2日前に記した弘法大師の座右の銘と言われる中国後漢の崔子玉について記しておきたいと思います。
無道人之短 (ひとのたんをいうことなかれ) 他人の短所や過失、不得意なことをいってはならない。
無説己之長 (おのれのちょうをとくことなかれ) 自分の長所や手柄ばなしをして自慢してはならない。
施人慎勿念 (ひとにほどこしてはつつしんでおもうことなかれ) 他人へ施与したり、世話をしたことは口に出さず、いやしくもいつまでも心の中に思うてはならない。
受施慎勿忘 (ほどこしをうけてはつつしんでわすれることなかれ) 他人より施与をうけたり、世話になったことは決して忘れてはならない。
世誉不足慕 (せよはしたうにたらず) 世の中の名誉は、之を慕い追いかけたりするものではなく。
唯仁為紀綱 (ただじんをきこうとなす) 世に対するには、唯ひたすらに仁道(おもいやり)をもってするのがよい。
在涅貴不緇 (でつにありてくろまざるをとうとぶ) 黒泥の中に在りて、そのどろに汚れないのが貴い。
曖々内含光 (あいあいとしてうちにひかりをふくむ) ぼんやりとかすみ、底光りがして見える如き心を有せねばならない。
慎言節飲食 (げんをつつしみいんしょくをせっし) 言語をつつしみ、飲食もほどほどにして多くむさぼらず。
知足勝不祥 (たるをしればふしょうにかつ) 物事をかんがえて、七、八分目にとどめたならば、災難や不幸にかかることはない。
行之苟有恒 (これをおこないいやしくもつねあらば) 前に述べたことを実行して、かりそめにも忘れることなく守り通すならば。
久々自芬芳 (きゅうきゅうおのずからふんぽう) 一生一代事跡は芳しく(すぐれた功績)名は後世にまで及ぶであろう。
先週の金曜日に四国善通寺の宗務総長(真言宗善通寺派)である樫原禅澄僧正よりいただいた書です。1200年前に弘法大師が座右の銘にされた言葉であるが、国や年代を越え教えは永遠である事を実感し、書き写すだけでなく、今後の生活の中に活かすとともに、自身の指針にもしたい言葉でもある。
12月10日の一言
追伸 樫原禅澄僧正関連の記事
http://osaka.yomiuri.co.jp/ritsumei/rs51207a.htm
http://www.sikoku-basecamp.co.jp/work/report/event/zentyo/zentyo.htm
無道人之短 (ひとのたんをいうことなかれ) 他人の短所や過失、不得意なことをいってはならない。
無説己之長 (おのれのちょうをとくことなかれ) 自分の長所や手柄ばなしをして自慢してはならない。
施人慎勿念 (ひとにほどこしてはつつしんでおもうことなかれ) 他人へ施与したり、世話をしたことは口に出さず、いやしくもいつまでも心の中に思うてはならない。
受施慎勿忘 (ほどこしをうけてはつつしんでわすれることなかれ) 他人より施与をうけたり、世話になったことは決して忘れてはならない。
世誉不足慕 (せよはしたうにたらず) 世の中の名誉は、之を慕い追いかけたりするものではなく。
唯仁為紀綱 (ただじんをきこうとなす) 世に対するには、唯ひたすらに仁道(おもいやり)をもってするのがよい。
在涅貴不緇 (でつにありてくろまざるをとうとぶ) 黒泥の中に在りて、そのどろに汚れないのが貴い。
曖々内含光 (あいあいとしてうちにひかりをふくむ) ぼんやりとかすみ、底光りがして見える如き心を有せねばならない。
慎言節飲食 (げんをつつしみいんしょくをせっし) 言語をつつしみ、飲食もほどほどにして多くむさぼらず。
知足勝不祥 (たるをしればふしょうにかつ) 物事をかんがえて、七、八分目にとどめたならば、災難や不幸にかかることはない。
行之苟有恒 (これをおこないいやしくもつねあらば) 前に述べたことを実行して、かりそめにも忘れることなく守り通すならば。
久々自芬芳 (きゅうきゅうおのずからふんぽう) 一生一代事跡は芳しく(すぐれた功績)名は後世にまで及ぶであろう。
先週の金曜日に四国善通寺の宗務総長(真言宗善通寺派)である樫原禅澄僧正よりいただいた書です。1200年前に弘法大師が座右の銘にされた言葉であるが、国や年代を越え教えは永遠である事を実感し、書き写すだけでなく、今後の生活の中に活かすとともに、自身の指針にもしたい言葉でもある。
12月10日の一言
追伸 樫原禅澄僧正関連の記事
http://osaka.yomiuri.co.jp/ritsumei/rs51207a.htm
http://www.sikoku-basecamp.co.jp/work/report/event/zentyo/zentyo.htm








