
市内すべての小学校区に自主防災会が組織され、行政とは一線を画した活動が実施されるようになってきたが、活動の中に国や県が心配する東海沖地震や東南海地震の意識が薄れ、地域のコミュニケーションや町内の責任から参加されている人の存在もうかがわれる。
かつて地域では地域の運動会が実施されていたが、参加者にケガが発生することからほとんどの地域から姿を消したが、その代わりが防災訓練に成り代わったように思えてならない。
訓練会場に集まる人数が多い事から盛大な印象を受けるが、地域住民の総数からすればごく一部の町内会役員が参加しているにすぎず、ほとんどの住民や家庭については全くの無防備にある事は間違いがない。
防災ボランティアの一員として、毎年の訓練に参加するようになったが、参加する住民の意識は低く、訓練というよりは見学会のようでもあり、参加者の危機感は低く、地域の婦人会や赤十字の会員が早朝より準備した『炊き出し訓練』の食事を摂って解散となるが、これは訓練というよりも毎年の大変な役務ともなっており、自主防災会と言うのであれば自前の炊き出し訓練が必要でもある。
さて、一人の人間として一人の身体で参加できる仕事には限界がある。愛知県の人にやさしい街づくりアドバイザーとしての仕事がNPO法人の活動に進化し、新たな仕事が待ち構えているが、今回の訓練にも市外の防災ボランティアの参加があり、地域エゴでは申し訳ない気持ちから「防災リーダー会」への入会も約束してしまった。「あれはどうなったの?」と参加者に問われ、頓挫している防災組織がある事も確認する一日となったのでもあった。
11月25日の一言








