本日は県下の小学校で入学式があり、来賓として地元小学校の式典に出席したが、どんどん簡素化されていく学校行事に、来賓の意味があるのか疑問を感じるとともに、地域との結びつきが希薄になりつつある学校を実感させられている。
卒業式と入学式しか顔を合わせない来賓の存在を学校現場の教員はどのように感じているのだろうか。私が議員になって九年間が経過したが、私自身が小学校の教育現場に具体的に協力したことは無きに等しく、日頃から学校と地域との風通しの悪さを実感させられるものでもある。
校長室で入学式を待っている間の会話には、厳粛なイメージは何もなく、軽薄な世間話が続くと議員は飾りであり、議員も自己の宣伝のために出席しているのではとの自問自答をしないではおられない。
情けないものでもある。議員本来の使命感を考えると今後は『大鹿流』の対応も考えていきたい。
さて、昨日の横井庄一記念館には元新聞記者の訪問を受け、今後の記念館存続についてその意義と理念についての議論が交わされました。
館長不在となり、記念館のカギを預かり、毎週の記念館勤務が続く中で、館長からの定期便の連絡が続き、本日は病院への身元保証人としての依頼がありました。若いと思っていた館長も80才となり、完全な年寄りとなっている現実と、館長とは血縁ではないものの、横井庄一が幼少時には大鹿庄一として我家の一員であった事から、その夫人である館長の世話も我家の責任と思うようにしている。
幸いにして咳の原因が軽度の肺結核と判明し、大事をとっての養生である事から今回は心配には至らないが、今後は最悪の事態も考えて記念館の運営を考え直す必要もあり、記念館の法人化も具体的に考えていく必要にも迫られている。
本日ボランティアで市民病院に出かけた家内の押す車イスに座っていたのは、我家の分家である『大鹿さん』であった。びっくりの出会いであるが、この夫人も82歳との事で、我家を在所とする分家の実子であり、横井庄一とも5親等の血縁者でもある。
横井庄一を知る人々が消え行く運命の中で、記念館を後世に残す意義も真剣に考えていきたい。
4月7日の一言
卒業式と入学式しか顔を合わせない来賓の存在を学校現場の教員はどのように感じているのだろうか。私が議員になって九年間が経過したが、私自身が小学校の教育現場に具体的に協力したことは無きに等しく、日頃から学校と地域との風通しの悪さを実感させられるものでもある。
校長室で入学式を待っている間の会話には、厳粛なイメージは何もなく、軽薄な世間話が続くと議員は飾りであり、議員も自己の宣伝のために出席しているのではとの自問自答をしないではおられない。
情けないものでもある。議員本来の使命感を考えると今後は『大鹿流』の対応も考えていきたい。
さて、昨日の横井庄一記念館には元新聞記者の訪問を受け、今後の記念館存続についてその意義と理念についての議論が交わされました。
館長不在となり、記念館のカギを預かり、毎週の記念館勤務が続く中で、館長からの定期便の連絡が続き、本日は病院への身元保証人としての依頼がありました。若いと思っていた館長も80才となり、完全な年寄りとなっている現実と、館長とは血縁ではないものの、横井庄一が幼少時には大鹿庄一として我家の一員であった事から、その夫人である館長の世話も我家の責任と思うようにしている。
幸いにして咳の原因が軽度の肺結核と判明し、大事をとっての養生である事から今回は心配には至らないが、今後は最悪の事態も考えて記念館の運営を考え直す必要もあり、記念館の法人化も具体的に考えていく必要にも迫られている。
本日ボランティアで市民病院に出かけた家内の押す車イスに座っていたのは、我家の分家である『大鹿さん』であった。びっくりの出会いであるが、この夫人も82歳との事で、我家を在所とする分家の実子であり、横井庄一とも5親等の血縁者でもある。
横井庄一を知る人々が消え行く運命の中で、記念館を後世に残す意義も真剣に考えていきたい。
4月7日の一言








