本日は久し振りの日差しが差し込んだが、午後からは膝が痛くなるような寒さの一日となった。「おい、こんな暖かい日に何をしてるのッ」とボランティアを送り出したが、配布して帰る頃には日差しが消え、寒々とした夕方を迎えていた。

 今晩開かれた書道教室「神守丈友会」には、指導する後藤先生が急遽欠席となり慌てて手本を取りに走ったが、その際に10日前に行った上高地の写真を置いておいたところ、戻った教室から写真が消えていた。
 「先生が目にされたら困るでしょう」と、先生の欠席を知らないメンバーが慌てて隠したのであったが、そもそも恩師に言わずに出かけた事がうしろめたい心境にさせられ、悟られないようにするのは大変でもある。

 もっとも、私はこの一言に写真まで掲載して詳細を記しているので、後日談として語っても差し支えがないし、元々が恩師の体調を気遣って話さなかったのであるから、判ったところで何ら困る事ではないのだが、もっと困るのはメンバーの全員に伝わっていなかったことである。

 毎週の書道会で「何所かに行こうか」と話しながら、今回の上高地行きが決定したのであるが、恩師にも知らさない企画ゆえに、長期欠席のメンバーにも伝えておらず、このことがメンバーからメンバーに伝わっていたとの話に、今となって後悔の念を残すところとなったのである。

 平成6年に始まった書道会であるが、病気で去ったメンバーや家族の介護が必要になったメンバーもあり、はじめに指導を仰いだ長谷川先生は介護施設にあり、現在の後藤先生が昨年ガンの手術を受けられたことから、指導者なき教室の出席は悪くなり、半年後に復帰はされたもの数人の固定メンバーで会が存続している状態にある。

 我家の2階を使っていることから、忙しくても欠席することなく続けられてきたが、そろそろ今後の展開を検討すべき時期になったのかもしれない。もちろん存続を前提にしての話であるが、かつては人を募って観光バス一台で出かけたことを考えると、淋しさばかりではなく、趣味として書を続けるためにも幅広い人への呼びかけが必要でもある。

 せっかく10年以上も続けられた会であるから、より永続性のある書道会として充実させていかないと、書道と一緒にした会の目的である旅行や食事会も淋しい慰め会のように感じられてしまうのである。高齢で病気と隣り合わせの恩師に今以上を期待する事は難しく、恩師が不在でも熱心に続けられる会への変革が求められているのかもしれない。

 ただし、恩師の不在を材料に早々に珈琲屋に移動することも神守丈友会の魅力かもしれず、それよりも出かけた近所の珈琲屋の淋しさの方が気にかかり、何度も経営者が代わっていることから「貸切だなあ」とは言いながらも、寒さも手伝って淋しさばかりを感じる一日となった。
                                    11月20日の一言