今月7日に四国の善通寺に出かけてから一週間が経過したが、見るもの全てが真言宗やお遍路になってしまい、「お父さん、いい加減にしたら」と家内に言われ気分を変えようとするが…。
本来なら在所である当方から訪問すべき叔父からお歳暮が届けられ、今年収穫された新米を届けに(足の肉離れのため知人の助けで)お邪魔すると、元々が僧職にあるためか自然と四国遍路や先達の話に発展し、我家の仏壇に座する『弘法大師』などの由来も話題になった(と言うより私が聞いたと言うのが正確であるが)。
我家の仏壇には正面に『阿弥陀如来』が収められ、左に『法然上人』、右に『伝導大師』が奉られており、法然上人の足元に由来不明(叔父の話では「誰かが修学旅行で買ってきたもの」母親は「誰が置いたか判らない」)の仏像があり、その一段下に『弘法大師』の坐像が鎮座されている。
弘法大師様と言われる坐像は、ロウソクのススで真っ黒になり、顔や手をネズミにかじられた痕があり、顔からはお大師様とは思えぬ変わりようで、一度専門家に修復してもらう必要がありそうだが、土産物屋で買われてきたと言われる仏像より低い位置に置かれ、とても大切にしてきたとは言えない(が文句も言われない)のが申し訳ない事でもある。
さて、この大師像は、養子で我家に入った私の祖父(父の実父)が、庭先に堂を建てて加持祈祷に使っていたものらしく、交通事故で妻(祖母)を亡くした祖父が実子の父たちを残して家出してしまった事から、亡くなってから仏壇に入った祖父同様に肩身の狭い思いをされていたようであるが、実は大変ご利益のある仏像である可能性も高いのである。
祖母(明治38年生まれ)は昭和8年に交通事故で亡くなっているが、それまで祖父は酒好きではあったが真面目に働いており(2年前に他界した私の後援会長の話では人一倍の働き者)、庭先の堂で『弘法様』を奉って加持祈祷を行なっていた事と、近所の老婆(故人)から「遠くから人力車で人々が沢山集まっていた」と子供の頃から聞かされていた。
この堂の中でどんな加持や祈祷が行なわれていたかは判らないが、この弘法様は『婦人病』に効果があったとの話でもあり、宗旨も違う事から仏壇の中でも懐中電灯で照らさないと顔が拝見できない状況であったが、来年からは祖父の命日(隣の浄土宗の尼寺からは毎月来てもらってはいるが)ぐらいは、真言宗の僧侶にも来てもらおうと思っている。
現在でも旦那寺と尼寺から毎月来てもらっている事から、「お父さん、いい加減にしてよ」と家内と母親に言われたが、「オレの小遣いに文句あるかッ」と昨晩決めた事でもあった。数年前の話となるが、吉野の金峯山寺の蔵王堂で僧侶や雲水の護摩行にあわせて般若心経を唱えていたところ、人には説明不可能な不思議な体験があった。
私は、それ以外には思い当たる不思議体験は皆無だが、御嶽山の先達であった(母方の)祖父達の目に見えていたものがあるのなら見て語りたいと考えている。吉野も四国も弘法大師の先人であり、修験道の祖とされる『役行者小角』ゆかりの地でもある。最近ちょっと影響されすぎかもしれません(笑)が…
12月15日の一言
追伸 平成1年の昨日、私の雇用していた本二日市セツヨさんが、仕事中に交通事故で亡くなられた日でもありました。その時の悲しみを忘れず、故人を想い冥福を祈りたいと思います。合掌
本来なら在所である当方から訪問すべき叔父からお歳暮が届けられ、今年収穫された新米を届けに(足の肉離れのため知人の助けで)お邪魔すると、元々が僧職にあるためか自然と四国遍路や先達の話に発展し、我家の仏壇に座する『弘法大師』などの由来も話題になった(と言うより私が聞いたと言うのが正確であるが)。
我家の仏壇には正面に『阿弥陀如来』が収められ、左に『法然上人』、右に『伝導大師』が奉られており、法然上人の足元に由来不明(叔父の話では「誰かが修学旅行で買ってきたもの」母親は「誰が置いたか判らない」)の仏像があり、その一段下に『弘法大師』の坐像が鎮座されている。
弘法大師様と言われる坐像は、ロウソクのススで真っ黒になり、顔や手をネズミにかじられた痕があり、顔からはお大師様とは思えぬ変わりようで、一度専門家に修復してもらう必要がありそうだが、土産物屋で買われてきたと言われる仏像より低い位置に置かれ、とても大切にしてきたとは言えない(が文句も言われない)のが申し訳ない事でもある。
さて、この大師像は、養子で我家に入った私の祖父(父の実父)が、庭先に堂を建てて加持祈祷に使っていたものらしく、交通事故で妻(祖母)を亡くした祖父が実子の父たちを残して家出してしまった事から、亡くなってから仏壇に入った祖父同様に肩身の狭い思いをされていたようであるが、実は大変ご利益のある仏像である可能性も高いのである。
祖母(明治38年生まれ)は昭和8年に交通事故で亡くなっているが、それまで祖父は酒好きではあったが真面目に働いており(2年前に他界した私の後援会長の話では人一倍の働き者)、庭先の堂で『弘法様』を奉って加持祈祷を行なっていた事と、近所の老婆(故人)から「遠くから人力車で人々が沢山集まっていた」と子供の頃から聞かされていた。
この堂の中でどんな加持や祈祷が行なわれていたかは判らないが、この弘法様は『婦人病』に効果があったとの話でもあり、宗旨も違う事から仏壇の中でも懐中電灯で照らさないと顔が拝見できない状況であったが、来年からは祖父の命日(隣の浄土宗の尼寺からは毎月来てもらってはいるが)ぐらいは、真言宗の僧侶にも来てもらおうと思っている。
現在でも旦那寺と尼寺から毎月来てもらっている事から、「お父さん、いい加減にしてよ」と家内と母親に言われたが、「オレの小遣いに文句あるかッ」と昨晩決めた事でもあった。数年前の話となるが、吉野の金峯山寺の蔵王堂で僧侶や雲水の護摩行にあわせて般若心経を唱えていたところ、人には説明不可能な不思議な体験があった。
私は、それ以外には思い当たる不思議体験は皆無だが、御嶽山の先達であった(母方の)祖父達の目に見えていたものがあるのなら見て語りたいと考えている。吉野も四国も弘法大師の先人であり、修験道の祖とされる『役行者小角』ゆかりの地でもある。最近ちょっと影響されすぎかもしれません(笑)が…
12月15日の一言
追伸 平成1年の昨日、私の雇用していた本二日市セツヨさんが、仕事中に交通事故で亡くなられた日でもありました。その時の悲しみを忘れず、故人を想い冥福を祈りたいと思います。合掌








