本日からは夕刊も休みとなり、車の流れにも変化がみられるが、年末年始の天候は寒波が襲来して雪に見舞われるとの予報に、慣例の京都行きを断行すれば波乱は必至の状況にある。
さて、欲を出して、今でも会報「津島の風」の発行を遅れながら続けているのに、今度からは「朝日旅行友の会」の会報も発行する予定をたてているが、やる気で座ると来客となり、気分を変えて事務所の掃除にかかると同様に中途で終わり、移動した写真やビデオで事務所の2階は溢れ返っている。
2階に上がると懐かしい写真が気になり見ていると時間は経過し、鶴田浩二や四国八十八ヵ所霊場、京都の魅力「みやびと伝統(28巻)」などとビデオを整理していると、確認しているだけで片付けにはならず、むしろ広がってきたようで、結論は不必要なものを捨てない限り掃除は終らないのである。
数日前に亡くなった知人を思い出し、万が一のことも考えた身辺整理も必要と思うと、思い切った廃棄が必要だが、学生時代にほとんど読まなかった高価な本を捨てるのは忍びなく、愛読していた「アサヒカメラ」などは十数年分はあるが、一年分だけでも重くて移動もままならず、23年間分の週間朝日百科も読みもしないのに随分な場所を占めているのである。
そうこうするうちに置いたままになっていた「鶴田浩二」のテープが発見され、パソコンの前に持ってきたのが命取りで、流れてくる唄声に気をとられると、この一言も気が散って書き込みができません。
明日は餅つきとの事だが、便利な機械があるために他人事で済まされるが、家内は明日の用意で夜遅くまで働いていると思っていたら、長女とともに珈琲屋に行っていたとの事である。
「なんだッ、こんな時間に!」が命取りである。
「コーヒーくらい行って怒られたら堪らんなー」と長女。
「自分は毎日朝晩行っているのに」と家内の声。
「なッ、何ー、誰がー」、「お母さんが言っていたわよッ」
「バカなッ、オレは行ってないぞー」と叫んでも信じていない様子で、仕事については母親に何も言わずに出かけているために、母親はどうやらいつも遊んでいるくらいに思っているらしく、悪く言われているのは承知しているが、こうなると堪ったものではない。
母親の一言や電話応対の悪さによって、嫌な思いを随分としてきたが、家族にも告げ口のように「悪口」が言われている様子に、家内が働くようになって半年が経過しており、専業主婦だった今までのように何の説明も必要としなかった頃とは違う対応が必要である事を実感した。
言いたい事は一杯あるが、二人を相手にしていては敵わない。気が散って書き込みができなかった「鶴田浩二」のテープを聞きながら、鶴田浩二の心情に浸る事となった。
鶴田浩二のヒット曲に「好きだった」という名曲があるが、亡くなってから17回忌の平成14年に、三女の鶴田さやかとのデュエット曲として改めて発表されている。死しても尊敬される父親でありたいと改めて鶴田浩二の魅力を噛み締める一日ともなったのでもある。
12月29日の一言
さて、欲を出して、今でも会報「津島の風」の発行を遅れながら続けているのに、今度からは「朝日旅行友の会」の会報も発行する予定をたてているが、やる気で座ると来客となり、気分を変えて事務所の掃除にかかると同様に中途で終わり、移動した写真やビデオで事務所の2階は溢れ返っている。
2階に上がると懐かしい写真が気になり見ていると時間は経過し、鶴田浩二や四国八十八ヵ所霊場、京都の魅力「みやびと伝統(28巻)」などとビデオを整理していると、確認しているだけで片付けにはならず、むしろ広がってきたようで、結論は不必要なものを捨てない限り掃除は終らないのである。
数日前に亡くなった知人を思い出し、万が一のことも考えた身辺整理も必要と思うと、思い切った廃棄が必要だが、学生時代にほとんど読まなかった高価な本を捨てるのは忍びなく、愛読していた「アサヒカメラ」などは十数年分はあるが、一年分だけでも重くて移動もままならず、23年間分の週間朝日百科も読みもしないのに随分な場所を占めているのである。
そうこうするうちに置いたままになっていた「鶴田浩二」のテープが発見され、パソコンの前に持ってきたのが命取りで、流れてくる唄声に気をとられると、この一言も気が散って書き込みができません。
明日は餅つきとの事だが、便利な機械があるために他人事で済まされるが、家内は明日の用意で夜遅くまで働いていると思っていたら、長女とともに珈琲屋に行っていたとの事である。
「なんだッ、こんな時間に!」が命取りである。
「コーヒーくらい行って怒られたら堪らんなー」と長女。
「自分は毎日朝晩行っているのに」と家内の声。
「なッ、何ー、誰がー」、「お母さんが言っていたわよッ」
「バカなッ、オレは行ってないぞー」と叫んでも信じていない様子で、仕事については母親に何も言わずに出かけているために、母親はどうやらいつも遊んでいるくらいに思っているらしく、悪く言われているのは承知しているが、こうなると堪ったものではない。
母親の一言や電話応対の悪さによって、嫌な思いを随分としてきたが、家族にも告げ口のように「悪口」が言われている様子に、家内が働くようになって半年が経過しており、専業主婦だった今までのように何の説明も必要としなかった頃とは違う対応が必要である事を実感した。
言いたい事は一杯あるが、二人を相手にしていては敵わない。気が散って書き込みができなかった「鶴田浩二」のテープを聞きながら、鶴田浩二の心情に浸る事となった。
鶴田浩二のヒット曲に「好きだった」という名曲があるが、亡くなってから17回忌の平成14年に、三女の鶴田さやかとのデュエット曲として改めて発表されている。死しても尊敬される父親でありたいと改めて鶴田浩二の魅力を噛み締める一日ともなったのでもある。
12月29日の一言








