本日は朝から晩まで小雨が続き、一度も晴れることのない一日となったが、連日の疲れがたまっている事と、2日前に足を挫いている事から、休養と電話番の一日となり、外出は定期便(?)の知人との珈琲屋行きのみとなりました。

 「おい、役所から次々と手紙がくるが請求が高くなったなー」、「年金の手紙が届くそうだが、いったい何をやっているんだ」などと、今日は新聞の影響からか行政に対する不満と批判が多く、「年金から差っ引く高齢者のアレはひどいなァ」と後期高齢者の保険制度にも話が及んできた。

 確かに市民としては当然の想いであろうが、わたしは議員の立場ではあるが、行政の説明係ではなく、国の制度の説明役でもないが、聞くかぎりでは年々と公的負担が増えている現実から、深刻な問題として考えさせられる事となった。

 真面目に税金や年金などを支払い続けていても、年金も支払わないで責任を放棄しているような人々が行政に救われる一方で、支払い続けても何も恩恵がないような現実を考えると責任を放棄したくなるのも当然かもしれない。

 「会社で33年厚生年金をかけて、その後は国民年金をかけており、受給者の資格はあるのでこのままで支払いを辞めたいと思うが、何か問題があるんだろうか」と問われた。

 確かに国民年金をかけ続けている人より年金支給額は多そうだから、このまま支払いを止めたいのは当然の事のように思われるが、このまま止めて事故などで倒れて障がい者となると、障害年金の支給ができなくなる可能性を告げた。

 しかし、税金は支払わず、市役所から生活保護を受けて、パチンコ屋通いをしている人の実例を示されると、何を言ったところで説得力はなく、そんな悪例を改善もできない現実から、年金制度や保険制度など国レベルでの見直しが必要であろうと思う。

 残酷なようだが、税金どころか健康保険も支払わず、公的年金の負担金も支払っていない人が当然のように救われる現実の是正は重要である。国の混乱や不祥事から市民も自ら考え発言するようになっている事は歓迎すべきと思われるが。
                             4月10日の一言