何も変化のない変わりばえもしない一日が終わり、上高地の夕暮れを(パソコンから)最後まで見て一日を終えようと思っていると、思いもよらぬ訃報である。
「おおしかさ~ん」までは一緒だったが、「主人が亡くなっちゃったんだわー」の言葉に、返す言葉を失った。今年八月に建設現場で倒れ、クモ膜下出血の後遺症で入院中ではあったが、着々と回復しており何とか自宅まではと、市役所や病院、施設と交渉中だっただけに「2階に上がって階段を外された」心境でもあった。
高齢社会の中で57才の訃報は早すぎるだけでなく、今年の夏までは元気で仕事をしていただけに信じられないばかりか、「オレはオマエの事なら何でも応援する」と言ってくれていた先輩(3才違い)だけに、淋しさよりも悲しみが襲ってきた。
こんな結末を想像した事もなく、7月には知らなかった事とは言え、朝から飲酒運転(の疑い濃厚)らしき車に乗せられてびっくりした一言(下記参照)も記している。
「バカな事聞くな!」と一喝され(7月6日) http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/22266861.html
今月の初めに高校時代の同級生が亡くなり、年末には兄貴分にあたる知人の葬式が今年最後のイベントになりそうである。
「おぅー、わかった!」と口癖のように何でも快諾してくれた。「おー、おはよー」と街角で会うと声を出し、「おー、オジさんに任しとけッ」とのキップの良さも聞くことはもうない。
四ヶ月に及ぶ入院により日焼けした顔は真っ白になり、武闘派の菅原文太から知性派に変身しての旅立ちである。ホームページを開設して4年になるが、この間に身近な知人の訃報が増えここへの記載も増えている。生きている事自体に感謝する年齢になっている事を実感させられる。
12月26日の一言
「おおしかさ~ん」までは一緒だったが、「主人が亡くなっちゃったんだわー」の言葉に、返す言葉を失った。今年八月に建設現場で倒れ、クモ膜下出血の後遺症で入院中ではあったが、着々と回復しており何とか自宅まではと、市役所や病院、施設と交渉中だっただけに「2階に上がって階段を外された」心境でもあった。
高齢社会の中で57才の訃報は早すぎるだけでなく、今年の夏までは元気で仕事をしていただけに信じられないばかりか、「オレはオマエの事なら何でも応援する」と言ってくれていた先輩(3才違い)だけに、淋しさよりも悲しみが襲ってきた。
こんな結末を想像した事もなく、7月には知らなかった事とは言え、朝から飲酒運転(の疑い濃厚)らしき車に乗せられてびっくりした一言(下記参照)も記している。
「バカな事聞くな!」と一喝され(7月6日) http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/22266861.html
今月の初めに高校時代の同級生が亡くなり、年末には兄貴分にあたる知人の葬式が今年最後のイベントになりそうである。
「おぅー、わかった!」と口癖のように何でも快諾してくれた。「おー、おはよー」と街角で会うと声を出し、「おー、オジさんに任しとけッ」とのキップの良さも聞くことはもうない。
四ヶ月に及ぶ入院により日焼けした顔は真っ白になり、武闘派の菅原文太から知性派に変身しての旅立ちである。ホームページを開設して4年になるが、この間に身近な知人の訃報が増えここへの記載も増えている。生きている事自体に感謝する年齢になっている事を実感させられる。
12月26日の一言








