本日は普段より30分早くから議会運営委員会が開催されたため、この30分の大きさを実感した次第であり、写真の引き伸ばしが依頼してあったカメラ屋も、自分にあった来年度の手帳を探そうとした書店も開店しておらず、そのまま家に帰る事となったのである。

 昼には先週やり残した同窓会報の広告代の集金にスポンサーの開業医のところに出向いたところ、津島市の医療について立ち話で1時間もの長話になってしまったのであるが、先週に引き続き役員の知人が運転手役で待っており、1時間も待たされて顔が引きつり、「いい加減にしてほしいわッ」との一言には言葉も出せなかった。

 このままでは『アッシー君』となってしまうため、愛知県庁に提出する重要な書類を届けてもらう大役も依頼し、遅れた昼食をおごる事となり、先週の意地におごらせたコーヒー代が無意味にもなってしまう顛末である。

 しかし、今日の会話の相手は定年まで大学病院に勤務され、最近になって親の開業医を継がれた経歴をお持ちになるだけに、大学の医局や勤務医と開業医の双方に理解を持っておられる事から、津島市の医療を考えるうえで、私にとっても大きなヒントをいただき、相手にも少しは津島市の現状が提供できたのではと勝手に思っている。

 さて、待たされた知人は怒り心頭で、「おまえらは知り合いだから良いけど…」との愚痴は当然だろうが、実はこのお医者さんと私は過去2回しか会った事がなく、初めて会った小学校の卒業式の後で意気投合して長時間話し込んだものの、2回目は今年の同窓会報のスポンサー不足で無理矢理のようにお願いしただけの関係なのである。

 そんな罰の悪い訪問である事を知人は知るよしも無く、「これからは一人で行ってくれ」とえらい剣幕である。「おい、お医者さんと仲良くしておくと良い事があるぞッ」と言っても、「そんな心配は無用だわッ」と会話もかみ合わず、「来年は辞やめなきゃいかん」の一言が返ってきた。

 「おい、せっかくお願いしたスポンサーだから」と言うと、「何を言ってるんだッ、役員を辞めるんだ」と益々鼻息が荒くなっている。私も会長を拝命して10年の歳月が経過しており、辞めたいのは山々で、先輩会長たちにも相談を持ちかけてあるが、日頃の役員会すら出席者が少ないうえに、会長職は『スポンサー廻り』のようなもので、大変さが判っているから後任探しは過去から難航していた経緯がある。

 2年前に「今年で辞めたい」と発言し、後任が定まらない事から恩師に厳しく注意された事があるが、苦痛を共有する役員に辞められると益々苦しくなるから引きとめると、「そんな事だから辞めれないんだッ」と厳しい一言が返ってきた。今年の安倍首相が政権を投げ出し、無責任と批判されていたが、投げ出しても後任のある自民党がうらやましく感じる一日となった。
                              12月3日の一言