本日は朝から議会の委員会があり、昼の休憩中に先輩の葬儀に走りました。先輩というよりも同期の桜のような存在で、忙しい日々の中を一緒に学校のPTA活動(学校は別々でした)に走り、私が津島市の連合会長時代には会場の中に紛れ込んで私の応援に来てくれていました。

 当時は一緒に飲む機会も多く、朝まで彼の好きなビートルズの話を聞かされて別れた事も今では懐かしい思い出ですが、本日の出棺もビートルズの曲に送られての旅立ちとなりました。
 私が議員になっても、「おいッ」と言う関係は変わらずにお付き合いが続き、困り事には深夜でも連絡が入り、こちらも市民からの依頼や同窓会活動にはスポンサーとして力を貸してもらっていました。

 永遠の別れに際して、私は自分の四国霊場での納め札と大先達からいただいた金の納め札を棺に入れましたが、今後の四国お遍路の中で彼も一緒の巡拝と思って廻ろうと思います。
 以前なら「なにーッ、四国?オジン臭い話はいらん、いらん!」と言われたでしょうが、今日に至っては「オレも一緒に行っておけば良かったなァ」と言ってくれたと思います。

 みんなそうなんです。まさかこの歳でと思われる(若い)人は、いずれそのうちと思ったまま無関心に終わったままの別れに淋しさが募ります。
 彼は倒れるまで現役の消防団員で、本日は津島市長(代理)や消防長、消防団長から仲間の分団員の整列する中を旅立っていきましたが、自分だけ若い姿のままで、後の家族の段取りもつけないままに去っていってしまいました。辛い別れとなりました。

 さて、午後は市長との懇談会に臨みましたが、年明け早々に明るい話題も提供できるかもしれないとの締めくくりで散会となり、本日が今年最後の市役所と思っておりましたが、やりのこした仕事があり、明日も市役所や関係各所を走り廻る一日となりました。
                                12月27日の一言