞台に強化合宿が続き、盆には東海選抜に選ばれたツール・ド・とうほくで仙台・秋田・岩手を転戦し、例年一緒に出かけている上高地の夏休みも地元の先輩に誘われて鈴鹿へ出かけていった。
「絶対に勝負を挑まないこと」が、高校の監督から鈴鹿に参加する条件として出されたのは、半月後には高校生としての新人戦を控えてケガが大敵であったからであるが、さすがに競輪の一流選手を前にして息子は燃えたのであった。最高速チャレンジ順位決定戦では予選で8位に入り、決勝でも18位に入ったとの連絡があった。(オープンIII・Aは21位)
最高速チャレンジ順位決定戦
http://www.shimano-event.jp/result/07suzuka/result080-1.html
オープンIII・A 5周(29.105km)
http://www.shimano-event.jp/result/07suzuka/result012-1.html
賞品に米をもらい、「一表は背負えないので10キロをもらってきた」との報に、一安心するとともに翌日への期待を込めて、電波が微弱でクマとの遭遇を心配しながら上高地から電話を切った。しかし、翌日は電波が届かない場所にいたこともあったが、息子からの連絡もなく心配しているとその心配が的中した。レース中に自転車から落車していたのである。(完走はしていました)
オープンIV・B 5周(29.105km)
http://www.shimano-event.jp/result/07suzuka/result037-1.html
「おい、ケガは大丈夫か?」と気にはなるものの、離れた上高地からは何ともしようがない。翌日帰宅後に息子を見ると、尻や背中に大きな擦傷を負っており、「こんなもの大丈夫」という息子を外科に連れていくと、「今日一番の大怪我だ」との話である。まともに見れないほど大きな傷が体液でベタベタに光っていた。
「息子さんの試合結果が見れますよ」と、親切な人から本日連絡をいただいた。早速パソコンを開き、家内と一緒にビデオを見つめるものの、どれが息子かが判らない。
「おい、写真を買ってやるぞッ」と帰宅後の息子に話すと、「そんなものはいらない」との返事である。「せっかくの記念だから」、「いらない」のやりとりも、親バカな私が記念に欲しいのであるが、息子の姿が息子しか判らないために、無念の想いでただ画面を眺めるしかないのであった。
9月3日の一言
追伸 ケガの翌日から自転車に乗って競輪場を走り、ケガは完治(若いから早い)していますのでご安心を。








