最近では毎月1回の新聞休刊日が定着しているが、休刊日にも夕刊が発行されており、新聞配達にとっては一年で唯一の完全なる休養日が本日なのである。
私が新聞販売店を創業した昭和52年頃には一年に10回の休刊日しかなく、しかも新聞の配達ミスもある事から店を不在にはできず、一年に一度の完全休業日は1月2日しか無かったのでもあった。そんな生活を23年も続けていた事から、廃業して8年が経過した今となっても今日だけは特別の想いが捨てられずにいる。
しかし、特別な想いを持っていても24時間にはちがいなく、あっという間に一日が経過してしまい、振り返ると無駄に一日を経過した感が強く、時間が自由にならない販売店時代の方が一日が有効的であったような反省をしても、過ぎ去った時間を戻す事はできないのである。
学生時代の創業であったが、創業前には観光バス会社の車掌兼添乗員のアルバイトをしており、年末どころか元旦から家に帰れない生活を送っており、正月に家でゆっくりできるようになったのは議員となった8年前からの事であるが、今年ほど感慨の少ない元旦も少なく、子供達はそれぞれの道を行き、唯一扶養家族の三男は元旦から自転車競技の練習に出かけ、本日は明日から仕事の家内が迎えに走っていくような展開である。
「正月なのにおせち料理もないのか」と次男が訴えたが、その次男も帰ってくるかどうかも判らず、長女は静岡方面へ旅行中で、それぞれがそれぞれの道を歩き、「お年玉」を必要とする子供や親族もいない現実から、世代交代への移り目になっているのかもしれないと実感する。
さて、他業種ではあるが、同時期に創業して今年には60才になる事から、「そろそろ、仕事を減らしていきたい」と語っていた知人が、息子の店が不調なために、好調な自分の店を閉めて、息子の店で再出発を図るとの話である。3軒も家を建て替え、豪華な和風の自宅を構えているが、ここも息子が自立できずにいる。
我家の支払う税金の高さを考えると、税金対策を考えないと世代交代も難しい現実から、他人事には思えないが、先祖代々住み慣れた土地に住むだけで「財産がある」と言われても、故郷を捨てて東京で生活する官僚の身勝手な解釈としか思えず、親の家や財産を引き継ぐ子供は減少するばかりではないか。そんなグチしか思い当たらないが、正月気分にも浸ってはおれず、迫りくる行事に向けたラストスパートが求められている現実から、正月気分も本日で封印する事にしたい。
1月2日の一言
私が新聞販売店を創業した昭和52年頃には一年に10回の休刊日しかなく、しかも新聞の配達ミスもある事から店を不在にはできず、一年に一度の完全休業日は1月2日しか無かったのでもあった。そんな生活を23年も続けていた事から、廃業して8年が経過した今となっても今日だけは特別の想いが捨てられずにいる。
しかし、特別な想いを持っていても24時間にはちがいなく、あっという間に一日が経過してしまい、振り返ると無駄に一日を経過した感が強く、時間が自由にならない販売店時代の方が一日が有効的であったような反省をしても、過ぎ去った時間を戻す事はできないのである。
学生時代の創業であったが、創業前には観光バス会社の車掌兼添乗員のアルバイトをしており、年末どころか元旦から家に帰れない生活を送っており、正月に家でゆっくりできるようになったのは議員となった8年前からの事であるが、今年ほど感慨の少ない元旦も少なく、子供達はそれぞれの道を行き、唯一扶養家族の三男は元旦から自転車競技の練習に出かけ、本日は明日から仕事の家内が迎えに走っていくような展開である。
「正月なのにおせち料理もないのか」と次男が訴えたが、その次男も帰ってくるかどうかも判らず、長女は静岡方面へ旅行中で、それぞれがそれぞれの道を歩き、「お年玉」を必要とする子供や親族もいない現実から、世代交代への移り目になっているのかもしれないと実感する。
さて、他業種ではあるが、同時期に創業して今年には60才になる事から、「そろそろ、仕事を減らしていきたい」と語っていた知人が、息子の店が不調なために、好調な自分の店を閉めて、息子の店で再出発を図るとの話である。3軒も家を建て替え、豪華な和風の自宅を構えているが、ここも息子が自立できずにいる。
我家の支払う税金の高さを考えると、税金対策を考えないと世代交代も難しい現実から、他人事には思えないが、先祖代々住み慣れた土地に住むだけで「財産がある」と言われても、故郷を捨てて東京で生活する官僚の身勝手な解釈としか思えず、親の家や財産を引き継ぐ子供は減少するばかりではないか。そんなグチしか思い当たらないが、正月気分にも浸ってはおれず、迫りくる行事に向けたラストスパートが求められている現実から、正月気分も本日で封印する事にしたい。
1月2日の一言








