阪神大震災から13年の歳月が経過したが、意識していた地震の発生時間に目を覚ましておりながらその瞬間を忘れていた事に、当事者の人々との大きな意識の違いを実感した。
 一年前の一言 http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/11809992.html

 私にとっても遠く離れた愛知県での阪神大震災が過去最高の地震体験ともなり、地震発生時に屋外に居たこともあって鮮明な記憶となって残っている。当初は被害は少ないとの報道が、午前中には神戸の町に炎と煙が立ち昇り、街の姿を一変させて大震災となった。

 本日の新聞報道から、当時小学生で被災した子供が小学校の教壇に立ち実体験を語る様子や、小学生の息子さんを亡くした女性に初孫が生まれた事など明るい話題も記されているが、6千434人の犠牲者に関係する人々の数を考えると、13年経過してもいまだに悲しみと苦しみを引きずっている人々の存在が意識させられる。

 これも平和で健康だから言える事で、家族に重い病人を抱えたり、身近に不幸や不安材料を抱えていれば考える余裕もない。過去に記した一言を読み直し、2年前の今日は幼馴染(同級生)の女性の葬式に参列し、3年前には身内に泥棒が侵入した事件が記されており、こんな事が起こると地震の事すら眼中から消えている。

 我家に目を移すと、老朽化した家は悲鳴をあげており、親の残した遺産でも子供まで無事に残せそうもなく、修理を続けないと床下が腐り土台も軟弱な事から、地震では我家だけが倒れて報道されそうな気配を感じているのでもある。

 親が家を残してくれたから、私の代では家の心配はいらないと思っていたが、親が死んで15年も経つと建物のいたるところにガタが出て、広いだけで使い勝手も悪く、息子達は住み続ける限界を感じており、せめて地震でも倒れない補強は急務と思われるが…
                                 1月17日の一言