本日の深夜より四国八十八ヶ所霊場への旅立ちである。個人的には6月と8月に四国に出向いているが、グループでの巡礼は一年ぶりとなる。
今回の『お遍路』は8人であり、マイクロバスを運転して出かけた過去の巡礼に比べて、少人数ゆえに宿泊などの心配が少なく、精神的には気楽な面があるが、バスのように運転手の代わりがいないことから体力との勝負でもある。
さて、旅立ちと気楽に記しているが、人々から依頼された仕事を放置するわけにもいかず、本日は市役所や出先機関を走りまわり、NPOについては役員の1人に全責任をかぶせ、電話で手配を済ませての帰宅となったが、借り上げた車を引き取りにいく足がなく、これも知人のご厄介になる騒々しい顛末である。
本日の夜行と、二泊三日で徳島の第一番霊山寺から、別格二十霊場も含めて高知県の南国市辺りまで巡拝して帰る予定であるが、四国に行けない人から依頼された用件も積んでの巡拝である。
四国の魅力は語っても理解できない人には蛇足となるので語らないが、愛知県の場合には近くに「知多新四国八十八ヶ所霊場」があるために、四国に対する感覚の違いを実感する事も多い。
「四国は行ったから」と言われる人々の中には、四国ではなく知多の霊場を巡拝した人も多く、参拝の形式は一緒でも四国と全く違うことの説明が難しい。「何が違うの?」と問われても説明が難しいが、受け入れるお寺の姿勢そのものが全く違うのである。
観光目的であれば一緒かもしれないが、四国の場合には全てのお寺が午前7時から午後5時までは必ず朱印の納経所が開いており、一年間無休での応対である。しかも、朱印を押すばかりではなく、1人1人の納経帖に墨が入れられる。四国だけではないが、西国、坂東、秩父には留守がなく、予告せぬ参拝客に毎日応対されているのである。
「とりあえず、知多でも行ってみる」と言う人もあるが、とりあえずとは思わず本物の四国に挑戦して欲しい。「本物」と言うと、「本物と偽者」の議論となるが、四国霊場は四国4県しかないのである。
「そのうちに連れてってもらうわッ」と言われながら、そのまま天上に旅立った知人も多く、機会があれば1人でも多くの人々に同行し、四国と弘法大師の魅力を紹介したい。
遍路はスタンプリレーではないと自身を戒め、新たな体験と出会いを求めての旅立ちの一片を、明日からの一言で紹介していきたいと思っています。
10月15日の一言
今回の『お遍路』は8人であり、マイクロバスを運転して出かけた過去の巡礼に比べて、少人数ゆえに宿泊などの心配が少なく、精神的には気楽な面があるが、バスのように運転手の代わりがいないことから体力との勝負でもある。
さて、旅立ちと気楽に記しているが、人々から依頼された仕事を放置するわけにもいかず、本日は市役所や出先機関を走りまわり、NPOについては役員の1人に全責任をかぶせ、電話で手配を済ませての帰宅となったが、借り上げた車を引き取りにいく足がなく、これも知人のご厄介になる騒々しい顛末である。
本日の夜行と、二泊三日で徳島の第一番霊山寺から、別格二十霊場も含めて高知県の南国市辺りまで巡拝して帰る予定であるが、四国に行けない人から依頼された用件も積んでの巡拝である。
四国の魅力は語っても理解できない人には蛇足となるので語らないが、愛知県の場合には近くに「知多新四国八十八ヶ所霊場」があるために、四国に対する感覚の違いを実感する事も多い。
「四国は行ったから」と言われる人々の中には、四国ではなく知多の霊場を巡拝した人も多く、参拝の形式は一緒でも四国と全く違うことの説明が難しい。「何が違うの?」と問われても説明が難しいが、受け入れるお寺の姿勢そのものが全く違うのである。
観光目的であれば一緒かもしれないが、四国の場合には全てのお寺が午前7時から午後5時までは必ず朱印の納経所が開いており、一年間無休での応対である。しかも、朱印を押すばかりではなく、1人1人の納経帖に墨が入れられる。四国だけではないが、西国、坂東、秩父には留守がなく、予告せぬ参拝客に毎日応対されているのである。
「とりあえず、知多でも行ってみる」と言う人もあるが、とりあえずとは思わず本物の四国に挑戦して欲しい。「本物」と言うと、「本物と偽者」の議論となるが、四国霊場は四国4県しかないのである。
「そのうちに連れてってもらうわッ」と言われながら、そのまま天上に旅立った知人も多く、機会があれば1人でも多くの人々に同行し、四国と弘法大師の魅力を紹介したい。
遍路はスタンプリレーではないと自身を戒め、新たな体験と出会いを求めての旅立ちの一片を、明日からの一言で紹介していきたいと思っています。
10月15日の一言








