本日のテレビで「八月一日」の表札で「ほづみ」と読む苗字の紹介があった。この頃に穂を摘むことから「ほづみ」となったらしいが、出演者の話では鳥遊と書いて「たかなし」さんという知り合いがあったとの話もあった。(テレビ朝日・珍百景)

 世の中には色々な名前があるもので名前が読めずに困った経験もあるが、私の名前「一八」も普通ではなく、当事者として困ったことや恥ずかしい思いをしたことも多くある。最近では、木村一八(横山やすしの息子さん)の出現によって「かずや」と呼ばれやすくなったようです。

 「大鹿いっぱちさーん、イッパチさ~ん」と病院の薬局のマイクを通して、スピーカーから大音響で呼ばれると、大勢の視線が集中しているようで、しばらく時間をおいてから取りにいっていた思いも少年時代にはあった。

 私の少年時代には「一八うどん」の看板も多く、最近は減ってきたようであるが、遠足などで見かけるとからかわれたことも多い。恥ずかしいから知ろうともしなかったが、何故にうどん屋に「一八」が多かったのか、減ってきた今になってからは知りたいくらいになった。

 幸いにして私は「イッパチ」を学校のあだ名にされた事がなく、むしろ高校や大学になってから「イッパチ」ゆえに教頭や校長先生にも可愛がられ、社会人になってからは「かずや」と知りながら、わざと愛着を込めて「いっぱちさん」と呼ばれる事も多くなった。

 私の名前の由来はあまりにも簡単で、誕生日が18日だったことから、母方の祖父が命名し、反対する父親に有無を言わさずに決まったようだが、「一は一番やはじめで縁起がよく、八は末広がりで」との説明も後から考えた言い訳のようである。

 個性を大切にする多種多様な社会になった事と、名前の呼び間違いのないような仕組みやシステムが定着し、名前で嫌な思いをする事もなくなってきたが、前記した八月一日(ほづみ)さんのように、説明が避けて通れない名前は子孫まで続くのである。

 「なんで、こんな名前にされたんだろう」と子供時代に思わされた私の名前も、変わっていることと珍しさから忘れられない恩恵も多く、最近では間違って発音されても苦にならなくなったが、そういう私も自分の子供には全員「一」をつけており、子供のことを思って付けられた事だけは間違いがないが、苗字だけは永久だけに逃れ様もないようだ。
                              2月20日の一言