今年の春から市役所より配備されている電話ファックスが交換されて新しくなったものの、紙送りに若干の不調時がある事から、連絡ミスによる行事への欠席を防ぐために『念のため』に走る事が数回ある。
本日も市役所に所用がある事からついでと言えばついでであるが、念のために議会事務局に顔を出すと当方の勘違いであったが、文明の利器とは言え物言わぬ機械ゆえに送信されなかった日程もれがあるような気がしてならないのである。
電子メールで送って欲しいとも思うが、インターネットをつなぐ地元有線放送局のメール受信箱には有害な迷惑メールが大量に送りつけられ、毎日が役務的な削除に追われるのみで役にたっていないし、ヤフーメールは市役所の自主規制により情報が伝わらないのでもある。
さて、人々は「まさか自分が」と思って、自己判断で無理を重ねたり、行政不信を口実に果たすべき責任が果たされていない人も存在する。それでも困った時には何とか対応していく行政には問題もあるが、好きなように生活して果たすべき責任が果たされていないと、「まさか」が現実になった時に家族は狼狽する事となる。
事故や病気で突然の入院となると予期せぬ出費が必要となり、行政の各種補助制度を活用しようとすると「健康保険が滞納したままでは…」と後手に廻り、障害年金を確認しようとすると「主人は年金をかけていない…」となっては相談も何もできないではないか。
生活保護を検討すると「資産価値のあるものの処分」が先決となり、働き盛りの年代では家族が働きにでる必要に迫られ、「借金があり儲かっていない」と言われても、前年度は高額所得者のランクに位置して「高額療養費」の負担額も多く、頼るべき病院には「早く次の病院を捜して欲しい」とせかされては寝たきりの状態では行き場もない。
脳梗塞の場合においては早期に治療してリハビリに励めば社会復帰も可能と言われるが、発症してから2ヶ月以上経過した患者を受け入れてくれる病院の門戸は狭く、病院のたらい回しの挙句に病院内で感染症まで拾っていると益々受け入れ先は先細りとなっていく。いずれは障がい者の認定を受け、国の補助も考えられるが、それまでの行き場すら見出せない。
リハビリに励んで家庭で生活させたいと思っても、リハビリの効果は不透明で、肝心の家族が在宅で面倒が見れないとなると、帰り着く場所すら見出せなくなっていく。こんな愚痴を記すると「議員は一票のために大変だ」と言われそうだが、こんな時に役に立てないようでは役立たずの税金泥棒にも思えてくる。
さて、さて、どうしたものか…。こんな心境の時に訪れた旅行社の担当者に「旅行保険はいつもの金額で良いですね?」と問われて、「大丈夫?」と念を押すと「大丈夫と思います」の返事が返ってきたが、前記の案件も頭をよぎり、「念のために増額してくれる」の言葉となった。楽しい旅行が一瞬にしてなんて事も考えると思い通りの企画も立てられないが、そんな心配をする年代になった事も実感の一日である。
11月22日の一言
本日も市役所に所用がある事からついでと言えばついでであるが、念のために議会事務局に顔を出すと当方の勘違いであったが、文明の利器とは言え物言わぬ機械ゆえに送信されなかった日程もれがあるような気がしてならないのである。
電子メールで送って欲しいとも思うが、インターネットをつなぐ地元有線放送局のメール受信箱には有害な迷惑メールが大量に送りつけられ、毎日が役務的な削除に追われるのみで役にたっていないし、ヤフーメールは市役所の自主規制により情報が伝わらないのでもある。
さて、人々は「まさか自分が」と思って、自己判断で無理を重ねたり、行政不信を口実に果たすべき責任が果たされていない人も存在する。それでも困った時には何とか対応していく行政には問題もあるが、好きなように生活して果たすべき責任が果たされていないと、「まさか」が現実になった時に家族は狼狽する事となる。
事故や病気で突然の入院となると予期せぬ出費が必要となり、行政の各種補助制度を活用しようとすると「健康保険が滞納したままでは…」と後手に廻り、障害年金を確認しようとすると「主人は年金をかけていない…」となっては相談も何もできないではないか。
生活保護を検討すると「資産価値のあるものの処分」が先決となり、働き盛りの年代では家族が働きにでる必要に迫られ、「借金があり儲かっていない」と言われても、前年度は高額所得者のランクに位置して「高額療養費」の負担額も多く、頼るべき病院には「早く次の病院を捜して欲しい」とせかされては寝たきりの状態では行き場もない。
脳梗塞の場合においては早期に治療してリハビリに励めば社会復帰も可能と言われるが、発症してから2ヶ月以上経過した患者を受け入れてくれる病院の門戸は狭く、病院のたらい回しの挙句に病院内で感染症まで拾っていると益々受け入れ先は先細りとなっていく。いずれは障がい者の認定を受け、国の補助も考えられるが、それまでの行き場すら見出せない。
リハビリに励んで家庭で生活させたいと思っても、リハビリの効果は不透明で、肝心の家族が在宅で面倒が見れないとなると、帰り着く場所すら見出せなくなっていく。こんな愚痴を記すると「議員は一票のために大変だ」と言われそうだが、こんな時に役に立てないようでは役立たずの税金泥棒にも思えてくる。
さて、さて、どうしたものか…。こんな心境の時に訪れた旅行社の担当者に「旅行保険はいつもの金額で良いですね?」と問われて、「大丈夫?」と念を押すと「大丈夫と思います」の返事が返ってきたが、前記の案件も頭をよぎり、「念のために増額してくれる」の言葉となった。楽しい旅行が一瞬にしてなんて事も考えると思い通りの企画も立てられないが、そんな心配をする年代になった事も実感の一日である。
11月22日の一言








