本日は私にとっては唯一残された(全て断りました)神守丈友会(書道会)の忘年会であったが、予め予定してあった約束があり遅刻して電話をもらう顛末となったが、議員としての今後にも明るい希望をもらう遅刻でもあった。

 遅刻した理由は、来年1月27日に津島市文化会館で開催される『人にやさしい街づくり地域セミナー』のパネラーに予定してある、市民病院の副院長との打ち合わせのためであったが、本年のセミナーにもパネラーを依頼してあった実績から、アウンの呼吸で打ち合わせは終ったのでもあった。

 この後が私の悪いクセで、来年3月に定年を迎える病院幹部と四国遍路や京都への旅の話に熱中していたのである。しかし、副院長との僅かな時間で経営危機にある津島市民病院の将来に明るい展望も感じて帰る事ができ、細かい裏側までは聞く事もなく語られる事もなかったが、心配する悪い話ばかりではなく、何とかなりそうな期待(無責任ですが)を持たされて帰れた気もするのである。

 さて、そんな事よりも、私の右足の状態は極めて悪く、足を引きずって歩いているが、病院の副院長と打ち合わせをしていたのに「何故、診てもらわなかったの?」と言われるのが世間常識でもある。この辺りが世間常識と違うところで、市民病院は近所の開業医の手に負えない患者を診察する機関であり、会っていた医師は外科の先生でもあった。

 こんな場合は整形外科の先生の担当であり、近くのかかりつけ医の仕事と思われるが、医師でもない病院幹部との話で『肉離れ』と自己判断しているが、明日にでもかかりつけ医に行く必要は感じるものの、元来の医者嫌いから当分は様子見となりそうでもある。こう言って半月が経過してきたのでもある。

 ただし、こんな状態が続くと、年末の京都行きも赤信号となり、議会後に発行予定の会報の配布にも影響は必死でもある。肝心の忘年会については、会場の主となっている私が遅刻するだけではなく、書の指導をされている恩師も忘年会そのものを忘れて夕食を済ませられたというから最悪である。

 しかし、多数を占める女性軍と分かれた後に、男性軍は久し振りの二次会に走り、永らく足を向けていなかった店に出向いた事から、限界を超えた飲酒と会食により、足の痛みと何とか治まった風邪をどうのと言ってはおられない帰宅となった。ひじょうに苦しい体調ではあるが、それでもパソコンの前に座らなければとの思いが、何とか正気でここに座っている原動力ともなっており、今晩は皆さん(家内にも)にお詫びする事しかない結末ともなっての今がある。
                         12月13日の一言